2020年10月31日土曜日

いかなる場合も手段としてはならない

 犬の種類はたくさんある。

朝、散歩をしていると僕の犬の犬種、ジャックラッセルテリアと出会うことは稀だ。

人気の犬種が多いのは当然だけど、珍しい犬種に出会うことも珍しくない。

でも、どの子も皆、本当にかわいい。

もちろん、不用心に接して噛まれたりしたらその子が不幸になるので気をつけなくてはならないけどね。

さて、映画「ベラのワンダフル・ホーム」では犬種によって苦難に陥っていく犬が主人公だ。

しかし映画だからねとも言っていられないようだ。

カナダのオンタリオ州で実際に映画と同様、犬種によるトラブルがあったそうだ。

そもそも、犬種は人間が自分たちの都合で作り出したものが多い。

その結果、ブルドッグなど先天的な疾患をもつ犬種もある。

鼻が短い、極端に小さい、などは人間の趣味や嗜好で作り出されたのだ。

ピットブルは闘犬として作り出され、その攻撃性ゆえに時に人に危害を加えることで地域によっては飼育が禁止されている。

自らの人格と他者の人格にある人間性を目的として扱え
いかなる場合も手段としてはならない
               エマニュエル・カント

僕たちは手段として犬種を生み出した。

カントの言葉を「人」だけでなく「犬」やその他の生き物にも当てはめて考えると自由とあるべき道徳を誰もがイメージできるかもしれないね。


犬性という目的


2020年10月30日金曜日

「不変」というフェイク

 僕たちには何ものかを「不変」であると考える癖がある。

確かに、一瞬を切り取るとそこからは僕たちや僕たちの世界の素晴らしさが見えてくる。

この一瞬が永遠であって欲しい。

沈む夕日を眺めているときっと多くの人がそう思うだろう。

しかし、夜が来て、また朝が来る。

つまり、この一瞬は永遠じゃない。

にも拘わらず、僕たちは「不変」に対して信念を持っているよね。

その信念が揺らぐことは不安や不信につながるから厄介だ。

安心や信頼を得るためには「不変」であることを伝えることが王道だ。

決して目減りしない資産価値だとか、人の本質は変わらない、とかね。

でも、どんなに硬い石でも風化や流水で削れら、崩れるように僕や僕たちの世界は日々、変化しているのだ。

それ故、いま一瞬が特別なものになるのかもしれない。

一方、難しいのは、人と向き合う時、「不変」でないことが時に不安、不信を招きかねないことだ。

さらに踏み込んで言えば、フェイクに安心する人が少なくないということだよね。


常に変化




2020年10月29日木曜日

他人の運命、自分の運命

 もし僕が新型コロナウイルスの発生を知りうるただ一人の人間だったとしたら、発生前夜に僕は何を思うのだろうか。

これから起きる悲劇に震えるのだろうか、人の傲慢さに対する当然の報いと考えるのだろうか、起こる惨劇に興奮するのだろうか。

他人の運命に対してどう思うのかはきっと人それぞれだろう。

その人との関係もあるし、その人の役割も関わっている。

他人の運命を決めかねない社会的役割を担っている人も少なくない。

でもね、役割に関わらず、誰でも自分の未来を決めることができる存在なのだよね。

自分の未来に起きうることは誰しも自分で決めているということだ。

自分を他人と思えば自分の運命はカタストロフィーの中にあるけど自分は自分だと思えば運命は自分の手のひらにある、そう言い換えてもよいかもしれないね。


未来へのオールを漕ぐのは自分


2020年10月28日水曜日

ジョブマッチングを考える

 僕たちの周りには仕事が無限にある。

実際は有限だと思うけど数えることは出来ないから無限だ。

これは、僕を構成する細胞の数を実際には数えられないことと一緒だ。

一方、仕事は僕たちの能力によって遂行されるものだ。

僕たちの能力は数えることが出来る。

見る、聞く、話す、運ぶ、走る、キーボードを打つ、などなどだね。

仕事はこの能力の組み合わせが使われる。

報告は見聞きしたことを話し伝えることだし、配達は伝票を見て荷物を運ぶことだ。

そして僕たちは自分の能力に得意不得意を持っている。

もちろん、能力は高めたり獲得することができるものだけど、そもそも得意な能力を発揮できる仕事があればよい仕事になり易いよね。

以前、大規模に仕事の質(ここではタスクと呼ぼう)ごとに能力、業績の評価と性格特性、行動傾向の関係を調査し分析したところ9割に強い相関関係が認められた。

さらにパーソナリティ特性の一貫性は、初期の優位性(適合度)によっても形成されていくから得意な能力とジョブマッチングは僕たちが思っている以上に、個人にとっても組織にとっても重大なテーマなのだ。

ただ、気を付けなくてはいけないことは、実際の仕事はいろいろなタスクの組み合わせだということだね。

そして会社には標榜される価値観やスタイル、集う人によるコミュニティ的前提がある。

で、ね。得意な能力を会社の仕事で発揮するためには知らなくてはいけないことがたくさんあるのだよね。


得意?



2020年10月27日火曜日

警察犬だって逃げるものなのだ、

 人を探していた警察犬がリードを振り払って逃走したそうだ。

その警察犬を捜査員35人で探していたというのだからいかに警察犬が大事にされているのかがわかるよね。

関連の記事を読むとどうやら警察犬は血統が大事にされさらにそこから選抜された超エリートが英才教育と訓練を続けているものらしい。

人間社会で言えば、エクセレントカンパニーが由緒正しいお家柄で東大のトップ学生を採用し将来の幹部候補生として選抜育成しているようなものかもしれない。

そんな幹部候補生が転職してしまうのと警察犬の逃走は同じくらい衝撃的なのだろうか。

さて、犬は無地発見、保護されて愛犬家の僕としては何よりもそれが一番嬉しい。

で、ね。逃げない遺伝子と訓練を積んだ犬がなぜ逃げたのか、それはひょっとしたら犬自身にもわかっていないかもしれないよね。

遺伝子の奥深くに潜んでいる野生の血が騒いだのかもしれないし、担当の警官と相性が悪かったののかもしれないし、単なる気まぐれかもしれない。

リードが草木に絡まってみつかった時、近づくと唸っていたそうだから、ちゃんとした理由があったのかもしれない。

でも、それを僕たちが知ることはできない。


そこで、井上ひさしさんの「なのだソング」風にまとめるよう。


犬猫は逃げるものなのだ。

警察犬だって逃げるものなのだ。

犬猫の迷子掲示板をみていると逃げた子を見つけて保護するのは本当に大変なのだ。

だから逃げないように気を遣うのは飼い主の義務なのだ。

それでも逃げるものなのだ。

やがて犬猫は僕たちよりもちょっと早く虹の橋を渡ってしまうものなのだ。

僕たちは犬や猫とそうやっていっしょに暮らすものなのだ。

それが幸せなのだ。


警察犬になりたいわんこなのだ




2020年10月26日月曜日

ジョブ型においける相性

 僕は人が人を評価する限りにおいて日本人の働き方がジョブ型になる、つまり仕事と成果の明確化が行われたとしても相性の問題は解決されないと思う。

昨晩のNHKスペシャル 問いなおされるあなたの”仕事” を観てそんなことを考えていた。

評価の問題はジョブ型の欧米を見れば明らかだ。

AI、機械学習が明らかにしたのは評価の偏見-バイオスーだからね。

僕たちは無意識の偏見にとらわれた存在であり、その僕たちが他者を評価するのである。

何となく共感が持てて期待を持つ、肌が合わず敵視する、そんなバイオスから僕たちは決して解放されることはないのかもしれない。

で、ね。在宅ワークの浸透などデジタルのネットワークで働くうえで、ストラクチャル・ホール理論に則れば、特定の人が優位な立場にある傾向は強まり、相性の問題はより強く顕在化するかもしれないのだよね。


開かれる世界



2020年10月25日日曜日

生きるとはなんだ

僕たちは宇宙の法則の一部だけど、宇宙の法則には目標や目的、バイアス、生き延びる、飽きる。役立つ、は記載されいてない。

つまり僕が先週考えたことの多くは宇宙の法則と無関係である。

では僕が考えたことは何だったのだろうか。

大きくとらえればそれは生きることであり生命の活動に関してだね。

生きることが、宇宙の法則に沿いながら同時に抗うことで葛藤と混とんの予測不能で複雑な世界を創造することだとしたら、いくら考えても1つの答えを導けないこともうなずけるよね。


(月)がんばれベアーズ 目標と目的の違い
そしてリーダーがどうであっても、これからも組織で働く人は誰もが目標と目的に向き合い翻弄され続けることだろう。

(火)AIのバイアス
今、僕たちがAIに向き合うとき、考えなくてはならないのはバラ色の未来や仕事が無くなる不安よりも僕たち自身のバイアス(偏見)なのかもしれない。

(水)ストレスフルな世界で生き延びること
で、ね。要するに成長することと生き延びることは別であって生き延びるために成長しなくてはいけないことということではないのだよね。

(木)じぶんを飽きさせないことと組織での働き方
一方、組織にとって困る飽きっぽい人は流行にまったく無関心かすぐに右往左往するかのどちらかかもしれない。

(金)「役立つ」行動に必要なものとは
そして、欲求が高度に実現されているかを見れば、その人知的成長がわかるのかもしれない。

(土)反作用の価値
前に進む力のために生じるのが反作用だけど、歴史を振り返っても「生命」は反作用からイノベーティブな大きな価値を見出してきたのかもしれないね。


僕らはみんな生きている


2020年10月24日土曜日

反作用の価値

 ニュートンの運動三法則は科学が解き明かした宇宙の真理の1つだろう。

慣性の法則、運動の法則、作用反作用の法則、このいずれも決して僕たちを裏切ることはない。

僕たちが安定した暮らしを送れるのもこの法則があるからだね。

机が勝手に動きだしたり、バットでボールを打ち返せなかったら仕事も娯楽も成り立たない。

奇想天外な暮らしも悪くはないのかもしれないけど法則は僕たちの支えである。

一方、僕たち「生命」はこの法則に守られて好きなことが出来る。

そうやって進化を遂げてきたのだ。

車で好きなところに行けるのは法則を用いて僕たちが自由でいられることの証だね。

映画「インターステラ」では運動の第3法則(作用反作用の法則)によって取り残された人が人類を救うのだけど、法則と人の関係性を上手く描いていた。

前に進む力のために生じるのが反作用だけど、歴史を振り返っても「生命」は反作用からイノベーティブな大きな価値を見出してきたのかもしれないね。


反作用で楽しく生きる



2020年10月23日金曜日

「役立つ」行動に必要なものとは

 困っている人を助ける。

これはわかりやすい「役立ち」だ。

困っている人の役に立つのだからね。

熊本の震災で大活躍したスーパーボランティアの方がいらっしゃったけど、頭が下がる「役立ち」である。

もう少し、高度な「役立ち」もある。

人が気づいていない、もしくはあきらめている困りごとへの「役立ち」だ。

マーケティングで言えば、潜在ニーズだね。

さて、この「役立ち」への欲求は、特殊詐欺の被害にもなりかねないので一概に善きこととも言えないかもしれない。

「役立ち」は言い方を変えれば利他欲求であり、社会的知性によって発揮されるものである。

つまり、欲求はあっても社会的知性が伴わないと発揮できない。

就活生が発する「人の役に立ちたい」というのは欲求で、どのようなことをすれば役立つのか、長けていることは何か、足りないことは何かを知る知性によって再現性のある行動がとれるわけだ。

欲求が高次に実現することを可能とするのが知性だ。

そして、欲求が高度に実現されているかを見れば、その人知的成長がわかるのかもしれない。


欲求がそこにある


2020年10月22日木曜日

じぶんを飽きさせないことと組織での働き方

 フリーで仕事をしていくために、いちばん大事なことはなんだったろうと思うと、わりとはっきりと言えることがある。「じぶんを飽きさせない」ということだ。

これは、コピーライターの糸井重里さんが「今日のダーリン」というコラムで書いていた一文だ。

僕のこれはとても大事だと思う。

特にフリーの働き方ではね。

一方、組織での働き方は少し違うのかもしれない。

組織への帰属は、たとえ「じぶんが飽きた」としても適応や役割や貢献が求められる。

組織の中で飽きっぽい人は評価されない。

そして、飽きないためにどう自律するのか、マネジメントするのかはワークエンゲージメントとして今日、組織運営における大きな人的テーマだからね。

糸井さんを見ていても思うのだけど「じぶんを飽きさせない」人って流行に右往左往しないよね。

むしろ、流行を作り出すことができる。

一方、組織にとって困る飽きっぽい人は流行にまったく無関心かすぐに右往左往するかのどちらかかもしれない。


飽きない?


2020年10月21日水曜日

ストレスフルな世界で生き延びること

僕はインターネットで神戸市精神保健福祉センターのサイトを見た。

そこに日本人のストレスランキングという以下の情報が載っていた。

1 配偶者(夫・妻)や恋人の死 82.4
2 親族の死 77.0
3 親しい友人の死 76.1
4 家族の病気、怪我 73.7
5 離婚 72.3
6 配偶者・恋人・子どもの暴力 71.6
7 自分の病気やけが 71.4
8 多忙による心身の過労 71.3
9 失業・リストラ 70.8
10 配偶者や恋人の浮気 69.4

50位まで続くのだけど10位までだと上記になる。

この数値はストレスポイントと記載があるのだけど、どう算出されるのかは僕は知らない。

まあ、信頼性、妥当性は置いておいて、これまでの僕の経験から10位までで積算ポイントを算出してみると、合計で360ポイントくらいになった。

この歳だから色々あるよね。

さて、このポイントは最近6か月で算出するようなので、僕の合計ポイントは適切じゃない。

でも、僕の人生で考えればストレスは6か月ごとの清算じゃないように思える。

これまでよく乗り越えてきたものだ。

僕はストレスと成長は無縁じゃないと考えている。

僕自身、大きく成長したと実感があるときは、大きなストレスを感じていた時期と重なっている。

もちろん、ストレスよりもやりがいが僕を成長させたことも少なくないから、成長のためには必ずストレスが必要だとは思わない。

そして自分を守るために大きなストレスを回避し成長しなかったこともある。

で、ね。要するに成長することと生き延びることは別であって生き延びるために成長しなくてはいけないことということではないのだよね。


生き延びましょう


2020年10月20日火曜日

AIのバイアス

今日、サイバー攻撃のニュースが流れていた。

アメリカ発でロシアがオリンピック開催国に対してサイバー攻撃を行ったというものだ。

残念ながら僕たちにその真偽はわからない。

噂レベルの話では、ロシア発のパソコンセキュリティソフトはハッキングのために広められたとか、そもそもアメリカ大統領選挙前のこのタイミングには何か意図があるのではないかと、勘ぐったらきりがない。

誰もが、昨今は不信と不安に陥りやすいからね。

まともなサイトだと思っていたら実は情報を盗み取るフィッシングサイトだとか、もう、虚々実々なのが僕たちの世界だ。

でも、僕は何となくこれはウソっぽいとか見分けられる。

ということは学習可能なのだ。

幸いなことに僕たちが今、手にしているネットワークとビッグデータ、そしてDeep Leraning(AIと言った方が受けが良い)を使えばウソは見分けられる。

しかし、僕たちの世界でウソを見分けるAIの実現は少なくとも最先端じゃない。

AIは、人の欲求を駆り立てるために使われているからね。

で、ね。僕はそれこそがAIのバイアス(偏見)なのだと思うのだよね。

AIと言うよりはAIを使う人間の都合がそこにあるのだ。

AIでは、学習させるデータに内在する人のバイアス(偏見)を取り除くことが出来ないから学習結果にもバイアスが掛かっている。

そのうえ、AIを使う人の思惑というバイアス(偏見)も掛かっている。

今、僕たちがAIに向き合うとき、考えなくてはならないのはバラ色の未来や仕事が無くなる不安よりも僕たち自身のバイアス(偏見)なのかもしれない。


このマーボー豆腐が一番だと思うのは僕のバイアス(偏見)


2020年10月19日月曜日

がんばれベアーズ 目標と目的の違い

がんばれベアーズ。という映画を久しぶりに観た。

「久しぶり」は3日前のことではないけど、1か月くらいから数年、数十年まで範囲が広い。

そしてこのがんばれベアーズの「久しぶり」は50年近く前である。

もう、うんと前の映画で、映画に出てくるテイタム・オニールは11歳の役だ。

テイタム・オニールはライアン・オニールの娘であり、そんなことが大いに話題になった映画でもある。

野球チーム、ベアーズでテイタム・オニールのチームメイトもほぼ同じ世代だと思うけど、タバコを吸ったり、ビールを飲んだりと今だったらあり得ないシーンがふんだんだ。

50年という時間って恐ろしいほど隔たりがある。

さて、映画では、弱いチームが勝てるようになっていく過程と勝ちよりもチームが大切なことを見つける過程が描かれている。

「勝利」の目標と「チーム」の目的だ。

考えてみたら僕のこれまでの社会人生活に目標と目的は大きな影響を与えてきた。

No.1になるためにハラスメントすら正当化された組織、その反動で従業員ファーストとなった組織、目的が優先されて目標が後回しになった組織、目標が優先されて目的を見失った組織、そもそも目標も目的も掲げられなかった組織、などなど自分が属した組織や仕事で関わった組織など多くの組織でこれまでも、いまも、ね。

そしてリーダーがどうであっても、これからも組織で働く人は誰もが目標と目的に向き合い翻弄され続けることだろう。


人間以外はおそらく一緒


2020年10月18日日曜日

コミットメントとコントリビューションを想う日曜夜

 何かに真剣に向き合うためには、感情をコントロールして準備を整え過去にとらわれず本当の意味を問いながらも愛をもっている必要がある。

これが僕の先週だった。

これがちゃんと出来ていることは、向き合っていることに対してコミットメントとコントリビューションがある状態なのかもしれない。

そんなことを考える日曜の夜でした。


(月)感情をコントロールする簡単な方法
それは感情をコントロールしているということだしね。

(火)リアル会議で雑談まじりの真剣勝負
やはり、対面での会議はいいな、と思いつつも、真剣勝負にならないリアル会議も多々あるし、雑談ばかり、もしくは、雑談がまったく盛り上がらないケースもあるから、そういう時はオンライン会議の方が良くて、要は、テーマと相手によるのだろうね。

(水)三度めの正直の準備は万端
これまでの検査ではここまで丁寧に準備した記憶が無いが今回は在宅ワークということもあって準備万端、さあ、何か問題が発生しなければ今回こそ検査を受けられるはずだけどさて、どうだろうか。

(木)昔の僕、継ぎ足しの今の僕、
要するに、「同じ」だと思うから一貫性があるのであって、違っていると思えば別の存在なのでしょう。

(金)俯瞰したい願望の根底にあるもの
だから俯瞰したい願望の根底には本当の意味を知りたい欲求が潜んでいるのかもしれないね。

(土)愛だろう、愛
見返りを求めないコミットメントでありコントリビューションのある真実の愛、がね。


いい天気


2020年10月17日土曜日

愛だろう、愛

 僕の住まいの近くにコーヒー豆をローストして挽いて売る小さな店がある。

淹れたコーヒーも飲ませてくれるので我が家でも定期的に通っているのだけど、ご夫婦でやられてる小さなこのお店、奥様のコーヒー愛は半端じゃない。

コーヒーど素人の僕にもその愛が伝わるほどなのだ。

僕と僕の妻が愛と感じるのはコーヒーに関して語れるうんちくと少し異なっているのだろう。

糧としてのコーヒーではなく、アイデンティティとしてのコーヒー。

つまり、何物にも代えがたコーヒーへの愛なのだ。

僕はコーヒーにそんな愛を注ぐ自信はない。

嗜好品としての範疇をでることはないのだろう。

でもね、愛は伝わってくる。

見返りを求めないコミットメントでありコントリビューションのある真実の愛、がね。


コーヒー愛



2020年10月16日金曜日

俯瞰したい願望の根底にあるもの

 ジオラマとかドールハウスとかでミニチュアにした僕たちの世界を観るのは楽しい。

以前行われた、丸の内キッテの香港ミニチュア展も多くの人が観ていたのでこれはきっと僕だけの話ではないのだろう。

僕たちがミニチュアに惹かれるのは作品としての素晴らしさだけでなく僕たちの世界を俯瞰して見てみたいという願望があるからかもしれない。

ドローンはそんな願望に応える製品だ。

都心に住む僕は規制が多くてドローンで楽しむことは出来ないけどね。


さて、世界を俯瞰してみると構造が見えてくる。

構造とは、要素と関係性の集合体だ。

僕たちが要素であるときは全体の関係と関係全体の外観を知ることが難しい。

しかし、要素と関係と全体を知ることで要素の新たな意味が見えてくる。

例えば、縁の下のこの礎石が家を支えているのだ、とかね。

だから俯瞰したい願望の根底には本当の意味を知りたい欲求が潜んでいるのかもしれないね。

街中にミニチュア

2020年10月15日木曜日

昔の僕、継ぎ足しの今の僕、

 僕は昔、お酒が苦手だった。

すぐ酔ってしまうし、たくさん飲むとそのあとや翌日が大変だった。

貧血を起こしたり頭が痛くなって、体の中でアルコールが自己主張していることをはっきりと感じていたのでしょう。

ところが50歳をむかえるころから量を飲んでもあまりお酒が残らなくなった。

もちろん、飲んだすぐは酔いが回るのだけど貧血になることもほとんど無くなった。

以前は1か月に数回だったところが、一週間に数回に変わったけど体調的には以前ほど辛くないのだ。

会社の健康診断や今日の内視鏡でも問題が無いので体質的にアルコールが摂取できるようになったらしい。

僕たちの体を作っている細胞は一定期間で入れ替わるらしいから、それもアリなのだろう。

そう考えると、「僕」という存在に一貫性があるのはとても不思議だ。

100年前から継ぎ足してきた秘伝のたれも、分子レベルではすべて入れ替わっているらしいから、「僕」という存在は「継ぎ足しのたれ」と同じ意味なのかもしれない。

要するに、「同じ」だと思うから一貫性があるのであって、違っていると思えば別の存在なのでしょう。


秘伝のたれ?



2020年10月14日水曜日

三度めの正直の準備は万端

 明日は内視鏡の検査だ。

毎年1回行っているこの検査、いつもは6月なのだけど、今年は新型コロナウイルスで延期になった。

延期になった検査は8月だったのだけど、今度は1週間体温を測るという決まりを聞いておらず検査を受かられなかった。

そして明日は三回目の正直だ。

体温測定は2週間になっていたので検査に合わせて毎日測定し、それに合わせてお酒も止めて、今日は、野菜類、きのこ類などを避け、ご飯、素うどん、おかゆ、それにプリンとアイスクリームと指示通りの食事を終えた、

あとは検査まで薬剤と水を2.5リットル飲んで絶食するのみである。

これまでの検査ではここまで丁寧に準備した記憶が無いが今回は在宅ワークということもあって準備万端、さあ、何か問題が発生しなければ今回こそ検査を受けられるはずだけどさて、どうだろうか。


三度目




2020年10月13日火曜日

リアル会議で雑談まじりの真剣勝負

僕は今日、久しぶりに顧客の会社に行って対面で会議を行った。

新型コロナウイルスでオンライン会議になっているからだけど、そもそもここ数年は管理系の仕事が中心になっていたこともある。

久しぶりのリアル会議で感じたことは

  1. 一挙手一投足も気が抜けない真剣勝負
  2. 反応がダイレクトなので雑談が出来る
  3. 移動の時間はやはり無駄

だった。

会議の中身に関しては色々と反省もあるのだけど、真剣勝負でやり切った感があって、次に向かって勇気が沸いてくるね。

結果はどうあれ、やり切ることは大切だ。

また、相手が聞いているか確認しなくても即時的に感じとれるから些細なコミュニケーションを豊富に行えて、関係性を作りやすい。

情報収集ではないけど、相手に対するちょっとした興味から関係作りが始まるのだからね。

やはり、対面での会議はいいな、と思いつつも、真剣勝負にならないリアル会議も多々あるし、雑談ばかり、もしくは、雑談がまったく盛り上がらないケースもあるから、そういう時はオンライン会議の方が良くて、要は、テーマと相手によるのだろうね。


盛り上がってスカイツリーから煙?


2020年10月12日月曜日

感情をコントロールする簡単な方法

僕たちはいろいろな出来事に感情を動かさられる生き物だ。

そして僕たちと言ったけど、きっと犬や猫やそれ以外の動物も感情を持っている。

感情は僕たちの行動を促進したり抑制したりする。

急に湧き上がる感情、情動はさらに僕たちの行動を過激にする。

だから僕たちがいかなる状況でも適切に行動するためには自分の感情を知り、コントロールすることが大切だ。

さて、ポジティブ、ネガティブというのも感情だよね。

すでにSNSなどの投稿をポジティブ、ネガティブに分析するAIはいくつもあって、僕たちの行動における重要な感情の一つであるのだろう。

以前にブログでどちらか一辺倒でないことが大事かも、と書いたけど、感情のやっかいなところは自然に湧き上がって気づきにくいことだよね。

だから一度外化、つまり感情を文字に書き起こして眺めることがおすすめだ。

文字であれば反対の言葉も導きやすい。

それは感情をコントロールしているということだしね。


喜びと期待


2020年10月11日日曜日

ポジティブなテーマを考えると決めた今週

先週のブログは、「科学」「未来志向」「カイロスとクロノス」「チート」「うそ」「副業」を書いていた。

時事ネタが多かったかな。

それもちょっとネガティブなものだね。

だから今週はポジティブなテーマを意識しよう、そう思った。


 (月)フェイクと言わず謙虚に地道に科学しよう

でも僕たちは複雑な全てを理解することはできないから謙虚に、一つづつ科学していくしかないのだと僕はおもう。

(火)気分イレブン”未来への”アクセス試そうか♪

で、ね。未来へのアクセスはどの方法でも良くて、それ以前に未来志向であることがポイントなのかもしれないね。

(水)カイロスとクロノス

で、ね。僕たちはこの「カイロス」と「クロノス」をしっかり使い分ける必要があるよね。

(木)Go to チート、ダメ、ゼッタイ

ベビーメタルにも是非、「Go to チート、ダメ、ゼッタイ」と歌ってほしいなぁ。

(金)折れた煙草の吸殻で

そういえば僕たちもどこかで政治家にウソはつきもの、と思っているかもしれないね。

(土)本業と副業のマリアージュ

で、ね。いくつもの仕事を並行する場合、それぞれの仕事でどんな成果を出せるのかが問われるのだろうけど、それによっては周囲から批判されやすくなるのかもしれないね。


ポジティブな空模様希望



2020年10月10日土曜日

本業と副業のマリアージュ

今日の昼間、長谷部誠選手、岡崎慎司選手、吉田麻也選手の対話番組を再放送していた。

彼らは非常に厳しい海外のプロリーグで長年に渡り戦い続けて生き残っている選手たちだ。

3選手は日本で期待されて海外に渡ったものの、1~2年で帰ってきてしまう選手と何が違うのだろうか。

話を聞く限り、この3選手の考え方もそれぞれ違うようだ。

特に岡崎選手は、言葉は覚えないと割り切りながらも結果を出す、監督のために戦うと戦力外にされたときに裏切られたと感じるので勝つためにしか戦わないなど、話が面白かった。

また、サッカー選手の副業に対して国を代表するサッカー選手である以上は、サッカーにすべてを注ぐべきだととても厳しい見方をして、本田選手、長友選手に対して苦言を呈していた。

さて、今週は、百貨店の週休4日など業績悪化にともなって副業を認める企業が増えているというニュースがあった。

ここ数年、個人のキャリアや社会貢献の観点から副業を推進するいろいろな活動が行われていることは知っていたけど、副業の壁となっている企業の就業規則や労働に関連する法律などが一気に動いて副業しやすくなるのかもしれない。

一方、僕の家で話題にのぼった花田優一さんは靴職人を目指すのかと思っていたら歌手デビューしたりとなんだかイメージが変わってしまった。

で、ね。いくつもの仕事を並行する場合、それぞれの仕事でどんな成果を出せるのかが問われるのだろうけど、それによっては周囲から批判されやすくなるのかもしれないね。


本業と副業をブリッジ



2020年10月9日金曜日

折れた煙草の吸殻で

タイトルは、昭和歌謡のヒット曲、中条きよしの「うそ」の出だしである。

「ウソについてのついての本当の話」というNHKの放送を録画で観ながら僕の頭の中にはこの出だしが流れていた。

その番組では、子供は5歳になればウソをつくし、人間だけでなく豚だってウソをつくことが紹介されていた。

そして僕たちの脳はウソをつくと偏桃体が反応して罪悪感を感じるけどウソを重ねると反応が鈍くなる、つまり罪悪感を感じ難くなるそうである。

ある研究によれば人は1日に2つのうそをついている。

マスメディアが数えたら就任後2年間でトランプ大統領は8000のウソをついたそうだけど、別にトランプ大統領だけが多いわけでもないらしい。

そういえば僕たちもどこかで政治家にウソはつきもの、と思っているかもしれないね。


そんなばなな



2020年10月8日木曜日

Go to チート、ダメ、ゼッタイ

タイトルは間違いではない。

イートでなくチート。

実際にやっている人は「錬金術」とか言っているそうだけど、ズルだよね。

イートだけでなく持続化給付金も不正受給が少なくないそうだ。

そもそも珍型コロナに関わらずチートを唆してお金を稼ぐ人は少なくない。

そういった行為は火事場泥棒であり被災地泥棒と何らかわりがない。

チートをする人には行為を正当化する論があるように思うけど、社会全体としては大きな損失につながる問題なんだよね。

ジョージ・ケリングのブロークン・ウインドウ理論では凶悪犯罪を抑制するには小さな犯罪を取り締まる必要があり、その観点からも今回のチートを放置してはいけないだろう。

ベビーメタルにも是非、「Go to チート、ダメ、ゼッタイ」と歌ってほしいなぁ。


Eat or Cheat


2020年10月7日水曜日

カイロスとクロノス

 ”幸運の女神には前髪しかない”という言葉を聞いたことがある人は多いのではないだろうか。

僕もそう記憶していたのだけど、先日、この言葉の由来はギリシャ神話の男性神「カイロス」から来ていることを知った。

Wikipediaには「カイロス」について詳しく説明があった。

そもそもは「瞬間」を表す神で、ギリシア語では時を表す。

一方で「流れる時間」はギリシャ語で「クロノス」なのだそうだ。

時計のブランドでクロノスや、品質保証のクロノメーターなどはそこから来ているのかもしれない。

さて、今回の新型コロナウイルスでPCR検査が行われているけど、検査は「カイロス」だ。

その瞬間に感染しているかいないかを知ることが目的だからね。

一方で、感染の予防行動は「クロノス」である。

感染しない、させない、という観点では、今から未来に向けた行動が求められる。

新型コロナウイルスに限らず、「いま・ここ」と「これまで・これから」は概念としては横断、縦断と交差するものだけどどちらにも大きな役割がある。

「いま・ここ」は主観の、「これまで・これから」は客観の言い換えだと思うからだ。

で、ね。僕たちはこの「カイロス」と「クロノス」をしっかり使い分ける必要があるよね。


時は金なり




2020年10月6日火曜日

気分イレブン”未来への”アクセス試そうか♪

僕たちは未来にアクセスするいくつかの方法を持っている。

僕の思いつくままに羅列すると、

  1. 予報
  2. 予測
  3. 予知
  4. 預言
  5. 想像
  6. デザイン
だ。

予報は、天気予報に代表されるように科学的根拠に基づいた未来だ。
予測は、現状に基づいて訪れるであろうと思われる未来だ。
予知は、科学としての根拠に乏しいが経験として描かれる未来である。
預言は、誰かが啓示として与えてくれる未来だ。
想像は、個人が頭の中で描く未来だね。
デザインは、夢を実現するためのプロセスであり未来への道筋だ。

で、ね。未来へのアクセスはどの方法でも良くて、それ以前に未来志向であることがポイントなのかもしれないね。


これは預言


2020年10月5日月曜日

フェイクと言わず謙虚に地道に科学しよう

統計学には2つの集団を比較する手法が数多くある。

比較して違いがあればそこには「何らかの意味がある」からとても重要だ。

例えば、今、新型コロナウイルスの新薬やワクチンの開発が急がれているけど、治験においては、薬を投与した集団とそうでない集団で病状の回復に違いがあったか、また副作用がおきたのかなどを見極めなくてはならないからね。

そして効果と危険性がわかれば病気の治療に用いることができる。

科学によって僕たちが守られる社会が築かれているのだね。

一方で、科学を否定する意見もある。

トランプ大統領はアメリカのトップであるだけでなく、おそらく非科学的な意見の象徴でもあるのでしょう。

もちろん、科学が常に正解だとは限らない。

僕たち生き物も、自然環境も、とても複雑な存在だからね。

でも僕たちは複雑な全てを理解することはできないから謙虚に、一つづつ科学していくしかないのだと僕はおもう。

複雑さに敬意を持とう


2020年10月4日日曜日

「未来のスケッチ」とカントの「自由」

今週は「未来のスケッチ」について考えた。

振り返るとそれは「構図」「社会」「立場」「錯誤」「主観」「環境」についてであった。

これを分類すると、どのようにスケッチするのかが「構図」「錯誤」「主観」で、何をスケッチするのかが「社会」「立場」「環境」だろう。

大きく2つのことについて角度をかえて考えていたのだ。


さて、僕たちが未来をスケッチするとき、どれか1つの要素に強く焦点をあてているのかもしれない。

それは課題や問題が一掃された夢のような未来であったり終末を迎える救いのない悪夢のような未来であったりするのだけど、そのなかで自分、もしくは自分たちはどうするのか、という未来をスケッチする。

僕たちは未来を自由にスケッチできる。

そのスケッチをどう扱うのかも自由だけど、自分や時には他人もそこに巻き込んでいく。

だから「未来のスケッチ」には決め事があるべきだと思う。

”自由とは好きなように思い通りに行動することではない
自由とは誰かに命令されることなく自らの意志で自らを律して生きることだ” カント

「未来のスケッチ」の決め事とは、テレビで紹介されていたカントのこの言葉にあるのかもしれない。


(月)「未来のスケッチ」について考える月曜日
時間の向きと目線は反対だけど両方とも「頭の中に描くもの」ということだけど、どう想像すれば良いかがうっすらと見えたように思える。

(火)誰かと描く成長する未来
立派な社会人になる未来を描くことは、立派な誰かと一緒にいる姿を描くことなのだろう。

(水)未来をスケッチするリーダー論
そして僕は未来をスケッチするリーダーとは、ビジョンを持ち、突き進むだけでなく個性と変化に向き合い、ときに従いながら協働していける人なのだと思う。

(木)未来のエラー、もしくは未来はエラー
で、ね。僕たちの描く完璧な未来では誰かの怠慢であり得ないエラーが起きるのか、それとも未来はどんなに頑張ってもエラーが埋め込まれている予測不能なものなのか、なんだよね。

(金)「ここ」と「いま」と主観の関係
だから誰もが未来の主体者であるためには、誰かが描いた未来を伝えるものでなく、皆で未来を描くことなのが大切なのだと思う。

(土)未来と環境の関係性
で、ね。未来をスケッチする際にはどの環境を選ぶのかは大きいのだろうね。


自由



2020年10月3日土曜日

未来と環境の関係性

 今週は未来のスケッチについて考えている。

「描き方」、「誰と」、「リーダー」、「エラー」、「主体」などを手掛かりに思いつきではない、構図の定まった未来を考えようとしてね。

さて、複雑で予測不能ながら創造性豊かな未来を描くのであれば「変化」を考えなくてならないだろう。

「成長」でも良いかもしれない。

つまり今と何が変わり、何が変わらないのか、ということだ。

極端に言えば、今と何も変わらない未来のスケッチもある。

もちろん、経年変化は避けようがないけど。

時間の流れと変化の激しい場所から離れれば今とあまり変わらない未来をスケッチできる。

まあ、今時、変化の激しくない場所があるのだろうかという疑問は沸いてくるけどね。

一方で、日々成長し続ける、要するに変化を積み重ねた未来をスケッチもある。

環境変化に応じるだけでなく、環境を自ら変えていく、なんてエキセントリックな姿勢も少なくない。

自然の中で暮らせば前者、産業社会で暮らせば後者のスケッチになりやすい。

で、ね。未来をスケッチする際にはどの環境を選ぶのかは大きいのだろうね。


環境


2020年10月2日金曜日

「ここ」と「いま」と主観の関係

ここにいる僕が今感じることは僕の主観だ。

例えばIT/THE ENDという映画の録画を観ているのだけど、「ここ」と「いま」を切り離すことができる。

つまり、経験としてIT/THE ENDを観たことは事実、つまり客観になるわけだね。

逆に僕たちは「ここ」や「いま」が希薄になると主観を感じにくくなるのかもしれない。

自分が主体者であることを、ね。

そして描かれた未来は「ここ」と「いま」ではない。

しかし、未来を描くのは「ここ」であり「いま」だ。

未来を描くのは主観で描かれた未来は客観、ということだね。

だから誰もが未来の主体者であるためには、誰かが描いた未来を伝えるものでなく、皆で未来を描くことなのが大切なのだと思う。


「ここ」「いま」には無い景色


2020年10月1日木曜日

未来のエラー、もしくは未来はエラー

10月に入った今日、東証でシステムが障害を起こして株式取引が丸一日できなかった。

夕方、記者会見があってその様子をずっと見ていたのだけれど「なぜ防げなかったのか」というシンプルな質問が僕は一番答えにくいのではないかと思う。

証券取引で求められる要件を考えれば障害で取引が行えないのは致命的な問題だろう。

だからそうならないよう、設計をして検証をしてテストを行って運用していることは想像に難くない。

つまり、カットオーバーしたときのシステムの未来は決して止まらず完璧な稼働である。

でも、障害は実際に起きた。

そして想定内か想定外かわからないけどどこかに原因がある。

つまり、障害は発生前に埋め込まれていたわけだ。

で、ね。僕たちの描く完璧な未来では誰かの怠慢であり得ないエラーが起きるのか、それとも未来はどんなに頑張ってもエラーが埋め込まれている予測不能なものなのか、なんだよね。


Like a bridge over trouble water