活躍する人が居る活躍する能力というようなものはない、下記は小林秀雄が * 梅若 の 能楽堂 で、* 万三郎 の「* 当麻」 を 見 て記した一文の抜粋であるこの一文の中でも 美しい「 花」 が ある、「 花」 の 美し さ という 様 な もの は ない。 という世阿弥 の「美」のそして「花」のん観念に言及した部分は生成される知識の有り様として極めて示唆深いものである、例えばある組織の中で活躍する人がいたとして、組織の文脈から切り離して活躍を取り出すことは出来ないことも同様だからだ、活躍は常に組織の躍進とともにあるもので、こうした、文脈依存性を能という芸能のを通して観念化しているそれは、このブログのタイトルや冒頭の一文のように様々にオマージュして巷にあふれる還元主義的思考に大いなる問いを引き起こすことが出来る、アブダクションによる還元思考による原因と結果という構造化による責任論に見える無責任論を蔓延させている現状において事象の本質を理解する気づきを与えてくれるのだ、
記
そして 又、 僕 は、 無 要 な 諸 観念 の 跳梁 し ない そういう 時代 に、 世阿弥 が 美 という もの を どういう 風 に 考え た かを 思い、 其処 に 何 ん の 疑わしい もの が ない 事 を 確かめ た。「* 物数 を 極めて、 工夫 を 尽し て 後、 花 の 失せ ぬ ところ を ば 知る べし」。 美しい「 花」 が ある、「 花」 の 美し さ という 様 な もの は ない。 彼 の「 花」 の 観念 の 曖昧 さに 就い て 頭 を 悩ます 現代 の 美学 者 の 方 が、 化かさ れ て いる に 過ぎ ない。 肉体 の 動き に 則っ て 観念 の 動き を 修正 する がいい、 前者 の 動き は 後者 の 動き より 遥か に 微妙 で 深淵 だ から、 彼 は そう 言っ て いる の だ。 不安定 な 観念 の 動き を 直ぐ 模倣 する 顔 の 表情 の 様 な やくざ な もの は、 お 面 で 隠し て 了 う が よい、 彼 が、 もし 今日 生き て い た なら、 そう 言い たい かも 知れ ぬ。 僕 は、 星 を 見 たり 雪 を 見 たり し て 夜道 を 歩い た。* ああ、 去年 の 雪 何処 に 在り や、 いや、 いや、 そんな ところ に 落ちこん では いけ ない。 僕 は、 再び 星 を 眺め、 雪 を 眺め た。
小林秀雄. モオツァルト・無常という事(新潮文庫) (p.70). 新潮社. Kindle 版.





























