2023年7月31日月曜日

最強理論も越えていく飽くことなき商いの心得。

 「売れてから買え」 大阪商人商いの心得。「儲かってまっか?」「ぼちぼちでんな~」から始まる大阪商人の日常は商いの知恵が満ちている。そんな知恵の中でも秀逸なのが冒頭のものであろう。売れるだろうとか売りたいという見込みで商品を仕入れてはいけないよという戒めなのである。それだけ商売はリスキーなのだ。しかし、捕らぬ狸の皮算用をするのが人間の欲と言う心理だからついつい売れるか売れないかもわからないものを仕入れてしまう。目利きはちゃんと売れるものを仕入れる。では目利きってどういうことかと言えば売れてから買うことなのである。計画的な人ほど泥棒を捕らえて縄を綯うことにならないよう手配をするけれども欲に目が眩むと事前準備をしているようでの仕入れを間違いやすくなるものであるという商売人の真理を見事に突いているよね。商いとはモノの売り買いだけれども、一番大事なのはそういう売り手と買い手の結節点にいることなのだ。ネットワーク理論ではそれをストラクチュアルホール理論と呼ぶ。そもそも SH 理論 は、「 商売 の 基本」 と すら いえる かも しれ ない。 例えば 問屋・卸売 業 などは、 SH で 商売 を し て いる 典型 だ。 メーカー と 小売り という「 クラ スター」 の 間 に SH が あり、 その 結節点 で ある 問屋 が 両者 を つない で ブローカー として 商売 して き た の だ。 歴史 を 振り返れ ば、 中世 の シルクロード を 往復 する 商人 も、 西洋 と 東洋 という クラ スター の 間 の SH を 活用 し た ブローカー だっ た。 17 世紀 に 西洋 と 東洋 を つない だ 世界 初 の 株式会社、 東 インド 会社 も 同様 だ。

入山 章栄. 世界標準の経営理論 (Kindle の位置No.9070-9072). ダイヤモンド社. Kindle 版. 

大阪商人の心得はこのSH理論を商行為における心理的バイアスも絡めて説いているのである。すごいよね~こう考えると確かに「商い」は「飽きることが無いとても面白いものなのだ



2023年7月30日日曜日

ビッグモーター問題は組織において自己組織化(創発)する負の価値の典型である。LINEやチャットが加速する、負の創発。

 組織における創発と言うイノベーションと組み替えと言う代謝。個人にとっての創発とは認知的変化による新たな知識の生成(大域的アトラクターの明滅)であるが組織にとっての創発は組織を構成する人の多様性と疎通関係が生み出す新たな価値や問題の出現である、言い換えれば新たな価値や問題の自己組織化である。ネットワーク理論ではネットワークを構成するエージェント間の疎通条件が変わるとネットワークの状態が大きく変わることが知られている。組織論で言えば組織の中のフォーマルなネットワークとインフォーマルなネットワークが組織の状態に大きな影響を与えるということは既知である。その中で生み出される自己組織化した価値が既存事業を凌駕すると革新的イノベーションで、既存事業をブーストするのが持続的イノベーションである。一方で生み出される価値がマイナスの場合それは組織課題となって組織の代謝を促す原動力になるのだ。ビッグモーターではこの自己組織化した負の価値でLINE使われていたことは象徴的である。さて、多くの企業でLINE以外にもチャットなどがコミュニケーションツールとして導入されているがこれがまさに疎通チャンネルを増やし組織をカオス化させる元凶になっているのだ。組織の運営においてコミュニケーションのデザインは極めて重要なのである組織における疎通モデルは事業フレーム(ビジネスモデル)とマネジメントフレームにて考える必要があるのだが、今回のビッグモーター事件はマネジメント(人間関係)で創発した事象と考えられそうである。新社長によるLINE削除指示はその証である。しかし、今回の事件化を受けて組織は大きな変革による進化を行わざるを得なくなった。ビジネスモデル自体も刷新される可能性が高い。


2023年7月29日土曜日

好きと得意の違い。好きと得意から自分の知性知ろう。知性という創発(知識の生成)によるメタ認知と自己肯定感の向上へ

 好きこそものの上手なれと言われるように好きなことは上達しやすい一方で、最初から上達しやすいこともある。得意なことだ、得意なことは、上手く行くので好きにもまりやすい。

例えば、絵を描くのが好きと絵を描くのが得意ということの違いを考えてみよう。好きは嗜好で得意は知性だ、言語化すると描画の嗜好と表象的知性という違いになる。技能や技巧ではなく知性と表現しているのは、そういった得意なことは、環境との相互作用を促して認知的変化を創発(知識を生成)するものだからである。これは絵を描くことだけじゃない。例えばスマホとか目の前にあるものを意図に沿って操作するのが得意だという人も居るだろうこれは感覚運動的知性と呼ばれる。スマホのゲームやアプリ操作などを思い浮かべればすぐにわかるだろう、誰かに教わることなくすぐに上手く操作出来てしまう人がいるそういう人はスマホやパソコンを使って未知の世界をどんどん拡張していく。そういった認知的変化が行為や経験に意味を与えさらなる行為経験を誘うのである。こうして知性は習慣となり性格(日常生活における自動的適応行動)を形成するだから自分の知性の知性を知ることにはとても大きな意味がある。嗜好は好き嫌いだからわかりやすい、時を忘れて夢中になれることは好きなことだ絵を描くのは好きだけど上手くないというケースも当然ある。もちろん絵を描くと言う行為の中に認知的変化は内在しているから。好きであるということ自体が知性なのである。自分が好きなことは何か、得意なことは何かを知ることはメタ認知を促し自己肯定感を高める最も身近な方法なのである。



2023年7月28日金曜日

さあ好奇心の窓を開き探求と創造性の空気を胸いっぱい吸い込もう



 好奇心は認知的変化の窓である。自然と意識が惹きつけられより注意深く観察するために接近したり、興味を持った対象の正体を解明したり、創造性を発揮して類推したりするのだ、この好奇心、接近、観察類推というサイクルは好奇心が解消されるまで連鎖すると考えられる。創造性の発揮はリスクを検出する偶有性に適応する機能を使いまわしていると言われる。そもそも、差異を検出しそこに意識を集中することで検出された差異が危険なものかそれとも、チャンスなのか選択を行う生存に必要な本能的な働きが好奇心なのであろう、この好奇心は、成長の段階と密接に結びついていると研究されている生後2〜6ヶ月と8〜12ヶ月で好奇心を持つ対象もコンテクストも異なるのだそうだ、また類推などで好奇心から認知的変化を創発する際に用いられる認知リソースも多様に併存していてゆらぎの中で探索が行われるつまり、好奇心は、探求や創造性を開く窓なのだ。



2023年7月27日木曜日

問いに呼応する学習という認知的変化(創発)、愚問はAIすら愚かにするというシミュレーション実証。

 リーディングスキルを認知的変化(創発)で考える、問題が読めないから解けないと新井 紀子氏は指摘する(あらい のりこ、1962年10月22日[1] – )、日本の数学者。専門は数理論理学、遠隔教育。国立情報学研究所社会共有知研究センター長・教授。文章を読むスキルこそが学力向上の鍵なのである。知識とは状況のリソースと経験のリソースによってマルチモーダルに生成される認知的変化(創発)するものであるが、係り受け解析 照応解決 同義文判定 推論 といったこの場合の知識創発の状況のリソースは問題である、それに呼応する経験のリソースが足りていないということになる、その経験のリソースを蓄積するために授業を改善しようという取り組みも行われているが 対話生成AIのchatGPTも状況を設定してコンテキストを提供すると求める答えにフィットした出力を得られることが知られている。問いと事前学習された大規模言語モデルは状況と環境という形で相互に協力し合うことがコンピュータ・シミュレーションでも確認されたわけだ。要するに、リーディングスキルが低いのは大規模言語モデルで言うところの事前学習が貧弱であるのだ。人間は様々な学習方法を保有している、経験体験学習、観察学習、問題解決型学習、などである、全ての経験でそれらを活用して事前学習を積む必要があるのだ。



2023年7月26日水曜日

創発におけるメタ認知の重要性を高次脳機能から考える

 メタ認知は高次脳機能と深く関わっているようだ、認知症まで行っていなくてもその傾向を見せ始めている高齢者は、たいがい1つのことに拘ってしまうと先に進めなくなる、抱え込んだ問題が永遠に解決つかなくなるのだ。エアコンが寒い寒いを繰り返していたり、清算の事をずっと訪ねていたり、帰りの車を心配したりと、より俯瞰的に事象を整理して理解納得し解決することができないのだ、ASDも似たような感じかもしれないね、高次脳機能の1つである、遂行機能遂行機能障害とは、「目標を設定し、そのプロセスを計画、効果的に行動していく事が出来なくなる」高次脳機能障害のひとつであるが、常に状況と自分の状態をモニタリングし、コントロールする認知が必要となる、メタ認知はモニタリング、コントロールのメタ認知的活動とメタ認知的知識によって分類される(三宮2008)と言われるが、まさにこのメタ認知的活動を実現しているのが高次脳機能なのであろう。メタ認知は私たちがしなやかな社会生活を送るうえで非常に重要な役割を担っているのだ。むしろメタ認知が機能しないとしなやかに社会生活が送れないということであろう。私たちはメタ認知にとって認知的変化を止揚させ高いレベルの知識を生成していくのだ。より深い気づきや、アンラーニング(解きほぐし)においてメタ認知は欠かすことの出来ない認知機能なのである。


2023年7月25日火曜日

ビッグモーターという社会問題

 ビッグモーターという中古車販売の大手がニュースを賑わしている。僕も利用したことは無いけれどテレビCMでその名前は知っていた。

中古車販売は車社会の到来という混沌が生み出した徒花であり、一方、やはり車社会の混沌が生み出した自動車保険という徒花で不正を働いた事件だ。

だから、産業革命で車が生まれていなければ起きない事件であったことは間違いない。

要は車社会から必然的に生まれた事件なのである。

しかし、このビッグモーターは上場しているわけじゃないから事件は株式市場における企業価値競争の帰結じゃない(上場計画もあったのかもしれないが)。

つまるところ、社長の強欲という初期条件が大きな影を落としているのかもしれない。

事業の目的は、顧客の利益ではなく、社長の利益だったということである。社長がなぜそのような事業動機を持つに至ったのかは興味があるが、起業もしくは事業運営における経験が影響しているのかもしれない。厳しく大変な経験が利益至上主義を呼んだのだという考え方だ。こうした因果で片付けるのは簡単だけれども社会問題は複雑系だと考えると、社長の経営信念は1つの要素に過ぎない、車社会、保険社会という混沌とした状況のリソースのと経営信念による創発現象なのである。コロナパンデミックが起きて、様々なセーフティネットが準備された公的扶助社会が多くの架空請求助成金詐欺を誘発したのと同じだ、いずれにしても、欲望というモチベーションが優先される中で互報という正義と節制が経験のリソースに足りていないゆえに反社会的であるという知識が創発されなかったのであろう。多くの企業がコンプライアンスやガバナンスの地雷を抱える中で、ビッグモーター問題はモチベーション優位の欲望の資本主義のなかで欠損するリソース問題の現れなのである。



2023年7月24日月曜日

介護の現場の介入事情。フルスペック思考を排してリソース思考で創発を促そう。

 介護の現場は慢性的に人手不足である。世の中少子高齢化が進む中、社会が高齢者をどんどん異物化(戦力外化)していくのだから当然と言えば当然だ。居ない若者にチャンスを与える社会ってどう考えてもおかしい、それはチャンスを与えないのではなく責任を押し付けているだけなのではないだろうか。介護の現場を見ていると働き手は皆若い。そして、現場を上手く回す責任を負っている(負わされている)ように見える。例えば、残業代込みの給与などがすでにそれだ、マネジャーの地位でなくても自己責任でタイムマネジメントをしろと経営責任が転化されているのだ。労働時間対価の給与制度において労働時間の管理は経営責任である。特に介護のように、放っておけない現場では仕事に際限が無い。マニュアル化して生産性を上げることが困難な現場だ。だからつい手を出す、その積み重ねが残業となっていくのだ。じゃあ適当にやればいいのかといえばそうはいかないフルスペック思考で高齢化によって足りなくなったスペックを、補填するのが介護であると考えていると、高齢化でどんどん足りなくなるリソースに追いつく訳が無い。この問題を解決するのは生き物の知恵から学ぶべきである。生き物は経験のリソースが無くても未知の状況に対応し適応していく、その代表的な手段は観察と模倣だ。認知症状が出ている高齢者でも、驚くほど良く周囲を観察している、記憶が怪しくなっていても、食事でおまけがついてないことを指摘する。模倣はちょっと怪しいけど、運動の時などは明らかに、模倣を行っている。要するに観察と模倣のリソースは保持しているのだ。その保持している機能を丁寧に使って行くことを促すべきであろう。高齢化社会とはスペックダウンする社会であって、落ちたスペックを保有するリソースで補完するべきで若者のスペック(時間外労働)で補填する社会では無いはずだ。




2023年7月23日日曜日

不器用な生き物は居ない高倉健とアリストテレス。

 アリストテレス・枢要徳と言う性格。

性格とは異なった状況においても再現される予測可能な一貫した傾向性である。それは人の特徴として認知されるものだから特性とも呼ばれる、アリストテレスは誰もが否定し得ない幸福と言う目的の実現のために必要な性格を徳と呼びその中でも特に重要な徳を枢要徳と呼んだ。

賢慮、勇気、正義、節制の4つだ。

さて人の観察可能な一貫性とは行為である。

心という内なる創発は外から見えない。私たちの観察され得る一貫性のある行為は、しなやかに生きるうえで、自動化、平行化されて身体化されている無意識の行為だ。

知らず知らずのうちに身に備えてしまっているものである

心が先か行為が先かという自由意志の議論は尽きていないのだけれども、生き物は上手に生きられるように作られているのも事実である。ダーウィンはそれを適者生存と言った。

不器用な高倉健は実は居ない。

「自分は不器用ですから」という名台詞を遺した高倉健さんであるがその台詞を地で行くような生き物は実は無いのだ。生きると言うこと自体が状況のリソースと経験のリソースを統合して知識を生成(創発)し続けるという極めて器用なことなのである

さてこの器用さは無意識に発揮されるものであって、

すでに身に備えてしまったものを引き受けながらも、枢要徳を発揮できるように日々を過ごすべきだというのがアリストテレスの教えなのである。

幸福と言ういう人生の究極目的のためには4つの器用さが大切だと読み替えるとわかりやすいかもしれない。

高倉健さんが言う不器用とは、この4つのうちのいずれか上手く使えおらず、幸福には程遠いい状態を卑下自虐しているのである。

人生の究極目的幸福に向かってより良く生きるためには、自分の今を受入れながら少しづつでも器用さを身に着け無意識化していく(器用化する)ことが重要なのだ。

確かに、人類全体の幸福を考えたらこの地球が持続可能な状況に適応し、戦争(核兵器)や飢餓や貧困、疫病が無い状況に至るには、賢慮、勇気、正義、節制が欠かせない、コロナパンデミックやプーチンのウクライナ侵攻は、アリストテレスから2千年以上経っても、僕達がまだ、枢要徳に足りていないことを明らかにしている。

常に寡黙で不器用な健さんはどう怒ったかプレジデントオンラインからお借りしました。





2023年7月22日土曜日

AIが心を持つ日。

 創発という現象はコンピュータでシミュレーションできることが知られている。非常に単純な数式が連鎖することで非常に複雑なt様相を示すのだ。その代表がボイドと呼ばれる人工生命のシミュレーションである。この鳥の群れの複雑な動きを模したシミュレーションはたった3つのシンプルなルールで、生成されている。さらに今日では、気象現象や天文学といった超巨大なきな現象もコンピュータ上で再現させることが可能になっている。さてフリーマンの意識理論と浅野先生の脳科学の理論によれば、心とは脳の中で明滅する大域的アトラクターによる気づきの連続という創発現象であるということになる、この仮説は心もシミュレーションできることを示唆している、すでにAIでは、大規模なデータを学習し尤もらしい出力を行う生成系と呼ばれる機能が実装されている。こういった学習と状況をマルチモーダルに取り込むセンサー技術が進化すれば、きっと心をシミュレーションすることができるようになるだろう、しかしインターネットに接続された、AIのマルチモーダル環境は無敵だ。心を持ったAIはきっと創発を明滅させるだけでなく連鎖させることも始めるに違いない。それはAIの自律的な学習の開始を意味する。心を持ったAIは自ら気づき無限に学び始めるそれが意味することは何だろうか、シンギュラリティはすでに見える形になっているのだ。



2023年7月21日金曜日

社会の穴は連鎖と伝播で埋めろ

 仕事とは社会に空いた穴を埋めるようなことであるとは大ベストセラー解剖学者養老孟司氏の名言である。だから、ありもしない自分探しなどせずに黙々と埋めるのだというのが氏の論である。個性なんていうのは身体に宿るものだから誰もが放っておいても居るだけで自分らしいのだということであえて自分らしさなんて考える必要は無いとのこと、昆虫にしても、解剖学にしても観察力に長けた養老氏ならではの言葉に思える。さて、社会に空いた穴とは、まさに川の流れに現れるカルマン渦といっしょで。自己組織化する散逸構造すなわち創発である。そして社会の成員は仕事という行為を通じて散逸を促している(スレービングしている)のだ、全てが自発的に行われるものである。NPOの活動のとかクラウドファンディングとかふるさと納税とか見ているとそのプロセスが良く見えてくるよねエージェントによる問題提起(問題の創発)散逸の開始。問題解決へのエージェントの参与(穴埋め)養老氏は、目の前の穴を埋めろと言うけど、社会にはそれこそ無限に穴が空いているので、自分が埋められるもしくは埋めたい穴はどれかと探したくなってしまうのもわからないではない。キャリア理論にある。計画的偶発性は、偶然目の前に現れた穴がその人のキャリア(穴埋め人生を)にお大きな影響を与えているというものだけど、マイ穴さがしよりもとりあえず目の前の穴を埋めよという養老氏の提言を裏付けた理論であるとも言えるかもしれない。穴と言うのは状況のリソースだから穴を埋めるという行為(仕事)は即ち知識の生成なのである。僕たちは創発する社会の穴を創発する知識によってうめていくのである。知識の生成に必要なのは、状況のリソースと経験のリソースだ、だから、いい仕事をするためには経験のリソースをたくさん保有していた方がいいのだ。自分の身体以外に個性があるとしたら、それは、経験の個性であろう。同じ顔をした人は居ないように同じ経験を持っている人もいないだから自ずと穴の埋め方は皆それぞれ異なってくるのである。つまり、その人らしさとは仕事をすることで生成されるものなのだ。だからやってみなくちゃわからない、さて、かつてナチは掘った穴を埋めさせると言う拷問を生み出した。無意味思えることは人の精神に苦痛を与えるのだ、だから穴を埋める行為が無意味に思えたら辞めたくなる。経験のリソースを増やすという観点から何事にもは無意味はあり得ないのだけれども、上手く知識が生成できないといった状況に陥ると無力感無意味感に苛まれることになる。創発には創発を焚きつける(スレービング)という作用もあるのだ、また創発には伝播するという作用もある、

対話でおこる建設的相互作用がそれだ、連鎖する創発こそがモチベーションの実態であり、伝播する創発が学び合う関係性ということになる連鎖と伝播ここに、創発という現象の新たな意味が見出されるのである。



2023年7月20日木曜日

起業を複雑系、認知科学で考える。

 起業家には、本音において社会問題の解決と言った社会性の高い目標を掲げる人と、上場と言った社会的評価(経済的価値)を目標と定めている人が居るように思える。建前はその2つのハイブリッドである。社会的意義を語りながら企業価値の実現に奔走するわけだね。

複雑系で考えれば企業は人間の社会的活動の混沌から創発する課題や問題を解消しより良い社会にしようという社会性マインドと社会活動の中から生まれるキャッシュフローという経済的混沌の中に新たなアトラクターを作り出そうという経済性マインドの行為である。しかし経済的価値は創発するものなので、意図的に引き起こすことは出来ない、そしてその両方を兼ね備えている事業が素晴らしい事業であるとみなされるので、起業家はその両方のビジョンを掲げるわけだね。そして自分の視座で問題を特定し、目標を定め、目標達成の計画を定め遂行するというプロセスに入っていくのだ。

認知科学で言えば、問題の認識とは、新たな知識の創発である。そのために使われるリソースはメタ認知的知識とモニタリングという状況のリソースだ。故に、自身の体験から生まれる問題意識は極めて現実的で説得力がある。まさに問題は身体から生まれるのだ。




2023年7月19日水曜日

ウチノコ、ヨソノコ、ドコノコ居るだけで感謝という認知的変化の対象。

 名コピーライター糸井重里さんの会社が提供するドコノコと言う愛犬猫家のSNSがある、愛犬猫家にとって家族の一員はウチノコだ、でも、流石稀代の名コピーライター糸井重里さん、サービスをドコノコとした。その瞬間ウチノコだけでなくヨソノコとも繋がれる環境が提供されたわけだ。

基本ペットとは占有されることでより、愛着が湧く存在である。

居るだけで心が満たされる。

犬好き、猫好きと言う嗜好も当然あるけれど、家族愛としての対象はウチノコである。

しかし、SNSで他所の家族の様子を知れば知るほど犬猫の存在が大きくなるつまり認知的変化創発が促されるのだ象徴的な出来事は、ヨソノコが虹の橋を渡って時に多くの利用者が投稿につけるハッシュタグ#️⃣ありがとう◯◯ちゃんであろう。

ヨソノコが感謝の対象になるのだ。ドコノコであっても居るだけで感謝の対象となっていることがわかる。先代犬のルークが亡くなった時は143件もの、ありがとうルークちゃんのコメントがついた。ドコノコであっても存在が心のインフラとして機能していることは間違いない

バーチャルビーイング研究の第一人者阪大高橋先生の論文バーチャルビーイングの創成を目指して高橋中橋植田ザンソニア神野亀尾2023より)には「表層的な機能性の外側にある機 能を超えた「being」としての価値に注意深く目を向け る必要がある.我々は,このような「being」的な価値 の気付きを得るためには,「感謝」という感情が大切で あると考えている. 心のインフラとして機能する寄り添う」とある(バーチャルビーイングの創成を目指して高橋中橋植田ザンソニア神野亀尾2023より)

「またネコの目線で周囲の環境を新 しい視点から観察可能になる.ネコは人間に直接的には 何も機能の提供(doing)を行わないが,人間のほうが ネコに自らの主体を一時的に委ねることで,さまざまな 新たな視座が得られる,というのは,単なる安全基地を 超えた「being」的存在の一つの重要な価値を示唆して くれる.」(同上より)とも教示されている。

ドコノコではネットワークを通じてウチノコはもちろんヨソノコにも何ら機能的な提供は無い(迷子を捜すという大きな機能はあるが)利用者はお世話係を自認することで自らの主体を日常的に委ねウチノコやヨソノコの視座を得ているのではないだろうか。


2023年7月18日火曜日

推し活という学習態度、奇跡を運命に変えるエネルギーがSDGs(持続可能な世界)を成し遂げる。

 運命的な出会いと奇跡的な出会いは似て非なるものだ。運命的とは、人生における決定的な意味を創発するような事柄であって、場として自分の内面に投影された世界が一変してしまうくらいのインパクトを指す。一方奇跡的とは、自然の法則を超越した出来事で、普通はあり得ない事柄である。自然の法則とは繰り返し観測されうる関係性のことだから、奇跡は非日常で再現性が無く観測が困難な事柄ということになる。自己組織化する散逸構造というのは観察可能で再現する創発だから奇跡じゃない。運命は持続的に人生を左右するが、奇跡はある瞬間において人生に衝撃を与える。人生はプロセスだけど、その瞬間瞬間でみれば再現不能な経験の連続でもある。だから人生はそれ自体奇跡的でもあるわけだ、人との出会いも一期一会で考えれば奇跡だけど、持続的な意味を見出せばそれはプロセスであり意味をなし運命となるのだ。つまり偶発的な事象から認知的変化を引き出そうとする自律的な態度こそが学習態度と呼ばれるものだろう、だから運命は自然に巡り合うこともあるけれど、自律的に呼び込むことも可能である。一方奇跡は捉え方次第ということになる。日常全て全ての瞬間が奇跡なのだからね。ある瞬間的遭遇を持続化させていく推し活はまさにこの自律的態度であると言えるだろう。

奇跡の瞬間が人生を左右する


2023年7月17日月曜日

LBGTへの差別意識は無いが区別はして欲しいと言い放ち法案の採択を棄権した山東昭子氏が国会議員という悲報。

 社会の正当な参加者であることを証明する会員証は幸福であることかもしれない。

脳卒中の先輩塩見三省さんが言うように、私も脳出血の後遺症で障害を負ってトイレにも行けなくなったことを知った途端に、自分は社会の異物になったのだと強烈に自覚した。

でも、そうなると逆に世の中の異物がよく見えるようになるのも事実だ。健常だった頃の自分は社会の異物に目を瞑っていたのかもしれない。

私の5つ違いの兄には生まれながらの知的障害と身体障害(出産時に問題が起きていたらしい)があって彼は間違いなく社会の異物だった。僕は家族だから兄を異物扱いすることはなかったけど、実際はただ何も無いように普通に振る舞っていただけでは実は目を瞑っていたのかもしれない。とこの身体になって思うのだ。

そう言えば急に思い出したけど、ある時、母の言うことに聞き分けない兄に滅多に怒ることのない温和(東名高速で時速100キロで煽られても怒らなかった)な父がキレて食器棚のガラスを拳で叩き割って手を怪我したことがあった。

その場の異常な雰囲気にのまれていたせいもあったのかもしれないけど、私は父と母に向かって、なんで我が家は他の家みたいに普通じゃないんだと、鳴きながら訴えたたことがあった。

それに対しては父も母も何も言わなかったけど、それ以降二度とそういうことはなかったからきっと、子供だった私の一言は父と母の心に深く突き刺さって傷つけてしまったに違いない。

普通でありたいと一番強く願ってていたのは父と母にだったのだだろうからね。

実際私立中学の受験で親も一緒に親子面接を受けた時、面接官に兄弟の事を訊かれ一番上の兄は特別養護学校に行っていますと答えた時の母のしまったという顔を私は見逃していなかったし今でもしっかりと覚えている。

あれから50年が経ち父も母もそして兄も鬼籍に入って久しい。

そして私も脳卒中を罹患して鬼籍入りは逃れたけれど後遺症から身体障害で社会の異物になった。

さらにリハビリで通うデイケアには認知症傾向がある高齢の方も居て、そうでない高齢者と過ごすうちに、高齢化によって異物化する現実も目の当たりにすることになったでも、それでわかったことは異物化の度合いが人によって違うのは機嫌の良さによるようだ。

最近やたらとデイケアのスタッフさんを呼ぶ高齢者とご一緒ようになった。スタッフさんは他の利用者さんのお世話もあるから、すぐには行けないそうするとどんどんコールがヒートアップするのだ、このコールばあさんきっとかまって欲しいだけなのだけど、かまってもらえないと機嫌が悪くなるわけだ、そんなコールばあさん、ショートステイに行ってデイケアに来ていない日があった。正直私もスタッフさんもほっとする。つまり、コールばあさんはデイケアで異物化しているのだ。

一方で私のように障害を負っていなくてもご高齢で身体が不自由でも機嫌がいい人は決して異物化していない。その一方で、健常でも不機嫌な人は同じ利用者からもスタッフからも、気を遣われる存在になってしまう。

それがまさに異物化の姿なのではないだろうか。

下半身麻痺で車椅子生活の心理カウンセラー岸田ひろ美さんはニューヨークの心地よさを気持ち良い無視と表現したけど、機嫌よくしている人には周囲は気を使う必要を感じない

これこそがまさに異物化させないやさしい社会の姿である。

障害や高齢化で普通のことが出来ないのは仕方ない。

問題は出来ないで困っている、もしくは出来ないから危ない人には手を差し伸べるのけれどもそういった人を線を引いて異物扱いしない社会である。

でも現実は時に残酷だ。

機嫌よくしていても一線をひかれることもある、山東昭子議員は国会のLBGT法案の採決で退席し、インタビューに差別の意識は無いけど区別してほしいと言い放った。

この線を引く思考そのものが差別意識であってそんなこともわからない人間が社会の主要な存在である国を代表する国会の議員として選ばれているのだから恐ろしい話だ。そう、異物化の線を引くのは常に心のなのである。それは誰にとっても。





2023年7月16日日曜日

すでに教師もマネジャーも要らない時代?セルフマネジメントの時代到来。

 学習指導要領と生徒個人の学習進捗状況をchat Gptに読み込ませて最適な学習計画書を作成させれば教師なんて要らなくなるのかも知れない。企業の人材育成だって理にかなった行動規範と行動評価を読み込ませればマネージャーでなくとも最適な行動計画が出力される、教師やマネジャーはノウハウを蓄積して駆使する必要はもはやない。

ノウハウは事前に大規模データでAIに学習されている。こういった未来の可能性を積極的に否定することはできるのだろうか。相互作用に伴う介入関与の経験教えることで教わる知見の蓄積から導かれる最適な介入関与の方法はAIでも学習可能なはずだ、もちろんこれまでの教育やマネジメントの蓄積があってのことだけど、将棋のAIのように、棋譜が読み込まれれば、その中から見過ごされてきた最適な一手が発掘される。もはや、そんな時代がきているのだろう。

一方で教員は不足し。若手はマネジャーになりたがらない。セルフマネジメントを受入れる素地は出来上がっているのだ、かつて銀行がATMの導入で、顧客にオペレーションコストを転嫁させて窓口係を大幅に減らしたのと同じような状況だ。そしてやはり銀行はテラー(窓口係)だよね~という人は高齢者のみである。自分でやらずにひたすら待つ。そこに未来はないことは明らか。対人による建設的相互作用(認知的変化の促進とメタ知識の蓄積が失われることが一番のリスクであり、損失なのかもしれない。


感染リスクも無くなる


2023年7月15日土曜日

私はどう生きるかchatGPTに聞いたら無能っぷりがばれた話

 スタジオジブリの新作が公開されたとのニュースが騒々しい。今回の新作は華々しい宣伝も無いし糸井重里さんの切れるキャッチコピーも無い、わかっているのは題名くらいだ。宮崎駿監督も82歳男性の平均寿命を越えてデイケアでお逢いしても全く違和感の無いご年齢にもかかわらず新作長編とはご達者なことである。この題名には、多くの人が思い当たるのではないだろうか吉野源三郎氏の児童文学名著である。脳サバとうちゃんは中学お受験時に出題されるかもということで手に取ったものの読んだ記憶は無いというあのいわくつきの本だ、しかし割と最近話題になった漫画版はkinndoleに入れて読んでいたりする(苦笑)しかしこの本が原作という話も聞かないから基本関係あるのはそのタイトルだけなのであろう。しかし、人間と自然の対話を描いたもののけ姫の「生きろ」から続く「君たちはどう生きるか」

という宮崎駿監督の壮大な問い語り一部のようにも思える。試しにchatGPT聞いてみようにでもまんま質問返しでは無能っぷりがばれるので

「私はどう生きるか」と聞いてみたら質問意図がばれていた。

「私はどう生きるか」は、人生において自分がどのように生きるかを考えることを表現した言葉です。この言葉は、吉野源三郎氏の小説「君たちはどう生きるか」から引用されています。¹³

もし、あなたが人生において自分がどのように生きるかを考えることを望んでいる場合は、自分自身に問いかけてみることが大切です。¹

私があなたに役立つ情報を提供できるようにするために、もう少し詳しく教えていただけますか?何か特定のことを探していますか?

¹当然映画のことも出てきた、少しネタバレもきっとある。?

でも脳サバとうちゃんは映画を観ていないので何がネタバレかもわからない・紹介された記事の中には

小学生のとき、教科書に載っていた『君たちはどう生きるか』の冒頭部分に強い印象を受けたという宮崎監督は、年季の入った同書をスタジオに持参していた。若い制作スタッフにも読むよう勧めたところ「この本はまだ生きているね」と好評だったといい、作品のタイトルを決める段になって、一人が「『君たちはどう生きるか』がいい」と提案したのだという。制作は当時まだ始まったばかりだったが、映画の序盤とラストシーンにこの本が登場することも、宮崎監督は既に決めていた。

という一文があったからやはりあの本と何らかのつながりはあるらしいということがわかってしまったのである。

ソース: Bing との会話 2023/7/15

(1) 「君たちはどう生きるか」宮崎駿監督が、新作映画について .... https://book.asahi.com/article/14953353.

(2) 宮崎駿監督「君たちはどう生きるか」 アニマゲ小原篤の超速 .... https://www.asahi.com/articles/ASR7G5VLJR7GUCVL03Y.html.

(3) 米津玄師、『君たちはどう生きるか』主題歌「地球儀」を .... https://www.cinemacafe.net/article/2023/07/14/86355.html.

と言うコトで、お達者な宮崎駿監督を称えるべきかchatGPTの賢さを褒めるべきか自分自身に問いかけるべきか悩む脳サバとうちゃんなのであったとさ。


2023年7月14日金曜日

大雨に油断する心ロバストな世界という信念と局所的リスクに備える感性

 温暖化の影響なのかこのところの大雨が深刻である。

気象現象は複雑系であることが知られている

要因が複雑に関連しあっているので局所的な天候を予測することは極めて困難であることが知られているのだ。

僕が複雑系科学に強く惹かれたのは、雨傘の卸売をしていて天気予報に強い関心があったからなのである、

なぜ長期予報はまるで当たらないのか疑問に思い。竹橋の気象庁の天気相談所に通って長期間の大量のデータが蓄積されているにも関わらず、なぜ予報が外れるのかはわからなかった。

しかしその答えは、気象庁ではなく複雑系科学の中にあったのだ、

初期条件のほんの少しの変化がその後の予測不能な変化をもたらす、

バタフライエフェクトと呼ばれるその現象を知ってから長期予報に対する見方が180度変わり天候相手に商売をする気持ちが楽になった。長期予報が外れるのは北京で蝶が羽ばたいたかブラジルで牛がゲップをしたせいなのだ。そんなの誰にもわかるはずないじゃないか。だからそれによって一喜一憂する必要は無いと理解出来たのだ。

どんなにデータを集めて分析しても人が予測することは不可能なことなのだ

私はそしてそういった複雑系の現象は自然現象に限らず社会現象にも多く存在することを知って、HRの領域にキャリアチェンジした後も、複雑系の現象である自己組織化する散逸構造と創発の仕組みが気になって仕方なかったのである。

そして遂には組織でおこる様々な現象、無くならない離職、減らない残業、メンタルの問題、上がらないモチベーション、や組織課題であるマネジメントやリーダーシップも全て複雑系の現象で予測も制御も出来ないものなのではないかと考えるのである。

この考えは現場を知れば知るほど確信にかわった 。事業環境のちょっとした変化。大学時代の友人が気まぐれで言った一言が引き金になっているような組織問題が実際に多くあったからだ。

そして、気象に対して我々人間が大域的にはロバスト(堅牢)に適応出来ている状況(全域が全滅することは無い)同様に社会現象に対しても、希望と期待を抱いているのである。

ソ連のウクライナ侵攻や新型コロナウイルスのパンデミックなどを目の当たりにしてもね。

しかし人々のそういった希望と期待が、正常化バイアスとなって、油断を生んでいるのも事実だ、

異常気象によって世界各地で大きな気象災害が同時発生したとしても、自分のところは大丈夫なんじゃないかという心理が働くことで、集団ヒステリーに陥らなくて済むつまり、局所的なカタストロフィの連鎖による大域的なカタストロフィの創発を防ぐ役目も果たしているのではないだろうか。逆に過剰に反応するカタストロフィバイアスというのもあるのだけれどね。

いずれにしても、僕たちは生きている場所は局所なわけで局所的な現象に大きく影響を受けるのは間違いない、だから、身の回り3メートルのリスクマネジメントは必須だ、九州の大雨に東京に居て油断するのは仕方ないとしても、自分の周囲3メートルの安全が確保されているかは油断してはならないのである。

家の中ではリビングや寝室、屋外では車がだいたいその大きさになる。じつは生きていくうえではこの局所感こそが重要なのである。




2023年7月13日木曜日

ミスマッチの功罪機能的唯物主義から認知的存在価値主義への転換を

 ミスマッチの功罪ミスマッチは社会的な問題であるという声もあるしかし、マッチングアプリが増えたせいで、類似性が増してしまっているという研究結果もあるそうださて、そもそもミスマッチが罪だという考えは機能主義的な唯物主義に依拠していることが明白だ。つまり、社会における人の価値は機能であるという信念から生まれるわけだ、これは、雇用する側だけでなく雇用される側も同様である、機能主義が、自分探しやスキル、資格獲得に拍車をかけるのだ。しかし社会は常に変化し続けているから、そこには常に何かが足りない自分が居るわけでそういった自己否定感が困難を乗り越える態度を阻害するつまり心の中にミスマッチという不適応を創発していくのだ、雇用する側のミスマッチは機能不全であり、雇用される側のミスマッチは自己否定感の表象なのだ。この2つのミスマッチはコヒーレント(相互干渉)しながら。社会的な問題を創発させているのだけど、このミスマッチをスレービング(促進)するのが、慢性的な労働力不足と転職事業者の活動である、機能化する唯物的社会という混沌と、その中で自己否定感から意味探しに邁進する心の混沌この2つの混沌が母胎として創発するミスマッチを解消するには、機能的唯物主義からの決別が必須だ、それは昨日のブログに書いたように、感謝互報といった存在に対する認知的価値主義への転換が必須であって、転職サイトや、転職コンサルタントの働きかけによる、機能主義への更なる傾倒ではないのだ。本来ミスマッチとは、機能的唯物主義から認知的存在価値主義への転換適応という認知的変化の扉(功罪の功)なのである。目の前の仕事に意味を見出し生きる意味を見出すには、目の前の仕事にに感謝を持って丁寧に行うことで得られる充足感が自己肯定感を高め、困難に立ち向かっていくそれがよく生きると言うコトなのである。







2023年7月12日水曜日

共に在る価値

 最近では故元日本認知科学会会長鈴木昭宏先生の創発からみる認知の変化や埼玉医大名誉教授 浅野孝雄先生によるフリーマン理論による創発と心意識の関係など、創発をめぐる話題が活発ですが私は40年前に複雑系科学と出会ってからずっと創発という現象に強く惹きつけられてきました10年前からは創発をめいんテーマにした個人研究所を開所して。日々ブログを書いています。そんな中拝読したこの論文のからは物質主義、機能主義的関係性から認知主義的関係性であり(意識)心を創発する互報性感謝や気づきを与えてくれる存在であることとそれらを創発するメカニズムに強く興味を惹かれました。以下一部論文から引用させて頂いた。

表層的な機能性の外側にある機 能を超えた「being」としての価値に注意深く目を向け る必要がある.我々は,このような「being」的な価値 の気付きを得るためには,「感謝」という感情が大切で あると考えている. 心のインフラとして機能する寄り添う

(バーチャルビーイングの創成を目指して高橋中橋植田ザンソニア神野亀尾2023より)

ネコの目線で周囲の環境を新 しい視点から観察可能になる.ネコは人間に直接的には 何も機能の提供(doing)を行わないが,人間のほうが ネコに自らの主体を一時的に委ねることで,さまざまな 新たな視座が得られる,というのは,単なる安全基地を 超えた「being」的存在の一つの重要な価値を示唆して くれる.(同上より)

物質が持つシズル感とかアフォーダンスという感性への働きかけよりもより、複雑で大域的な感謝互報といった心の働きに大きな価値があることにも気づかせてもらった。私がリハビリで通所しているデイケアに一時期LOVOTがお試し導入されて高齢者が触れ合う場面に遭遇しましたが。居れば気になるけれど返却されてしまってもあまり気にならないという割とあっさりとした関係性でした。共に在るとラーニングの対象であるけれど素早くアンラーニングされてしまう対象でもあったようです。共有でなく占有や共に在る時間など価値が持続する条件があるように思えました。LOVOTに関してはこちらのエッセイがおもしろくておすすめである。



ありし日のLOVOT

2023年7月11日火曜日

格差とは何だ格差問題の本質

 格差問題は世界的な課題として認識されているのではないだろうか、格差は不平等さの顕れであって理不尽な格差は差別だと責められ、勝ち負けの結果は合理的な格差であると考えられる。でも2日前に描いたように理不尽というのは創発の母でもある理不尽があるということは新たな知識が生み出される可能性を秘めているのである。さて、僕達が格差が不平等であると言う時に想起している不平等はモノである。一番わかりやすいのは持てる者と持たざる者の二項対立が格差であり不平等だと考えるのだゆえにこれは唯物主義的格差と言えるだろう。一方、で、モノではないものの代表は心である、心と言うコトは常に変化し生成消滅を繰り返すプロセスである、ゆえに、心の豊かさによる格差をプロセス主義的格差と表現することが出来る。唯物主義は環境からの収奪を正当化し、加害者と被害者を生み出す。格差が悪であると言われる所以だ。プロセス主義は、悟りというメタ認知によって心の平穏をもたらし環境は感謝の対象となるゆえに奉仕と庇護の関係を生み出す。守り守られるという互報(コヒーレント)の状況を生み出すのだ。

収奪より互報の方がロバストでホリスティック持続的なに幸福の実現であることは言わずもがなである。故に、僕達は、格差を問題視する際に、唯物的格差による課題の設定(もつ者と持たざる者の不平等)と課題の解決(与える者と受け取る者)を構想すべきではないのだろう。

唯物ではなくプロセスに翻訳し、いかに互報(コヒーレント)の状況を生み出すかを構想すべきなのである。

かつて、発展途上国の貧困の元凶は教師不足に起因する教育格差であり、ビデオ授業でその問題の解決に取り組むNPO e-Educationのインターンシップ生の話を聞いたことがあるのだけれど、その活動は与えるものでなく対話を通じて現地の協力をとりつけるものであった。建設的相互作用によって互報(コヒーレント)の状況を生み出すこれがまさに唯物からプロセスへの翻訳なのだと思う。モノの格差は目に見えるので問題視しやすいが根本的解決には至らない、一方心の格差は目に見えにくいが持続的解決が可能なのである。




2023年7月10日月曜日

志向性とは何か。

 動物とは動くものだ、だから本能的にというか生得的に動くもしくは動かない傾向性を持っている動くということはたいがい某かの目的を達成するためのものだから自由意志に裏付けされているとも考えられる。

カントによれば自由意志とは目的を定めて達成する能力だからだ、達成する際に使う身体の機能発揮が行動ということになる。

しかし、研究では意識が生じる前に身体は動作の準備を始めているという観測結果が確認されて自由意志論争が巻き起こった。

認知科学では目的を達成するという認知的変化は身体知と強く結びついていると考えている。

身体ファーストなのだ、さて、身体と意識という問題は二元論ではなく、大域的アトラクターとスレ‐ビングいう複雑系の現象で統合されると説くのがフリーマン理論であるが観察され得る生得的な無意識の行動傾向を志向性という、志向性は無意識なので自由意志とは違う、また、爪を噛などむ無意識にとっている癖とも違う、志向性は無意識ではあるが目的的なのだ、例えば他人に接近するいや、回避するといった傾向性だ、我が家の愛犬は、パピー子犬の頃から、他の犬に近づこうとしない。そんな様子を見て怖がりだビビリだと意味づけをしがちだけど、恐らくそんな合理的な理由じゃないだろう。仏教の五蘊では志向性を行と呼ぶが、行はああしたいこうしたいという意志だと考える、しかし意志が芽生える前の段階があると考えるのが科学の仮説であるようだ、今、意識的に意志と意思を使い分けたのだが、「意思」は気持ち、「意志」は意欲「意思」とは「何かをしようとするときの元となる心持ち」という意味である。 一方「意志」とは「ある物事を成し遂げようとする積極的な意欲」という意味をもつ。 「意思」には頭のなかで考えていることであれば、ぼんやりしたものもから、クリアな思考まで含む。のだそう。日本語は音にすろと同じだからさらにややこしい。英語だとwillとintentionとはっきりと分けている、目的を定めることと目的を達することをはっきりと分けているのだ。脳科学の結果は目的を定める前にもう身体は目的を達する準備をはじめているというものだといえるだろう、複雑でしかも逐次変化する状況になめらかに適応するためには、理に叶っているように思える、要するに動物とは動くものであるという、冒頭の定義がおかしいいのだ。動物とは上手く生きるものである、と再定義すれば、志向性とは人それぞれの生得的で無意識の上手な生き方なのである。でもそれが身体性と密接に結びついていることは想像に難くない。





2023年7月9日日曜日

4月生まれと3月生まれ理不尽さという創発の母、

 理不尽と言う困難に立ち向かう経験の意味。4月生まれと3月生まれ暦の上ではたった1か月であるが、小学校のクラスでいえば、11か月ほぼ1年の差である。幼少期この1年の差は大きい、それゆえ、3月31日生まれの子供は、出生届を3月にするか4月にするか親が悩むのである。たった数日なのに大きなアドバンテージとなる理不尽、認知科学によって運動技能のみならず、認知、知識の構築においても身体が大きな役割を果たすことが明らかにされた

人間 の 認知 過程、 知識 の 構築 過程 の 研究 は、 ここ 20 年 ほどで 劇的 な 変化 を 遂げ た。 その 鍵 は 身体 化( embodiment) という こと に 尽きる。 運動 技能 などが 身体 と 結びつく のは 誰 でも 認める と 思う が、 知識 全般、 たとえば 漢字 の 習得、数学 概念 の 理解 の よう な もの が、 身体 と どう やっ て 結びつく の だろ う か、 

鈴木宏昭. 私たちはどう学んでいるのか ――創発から見る認知の変化 (ちくまプリマー新書) (p.39). 筑摩書房. Kindle 版. 

裏を返せば、このおよそ1年の身体的成熟度合の差は、十分すぎるほどの差異を生む理不尽さなのである。兄弟げんかで、弟は兄にあらゆる面で叶わないのと同じことだ。身体的にも知能的にも発達の度合が違うのだからね。でも、面白いことに、そういった幼少期の理不尽さは大きくなった時に別のアドバンテージも生む、理不尽と言う困難を乗り越える経験に繋がっているのだ。その経験は、認知リソースとして、困難に向き合う際の知識の構築(認知的変化・創発)に役立ってくる。この生まれ月と学年の関係は社会が人為的に生み出した理不尽であるが、生物学的には身体的成熟には個体差があって当然なのである。しかしその個体差がまた異なる成長を生む、その混沌とした状況が社会の進化に源泉になっていることも忘れてはならない。理不尽さは創発の母なのだ。

理不尽と闘った平尾誠二氏はこのように語っている。

「社会 という もの は、 世の中 という もの は、 そういう ふう に でき て いる の だ。 だ と し たら、 問題 は むしろ おれ の ほう に ある。 おれ の キャパシティ が 非常 に 小さい ん だ」   そう、 まずは「 世の中 に 理不尽 は つきもの で ある」 と 認め、 現実 を 受け入れる こと に し た の だ。

平尾 誠二. 理不尽に勝つ (Kindle の位置No.1658-1660). 株式会社PHP研究所. Kindle 版. 

  でも…… と、 今 あらためて 思う。 この 時 の 経験 が あっ た から こそ、「 世の中 とは 理不尽 な もの なの だ」 と 身 を もっ て わかっ た のも 事実 だっ た。 そして、 そういう 理不尽 に 直面 する こと で、 人間 は 鍛え られる の だ という こと も……。

平尾 誠二. 理不尽に勝つ (Kindle の位置No.1678-1680). 株式会社PHP研究所. Kindle 版. 

理不尽と闘って実績を残した(実証した)人の言葉にはさすがに重みがあるよね。





2023年7月8日土曜日

たった20個の塩基が自己組織化しさらには自己複製する発見、神は居なかった

 たった20個の塩基が自己組織化しさらには自己複製する発見生命の起源を想起させるような貴重な発見が報告されていた件、脳サバとうちゃん的にはロシアのウクライナ侵攻やジャニー喜多川の性加害よりもビッグニュースなのだけど、NHKニュースで取り上げられてもいないようで、不思議だなぁ。最近でこそバタフライエフェクトなんていう複雑系科学を代表するような現象が番組にされるくらい複雑系も一般化してきてはいるけど、混沌、自己組織化とか自己複製、散逸構造といった概念や自然現象への興味関心と理解はまだまだ進んでいないのかもしれない、でも、ダーウィンの進化論よりも遥かにインパクトがあるのにね、だって、全知全能の神による人や生命、世界の創造が完全に否定されるわけだからねぇ。人々の心を操ってきた虚構が完全に消滅することは無いだろうけど、虚構同士の対立や競争・衝突による不幸が少しでも散逸するといいね。




2023年7月7日金曜日

複雑系心理こそが少子高齢化社会を開く。期待と希望に満ちた混沌を生み出せ。

 古い秩序が散逸するとまず訪れるのは混沌である、社会を見回すとこの散逸と混沌の状況が数多観察できる。社会心理にとって、混沌は不安であり、秩序は安心だ。しかし複雑系で考えれば秩序は進化(崩壊)の予感で混沌は無限の可能性である。複雑系心理は期待と希望なのだ、僕達の社会は社会心理で観るか複雑系心理で観るかによってまるで違ったものに見えてくる。

この世界は不安に抗う安心安全な世界であるべきなのか。それとも、期待と希望に満ちた世界であるべきなのか。例えば少子高齢化は不安視されているが、実は、旧来の人口ピラミッドが経済成長を支えると言う秩序が崩壊した混沌の後に来るのは新しい秩序なのであり、少子高齢化とは期待と希望に満ちた社会なのである。どんな秩序が自己組織化するのかはまだわからない。医療やロボットなど、その予兆はもう見えているのかもしれないが。僕たちが留意しなくてはならないのは、安心とか安全という言葉は何らかの秩序を維持するための社会心理が求める表象であるということだろう。

渾沌



2023年7月6日木曜日

誰もが自分はどこでもドアを持っていると信じているでも、ドアには鍵が掛かってる。

先日デイケアに居たらある利用者(高齢者)が入浴後にあったはずの鍵が無いとスタッフさんに言っていた。 それ自体は単なる思い違いだったようだけど、兎角、不安症が強まる傾向の高齢者にとって、鍵は、お金や帰宅するさいの車同様、不安の種であるようだ、大好きな詩人茨木のり子さんの詩に鍵というのがある

鍵  茨木のり子

一つの鍵が 手に入ると

たちまち扉はひらかれる

固く閉された内部の隅々まで

明暗くっきりと見渡せて……

鍵は今日の僕たちの生活にとって無くてはならないものだ。そして僕達も、鍵や鍵穴を見ただけで何をすれば良いかがわかる(鍵にアフォードされるのだ)

このように僕たちは状況に認知的変化を引き出されている。その中でも、鍵が持つ意味は深い。茨木のり子さんはそれを鋭く観察して言葉にしているのだ、ゆえに茨木のり子さんのこの詩は人間の認知の仕組みを極めて的確に表現されている。

僕達は何らかの鍵によって、自分の世界を描き出しているのだ。でも僕たちは奢っているから鍵なんかなくても世界を描けると考え能力を内在していると思い込みがちである。これについては鈴木宏昭. 私たちはどう学んでいるのか ――創発から見る認知の変化 (ちくまプリマー新書)筑摩書房が詳しい。

僕達の心はドラえもんのどこでもドアみたいなものでどこにでも行けるドアが心の中にはあるのだ。でも実際はそのドアには鍵が掛かっている。ドアを開くためには鍵がいるのだ

能力(どこでもドア)は虚構で僕たちは世界と対峙するときいつも鍵を探す。鍵はまさに困難を乗り越えるための鍵なのだ。






2023年7月5日水曜日

モノ化する人材人生は物じゃないプロセスを記述せよ

 人生は物じゃ無い。プロセスだ、人生の物語は心理尺度学力テストや学歴職歴で図るものではなく。プロセス状態の時系列的変化として記述しなければならない。兎角この世は唯物主義、希少性に価値があるなんて経済学が言うものだから自分を価値化したい人はいかに自分は希少な存在なのかと履歴書に職歴や営業実勢や業績表彰などを書き連ねる。かつて某転職支援会社のCMで、マネジャーが中途採用応募者の応募書類をみて、即戦力じゃないかと呟いていたけど、それなどはまさに象徴的だった。その人の人生を物として、値踏みしているのだ、そのCMに違和感を持った人はきっと多くなかっただろう、でも恐らく。現場のマネジャーは書類なんかじゃわからないんだよね~と、思ったに違いない。世の中人的資本経営とか言ってなんでもかんでもKPI化して、タレマネシステムにぶち込もうぜという風潮を煽っているベンダーも数多あるけれど、いいかげんに人を物化(価値換算)する、バカらしさに気づくべきなのである。だって人はモノじゃないから素晴らしいのだ。物を売り買いして生計を立てる商人は商いの原則は売れてから仕入れることだという。不良在庫を持たない鉄則である。人材を価値換算するのであれば商いの原則が適用される。価値を発揮してから採用すればいいのだ価値を発揮するまで採用することはないでも、でも出来高払いじゃきっと職場が敬遠されてしまうから、信用買いするわけだ。でもその信用はその人の人生を担保にすることが多い。そこで、冒頭の心理尺度学力テスト学歴職歴が登場するわけだけど、仕事で発揮される価値はそれらでは担保できないと唯物主語の本山グーグルが解明しているわけで、人生の物語りの別の記述法が時代の要請なのである。





2023年7月4日火曜日

テレビ好き高齢者は何故ニュースを見たがるのだろうか

 今朝ヤフーニュースをチェックしたらロシア情勢に関するものが多かったトップは昨日は九州の豪雨だけどね、。一旦九州の豪雨は収まって、次に豪雨に襲われるのはロシアなのかもしれないね。といっても、自然災害ではないけど、ロシアの局面も大きな変節点を迎えているということである。気象現象は複雑系であることが知られている、混沌とした状況が予測不能に天候を変化させるいくつかの因子が相殺相乗しながら僕たちの日常に現れお大きな影響を与えてくる。そして社会も同様に複雑系だ。要するに、ニュースを科学的観点から見れば、僕達は日々複雑系を眺めているのである、それらは自己組織化し散逸する秩序だ。自己組織化し散逸する様子をじっと見ているそれはメタ認知的知識の収集と自己の感情のモニタリングだ。安全や危険、良し悪しといった態度をシミュレートしているのだ、デイケアで高齢者といっしょに過ごしていると、高齢者の行動パターンが見えてくる、そのひとつがテレビのチャンネル選好だ、案外NHKのニュースを見たがるのだよね。もちろん習慣化しているということもあるようだけど、落ちてくる認知機能を知識とモニタリングで自然とカバーしようとしているのかもしれないね。


ニュースの時間



2023年7月3日月曜日

ペロペロ事件にストーカー犯罪、子供が人生を台無しにしないために

 賢さの本質は認知的変化(創発)であると認知科学は教えてくれたより幸福な人生を送るためには賢慮という徳が重要だとアリストテレスは説いている。  どの よう な 人柄 を 形成 すれ ば 幸福 な 人生 を 送る こと が できる か、 を 考察 する 学問。 それ が、 われわれ が「 倫理学」 と 呼び 慣わし て いる 学問 なの です。

日本放送協会; NHK出版. NHK 100分 de 名著 アリストテレス『ニコマコス倫理学』 2022年 5月 [雑誌] (NHKテキスト) (p.65). NHK出版. Kindle 版. 

倫理学 とは「 たいてい の 場合 そう で ある ところ の もの」 を 扱う 学問 で、 数学 の よう に「 常に そう で ある ところ の もの」 を 追求 する 学問 では あり ませ ん。 その ため、 自分 が 直面 し て いる のは どういう 状況 なのか、 その 都度、 的確 に 判断 する 力 が 必要 になり ます。 個別 具体的 な 状況 を 的確 に 見て取り 適切 な 選択 を 下し て いく 力、 それ が すなわち「 フロネーシス」賢慮 である。

日本放送協会; NHK出版. NHK 100分 de 名著 アリストテレス『ニコマコス倫理学』 2022年 5月 [雑誌] (NHKテキスト) (pp.39-40). NHK出版. Kindle 版. 幸福な人生を送るには認知的変化(創発)が重要なのだ、しかし創発とは意図が不在で還元不能な自然現象を指している、脳科学で言えば、大脳辺縁系で明滅する大域的アトラクターがその実態であって、無意識のにおきるものだ、一方で判断という行為は意図的であり、還元可能(説明が出来る)な知的活動と考えられる。社会性を伴う思考は脳の新皮質社会脳で行われると考えられている、だから社会脳の成熟と社会性のある的確な判断は切っても切れないつながりがある。しかしこの社会脳の活動の源流は大脳辺縁系の創発という無意識から発火している。

さて、このような創発と判断の関係性を象徴するような社会的事件が最近あった。回転ずし

スシローの醤油ペロペロ事件だ。この事件、を2つに分けて考えよう

1。なぜそんなことを思いついたのか。

2.どうしてやってしまったのか、なぜやめられなかったのか。なぜ投稿したのか

1については、突き詰めていくときっと、説明不能に陥るだろう。思いつくことを止めることは出来ないからだ。でも、2はある程度説明がつくだろう。こんな大騒ぎになると考えが及ばなかった要するに幼稚で思慮に欠けていたということである。ペロペロ事件の悲劇は思いつきを自制するという判断が出来なかったことに尽きるのだ 。子供が思慮に欠けていることは多くの大人が知っているだから。親などの大人は社会的な判断は子供任せにせず 的確に介入する。 問題を起こしてしまってその後の人生に大きな負債を抱えることがないようにと慮るからだ、

さて認知科学では閃き自体も創発(認知的変化)であるとする

 ひらめき は 突然 訪れる かの よう に 語ら れる こと が 多い。 しかし ひらめき は 練習 による 変化、 発達 による 変化 と 同じ、 つまり 多様 で 冗長 な 認知 リソース と その間 の 競合 による 揺らぎ が、 それ が 実行 さ れる 環境 と 一体 となり 創発 さ れる。 そして その 過程 の 大半 は 無意識的 に 進む。 だから、 ひらめい た 時 の 驚き は、 実は 自分 の 無意識的 な 心 の 働き に対して の もの なの だ。

鈴木宏昭. 私たちはどう学んでいるのか ――創発から見る認知の変化 (ちくまプリマー新書) (p.111). 筑摩書房. Kindle 版.    

     ペロペロ事件で言えば手の届く場所にある舐められる形の醤油の容器が思いつきを誘発していたのだ  これがもし店員さんに差してもらうスタイルであれば容器を舐めるという思いつきは生まれていないかもしれない、なんでも口に持っていき舐めてみる赤ちゃんに向き合うのと一緒である。そして子供の未成熟な社会性は大人に介入の思いつきを創発させる。だからネットで炎上(皆が介入したがる)するのだ。厄介なのは、子供は大人の介入という反応を期待するという本能が備わっていることだろう、幼稚なことをして大人が騒ぐそれは当事者にとってみれば期待通りの反応なのである。だからこういうことは連鎖するし、繰り返す。

ストーカーのように繰り返される犯罪も実は同じペロペロ事件と構図だったりするのかもしれない、犯罪の専門家ではないのであくまでも個人的見解ではあるが。

要するに幼稚な犯罪は大人の賢慮 が故に、創発が招く事件なのである。

だからそれらを防ぐには、子供の賢慮を育て社会性のある的確な判断(認知的変化)が出来るように介入するしかないのだ。そのために必要なのはモニタリングコントロール、メタ認知的知識の転移である。



                                                                             

2023年7月2日日曜日

パリが燃えている。理不尽と言う秩序が散逸する予兆

 パリは燃えているか。かつて史上最悪の独裁者だったヒトラーが放った。不条理で理不尽な命令でも燃え上がることは無かったパリが今、法と言う国家の秩序の番人たる警官が放った理不尽な凶弾によって、パリのティーンエイジャーによって燃やされている。なんとも皮肉な状況ではあるが、いずれにしても、たったひとりの理不尽で不条理な言動が確固たる社会という秩序をいともたやすく瓦解させてしまう、僕達は今、散逸する社会の姿を目の当たりにしているのかもしれない、フリーマン理論によれば僕たちの意識や心とは、1秒間に10回ほど明滅する、大域的アトラクターという気づきの生成と消滅の連続である。心は創発と散逸のから出来ているのだ、僕達の社会と言う秩序だって、創発によって生まれるのだから当然散逸する、そして秩序の創発と散逸の繰り返しが歴史になって文化というメタ秩序を創発していくのだ。ブッダの説法によれば僕たちの心も社会も十二因縁の無明(混沌)と老死(散逸)の間にあるものということなのかもしれない。

ウィキペディアより転載

2023年7月1日土曜日

上手に暮らすということ社会(組織)という砂上の楼閣

 認知科学によれば僕たちの上達とは自動化と平行化の認知的変化によって獲得される。

自動化とは、意識したり考えたりせずとも目的を果たせるようになることで、平行化とは同時に複数の処理をこなせるようになることだ、この2つが獲得されると素早くより的確に状況に対応することが可能になる。生きるとはこの上達を積み重ねていくことであると言えるのかもしれない例えば、人間であれば、多くの人が何がしかの価値信念体系を備えていて、瞬間的に良し悪しを見極めて行動する。社会でしなやかに生きるうえでは、本能に委ねるのでなく、社会生活(他者との関わり合い)に上達する必要があるのだけれど、その際に個人が保有する価値信念体系は大きな役割を果たしている。ところが、この価値信念体系は極めて多様である。人の数だけあると言っても過言ではないだろう、そして、社会で発生する問題や課題のほとんどはこの価値信念体系の衝突なのである。ある国で若者がコーランを燃やした。するとそれによってイスラム教を信奉する中東の国では大きなデモが発生し社会問題化している。僕たちが社会として認識している、人と人の関係性が自己組織化した秩序は散逸構造であり、容易く揺らぐのである。他者の尊厳を尊重することでしゃかいという秩序を守る知恵が倫理であって、争いを避け上手に暮らすためには社会という秩序は混沌とした価値信念の上に立つ砂上の楼閣であることをまずは知らなければならないのである。