一時ほどではありませんが、人事の世界において「コンピテンシーモデル」は、支持を受けている考え方です。
成果を出す人が共通に持っている行動様式であり、それを身につけることが成果を出すことにつながる、という論理的なモデルです。
ところが、コンサルティングファームの力を借りて導入した会社から思った通りの結果にならないという声が良く聞こえてきます。
なぜ成果を出す人の行動様式を身につけても成果が出ないのでしょうか。
以下の理由があるようです。
1.コンピテンシーは企業、さらには組織固有に存在する
2.分解された要素は全体を成すものではない
3.段階的成長が真実であるか疑わしい
1に関しては、一般化されたコンピテンシーには、「もっともらしさ」と「他社と一緒の安心感」がありますが、中途採用において他社のハイパフォーマーが自社のハイパフォーマーとは言えない現実に直面すれば、成果を期待するには若干無理があることがすぐにわかります。
2に関しては、タイヤとボディとエンジンがあれば車になるわけではないのと同じで、要素となる意識や行動を状況に合わせて的確に組み合わせて能力発揮することが重要なのであって、還元主義的な理解は現実に則しません。
そして3ですが、人は段階的に能力を獲得し成長するという考え方がベースにありますが、それは動的な人の変化を捉えているというより、組織は能力発揮レベルの異なる人たちで構成されている実態の静的な理解である可能性が高いというものです。
簡単に言ってしまえば、ハイパフォーマーはもともとハイパフォーマーのコンピテンシーを発揮している、ということです。勿論、経験から学ぶことで一層、発揮する力を高めているのですが、段階を経て無かった能力を身につける感覚には違和感があります。
赤ちゃんがハイハイから立ち歩きに変わった時、それまでの学習、例えば勾配で転がるリスクがゼロリセットされます。ハイハイで経験した危険な坂を歩いてコケるのです。
この発揮能力が、身体性と環境に大きく関わるものであり、段階的な学習はではない、という視点に立つと、計画性偶発性理論やキャリアチェンジしてもパフォーマンスを発揮する人の「なぜ?」がとても易しく理解できます。
実はこの、身体性と環境と発揮能力の関係性こそが「適材適所」だと考えます。
例えば、体操の選手にとって、大きな身体(高い身長や重い体重)は能力発揮において不利に働きます。一時、外国の体操選手が成長を止める薬を飲んでいるという噂がありましたが、成長が「適材適所」にとってデメリットになる事実は間違いなく存在します。
さて、組織には、さまざまな立場、役割、貢献がありますから、多様な「適材適所」が存在します。組織はとても自由度が高いのです。
そして、ここに「コンピテンシー」の矛盾が生じるのです。
自由度の高い組織における多様な能力発揮と、コンピテンシーの定義と発達の画一性。
複雑な実態を単純化することで得られることと、複雑なものを複雑なまま受容する重要性においてコンピテンシーの議論は迷走しているのでしょう。
身体性と環境が能力を生む