2025年1月31日金曜日

創発という知の創造

 知識はそこにあるものでは無い、モノ的知識観だと、知識とは本に書かれ伝授されるものだけれどもコト的知識観に経てば、それらは単なる文字情報でしかない。つまり、知識とは文脈の中で活かされてはじめて知識と呼べるものになるのである。平たい言葉に言い換えれば気づきである。脳科学におけるフリーマンの意識理論によれば、意識とは脳内で明滅する辺縁系を中心に発生する大域的アトラクターの生成と消滅の連鎖であるということになる。この脳神経のネットワークにおける大域的アトラクターはすなわち創発のことである。この大域的アトラクターは散逸構造なので、創発はやがて自然に消滅し混沌に帰すのである。そして、この脳内で起こっている創発が意識としては気づきであって、状況に埋め込まれた文脈の中意味(=価値)を持つと考えられるものがが知識と呼ばれるのである。つまり、知識は文脈の中で人の中にあるもので神に文字情報として記されたものでは無いのである。意図不在還元不能と定義されている創発を構成主義的に因果(原因と結果)で紐解くことは出来ないが、実は極めて日常的で魅力的な現象なのである。それは知の創造においても、である。




2025年1月30日木曜日

知識創造をアップデートせよ野中郁次郎先生追悼

 知の巨人野中郁次郎氏が逝去された。氏の見出した知識創造の枠組みは多くの企業のナレッジワークの中で息づいている。さて、かつて知は人との関わりの中で生み出され伝承されるものであった。野中郁次郎氏はその暗黙の仕組を形式化したのであるが、知のリソースがネットワーク技術により飛躍的に拡張されネットワーク上の膨大な情報を情報処理技術がAIという形で人の知識の生成と接続することで知の生成と伝承の在り方が大きく変わろうとしている今日において知識創造の理論もアップデートを迫られている。野中郁次郎氏が逝去されたことでその役割は後継に委ねられたのである世界中をつなぐインターネットと2ZB(ゼタバイト)といわれる情報そしてAIという情報処理技術これらを認知リソースに組み込んで僕達が創造する新しい世界の知識創造の理論を担う責任はとてつもなく重いけれどとてつもなく楽しみなのである。



2025年1月29日水曜日

創発を嫌う優等生的性格が運命を閉ざしてしまう

 盛り上がらない会議というのがある。その原因は議題も大きいが、集うメンバー(アサインの問題)による影響も少なくない。優等生で最適解を求めようとする人が集うと合理的で論理的な議論で常に収束する方向で討議が行われることになる。飛躍した意見や発想は無駄なものと排斥されていく。要するに盛り上がらない場になってしまうのである。この最適解への志向性は性格として身についているものなのでその人の運命を決めている可能性もあり要注意なのである。

創発は、心であり、気づき、学びである一方で混乱や混沌だけでなく社会問題といった現象でもあるので混乱や混沌を嫌う人にとって見れば不愉快な現象なのである。問題の発生は新たな発明や発見の母でもある。問題回避の最適解は発明や発見の回避でもあるのだ。




2025年1月28日火曜日

予測分析効率の事業マネジメントにおける創発、経験をメチル化させる損失

 創発とは知識の生成を伴う気づきである事業マネジメントにおいては「こうなるに違いない」「こうなっているに違いない」「こうすればもっと良くなる」といった、極めて重要な知識の生成を担っているのが創発なのである。創発を仮説構築、学習の創発は認知的変化として知られているが、認知的変化に必要なのは認知リソースであると考えられている、それゆえ経験優位、情報優位な状況が生まれるのである。この状況に符合するかのようにITそしてAIによる情報化が進んでいる、その一方で経験のリソース化は進んでいない、経験は発掘しないと文脈として内化されてしまうことで、メチル化(非リソース化)されてしまう。なんとももったいないものなのである。



2025年1月27日月曜日

「情報処理能力」と「想像力の限界」

アメリカのドラマを観ていると、複数のエピソードが同時進行的に展開されることで物語が複雑になっていることに気づきます。一方で、日本のドラマは1つのエピソードを深く掘り下げる傾向があり、両者の脚本のアプローチには大きな違いがあるように感じます。


最近話題となっている某テレビ局の問題を見ていると、さまざまなエピソードが同時進行しており、その様子はまるでアメリカのドラマを見ているかのようです。このことから、アメリカのドラマの方がより現実世界の複雑さや多面性を反映し、リアリティを重視しているのかもしれません。初めは雑多で見にくいと感じたアメリカのドラマも、慣れてくるとその多層的な物語が面白くなり、むしろ単発のエピソードで構成される日本のドラマが空虚で物足りなく感じられるようになることがあります。


この違いは、おそらく人間の情報処理能力の高さと想像力の限界によるものではないでしょうか。人間は自然界の膨大な情報を処理する能力を持っていますが、自然そのものを想像力で完全に再現することはできません。人間は自然の一部でありながらも、それを超える存在にはなり得ない――この限界が「自然そのものの神秘性」を感じさせ、人々が神や超越的な存在を想像する理由にも繋がっているのかもしれません。




アメリカのドラマの複雑な構成は、この情報処理能力を試しながら現実を映し出そうとする試みとも言えます。一方、日本のドラマは、想像力で1つのテーマを深掘りすることで感動や共感を呼ぶ形式を採用しており、それぞれが異なるアプローチで物語の魅力を表現していると言えるでしょう。

2025年1月26日日曜日

シニアのキャリアとポートフォリオワークまとめ

 以下は、過去に投稿された文書の内容を元に「シニアのキャリアとポートフォリオワーク」をテーマにまとめた記事です。

### シニアのキャリア:自立と自律の視点から考える新しい働き方

高齢化社会が進む現代、シニア世代が迎えるキャリアの課題は、従来の人生設計では対応しきれない状況に直面しています。終身雇用や退職金制度が崩壊し、老後には「2000万円問題」など新たな経済的課題が浮上しています。それに加え、長寿化に伴い「余生」ではなく「もう一つのキャリア」を設計する必要性が増しています。

#### ポートフォリオワークとは?

リンダ・グラットンの著書『ライフシフト』では、シニア世代が多様な働き方を選び、充実した人生を送るための「ポートフォリオワーク」という概念が提唱されています。これは、以下のような活動を組み合わせる新しい働き方です:

1. 有償の仕事(フリーランスやコンサルタントなど)

2. ボランティア活動(社会貢献や地域での活動)

3. 趣味や自己実現の活動(アートや学び)

4. 家族への貢献(育児や介護)。

このように多様な活動を組み合わせることで、経済的安定性、社会的つながり、心理的充実感を得ることができ、長寿社会における「第四の人生ステージ」を豊かに生きる土台が築かれるのです。

#### シニアキャリアの「自立」と「自律」

シニアのキャリアデザインを考える際、重要な視点として「自立」と「自律」の違いがあります:

- **自立**:経済的・生活的に他人に頼らずに生きる力。

- **自律**:自分の判断や価値観に基づき行動する内面的な力。

シニア世代はこれらを組み合わせながら、新たなキャリア設計に取り組む必要があります。しかし、体力や社会的ポストの減少といった制約の中で、自分自身の能力を再評価し、本来的な生き方を模索することが求められています。

#### 後出しジャンケンとしての現実

現在のシニア世代は、社会構造の変化により「後出しジャンケン」を突きつけられた形になっています。かつての「60歳定年、退職金と年金で余生を送る」というモデルは、もはや機能していません。それにもかかわらず、時代に適応し、未来を再設計することが必要とされています。このような状況で、他人の価値観ではなく、自分の尺度で生きる「本来的な生き方」が、キャリアデザインの核となるでしょう。

#### シニアキャリア設計のポイント

シニア世代が充実したキャリアを築くためには、以下のポイントを押さえることが重要です:

1. **スキルの再評価と学び直し**  

   新しい分野やテクノロジーに適応するための教育が欠かせません。

2. **ネットワークの構築**  

   多様な人々とのつながりを活用し、新たな機会を探る。

3. **バランスの取れた計画**  

   経済的安定、心理的充実感、健康管理を両立できる働き方を目指す。

#### 結論:未来をデザインする力

シニア世代のキャリアは、単なる「再雇用」や「定年延長」にとどまらず、自分の価値観と状況に合わせた「柔軟で多様な生き方」を設計することが求められています。ポートフォリオワークや自立・自律の視点を活用し、社会と自分のために価値ある人生をデザインする力を育むことが重要です。

以上がシニアのキャリアについての考察です。



2025年1月25日土曜日

倫理資本はありますか

 我欲にまみれ倫理を欠いた社員と経営者の愚行が会社を破綻させようとしている。

他者の人格に尊厳を持ちより良く生きるために正しい選択を行う倫理観の価値がこれほど目に見えてわかりやすい出来事も無いかもしれない兵庫県知事にまつわるメディアやSNSの混乱は言い換えれば倫理の問題なのである。今こそ人的資本論では足りていない倫理資本に目を向けるべきなのである。




2025年1月24日金曜日

ポートフォリオワークのおさらい

シニアのキャリアに対する提言で有名なのはリンダ・グラットンのライフシフトでのポートフォリオワークである、AIに概要をまとめてもらった。

リンダ・グラットンの著書『ライフシフト』では、長寿化が進む社会において、従来の「教育→仕事→引退」という三段階の人生モデルが限界を迎えつつあることが指摘されています。その中で、シニア世代の「ポートフォリオ・ワーク」という新しい働き方が提案されています。以下にその概要を説明します。

**ポートフォリオ・ワークとは?**

ポートフォリオ・ワークとは、一つの仕事や職業に専念するのではなく、複数の異なる活動や仕事を組み合わせる働き方のことです。これには以下のような活動が含まれることがあります:

- **有償の仕事**(フリーランス、コンサルタント、パートタイム)

- **ボランティア活動**(社会貢献活動や地域コミュニティへの参加)

- **自己実現活動**(趣味や学び、アート、執筆など)

- **家族への貢献**(子育てや介護)

 **シニア世代におけるポートフォリオ・ワークの重要性**

長寿化に伴い、定年後も数十年の時間が残ることが一般的になる中で、シニア世代が健康で社会的に充実した生活を送るためには、以下の理由でポートフォリオ・ワークが重要とされています:

1. **経済的な安定性**

   - 年金や貯蓄だけでは生活が不安定になる可能性があるため、有償の仕事を取り入れることで補う。

2. **社会的つながりの維持**

   - 仕事やボランティア活動を通じて人との関わりを持ち、孤立を防ぐ。

3. **心理的な充実感**

   - 興味や情熱を追求する活動を取り入れることで、自己実現や生きがいを感じる。

4. **柔軟性と多様性**

   - 体力や健康状態に応じて、フルタイムの仕事ではなく柔軟な働き方を選べる。

**具体的なポートフォリオの設計例**

リンダ・グラットンは、シニア世代が自分の価値観やスキル、体力に基づいて独自のポートフォリオを設計することを推奨しています。具体的には:

- 週の数日は、これまでのキャリアを活かしたコンサルティング業務。

- 残りの時間は、趣味である写真やアート活動に取り組む。

- 地域の非営利団体でのボランティア活動を定期的に行う。

- 孫の世話や家族との時間も確保する。

 **取り組み方のポイント**

1. **スキルの再評価と再教育**

   - 新しい分野やテクノロジーに対応するために学び直すことが重要。

2. **ネットワークの構築**

   - 多様な人々とのつながりを築き、活動の幅を広げる。

3. **バランスの取れた計画**

   - 経済的、時間的、体力的に無理のない計画を立てる。

 **ライフシフトの視点からの意義**

ポートフォリオ・ワークは、シニア世代が「長寿社会における第四の人生ステージ」を豊かに生きるための鍵とされています。この柔軟な働き方により、引退後の人生が単なる「余生」ではなく、充実した「もう一つのキャリア」となる可能性が広がります。

リンダ・グラットンの提案は、単に長く生きることではなく、意味と価値のある人生を設計することを強調しています。




2025年1月23日木曜日

キャリアじりつとは。

じりつというと2つの漢字が当てはまるけれども、どうもその使い分けは正しく行われていない。そこでまず、2つの「じりつ」についてAIに解説してもらった

「自立」と「自律」は似たような言葉ですが、それぞれ意味が異なり、使われる場面も異なります。以下にその違いを分かりやすく説明します:

### **1. 自立(じりつ)**

#### **意味:他人に頼らずに自分で行動できること**

- **焦点**は、**外部との関係**にあります。他人や環境に頼らず、自分自身の力で生活や行動を成り立たせることを指します。

- 具体的には、経済的・生活的に他人の助けを借りずに生きていける状態を表します。

**例:**

- 「彼は大学を卒業して、経済的に自立した。」

- 「子どもが自立するためには、親はある程度突き放すことも必要だ。」

### **2. 自律(じりつ)**

#### **意味:自分で決めたルールや判断に従って行動すること**

- **焦点**は、**内面的な自己管理**にあります。他人の影響を受けず、自分の価値観や判断に基づいて自らをコントロールできることを指します。

- 主に精神的・道徳的な意味で使われることが多いです。

**例:**

- 「自律的に行動する人は、他人に流されず自分の考えで決断する。」

- 「規則に縛られなくても、社会で生きる上での自律が大切だ。」

### **違いを簡単にまとめると:**

- **自立**:物理的・経済的に他人に頼らない状態。

- **自律**:精神的・内面的に自分を律する能力。

どちらも重要なスキルですが、**「自立」**は主に外部環境に関すること、**「自律」**は内面のコントロールに関することだと覚えると分かりやすいですね! 

「キャリアじりつ」には経済的に何かに頼らないようになろうという意図と自分のキャリアは自分で描こうという2つの意味が混在させてしまっているのかもしれない

これは自律


2025年1月22日水曜日

気をつけようSNS病

昨年後半から年初にかけて、「新聞やテレビといったマスメディアの報道が偏向しているのではないか」という指摘が広がり、SNSに注目が集まりました。胡散臭い情報の中にも真実が隠れているかもしれないという期待から、SNSを閲覧する機会が増えたのです。しかし、その結果として、私自身も巷で言われる「SNS疲れ」に陥ってしまったようです。  


症状は次のようなものです。  

1. **依存**:ついSNSを覗いてしまう習慣から抜け出せない。  

2. **ざわつき**:攻撃的な文言や動画に触れるたび、心が乱される。  

3. **混乱**:どの情報が正しいのか分からなくなり、判断が揺らぐ。  


この状態を「SNS病」と呼ぶならば、その本質は「依存」「ざわつき」「混乱」による精神的疲労と言えるでしょう。そして、SNS病の特効薬は明快です。それは **「SNS離れ」**。具体的な処方箋としては、アプリの削除や使用頻度の大幅な制限が有効です。SNSを使わなければ、この病に罹患することはありません。


特に精神を疲弊させるのは、「ざわつき」と「混乱」です。SNS上で飛び交う攻撃的な発言や、真偽の分からない情報に振り回されることで心がすり減ってしまいます。だからこそ、SNS離れを選択することで、心の平穏を取り戻すことができるのです。




2025年1月21日火曜日

キャリアとは、前や後ろにあるものではなくいまここにあるもの

就活や転職が華やかに賑わう中、「キャリア」という言葉は、もはや一般的な言語として広く定着しています。しかし、その認知や解釈は人それぞれであり、統一的な理解に至っていないように思えます。


「AIにキャリアとは何か?」と尋ねると、以下のように多様な概念が返ってきます。


### キャリアとは何か


キャリアは、個人が仕事や職業を通じて積み重ねていく経験、スキル、知識、そして達成したことの全体を指します。それは単なる職業の選択や働く場所に留まらず、人生の中でどのように働き、成長していくかというプロセスや道のりそのものでもあります。


### キャリアの主な要素


1. **職業(仕事)**  

   自分が従事する特定の仕事や役割を指します。


2. **スキルと経験**  

   働く中で培った能力や得た経験。


3. **目標と志向性**  

   将来、何を達成したいのかというビジョンや目標。


4. **ライフスタイルとの調和**  

   キャリアは、家庭、趣味、健康など、人生の他の要素とバランスを取ることも重要です。


### キャリアに関する対立する見方


キャリアについては、「デザインするもの(計画的に構築するもの)」と「ドラフトするもの(偶有性に漂うもの)」という対立する視点があります。この問いは、「キャリアが未来の話なのか、過去の話なのか」というテーマにも結びつきます。


しかし、本質的には未来も過去も「いまここ」にあるのです。いまこの瞬間を懸命に生きることこそがキャリアであり、未来に逃避したり過去に頼ったりすることではありません。未来のために「今、何をするか」、過去の全てを「今にどう活かすか」――キャリアの鍵は、すべて「いまここ」に存在しています。


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### キャリアの種類


1. **一つの会社や業界でのキャリア**  

   例:同じ会社で昇進を重ねるキャリアパス。


2. **多様な経験を追求するキャリア**  

   例:異なる業界や職種を経験してスキルを広げるキャリア。


3. **スラッシュキャリア**  

   例:複数の仕事や役割を同時に持つ(フリーランス、副業など)。


### キャリアを形成するためのポイント


1. **自己理解**  

   自分の強み、興味、価値観を深く理解する。


2. **計画と目標設定**  

   短期的・長期的な目標を設定し、行動に移す。


3. **スキルアップ**  

   新たな知識やスキルを習得し、時代に合わせて成長する。


4. **ネットワークの構築**  

   人とのつながりを大切にし、協力関係を築く。


### キャリアの本質


キャリアは単なる仕事の選択に留まらず、人生全体に影響を与える重要なテーマです。誰もが自分の価値観や目標に沿って選択を重ねることで、より充実したキャリアを築くことができます。他人の価値観に流されるのではなく、自分自身の軸を持ち、いまここを懸命に生きることが、キャリアをデザインする上で最も重要な要素なのです。


推敲により、主張と具体例のバランスを意識しつつ、読み手にとって分かりやすく、説得力のある内容を目指しました。


過去も未来も載せて走る今


2025年1月20日月曜日

自分も世界も流れで出来ている

世界とは主体と客観である。自分が無ければ自分の世界は存在しない訳だし、この世界が無ければ自分も存在しない、では自分と世界はどのように成り立っているのだろうか。それが今日のテーマであるAIの力も借りて思索を行う

**「主体性」と「客観性」の対比**、または **「自己表現」と「包括的理解」の対比** は、「自分の考えを示すこと」と「すべての考えを知ること」の関係性を捉える上で適切な概念です。この対比は、以下の観点で整理できます:

 主体性と客観性の対比

- **主体性**  

  自らの考えや意見を明確に示すことで、独自性を表現し、他者や社会に対して積極的に関わろうとする姿勢。たとえば、「自分はこう考える」と立場を主張する行為がこれに当たります。

- **客観性**  

  他者の意見や多様な視点を知り、それを包括的に理解しようとする姿勢。自分の考えを一旦保留し、様々な立場や見解を分析・受容する行為を指します。たとえば、「この問題にはこういう見方もある」という視野の広い姿勢が特徴です。

### 自己表現と包括的理解の対比

- **自己表現**  

  自分の考えを発信する「内から外への流れ」を重視します。個人の独自性や創造性を外部に伝える行為です。

- **包括的理解**  

  他者の考えや意見を受け入れる「外から内への流れ」を重視します。多角的な視点を理解し、それを自分の中に取り込む行為です。


この対比は、哲学、心理学、教育学などの分野で重要なテーマとされています。「主体性と客観性」や「自己表現と包括的理解」という言葉が適切ですが、文脈によっては「能動と受動」「内発と外発」といった表現も用いられます。

人はこの「主体と全体」の流れを **「世界」** と呼びます。世界は、自分が存在する場所であると同時に、自分を形作る要素でもあります。言い換えれば、世界は一つの「流れ」として捉えられるのです。私たちが自己を表現しつつ、他者を理解しようとする営みそのものが、この流れを構成しているといえるでしょう。



2025年1月19日日曜日

コンプラドミノ人的資本論の重大欠陥

 某テレビ局が危うい。事実は不明ながら社員が巻き込まれたトラブルに対する組織対応があまりにも杜撰で、当初ネット界隈で騒がれていたものが、株主やスポンサーという資本経済実体にまで影響を及ぼし、その様がニュースで報道されるようになったのだ、コンプラ意識の低いう社員に寛容な組織は内向きのコンプラの低い会社と評価されそのような会社と取引する会社もコンプラ意識がが低いとみなされるいわゆるコンプラドミノが発生しているわけである。留まる様子の見えないこのコンプラドミノがどういう形で収束するのかちょっと目が離せなくなってきた。もし、他山の石と考えるのであればこのドミノはどこの組織にもありがちなものである。少し踏み外した営業で好業績を上げる社員はどこにでも居る。箱の中の腐った林檎がその箱全体、組織を窮地に追い込んでしまうわけであるが、実は多くの企業が開示義務であたふたしている人的資本論にうおいてこのコンプライアンスへの言及はほとんどされていない。産業資本を大きく毀損させる可能性があるにもかかわらずである。恐らく今回の出来事をきっかけに多くの企業がコンプラの検査を行うことになるだろう、その結果多くの不祥事社員があぶり出されるかもしれない。しかしそれらの事実は決して開示されないこれも人的資本論の大きな欠陥と言わざるを得ない。




2025年1月18日土曜日

シニアのキャリアという後出しジャンケン

多くのシニアが就職した当時、日本は「60歳定年」の時代でした。60歳まで懸命に働けば、その後の人生は「余生」としてのんびり暮らせる――そんな人生設計が当たり前だったのです。その前提を支えていたのが、終身雇用、退職金制度、そして年金制度でした。しかし、バブル崩壊を契機に状況は一変し、それらの制度が砂上の楼閣にすぎなかったことが明らかになりました。  

さらに、老後には「2000万円の貯金が必要」と突然言われるようになり、年金制度は支給開始の繰り下げが進む一方で、定年延長が叫ばれるようになりました。企業では退職金制度が崩壊し、確定拠出型年金が導入され、「自分で運用せよ」と突きつけられました。これらはすべて、就職当時には想像もできなかった話です。まさに「後出しジャンケン」の状況です。

この「後出しジャンケン」にどう向き合うか――それがシニア世代のキャリアデザインの課題でもあります。もともと、3ステージ制(教育→労働→余生)を前提に、後進を育成し、継承してきたシニア世代にとって、退職金も年金もない社会での定年制度は受け入れがたいものでしょう。それでも、少子化が進む中、「老害」とならないよう身を引き、新たなキャリアを考えざるを得なくなった。勝ち目の少ない後出しジャンケンに、玉砕覚悟で臨んでいるのが現状です。

しかし、どんな時代においても人生はそうしたものです。未来は誰にとっても未知であり、不平不満を言っても始まりません。新たな状況に適応して生きるしかないのです。そもそも、この状況を作り出したのは過去の自分たちであり、ある意味では自業自得とも言えます。

かつて「40歳までに1億円を貯め、55歳で引退する」という人生設計をしていた人がいましたが、それが本当に賢い生き方だったのかはわかりません。また、80歳や90歳になっても畑を耕し続ける高齢者が幸せかどうかも、誰にも断言できないでしょう。賢さや幸せとは、人それぞれの価値観によって異なるものだからです。


哲学者ハイデガーが言う「本来的な生き方」とは、まさにそうしたことを意味しているのではないでしょうか。他人の価値観ではなく、自分のものさしで生きること。それこそが、「後出しジャンケン」に勝つ唯一の方法なのです。



2025年1月17日金曜日

信頼は自己開示に頼らない:ベーシックトラストの力とその育み方

信頼関係を築くために、必ずしも相互の自己開示は必要ではありません。なぜなら、他者を信頼するという心理には「ベーシックトラスト(基礎信頼)」が大きく関わっているからです。このベーシックトラストは、自己開示に依存せず、幼少期の人間関係による学習効果が強く影響を与えます。つまり、承認と受容を通じて培われるものであり、一度形成されたベーシックトラストを自我が芽生えた後に獲得することは容易ではありません。


ベーシックトラストの土台には、自己信頼や自己肯定感が含まれます。しかし、自己肯定感は学習によって向上させるのが難しいとされています。一方で、困難を乗り越える力である「レジリエンス」の要素である自己肯定感や社会性は向上が難しいのに対し、自己効力感は学習を通じて高めることが可能です。そのため、レジリエンスを高めるには、まず自己効力感の向上に注力することが効果的です。


自己肯定感や社会性の中核に位置するのがベーシックトラストです。信頼関係の象徴として「秘密を共有できる」という行為が挙げられるため、自己開示を促進すべきと考えられがちです。しかし、ベーシックトラストが低い人にとって、自己開示や秘密の共有はむしろ不快で負担となることが多いのです。


信頼関係を築く際には、相手に自己開示を求める前に、相手のベーシックトラストの状態や心理的な背景に配慮することが重要です。相手が心地よく感じられる関わり方を意識することで、より深い信頼関係を築く道が開けるでしょう。



2025年1月16日木曜日

人生の物語

 自分の人生を物語るとしたら事細かに生まれてから現在に至るまでの全ての出来事を記述する必要があるがそれには膨大な労力が必要となる。しかしそこまでしなくても誰でも自分を物語ることは出来る。しかし、自分の鉄板の物語ではなく本当の物語を描き出すことは本来的な自分で生きていく重要なプロセスになる。本当の自分の物語に必要なのは最も古い記憶最も充実していた時期の記憶今ここの記憶そしてまだ観ぬ未来の記憶である。在る自分、生きている自分生きていく自分この3幕が自分の物語を描いてくれるのである。

エピソードではなく本来の自分


2025年1月15日水曜日

自由の終焉?

 トランプ大統領が2期目を迎え、他国からの輸入に関税をかけると表明し準備を進めている自由貿易ではなく保護主義の台頭が著しいのが特徴である。それ以外にもグリーンランドの領有などの野心も隠していない、尊重と協調の国際秩序から自国第一主義への転身は1期目から明らかであったのでそれがより明確になったということであろう、というより、それを米国民が望んでいたということなのであろう。豊かな国力を背景にしたアメリカの自由主義はもはや存在しないむしろアメリカが豊かで無くなったそしてそれがもっと進むのではないかという不安がアメリカを覆っているのかもしれない。時刻第一主義が顕著なロシアや中国、イスラエル、北朝鮮ははもはや自由秩序の守護者ではないことは明白であるがアメリカの参加によって国際秩序の新たなページが開かれたのであろう。


2025年1月14日火曜日

生産効率よりも、絆がだいじな理由創発が無いと腹が減る

 創発をネットワークにおいて分析した結果、ネットワークのノードの疎通の数が複雑さを生み出す要するに創発につながる要因であることがわかっている。この結果からはなぜ仕事の現場ではオンラインよりもリアルが重要視されるのかが推察される。認知の仕組みはマルチモーダル(多感覚)であると言われる場を共有したほうが疎通数が飛躍的に増加するつまり、創発がおきやすくなるのである。コロナパンデミックで一気に広がったリモートワーク、当初は作業効率が上がると歓迎されたものの今では、一気に窄んでしまったその背景にはおそらく生産性(詰め込み)よりも創発性への漠然とした空腹感に気づいたのかもしれない。




2025年1月13日月曜日

電話が苦手な若者はコミュニケーションも苦手?

 就活で企業が重要視するのはこのところずっとコミュニケーション能力である。これは組織という協働形態における文脈依存性の高さにも要因がありそうであるが異なる文脈を持った人々が一緒に働くDEIの観点で考えればわかりあえないのは当たり前なのであるが仕事はわかり合うことの上に成り立つことがもはや時代遅れである。電話はこのわかりあえない前提のなかで短時間でわかり合うという極めて難易度の高いコミュニケーションなのである。ニュースでは瞬発力が求められるという表現をしていたが物語的文脈のみならずタイムライン的文脈が異なる中でわかりあえていない他者と瞬間的に疎通することはプロトコル(掛け合い)の問題だけではない相手の文脈の類推、想像する創発力など会話する以上の全人格的なパフォーマンスが要求される、それが緊張感や、苦手意識を齎すとしても当然のことである。スマートフォンが一般化することで非同期のコミュニケーション(相手の状況への創発が要らない単なる情報交換)が日常化するなかで、創発力まで必要とする機能が一体化しているのはなんとも不思議な状況なのかもしれない



2025年1月12日日曜日

毎日やるねん、ちゃんとやるねん令和の努力はトイレ掃除?

 自分を作っていくのは毎日の習慣だからまいにちやるねん、ちゃんと丁寧にやるねん。

これは人気アニメハイキューの登場人物が語る台詞である。特に秀でた才能や恵まれた身体ではないが監督から強い信頼を得てタレント揃いのチームの中でキャプテンを任されている選手であり、自ら進んでトイレ掃除などもやる成績優秀な生徒である。この選手の描き方が面白いと思った、この漫画は若者に人気のジャンプに連載されているらしいジャンプの漫画と言えば友情努力勝利の3つの要素が有名であるが、強敵との切磋琢磨による鍛錬ではなく日常の生活習慣が努力であると描かれることが新鮮に感じられるのはとても重要なことだと感じられたかつてトイレ掃除と言えばかつては罰ゲーム努力ではなく罰則であったが現在は努力なんだと知って世の中はちゃんとしているなと思った。私達の性格はいつの間にか出来上がっている所与のものではなく日々の習慣の中から出来上がっていくものである世界観は才能や性格は体格同様生得的な優劣であるという、固定的世界観に汚染され格差が固定化される社会よりもはるかに健全だからである。




2025年1月11日土曜日

シニアのキャリア自律って何だ?

社会の 高齢化と若年労働力の減少に伴いシニアのキャリア自律というテーマが大きくなっている。これまでの社会構造においては3ステージの最終ステージ老後が、人口動態的にも無理になってきているそして多くの企業は慢性的に労働力不足である。ということで、これまでは代謝排出してきたシニア層をリトリートして労働力化もしくは生産能力の向上をもって社会保障の需要側でなく供給側にしようという意味合いが強い。しかしシニアはそもそもキャリアを積んできた人達だから、もう一度出直せ的なキャリア自律って極めて外発的である。しかも、シニアの特徴は機能の低下(能力の低下ではない)というミニマルセルフの状況と、ポストの減少という社会的状況におかれていることだ。出来ないことが増えていく中で能力を発揮する場所も無いという苦境に陥っているその中でも自律せよというのはいささか無理があるように思えないでもない。キャリアの多くの時期はは本来的に生きるのではなく様々なコミュニティに貢献することで形成されてきているわけだから。コミュニティから排出されても本来的に生きろというのはいささか無理がある。それはキャリアではなく、本来的に生きる生き方を自分で見つけようというのが適切であるように思える。



2025年1月10日金曜日

遊ぶように仕事をするとは

 人の性とか質とか理解しがたい特異性に目を向けてその理由を知るために発展した心理学が、いかんともしがたい人の理解から、もっと人のポジティブな面に目を向けようという機運からポジティブ心理学へパラダイムを変え、その中で注目されたのがモチベーションである。やがてモチベーションの中にも外発型と内発型があることがわかると、内発的動機の典型として遊びが研究されるようになると、人のあらゆる行動の源流にある動機の中でも、内発的動機の強さが知られることになった。誰かに言われたからではなく、自分の内面から湧き出すやりたいという思いだけが行動の、始動や継続に力を与えてくれるのである。そしてその始動と継続は結果という成果を結実させる。始動と継続無しに成果は無いのである。この行動の始動と継続の事を人は努力と呼ぶこともある。努力が実を結ばないつまり、成果が無くても、動機が内発であれば誰かに責任転嫁をすることは無い、しかし、動機が外発的(本来的な自分の思いではない)なときは責任を負いたくないという感情が芽生える。

現存在が世人のうちに、配慮的に気遣った「世界」のもとに没頭していることによって、現存在は〈本来的な自己でありうること〉としての自分自身から、いわば逃走していることが明らかになる

NHK 100分 de 名著 ハイデガー『存在と時間』 2022年 4月 [雑誌] (Japanese Edition) (p.58). Kindle 版. 

このようにハイデガーが指摘する通り配慮とか気遣いとは本来的な自己からの逃走であって

遊べていない(内発的動機による自己)ではない証なのである。




2025年1月9日木曜日

行動の背景にあるもの本来的な自分を知るためのツール

かつての仲間と起業し行動振り返りのアプリを開発したので、日々行動の振り返りをしているのだけれども、日々の行動の変化からその行動の背景にある心の所在が見えてきた、この心の所在を知ることをリフレクションと言うのだけれども変化からその意味を見つけることは自分と他者の関係性から自分を知るというリフレクションよりもより身近で本来的な自分の理解につながりやすいと感じる、つまり、相対的に理解するより絶対的に理解が進むのである。これは開発したアプリの核心なのかもしれない。



2025年1月8日水曜日

継続力は何に役立つ?

 年明け早々、テレビのニュースでは退職代行のビジネスが例年になく活況だそうである。新年を迎えて仕事も新たにしたいと思う社員が少なからず居るということなのだろう。気分一新はマインド的には心地よいものかもしれないが4000日以上ブログを書き続ける体験談としては、淡々と続けるという行動がもたらしてくれるものを気分のために手放すべきでは無いと感じる継続は力なりというけれど、その力とは、自信であり自己肯定感である。実は困難を乗り越えるレジリエンスには、自己肯定感、効力感、社会性、ソーシャルサポートが必要であるとい言われるが、自己肯定感はトレーニングではなかなか向上しないことがわかっているがそれは自己肯定感が継続力によって醸成されるものだからかもしれない。つまり、自己肯定感(自分が好きになるため)には淡々とやることが最も効果的なのである。正月がくるたびに気分一新で職を変えていたら自分を好きになることは出来ない、のである。



2025年1月7日火曜日

職人の戦略

 頑固にこだわり自分の考え方を変えようとしない昔気質の職人は状況に応じて最適な戦略を創発することは可能なのだろうか。この問いは多くの映画やドラマなどエンタメのテーマになっているほど一般的なものである。寺内貫太郎一家なんてそれで大ヒットした。世の東西を問わず、この手の物語の中では頑固一徹の職人の気づきが心を溶かして周囲の気遣いとともにハッピーエンドに向かうものであるがやり方や仕事のクオリティにこだわる気質は戦略論においては厄介な問題ともいえる。こだわりの厄介さは当人の中での気づきでしか解決できないこだわりはその人にとっての人生の意味だからである。職人が考える戦略は気質を理解した仲間には説得力はあるが世の中から見れば最適戦略にならないのは、結果を見れば明らかである。その一方で、状況に最適化した戦略は時代とともに陳腐化するのに対してこだわりを軸にした戦略は時代の変化に流されない強さがある。





2025年1月6日月曜日

苦手なことに取り組むアンデッド

 勉強にしても人付き合いにしても新たな挑戦にしても、コンプライアンスににしても苦手なことに取り組もうとすると人は心が凍り推力を失いアンデッド化してしまう、死んじゃいないけれども生き生きとは出来ないものである。でも一方でそれらが得意な人も居る、勉強、人付き合い、新たな挑戦、コンプライアンスとなると目の色が輝き生き生きとする人である、要するに私の苦手は誰かの得手なのだ。得手で生き生きとする人は苦手にアンデッドになる人をその世界に招待する力を持っている。この招待は連鎖を生んでハッピーエンドに向かって行くのである若者の感性は鋭くこれを歌にしちゃっている。苦手の克服で苦しい人はぜひ聴いてみて欲しい歌である。


2025年1月5日日曜日

春山満さんの生き様障害者の心

26歳で進行性筋ジストロフィーを患い、その後、事業家として大きな業績を残した春山満さんは、障害を負ったことで得た視点を活かして起業しました。彼は、「僕の手の代わりをして、会社というチームが作れればいいんだ」と語っています。このように、自身の障害を受け入れ、その視点を社会的価値に転換した人物です。


社会的弱者となると、世界は健常者とは異なる視点で見えるものです。春山さんは、「すべては自分次第。自分が変われば、世界は変わる」と述べ、障害者としての視点の転換を事業に取り入れ、社会に定着させました。この発想と行動力は驚嘆に値します。


健常者の多くは、障害者が障害を乗り越えて社会参加することが幸せだと考えがちです。しかし、春山さんは「失くしたものを数えるな」と強調し、障害や病気を受け入れることが人生に意味をもたらすと示しています。障害を受け入れた上で生み出される価値は非常に希少であり、経済学の基盤である希少性の価値そのものと言えます。春山さんは、この価値を事業化したのです。


健常者と障害者の視点の違いを最も象徴するのが、「助ける」「助けて」という言葉と行為でしょう。健常者にとっては美徳とされるこれらの言葉や行為も、障害者にとっては自分の弱さや他者に負担をかける心の重荷となることがあります。この心理的な負担が積み重なると、障害者の自己肯定感を損ないやすくなります。


また、障害者は、健常者が当たり前に経験する機会を失うことが多いため、社会的スキルを磨く機会にも乏しくなります。学校や職場、地域社会で孤立を経験したり、偏見や差別を受けることで、社会性が低下する傾向も見られます。このような背景から、障害者が「助けて」と言葉にすることは心理的に高いハードルとなり、自立の道をさらに険しいものにしています。


その背後には健常◯障害✖️という根深いバイアスがあるのです。


それでも、春山さんは「人生の成功って、何なの?お金だけなの?『あの人がいないと寂しいね』『あの人がいるから安心だね』。それぞれのポジションで、かけがえのない人になること」と述べ、自立とは単に経済的に独り立ちすることではなく、他者との関係の中で自分の価値を認め合うことだと強調しています。この考え方は、多くの障害者にとって励ましとなり、前向きに社会と関わる指針となるでしょう。



2025年1月4日土曜日

4327日目の気づき

 継続は力なり?このブログは継続習慣を身につけるために始めたものだけれど、気がつけば年末年始も続け、4327日目になった。今朝オンライン対話で継続することの意味について聴いたけれど、世の中何を継続するかの方が意味がありそうだなと思った。まあ意味論は価値論じゃないので誰かに評価される必要は無い。でも、人生はそもそも意味論だ、価値論で生きるほど人生は閉塞し無意味化していく、それでも人生には意味がある、そう述べたヴィクトール・フランクルは絶滅収容所であっても生き抜くなかで意味を見出した。それは誰から何か言われたものではない。自分の中から見出したのである。そう答えはいつだって答えは自分の中にあるのだ。誰かの意味で答え合わせしてもそれは自分の答えじゃない。ということなのだ。


誰かに貼られた「らしさ」は要らない

どこまでも響け僕のハートビート

誰でもない自分の証 誇らしく鳴らせ

2025年1月3日金曜日

心を動かせ知を積め未来を開け、それらの潮流が生むナラティブという渦。

 人を動かすには心を動かすことが重要だということが改めて注目される時代、物の時代から心の時代へと言われて20年を過ぎて対話傾聴共感にモチベーションにエンゲージメントと心を捉える方法や状態に関心が高まった、心理学ではポジティブ心理学が勃興したわけである。この潮流の中で心への働きかけとしてナラティブアプローチへの注目も高まったわけだが、時を同じく急激に進化した人工知能の研究の中で、ある瞬間の主体感であり身体所有感であるところのミニナルセルフでは表現できない存在としてのナラティブセルフといった文脈的自己アイデンティティつまり、蓄積され身体化される知能を解き明かす手段としてのナラティブへのアプローチも注目される。叡智という身体知の蓄積に関しては西洋哲学、東洋哲学においても、有史以来の長い思索が続いてきており、それら知の思索史、知の研究脱産業社会化への模索といった潮流の交点に生じた渦がナラティブであるといえるのである。こういった大きな潮流を理解せず方法論、心の機能論としてナラティブを捉えることは大きなあやまりである。昨日も書いたように、ナラティブには言語力や経験を問わずに心に働きかける力がある。しかしそれは、誰かが他者の心を操る力であってはならないことは身体知の集積である心はまさにその人の尊厳だからである。



2025年1月2日木曜日

子どもと物語子どもの創発

 子供は物語の読み聞かせが大好きだ。大人とのコミュニケーションというのもあるけれど、語彙と経験の少ない子供は言葉ではなく心で物語を聴いている。心とは感情系と言われる脳の辺縁部中心とした脳内の大域的アトラクターの明滅による連鎖する気づきであるという理論があるが、脳には、ミラーリングという伝播の機能が備わっていて感情が伝播するのはよく知られている。つまり、子供が求めているのは読み手の心なのである、自らの経験で心を創発する力の乏しい子供は、物語読み手の心の伝播が、子どもの心に創発を引き起こす、それは、母親と胎児の繋がりに通じるものなのかもしれない。物語の読み聞かせを受ける子供には、リーディングスキル(読解力)も人生経験も要らないのである




2025年1月1日水曜日

物語る社会を

 大晦日の昨日物語について書いたけど、今年はナラティブイヤーにする宣言である、道具も作ったし仲間も揃った。ナラティブがどう世界を変えるのかはわからないけれど、変わると信じている何故なら、ナラティブの力は誰もが宿している力だからである。