2018年8月30日木曜日

マルチタスクのこなしかた? 非効率の適性とは

僕は今、会社でいくつも質の違う仕事に関わっている。

どれもが刺激的で、重要で、至急扱いで、放置禁止、そして連携が前提な仕事だ。

本音を言うと一つのことに没入した方が達成感も満足感もある。

きっと良い仕事になるのだろう。

マルチタスクはストレスフルで脳へダメージを与えるとの研究結果もあるので、もし僕が脳にダメージを受けていたとしたらそれは労災かもしれない。

といったって、前述したように放っておけない。

そして僕は、短期間ではあったけどシングルファーザーの子育て経験でマルチタスクのスキルの身につけ、要領と耐性があると思う。

シングルタスクの時のような考え抜く、こだわり抜く仕事は出来ないかもしれないけど、限られた時間の中で複数の仕事を割り振って片付けることに頭と体がついていくのだ。

その際にポイントとなるのは、素早い決断と事前準備、そして集中処理だね。

スーパーが開いている時間に向けて仕事を終える、ある程度メニューのパターンを準備して置いて旬な食材に合わせて選択する、ガスコンロと電子レンジをフルに稼働させていっぺんに料理を作れるよう買い忘れを防ぐなどなど、1つ1つのクリティカルポイントを抑えて、同時並行ではなく、時系列にタスクを配列するわけだ。

こういったマルチタスクも習慣化することで、省エネにできるようになるのは不思議なことだ。

一方、クリティカルポイントと配列化が出来ていないマルチタスクは確かに脳に悪そうだね。

もっとも、僕の場合、連携をする周囲の人には迷惑を掛けていることは間違いない。

つき詰まる所、周りの人に支えられているにも関わらず、「俺、出来ちゃうもんね」みたいに脳天気でいられる特性がマルチタスクの適性と言えるのかもしれない。


今年の夏も終わりそう





「想いのチガイ」はハラスメント? 対話なき社会の恐怖

最近、女子レスリングやボクシング、そして女子体操とアスリートの世界でパワハラのニュースがすごく多い。

僕は当事者ではないので事の真偽は全くわからないけど、それらを聞いていて思うのはしすれ違っている「想い」だ。

そこには当然、純真な「想い」もあれば不埒な「想い」もある。

しかし、女子体操宮川選手の会見を聞いて、パワハラを認定した協会がパワハラを行ったという告発には正直耳を疑ってしまった。

何のため、誰のためかわからないけど、脅しに聞こえるような言動は、やはりパワハラに思えるものね。

でも、こういうことって結構あるのではないだろうか。

上司が部下に対して本人のキャリアを考えて話をしていても、聞いている側には現状を否定されているように聞こえてしまう。

要は、普段の信頼関係が不十分ということなのだけど、これを部下の立場で言い換えるとパワハラ、ということになるのかもしれない。

で、ね。ではなぜ信頼関係が無いのかと言えば、そこには対話が無いからだよね。

さて、対話には参加者の意識と場づくりが必要だ。

対話が必要な場面で説得や言い争い、だんまりになってしまうことは少なく無い。

それは、マインドセットとスキル両方が足りていないからだね。

交通安全の意識と運転免許無しで街中を運転するのだから事故が多発する、昨今のスポーツ界でのパワハラ騒動にはそんな状況があるのかもしれない。


と「ま」れ

2018年8月29日水曜日

かわいい、てごわい、いとしい、こいしい 出世する感情

魚には出世魚と言って成長につれ名前が変わるものがある。

ブリは、関東では「ワカシ → イナダ → ワラサ → ブリ」と出世するのだそうだ。(wikipediaより)

地域によって出世の呼び方が異なるのも興味深いけど、同じイキモノを異なるイキモノとする感性って奥深いと思う。

僕が幼犬の時から犬と暮らすのは今回、はじめてなのだけど、楽しかったり大変だったりといろんな感情が巻き起されている。

糸井重里さん・樋口可南子さんのお家に来た新しい家族犬、ブイコちゃんを見ていると、それは決して僕だけの出来事ではないようだ。


犬は魚のように出世して名前が変わることはないけど、感情が出世していくことに気づいかた。

最初、すごくかわいい。

こんなにかわいくて良いのかと思うほどかわいい。

でも、すぐにてごわくなる。

自由奔放にされてしまうと人間の生活に多大な被害や影響が出て来る。

ここでどうやって躾ようか悩み、本を買ったり、人に聞いたりするのだね。

そして、相互に妥協点が見えてくるといとしくなる。

多少、言うことを聞かなくても、身の回りに被害が出ても許せる。(「我慢」じゃない)

で、ね。その次にくるのが、ひと時も忘れられないだよね。

つまり、こいしくなるのだ。


もちろん、感情は人それぞれだと思うけど、感情が出世するってなにかいい感じなのだ。


かわいい、てごわい、いとしい、こいしい



2018年8月27日月曜日

光よりも速い成長なんてあるの?

僕たちが成長を考える時、どこかで時間の概念も持っているよね。

つまり、そのくらいの速さで成長するのかを言葉にしないでも考えているのだ。

時に子育てをしている人が持っている「うちの子は成長が遅いのではないか」と言う悩みに触れることがあるけど、僕などは母親から言わせれば言葉を喋るのが遅くて、大層心配を掛けたらしい。

今となっては、どうすれば黙っていられるのか悩んでいたりするけどね。

さて、何れにしても、成長をテーマに話をすると、社会人だと、2年目くらいでそつなく仕事をこなせるのは早い部類のようだ。

一方、成長には10年掛かるという会社もある。

何を言いたいのかというと、時間という一見客観的だけど実は主観的で可変するものによって成長の本質は歪められて語られているのかもしれない。

「稲妻に打たれたような衝撃」によって急激な成長を遂げることもある。

そんな時、その人は光より速く成長しているのに違いない。

逆に無意味感を持っていることをいくら続けても成長には繋がらない。

やはり、成長に向き合うにはその人にとって起きた(起こした)事象の意味の強さを知っている必要があるのだろうね。



閃光が走る


直前は大雨


2018年8月26日日曜日

誰にても狂気ってあるのだろうね

ロックバンド、ピンク・フロイドのアルバムで"The Dark Side of The Moon"と言う代表作がある。

直訳すれば、月の暗い方ってことなんだろうけど、これを「狂気」と翻訳した人はすごいよね。

このアルバムを聴きながらブログを書いているのだけど、それまでは、暑くて外に出る気のしない今日、僕は”戦場のピアニスト”を観ていた。

第2次世界大戦を舞台に描かれたこの映画、あらゆる所に人間の狂気が当たり前のように描写されていて、本当に恐ろしくなってくる。

何が恐ろしいのかと言えば、状況や環境によって、狂気が狂気と思えなくなると感じられるからだよね。

つまり、狂気って絶対的なものではなく、状況・環境に依存した相対的なものってこと。

その前提に、選民思想、優等意識などの差別志向があるのでそれらを正当化しない弛まない努力が要るわけだ。

逆に考えれば、僕たちの中には誰でも存在しているものってことではないかな。

例えば、すごく物分かりが良いと思っていた人が、ある状況ではとても利己的な判断を下したりする。

要するに「背に腹はかえられぬ」となる。

仕方ない、といってしまえばそれまでだけど、そう言うものとの理解も必要なのかな。

さて、昨日僕が観ていたのは”愛と哀しみのボレロ”で、これも戦争が織りなす人間模様の作品である。(原題”Les Uns et les Autres”は「人と他者」ってことらしいから、邦題をつけた人にはもう少し頑張ってほしかった。)

ジョルジュ・ドンのバレエには”狂気”が宿っていると感じたから、利己、選民、排他、差別などだけでなく、至高、究極にも”狂気”は存在しているのかもしれない。

紙一重ってことなのかな。


日曜午後の狂気?


2018年8月25日土曜日

第4次産業革命が来ているのにいまだに産業の盟主面?

昨日に続いてITを考えているのだけど、ITエンジニアは今、人材不足が甚だしい。

有効求人倍率と言われる、需給のギャップは8倍に及んでいる。

1人に8つの募集がある、と言うことだね。

では、なんでこんな事になっているのかと言えば、僕は2つの理由が思い浮かぶ。

一つ目の理由は、産業構造の変化だ。

第4次産業革命と呼ばれる構造変化は、すなわち情報分野へ産業がシフトすることだよね。

だから、人が足りない。

これは仕方がないのかもしれない。

で、もう一つの理由は、時代遅れであるのに多勢を占めるIT音痴の人たちだ。

ITエンジニアを単なる技術者と見下す発注者と言い換えられるかもしれない。

それらの人は、プログラムやサービスの仕様が作れないし当たり前だけど検証も出来ない。

それらの人のお世話を焼いたり、足りない部分をカバーするために、ITエンジニアは苦労し、ストレスを抱え、生産性を下げているのだ。

で、ね。僕の考えは、求人倍率が8倍なら、ITエンジニアの給料を8倍にすれば良いと思うね。

そうすれば、産業構造の変化に遅れた企業が発注が出来ないから自然淘汰され、需要も減るよね。

第4次産業革命前は、IT産業は下請け産業だったかもしれないけど、今はITの方が立場は上なのではないだろうか。

そしてITビジネス化した旧来の企業や組織、ビジネスマンは生き残り、そうでない企業や組織、ビジネスマンは淘汰されていくのが自然な流れなのだろう。


新しい時代の古い檻









2018年8月24日金曜日

プログラミングのカタルシスと地獄のストレス

僕はITのプログラマーじゃないけど、時に必要に迫られてプログラミング(もどき)を行うことがある。

そして、そうした際に「こう動かしたい」と思っていたことが「こう動いた」となった時のカタルシスは半端ないものだ。

プログラミングを行う人にはきっとそう言った経験が山のようにあるのではないだろうか。

一方で、プログラミンでもっともストレスフルになるのが、どうやってやるの?的なことをやらなくちゃならない場面だと思う。

往往にしてそう言う時は、「やりたい」じゃなく「やって!」と来るのだ。

良くあるのが営業担当の空手形。

システムの難しさを理解もせずに顧客の前でええ格好し、をする営業は少なくないよね。

その結果、「なんとかしてよ」となるのだけど「そもそもそれ無知」なことが少なくない。

どうしても良い格好がしたいのだったら自分でやれば良いのだ。

これは、アナリスティックでも同じだとね。
http://ringdow.blogspot.com/2018/08/blog-post_84.html探索分析なのに「こう言う結果を出して欲しい」とかはストレスフルなのです。

もちろん、無理難題の解決から生まれるカタルシスもあるけど、それはスキルが未熟な時に肯定できるものだよね。

「その時の技能ではちょっと難しいけど、スキルの獲得によって越えることができる」ことがわかっている場合ってことだ。

ITエンジニアって今、不足感が半端ないけど、それって社会の困難さをエンジニアに押し付けちゃっているのかもしれない。


こうなるために

2018年8月23日木曜日

ポジハラとネガハラ 新しいハラスメントを作ってみる

僕は自分の考えに沿って話していると、聞いている人から「ネガ」だとか「ポジ」だとかフィードバックをもらうことがある。

それ自体はその人の捉え方なので良いとして、そもそもハラスメントって受けた人の感じ方次第なこととして、それは、聞いた人がハラスメントを受けたのか、フィードバックを受けた僕がハラスメントを受けたのか考えてみた。

で、ね。結論から言うと、「あなたの言っていることはポジティブだ」とか「あなたの言っていることはネガティブだ」と言うのは、フィードバックと言う形のハラスメントじゃないかしらん。

だって、フィードバックを受ける人がそれを望んで求める訳ではなく、聞いた人が自分の満足や不満をぶつけていることだからね。

だから、ポジハラ、ネガハラというのを作って見よう。

「めっちゃポジだよね」と言うのがポジハラ、「なにネガなことばかり言っているのだ」と言うのがネガハラだね。

ポイントは評価の押し付けってこと。

ポジハラはちょっとわかりにくいけど、もし本人が葛藤の中で出した結論であれば、それを受けての印象だけでポジと言われたら納得出来ないでしょ?

フィードバックが相手の内省を促す支援行為だとすれば、相手にその支援を受ける準備が出来ているのが前提だから、望まないフィードバックはハラスメンにもなり得るってことです。

如何かしらん。


色気のない世界

魂込めた重さとしなやかな軽さ

パーソナリティ特性という人の傾向性は、何々をしがちだ、という行動傾向だけでなく、物事の捉え方、人との関わり方などの好き嫌いにも大きく影響している。

その中の一つに「何かに向き合う姿勢」がある。

例えば、スポーツの練習などでも、気合いや気迫を求めがちな人と、心的負荷をかけず科学的なアプローチや楽しさを求める人は明らかに姿勢がことなるよね。

こういった、方針、姿勢もパーソナリティ特性にかなり影響を受けているのではないか、というのが僕の考えだ。

このところ箱根駅伝の常勝チームになった青山学院大学原監督は後者だろうし、ひょっとしたら日本大学アメフト部の前監督は前者だったかもしれない。

前者はストレスを良しとし易く、後者はストレスよりもモチベーションを良しとする。

言い方を変えると、魂を込め重さをグッと堪えることと、ワクワク感で軽やかになることだね。

で、ね。誰にでもその両方が備わっているのだろうけど、パーソナリティ特性という傾きは、どちらかに寄っていることなのだ。

多様性が面倒臭いのは実は、こんな所が源になっているのかもしれないね。


軽やか〜

2018年8月21日火曜日

奇妙な能力

僕たちは様々な能力を持っている。

そして、なんとなく、ほんとなんとなくなのだけど、能力は高い方が良いと思い込んでいる。

でも、実際、能力って奇妙なものだ。

例えば、想像力。

想像力が高い人は、意識しないでも色々想像してしまう。

周囲の迷惑だけでなく本人にとってもお構いなしで想像しちゃうのだ。

例えば、ある問題を解決する方法がいくつも次から次へと思い浮かんでしまう状態を考えてみるとその苦労が察せられるかもしれない。

同様に論理力が高い人がリスク管理を行うと仕事も生活もどんどん窮屈になる。

過ぎたるは及ばざるが如し、万事、何事にもちょうど良い塩梅があるものだ。

で、ね。「過ぎてしまった奇妙」な能力を保有する人は、社会や組織でにおいて不適応という差別を受ける事になるよね。

それで悩んでいる人って案外多いかもしれない。


美味しい果実





2018年8月20日月曜日

伏兵あらわる 金足農にカメラを止めるな!

なんだか思いがけずに暑くなり、思いがけずに大雨が降り、思いがけずに涼しくなって、思いがけずに台風ラッシュのこの8月だけど、映画や高校野球でも思いかげないことが起きている。

いよいよ決勝戦を迎える高校野球では、金足農業高校の快進撃が止まらないけど、決して前評判が高い訳ではなかったらしいよね。

でも、有力な選手を集めた高校に勝つ姿は秋田県民でなくても感嘆と感動がある。

これで優勝まで果たしたら出来過ぎだと思うけど、期待に胸は膨らむのだ。

一方、映画と言えば、「カメラを止めるな!」だろう。

このお盆休み、TOHOシネマズ日本橋の一番大きなスクリーンを占拠したのは、トム・クルーズでも、山Pでも、小栗旬でもなくて、名も知れない役者と監督の作品だった。

他の映画と比較した訳じゃないけど、まあ、面白い。

しかも、制作費300万、ロケ8日間だそうだ。

さて、こういった伏兵は質素だからすごいと感じる訳ではない。

シンプルに「すごいので感動する」のだ。



行方不明の2歳児を捜索開始30分で見つけだした尾畠春夫さんもある意味、伏兵なのかもしれない。

で、ね。お金や人手を掛ければ良いものができる訳じゃない事に多くの人が勇気をもらっている2018年8月だよね。


そこにある凄さ

2018年8月19日日曜日

さあ、白黒つけようじゃないか

最近のデジカメはモノクロの写りを売りにしていたりする。

ということで最近のデジカメでもないのだけど、モノクロ比較をしてみたのだ。

比較したのは、ACROSが売りの富士フイルム、FOVEONで独自路線を行くSIGMA2機種だ。

ちなみに画像は少々加工しているのであくまでも参考レベルだよ。


まずは車の質感比較だね。

ちょうどいい事にポルシェGT3なんかが路駐していたりする。

さて、結果だけど、以外に忠実に再現したのは 一番古いDP1だったりする。DP2-Merrillは何だかより良く撮れたけど、X-T20は少し盛りすぎな印象だった。

ドラマチックに撮りたいならX-T20かも。


X-T20


DP2-Merrill


DP1

次に水たまりに映る太陽。
これはレンズが違うから当たり前だよね、という結果でやはりレンズが交換出来た方が表現の幅は広がるよね。解像度ではDP2-Merrillがぬけだしている印象だ。


X-T20


DP2-Merrill



DP1

 最後はソテツの比較だけど、これも画角+解放の明るさの方が違いがわかるよね。


X-T20


DP2-Merrill



DP1

結論としては、格好良く撮るならX-T20、細部にこだわるならDP2-Merrill、そして難しさを極めるならDP1といった感じかな。




良い芽吹きとなる種を撒くこと、出来ている?

人の身体的成長には多少の違いはあれおおよそ同じくらい時間が掛かるよね。

まあ、この「違い」というやつがくせ者であって、子を持つ親にしてみれば心配のタネになるのだけど。

一方、人の内面に起きる成長はさらに人それぞれなのかもしれない。

特に「学び」による成長は多様だ。

就活をしている学生が数ヶ月間で成長を見せることもあるけど、僕は就活が終わって5年近く経ってから「気づき」があった。

かなりのんびりした方だと思うけど、決して珍しくはないのじゃないかな。

で、ね。「学び」「気づき」「内面の成長」ってそれでいいよね。

教える人や育てる人はすぐ、「誰よりも早く」とか考えるけどそれは教える、育てる事情だもの。

ただ、「学び」「気づき」「内面の成長」の種は、いつでも良いってわけじゃない。

時間が掛かる人のことを考えれば、できるだけ早く種は撒いてあった方が良いでしょう?

それは教える人、育てる人ができる唯一のことだもの。

今の僕があるのは、間違いなく大学時代の青沼教授のおかげだ。


早く芽を出させることよりも、良い芽吹きとなる種を撒く。

僕たちは自分たちのできることにもっと謙虚になるべきなのかもしれないね。


花は散るために開くもの





2018年8月18日土曜日

 トレンドで説明がつくものはトレンドだ


僕が2004年に受講したMCCマーケティング講座にて課題となったグループワークで「ちょっと高めの商品」が売れる理由と新しい消費者像 というレポートを作成した。

デフレが進行する中でも売れているちょっと高めの商品、例えば「ヘルシア」とか「プリウス」などがなぜ売れるのか、商品評価を行って解明しようとしたものだ。

評価に際しては受講の際に教わった以下の「消費者のソーシャル・トレンド」などを用いたのだけど、いま、僕のまわりにあるいろんな新しい事業は大方、このトレンドで説明がつくよね。
  1. 自己実現のための変化探求トレンド(生活単純化傾向 自然回帰傾向 無秩序許容傾向 生活個性化傾向 生活文化創造傾向 生活意義探求傾向)
  2. 個人の精神的・肉体的トレンド(健康志向傾向 ストレス回避傾向 癒し探索傾向 美的付加傾向 五感重視傾向 自己分析傾向 神秘体験探求傾向 個人宗教探索傾向 性的自由傾向 現在享楽傾向 刺激探求傾向)
  3. 社会との同調トレンド(家族主義傾向 コミュニティ参加傾向 科学技術依存傾向 ビックネス不信傾向 性差開放傾向 社会規範重視傾向 生活の社会化傾向)

要する多くの事業は「生産」でなく「消費」を促すものであり、サーフィンみたいに流れにいかに乗るかということなのかもしれない。

価値を提供してそれを消費してもらい、対価を得る。

消費者向け事業とはそのようなものだろうけど、新しい価値を生み出す人的資本開発に向けての事業がこのトレンドで説明がついてしまうとちょっと残念な気がする。

まあ、サービスを受益すること自体がすでにトレンディだけどね・・・


トレンドでなくクリエイティブを拓け

2018年8月17日金曜日

人を巻き込む力は誰にでも備わっているけど発揮するのが難しいわけ

新規事業で大切なのは斬新なアイデアよりも組織内外の人を巻き込む力だそうだ。

確かに、いくら新しいと思うアイデアだって同じことを考えている人は必ず居るものだ。

それも一人ではなく複数だよね。

インスタグラム社は3番目と5番目の社員がコミュニティマネジャーというコミュニティ形成のマネジメントを行う役割を担う人材で、コミュニティをサービスを成長させる原動力としたことは有名だけど、これなどは典型的なファン作りの例だろう。

そう言えば、スティーブ・ジョブズは、事業家として素晴らしい着眼点を持ったいたけど、NEXTは事業的に全く上手く行かず、再びアップルに戻った時は、組織内外の人が巻き込まれざるを得ない危機的状況だったからとも言えるかもしれない。

そう思うと、ファン作りとカリスマって実は同じことを意味しているのだ。

で、ね。巻き込みたい人と巻き込まれたい人の微妙な相互信頼、共存共生、共依存的な関係から新規事業は育ち、成長するのだろうね。

だから、巻き込む力とは本人の特性と置かれた状況の連立方程式で考えなくちゃいけない。

裏を返せば、それって誰にでも備わっている力なのだけど、本人の影響性やファン作りだけに注目していると発揮できず、本人も周囲もなんだかその力が備わっていないように考えてしまうのではないだろうかしらん。


巻き込むのじゃ









2018年8月16日木曜日

僕たちはハプニングに生きている

こんなはずじゃなかったのだけど・・・

僕たちの日常はハプニングに溢れている。

だから、誰かのハプニングに容易く共鳴できる。

掘り起こすのに苦労はしないものね。(「掘り起こし共鳴現象(矢野)」的なことかも)

そしてハプニングの裏で起きているドタバタを誰もが経験しているよね。

それは、よい事、わるい事に関係なくね。

今日、観てきた 映画「カメラを止めるな」で僕が考えていたのはそんな事だった。

人生につきもののハプニングをポジティブに捉えるのか、ネガティブに捉えるのかはその人のことだ。

性格的(生存戦略的)にポジティブに捉え易い人とネガティブに捉え易い人がいるのは事実だけど、そこからどう行動を起こすのかを自分ごととしていると学習が生まれ次に活かせる。

ハプニング経験を通じて生き方を変えられる、っていう事だね。


パンダ

2018年8月15日水曜日

デジタル終活を考える

友人がフェイスブックに共有してくれている「明るい終活」が最終段階とのこと、私よりもずっと若い彼が「終活」というのが結構気になってしまったのだけど、読んでいてとても重要なことだと感じている。

どんな「終活」かといえば、自分の死後に残される私信や通帳類、データをどのように整理しておくのか、保存しておくのかということだ。

確かによくよく考えてみれば、何気なく保存しているデータ、特に無料のサービスとかは一体どうなってしまうのやら。

その気持ち悪さを考えると、デジタル終活は大事だと思うのだ。

一方、昨日行った「縄文」だけど、壊して埋めたものを掘り出して復元し、そして今の国宝とか、重要文化財になっているものもあった。

集落の捨て場は再生の場所であり、国宝の土偶はそこで発見されたらしい。

国宝になった=再生した とも言えるのかもしれないね。

で、ね。何だか綺麗にしなくても良いように思えてきたね。

ポンペイの噴火じゃないけど、ある瞬間で時が止まったとして、後世の人にとってみればそれ自体が宝なのかもしれない。

「縄文」で展示されていた「石棒」は男根の象徴らしいけど、何千年も後の人たちは僕たちの俗っぽい嗜好を真面目に受け止めてくれるよね、きっと。

ということで、僕はしばらく「デジタル終活」はしないことにした。

それもロマンなのだ。


行列して見る古代の俗世


2018年8月14日火曜日

ジェネレーション、ゼーット そして縄文式仕事でいいの?

アイドルユニット、ももいろクローバーZは2011年4月に改名して今に至るそうだけど、1997年以降に生まれた世代はゼネレーションZと言われるそうな。

マイクロソフトがWindows95をリリースして、インターネット時代が本格的に到来した時、僕は、すでに30歳も過ぎていたけど、22歳で就職した時に時代の先端だと思っていた銀行でそろばんを使わされ大いに落胆したことを考えると、21歳を迎えようとしているゼネレーションZにとってITの無い仕事なんて想像出来ないだろうね。

そのゼネレーションZはすでに就活をしているわけで、僕たちがICTを活用した新しいサービスや仕組みと感じていることは実は、当たり前以外のことなのだろう。

ゼネレーションZにとってみればパソコンやEメールは世界遺産に見えるかもしれない。

そこでちょっと思考実験をしてみよう。

最近、仕事やオープンラボで使い始めた、Slackとzoomだけで仕事をするのだ。

もちろん、テレワークで仕事には出向かない。

これで僕の仕事のうち出来ないことを考えるのだけど、

  • 顧客訪問
  • メンバーの観察

この2つくらいしか思い浮かばなかった。

顧客訪問は、百貨店の外商みたいなもので、行くことに意義がある。

メンバーの観察は、zoomでも出来なく無いだろうけど、せっかくテレワークをするなら雰囲気とか空気を気にしない方が良いのだろうね。

でも、それによってスピーディなチームワークがある程度犠牲になるのかもしれない。

素早いチームプレイは、即興的なパフォーマンスによって支えられる部分が少なく無いからね。


僕たちの仕事に最新のテクノロジーを導入するのではなく、新しいITサービスで仕事することを考えないと、そろばんで計算をするのと何ら違わないことになってしまいそうだね。


縄文式仕事


2018年8月13日月曜日

作品を通して芸術家の内面成長を知る

今日は、かつてより家人の望みで「縄文」と「藤田嗣治」を観に出かけた。

一万年も前にあんな造形を作っていることも驚きだけど、まさか作った人も一万年後に大勢の人が行列を作って観ているとも思わなかっらだろう、その年月にも驚きだよね。

さて、もう一つの展示会「藤田嗣治」を観た感想なのだけど、こちらは、人の生き方を考えさせられた。

今から100年前の1918年と言えば、フランスに行くはたいそう大変だったことだろう。

でもそんな状況も若き「藤田嗣治」には関係なかったのだろう。

それから1968年に亡くなるまで、モディリアーニなど才能高き画家やあちこちの国で戦争と国家に関わり、最後はフランスで生涯終えるのだけど、フランスで日本固有の技法や美意識を武器にしたり、トレードマークのおかっぱを丸坊主にして、日本で激戦地の絵を描いたりと時代の波の中を逞しく生き抜いたのだ。

で、ね。芸術家の生涯を、その作品を通して知ることは少なくないけど、内面の変化が作品に投影される様を目の当たりにして芸術家の何が僕たちに感動を与えるのか、少しだけわかったような気持ちになったよね。


藤田嗣治の内面成長

2018年8月12日日曜日

長男と末っ子の違いにみるパーソナリティ特性の複雑系

お盆休みになり、街で小さい子供たちを連れた若いお父さんを多く見かけるようになった。

偶然かもしれないけど、お父さんに連れられた幼い兄弟を立て続けに見かけたのだけど、その姿を見ていて長男と末っ子の違いを思っていた。

巷でも良く長男的性格とか、末っ子的性格とか言われるけどもう少し詳しく見ていくと、長男的態度と末っ子的態度の違いがあるよね。

僕が見た長男的態度は、親の注目を集めるための行動に思える。

つまり率先して何かをやらかすのだ。

それに対して末っ子的態度は、長男の行動と親の反応を見て、親が叱らなければ真似し、叱ればやらない。

要は、観察し学習するプロセスが入るわけだね。

一見すると長男は意欲的で末っ子は慎重にみえるけど、おそらくそれは持って生まれた性格と言うより長男、末っ子と言う後天的に置かれた状況から学習された態度だと思う。

そこにそもそも持っている外向、内向といった気質が掛け合わさってパーソナリティ特性が複雑に表現される。

だから長男だとしても誰もが意欲的な訳でもないし、末っ子が皆、慎重なんてことはない。

でも、何がその人の本当のパーソナリティ特性かと言えば、現実にいろんな要素の組み合わせたで表現される複雑なものがその人の実体であって、パーソナリティ特性は複雑系だと考えているからね。


豚?でもこれが彼の実体



2018年8月11日土曜日

機械学習の先行き 倫理なき個人情報活用と規制による反撃

ビッグデータとかAI(機械学習)を売りしたサービスが盛んだけど、少し先行きを考えて見よう。

これまでSNSとかビッグデータとかは新しい事業領域で法律の整備が追いついていなかった。

その結果、フェイスブックのデータはアメリカ大統領の選挙戦で使われ、テクノロジーで個人特定された個人情報はまるで当然のように分析されている。

HRテックと呼ばれる人事領域のテクノロジーでも、エントリーシートデータなど、本来は個人に帰属するデータがビッグデータとして分析され学習が行われいてる。

問題がその学習結果が何に使われるものか、本人に許諾がないことだ。

建前的には個人を特定していないことになっているけど、一見、マーケティングデータに見えるそれらは、かなり高い精度で個人特定され、情報が統合されている。

機械学習を行うときには、サンプルに関してとにかく多様多彩なデータが欲しいからだ。

こうしたWEBクローリングといって、ネットワークにある情報を集めることもデータサイエンティストと呼ばれる『技術者』(1事業者の利益のために学習を行わせるエンジニア)の間ではなんの罪の意識もなく語られている。

GDPR(EU一般データ保護規制)によって新たな局面となり始めたこの個人情報、ビッグデータ、機械学習の問題だけど、不埒な輩が個人情報を不正利用している構図ではなく、実は、IT大手の無手勝なテクノロジー志向に対する規制だよね。

まあ、銃規制と一緒で規制に政治が強く絡むアメリカや情報管理に全く疎い日本では取り残される問題かもしれないけど・・・。

温暖化規制でもわかるように外圧に弱い日本は、アメリカの横槍が入らなければおそらくGDPRに準拠していくのだろう。


僕はフェイスブックもツイッターも使っているけど、フェイスブックに載せた充実自慢や、ツイッターに載せた愚痴、不満を選挙のネタに使われるのは嫌だ。

知らないうちに僕の意見が誘導されてしまっていたら、本当に大切なことに気づけなくなるもの。

で、ね。機械学習の先行きだけど、こんな問題を抱えながらいいように使われていくのだろうね。

結局、僕たちの情報を都合よく使う会社を僕たちが許せるかどうかにかかっているのだろう。


今朝のルイ 

2018年8月10日金曜日

自分の壁を越える そのために必要なこと

「成長」を考えよう

あなたらしい成長、知ってる?


この2つ、同じテーマについての解説書の書き出しです。

さて、どっちの方が、むずかしいことをやさしく、やさしいことをふかく、ふかいことをゆかいに、ゆかいなことをまじめに書いているのか。

むずかしいことは、成長 だね。

「」で囲むともっと難しくなる。

考えよう と 知ってる? はどっちがやさしいのだろうか。

そしてどっちがふかく、ゆかいで、まじめに書いているのだろうか。

あなたらしい成長は、一般論ではないから読んだ人にとって深く刺さるし、なんだか楽しげだ。

でもまじめな話だよね。

最初の書き出し文は僕が最初に考えたもので、2つ目は他者の力を借りて作ったものなのだ。

最初の文は僕の癖そのもの、むずかしいことを難しく考える。

結局、自分の癖を越えるには他者の力を借りるのが一番なのだ。


龍雲





2018年8月9日木曜日

日常の生と死が穏やかに存在するSNS

これまで何回か取り上げているけど、糸井重里さんが代表を務めるほぼ日が運営する犬と猫のSNS「ドコノコ」には生と死がともにある。

これは、最近長生きするようになったとはいえ、犬や猫の寿命は僕たち「人」よりもうんと短い。

だから、僕たちが犬や猫と暮らすようになると、多くの場合は、彼、彼女らの死を看取ることになる。

糸井さんも当初、この状況を気にしていたようだけど実際に、愛犬、愛猫の「死」がSNS上に載るに至り、「死」を穏やかに受けてめているコミュニティの様子を知り、懸念が杞憂だったことに気づいたらしい。

ドコノコでは今日も静かし「死」が訪れていた。

生きるために頑張り続けた子たちだ。

僕の先代の犬もそうだったけど、亡くなる直前まで生命を燃え上がらせる姿は悲しみを一層深くさせる。

その姿に回復を願う飼い主さんの気持ちが痛いほどにわかるからね。

でも、ドコノコのみなさんは、「死」を絶望したり、責めたりすることは無い。

本当に穏やかない気持ちが溢れているのだ。


犬や猫を飼っている人の中にも酷い人は居る。

散歩していて、糞をとっていないことも少なからずある。

ひょっとしたらそう言う人は良い犬友達、猫友達が居ないのかもしれない。

ドコノコで僕は例え愛犬が亡くなっても孤独では無いのだということを教わっている。


元気だけど、穏やか



2018年8月8日水曜日

キャリアって組織の中にあるの?それとも外にあるの?

保育士の資格を持ちながら保育士として働かない人が結構いるらしい。

かつて、採用面接を行った学生も保育士を目指し、大学で勉強し、資格を取得しながら就活を行っていたのだけど、そういうケースも決して珍しくないのかもしれないね。

さて、資格は組織でなく、個人に与えられるものだ。

だから、組織をまたがって持ち歩くことができる、ポータブルなものだよね。

組織で働く個人は、こういったポータブルな資格やスキルを使って自分のキャリアを描くことができる。

しかし、よく考えて見たら、資格とかスキルは必ず使わなくてならないものではない。

その活用も含めて当人の選択肢だ。

僕が免許証を持っていても今は運転ていないことと何ら変わりはないだろう。

車を運転したい→運転に何かネガティブになる→車を運転しなくなる、と言う僕の態度の変化の背景にあったのは、経済性と締め付けが厳しくなる道交法だった。

要は、資格を行使する旨味が無くなったのだ。

でも、電車やレンタサイクル、シティバスなどを活用して僕の生活は何ら不便がない。

確かに運転と言う面だけ見ると自動車産業から見たら僕が再び車を所有し運転をすることに大きな関心が払われるのかもしれないし、僕も車が嫌いになった訳ではないからまた、車を所有して運転を始める可能性も決して無くは無い。

でも社会的意義から車を所有し運転はしないと思う。

ポータブルな資格やスキルの取得が、保育士になって小さな子の成長に関わりたい、車を運転して遊んだり楽しんだりしたいなど直感的な欲求と結びついているのだとしたら、より大きな視点から個人が豊かなキャリアや生活を送る欲求の一部であることを直視しない訳にはいかないよね。


固定する?


2018年8月7日火曜日

モチベーションとコミットメントのトランシジョン

先日のがちゃトークのテーマが「やる気」だったのだけど、その中で法政大学教授長岡さんが、経営学的にモチベーション、コミットメント、キャリアの違いをやる気の観点から説明してくれた。

その話を聞いてから、ずっと気になっているのが、モチベーションからコミットメント、コミットメントからキャリアへの移行がどのように起こるか、だ。

モチベーションとは短期的に上がったり下がったりするものであって、コミットメントはその上がり下がりを内包しながらも身を賭すことだよね。

もう少しわかりやすく言うと、中期的に会社など組織に帰属、貢献している姿がコミットメントであって、でもその中ではモチベーションのアップダウンは普通にある。

3年以内で早期に離職する場合はコミットメントが出来ていないのでしょう。

そしてコミットメントからキャリアへの移行は、自分の人生をデザインすることだ。


3つの違いは、仕事選びの際に、「何がしたいのか」「何を成し遂げたいのか」「どういう自分になりたいのか」の順番で確認するとわかりやすいかもしれない。

もちろん、それが演繹的でも帰納的でも良いのだけど、しっかりと接続していることが大切であって、要は、それらのトランシジョンって「意味づけ」なんだよね。


「意味づけ」は人の得意技


2018年8月5日日曜日

AIの凄さ、素晴らしさを語ってみよう

僕がAIを取り上げる時、その多くはAIじゃなくML(機械学習)であること、AIは意味を考えないことなど、ディスる内容が多いように思う。

でもそれはAIが悪いのではなく、AIを担ぐ人の誇大妄想的な売り方に対する批判なのだ。

では、AIは何が素晴らしいのだろうか。

添付した動画からそれが実感できる。

この動画を作ってくれたのはGoogleである。

もうちょっと細かく説明するとGoogle フォトと言うサービスがphoneに撮り溜めた写真をサーバにアップロードしそれを繋いで音楽をつけてくれたわけ。

何が素晴らしいのかと言えば、


  1. 僕が全く手をくださないのに
  2. 膨大な写真から適切な写真を取り出し
  3. 僕にとって意味深いストーリーを作って
  4. 犬の音楽をつけ
  5. 素敵なコンテンツに仕上げていること
だよね。

僕がこの動画を作ろうと思ったらきっと丸一日かかるのではないだろうか。

そもそも膨大な写真からピックアップするのは大変だ。

そして、AIの真価は、全く意味をわからずに、もっともらしさだけどこの動画が作れることだ。

多くの人がこの写真を犬と認識するから犬の写真であり、人と写って入れば思い出の写真であ理、時間軸でピックアップすればそれが物語に感じられる。

そして、犬の写真と犬が写って入れば、それは多くの場合、別れと出会いだ。


そのもっともらしい確率の高いものを繋げれば素敵なコンテンツが生まれる。

僕がこのコンテンツを気に入ってダウンロードするとそれは失敗作ではなく、成功例として教師データになる。

僕の動画は新たな動画の手本となるのだ。


MLではこの学習はサーバが動いて入れば常に行われていて、何千万人、何億人のが同時にサービスを受けられる。

不眠不休のこのサービス、なんと、今のところ無料であるが、サーバば不当労働行為といって訴訟を起こすこともない。

人材を雇用する事業者にとってそれは夢のまた夢だ。

AI(MLだけどね)はこのように、多くの人のもっともらしい行動によって答えを導く。

だから、特異で固有の行動を導くためにはより専門的なデータと結果を学習しなくてはならない。

これが「専門型」「弱い」といわれる所以だね。

また、学習の無いことは出来ないの新たな行動を導くトレンドメーキングやイノベーションは起こせない。

ゆえに個性に応じて人材を育成することや新規の事業創造には全く無力だけど、データを扱った作業的なことは確実にAIの方が人間より向いているよね。

消費電力の問題を除けばね、


もう泣かなくなりました


クアトロフロマッジョも素晴らしい!


2018年8月4日土曜日

根気には時間が埋め込まれいている。グラレコにもね。 がちゃトークより

昨晩のがちゃトークは久しぶにグラレコをした。

最近、グラレコの場数が減っていたので「ひめさんに叱られる」のでは無いかとハラハラしていたけど、やはりグラレコは楽しいね。

最初のスピーチテーマが、「やる気は本当はないのにやる気があるように見せるテクニックを教えてください」だったのだけど、法政大学教授長岡さん曰く、がちゃトークをやっていて、ひたすらメモをとる人って実はやる気が無いのだそうだ。

ちなみにグラレコは、先に言っておけば大丈夫らしい。

そして、社会人はやる気があるように見せるの長けているけど、大学生はあからさまにやる気がないのでそれはそれで困るそうな。

さて慶應大学教授加藤さんは、途中からの参加だったけど、その時スピーチテーマになっていた「やる気、元気、根気、どれに一番力を入れますか」がずっと気になっていたようで他のテーマの時に、「根気には時間が埋め込まれいる」とぶち込んできた。

タイミングはさておき、皆がもやもやしていることを一言で表す、さすがだなぁ。

ひょっとしてずっと考えていたのかもしれない。


僕たちは、時間と共に生きている。

でも、時間を無意識に流れで捉えたり、瞬間として扱ったりしているよね。

長岡さんからは、経営学で言うやる気は、モチベーションであれば2ヶ月くらい、コミットメントだと3〜5年くらい、そしてずっと長くなるとキャリアに該当することを教えてもらったけど、普段、あまり時間を気にせず、でもなんとなく時間の感覚を持って使い分けているのだろう。

で、ね。敢えて「時間」を意識して言葉を扱ってみると僕たちが何に向き合っているのか浮かび上がってくるよね。



グラレコにも時間が埋め込まれている

2018年8月3日金曜日

ぼーっと生きてんじゃねーよ やる気がないとチコちゃんに叱られる?

第一金曜日の夜は、Cafe Katyで自画持参、がちゃトークが行われる。

今宵も夜な夜な、自ら学びをおこす人が集まってくる。

ここはKatyの美味しいカフェメニュー以外に誰かが何かをしてくれると期待してはいけない。

メニュー同様、学びも自腹だからね。

今日のテーマは「やる気」だった。

そもそも、あまりの最近の暑さでやる気が出ないよね、と言う長岡先生のテーマ投げ込みだったのだけど、結果から言うと何故か皆、やる気だった気がする。

結局スピーチテーマも5つと最近に無いやる気に満ちたがちゃトークだったからね。

まあ、5回を二人で分担することになったのにはちょっと笑っちゃっうのだけど人生ってそんなものだと僕は思う。

さて、5つのうちのスピーチテーマの1つが「やる気、元気、根気のうち一番力を入れるのは?」だった。

おそらく、語呂か韻を踏んで投入したスピーチテーマなのだろうけど、モチベーション理論やフロー理論などが飛び出すことになった。

ブルーベリー風味のエチオピアを香り、飲みながら僕はスピーチテーマもスピーカーの話も味わうことが出来た。

で、ね。内容については明日に送ろうと思う。


自腹で集まる


グラレコ、やりました

2018年8月2日木曜日

成長と適応のシンプルな方程式

僕が見ている人の内面と環境の関係って、ざっくり言うとこんな感じの組み合わせだ。

内面)変化する人 と 変化しない人
環境)適応する人 と 反適応する人

だから、組み合わせた結果は

  1. 変化し、かつ適応する人
  2. 変化し、かつ反適応する人
  3. 変化しない人、かつ適応した人
  4. 変化しない人、かつ反適応した人
となるのだ。

産業組織において、どう評価されるのか、組み合わせとの関係でとらえると
1は、学習能力の高いと評価される人で、内面を変えながら環境に合わせることが出来る
2は、学習能力が低い(成長しない)と評価される人で、内面は変えるのだけど環境に沿わない方向に変化してしまう
3は、軸が一致しハマっていると評価される人で、一貫性を持って力を発揮し、環境において貢献する
4は、軸が合わず外れていると評価される人で、一貫して環境の中で衝突を起こす
ということだね。

これにそれぞの得意領域や好きな領域が組み合わされるので、実態は複雑系なのだけど、基本原理はシンプルなのではないだろうか。

社会人になると、「組織社会化」の名の元で適応が進むのだけど、反適応の社会人は定着出来ないよね。

ただ、環境が変われば状況も変わるわけで、ここらへんも複雑だなぁ。


酷暑に適応したかな



揺れる表層 揺れる本質 僕たちの

僕たちの無限の行動情報、ビッグデータを分析するのも面白いけど、内面が投影される心理に関するデータを分析するのもめちゃくちゃ面白い。

ビッグデータは行動履歴だから、売った買ったがわかる。

ヘェ〜、そんなもの買ったんだ、みたいなことだね。

でも、なぜ買ったのかはわからない。

だって、なぜ?は聞いていない。

一方、心理データは、だからこうしちゃったんだ、みたいな行動の背景を考えたり、理解するのに向いている。

心配性だからこんな行動しちゃうんだよね、見たいな感じである。

でも実際に何を買ったのかはわからない。

だって、なにを?はきいていない。

さて、なにを?は聞いていないのだけど、『あなたとは?』と言う問いには答えられよね。

そしてデータ分析から見えてくるのは、人が何らかの定義をしているものへの投影は移ろいやすく、定義ではない本質的特性も変化する様なのだ。

ペルソナは定めるから変化してしまうものだし、キャラクターが変化しないのは幻想である、と言って良いのかもしれない。

僕の関心はそれらの変化によって行動に何が起きるのか、についてなんだよね。


飲みませんよ

2018年8月1日水曜日

無意識の意見? みんな心で聞いている

僕が話している相手は、しっかりと集中し、頷いてくれる。

どうやら僕の話がちゃんと伝わったようだ。

こうした実感と裏腹に、後で相手がまとめてくれた文章を見た時に「あれ?こんなこと言っていないのに・・・」と感じることがあるよね。

これは、メッセージが伝言ゲームでずれていくのも同じと思うけど聞くひとが何らかの先入観を持って話を聞いていることに起因しているのだろう。

認知心理学で「スキーマ」と呼ばれる相手が持っている経験や知識の影響を受けて、「あ、これはこういうことだろうな」とその人の中で話の趣旨が変わっていくのだね。

だから、雑談、対話、議論などいずれの言葉のキャッチーボールにおいても確認することが大事なのだけど、案外、確認っ抜け落ちやすい。

なぜなら、言葉を受け取った側に必要な意識だからね。

また、ちゃんと確認をしているつもりでも、ポイントがずれる場合は、確認の仕方が間違っていることもある。

特に、全体でなく部分で確認をする癖のある人は、自分の気になったことだけ確認し、話し手の伝えたいことへの確認が抜ける。

で、ね。ずれるのって、結局、聞いたことが聞き手の意見に変わっているのだと思うね。

意見とは「自分の考えを述べること」だけど、聞いて無意識に考えたことも結果的には意見とようなものになっているのだろう。

そして厄介なのは、意見は発話があるので確認できるけど、無意識に意見を持っていても発信しない限り外からそれを確認することができずに後から「あれ?」となるのかもしれない。


スキーマが異なる