2018年6月22日金曜日

漂う人は能力を発揮したい、スキルを活かしたいと思う

仕事に向き合うモチベーションは人それぞれだ。

でも何によってモチベーションが上がるのかを知ることによって、その人の組織へのコミットメントはおおよそ想定できる。

例えば、自分の能力を活かして働きたいとか、スキルを身につけたいと言う動機を持つ人は、自らが社会で成すべきことを実現したいと言う動機が弱い。

それは、損得で仕事観が構成されるからだよね。

自分の使命と自覚しときは、出来ないことや失敗は乗り越える対象だけど、自覚がなければ、避ける対象となる。

結果、転職、キャリアチェンジなどへ至る。

社会的目的は一旦定めるとなかなかぶれることは無いけど、個人にとっての目標となると、だと、それはとても変わり易い」ってことなのだと思う。


おやすみ



2018年6月21日木曜日

マインドセットを形成するための基礎は何?

デザインではなくドリフト、そしてキャリアミスト状態の漂い型キャリア状態にあるビジネスパーソンは、自発的離職意向が強く、組織に対するコミットメントは功利的なのだそうだ。

この組織で働くことにやりがいを持つよりも、自分のスキルが活かせる、職場環境や研修が整っていることが気になる人は、おそらくこんな漂い型なのだろうね。

じゃあ、なんでそうなるのかと言うと、僕はマインドセットの不足が問題じゃないかと思う。

その場での自信や安心が無いことで、置かれた環境にも馴染めず、自分探しと場所探しをする、だからちょっとしたきっかけで離職する。

そもそも組織に対する思いが薄いので、不安感や他責のネガティブなメンタリティを周囲に伝播させるのも特徴だ。

さて、ちゃんとしたマインドセットを持つ為には、自信と安心が必要だけどそれらを培うのはしっかりとした基礎の確立と手応えだよね。

いきなり実戦で成果や結果を出そうとすれば、失敗し、自信を無くし不安になること間違いない。

ここで本題なのだけど、基礎って場によって異なるものだ。

だからマインドセットを形成させるにはその場における基礎が何なのかわかっていなくてはならない。

でもナレッジワークの場において多くの場合、場における基礎は共通言語化されておらず無手勝流だと思うよ。


飲み屋でのマインドセットは酒かも




2018年6月20日水曜日

大迫半端ないって

サッカーワールドカップで活躍している大迫選手に関して、高校時代のエピソードがブームになっている。

高校時代からそれだけ注目されて、そして今、まさに活躍できるということは本当に素晴らしい才能の証と鍛錬の賜物なのだろう。

そして、対戦した相手チームから讃えられるということは、肌感覚でその力を実感したことにちがいないよね。

先日、ある方のインタビューを行ったのだけど、その方も高校時代にかなり有望視された選手だったそうだ。

ところが、体がの大きさと運動神経の良さだけでは通用しなくなり、競技から逃げてしまったこともあったらしい。

その後、ゲームを行う上での戦術、戦略の指導を受け、なぜ、自分が通用しなくなったのかとてもよくわかった。

つまり、体力ではなく、知力が足りていなかったことに気づいたのだ。

力の差がそのまま群の中での階級になる猿は、力の弱い者は餌を獲得する為に「我慢」と「チャンスを活かす」力が発達するらしいけど、力のある者がしばしば間違いを犯す際に、自らの足りていないことへの鈍感さがあるのでしょう。


強い気づきは人生の宝物だよね。


半端ないって


2018年6月19日火曜日

僕と世界の「作用」「反作用」

僕たちは常に世界に「作用」している。

そして、常に世界は僕たちに「反作用」している。

足で大地を踏むのは「作用」で、大地の「反作用」で歩くいているのだ。

僕が居るのは「作用」で、あなたが居るのは「反作用」。

「作用」と「反作用」から学ぶのだから「作用」だけではちょっと足りないよね。

僕しか居ないのが寂しく感じられるのは、きっと「反作用」が少ないことへの生き物的危機感の表れなのだろう。

あるSF映画では他の星に移住する途中でたった一人、目が覚めてしまった主人公が寂しさのあまり冬眠中の人を起こしてしまうのだけど、それはとてもよくわかる話だ。

中には一人の方が気楽な人もいるけど、今日のテーマは「作用」「反作用」という経験についてであり、さらに「反作用」は人に限ったことではない。

食べ物だって「反作用」だよね。

さて、「作用」「反作用」というとなんだかこっちとそっちみたいに線やら溝があるみたいだけど、本当にそうなのかというとちょっと疑問があるのだ。

僕たちの五感は、僕でないものを感じることができるけど、そもそも僕は世界の一部なのだから感覚とは結局、僕が僕を知る方法なのではないかな。

で、ね。「作用」「反作用」とは僕の輪郭をはっきりさせるための思考実験だね。


作用・反作用?




2018年6月17日日曜日

慣性と惰性と鍛錬 こっちが正解

千日回峰行は、厳しい修行を千日続ける(正確には975日らしい)。

もし途中で続かなくなったら自害する決まりらしい。

とても慣性や惰性でできる修行ではないよね。

修行と鍛錬を一緒にしてはいけないのだろうけど、基本的に鍛えるという行為と習慣には大きな違いがあると思う。

慣性とか惰性の特徴は省エネであるのに対して、鍛錬はエネルギーをひたすら注ぎ続けることだ。

逆に言えば、とにかくエネルギーを注ぎ続けていれば、それは鍛錬だとも言えるだろう。

そしてエネルギーを注いでいなければ慣性であり惰性だ。

もちろん、その時注げるエネルギーって違っているから、自分が頑張って注いでいると思えれば、それは鍛錬だよね。

誰かに足りないと言われる話じゃないのだ。

で、ね。千日回峰行ほどではないけど、要は自分に嘘をつかなければ慣性や惰性と鍛錬はわかるものだってことだよね。


頑張って走ります



関西と土星と鍛錬

千日回峰行という修行がある。

この修行、Wikipediaで見ると、「実際に歩くのは「975日」で、残りの「25日」は「一生をかけて修行しなさい」という意味」なのだそうだ。

さて、僕のブログは1959日連続している。

千日回峰行になぞらえれば、1950日で終わって良かったのかもしれない。

だって、一生修行だものね。

そんなことを考えながらの今日のブログなのだけど、忘れないようにSiriにメモを取った。

「慣性と惰性と鍛錬」と言ったのだけど、Siriは「関西と土星と鍛錬」とメモした。

確かに最近は連日の大阪日帰り出張など、関西づいているし、僕の九星は二黒土星だから強ち無意味な訳でもない。

でも、どう考えても誤変換だよね。

そこからさらに考えたのは、AI(機械学習)なんてこんなもの、ということだ。

だって意味を全く理解出来ないから。

そんなAIを信頼する根拠って何なんだ?


なんでつかねー





2018年6月16日土曜日

「自立」とは自分の眼で自分を見ることから始まる

大学生にとって、「自立」は大きなテーマだよね。

親から離れて経済的に自立することは、学生から社会人への移行において象徴的な変化だ。

一方、大人から見れば経済的な「自立」よりも組織人としての「自立」が気になる。

会社など、産業社会における組織に順応、適応して社会人として期待されるパフォーマンスを発揮することが期待されているからね。

さて、僕が気になるのは親など最も身近な大人への依存からの「自立」だ。

なぜ気になるのかというと、色々なケースを見てきて自分自身の認識を変えるクリティカルな出来事になっていると思うのです。

もう少し僕が「自立」の意味するところを述べておくと、自分の眼で自分を見ることだ。

対して依存とは、親など身近な大人の眼で自分を見ることであって、身近な大人の期待によって歪められた視線で自分を見ている。

大人の期待という視線は、ポジティブなものもあれば、ネガティブなものもある。

そして、ポジティブさは度が過ぎれば過大評価となるし、ネガティブさが強ければ過少評価になるのと同様に自己評価が歪められてしまう。

誰のものでもない、自分の人生を誰かの視線で見ていたとしたらそりゃ、上手く行かないしストレスも溜まるでしょう。


歩み