2024年11月30日土曜日

成果を出す人がいる成果を出す成果を出すスキルという様なものはない

 活躍する人が居る活躍する能力というようなものはない、下記は小林秀雄が * 梅若 の 能楽堂 で、* 万三郎 の「* 当麻」 を 見 て記した一文の抜粋であるこの一文の中でも 美しい「 花」 が ある、「 花」 の 美し さ という 様 な もの は ない。 という世阿弥 の「美」のそして「花」のん観念に言及した部分は生成される知識の有り様として極めて示唆深いものである、例えばある組織の中で活躍する人がいたとして、組織の文脈から切り離して活躍を取り出すことは出来ないことも同様だからだ、活躍は常に組織の躍進とともにあるもので、こうした、文脈依存性を能という芸能のを通して観念化しているそれは、このブログのタイトルや冒頭の一文のように様々にオマージュして巷にあふれる還元主義的思考に大いなる問いを引き起こすことが出来る、アブダクションによる還元思考による原因と結果という構造化による責任論に見える無責任論を蔓延させている現状において事象の本質を理解する気づきを与えてくれるのだ、



そして 又、 僕 は、 無 要 な 諸 観念 の 跳梁 し ない そういう 時代 に、 世阿弥 が 美 という もの を どういう 風 に 考え た かを 思い、 其処 に 何 ん の 疑わしい もの が ない 事 を 確かめ た。「* 物数 を 極めて、 工夫 を 尽し て 後、 花 の 失せ ぬ ところ を ば 知る べし」。 美しい「 花」 が ある、「 花」 の 美し さ という 様 な もの は ない。 彼 の「 花」 の 観念 の 曖昧 さに 就い て 頭 を 悩ます 現代 の 美学 者 の 方 が、 化かさ れ て いる に 過ぎ ない。 肉体 の 動き に 則っ て 観念 の 動き を 修正 する がいい、 前者 の 動き は 後者 の 動き より 遥か に 微妙 で 深淵 だ から、 彼 は そう 言っ て いる の だ。 不安定 な 観念 の 動き を 直ぐ 模倣 する 顔 の 表情 の 様 な やくざ な もの は、 お 面 で 隠し て 了 う が よい、 彼 が、 もし 今日 生き て い た なら、 そう 言い たい かも 知れ ぬ。   僕 は、 星 を 見 たり 雪 を 見 たり し て 夜道 を 歩い た。* ああ、 去年 の 雪 何処 に 在り や、 いや、 いや、 そんな ところ に 落ちこん では いけ ない。 僕 は、 再び 星 を 眺め、 雪 を 眺め た。

小林秀雄. モオツァルト・無常という事(新潮文庫) (p.70). 新潮社. Kindle 版. 


2024年11月29日金曜日

データサイエンスは成果主義の二の舞か

 大谷翔平選手の2024年シーズンの成績は以下の通りであった。文句なしの成績でMVPも獲得したがこのデータだけから大谷翔平選手の本当の意味を見出すことは出来ないだろう。実はこれほどデータからだけでは本当の姿が見えないことを実感できる事例も稀有であるなぜなら私たちは大谷翔平選手のプレー態度の目撃者であるからだ大谷翔平選手の貢献は成績と言う数字に現れない行動にあったことを多くの人が目撃しているチームの信念に従い規範のに沿って状況に適応したプレーを考えて選択し時に勇気あるプレーでチームの士気を鼓舞するその上での成績なのである決して自分の成績のためにプレーしたわけでは無いことを世界中の人が目撃した

さてかつて多くの企業が業績至上主義で成果主義を導入したがその多くは失敗として記憶されている成果を目的とした経営は組織を腐敗衰退させ東芝、ビッグモーターと言う業界のリード企業が表舞台から消えることになったことは記憶に新しい。一方経済の疲弊によりアメリカ大統領選挙ではトランプが返り咲いたけれど、実はバイデン政権でのインフレはその前のアメリカ第一で成果主義的経済政策を行なった前トランプ政権の経済政策の結果だとも言えるだろういずれにしても成果に基盤を置くとプロセスが狂ってくるのだ、データサイエンスの多くは結果数値に基盤があり文脈であり、プロセスに散りばめられている意味は置き去りになっていることを思い出すべきであろう。結果数値で人を理解出来たと考えることは大きな間違いだと、大谷選手は教えてくれるのである

大谷選手の2024成績

▽出場 159試合(自己最多、チーム最多)

▽打率 3割1分(リーグ2位、自己最高)

▽ホームラン 54本(リーグ1位、自己最多、ドジャース球団新記録)
▽打点 130(リーグ1位、自己最多)
※松井秀喜さんの持つシーズン116打点の日本選手最多記録を更新。
▽盗塁 59(リーグ2位、自己最多)
※36回連続成功でシーズン終了し、成功率93.6%。
※イチローさんの持つシーズン56盗塁の日本選手最多記録を更新。
▽得点 134(リーグ1位、自己最多)
※イチローさんの持つシーズン127得点の日本選手最多記録を更新。
▽安打 197(リーグ2位、自己最多)
▽OPS(出塁率+長打率) 1.036(リーグ1位)

2024年11月28日木曜日

経験の意味化と無意味化

 生き物は過去の経験を未来の可能性を拓くために使っている、例えば、マルチモーダル(多感覚)で知識化されている脳内でネットワークとして再構築される記憶は部分感覚(例えば嗅覚や聴覚などからも全体想起が可能で、危険を察知したり、何かを見つける時に役立つ、例えばファイルををどこに置いたかわからなくなった時に、ファイル名や作成日時などから検索を行い見つけるようなものである、ネットワーク理論ではトランザクティブメモリー理論とよばれるものである

トランザクティブメモリーとは、同一の知識を組織の全員が記憶するのではなく、組織内の「誰が何を知っているか(Who knows What)」を共有することを重視するという考え方です。 1980年代にアメリカのハーバード大ダニエル・ウェグナー氏によって提唱されました。 組織力向上のために必要な情報共有の姿をあらわします。


経験を意味化するとは、経験を手がかりに未来の可能性を高めることなのである、意味化があれば無意味化もある、暗黒史といった形でネガティブに捉えて意味付けを回避するむしろ記憶から消去しようとする意識である、脳内の記憶のネットワークは学習により強化されることが知られているから思い出そうとしない意識を持つと記憶のネットワークは弱まりやがて消えてしまう、無意味化とは認知リソースとしての経験の紛失なのであろう、




2024年11月27日水曜日

老年的超越に見る幸福の4つの因子の誤謬

 ジェロントロジー(社会学的老年学)の第一人者阪大の権藤教授は、百寿者センテナリアンの調査を通じて幸せな百寿者の心境を老年的超越という形で述べている、一方で、慶応の前野教授が提唱する幸福学では、幸福の4つの因子を掲げる、人間の心を統計的手法である因子分析によって解明するというアプローチは心理学者レイモンドキャッテルにより一般化した手法であるが、定量的なアプローチは、縮約により、大まかな共通点が見いだせるものの個々の個性や文脈をも消し去ってしまうことは課題として認識されている、センテナリアンの研究は、百歳以上の高齢者一人ひとりと向き合ってインタビューを行うという手間のかかるものであるが、統計解析で縮約されてしまう情報にもしっかりと、脚光があてられその結果見えてくる、老年的超越は因子分析では消し去られてしまう、個人の文脈における幸福の共通性であるとも、言える、老年的超越の「出来ることが減っても悔やまない」「ひとりでいても孤独を感じない。」「成功を欲しない見栄を張ろうという意識を持たないなどは幸福の4つの因子「自己実現と成長」、「つながりと感謝」、「前向きと楽観」、「独立と自分らしさ」とある面では相反している、もちろん一致していると解釈出来る部分もあるが。因子分析では相反するものは縮約されて消えてしまうのだ。なんとなく共通におもえるけれどちょっと違和感がある。因子分析とはそのようなものなのだ。百寿者の定量データが大量に収集出来れば因子分析も通用するようになるかもしれないが、その人に寄り添ってリアルな人生から幸福の心境を知るという知識生成に勝るものは無いだろう。




2024年11月26日火曜日

真剣さも伝播する

哲学者三木清は「幸福は人格である。ひとが外套を脱ぎすてるやうにいつでも氣樂にほかの幸福は脱ぎすてることのできる者が最も幸福な人である。しかし眞の幸福は、彼はこれを捨て去らないし、捨て去ることもできない。彼の幸福は彼の生命と同じやうに彼自身と一つのものである。この幸福をもつて彼はあらゆる困難と鬪ふのである。幸福を武器として鬪ふ者のみが斃れてもなほ幸福である。機嫌がよいこと、丁寧なこと、親切なこと、寛大なこと、等々、幸福はつねに外に現はれる。」という人生論ノートより。幸福とは常に外に現れ他人に伝わるものであるという、幸福はモノ的ではないがコト的に観察出来るものなのである。しかしコト的に知識を生成する認知的リソースは幸福だけでは無い例えば真剣な眼差しも外に現れ他人に伝わる認知的リソースなのである、チクセントミハイはそれをフローと呼んだ。時が経つのも忘れて集中力を発揮している状態は他人の心を動かしモチベーションを向上させるリソースになるのだ。



2024年11月25日月曜日

選挙も創発創発への理解不足が世界を歪める

 衆議院選挙に兵庫県知事選挙と、2024年も暮れに向かって突き進んでいる、やれSNNSの力だSNSはフェイクだらけだと騒がしいが、いずれにしても意図がどこにあるのかわからない、選挙結果を因果に還元することも出来ないメディアで取り上げられている因果は全て確認出来ないものばかりで言ったもん勝ちなものばかりである、それらの事実を考えると、選挙結果も創発現象であると理解した方が良い、大局的アトラクターの出現が大勢として可視化されただけなのだ。その理解においては、マスメディアもSNSも、某政党党首も関係ない。グローバルアトラクターの出現においてスレービング原理が働いた可能性はあるが、意図不在還元不能だからそれすらも、検証出来ないのである、そういう自分でも、アメリカ大統領選挙語の解説やら某党首のYOUTUBEやらついつい観てしまう人間は因果律にかくも弱い存在なのである。人の苦悩を説いたブッダの十二支縁起も全てアブダクションなのである、



2024年11月24日日曜日

形あるものはいつかは壊れる、データもいつか無くなる、そんなデータを人質にとって喜ぶ草、

 パソコンやネットワークがウイルスに感染し自分のデータにアクセス出来ない。こんな恐ろしいことが日常化してしまった世界では悪意をウイルスだけでなくまともに見えていたサービスまでも、同じようなことをはじめてしまった。evernoteというクリッピングのソフト、課金モデルへの強制移行で、サブスクしないと、自分の過去のデータにアクセス出来ないという暴挙に出ているかつては、有料でつかっていたけれど、有料版の利用を止めたらこの始末、もう過去のデータは使わないことにした。こんな極悪非道なサービスを考える奴らのサービスを使うなんて極めて危険だからだ。時に過去クリップしたデータを観たくなることもあるけれど、無くなってしまったと思えばあきらめもつく。諦めてしまったほうが楽である。昔、茶碗とか割ってしまったら親は形あるものはいつかは壊れると諭してくれたが、データも同じだ。データは記憶といっしょでいつしか消失する。そう考えておくと消えてしまったら命に関わるような重要なデータなんて無い。データも散逸構造なのだという自覚こそが、重要なのだ。



2024年11月23日土曜日

寝て待つ熟成の妙

多くの食材では熟成というプロセスが重要な意味を持つ、採れたてよりも、少し寝かせたほうが旨味も味わいも増すと言われるがそれは恐らく思考も同じだ、稀代の教育者大村はまさんは考えることの大切さを説き、最初に思い浮かぶことはその人の思考の癖であると言うつまり思いついたことをそのまま口に出すのは止めたほうがいいのである。あの人いつも同じこと言っているよねとなり、その人の人格と認知されてしまうからだ。だからどんなことでも、思いついたら一旦寝かせる癖を身に着けたいものである。




2024年11月22日金曜日

創発のデザイン?

 創発とは意図不在還元不能な現象だからデザインは出来ないことになるしかし創発が起こることで知られる対話はデザインが可能だと考えられているどのような知識が創発するかはわからないものの創発がおこることは経験則から再現性が認められるのだ、対話のデザインの中核にあるのはコミュニケーションのグラウンドルール(フラットな立場でで他者の発話を尊重するといったもの)そこに、対話の場づくりのためのグランドルール(自作自演といったもの)が加わったものである。これは、対話が関係性の上で成り立つものであること、に起因するものであることが大きいしかしこれらのグランドルールはネットワーク理論からみても妥当性が高いと思われる。創発という現象がどういう状況で生じるのかは創発が起きやすい場を作ることは可能である。創発の重要なメカニズムである、自己組織化する散逸構造とスレービング原理によるグローバルアトラクターのために必要となる、条件までは整えられるのである、しかし、条件が整っても、何が創発するかは誰にもわからない。目的志向成果主義で創発をでざいんすることはどこまで行っても不能なのである。



2024年11月21日木曜日

モノ的人材感とコト的人材観の根底に根ざす存在と知識への誤解

 存在としてではなく存在者としての記述においてはもの的存在ではなくこと的存在として文脈で記述することが必要でそれは哲学(ハイデガー)と認知科学(鈴木宏昭さん)の論の交差である。

たとえば人間は「今、この瞬間」だけを生きているわけではありません。人間にはそれまで生きてきた過去があり、その記憶があります。また、これから歩んでいく未来があり、それへの期待や不安を抱いています。こうした過去や未来とのつながりから切り離して、人間が生きている現在を理解することはできません。そうである以上、私たちが当たり前と見なしている存在の概念は、人間の存在を説明することができないのであり、そこに限界がある、ということになります。

NHK 100分 de 名著 ハイデガー『存在と時間』 2022年 4月 [雑誌] (Japanese Edition) (p.26). Kindle 版. 

面応答性というものが(有用な)知識を考える上でだいじだと前に述べた。しかしこれには難問が含まれている。もし知識に場面応答性があるとすれば、知識は場面ごとの情報を含んでいなければならない。しかし今後出会うであろうすべての場面に関して、それを事前に予想して知識に貼り付けておくことは不可能だ。なぜならどんな場面に遭遇するかなどはわからないからだ。この問題は人工知能の分野ではフレーム問題と呼ばれ、解決不能とされている。

。場面にうまく対応するようなモノが、私たちの記憶という引き出しの中にしまってあり、引き出しの中をうまく整理しておけば、すぐに探したい知識は見つかる、そんなイメージである。これをモノ的知識観と呼んでおく。知識がモノとして存在しているのではなく、その場その場で生み出される、つまり創発されるということを示している。知識についてのこのような創発的な見方を、コト的知識観と呼ぶことにする

鈴木宏昭. 私たちはどう学んでいるのか 創発から見る認知の変化 (Japanese Edition) (p.53). Kindle 版. 

これは自己認知という自分自身に関する知識においても同様である、

つまり「存在」としてのモノ的自分と「存在者」としてのコト的自分は、哲学においても認知科学においても重要な命題なのである、にもかかわらず、リスキリングなど、学習における世界観は存在であり、モノ的知識観による人材論なのである

モノ的自分とコト的自分の違いは創発という現象の理解にかかっている高度な知性は蓄積されているのか場面とのカップリングにより創発されると考えるのか、誰もが自らに問わねばならないのである。




2024年11月20日水曜日

情報リテラシー

 今回の兵庫県知事選挙は情報リテラシーの在り方を浮かび上がらせることになった。事実はわからないけれど、兵庫県民の選択は事実だからそこだけは疑いようがない。不信任、失職、再選という現実で理解するのが正しいリテラシーであるが、情報発信者は、現実かわからない話で態度を表明するというスタンスが浮き彫りになってしまっている。



2024年11月19日火曜日

対話の時代の本質持続可能性という不安心理

 現代は恐らくこれまでにないほど対話が重要視されている時代ではないだろうか、幼児教育から企業の人材マネジメント、紛争の緩和など、あらゆる場面で対話が求められている、対話には建設的相互作用による問題解決の創発という功利的な側面もあれば、他者の尊厳を重んじるという倫理的関係構築といった側面もある。社会が複雑化し混沌とすればするほど新たな秩序が求められるわけであるが、その際に重要なのが関係性と、建設的問題解決なのである、意識のメカニズムの理論化である、フリーマンの意識理論で考えれば意識とは脳内に出現する大域的アトラクターの生成と崩壊といった明滅気づきの連続である。脳の細胞間に他の細胞の尊厳を重んじると言った働きがあるわけでもない。細胞の関係性は常にフラットなのである、脳内で、混沌から秩序が明滅出来るのは、このフラットな関係性に寄るところが大きいのかもしれない、それに比べて、人間社会では構造化により秩序を持続しようとするので、秩序が揺らぐと大騒ぎになる、脳内のダイナミズムに比べると私達は極めて静的であろうとするのだ、この構造化の原動力になっているのが不安である、本来的な存在としてではなく、求められる存在となることでで責任を回避し不安に対処しているのではないだろうか。不安心理が秩序の不自然な持続に執着し生命のダイナミズムを日常生活から奪っていることのカウンターとして対話が重視されるのかもしれない。



2024年11月18日月曜日

不信任からの再選で民主主義の本質を問う。

 兵庫県知事選挙が今までの日本の民主主義とは異なる様相を見せた。パワハラで議会から満場一致で不信任された知事が選挙で再選されてしまったのである。そもそも県議会議員は民意によって選ばれているのだから民意の不一致と言う民主主義では極めて異常な事態なのである。

民意と議員の乖離や民意の捻れは恐らく民主主義では想定外の出来事であろう。マルクス・ガブリエルはあらゆるSNSは結果として民主主義を弱体化させると語るが、今回の選挙ではSNSの果たした役割が大きかったと分析されている、マルクス・ガブリエルの言う通りであれば、斎藤知事の再選は民主主義弱体化の象徴なのかもしれない。パワハラ疑惑がマスメデアによる大々的なキャンペーンだとすれば、今回の選挙ではマスメデアによるキャンペーンの敗北であったとも言えるロシア中国でSNSを徹底的に遮断するのも納得出来る。マルクス・ガブリエルの論拠はSNSは誰もが他者を攻撃できることであるが、今回はマスメディアによって攻撃された人を護るという働きをしたどうやらマルクス・ガブリエルはの考察は甘かったようだ、民主主義においてSNSだけが他者を攻撃する存在では無いからだ。既存の秩序は常に倫理的であるとは限らない。そう考えるとSNSは民主主義を本来的倫理的にに機能させるともいえるからだ。



2024年11月17日日曜日

大谷翔平選手に観るチームビルディングに必要なこと

 チームビルディングは協働において重要なマネジメントである、チームビルディングのワークショップなどで行うのは、チーム名を決めるタスクや好きなものなどの共通点を見出すタスクだ。敷居の低い協働や、相互理解の醸成から始めるわけだ。さて、ワールドシリーズで優勝したドジャーズ大谷選手の果たした役割は、バッティングや盗塁といった直接的な貢献だけでなくチームの力を引き出した献身的な態度はチームメートの発言からもうかがい知ることが出来た。個人プレイに走りがちなプロ集団の中にあってチームのために何をすべきかを常に優先した大谷選手の姿勢はドジャーズというチームビルディングにおいてかなり効果的に機能した違いない。面白かったのはドジャーズと対戦したパドレス、メッツヤンキースなどのチームでも中心選手がチームビルディングに動いたシーンが多々確認出来たことである。つまり、大谷効果はドジャーズに留まらなかったのである結局。プレーでの実績だけでなく愛犬まで登場させてチームビルディングを行った大谷選手の勝ちであったわけであるが。




2024年11月16日土曜日

2種の選択

 アリストテレスが枢要徳として掲げた賢慮は、状況を的確に把握し正しい選択を下す賢さである。わかりやすく言い換えると判断力ということになる。さて、この判断を行う場面には、能動的実験的場面、所謂挑戦と、降り掛かってくる偶発的場面がある、進路や就活などは能動的実験的場面である、自然災害などは偶発的場面であるが人生にはこういった場面が順不同で訪れてくる、その際にどのような賢慮を発揮してきたのかがその人にとっての人生の意味になると言っても過分ではないだろう、



2024年11月15日金曜日

キャリアは死語か流行語か

 HRアワード2023でHR最優秀賞を獲得した富士フイルムホールディングス株式会社

変化を成長のチャンスに!100人100通りのストーリーを紡ぐ自己成長支援プログラム「+STORY」は、社内ではキャリアという言葉を使わず+STORYという言い方で、あらゆる経験を意味づけし、新たな経験に挑む組織文化を再浸透させようというものであった。というの元々歴代の経営トップ故小林陽太郎氏は挑戦と成長という信念で富士フイルムを育んできた。

その後時代の荒波にのまれることなく、世界に名だたるエクセレント・カンパニーの地位を保ち続ける組織力において小林陽太郎氏の信念が果たしている役割は決して少なくないのではないだろうか。しかし、世の中がキャリアという流行語で塗りつぶされていくなかで、人生における仕事の意味づけよりも、キャリアにおける価値で仕事を測り比較するようなマインドセットが一般化して会社を侵食することに危機感を持った結果なのかもしれない。キャリアという流行語の勢いはまだまだ失われることは無い。この流行語に抗って死語にしてしまった富士フイルムの勇気に業界は拍手を送ったのであろう。さて、意味の次元においても、存在者としてもアイデンティティとしてのナラティブセルフは機能論ものとしての存在として人が語られてきた昨今の時代の中で大きなテーマなのである、




2024年11月14日木曜日

乗り越える力

 震災や豪雨被害など甚大な自然災害を乗り越えるのも、バブル崩壊といった経済的混乱を乗り越えるのも、昨日の自分を越えていくのも、すべて人が発揮する乗り越える力によるものだ、乗り越える乗り越える 力 って、「 自己 肯定 感」「 社会性」「 ソーシャルサポート」 という 3つ の パーツ から でき ていると 成田 奈 緒 子 (1963 年、 仙台市 生まれ。 神戸大学 医学 部 卒業、 医学 博士。)さんは言うさらに、  10 回 前後 くらい トレーニング する と、 脳 の 使い方 も 良く なっ て、 脳波 の 分布 も 正答 率 の 数値 も ぐっと 良く なる ん だ よ。 レジリエンス 得点 も 上がっ た の です が、 中でも「 おかげ さま」 と 思える 力、 ソーシャルサポート の 点数 が 一番 上がっ た  一方 で、 レジリエンス の もう 1つ の パーツ で ある 自己 肯定 感 は トレーニング し ても、 そこ まで 上がら ない ん です。 自分 なんて だめ だ と 感じ て しまう 気持ち は、 なかなか 変え られ ない。 社会性 も 同様 に 特性 でも ある ので 上げる のは やや 難しい。 でもね、 3つ の 要素 の うち 1つ でも 上げ られれ ば 全体 の レジリエンス の 得点 は 上がる ん です。成田氏は 困難 に 立ち向かう 力 が 上がる とも言う、つまり、乗り越える力は上がるけれども自己肯定感、社会性といった特性は生得的で上がりにくいのだそうだこの2つの特性に合わせて乗り越えるためには現状の的確な把握が欠かせないメタ認知と呼ばれる力だ、メタ認知は本能的な認知力であり誰にでも備わっているものであるが、それはモニタリングの力であって、コントロールする力と、メタ知識は、学習によって後天的に獲得されるものである、好奇心は、その大きな鍵ともなっている、



2024年11月13日水曜日

記憶も創発

 記憶のメカニズムもだいぶ解明されたらしい、記憶について、以下の要点が議論されています:NHKヒューマニエンス「記憶」より

1. **記憶の構造とメカニズム**  

   記憶は脳内でタンパク質によって形成され、神経細胞間の複雑なネットワークを通じて情報が保存されます。このネットワークは、星座のように各記憶が点と線で繋がり、体験ごとに異なる構造を持っています。また、海馬が記憶の統合を担当し、情動的な記憶は扁桃体にも関連しています。

2. **記憶の強化と弱化**  

   記憶の鮮明さは、シナプスと呼ばれる神経細胞間の接続の強さに依存します。繰り返し思い出されることでシナプスが強化され、鮮明な記憶として保存される一方で、積極的な忘却も重要な役割を果たしています。特に、スポーツなどの「体で覚える」記憶は、不要な情報を忘れることで、効率的な動作が可能になります。

3. **進化的な記憶の改変**  

   記憶の改変は、進化的な適応とされ、危険な状況に迅速に反応するためにざっくりとした記憶が有利と考えられています。これは、生存に必要な柔軟性を保つため、古い記憶に新しい経験が干渉することを許容するメカニズムです。

4. **忘却と記憶の洗練化**  

   記憶の「忘却」は単なる消失ではなく、脳が不要な情報を取り除き、重要なものだけを残すプロセスとして機能します。たとえば、ミクログリア細胞は不要なシナプスを「食べる」ことで、記憶ネットワークの整備を行い、情報を最適化しています。

5. **最新の記憶研究と応用**  

   記憶操作の分野も進展し、人工的に記憶を強化・消去したり、特定の記憶に情動を関連付ける技術も研究中です。これにより、PTSDなどの治療にも応用が期待されています。

以上の内容が、記憶の生成、保持、忘却の複雑なプロセスと進化的意義についての理解を深めるポイントです。

この一連の解説を見るに記憶も創発であることがよくわかる心は感情を司る辺縁系を中心とした大域的アトラクターであるのに対して、記憶は海馬を中心とした大域的アトラクターであるらしい。ゆえに、記憶は心と同期し、老年的超越の1つ、回想をするだけで楽しい、また、回想によって認知症が予防できるというメカニズムも説明できるのである。


星座のようなもの


2024年11月12日火曜日

創発な一日。自民党の大敗も揺れ動く心も、学びも1日の全ては創発なのである。

 なぜ創発なのか? 多くの要因や多様な主体が絡まり合いながら、相互に影響しあっているう ちに、ある時にエネルギーの向き方が一定方向にそろって、当初は思いもよ らなかった結果がポンと現出することがある。そんな現象のことを創発とい う。 自然科学の分野では昔から注目されてきた概念であるが、冷戦終結後あ たりから、社会がより流動的になってきたことに伴って社会科学的にも、注 目されるようになった。2005年の総選挙における自民党の地滑り的な勝利 も、日本の先行きに関する不安感や焦燥感が「改革を止めるな」というキー ワードでベクトルを与えられて一気に噴出した、創発的な現象と考えること ができるだろう。 創発的な動きの拡大は、国などの組織にとって、伝統的手法の見直しを 迫るものになっている。たとえば感染症への対応などがある。人がグローバ ルに往来するようになって、新種のウイルスが少数の人間によって思わぬと ころに拡散され、世界複数の場所で突然同時多発的に流行が生まれ、急拡 大することを想定しなくてはならなくなってきている。このような事態を防 ぐためには、国の枠を超えて協調して監視し、小規模な発症事例が出たら世 界のどこにでも、ただちに大量の医薬品を移送して拡大を阻止するような体 制を組まなければならない。過去のように、各国別に衛生状態を改善するだ けで「他国のことは知らない」といったことでは許されぬ時代なのだ。

創発する社会国領二郎 編著より転載。この本は2006年の出版であるがその後世界はコロナウイルスによるパンデミックに晒されウクライナとガザで戦闘が始まり2024年の衆議院選挙では自公が大敗を喫した。創発はその姿を変えある面では予言通りに社会において繰り返されているのだ。一方で脳科学におけるフリーマンの意識理論では、

脳内の意識はニューロンの集団活動によって形成されるとされています。ニューロンは独立して存在しながらも互いに情報を伝え、全体としてカオス的な秩序を持ちながら一つの集団として振動します。このニューロンの集団が統合され、「大域的アトラクター」として心の意識や気づきを生み出すと説明されています。大域的アトラクターは1秒間に約10回生成・消滅を繰り返し、脳全体にわたる意識の連鎖を形成すると考えられています。要するに誰もが1秒間に数十回も創発を明滅させていることになるのだ。それは、心である、さらに認知科学では、創発という認知的変化こそが知識の生成であり学習だと考える。要するに激変する社会情勢も日々喜び悩むといった揺れ動く心も、学習も、全て創発という意図不在還元不能な現象なのである。

創発を理解するには混沌から秩序が生まれる自己組織化する散逸構造を理解しなければならなず、知覚、認知するよりは遥かに困難なのである、意図不在還元不だから、アブダクション(類推)出来ないのだ。物事を類似性から理解することに慣れている人にとって理解できないというものが創発なのだ、だって自分の心とコロナパンデミックは同じ現象なんだよと言われて理解出来る人は創発の研究者くらいのものである。心とは何かという問いの答えは今日でも出ていない、コロナパンデミックも、その社会に与えた甚大な影響は誰もが肌身に感じているがなぜ起きたのかは誰も理解出来ていない、理解出来ないところから誰かのせい(陰謀論)にしたり、あれはウソだとフェーク化したりするのである、理解できないことは人に不安心理を引き起こすから、その不安を回避するために都合の良い事実を想像してしまうのである。

そう誰もが理解不能な創発にどっぷりと浸かった日々を過ごしているのである。






2024年11月11日月曜日

過去を切り離す企業人事の不安

。「今、この瞬間に、モノが目の前にある」という理解の仕方だけで、あらゆる存在を説明することができるのでしょうか。ハイデガーは、そうではないのではないか、と疑問を呈します。こうした存在の概念では説明のできない存在のあり方、あるいはそれによって見えなくなってしまう存在のあり方も考えられるのではないか、というのです。たとえば人間は「今、この瞬間」だけを生きているわけではありません。人間にはそれまで生きてきた過去があり、その記憶があります。また、これから歩んでいく未来があり、それへの期待や不安を抱いています。こうした過去や未来とのつながりから切り離して、人間が生きている現在を理解することはできません。そうである以上、私たちが当たり前と見なしている存在の概念は、人間の存在を説明することができないのであり、そこに限界がある、ということになります。

わたしたちは現在、「存在している」(ザイエント)という言葉で、そもそも何を言おうとしているのかという問いに、何らかの答えをもっているだろうか。いかなる答えも、もっていない。だからこそ存在の意味への問いを、新たに設定する必要がある。

NHK 100分 de 名著 ハイデガー『存在と時間』 2022年 4月 [雑誌] (Japanese Edition) (p.27). Kindle 版. 

ハイデガーによれば恐らく組織における人は存在者ではなく眼の前にある存在である。一番わかりやすいのは機微な情報だとして過去は問えないという暗黙の了解である。これは、フロイト心理学の悪しき浸透があるのかもしれない、過去のトラウマ体験はその後の精神状態に悪影響を受けているのかも知れない、過去を問うてメンタルになってしまったら困るという杞憂であろう。その一方でキャリアビジョンなど未来志向は強要しているのだからおかしな話ではないか


過去にはいわくがついている?




2024年11月10日日曜日

人生はマラソン事業は駅伝、結婚はトライアスロン?

 比喩やアブダクションは物事を理解するうえで、有効な方法である、そこで、人生について考えてみた、よく言われることだし、映画のタイトルになったりもした人生をマラソンに喩えるのはわかりやすい、上りも下りもある長いコースを一人行く人生もそうだ、決して平らなトラックを周回するものではない。さて、人生はその人のものであるが、事業は、人生を超えて続くものであるから駅伝に喩えられるかもしれない、継ぐ目的と継ぐ人と手渡すもの(たすき)が必要だ。一方で、結婚は人生の一部であるが自ら家族を選択し様々な状況を乗り越えていくという様相はトライアスロンのようなものと言えるのではないだろうか、同居、子育て、介護といったところが現在はその主たるミッションである、経営者にとって生きるということは、マラソンと駅伝とトライアスロンを同時に行うようなものと言えるのかもしれない。



2024年11月9日土曜日

機能論と意味論

働く人を機能と考えるのか働く意味で考えるのか大きな違いがあるだろう、例えばブームの人材開発、組織開発でも、機能で考えれば人材開発は熟達の組織開発はチームビルディングの取り組みであるといえるしかし、意味で考えると人材開発は成長論に組織開発は存在論になる。
機能では、人材開発組織開発費は企業にとって直接投資で、費用対効果の対象であるが意味では、人材開発費組織開発費は企業にとっての関節投資で、時に利害相反になりかねない、社会における労働力不足や高齢化の状況が、機能論よりも意味論優位な状況を作り出しつつあるなかまだまだ多くの経営陣や株主が機能論の虜であることは見逃せない実態でもある。

見逃すな


2024年11月8日金曜日

深層の創発と泡沫の創発

 創発とは、意図不在還元不能な自然現象であるが、社会のあらゆる場面で観察できる、例えばつい最近発表された今年の流行語大賞。今年1年で社会現象化した言葉を取り上げたもので、大賞の発表とともに泡沫のように消え去っていく、まさに散逸する創発現象である、一方で暗黙知が形式知化され時を越えて継がれていく知恵もある、震災や災害における様々な対策は泡沫のようには消えない深層的な創発である。、深層の創発(継承される知恵)、泡沫の創発(流行語)と創発にもいろいろあるのだ。




2024年11月7日木曜日

経験が学習のリソースになる経験を相対化して学びの旅路を知る

 人生には想定外が溢れている、そんな当たり前を最近ではVUCAとか格好良く呼んでいるがそもそも生き物にとって生きることとはVUCAの海を泳ぐようなものなのである。では、想定外に対して生き物はどう対処しているのだろうか、生存において、想定外への対処は必然である対処は大きく分けて2通り、適応と克服だ、適応は想定外に自らの生き方を合わせて生きることだし、克服は自らの生き方を貫くことだ。合わせる場合に必要となる変容は認知的変化による学習によってもたらされる、そこには適応的アンラーニングもあれば刷新的アンラーニングでもある。それは想定外を足場とした進化のプロセスでもあるからだ。その場合想定外経験は学習のリソースだ、さて自らの人生を振り返れば過去の経験が適応なのか克服だったのかは観察することが出来る、人生を通じてどのような学習を積んできたのか、それは経験の相対化によって知ることが出来る学びの旅路なのである。




2024年11月6日水曜日

老年的超越はお手軽?超高齢化社会を生きる術ジェロントロジー

 高齢化社会工学ジェロントロジー研究の第一人者阪大の権藤教授の著書「100歳は世界をどう見ているのか」では幸福なセンテナリアン(100歳を迎えた高齢者の研究を通じて老年的超越という悟りの世界観を解き明かしている「①できることが減っても悔やまない、②ひとりでいても孤独を感じない。③成功を欲しない見栄を張ろうという意識を持たない④毎日新しい楽しみがある昔を回想するだけで楽しい⑤他者を重んじる、感謝の気持ちが高まる⑥何事も自然に任せるようになる(同書帯より転載)こうしたi悟りの境地とともに幸せな100歳を迎えていることが明らかにされているのだがこういった境地に一気にたどり着くことも無いだろうから、高齢者と呼ばれる領域に近づくにつれて少しづつ身につける徳のようなものに違いない。実際、90歳で20万人のフォロワーを獲得し、先日残念ながらセンテナリアンの一歩手前91歳で急逝された大崎博子さんの生き様はまさに、この超越の旅路であった、この旅路は著書に詳しく著書に記されている

大崎さんが最期に到達したのは以下のような心境である。急逝された際も独居でありながらすぐに発見され葬儀の準備も完璧だったそうだ。

「もう歳だからできない」、この一言をいったん頭のなかから追い出して、気になったらまずは扉をノックしてみる。そうすればその扉は開きます。挑戦してみて、たとえ無理だったとしても、別の扉が開く可能性も高くなります。〝友達ができる〟というような副産物もたくさんおまけのように付いてきます。損することは何もありません。

そしてもう一つ、老婆心ながら申し上げますと、「全部ひっくるめて楽しむ」、これに尽きると思うのです。

私は89歳でひとり暮らしです。ひとり娘は遠く離れたロンドンにいます。この状況に対して、「さみしくないかしら」と心配される方がほとんどでしょう。でも、強がりいっさいなしで、私はこの暮らしを心から楽しんでいます。〝楽しむ〟ことにお金はかかりません、人に迷惑もかけません。ただ自分の心の持ちようです。なんてお手軽なんでしょう!


大崎博子. 89歳、ひとり暮らし。お金がなくても幸せな日々の作りかた (Japanese Edition) (pp.158-159). Kindle 版. 大崎博子. 89歳、ひとり暮らし。お金がなくても幸せな日々の作りかた (Japanese Edition) (p.158). Kindle 版. 




2024年11月5日火曜日

なぜルンバは人に愛着を、ゴキブリは人に恐怖を与えるのか。

 創発への共鳴が報酬を与える。創発とは脳科学のフィリーマン理論によれば心の実態である。

創発とは複雑系科学で解明された意図不在還元不能な秩序が出現する現象であるが、脳の辺縁系に生じた感情に前頭前野など、が引き込まれるスレービング原理によって脳全体にマクロ的秩序を生じさせた結果が、心であると考えられるのだという論であるが実証されているわけではない。認知科学では認知リソースのネットワークが創発を引き起こすと考えるが心の理論と認知的変化の理論を統合すればルンバが見せる創発的挙動が認知リソースとなって心を生み出すのかもしれない。創発は還元不能だから再現させることが出来ない。科学として実証不能なのである。しかし、創発的挙動が、観る人の心に愛着や恐怖を引き起こすことは間違いない。お掃除ロボットルンバに家族やペットのような愛着を持ったり、ゴキブリに恐怖を感じるのはこういった、創発する心と、創発的挙動の間にミッシングリンクがあるからに違いない。




2024年11月4日月曜日

包摂アーキテクチュアとナラティブの関係性

 包摂アーキテクチュアとは非常にシンプルな行動原理を多層化することで知的に統制された行動の様相が生じるアーキテクチュアで、知性は脳の中央集権的な活動による専有行為では無いことを教えてくれる。お掃除ロボットルンバに実装されているアーキテクチュアであることはよく知られている、ルンバは高度なアルゴリズムでは無く単純な行動原理が多層化されまるで知能があるかのように上手に部屋を掃除するのである。この方式のメリットは、無限に存在する部屋と障害物のレイアウトの情報を入力しなくても、環境に対してロバストに適応出来ることにある。ルンバがいかにバッテリーを充電しながら部屋を掃除するのか、そのプロセスは感動的ですらある。包摂アーキテクチュアが見せる高度な知性のような軌跡、それは、物語として心に届くのである。こうした、包摂アーキテクチュアが見せる物語性はあらゆるスポーツにおいて見出すことが出来る、これは人生や企業経営においても同じことであろう。単純な行動原理が多層化されることで高度で複雑な、軌跡すなわち物語を生み出すのである。要するに、いかなる状況においてもロバストな物語は包摂アーキテクチュアの産物なのである。

追われたら逃げるその際に声を出す


2024年11月3日日曜日

物語る知らない地元新日本風土記

 11月とは思えない台風のような雨がすぎさった朝新日本風土記で銀座界わいを放送している。日本橋に住み、かつて銀座のオフィスに通っていた身にとってみれば地元なのだけれども知らないことが多くある。もちろん馴染みの場所でもあるのだけれどその歴史などはほぼ知らない、身近でありながら知らない物語。物語を知ることで、地元愛が生まれるのはなぜだろう、身近なものに宿る物語は、理解を超え愛着という感情を生み出す。物語りが盛っている人の心を動かす力なのである




2024年11月2日土曜日

セルフエフィカシー(自己効力感)とレジリエンス(回復力)のマリアージュ

 エフィカシーとレジリエンスは別物であるが、困難な状況に対峙して乗り越える心的状態であるという共通性もある、セルフエフィカシー(自己効力感)は心理学者バンデューラが理論化し、結果予期、効力予期といった心的プロセスで構成されているとされている、良い結果になりそう、自分に出来そうという2つの予期から生み出される心理状態が効力感だというわけだ、この理論をみても分かる通り、効力感は困難に積極的に立ち向かうときに発揮されるものだ。一方レジリエンスは自己肯定感、社会性、ソーシャルサポートで構成されると言われる、降りかかる困難によって折れていく心理が回復する際に発揮される心理状態である。ヴィクトール・フランクルは人生の意味に気づくことで困難を凝り超えられると説くが人生の意味とはまさに自己肯定なのである。さて、セルフエフィカシーとレジリエンスはの違いは要するに困難に突撃するか立ち直るのかの違いだ。しかし人生において困難は時に立ちはだかり時に巻き込まれるものだ、都合よく避けられれば良いがそうもいかない。突撃と回復は常に人生のテーマなのである、アリストテレスはニコマコス倫理学の中で、勇気、賢慮、正義、節制という4つの徳を身につけることで究極目的の幸福に到れると説くが、セルフエフィカシーとレジリエンスのマリアージュは4つの徳を積む鍵となる心理状態なのである。



2024年11月1日金曜日

暴走するファン心理?

MLBの ワールドシリーズは予想外の短期決着でドジャーズの勝利で決着した。ロサンゼルスはさぞ喜んでいると思いきや、暴徒化して混乱したようだ、一方、試合中も、ニューヨークヤンキースファンがプレイする選手の妨害をして問題になった、ドジャースファンもパドレス戦ではフィールドに物を投げ込んで試合を邪魔していたから、ヤンキースファンが悪いという論は成り立たない。強いて言えばファン心理には暴走する可能性が潜んでいるということである。感情は大脳辺縁系から発生し社会性脳と言われる前頭前野を巻き込んで脳全体を興奮状態に陥れる。ファンであるということ自体が社会性における一種の興奮状態なので、辺縁系の興奮が伝播しやすい状態におかれていることが推察される。こういった過度の興奮は野球に限ったことではない、花火大会やコンサートなどでも悲惨な事故に繋がっていることを多くの人が目にしている。ヴィクトール・フランクルはトラウマ体験が精神疾患を引き起こすとしたフロイトに対して、精神の低調がトラウマ体験を呼び起こすとした。卵と鶏の論争と一緒なのだけれども、ファンという興奮状態が、優勝、ファールボールが来たといったスイッチによって誘爆を起こすのであろう。