2018年4月24日火曜日

犬というかたちをした愛

先日、亡くなった糸井重里さんの愛犬、ブイヨンちゃんの写真展に行った。

その写真展は、『ブイヨンからのおれい』といういかにも糸井さんらしく、やさしい気持ちが込められていた。

14〜5畳くらいだろうか、多くの人が集まるには狭い部屋の壁に2列で写真が思い出の品などと展示されている中に糸井さん直筆のメッセージがある。

僕がその中でもやはり惹きつけられたのは、「犬って、犬というかたちをした愛だと思います。」という一文だ。

確かに、僕は「犬」という存在から愛を受け、「犬」という存在に自分の愛を投影している。

受け取る存在であり、写す存在でもある犬は「犬というかたちをした愛」だよね。

で、ね。よく考えればこれは「犬」に限ったことではないよね。

清廉な愛、歪んだ愛、高貴な愛、愛には様々あるけど、それは、何かのかたちをしていることが少なくない。

逆に何かのかたちから僕たちは愛のほんとうに気づくのかもしれない。


僕は、犬のかたちをした糸井さんの愛にそっと触れ、そっとその場を離れることが心地よかった。


愛の言葉


愛の名残

0 件のコメント:

コメントを投稿