2019年9月19日木曜日

「あげたいもの」ではなく「よろこぶもの」

夏休み最終日。

といっても明日も有休をとっているのでゆっくりと疲れがとれる。

昨日の大雨からうって変わって今日は晴天で富士山も眺めることが出来た。

家人の希望で、初日に寄った九頭龍神社奥宮の新宮に寄ってお参りをして今回の旅行のお礼をしてきた。

もちろん、休めるのは会社のみんなのおかげなのでしっかりとお礼するのと、お土産も揃えることが出来た。

箱根は、多くの外国人観光客で賑わっていて、中には犬をスリングで抱っこしている僕に声を掛けてくる人もいた。

日本の神社も外国人にとってみれば絶好の観光スポットなのだろうけど、僕たちも外国に行けば教会とか喜んで行くのだから信仰もある意味、コンテンツなのかもしれない。

さて、今回の旅行、家人はたいそう喜んでくれた。

特に、2日目、雨が降るまえにウッドデッキで3時間ほどゆったり過ごせた体験は心地よかったらしい。

そう言えば、以前、ある女性にプレゼントの相談をしたところ「あげたいもの」ではなく「よろこぶもの」と即答されたことがあったのだけど、今回の旅行が「よろこぶもの」であったとしたらよかったね。


富士山にも会えた



2019年9月18日水曜日

相性の限界と学びあうことの大切さ

夏休み2日目は、家人の誕生日祝いだ。

この世に誕生日を2つ持っている人は居ないはずなので、やはり個人にとっては貴重な日である。

だから、誕生日が一緒というだけで何だかとても身近に感じるものだ。

ただ、本当に身近かと言えば、その後の関係性を見るに、同じでも違っていても大差内容に思える。

これは、相性も同じで、第一印象として身近に感じることと、本当にその後よい関係性を築けるかは別問題だ。

僕の経験からすると、よい関係を築くためには、相性ではなく、同じ体験を通じて学びあうことが必要で、学びあえない限り、都合よく人を使うか、使われるかで終わるのではないだろうか。

そこに相性はあまり関係ない。


午後から大雨



2019年9月17日火曜日

夏休みの女神たち

夏休みの旅行1日目、色々なお店で女性の、若い社員さん店員さんなどと接する機会があった。

レンタカーの店、ランチのハンバーガー店、そして宿泊施設の受付である。

3名の女性、それぞれ素晴らしい働きぶりで、きっと無くてはならない存在だろう。

何が素晴らしいかと言えば、「心からの接客」「ちょろっと親切」「手順しっかり」といったところだろう。

例えば、僕があれやこれや言っても嫌な顔一つせず応じようとするし、うろうろしていたら見かねて声をかけてくれるし、僕はよくわかっていないのだけどテキパキ説明を進めてくれる。

それぞれのスタイルは違えど、僕は彼女たちのおかげで満足の1日を送ることができたのだ。

さて、2日目はどんな女神に出会うのだろうか。


神への道かも



2019年9月16日月曜日

経験のプロセスが変わるなかでより大切なもの

明日から遅めの夏休み、久しぶりの旅行に出る。

と言っても、近場で2泊するだけなのだけど、今までの旅行と違って犬を連れていくのだ。

車の運転も久しぶりでゆっくりと無理せず出かけようと思う。

あとは天気が良いといいな。

こればかりは準備のしようがないけれど。


さて、昔は車で旅行をするとなると前日はドライブマップ開いて旅程のシミュレーションだった。

今は、グーグルマップとyoutubeだ。

マップで道順を、よくわからないところは動画で確認すれば、不安なく目的地に向かえる。

そして、もうちょっとすると車が勝手に情報を集めて目的地に運んでくれる、自動運転になるのでしょう。

その頃、僕がどんな生活を送っているのかわかないけど、今とあまり変わらないのであれば、車でないと行けないところや今回のように愛犬と一緒に行きたいところなどを訪問する機会が間違いなく増えると思う。

やはり、「技術」には素晴らしい可能性が秘められているよね。

その加速度的な技術発展の恩恵を最も受けるのは若い人だ。

もう、最初からグーグルマップにyoutubeである。

ただ、忘れて行けないのは、例えば旅行を決意するのは技術でなく「人」だということ。

ITリテラシーが高くても勝手に経験が積まれるわけではない。

「何に」どう技術を活かすのかは、「何に」かかっているのだから。

デザインとは夢を実現するプロセスである、と言われるけど、経験のプロセスが技術によって変わるなかで「夢」の大切さがどんどん膨らんでいるよね。


いきまつ





2019年9月15日日曜日

それいけオリンピックランナー

三連休中日の今日、僕の家の周囲では東京オリンピック代表選考レースが開催されていた。

東京マラソンと違い、選りすぐられた少数のレースだからあっという間に集団が駆け抜けて行って終わった。

いやー、その早いことと言ったら市民ランナーとは桁違いだよね。

最後のデットヒートも見事な戦いだった。

だけど、全く素人の僕が言うのもなんだけど、優勝タイムはなんだかパッとしなかったね。

思ったより暑くなったことが原因なのかもしれないけど、もし、海外の有望選手が走る国際レースだったとしたら、トップは何位くらいに入れたのだろうか。

つまり、代表選手がオリンピックでどれだけ戦えるのかがちょっと気になった。

で、ね。外野はいくらでも評論出来るのだけど、走っている選手はそれはもう、一生懸命練習して、一生懸命走っているわけで、そんな鍛錬と努力を考えたらもう応援するしかないよね。


浮いてる



2019年9月14日土曜日

限られた世界に生きるのか、限られた世界を生きるのか

今日、僕が見た秋葉原は以前とあまり変わっているように思えなかった。

そういえば、秋葉原に来るのは久しぶりなのだけど、一時期盛んだった再開発も今は落ち着いたのかもしれない。

そんなあまり目新しさのない街並みでも人の流れには変化がある。

用事の流れで最初に行ったのは秋葉原と御徒町の間にある2K540。

革製品や雑貨などで若い才能に触れることが出来る場所として注目しているのだけど、人の流れも、展示も、そしてお店の人もなんだかパッとしない。

たまたま空いている時間帯なのか、そもそも今日は秋葉原に人が出ていないのかとも思ったけど、そのあとの駅周辺は多くの人で賑わっていたのでそうでもなさそう。

一緒の家人に聞いてみたのだけど同じような感想を持っていた。

さて、そんな様子を見て、僕たちはそれが本当かどうかわからないけど感じ取った雰囲気をなんとなく分析して評価を決めているのだなと思った。

無意識のうちに推測し次の行動の意味を決めてしまう。

僕たちの日常は、そんなことで占められていて、行動傾向とか習慣になっているのでしょう。

僕たちの世界は、常に限られているわけだけど、その世界に生きていくのか、それとも、その限定された世界であることを知って生きていくのかには大きな違いがあるだろう。

限定された世界であることを知っていれば、何をするべきか、どう生きるべきかに気づけるからね。


秋葉原っぽい






2019年9月13日金曜日

専門化の弊害

僕は3ヶ月に1回、定期的に通院している。

そして今日がその日。

以前は、土曜日に診察してくれたので仕事には影響がなかったけど、主治医が異動になってからは、平日の診察になり、その日は休むようになった。

以前の主治医は、体調全体を診てくれたのだけど、今の主治医は、専門外来ということで定期通院以外の相談には一切乗ってくれない。

これは、制度というより医師のスタイルであるように思える。

例えば、町医者はなんでも診てくれるけど、大学病院だと特定の病気に対する受診になる。

そういったバックグランドなどの影響で、患者への接し方が変わるのかもしれない。

さて、診察が専門化することでそこに集中することが出来る反面、それ以外の相談はできなくなった。

こういった問題は、会社の中でもよくあるよね。

専門性が高いけどそれ以外のことに関わろうとしなくなる人と、専門性の高さに拘らず関わってくれる人。

どちらが良いということでもないのだけど、僕に高い専門性があったとしても困っている時には限定せずに力を貸す人になりたいなぁ。



中秋の名月