2023年11月30日木曜日

活躍の14の得意技を因子化したら5つになって、巨樹の姿が見えた

昨日ブログで活躍する人の14の得意技を書いたが、この得意技を因子によってまとめることが出来る今回は◯◯系というラベルと因子名をつけてみたところ、拡張、深掘り、統制、刷新、感染の5因子となった、植物で言えば枝を伸ばし葉を茂らせて、根を張って水や養分を首吸い上げ、春になったら花を咲かせ、葉を落とし他の生き物に実や樹液を与えるといった自然環境の中で力強く存在するだけでなく存在することで価値を生み出す。植物にとってはそれこそが活躍なのである。

スケールアウト系(拡張因子)
好奇心やわくわくで自然と一歩を踏み出す遊び上手
困難に直面すると気力が湧き出すピンチ乗り越え上手
異質な相手と積極的に交流して世界を広げる交流上手
デープラーニング系(深掘り因子)
先入観なく謙虚に学び挑む学び上手
素朴理論(確証バイアス・自動思考)に思考を委ねない探究上手
自分なりの学習方法(学び方)を獲得する自信上手
他者の目線でも世界を見ることができる自分の価値観や世界観に固執しない解きほぐし上手
自立系(統制因子)
評価を求めず黙々ととやり続ける継続上手
自分ができないことを自覚して他者の支援を求められる要請上手
自分をさらけ出して相手の懐に打ち明け上手
バージョンアップ系(刷新因子)
どんな経験でも客観的前向きに振り返って事の本質を問う内省上手
いかなる経験においても意味を見出そうとし、ちょっとだけ考え方や行動を変えることが出来る理不尽さに勝つ折り合い上手
インフルエンス系(感染因子)
他者に幸福を伝播する場作り上手
注目を浴びることを厭わないが目立ちたがり屋ではない支え上手。




2023年11月29日水曜日

社会で活躍する人の14の得意技

社会で活躍する人々を観察すると何らかの得意技を身に着けていることがわかる。順不同で書き出すと以下のように14個の得意技が見えてきたもちろん、これら14個全てが得意というわけではなく、この中のいくつかを組み合わせて状況に適応するのだ。これらの整理はまた明日。
  1.  好奇心やわくわくで自然と一歩を踏み出す遊び上手
  2. 困難に直面すると気力が湧き出すピンチ乗り越え上手
  3. 異質な相手と積極的に交流して世界を広げる交流上手
  4. 先入観なく謙虚に学び挑む学び上手
  5. 素朴理論(確証バイアス・自動思考)に思考を委ねない探究上手
  6. 自分なりの学習方法(学び方)を獲得する自信上手
  7. 他者の目線でも世界を見ることができる自分の価値観や世界観に固執しない解きほぐし上手
  8. 評価を求めず黙々ととやり続ける継続上手
  9. 自分ができないことを自覚して他者の支援を求められる要請上手
  10. 自分をさらけ出して相手の懐に打ち明け上手
  11. どんな経験でも客観的前向きに振り返って事の本質を問う内省上手
  12. いかなる経験においても意味を見出そうとし、ちょっとだけ考え方や行動を変えることが出る理不尽さに勝つ折り合い上手
  13. 他者に幸福を伝播する場作り上手
  14. 注目を浴びることを厭わないが目立ちたがり屋ではない支え上手。


2023年11月28日火曜日

意味づけのしかた

 昨日のブログで経験を活かすには意味づけと主体性がキーワードだと書いたけれど、 意味づけってどういうこと?という疑問が当然出てくる。まずは意味って何?ということだけれども

端的に言うなら意味とは自分との近さで生じる認知的変化である。全ての生き物は、意味に向かって接近する。だから自分の近くにあるものには意味があるのだ。身の回りを眺めればすぐわかることだけれども、自分にとって意味のあるものは近くにある。そして意味のないものほど遠くに置かれていることに気づくだろう、だから、自分に近いと感じるものには意味があると感じているものなのだこの近さが0になるとそれは自分にとっての運命になる。だから運命とは自分の人生に意味を与えてくれるものだ。



2023年11月27日月曜日

アルバイトと仕事から気づく経験を活かすキーワード

 若年労働力不足が慢性化する中、サービス業を中心に、産業界では、アルバイトのニーズがず~っと高いままである。正規の雇用と違い、アルバイトは雇用条件が正規雇用に比べて、劣っている、その分、雇用の敷居が低く、働く側も過大な責任を負わずに気楽に働けるというメリットがある、しかし、世の中非正規雇用者の待遇改善の流れの中で、同一労働同一賃金のもとで、アルバイト=低賃金という構図にも変化が見えているさてアルバイトは大学生の生活資金源として、重要な位置を占めている、コロナで飲食店経営が苦しくなりアルバイトにしわ寄せが出た時、多くの大学生が困窮したのは記憶に新しい。大学生にとってアルバイトは、生活費の足しであるだけでなく、卒業後の社会生活に向けた準備期間でもある、以前、リハビリ入院していたとき、担当してくれた言語聴覚士は、病院での病棟の介助のアルバイトが職業のきっかけであったと教えてくれたアルバイトが越境経験となって、解決すべき社会課題を見出したのである世の中がサービス産業化するなかで、アルバイトは産業を支える柱となっている、一方で、私が逢った言語聴覚士のようにアルバイトはその後の職業人生の入り口経験になっている場合もある。そういった、キャリアインキュベーターとしてのアルバイトを考えた際にどのようなアルバイト経験が望ましいのだろうか。学習の場としてのアルバイトもあるが、問われるのはどのような仕事であれ、仕事に良い意味づけをして自主的主体的に貢献するという学習態度であったりする、場が大事なのか態度が大事なのか。結論的にはその両方なのだろうけれど、アルバイトに限らずどのような経験(過去・未来問わず)であれ、意味づけと主体性は、経験を活かすキーワードであると言えるだろう



2023年11月26日日曜日

人気ドラマを学究的に観ることで教育環境の思想的背景に思いを馳せる

 経験による学習と感化される周辺、正統的周辺参加論を超えてあまちゃんが誘う状況論の奥深い世界へ行ってきた日曜昼。

日本認知科学会 教育環境のデザイン分科会(DEE)環境のデザイン分科会(DEE)研究会『あまちゃん』への/からの接近にオンライン参加した 。認知科学会「教育環境のデザイン分科会」(DEE)の思想的背景をなしてきた「活動理論」,「状況的学習論」や「越境論」の立場から『あまちゃん』を視聴すると,アキのコミュニティの移動や,それぞれのコミュニティの人々との関係の構築や実践のなかに,興味深い「学習」や「変容(transformation)」の諸相を読み取ることができます.再放送されたあまちゃんが好きで漏らさずに見ていた筆者には極めて興味深い研究会であった、成長しないヒロインとして描かれた主役のあきちゃんことあまちゃんが色々な人をかっけ〜と憧れから、周辺参加していく中で、周囲があきちゃんをかっけ〜と感じる感化されるプロセスは、正統的周辺参加論では触れられていないそうだ。DEEの皆さんが研究会であまちゃんを取り上げたのもそういったところに理由があったのかもしれない普通の学習にある越境行動に対して越境学習という学習論の学究タームで純化してしまって良いのだろうか、本質的な学習のリアリティが失われてしまうのではないかという岡部先生の話は、非常に示唆深いものであった。

かつて採用コンサルを行う中で、元気な新入社員に感化されて既存社員のパフォーマンスが上がった事例を紹介することがあったけれども、状況学習論的に解説するならば、新入社員というアマチュアがプロ化する際の学習と並行して生じる感化は実は普通に見られる状態なのであるが、越境学習、経験学習では、常に、学習者の視点から状況が捉えられていて、感化に関する論点は足りていないという指摘は重要だと感じた。

その他、プロとアマの立場の反転による青春のやり直しその罰として、知らない場所に放り込まれる登場人物の未知の学習に向かう技法。情動の再起動などなど、講演者それぞれの観点からのとても示唆深い研究会であった。



2023年11月25日土曜日

鍵を探して


以前(7月6日)にも書いたけれど大好きな詩人茨木のり子さんの鍵と言う詩がある。

今回は少し長めに引用してみよう。

 鍵  茨木のり子


一つの鍵が 手に入ると
たちまち扉はひらかれる
固く閉された内部の隅々まで
明暗くっきりと見渡せて
人の性格も
謎めいた行動も
物と物との関係も
複雑にからまりあった事件も
なぜ なにゆえ かく在ったか
どうなろうとしていたか
どうなろうとしているか
あっけないほど すとん と胸に落ちる
ちっぽけだが
それなくしてはひらかない黄金の鍵
人がそれを見つけ出し
きれいに解明してみせてくれたとき
ああ と呻く
私も行ったのだその鍵のありか近くまで
もっと落ちついて ゆっくり佇んでいたら
探し出せたにちがいない

鍵にすれば出会いを求めて身をよじっていたかもしれないのに

鍵ってすごいよね。でも鍵を無くすとそれはもう大変な騒ぎになる。日常が無くなってしまうのといっしょだからね。私の人生は鍵を探す旅なのかもしれない。

私にとっての鍵はまさに遠隔項(創発)を開く鍵なのである。

そしてその鍵を探す旅こそが私の人生のデザインである。

そしてなぜ今日再びテーマが鍵なのかというと実は今朝の辻仁成さんのブログでこんなやりとりが書かれていたからなのである・

お騒がせ野郎の父ちゃんであったが、昼過ぎ、近所の公園まで散歩に行くと、ベビーカー付き自転車を押すマダムと出会った。

めっちゃうつろな目をしている。今にも泣き出しそうな顔だった。

「鍵、見ませんでした?」

「はっ? 鍵?」

「こんなやつ」

自転車の鍵を顎で示したので、ああ、自転車の鍵ですか、と聞き返したら、

「いいえ、家の鍵を落としちゃって」

と泣きそうな顔でいうのである。ベビーカーには赤ちゃんがのっている。

「そりゃあ、大変だ」

「じゃあ、一緒に探しましょう」・・・

そして私も自分の鍵探しを思い出したからなのである。




2023年11月24日金曜日

人生の棚卸し過去を熟成させる秘訣。

 物販(卸売り)の仕事をしていた頃は、棚卸と言う一年に一度の作業が大嫌いだった、在庫になっている商品には、売れ筋だけでなく、売れ残り、返品など、商品としては失敗したものが少なくない。それらは、お金を掛けて仕入れたものだから、キャッシュの成れの果ての姿でもあるのだ、そんなはずじゃなかった、という苦い思いを全て引き出して数えることはかなりのストレスである。過去を引き出すということは商品の棚卸しに限らずストレスになるものである。筆者は、トランクルームで過去の荷物を整理している最中に脳出血をおこしたのである。人生の棚卸しにおいても、苦い過去を思い出すことは辛さもある。しかし時が苦さを熟成していい味に変えてくれていることもある商品は、古くなると焼けてしまったり匂いがついたりと良いことはないけれど、人生の経験は熟成によって意味が変わり時にとてもいい味を醸しだしてくれるから不思議だ、もちろん、人生を腐らせる経験になっていることもあるから、要注意である。経験を熟成させるには秘訣がある。食品と一緒で、雑菌が繁殖すると熟成するところか腐ってしまう、過去の経験における雑菌とは、恨み妬み嫉みである、そういった負の感情で抱いた過去は腐りやすい、しかし、内省、学び、感謝といった前向きの態度で向き合うと過去の経験は宝物として棚卸しできるのだ。そして、新たな認知的変化のための認知リソースとしてリフレッシュされるとともに、熟成されて、これからの人生の引き出しとしてより良く生きる資本になる。





2023年11月23日木曜日

見える個性と記号化される見えない個性、

 あの人個性的だよね、と言う時は言い換えればあの人ちょっと変わっているよねという意味合いが多いのではないだろうか、普通の人とちょっと違う、画一的でない言動は、社会性における特異性であって、社会という枠組みの中でのその人らしさ個性ということだが、そもそも、人の顔は皆違うのだから、身体性の観点からは個性的でない人は居ないのだ。個性は身体に宿るものであるが、その人固有の認知的変化(創発)つまり「心」も個性であると考えられるのが常である、「心」は見えないものだから、その瞬間に個性は見えないものになったのだ。心の個性を知るためには、その瞬間の心と心の変遷を知る必要がある、これが身体的自己と物語的自己である、心は身体というマルチモーダルの混沌から生じるものであり、それは、置かれた場所の文脈によっても異なってくる、そういった心の移ろいも個性なのである。異なる状況でも、再現される一貫性を持った個性を性格と言うが、基本心の個性とは、文脈に沿って発揮される創発だから、例え同じ文脈であったとしても同じ個性が創発するとは限らない、のであるが、個性を人の情報であるとすると、情報は不変であるほうが都合がいいので、性格は変わらないものとされてしまう。こうして、個性は記号化されて心のダイナミズムが消されていくのである。


2023年11月22日水曜日

経験と言う宝物

過去を体験でなく経験にする素晴らしい記事だなぁと思ったら、アドラー心理学嫌われる勇気の著者岸見一郎さんの記事だった


岸見さんはご自身の心筋梗塞での入院を引き合いにされて以下のようなリルケの言葉を引用されていた もしもあなたが牢獄に囚われていて、牢獄の壁が世のざわめきを少しもあなたの感覚に達することがないとしても──あなたにはそれでもあなたの幼年時代という、貴重な、王者のような富、この思い出の宝庫があるではありませんか。そこへあなたの注意を向けなさい」私も脳出血とそのリハビリで180日も入院したが、動かなくなった左半身の歩けない身体で、社会から隔絶された感があった、同じ病に倒れた塩見三省さんの社会の異物と言う表現が深く心に刺さっていた時期である。退院した今はオンラインで世のざわめきがダイレクトに伝わってくるし社会の異物なんて拗ねたことも感じないけど、ネット環境の悪い入院中の宝物はグラフィックレコーディングで使っていたスケッチブックだったスケッチブックに書き留められた過去の体験は経験として入院中の心に新しい経験として記されたのである。
さて子ども時代の経験が学業やその後の社会生活へ及ぼす影響といったことはけっこうしっかり調査されているやはり経験は人生の宝物であるようだ。

2023年11月21日火曜日

贋作?創作?余白の力

 贋作に纏わるドキュメントで、天才贋作師としてベルトラッチが紹介された、しかし彼の贋作は模写ではないという、画家のカタログなどを精査して、画家の余白を埋める作品を描くのだという、写真家星野道夫さんの番組でも、情報が無いことの価値という言葉が出てきた。大自然という情報が無い状況で人間の創造性が発揮されるということであった。ベルトラッチも、きっと、全て自分の名前で作品を出していれば贋作師などとは言われなかったのだろう、しかし価値は、経済性の見返りを得るためになりすましたからやはり贋作師である。しかし余白を見つけて画家になりかわって絵を描く行為自体は極めて創造的な行為である。余白とは創造性の母なのである。以前もかいたけれど、グーグルはかつて全てのものを情報化すると宣言したのだけれども、情報が無いことの価値をひょっとしたら気づいていなかったのかもしれない、

情報の空白を人は想像力や創造力で埋めていく、余白はとても重要な認知リソースなのだ。



2023年11月20日月曜日

多様性社会におけるエンゲージメント重視の不思議。

 いきいきしてる人ワクワクしてる人を見るとなんだかこちらまでいきいきわくわくしてしまう。逆にイライラしている人を見るといらいらして気分が悪くなる。これはテレビみたいな仮想現実でも体感出来る他者と繋がりを生む原点だ、この仕組みを脳科学で解明したのがミラーニューロンであるが、共感や共鳴っていうのは意識じゃなくて生体反応なのである。ところが、経営論的組織論にになると突然エンゲージメントと言う自由意志の話になる。自由意志はミラーニューロンではなく、前頭葉の働き社会的知能である、生体的共感は反応だから、理念や信念を実践し体現する幸せそうな人を見るだけで得られるものだ。一方で、言語化された理念や信念を読んだところでミラーニューロンが反応することは無い、言語は言語野を通じて認知され、遠隔項(原因真因)として前頭葉で知識生成されることで意味づけされる反応ではなく脳内のいくつもの機能が包摂することで創発する複雑系の現象・創発なのである。複雑系の特徴は、還元不能、意図の不在であることを知っていれば言語を通じた共感がいかに困難なことであるか想像に難くないのであるが、内在する心は操作可能であるという素朴理論と、生体的共感体験の類推による、誤った共感の理解から、エンゲージメントは醸成可能であると信じる組織人は少なくない。自分はエンゲージメントしていると信じている人(創業者や経営者)ほど、他の組織メンバーにも強要しがちになる。異なる文脈、全く異なる認知リソースで、結果としての認知的変化創発を、期待するのは自然の摂理に反した暴挙でしかない。麦を蒔いて米の収穫を期待するようなものなのである。個性重視多様性が重要視される社会で、エンゲージメントという形で画一性が強要されるのは何故だろう。恐らくそこには、生体的反応から類推された誤った共感観一体観が広まっているように思われるのだ。



2023年11月19日日曜日

習慣化のツボは「あっ!」と、敵は「え~っと?」

 継続のコツ、気がつけばこのブログも10年をこえている基本毎日書いていて脳出血で緊急入院した時以外、続いている。コロナ感染で肺炎になって緊急入院した時は途切れることは無かった元は何かしら継続する新しい習慣を身につけられるかといった習慣化の実験だったのだけど、10年も続いているのだから習慣が身についたと評価しても良いのではないかと思う。

すごいじゃん自分。この経験を活かして今は犬との日記も続けることが出来ている。

習慣化すると言う実験は成功裡に続いているのである。

習慣化の秘訣はまず忘れないと言うことである。覚えていればあとはやるだけだ。やるかやらないかは気力次第だから気力を上げていけばいい。

でも、忘れてしまうとどうにもならない。要するに継続の1番のツボは気力よりも記憶なのである。実際、飲み会などで酔っ払って忘れてしまったこともある。継続習慣の一番の敵は飛ぶ記憶なのである。

でもそれは仕方ないことだから、翌日までは可とするマイルールを作っていた。

長く続く秘訣というのは案外そういったありがちなミスを上手くカバーする方法を決めておくことにあるようだ。そもそも習慣とは自分自身との約束なのだから自分を裏切らないルールを作っておけば良いのだ。

さて、そういったミスをカバーするルールも有効だけど、筆者が有利だったのは入眠前記憶に長けていることかもしれない、先日記筆者は憶よりも注意の高次脳機能の方が優位ではないかと書いたが、詰込み型の記憶には強くない、しかし注意と組み合わせた記憶は結構強いのだ。例えば寝る前に意識的(これが注意の機能)に記憶を行う入眠前記憶はかなり、有効で、急に日中にその記憶が蘇った利する、テストの時も、実は布団に入って眠りにつく前の記憶が勝負だったのだ。

テスト勉強で徹夜よりも、睡眠が有効だったのはそのせいかもしれない。この入眠時の記憶は意識、無意識あらゆるタイミングで蘇る。あ、ブログ忘れてる!とかね、このあっ!と、ふいに思い出せるという機能の対極にあるのが、「え~っと」という度忘れだろう、辿っても思い出せない、引き出せなくなった記憶である。一方で、不意に引き出される肝心な記憶閃き型の記憶であるが、この閃きも認知科学では、認知的変化、創発であると考える。リソース化された記憶が新たな認知を創発するのだ。創発という記憶の引き出しが習慣化のツボなのかもしれない。




2023年11月18日土曜日

組織を腐らせる人の特徴。

本ブログではこれまで何回も「遊び」について書いてきた。さて遊ぶのは人間だけじゃない

では、動物はどう遊ぶのかといことを研究する研究者によると動物の遊びの基準は以下のようになるのだそうだ、(NHKヒューマニエンスより)

1非自明な機能(機能的でなく見える)
2自発性(自由である)
3通常の行動の変化誇張
4繰り返し(何度もやる)
5ストレスのない状況で起こる

しかしこの基準を観て、ちょっと感じたことがある、機能的でなく見えるという部分だ。つまり、無意味で無駄に感じられるということだ、人間でも、仕事中や勉強中にに遊んでると言うと、良い意味には捉えられない、遊びとは効率を落とし価値を棄損する行動であるという素朴理論に私たちは毒されているのだ創造的な態度に否定的な非創造的な人ほどその傾向は強くて、業績至上主義、効率主義に毒された人ほど、そういう態度に出る。機能的でないと感じるものを徹底的に否定し排除するのだ、そういった人がマネジメントを担った組織の行く末を筆者もいくつかみてきたけれど組織はやがて腐り朽ちていく、メンバーは辞め、顧客は離れていくのだ,

そういうマネジャーは、概して遊び下手だ。皆で旅行に行っても交歓するよりスマホゲームなど本来的な遊びとは言えない独り遊びを好み自分の正義に拘り他者の行為を機能性から見下し嫌う傾向が強い。一見効率的で合理的に見えるので、経営者に創造性の信念が無いと重用されてしまったりする。経費削減にはもってこいだからね。しかし困難を乗り越え未来を拓くことは出来ないのは自明なのである。


2023年11月17日金曜日

場所と言葉、古参のぼやきは蕎麦屋で聞け、

 下町の住人にとって蕎麦屋は気楽な食事処である。さて美味しい蕎麦に舌鼓をうちながら、ゆったりと愉しんでいたら、奥の席に陣取った初老の男性の駄弁が聞こえてきた、どうやら今夜飲み会があるらしいのだけれども、その飲み会は、会社の年配者が若者に説教をする目的があるらしいのだ、親父の小言飲み会、そんなの若い人来るのかなぁ・・・ぼやく中に「近頃のわかいやつらは」なんて今どきシニアが聞いていても恥ずかしくなるような言葉が聞こえてくる。まだそんな言葉を言う遺物みたいな人がいるんだと言うことに驚いたが、そんな古臭い台詞も蕎麦屋だと、おかしく聞こえないのは不思議だ、きっとイタリアンレストランやおしゃれなカフェだったらパスタやピザやカフェラテが不味くなってしまうことだろう。蕎麦屋だと、たぬきそば餅入りのオーダーが入るのと違いないくらい違和感が無い。それは、蕎麦屋は年配者が好んで集う場所であって、古い言葉や考え方が似合うからかもしれない。言葉という認知リソースは私達に様々な認知的変化を生じさせるが、わたしたちは言葉が置かれた場所も、認知リソースとしてマルチモーダルに知識を創発しているのである。だから言葉が置かれる場所はとても重要だ。家庭でも、職場でもサードプレイスでも場は学びに、少なからず影響を与えている。蕎麦屋は古参のぼやきを誘う場なのかもしれない。親父の小言飲み会は蕎麦屋でやらないに限るようだ。




2023年11月16日木曜日

勘とは集中力の賜物だ。集中とは五感でかんじとること。

 筆者は小~中学の頃注意力散漫で集中出来ないタイプだった、それは、教師からも指摘されていた振り返るに自覚もある。まぁ、授業も勉強もぼーっとやり過ごす子だったのだ、それが高校を卒業する時には集中して授業を受けられるタイプに変わっていた、そのきっかけは不得意の自覚からである。。高校生になった頃には、世の中にはコピー機が広く普及し、中間や期末テスト前は、友達のノートをひたすらコピーするというのがクラスの当たり前になっていた。そして、テスト前夜に徹夜で一気にコピーを覚えてテストに臨むのであるが、そういった一夜漬けの詰め込みが苦手だと悟ったのだ、いくら頑張って徹夜してもテストの得点は一向に上昇しないところか、下がったのである。あぁ、この勉強スタイルは自分に合っていないなぁとしみじみと痛感したのである。一夜漬けのかわりに思いついたのが、授業に集中し雑でも良いから自分のノートを作りテスト前に他人のノートのコピーではなく自分のノートで復習することだった。それを実践したところ、とたんにテストの点が好転しはじめたのだ、授業と言う現場で、見つけた学びのツボで、時間が経っても頭の中に授業が再現された、授業中に見つけたツボは学びの体験を引き出すインデックス(引き出し)になっていたのである。これを繰り返すことで、ツボを見つけるのが上手になった、実は、教師は、ツボを発信している、しかしそれは、言語や板書に限ったものではなく、ノンバーバルなサインとして発信されているのだ、そのサインをキャッチするには集中力が重要だ、集中力とは、意識的に、知覚の感度を上げて、マルチモーダル(多感覚)に知識を生成する準備なのである。注意力散漫が、情報の補足範囲を広げることだとすると、集中力は。情報から知識を生成するステップであると言えるかもしれない。おそらく学習スタイルその人の高次脳機能(記憶、注意、遂行)と関連しているのだろう詰め込みが得意な人はおそらく記憶に優れ、筆者は注意のほうが優位だったということなのかもしれない、しかし、注意の感度を意識的に上げる場を知る必要があったのだ、そしてその副次効果は、ツボという知識を創発する機能(勘)だったのである。

注意力散漫というのも実は高次脳機能注意の優位性を表しているのかもしれない。






2023年11月15日水曜日

探求でワクワクする心が育つ仕組み

 ウクライナにしてもガザにしても、最前線の悲惨な戦闘を知るfだけでは戦争を理解したことにはならない。戦争がなぜ起きたのかを知らなければ、戦争を真に理解したことにならないのだ。これがMポランニーに言うところの近接項と遠隔項の関係性である。この遠隔項を知るうえで役に立つのが統計解析である。筆者は山ほどデータ解析を行ってきたがこの遠隔項を知る作業は非常に楽しいものでいつもワクワク出来た。それは、原因・真因を知りたいという探求欲である。データの背後にある、原因や真因のことをデータ解析では因子と呼ぶのだが、データを処理しただけでは、因子が見えるわけではない、整理されたデータを読み解いて、類推による内部モデル作ってを因子付与するのは、実に創造的な知識の生成・創発なのである。筆者は仕事の中でこの探求習慣を身に着けた、筆者が配属された部署は因子ソリューションといってまさに因子を付与することが仕事の部署だったのである。それまでの筆者の学習スタイルは高校生の時に修得したその場(授業に)で集中して身に着けるという現場主義(これに対するのは試験前に集中して徹夜をするといった持ち帰り主義である)であった。学びの場で真剣に対峙することで、効果を上げるという現場主義は、学びの勘を育むのに非常に効果があった。以降、あ、これだなという勘所が鍛えられ、その勘はその後の仕事でも大いに役立った。これは近接項の中から重要度の高い項を見分けるものだ、一方、因子ソリューションで身に着けたのは探求することの面白さである、なぜそうなるのか、どうしてそうなのかを知ると、重要だと感じていた近接項が裏付けされたり、気づけていなかった重要な近接項を発見出来たりと、事象の理解が進む、すると、世界はワクワクでいっぱいになる。以前にもかいたけれど、ワクワクする瞬間とは、人が本来的に生きている瞬間だ。

探求は、人が本来的に生きることを可能にする行為なのである。






2023年11月14日火曜日

芸術家と哲学者とアスリート生命を燃え上がらせる人が言うこととは、

 認知的な変化 創発による学習にとってのキーワードは認知リソースの多様性と混沌、競合、試行である、そのためには、主体性、自発性、創造性など、自由意志が極めて重要になってくるのである裏を返せば、認知的な変化を阻害するのは、秩序と慣性軌道(既定路線)ということになる。ハイデガーの言うところの世人に支配された生き方は認知的な変化を妨げる。人は本来的な生き方(その人ならではのワクワクすることに取り組む)をすれば自然と創発するのだ。しかし、秩序や慣性軌道が「悪」だと言うのは早急過ぎる。なぜなら。秩序や慣性軌道を理不尽と捉えそれを乗り越える時に爆発的な認知的変化・創発が起こるからだ、不自由は創発の母とも言えるのだ。「芸術は爆発だ」の明言を遺した岡本太郎氏はこうも言う

 あえて 独自 な 表現 や 不協和 な 主張 を し て 村 の 安寧秩序 を 乱す ヤツ は 村八分 にさ れ、 滅ぼさ れ て しまう。 古代 から ずっと それ で やってき た ので ある。   だが 現在 の われわれ にとって、 これ は 大変 な 間違い で ある と ぼく は 思う。 今 までは、 謙虚 で ある という こと が 世渡り の 第一歩 みたい な もの と 考え られ て き た。 だ が ぼく の 考え方 では、 それ は 非常 に 傲慢 だ とは 言え ない が、 不遜 だ と 思う。 という のは、 自分 は どの くらいの 能力 が あり、 どの くらいの こと を す べき 器 で ある か という こと を 見極めよ う と し ない で、 つまり、 自分 の こと が 自分 で わから ない のに、 勝手 に 自分 は ダメ だ と 見切り、 安全 な 道 を とっ て しまう。

ぼく は つくづく 思う の だ が、 好奇心 という のは、 その よう に 生命 を 賭け て 挑む 行動 に 裏打ち さ れ なけれ ば、 生きる 感動 として ひらか ない のでは ない か。   だから、 それ は ただ の「 お 遊び」 では 駄目 なの だ。 全 生命、 全 存在 を 賭け て、 真剣 に、 猛烈 に 遊ぶ ので なけれ ば、 生命 は 燃え あがら ない。 いのち がけ の「 遊び」 と、 甘え た「 お 遊び」 とは、 まったく 違う ので ある。

岡本 太郎. 自分の中に毒を持て<新装版> (pp.36-37). 株式会社 青春出版社. Kindle 版. 

自由を燃え上がらせるのは不自由だとも言えるのかもしれない。ラグビーの平尾誠二さんはこれを理不尽に勝つと表現する。

岡本太郎氏もハイデガーも平尾誠二さんも認知的変化の重要性をそれぞれの観点から述べているのである。




2023年11月13日月曜日

私たちが知りたいと思うこととは、

 私たちは複雑で予測不能な環境を知る手立てとして現状と想定未来、近接項としての兆候、遠隔項としての原因を知ろうとするこれは、  「 暗黙知」 という 言葉 とともに 登場 する こと が 多い。マイケル・ポランニー( Michael Polanyi) という 人 の区別だ

私 たち は 世界 から さまざま な 情報 を 受け取る。 これら は 近接 項( 2) と 呼ば れる。 つまり 自分 が 実際 に 体感 できる 情報 で ある。 こうした 情報 を 受け取る こと で、 私 たち は 頭 の 中 で いろいろ な 推論 を 重ね、 内部 モデル を 作り出す。 一方、 世界 の 側 では それ を 生み出す 原因 系 が 存在 する。 これ が 遠隔 項 で ある。 そして 近接 項 から 生み出さ れ た 内部 モデル を 遠隔 項 と 結びつけた とき に 真正 の 理解 が 生み出さ れる と いう。

鈴木宏昭. 私たちはどう学んでいるのか ――創発から見る認知の変化 (ちくまプリマー新書) (p.159). 筑摩書房. Kindle 版. 

つまり今何が起きているのかを事実から推論し、それはなぜおきているのか真正の理解を欲しさらには、未来何が起きるのか、なぜそうなるのかを知ることで複雑な現在と未知の未来に備えるのである。





2023年11月12日日曜日

私たちには全て備わっている

 生き物機能は出来ないことをするのではなく備わっているものを引き出して使っているさらには機能を使い回してできることを増やしている。例えば脳の危険を察知する機能はチャンスを発見する機能としても使われていることは脳の研究で知られている。応用とか転用は限られたリソースを最大限活用して複雑で予測不能な環境への適応を可能としているのだ。生き物って賢いよね~、全ての機能を装備するのでなく、備わっている機能を最大限活かして複雑かつ未知の環境に適応していくのだ。すごいよね~。裏を返せば、私たちは、備わっているもので何事にも対応適応できるということなのである。今の形態になる前から考えれば、数百万年という時間がその事実を証明しているのである。良く組織で人事評価などをするとき、なぜ出来ないのだろうかとかどうしてやらないのだろうか、という疑問が頭に浮かぶけれども、それは極めて正しい疑問なのだ。



2023年11月11日土曜日

未熟な新人と上から目線の古参 時間に纏わる素朴理論を越えよう。

 子供の人生経験はは大人の人生経験よりも少ない。それは経験は時間の長さに比例するという素朴理論だ。また、子供は脳が未発達なので、抽象的で解像度の高い思考が出来ない。これも、子供よりも大人が勝っているという素朴理論だろう。実際、信念を形成するような重大な人生経験を子供もしているし、繊細な感受性によって十分抽象度が高く解像度の高い思考だって出来ている。敢えて言うなら大人のような複雑な社会性に浸って過ごす経験とその理解は大人に及ばないつまり、大人の文脈には居ないということくらいなのではないだろうか、私たちは無意識に自分の文脈で世界を観ていて同じ文脈で観れない人を未熟だと考えがちである、この逆もあって、子供から観れば大人はわかってくれない存在ということになるのだ。この構図。子供と大人の関係だけでなく、組織における新人と古参の関係にも当てはまる。古参は新人を経験が足りない考えが足りないと決めつけ自分の文脈を押し付けようとする、でも、新人にっは新人の文脈があって、最近よく言われるデジタルネイティブ世代(z世代)の経験や文脈は古参の文脈よりはるかに、時代に適応している。この。時間と経験、時間と発達という時間に纏わる素朴理論をいいかげん私たちは越えていかなければならないのだ。





2023年11月10日金曜日

言葉は、結果として認知の多様性を表象する。

「デザイン」という言葉は創造的な問題解決という意味で用いてみる。そして、創造性を語るキーワードは①非再現性②自分の意志③自由な意思、の3つ。これは法政大学長岡 健教授が1昨日Xに投稿をされていたものを引用した さて「デザイン」という言葉は筆者が10年前から続けているこのブログのテーマワードでもあるのでちょっと考えてみたくなった、

私は「デザイン」とは夢を実現するプロセスであるという”定義が好きでずっと使っている

のだけれど、長岡教授の「創造的な問題解決」は素敵だなと思った。ところで言葉は違うけれど、創造性と夢にはともに未来の可能性に目を向ける共通性があると思った。

またプロセスと問題解決も、共通性があってそれは主体的な意志による、行為であるということでは無いだろうか(意志とは為すべきこと定めて達成する生命の機能として用いている)。

要するに、両方とも可能性を信じて自ら歩を進める状態を示している物言いなのかもしれないう。

違いは長岡教授の言葉が現実的具体的であるのに対して私の好きな言葉は、情緒的であり、印象的だと言えるかもしれないことだ。

理解と感覚の違いだけれど、共通言語化を意識するので無ければ言葉は自分にフィットするものを選べばよいのだとと思う。

言葉は他者と情報を共有するのにとても役立つけれども認知を共有するものではないことを忘れてはならないだろう。なぜなら認知とは個人の文脈の中で生成される極めて個人的なものだから言語によって示される記号情報ではないからである。

同じものを観ていてもどう観えているかは人それぞれだということを私たちは時に忘れがちだけれども、裏を返せば、言葉は、人それぞれであることを知る手がかりだとも言えるだろう。

例えば、企業には職務規定行動規範、理念、などなど、多くの秩序が言語化されているけれど、その理解解釈はきっと組織構成員の数の何倍もあるに違いない。







2023年11月9日木曜日

エビデンス主義の危うさとは、心を失った世界に未来はこない

 事実や情報は共有できるが、個人の認知は共有出来ない。それゆえ事実であるエビデンス情報こそが重要なのであるという信念が登場するのだけれども、実際、人が生きていくうえで。頼りにしているのは、認知と認知の変化という創発・知識の生成である。生き物はマルチモーダルに環境を知覚し情報化して、知識を創発するが情報は認知のリソース の1つでしかない。エビデンス至上主義に感染してしまうと。生きることの本質である「心」よりもエビデンスを重んじることになりかねない。「心」の持つ大きな役割の一つは。事実ではない状況をつまり未知の未来を想像・創造するという創発機能ではないかと考える。この予測するという機能は生物の生存率を高める重要な機能だが、「心」の存在を意識させる生き物は皆予測する仕草を見せることにも注目したい。危機回避が上手なのだ。危機が訪れるよりも前に危機を察知しているからこそ、いち早く回避できるのだ。逆に、危機でないと察すれば、接近するつまり、絆が結べる。要するに。未来は心が生み出す幻想なのだが、その幻想によって、生き物は逃避したり、絆を結んだりすることが出来るのである。さて、エビデンス主義(科学的唯物論)とは反幻想主義でもある果たしてそこに未来はあるのだろうか?

ベルリオーズ幻想交響曲


2023年11月8日水曜日

日常の中でワクワクする自分を発見しよう。

 ワクワクしているとき、人は自分が正しいことをしていると言う信念と、何ものにも代え難い自分へのご褒美を自分自身から受け取っていて幸福感充足感に満ちているだからワクワクすることは人を動かす原動力なのである一方でワクワクしない時人は本当にこれでいいのかこのままで良いのだろうかと不安に陥りもっとワクワク出来ることがあるのでは無いかと迷い始める。やるべきと頭で考えることと違ってワクワクしているか否かは簡単に自己判定出来ることだ。逆に言えばワクワクしないことをしていると人はどんどん心が病んで死に至っていく。その経緯は著名な精神科医ヴィクトールEフランクルの夜と霧を読めば明らかである。強制収容所というワクワクしない地獄の環境の中で人がいかに病んで死に至るのかそしてそのような状況をどのような人が気残ったのかを精神科医の観察から記した名著である。もちろんフランクルの観察通りワクワクしないことでも継続して取り組むことで意義のあること(生き残れる可能性を)もある、大谷翔平選手の活躍も、とにかく全力で走るとか、声を出すといった地道な習慣の成果とも言えるでもきっとどこかでそういった日常の習慣の中にワクワクする自分を見つけているんだろうね。




2023年11月7日火曜日

世界とは何だ、世界観という知識を生成する包摂アーキテクチュアを構成する性格のコレクションとは。

 性格とは生まれ持ったものではなく経験と習慣によって培われるものであり、その中でも、アリストテレスが枢要徳と呼ぶ4種の性格、

①困難を乗り越える勇気、②文脈における善と悪を的確に判断できる賢さ賢慮、③他者やコミュニティを大切にする正義、④欲望や衝動を我慢出来る節制

のコレクションは、包摂アーキテクチュアとして昨日の自分を超えてより良く生きることを実践するために役立つ性格なのである。つまり枢要徳とはより良く生きるための知識を生成する(認知的変化を生む)ために使われる重要な世界観という知識を生むための認知リソースなのだと言えるのかもしれない。

実際、筆者は膨大な性格検査の結果と成長や活躍の関係を20年に渡り分析してきたが①②③は常に確認された性格と呼ばれ意識行動の源となる知識生成の認知リソースであった。一方④も安定性という概念で確認されていたが、心理学のマシュマロテストという実験でも実証されていると考えられる性格的認知リソースである。アリストテレスは2000年前に徹底した人間の観察で枢要徳を導いたといわれるが、その観察眼には本当に驚かされる。この4つの性格のコレクションによる包摂アーキテクチュアを保有することは成長や活躍にとって大切な柱でありその人の本来的な生き方を実現しより良く生きる支えになっていることは間違いないのである・





2023年11月6日月曜日

相対化と階層化が役立つ理由

データサイエンスには色々な分析手法が存在するが長年のHRデータ分析で約だったのはデータを相対化する分析と、階層化する分析だった。データから要点をを探る因子分析や、関連性を探る相関分析なども 行ったけれどね。相対化階層化は、データの中から知識を発見するのに役立つ、要するに認知リソースを増やすのに貢献する、AIで行われる機械学習は、いきなり、結論をもたらしてくれるけれど、認知リソースの増加には貢献してくれない。学習の中でデータがどう層別化され相対化されるのかまったく知ることは出来ない。これはAIの問題点として言われてきたことだけど、機械学習の学習プロセスは、人間が認知理解出来るものではないのだ。相対化は言い換えれば地図化であるマクロの秩序の中に要素を配置することで秩序との関係性や秩序を通じて他の要素との関係性が俯瞰的に認知できるようになるのだデータの中の秩序を発見することは知識生成の肝である。AIと呼ばれる機械学習はこの肝を見せてくれない。だからAIは結論を教えてくれるけれど、人の認知的変化に役立ちにくいのである。

認知的変化には地図が重要


2023年11月5日日曜日

仕事と言う2つの包摂アーキテクチュアと個性について。

 私たちが行っている仕事とは、単純な行為行動を組み合わせて複雑なアウトプットを生成することである。例えば、歩いて駅に行き電車に乗って、オフィスに着いて、座席に座って、パソコンの電源を入れ、ネットワークにログインして、始業の登録をしてから、届いているメールを確認し・・・などなど。単純なタスクを組み合わせて、アウトプットを生成する。他者との協働はさらに複雑な行動のコレクションから生成される。このように層別可能な行動をコレクション化して、高次の目的を達成する仕組みを包摂アーキテクチュアと呼ぶ、筆者がかつて大企業で職務分析を行ったところ最終的には部門と職位によって異なる2つの包摂が確認できた。1つは、変化⇔安定の包摂、もう1つは顧客⇔組織の包摂である、この2つの包摂を組み合わせればどのような会社であれその組織の仕事は全て表現できるのだ。この2つの包摂には様々な行動のコレクションが階層化されている。上位の包摂アーキテクチュアの下位には小さな包摂アーキテクチュアがコレクションされているのだ、この下位の包摂アーキテクチュアはよりシンプルな行動に近くなるので、特性(得手不得手)とスキル(上手下手)という個性が強く影響することになる。

特性とは習慣により獲得される無意識の自動適応である、スキルとは経験により獲得される目的達成の最適手順と並列化で、文脈が同じであればいずれも再現性が高い。しかし、職場が変われば文脈は変わるので、基本的に再現性は無くなる。ポータブルスキルなんていうものは虚構なのである。唯一、経験からスキルを獲得する学習スキルのみは異なる文脈下でも、再現性が高い、また、新たな習慣の形成(古い習慣の棄却と新しい習慣の定着)と言う特性も再現性が高い(これは場に馴染めるという特性だ)上位の包摂アーキテクチュアに有利な個性があるとしたらそれは、それは新たな習慣の形成を通じて自分を刷新して場に馴染むことが出来る特性と経験からスキルを獲得する学習スキルである。





2023年11月4日土曜日

後遺症を抱えて生きるということ

アメリカドラマって、警察ものか病院ものが多い、その病院ものの中で外科部長が暴漢に襲われて、一命は取り留めるものの、術後余命に配慮した手術により下半身が麻痺してしまうという話があった、工夫を凝らしてなんとか懸命に復職に取り組む外科部長に対してその上司は以下の用に言い放つのである 「君は元の外科医に戻ることは出来ないしかし、これからどんな外科医になるかは未知数だ」。脳出血で片麻痺になった筆者にとっては、とても、他人事とは思えない台詞だった。もちろん筆者は医師でも当然外科部長でもないけれど、障害を負って思うことはやはり元に戻りたいという望みである。筆者のような後天的障害者は、障害を負う前の健常な状態の記憶があるので、どうしたって全てが普通に行えていた以前の状態に戻りたいと願うのである。しかしそれは残念ながら叶わない、コロナウイルスのような感染症であれば、治療によって完治して元通りに戻れることもある、ただコロナでは後遺症に苦しむ人も少なくないという、いずれにしても、病気を罹患して元に戻れるか否かは神のみぞ知ることなのである。

しかし、後遺症を負いながらもその先の人生には無限の可能性が秘められているのも事実だ。

そのこと自体は間違いないが

当事者にとってはそんなに簡単に前向きにマインドセットできるわものじゃない。

後遺症を抱えて生きるということはそれだけで、辛く苦しいものだからである。

前向きのマインドセットを持つにはまず第1段階として障害や後遺症を負った自分を受け入れる自己肯定7からはじまるようだ。実は0段階として、社会の異物といった自己の存在否定がある、自己肯定は理不尽を受け入れて折り合いをつけるということでもある。

明るい未来のビジョンを描けるのは遥かその先なのである。ドラマのなかでも、元外科部長は恨みつらみしはじめるようだ、背負いきれなくなると誰かのせいにしたくなるそれが人間と言うものだ。でも、結局は自分らしくいきることしか出来ないのだと悟るのだけれどね。





2023年11月2日木曜日

動的平衡をレベルアップせよ、昨日の自分を越えてゆけ。

昨日ほんと運自分なんて無いと書いたがこれはこれまでにも何回か書いているが、日々、新陳代謝により生き物は実はどんどん変わっているが意識の上では変わっていないと信じているだけであって、それゆえ本当の自分なんてものは無いのだとそして自分探しをしている自分は誰なんだと問うのが養老孟司さんである。要するに探さなくても今いる自分以外に本当の自分なんて居ないということである。この日々変化する中でも同一性を保つと言う概念は生物学者福岡伸一さんは動的平衡と呼んでいる、ドイツの若手哲学者マルクス・ガブリエル氏は把握できない事実は存在しないという新実在論を説く、人間も、自分の細胞の正確な数を知ることは出来ないのだから存在しない同様に世界も存在しないのだと説くのだが、私たちの心理的に存在する本当の自分は、生物学的にも哲学的にも存在していない。そしておそらく認知科学的にもこの動的平衡論と新実在論は正しい。私たちの生成する知識とは常に入れ替わる認知リソースによって生成されるものだから、昨日の善と今日の善は実は一貫しているようにみえて、異なるものだし、人が全ての認知リソースを揃えることは出来ないのだから正しい知識なんていうものは存在しない。善と悪といった概念含めて正しい知識は幻想もしくは虚構でしかないのだ。私たちに出来る唯一の事は、動的平衡を保つ今ここの身体的自己をレベルアップしていくことだけなのだ、それは幻想である本当の自分論という虚構から脱却し、新しい認知リソースのインプットと認知的変化の刷新、もっと平たく言えば昨日の自分を越えていくのである、



2023年11月1日水曜日

本来の自分の生き方をすれば仕事が楽しくなる。本当の自分なんてどこにも居ないけれど本来の生き方はある。

 昨日のブログハイデガーの存在と時間から引用したが。現存在と世人の用い方があまり適切でなかったかもしれない。現存在が本来的な生き方が出来なくなるのは世人のせいだ。その意味では誤ってはいないのだが上司だって経営者だって現存在なのである。場合によっては組織を構成するすべての人が本来的な生き方をしていない可能性だってあるのだ世人ではなく世人に支配された生き方と言うのが正しいようだ。

 日常において人間は誰しも「世人」に支配されています。世間に迎合し、周囲の人々に同調し、その時々の流行や風潮に囚われながら、周りの目を気にして生きています。それは、裏を返せば、本来の自分のあり方を自ら放棄しているということに他なりません。「みんなやっているから、自分も」と迎合する現存在は、自分がしたことも「みんな」のせいにして、無責任な状態に陥っている。ハイデガーはそう指摘していました。とさ。じゃあそれってどんなこと?と言うと未来工業の創業者山田昭男さんはこう述べている。

  ウチ の 社員 と 話 を する と、「( 上司 への ホウレンソウ が ない ので) 自分 なりに 業務 の 流れ を 考え、 毎日 の 仕事 を 組み立て られる ので やりがい が ある」 と よく 口 に する。   自分 で「 常に 考え て」 働ける こと に 一定 の 責任 と やりがい を 感じ て いる ことこと が わかる。 それ は、 仕事 が 楽しく なる という こと だ。

山田 昭男. 山田昭男の仕事も人生も面白くなる働き方バイブル (Kindle の位置No.46). 東洋経済新報社. Kindle 版. 

では未来工業はどんな会社かと言うと

・就労 時間 は 1 日 7 時間 15 分 で、 残業 は 原則 禁止 

年間 休日 は 140 日 で、「 日本 一休み が 多い 会社」 として 表彰 さ れ た こと も ある

その 一方 で、 普通 の 会社 に ある「 当たり前」 の もの が ウチ には ない。 

・会社 全体 にも 各部 署 にも「 売上 目標」 が ない

 ・個々人 の「 営業 ノルマ」 も ない

 ・「 ホウレンソウ」( 報告・連絡・相談) も なけれ ば、「 成果主義」 も ない

   それでいて、 創業 から 2014 年 3 月 期 までの 経常利益 率 は 13% 超 で、 赤字 決算 も 創業 以来 50 年間 ゼロ だ。 

という会社なのだ。

山田 昭男. 山田昭男の仕事も人生も面白くなる働き方バイブル (Kindle の位置No.24-30). 東洋経済新報社. Kindle 版. 

山田さんがハイデガーを知っていたのかは定かでないが見事な実践、実証なのである。