2018年6月19日火曜日

僕と世界の「作用」「反作用」

僕たちは常に世界に「作用」している。

そして、常に世界は僕たちに「反作用」している。

足で大地を踏むのは「作用」で、大地の「反作用」で歩くいているのだ。

僕が居るのは「作用」で、あなたが居るのは「反作用」。

「作用」と「反作用」から学ぶのだから「作用」だけではちょっと足りないよね。

僕しか居ないのが寂しく感じられるのは、きっと「反作用」が少ないことへの生き物的危機感の表れなのだろう。

あるSF映画では他の星に移住する途中でたった一人、目が覚めてしまった主人公が寂しさのあまり冬眠中の人を起こしてしまうのだけど、それはとてもよくわかる話だ。

中には一人の方が気楽な人もいるけど、今日のテーマは「作用」「反作用」という経験についてであり、さらに「反作用」は人に限ったことではない。

食べ物だって「反作用」だよね。

さて、「作用」「反作用」というとなんだかこっちとそっちみたいに線やら溝があるみたいだけど、本当にそうなのかというとちょっと疑問があるのだ。

僕たちの五感は、僕でないものを感じることができるけど、そもそも僕は世界の一部なのだから感覚とは結局、僕が僕を知る方法なのではないかな。

で、ね。「作用」「反作用」とは僕の輪郭をはっきりさせるための思考実験だね。


作用・反作用?




0 件のコメント:

コメントを投稿