アリストテレスの『ニコマコス倫理学』において、「中庸(メソテース)」と「どっちつかず(日和見・無節操・事仏主義)」は明確に区別されています。
その根本的な違いは、「状況に応じた最適な判断(徳)」であるか、単に「双方の意見や行動を適当に折衷して責任を回避しているだけ(日和見)」であるかという点にあります。
1. 「中庸」とは何か(最適解の追求)
アリストテレスにおける「中庸」は、単なる「足して2で割るような平均値」ではありません。
- 実践的知恵(プロネーシス)に基づく判断:過剰(行き過ぎ)と不足(足りなさ)という二つの悪徳の間に位置する「徳(アレーテ)」の状態を指します。
- 「適切な時・相手・目的・方法」の選択:ただ中間を選べばよいのではなく、「いつ、誰に対して、どんな目的で、どのように行動するか」という条件がすべて満たされた「正しさの極致(頂点)」としての選択を意味します。
具体例:勇気(徳)
過剰: 猪武者・無謀(恐れるべきでないものまで恐れず突撃する) 不足: 臆病(恐れるべきものを極端に恐れて逃げ出す) 中庸(勇気): 恐れるべき状況を正しく恐れ、しかるべき時に適切に立ち向かう。
2. 「どっちつかず(日和見)」との決定的な違い
「どっちつかず」や「事仏主義」は、中庸の形を真似ているように見えて、本質的には全く異なります。
| 比較項目 | 中庸(メソテース) | どっちつかず(日和見・日和見主義) |
| 判断の軸 | 道理・倫理的な正しさ・目的の達成 | 摩擦の回避・周囲への忖度・自己保身 |
| 態度の本質 | 状況に最も適した**「強い決断」** | 態度を保留または曖昧にする**「判断の放棄」** |
| 実践性 | 行動を伴う能動的な選択 | 責任やリスクを避けるための逃げ |
| 位置付け | 二つの悪徳の間にある**「徳(頂点)」** | 適切な判断を欠いた**「不徳・欠如」** |
3. 主なポイント
- 算術的中間と相対的中間の違いアリストテレスは「10と2の中間は6」というような算術的な中間と、人や状況によって変動する「私たちに対する相対的な中間」を区別しました。中庸は後者であり、機械的な足して2で割る思考(=どっちつかず)を否定しています。
- 「中庸」は質的には「頂点」である量的に見れば過剰と不足の中間に位置しますが、「正しさや善」という質的な観点から見れば、中庸こそが最も優れて高い状態(頂点)です。これに対し、「どっちつかず」は質的にも低空飛行のまま責任をうやむやにする姿勢です。
アリストテレスの考え方に従えば、「双方の言い分を聞いて当たり障りのない真ん中に合わせる」のは「どっちつかず」であり、「状況を精査し、今取るべき最も適正で勇敢な態度を決断する」のが「中庸」となります。
