2019年1月15日火曜日

一生懸命掘って、一生懸命に押し付けられて、豊かさはどこに行く?

インターネットの時代になって僕たちは多くの恩恵を受けている。

例えば、これまでは出会えなかった人や本・商品などと繋がったり、入手したりすることが出来るからね。

機会と手段が格段に増えたことは間違いないだろう。

一方で、多くの新しい局面に出会すことも増えた。

例えば、アメリカの大統領が直接ツイートするとか、支離滅裂な言い訳とか、これまでは見ないで済んだものが目に飛び込んでくる。

そう言えば、昔、広告表現の分析で、スーパーの売り出しチラシやパチンコ屋の看板のように平面的で飛び出してくるような表現と、ファッション雑誌のように引き込む奥行きの感じられる表現の違いがあったけど、ネット社会では明らかに前者も増えたように思う。

特に最近は、政治の道具として使われているのかもしれないね。

さて、検索のように掘って機会と手段が増える機能と、ビラ配りのように要らないのに押し付けられる機能の中で僕たちは何を失っているのだろうか。

僕が思うにそれは心に潤いを与える余裕や目をつぶって大切なことをじっと思索する人間らしい豊かさかもしれないね。


じっと考える豊かさ


2019年1月14日月曜日

犬のオナラ

僕の犬はちょっと過敏じゃないかと思うくらい周囲に敏感だ。

寝ていてもちょっとした音で目を覚まし、時に吠えるから、番犬だとしたらかなりの才能があるのではないだろうか。

まあ、人が大好きなのでほぼ番犬には向いていないと思うけどね。


さて、ちょっと神経質なのか、ケージの外では寝たことがない。

寝かけることはあっても熟睡はしないのだ。

そんな彼も今日は昼間のドッグランと帰宅後の入浴で疲れたのか、夕方、僕がソファーに座って映画を見ている横で寝入っていた。

僕も夢中で映画を見ていて、最初は寝たのに気づかなかったのだけど、初めてのことだったからすごく感激したのだ。

と、その時、テーブルの上に置いてあったマナーモードのスマホのバイブが振動した。

すると、それまで熟睡していた犬は目を覚まし、驚いた表情で僕の目を見ると慌ててソファーから降りると自分のお尻の匂いを嗅いだのだ。

そう、なぜだか知らないけど、僕の犬はオナラの音がするとまず自分のお尻を確かめる。

口でオナラの音真似をしても、だ。

爆睡していても、ということは今日わかった。

そして、なんと彼は「オナラの音」と「オナラはお尻から出るものである」ということと「オナラをしたことは臭いでわかる」という知識を持っていることになる。

これ、すごい発見だと思うのだけど、そんなことより、一連の仕草があまりにもかわいくてそのあとずっと悶絶している。


走って疲れた?

2019年1月13日日曜日

才能は人のために活かすと何倍も輝く

僕は絵心のある人がとても羨ましい。

でも、それは絵が描けることというより、絵を描いて人を喜ばすことが出来るからだ。

先日、僕の亡くなった犬や、今、一緒に生活している犬の絵のプレゼントを人から頂いた。

どちらもとても上手で素敵なのだけど、誰かのためにその才能を活かすことはその何倍も素敵だと思う。

その視点で周囲を見渡してみると、僕が素敵だと感じる人は皆、そういう活かし方をしている。

でもね、「誰かのために才能を活かす」のと「価値を提供する」のはちょっと違うよね。

「価値を提供する」のはギブアンドテイクが前提だけど「誰かのために才能を活かす」のはギブだから、心のピュアさが伝わるのかもしれない。


上手い


楽しい










2019年1月12日土曜日

社会的イベントに乗るのではなくパーソナルなイベントへ踏み出そう

気がつけば、今年もすでに10日以上過ぎていた。

年の瀬の天皇誕生日から始まり、クリスマス、大晦日、正月、そして成人式までの連続イベントももうすぐ終わりだね。

こういったイベントにおいて、それぞれの過ごし方は異なるだろうけど社会全般的には人が移動し、商品が売れ、活性化する。

だから浅草では、毎月何がしかのイベントを行って街を盛り上げているくらいだ。

そして、ハロウィンや1/2成人式など、様々な新しいイベントが増えているように感じる。

さて、僕はこうした社会的イベントよりも、個人的に意味のあるイベントが気になる。

毎年同じ時期に「去年は・・・だったなぁ」なんて思い出すのも良いけれど、時期よりも経験の印象と意味づけの強さで記憶に刻まれことの方がその人のその後の人生により影響を与えると思うからだ。

そのためにはみんなと一緒に盛り上がるのではなく、自分独りで踏み出すことに意義があるのかもしれない。


さあ、踏み出そう



2019年1月11日金曜日

言動の後ろに3つのFとSが潜んでやしませんか?

人は都合が悪くなるとどうやら3つのSを使うらしい。

1つ目は、Silence、沈黙だ。
人の噂も75日と言うから黙ってやり過ごす方法だね。

2つ目は、Switch、立場を入れ替えて反撃だ。
相手の都合を悪くして自分の立場を守る方法である。

3つ目は、Shift、論点のすり替えだ。
他者の言質をとってそこに論点を移してしまう方法である。

これは、圧力が掛かった時に現れる3つのF(Fight,Flight,Freez)とも繋がっているだろう。

Freeze(凍りつく)すればSilenceになるだろうし、Fight(喧嘩)はSwitchであり、Flight(逃避)はShiftであり、だね。

さて、この3つはストーリーの場合もある。

レーダーを照射されたと言われて沈黙し、神風攻撃の脅威を感じたと論点をすり替え、謝罪するのはそっちだ、反撃に出る。

でもその本心は、凍りついて、逃避し、窮鼠猫を嚙む的に噛みつきたいのかもしれないね。


噛みつき



カメラの機能的制約から生まれた「こだわり」の行方は

会社で広報用の写真撮影を行ったのだけど、写真上級者である撮影者のデジタル一眼の使い方を見て気づくことがあった。

それは、もはやファインダーではなくて液晶モニターを観ながら撮影しているのだよね。

そもそも一眼レフカメラは、ファインダー命で、ファインダーを覗いて撮影するのが当たり前だった。

プロや上級者においては尚更だよね。

プロや上級のアマチュアカメラマンがファインダーを覗き込んで構図を切り取るのはこれから更に減るのかもしれない。


さて、僕が子供の頃の集合写真と言えば大判カメラだった。

まずピントを合わせてフイルムを装填しレンズシャッターで撮影する、これが大判カメラの流儀だね。

ピント合わせの際はレンズを通過した風景が天地逆転してダイレクトに映し出されていた。

その後、ロールフィルムの登場により撮影に機動性は上がったけど、映し出されているシーンをリアルタイムに把握出来なくなり、レフ板というガラス板を用いたファインダーの出来が一眼レフカメラの評価になった。

クリアに見えるとか、ピントが合わせやすい、とかね。

そしてデジタル一眼が登場してもその大切さが変わることはしばらくなった。

しかし、このところミラーレス一眼と呼ばれる、レフ板の無い一眼が主流となり、ファインダーの役目はまた変わってきたのだろう。

ファインダーにこだわるユーザ層も同然あるのだろうけど、背面液晶画面のクオリティが高くなったことによって、もはやファインダーの出来は、おまけ程度になったのかもしれないね。


「こだわり」も変わるよね


2019年1月9日水曜日

成田の蝶がニューヨークに嵐を起こして欲しい

原理はシンプルなのだけど、結果は複雑で予測出来ない。

これは「複雑系」と呼ばれる科学のアプローチにおいて核心となっている考え方だ。

この考え方を説明する際によく用いられる例えが「北京の蝶」だ。

北京で蝶が羽ばたくとニューヨークで嵐が起こる、という話なのだけど、その本質はちょっとした初期の出来事によってその後に予測不能な大きな影響を及ぼす、実は僕たちの世界はそんなことで日々、作られているのだ。

実際、ニューヨークに嵐が起こることは観測されるけど、なぜ嵐が起こったのかはとても複雑でちょっとした偶然なのだよね。

さて、僕が尊敬している先輩がSNSにこの時期に自宅に迷い込んだモンシロチョウのことをアップした。

この寒い時期にモンシロチョウが生きていることも驚きだけど、部屋を飛び回ってたり、先輩の手に止まったり、カーテンの影に落ちていて生き絶えたと思ったら翌朝元気に飛び回っていたりととても気になる存在なのである。

で、ね。複雑系の例えで言えば、このモンシロチョウが生き返って羽ばたくことでどこかで本当に嵐が起きているのかもしれないよね。

だから、先輩のSNSを見ながら海外ニュースも気をつけて見ようと思う今日この頃であるのだ。


原理からは予測不能は姿へ