2025年6月30日月曜日

攻撃に理由なんて要らない?

 ネットに溢れる誹謗中傷での 思うことはそのような行為をする人の心理である

実際に誹謗中傷を受けた人はこのように考える

幸せ を、 トレードオフ で 考える 人 は 意外と 多い。 つまり、 誰 かが 幸せ そう に し て い たら、 その ぶん 自分の 幸せ が 目減り し て、 不幸 に なっ て しまう と 感じる 人 たち だ。「 妬み」 とは、 幸せ そう に し て いる 誰 かを 憎む 感情 では ない。 それ によって 不幸 に なっ て しまっ た と 感じる 自分 への 苛立ち が、「 妬み」 の 正体 なの だ。

幡野広志. ぼくたちが選べなかったことを、選びなおすために。 (Kindle の位置No.1313-1314). 株式会社ポプラ社. Kindle 版. 

他方心理学では仮想的有能感と言う理論化が行われている

速水敏彦・木野和代・高木邦子が執筆した論文「仮想的有能感の構成概念妥当性の検討」(2004)で、「自己の直接的な肯定経験に基づかず、他者を軽視・批判することによって得られる習慣的な有能感」と定義されました

トレードオフにしても仮想的有能感にしても社会と言う関係性の中において自分を優位にしたいと言う防衛本能が働いているように思える「攻撃は最大の防御なり」ということであるが厳密には「攻撃は最大の防御なり」という表現を最初に言った特定の人物はいません。ただし、クラウゼヴィッツやワシントン、そして孫子など洋の東西を問わず、この思想に極めて近い見解を歴史的に示している。つまり引きこもりであり歴史的偉人であり誰かを責めているのが人なのかも知れない



2025年6月29日日曜日

人生は積み減らせ

 稀代の芸術家岡本太郎氏は「自分の中に毒を持て」と言う。

人生 に 挑み、 ほんとう に 生きる には、 瞬間 瞬間 に 新しく 生まれ かわっ て 運命 を ひらく の だ。 それ には 心身 とも 無一物、 無条件 で なけれ ば なら ない。  人生 は 積み重ね だ と 誰 でも 思っ て いる よう だ。 ぼく は 逆 に、 積み へらす べき だ と 思う。と語っている

岡本 太郎. 自分の中に毒を持て<新装版> (p.10). 株式会社 青春出版社. Kindle 版. 

岡本太郎さんらしい考えであるがラーニングの前にまずアンラーニングがあると言う考えはとても示唆深いものであるスティーブジョブズはもし今日が最後の日だとしても、いまからやろうとしていたことをするだろうか?」と、鏡に映る自分に問いかけるようにしていたといいます。ストイックな人は相通じるものがあるこれこそがアーティスティックな生き方なのである




2025年6月28日土曜日

傘の骨の数と就活生がタイパ志向で失っているもの

 最近の就活生はタイパ第一なのだそうでいかに効果的で効率的に内定が取得できるかが大事なのでそうである社会に出て人生を歩み始めるファーストキャリアの大切さを考えるとなんとももったいないことなのであるが昨日出先で急な雨に逢い傘を買った家人の話を聞いてこのタイパ志向の話を思い出した。家人の話は急遽買った傘は骨が五本しかなくペラペラで格好悪いというものだったさて傘は骨組みに生地を貼って雨や陽ざしを防ぐ生活雑貨であるが昔は富の象徴として強さや見た目の美しさが重要であったそれ故骨の数は多かったのである和傘を思い浮かべるとわかりやすい骨が増えると強度はあがり開いたときより真円に近く美しくなるしかし材料と手間は増える傘が高級品でなく日常品となり工業製品になると骨の数はどんどん減るようになる新素材で実用的な強度が出るようになったこともあるのだが傘としての美しさよりも低コストが勝った結果24本あった骨は16本12本と減りぎりぎり円形が保てる8本で落ち着いたように見えたが軽さと安さへの勢いはとどまらず家人が買った傘は骨が5本しか無かった。5本ではもはや美しい円形は保てずペラペラの布に骨がついているだけのような形態になってしまったのである就活を素晴らしい人生の第一歩とせず手間を惜しんで結果だけ手に入れようとすることは骨の数が減って真円という美的価値観を喪失した傘との姿と重なるのである美的価値観を失った傘は所有への意欲を失わせ使い捨てになった就活も同様で仕事ヘの愛着が薄らいですぐに離職するようになるのも当然なのである。美意識はモノだけでなく体験を通して自分自身を大切にする感性なのである。




2025年6月27日金曜日

かがや期が示す人生の意味

 人生には多くの浮き沈みがあるが浮いている時その人は輝いているものであるその時期を「かがき期」とする。「かがや期」は自他ともに認めることもあるが自己認知のなかにだけある場合もある哲学者三木清は幸福は外に現れると言うが充実感のような外に現れ難いかがや期もある。例えば極めて忙しくしている時など本人は充実していても傍目には大変で可哀そうと見えていることもある。厳しい環境で辛い沈んだ時期も振り返れば大きく成長出来た「かがや期」である。つまり真の「かがや期」は人生をメタに自己認知することで見えてくるのであるそして「かがや期」には自分には出来たと言う自信とまた出来ると言う希望が宿っているそれは本来的な存在としての自分期であり生きる意味に気づかせてくれる。


2025年6月26日木曜日

創発の敵(創発の前提)

 創発はあらゆる場面における気づきであり学びであり創造的な知恵工夫の実体、思考である

だから無関心、他責(限定思考)、とにかく手を動かすという作業志向はいずれも思考停止におい創発の敵なのである

創発は知恵を寄せ集めたり対話の場において起こるものと言う限定的な思考はすでに非創発的なのである。常に考え、創造性コンピテンシー(注1)を習慣とし、創造的態度(注2)を信念としていることは創発の前提なのであ2

注1創造性コンピテンシー
①保存(アイデアを常に記録
②挑戦(上限のない目標)
③拡張(専門領域外の読書)
④環境(模様替え)

注2創造的態度
①アイデア創成が好き
②アイデアを早い段階で批評的に評価しない
③新しいアイデアを大切にする
④創造的思考は、一風変わっていると信じている






2025年6月25日水曜日

モチベーションもエンゲージメントももはやパワハラ

 ポジティブ信仰に端を発する仕事に向き合うモチベーションやワークエンゲージメントは可視化された瞬間により高くと言う圧が生まれるそもそも組織の価値観を内包するサーベイやアセスメントはもっと働けと部下の尻を叩くパワハラ上司と何ら変わりがないのではないだろうか。人がやるとパワハラでDXでやればパワハラでは無いと言う理屈は通用しないだろう。人の心理に根差した測定はあくまでも本人の気づき(認知的変化)のためでありいかなる形であっても評価に使われるべきものでは無いのである。




2025年6月24日火曜日

インフォメーション=イマジネーションとなる時代がすぐそこに

 結局情報を拡散するのには大きな装置印刷機輪転機電波塔など大掛かりな装置が必要だった。でも今日インターネットという仕組みが準備されているので情報の拡散に新たな装置は必要で無くなった。情報は資本家の元から解放されたのである。現在はまさにその過渡期にあると言えるが過渡期の先に待っているのはオールドメディアの終焉と情報の氾濫であることは間違いないだろう創作だか現実だかわからない情報FAKE云々ではなくて情報とはそういうものであるという世界になるのだ




2025年6月23日月曜日

脳が見せる光と影

 脳は再生しない脳卒中後に突きつけられる厳しい現実である。しかしそんな暗闇の中にも光は

ある。ジル・ボルト・テイラーや山田 規 畝 子等脳卒中から見事に復活した医者本人の書籍である。一方で同じ医師でも再発して復活出来なかった人も居て現実の厳しさを突きつけられる日もある。もちろん目の当たりにする現実は厳しいものであり光と影が交錯する日々に放り込まれるのだこれは脳卒中に限った話では無いだろう大きな病を罹患した人は誰でも直面する現実である。ただ脳卒中はその現実を作り出す脳自体の病であることが違いである。この特異さはジル・ボルト・テイラー「奇跡の脳」に詳しい。考えてみれば光も影も脳が作り出す幻想であり、ジョニ・ミッチェルが作詞作曲した名曲 Both Sides, Nowの世界観がフィットしているのである。


2025年6月22日日曜日

夫婦別姓論戦にみる統計による認知戦

 「認知戦(Cognitive Warfare/Cognitive Operations)」とは、人間の認知能力(思考、判断、感情、信念など)を戦略的に操作・影響することを目的とした戦いです。これはサイバー戦や情報戦とも重なり合う現代的な戦争・戦略概念で、軍事・政治・経済・社会のさまざまな文脈で使われています。NHKで特集番組を組んでいたからその存在は白日の元にあると言ってよいのだけれどもこれは認知戦ですと注釈がついているわけではないので自分がどれだけ日頃認知戦に晒されているのかわかりにくい例えば夫婦別姓問題。そもそもこれを問題であり政治的対立の重要な関心事であると認知そせることがそもそも認知戦である可能性が高い。昨今オールドメディアによる印象操作が問題視されているがメディアによる印象操作も認知戦に使われるケースが少なくない。さてメディアにおいて公平中立な世論の根拠として用いられるのが多くの場合統計なのである。かつてクイズ100人に聞きましたと言う番組があったが考えてみれば100人をどう切り取るかで結論が全く違ってくることは誰もがわかるそこで次に出てくるのが全数調査であるがこれだって何を全数とするのか不確かなのである。上場企業り人的資本開示で脚光を浴びるエンゲージメントサーベイだって企業のステークホルダーをどう切り取るかで結論が変わるのは言わずもがななのである。要するに政治であれ企業経営であれ戦略の中で認知戦は常態化しており統計はその主要な武器になっているのである





2025年6月21日土曜日

報復が文化対和の文化

 昨日のMLBは文化の対立において極めて興味深いものであった死球を巡る一連の騒動対応には選手の個人的特性よりも文化的コンテキストが色濃く出ているように感じたからであるやり返す文化のアメリカと和を尊ぶ文化の日本であるトランプの関税とそれに応じる日本の対応も同じ構図に見えてくる対立と報復を正当化するアメリカと対立を避け和を求める日本である

このようなコンテキストは長い歴史の中で培われるものだから一朝一夕に変わるものでは無いし良し悪しで語れるものでも無い外交といった国対国の関係性だけでなく野球というスポーツの場面でも見られることで異なるコンテキストが存在することを目の当たりに出来ることは気づきにおいて極めて示唆深いことなのである



2025年6月20日金曜日

瞬間に馬脚を現す似非リーダーシップ

 学校でのリーダーシップ教育が花盛りであるがリーダーシップは学校教育で育めるものなのか疑念も消えない理由①リーダーシップとは状況に適応し発揮される身体知であり知識の伝承ではない理由②リーダーのマインドは伝播するものであり業務に忙殺されている教員を観て学生はどんなマインドを受け取るのだろうか。つまり適切な実践の場と良き実践者が居ればリーダーシップ教育は学校でも十分に行えるのである。しかしそれらはデザインされたものでは無くいまそこの現実でなければならない何故ならばリーダーシップは常に実践であり現実だからであるトレーニングは架空の準備された仮想の状況でも可能であるがリーダーシップの発揮は常にいまここで求められるものだからである日頃主張が強く率先していても肝心な瞬間には他責、人任せになる残念な似非リーダーシップは少なくない。




2025年6月19日木曜日

人的資本のKPIは教育投資額と利益額それとも測定不能な成長ポテンシャル?

企業経営にとって資本とは事業を成り立たせる基盤となるものである。

例えば生産設備は製品を産み出し事業を成立させる要であるそれ故より良い生産設備を持つために投資することは経営の重要な決断であった。この工業社会の経営観が人的資本にもアブダクションされているのではないだろうか。つまり人材に投資をして事業を成長させると言う経営観が人材にも反映されているのである。もちろん環境によって認知的変化が促されることを考えれば認知的変化のための環境作りは古典的経営観に基づく人材投資と言えなくもない。

しかし認知的変化の本質は見立て直しであって機会設備類には無い「自ら考える」という行為にあるつまり投資とは無縁なのである。つまり設備投資などにみられる投資効率という概念は人的資本においては不適切だ。「常に考える」と言う状況作りに特化した未来工業の経営をみれば人的資本の本質がリスキリングや越境学習にといった教育投資にある訳ではないことがよくわかる。


2025年6月18日水曜日

リハビリと言う学び直し

 スーパースターの大谷翔平選手が663日ぶりにマウンドに立ってピッチングを行った。負傷とその後のリハビリを経た見事な復活であるしかし先発で100マイルの速球を投げ込んだものの1イニング限定と決して怪我以前の状況に戻った訳では無いこの現実はリハビリの本質を明らかにしているリハビリは復元ではなく学び直しなのである。もちろんリハビリ前の状態はイメージとしても身体知としても大きな手掛かりではあるが身体条件は変わっているので新たな身体条件下で目的を遂行する新たな身体知を学びな直していくのであるこれはリハビリを行う当人やその支援を行うセラピストや医師にとっては当たり前だか周囲の認識は元通り出来ると言う傲慢なものである。実際にリハビリを行っていると触れるのは過剰な介入(お節介)と傲慢な期待である学び直しの途上であることとありのままで観ている人は本当に少ない傲慢に期待し勝手に失望するか見下して決めつける人がほとんどなのである



2025年6月17日火曜日

雇用なき世界?

 若年層労働力の減少と同時に進行しているAIやロボットなどの進化が描き出す世界は雇用なき世界かのかもしれない。そもそも昭和世代の父は事業を営んでいた父親は事あるごとに雇われ人の不自由さを口にしていた。リーダーシップが強化され個性尊重で自由の信念を持つ若者にとって働くとは就職(就社)することではなく起業することになるのかもしれない。少し前に小学生が将来就きたい職業がyoutuberと言う調査結果が報道されていたがこれが普通になるマインドも環境も既に揃っているもちろん今すぐに雇用なき世界になるわけでは無いがロングショットで見ればあながち妄想とも言えないかもしれない自動運転やノーコードなど作業がどんどん自動化されていき隙間バイトに副業転職など働き方もどんどん変化する中でタイパなど時間効率に敏感な感性が研ぎ澄まされていく雇用と言う労働形態のものさしは自動化出来ない人間性をいかに効率的にお金に換えられるかになるのだろう。それは雇用でなく単なる交換である。雇用という契約で人の価値創造力を拘束できる時代はもはや存在しない。




2025年6月16日月曜日

筋金入りの好奇心

 創発あるいは頽落?好奇心の功罪。創発にとって好奇心や雑談や曖昧さはリソースを増やす有効な方法であるがハイデガーはこの3つを世人 に頽落する人の特徴と捉える。世人とは人の意見によってによって自己を現認する、不安から責任を回避した人間である。つまり状況のリソースを積極的に活かすのは創発的である一方で空気を読み興味が移ろうことは頽落的であるも言えるのである。

では創発的=頽落的かというとそうでも無いスティーブ・ジョブズなどは創発的≠頽落的の象徴と言えるのではないだろうか新しい発想には強い関心を持つ一方で俗っぽいものは変えなくてはならないと徹底的に敵視していたらしい現状を変えていくというイノベーターの創発的原点に好奇心が宿っているのであって、単なる移り気とは一線を画している筋金入りの好奇心なのである。




2025年6月15日日曜日

まだまだ四年

 四年前の今日、私は脳出血を起こして後天的障害者になった。幸いなことに右被殻下だったので脳の中の私は消失することなく私に語り掛けてきた、人の気配があるぞ助けを呼べと呂律は少しおかしくなっていたが失語はなく声は出せた私は無事だった左脳の中の私に助けられたのであるしかし救急搬送された病院でも出血は続き50ccに達したため血腫除去の緊急手術を受け左半身の運動機能を失ったのである。さて「奇跡の脳―脳科学者の脳が壊れたとき―」

ジル・ボルト・テイラーでは八年掛かって回復している。山田 規畝子. 壊れた脳 生存する知 では二 年 を 過ぎ た ころ から、 それ までは 問題 解決 の 答え を 見つけだす のに、 あっち を 探し たり こっち を 探し たり し て「 やっと」 という 感じ だっ た のが、 急激 に 近道 を 通っ て すっと 答え に 到達 する 感じ に なっ た。山田 規畝子. 壊れた脳 生存する知 (角川ソフィア文庫) (p.185). 角川学芸出版. Kindle 版.と二年後位から回復がはじまると書いている。併せると脳出血で傷ついた脳は二年後位から機能を再学習し八年で罹患前に近い機能を取り戻すという事になるのかもしれない。私が罹患したのが2021年だから2023年が二年後だった。確かにこの年から料理をしてyoutubeにアップロートをはじめたり屋外で写真を撮ったりしている。左手は相変わらず動かないけれど感性が生活のエネルギーを生み出す右脳の働きには明らかな変化が認められる。そして今年は四年目、運転免許の更新など諦めたこともあるけれど八年目に向かってまだ折り返し地点なのである。



2025年6月14日土曜日

成長の3条件

 youtubeを観ていると変に専門的な雑学が身につく。例えレストア動画ばガソリンエンジンの3つの条件と言うマニアックな雑学が良く出てくる動かなくなったエンジンを再整備して動かす時のチェックポイントなのだけど、良い圧縮良い火花良い混合(ガソリン)と覚えやすくわかりやすい。この3つが揃うとエンジンが始動するのだ。さて多くの成長し続ける人達のインタビューを通じて確認出来た成長の条件も同じように3つ挙げることが出来るようだ

良い出会い、良い経験そして、良い苦悩である。

この3つは全てのインタビューで必ず確認されたものであった。良い出会いは言うまでもないだろうが大概小学生中学生の時の先生である。良い経験はそれこそ人によって様々まであるがよい経験として記憶に刻まれた出来事があること。そしてよい苦悩とは、葛藤や不安や劣等感といったトラウマ的なものも必ず抱えていたのである。




2025年6月13日金曜日

思いと思いつき

 思いは思考の根底にあって思考を常に左右するその思考とは状況に接して事の良し悪しを判断し言動の選択に強い影響を与える賢慮であるその一方で思いつきは事の良し悪しを抜きに認知リソースから創発する意識なのでその人の思いが全て反映されるものでもない。さて思いと思いは対話による見立て直しを通じてお互いが理解を通じ合うことが出来るが思いつきは新たな創発のリソースではあるが賢慮の背景にあるものでは無いので通じ合うものにはなり難い。

むしろ思いつきは思いと衝突するのである





2025年6月12日木曜日

イノベーションに心地よいコミュニケーションによるコラボレーションは要らない

 イノベーションの原点には必ず創発があるそして多くの場合は多様性のインテグレーションがコラボレーションにおいて生じた結果としてスレービング原理が働いて創発と言うミクロの秩序がマクロの秩序に昇華したものがイノベーションであると考えられるのiphoneで考えればよくわかるiphoneと言う機器を生み出したのはスティーブジョブズと言うミクロの創発であるがその後のイノベーションと捉えられている社会全体への普及はまさにスレービング原理によるマクロの秩序化なのである。そして今日のブログのテーマはエキセントリックでお世辞にも他者ろのコミュニケーションとコラボレーションが上手だとは言えないジョブズ(映画『スティーブ・ジョブズ』(原題: Steve Jobs)がお勧め)がiphoneで成し遂げたイノベーションをみるに心地よいコミュニケーションを基盤としたコラボレーション(協働)はイノベーションと無関係であるという事実である。組織とは協働の一形態であり工業社会とその後の脱工業社会においては生産性を高める鍵であったが成熟した産業社会において待望されるイノベーションが期待通りに組織からは生まれていない現実は実証的であると言えるだろう。



2025年6月11日水曜日

落語家の師匠の俺のマック

 とある落語家のお話し、落語家になりてたくて名のある落語家に弟子入りを願い出たがけんもほろろ。でもいくらインディードを検索したところで落語家の弟子なんて募集は無いから師匠に弟子入りをみとめてもらう他ないそこで彼は六か月の間、頼まれたわけでも無いけれど師匠の家の周囲を掃除したのだとか。やがて根負けした師匠が弟子入りを認めるとそこには更なる理不尽が待っていたそうな。ある日師匠がマックを買ってこいと弟子に言う。そうみんな大好きあのマクドナルドである。弟子は師匠に問う「何にしましょうか?ビッグマック?フィレオフィッシュ?」師匠曰く「俺のマックだ」(心の声:俺の食べたいものぐらいわかれこのボケ)でどうするかと話は続くのだか落語家の徒弟制度に関わらずこのようなコミュニケーションは珍しいものでは無い。昭和の職場では察して動けと言うのはデフォルトだったし平成の職場でも質問すると自分で考えろとか主体性が無いとかダメ扱いされるのが当たり前のように見られた。要するに俺様の気持よいようにコミュニケーションしろそうでないと俺様は辛いのだと自分は受け身でコミュニケーション力の低い輩の被害者だと言う被害者ムーブメントを始める

実はこのような態度の人とでも創発は起こる強い自我と言う個性は見立て直しの強力なリソースだからである、とは言えそこまで悟るには時間とストレスコーピングが欠かせないし血圧だって上がってしまう師弟関係の鍛錬の本質はそこにあるのかもしれない




2025年6月10日火曜日

越境慣れで越境と言えるのか

 問題解決力といった変化適応力、リーダーシップを学習によって鍛える目的でコルブの経験学習理論などを基にした越境学習が企業だけでなく学校教育でも盛んに行われるようになっている日常の快適ゾーンを踏み越えることでおこる学びを目的としたているが最近では越境慣れと思われる兆候が見られるようになっているようであるかつては越境に踏み出す人は挑戦意欲の溢れる所謂尖った特性を有していたが最近ではそうでもないらしい。これは大学が一般化したのと似たような趨勢なのかもしれない挑戦のハードルが下がって日常的になった結果覚悟と責任を負う意識が下がったと言えるのかも知れないさてそのように当たり前になった越境学習はもはや越境学習と呼べないのではないだろうか心理の壁を越えて挑んでいく真の越境学習者とはやはり一線を画していると言わざるを得ないやはり越境者は学習者の前にフロンティアでなければならないと考えるのである





2025年6月9日月曜日

私たちは信念に縛られている

 学習することなく身に着けている行動や思考を支配しているものを私たちは本能と呼ぶが、そういった生得的な本能と異なり後天的に獲得され行動や思考に強い影響を与えているのが信念である。信念は観察や経験により比較的簡単に獲得されるが一度獲得されてしまうと無意識に封じ込められて本人にからも見えにくくなるという特徴があるリフレクションなどにより掘り起こさないと気づけない行動の本質である無意識層にインストールされることで様々な状況で素早く選択や行動が行えるようになり、しなやかな適応を可能とするが意識や思考が届きにくくなるのである。自分の信念に気づけないでいると何かに縛られたまま動こうとして時に自由な動きを阻害するだから自分の信念に気づくということは本来的な自分でいるためには大切なことなのである。



2025年6月8日日曜日

大リストラ時代の次に来るもの

 人手不足が叫ばれる中でも実は大企業でリストラが相次いでいる

2022年から Big Tech をはじめ多くの会社でレイオフが実行されている。

Amazonが1万7000人以上を解雇へ、近年のテクノロジー企業で最多

Microsoft、従業員1万人の大量レイオフ

Googleも過去最大の1万2000人の大量レイオフへ

「現実世界」の問題を解決したいマーク・ザッカーバーグ。Meta、1万1000人のレイオフ

富士通、間接部門の幹部に早期退職募集…組織再編で余剰人員を削減

AIの導入が進むにつれて仕事の構造は確実に変化しているのだ今後ロジカルなナレッジワークは全てAIに取って代わられると考えても良いのかもしれない残されるのは責任をとる仕事だけだ何故ならばらAIは法的な責任を負えないからである結局最後は人が責任を負うつまり誰かの損失を補填するのが人に残される役割でなのかもしれない。借入の連帯保証人を思い浮かべるとわかりやすいかもしれない
大リストラ時代後の仕事とは価値を生み出すことではなく瑕疵を埋め合わせることになるのかもしれない


2025年6月7日土曜日

危険なモチベーション

 行き過ぎたポジィティブネス信仰によるメンタルヘルスの侵襲がアメリカでも問題視されたがモチベーションの高さが残業の多さなどワーカホリズムの要因であることも少なくない。以前とある躍進企業の話を聞いた時に従業員は仕事大好きでいつまでも自発的に働いてしまうと人事責任者が言っていたがまさにそれは危険なモチベーションなのである

ワーカホリズム(WH)

  • WHは「働きすぎ」と「強迫的な働き方」から成り、仕事に没頭する一方で、心理的距離を取れない・休めないなどの問題を含む。



2025年6月6日金曜日

すべては関係でできている

 世界は「関係」で出来ている。これは組織論やコミュニケーション論ではなく量子論において語られている。現象と観測の間に何が在るのかを考えると情報とは現象そのものではなく関係から生み出されというのだ

 温度計 で ケーキ の 温度 が 測定 さ れる。 測定 は、 ある 対象 物( 光子 や ケーキ) と 別 の 対象 物( ツァイリンガー や 温度計) の 相互作用 で ある。 相互作用 が 終わっ た 時点 で、 一方 の 対象 物 は もう 一方 の 対象 物 について の 情報 を 得る。 温度計 は、 焼い て いる ケーキ の 温度 に関する 情報 を 得る が、 これ は つまり、 温度計 と ケーキ に 相関 が ある という こと だ。 測定 が 終わっ て、 もしも ケーキ が 冷たけれ ば、 温度計 は 冷たい という こと を 示す( 水銀柱 は 低く なる) し、 ケーキ が 熱けれ ば、 温度計 は 熱い という こと を 示す( 水銀柱 は 高く なる)。 温度 と 温度計 は、 ちょうど 二つ の 光子 の よう に 相関 し て いる の だ。

カルロ・ロヴェッリ. 世界は「関係」でできている 美しくも過激な量子論 (p.110). NHK出版. Kindle 版.

一見屁理屈にも思えるけれどこの考え方はあらゆる観測における真理である。常に測るということは対象物と別の対象物の相互作用であって対象物そのものの情報ではないことに留意すべきなのである。



 

2025年6月5日木曜日

目線と視線の違い

何が違うのかAIに聞いてみた。 

「目線」と「視線」はどちらも「目に関係する言葉」ですが、使われる文脈や意味に違いがあります。以下にわかりやすく整理します。


◆ 「視線」:目が向いている方向や動きそのもの

  • 意味:物理的にどこを見ているか、その方向や動き

  • 具体例

    • 「彼の視線を感じた」 → 彼がこちらを見ていたという感覚

    • 「視線をそらす」→ 見ていた対象から目を外す動作

  • ポイント:どこを見ているか、という「物理的な視覚の向き」に注目


◆ 「目線」:視点や立場、あるいは目の高さ

  • 意味

    1. 物理的な高さ(カメラや人物の目の位置)

    2. 比喩的な視点(物事を見る立場や考え方)

  • 具体例

    • 「子どもの目線に合わせて話す」→ 物理的にも心理的にも子どもの立場に合わせる

    • 「上から目線で話された」→ 相手が見下すような態度だったという印象

  • ポイント:「見る」行為よりも、その立場・角度・スタンスを表す


◆ 比較表

項目 視線 目線
主な意味 見ている方向・目の動き 視点・立場・目の高さ
用法 「視線を感じる」「視線を外す」 「目線を合わせる」「上から目線」
性質 客観的・物理的 主観的・比喩的なことも多い

◆応用のヒント

  • カメラマンや映像の世界では、「目線=カメラを見る角度」「視線=キャラの見ている方向」と明確に区別されます。

  • 心理学や人間関係の話では、「視線」は無意識の行動として、「目線」は意識的なスタンスとして分析されます。


ご希望があれば、使い方の例文や日常・ビジネスでの誤用例もお伝えします。

気になる人はこの二つを合わせて考えているのかもしれない



2025年6月4日水曜日

高齢化課題こそシステム発想が必要

 認知症の一歩手前の状態と言われるフレイルを予防するために多くの高齢者が取り組んでいる。認知症等になってしまうと介護等で家族にかける負担や社会保障費などで社会全体の負担が大きくなっていくのでフレイルの予防は社会的な緊縛の課題なのであるしかしそのような課題に取り組む現場は慢性的な人手不足に悩んでいる人のケアであり対象が高齢者ということもあってDX化も困難であるロボットなどの開発も進むが、主な財源が社会保障費ということもあって事業として取り組む魅力に欠けるものになっている。要するに高齢化はシステムによって解決しなければならない課題なのである




2025年6月3日火曜日

勇気の形

 自らの信念に基づき主張し素早く行動するこれは他者から観れば勇気のある行動であるが行動の源泉にある信念は様々である例えば探究心という内発動機みに根ざす勇気もあればあるべき姿に根ざす勇気もあるひとりでやろうとする勇気もあれば力を合わせようとする勇気も見守る勇気もある、要するに勇気の形は様々なのである




2025年6月2日月曜日

アクティビストの季節が来たやぁやぁやぁ

 6月と言えば大手企業の株主総会が集中する。多くの企業経営者はモノ言う株主アクティビストの動向に神経を尖らせているに違いない。アクティビストの特徴は主張と行動と矢面である。一方でかつては総会屋の暗躍等シャンシャン総会を目論んだ企業経営者もコンプライアンスに沿った反社勢力の排除の趨勢において株主と正面から向き合わざるを得なくなっている。それ自体は悪いことではないが平穏で事なかれを志向する国民性にとってみればざわつく季節の到来なのである。取締役は株主からの委任なのだから物言われて当たり前なのであるが誰だって必死になっていることに口出しされたくはないもの黙って信任してくれるのが一番と言うことである。株主は取締役が企業価値を高める経営を監査し不適切であれば不信任を突きつけるというミニマムな権利の行使つまり倫理的な存在で居て欲しいがアクティビストはむしろ経営の舵取りとして先頭に立つので経営陣にとっては目障りな存在であることに間違い無い。




2025年6月1日日曜日

大人とは成長した子どもそれとも萎縮した子ども?

「大人とは萎縮した子どもである」これは キース・ジョンストンの言葉らしい以下、AIに紹介してもらった。

キース・ジョンストンの哲学は、**即興演劇(インプロ)を通じて創造性と自由を解放する**ことにあります。彼は、演劇や教育の場で「人は本来創造的であるが、社会的な抑圧によってその能力が制限される」と考えました。そのため、彼のインプロ理論は、**恐れずに失敗し、直感を信じる**ことを重視しています。

彼の代表的な考え方には以下のようなものがあります:

- **「Be Average(普通であれ)」**:過度に頑張ろうとすると創造性が失われるため、自然体でいることが大切。

- **「Yes, And(イエス・アンド)」**:相手のアイデアを否定せずに受け入れ、発展させることで、より豊かな表現が生まれる。

- **「Status(ステータス)」**:人間関係の中での立場の変化を理解し、演劇やコミュニケーションに活かす。

彼の哲学は、演劇だけでなく、**教育やビジネスの場でも応用されており、チームワークや創造的な問題解決に役立つ**とされています 

一方いきなり大人で生まれる人は居ない大人とは成長した子どもが辿り着いた様態であるとも言えるそして成長に伴い子供ならではの感受性や想像力を無くしていく古のPPMの名曲、パフザ・マジックドラゴンはこの成長と喪失の物語を歌い上げたものであるキース・ジョンストンはこの喪失を萎縮と捉えたのである。

誰もがやがて大人になるのであるが萎縮なのか喪失なのか時に考えてみた方が良いのかもしれない