ドーハの歓喜で盛り上がる中改めてドーハの悲劇の動画を観てみた。あのときピッチに立っていた森保選手が監督になって今回同じ地で奇跡の勝利を迎えているという物語はなかなか書けるものじゃないよね。でも森保監督選手時代はそれほど広く認識されていた選手ではなかった
むしろ、無名に近い選手だったのではないだろうか、当時はサッカー選手と言えばカズ武田、ラモス、北沢、都並、の読売系と井原、柱谷松永などの日産系の2大勢力が席巻していた時代だからね~あとそこに中山長谷川吉田勝矢といったサッカー王国のい静岡系が追随していた感じだ。その中に森保はある意味特異な存在だ。森保は当時のオフト監督など指導者は「森保は特別に秀でた選手ではなかったが、人の目をしっかり見て話を聴く子でした。グラウンドでも“ルック・アラウンド”が徹底できていて、運動量も豊富だった。オフトも同じように森保を評価していたのだそうだ。森保選手はその後も日本代表やJリーグで招聘された外人監督に高く評価されたけど、選手としてはその後、大きな活躍もなく引退している。切り札ではないけど、チームの戦術上は貴重な存在だったと言うことなのでしょう。鍵はやはりルックアラウンドだろう。昨日のメッシでも書いたけど、メッシもピッチをとことこ歩きながらほうんとうによく首を振ってきょろきょろ見ている、まさにルックアラウンドしているのだ。認知科学で言えばルックアラウンドはまさにメタ認知の行為である。自分のおかれた状況や状態と自分の位置関係をメタに認識して行動の選択を行う。それが出来るということはピッチに監督がもう一人いるようなものだからね。そういえばワールドカップでも森保監督はピッチをよーく観察していた。得点を入れても入れられても一喜一憂せずずっとピッチを見渡して選手に指示を出す姿は印象的だった。僕のこれまでの経験からいっても、目の前のことに一喜一憂して周りが見えていないひとは野性的な勘でたまに大きな成果も出せるけど、一方で安定した成果を出すのは難しかった。まあボランチとフォワード(ストライカー)の違いといった感じでしょうか。ところでこのルックアラウンド、日本人が得意だと言われる空気を読むのとは全く異なる認知機能だ。空気を読むのは環境が出すサインに応答するもので自発的行為というよりは行為は環境によって自動的に引き出されるものだ。一方でルックアラウンドの結果導かれる選択と行為は、環境と自身のメタ認知によって創発される知識であり知恵の認知的変化なのである。そこには試合がどう変わるのかもしくは試合をどう変えるのかがあるこのルックアラウンドと創発の構造については明日別途考察する。
