人は一生のなかで平均、何回くらい覚悟を決めるのだろう。
僕は今夜、覚悟について考えていた。
僕はこれまでこんな覚悟をしてきたのだ、という風にね。
でも、はたと「あなたには覚悟があるのですか?」という他責な問いを起こした自己肯定なのかもしれないと思うに至ったのだ。
自分の覚悟はすごくて、他者の覚悟は取るに足りない、みたいに覚悟を捉えている、と+。
そもそも、会社の目標達成に対する覚悟も、結婚をするときの覚悟も、犬を飼うときの覚悟も覚悟に違いがあるのだろうか。
覚悟とは責任を果たす決意と果たせなかったときに払う代償のバランスであって状況に応じて変化するものでもある。
責任を果たすには時間が掛かるので払う代償の意味も流動的なんだよね。
要するに覚悟なんてたいしたものじゃない。
きっかけに過ぎないのだ。
だから、僕はこれまで何回きっかけを作ってこれたのか、という問いの方が大切なのかもしれないね。
自然界の覚悟とは