上手な目標設定はちょっと背伸びするとできるところに目標を置くことだと言われています。いきなり高い目標を掲げて粉砕するのでなく、拡張→達成→自信→さらに拡張と、次第に目標を高めながら大きな目標を達成する力を身につけます。
ところが、最初の拡張の前提にも「自信」が必要です。
効力感、計画的有能感といった、経験がないことでも自分には出来るかもしれないという感覚です。
それらの感覚が弱かったり、極端に臆病だったりすると、1段目を登ることができません。
ところが、絶えず変化する周囲の環境は、常に人に挑みと学びを求めます。行動エントロピーが大きい場(乱雑な状態)であれば、挑みと学びは取るに足らないことですが、行動エントロピーが小さい場(統制された状態)だと、求められる挑みと学びのハードルは非常に高くなります。混雑した地下鉄を乗り継ぐのと、居心地のよいオフィスで高度な課題解決に取り組むことの違いです。
この状態では、E.シャインが論じたように学習不安と生存不安が秤にかけられて、生存不安が大きい場合のみに学習が進むとも考えられます。
この生存不安には、生き死にだけでなく、自らの本質への「問い」も含まれるのでしょう。「このままでよいのか」「そういう自分はどうなんだ」という問いが学びの原動力になるからです。
さて、今日のテーマは組織の中にいるある程度の「1段目が登れない人」です。
これを越えないと先の展望が開けない階段なのですが、当人にとっては、それは登れない壁です。しかし、周囲は常に越えることを要求しますから、常に越えられないことへの反省や理由への言及を繰り返すことになります。
そして、繰り返すうちに、「口先は達者だけど成長が無い人材」が出来上がってしまいます。特徴としては、猛省と低い自己評価、そして、できないことの責任を環境に転化することです。
周囲の人にしてみれば、あれだけ反省しているのになぜ変われないのだろう?、どうして勇気をもってとりあえずやってみようといわないのだろう?と不思議に思えます。
その場合の「反省」はスキルであって「内省」ではないので挑みも学びも無いのでしょう。
また、環境への責任転嫁も、逃げ道が無くなってくるととんでもなく飛躍した転嫁をしたりします。
例えば、やりたいことがあるわけでもないのに、「入社して3年経ったから・・・」とか、文脈がおかしく聞いていて「はぁ?」と目が点になってしまいます。
では、そういう出来上がってしまった人材にどう向き合うと良いのでしょうか。
ハードなアプローチとソフトなアプローチがあります。
まず、いずれのアプローチでも大切なことは、見た目の反省や言い訳をさせないことです。させるだけ、反省と言い訳のスキルレベルが上がってしまいます。
ハードなアプローチでは、リアルな生存不安を出現させることでしょう。シャインの説では学習不安を越えてもらうにはそれしかありません。
会社の中でしっかりとした生存原理を明示し、水面下では溺れる状態になっていることです。
ソフトなアプローチでは、適性を見極め強みを活かせる場において当人が登れる1段目に向かわせるものです。「活かせる場があれば」という前提はありますが、多様な人材を活用する うえでは「適材適所」は重要なコンセプトです。いかなる人材であっても強みはあるという信念と、それを見出す能力が必要です。
人材活用、人材開発の立場からは、前者は他責傾向(変わるのは当人と自己責任)、後者は自己革新傾向(他者を変えるにはまず自分が変わる)と言えるかもしれません。
実際は、ハード、ソフトのハイブリッドです。
川の流れるがごとく緩やかに・・・でも沈んだら生存できない