2020年12月31日木曜日

なぜの谷のナウシカ、だぜ

 大晦日の今日、NHKでコロナ新時代への提言2という番組を再放送していた。

東京都の感染者が1300名を超えた大晦日、結局、今年一年新型コロナばかりだったなぁ。

さて、番組は”生物学者・福岡伸一、歴史学者・藤原辰史、美学者・伊藤亜紗が人類や世界が向かうべき道を語り尽くす”というものなのだけど、流石NHK、ぼくはこの番組と「神の数式」と「欲望の時代の哲学2020」のために受信料を20年間払っても文句は言わないぜ。

さて、番組では「風の谷のナウシカ」の漫画版が取り上げられていた。

筋金無しの僕はジブリ大好きで映画版は何回も観ていたけど漫画版は読んだことがなかった。

再放送と観て早速、ヨドバシ・ドット・コムに注文したら大晦日の今日に届いた。

ヨドバシカメラ、凄すぎるぜ。

番組の主題は「ロゴスとピュシス」である。

言葉・論理と自然、と言い換えても概ね間違っていないだろう。

そして、ロゴスによって僕たちの先祖やナチスが犯した過ちと、今回の新型コロナを巡る混乱が結局は同じであることがよーく理解できた。

僕の2020年まで十数年の葛藤もよくよく考えれば「ロゴスとピュシス」の問題であったのかもしれない。

と、年末に大きなプレゼントをNHKから頂いて、クリスマスの虐殺みたいなロゴスメッセージも僕にとっては大きな気づきと次のステップに向けた後押しになっているらしい。

ということで、僕は開いていた僕の2021年の扉が今日さらに照らされたと感じているのです。

To be continued.


 正月はこれ!




2020年12月30日水曜日

住めば都はどこにあるのかしらん

 僕は東京の下町で生まれ育ち、そして実家を出た後も下町で暮らしている。

特に下町に思いが強いわけでもないし、祭りや町内会は苦手だ。

そんなこともあって東京下町以外の場所に住んでみたいのだけどどうもイメージが貧困だ。

テレビでに新潟県十日町市竹所集落の古民家再生を観ればそこに住みたくなるし、ふと思いついて検索してみると実はそこは移住で人気の場所だったりしてガクッとくる。

住まいを思い浮かべると再生古民家であったり平屋建てで大きなウッドデッキがあるスマートな家であったりと、これもなんだか雑誌やらテレビの影響をがっつり受けている気がする。

まあ、影響を受けているのは情報よりも場所に価値を見出し暮らしている人の芯の通ったライフスタイルなのだから、一番大切なのは「どこで」ではなく僕自身の価値観だ。

そのことはわかるようになってきたのだけど実践はなかなか難しい。

便利で楽なことに慣れてしまっているから、かもしれない。

例えばトイレが汲み取り式と聞いただけでもう、腰が引ける。

ムカデがでそうだなぁとか熊がいるかもとか雪がふかく寒さが厳しいとか、それだけで気が引けてしまうのだ。

自然豊かな場所への旅行で至れり尽くせりの素敵な宿に泊まるようなわけにはいかないのにね。

いま、一番大事だと考えているのは僕と僕の家族が自然と元気になる場所、ということである。

適度な刺激と快適な自然に僕たちがバランスよく出会える場所だ。

はてさて、そんな僕たちの住めば都はどこかにあるのだろうか。


見慣れ見飽きた風景



2020年12月29日火曜日

奇跡ってあるんだね

僕は今日の午後、僕の犬と散歩をしていた。

冬のこの時期は日が暮れるのが早い。

天気がよくても日が暮れると急に寒くなるので早めに散歩をするのだけど、帰り道は大概、日が沈む直前になる。

そんな時、僕は沈む夕陽を背景に犬の写真を撮っている。

今日は、公園を通るときがそんなタイミングだった。

公園には小さな池があってある時間になるとミストを出す演出が設定されている。

まさにそのタイミングで背景に沈む夕陽があったので犬の動画を撮りはじめた。

すると公園で遊んでいた幼い姉妹がミストで遊びに犬の背景に入ってきた。

結局、僕はその一連を撮影したのだけど、よく考えたら日が沈むこの時間にその場所に居ること、それが丁度ミストが出る時間であったこと、そこに子供がいたこと、子供が背景に入ってきたこと、その子供が手をかざしたこと、これが一緒になることはどう考えても奇跡だよね。

奇跡ってあるんだなぁ、と実感した年の瀬でした。


奇跡だ



2020年12月28日月曜日

ゴヒイキにする時間はどこにあるのかな

 ゴヒイキというサイトがある。

最近のサービスはなぜか、4文字以内のカタカナが多いのだけど、見ただけで何を伝えたいのかが分かりやすいよね。

さて、僕はこのサイトでみかんを買った。

とある犬猫サイトで繋がっている人がこのサイトでみかんを販売しているのだ。

僕はゴヒイキさんになったわけだ。

だからサイトを知って、そのみかん農家を知って、ゴヒイキさんになったわけじゃない。

ゴヒイキさんだからサイトでみかんを買ったのだ。

世の中にはいろいろなECサイトがあるけど、ECサイトのコンセプトに共感してアクションを起こす人はそれほど多くないのかもしれない。

登録してからやたら多くのメールが届くけど、もはやジャンクメールと化した。

多くの人は、やはり目的があって、それを達成する手段としてサイトを使うだろう。


もちろん、ネットで偶然出会って、ということもあるだろうけど、ネットスマホ社会は僕たちにそんな余裕を与えてくれないのが悩みのたねである。


大切なゴヒイキ


2020年12月27日日曜日

愛と金のコンツェルト(協奏曲)

僕が今の人と組織に関する仕事に就いてからいろいろな人との出会いがあった。

多くのいろいろな人、とね。

その人たちの特徴を恐れを知らずに二元論的に一言で語ってしまえば「愛の人と金の人」だ。

「金の人」と言ってしまうとちょっと印象がわるいかもしれないけど、ビジネスパーソンと言い換えると良いのかもしれない。

業績やビジネスモデルに一番の価値基準を置いている。

「愛の人」の特徴は、他者への貢献心が高く、強い学習意欲をもって、スキルを活かそうとする人たちだね。

もちろん、この2つでくっきりと分かれるわけではなくて状況によってどちらかの顔が出てくるのだけど、さあどっち?と決めるならこっちだね、と見分けることができるように思える。

まさにこれをご自身で語られた方がいらっしゃった。

ビジネスパーソンから愛の人になった方だ。

決めつけてはいけないこと、だけどね。

で、ね。先週一週間考えていたのは「愛と金」のことなのかもしれない。

僕は・・・愛の人のが好きで、自分もそうなりたいかは模索中です。

(月)あなたが肩入れしたメンバーは残っていますか?
で、ね。50代からは生殖課題の結果をリフレクションする時期なのだと思うよね。

(火)僕たちがもっと意識を集中すべきこと
だから、何に興味をもち誰と関わるのか、自らのビジョンをどう描くのか、に僕たちはたくさん気を遣うべきなのかもしれないね。

(水)ヒポクラテスの誓いにただ乗りしてはいけない
橋のライトアップをブルーにするのも良いけれど、感染者増加の状況を知り、言われなくても自らの行動を律することができなければ、僕たちは誓いにただ乗りしていることになってしまうのだろう。

(木)これからのクリスマス
といったことに注目しながら来年、再来年のクリスマスを見てみたいと思う、僕の今年のクリスマスなのである。

(金)コーヒールンバ♬
なんだか、より身近になったのかそれとも手が届きにくくなったのかよくわからない、愛のコーヒールンバだね。

(土)エコシステムとプラットフォーム
わかりやすく言うと「みんなハッピー」がエコシステムで「俺だけ超ハッピー」がプラットフォームなんだろうね。


金にまみれず愛は輝く


2020年12月26日土曜日

エコシステムとプラットフォーム

僕の理解では、エコシステムは生態系をイメージした相互依存的な循環モデルだ。

一方、プラットフォームは排他的で独占的なビジネス戦略である。

エコシステムの中には様々な価値観や役割があるけど、プラットフォームはデファクトスタンダードの獲得、つまり勝者の総取りってことだね。

ゲームであれば総取りほど嬉しいことはないし儲かることもない。

だから、プラットフォーマーでは総取りに向けた指標(例えばチャーンレート)が大切なのかもしれない。

一方で、総取りされた人は惨めなことになる。

さて、エコシステムに総取りの概念は無くて、それぞれが適切な貢献と固有の過程において適切な収益をあげる。

つまり循環における利潤の最大化がポイントだ。

わかりやすく言うと「みんなハッピー」がエコシステムで「俺だけ超ハッピー」がプラットフォームなんだろうね。


みんなハッピー?


2020年12月25日金曜日

コーヒールンバ♬

 家の近くにコーヒーのお店がある。

コーヒーの店といっても喫茶店やカフェではなく、色々なコーヒー豆を焙煎して挽いて売る店だ。

先日、テレビを見ていたら、今までは焙煎の機会は大きくて300万円以上していたのだけど、最近は小型化がすすんで、60万円くらいからあるらしい。

それによって、コーヒー豆を焙煎して売る店だけでなく、カフェなどでもお店で焙煎して提供する店が増えているのだそうな。

美味しいコーヒーを飲める機会が増えることは個人的に大変喜ばしい。

さて、僕が子供の頃はコーヒーは砂糖とミルク(的なもの)を入れて飲むものだった。

しかし、今は、砂糖とミルク(的なもの)の消費量はどんどん減っているらしい。

ブラックでコーヒー本来の香りを味を楽しむ人が増えたのだ。

また、僕の世代では美味しいコーヒーは苦みや深みがあるものだったけど、最近は、浅煎りで酸味があってフルーティ、より新鮮なコーヒー豆の味をたのしむ若者が多いらしい。

NHKの朝ドラで昭和初期の街並みに「ヒーコ」という看板が出ていたし戦時中の代用コーヒーなんていう話も出てきていたから世代ごとのコーヒー観って僕が思っているよりも違うのかもしれないね。

さて、この前、色々な豆を試す中でフルーティ(酸味がある)なものを選んだことがあるのだけど、家ではあまり好評じゃなかった。

やはりコーヒー観が違うのでしょう。

世界的にコーヒーの需要が増えていて(飲む国、飲む人が増えた)希少なコーヒー豆はだいぶ高騰しているらしい。

タイでは像に食べさせたコーヒー豆が1杯あたり7000円(35グラムで14000円)で流通していて富裕層に人気だそうだ。

なんだか、より身近になったのかそれとも手が届きにくくなったのかよくわからない、愛のコーヒールンバだね。


エスプレッソ ドッピオ





2020年12月24日木曜日

これからのクリスマス

今年もクリスマスイブが来た。

クリスマス自体はキリスト教徒のお祝いだから八百万の神派の自分には本来、関係ない。

日本全体でキリスト教徒は人口の1.1%だそうだから、これは僕だけの話ではないのだろう。

しかし、僕も含めて日本全体でメリークリスマスが飛び交い、色々なサンタクロースが行き交うのだ。

考えてみると不思議な現象だね。

八百万派にしてみれば、その中の1つなのかもしれないけどキリスト教などの一神教は多神教をずっと否定しているのだから本質的には受け入れられないはずである。

日本社会は多様性なのか、画一性なのかクリスマスを見るとよくわからない。


さて、この状況はこれからもずっと続くのだろうか。

単純に考えるとシナリオは3つだろう。

  1. 今の状況がずっと続く
  2. 今よりも盛り上がる
  3. 下火になってやがてキリスト教徒だけのお祝いになる
それぞれの背景を考えると、1は信仰よりも西洋文化のムーブメントとして国民の利益に叶う場合に成り立ちそうだ。

キリスト教徒が急激に増えれば2のシナリオになりそう。

一方で3に関しては一人ひとりがより厳密に宗教や信仰を考えるようになると迎えるシナリオだろう。

もしくは歴史を紐解くと権力と宗教の対立が発生すると下火になるのかもしれない。

先日のアメリカの大統領選挙などをみると宗教と権力の間には強い関係性があるように思えるから、そんな状況がやがて日本にも訪れるかもしれないね。

といったことに注目しながら来年、再来年のクリスマスを見てみたいと思う、僕の今年のクリスマスなのである。


これからどうなる?



2020年12月23日水曜日

ヒポクラテスの誓いにただ乗りしてはいけない

医師の任務や倫理について説かれた「ヒポクラテスの誓い」というのがあるそうだ。

人の生死に深くかかわることになる医師はどのような誓いをもって仕事に向き合うべきか、とても重要なことだと思う。

医師ほど生命に対して重責を負っている職業は無いから「ヒポクラテスの誓い」自体を行うかはともかくとして、そこに記された任務や倫理は僕たちにとって暗黙の期待であるように感じられるし、実際に医療を受ける際、期待に応えてくれる医師の方々には感謝しかない。

特に今回の新型コロナウイルスでは、医療現場は、新型コロナウイルスへの対応とその他の通常医療の停滞、それらから生じる組織運営の困難さと病院経営の圧迫などなど、とても大きな困難に直面している。

さて、医療関係者への感謝があちこちで示されニュースになったけどGO TOが始まってから、なんだか巷の雰囲気が変わってしまったように感じる。

それは僕だけなのだろうか。

橋のライトアップをブルーにするのも良いけれど、感染者増加の状況を知り、言われなくても自らの行動を律することができなければ、僕たちは誓いにただ乗りしていることになってしまうのだろう。


気をつけましょう


2020年12月22日火曜日

僕たちがもっと意識を集中すべきこと

 僕たちは生まれた時に成長の設計図を持っている。

でもその設計図は概ねであって、僕たちの細部は作り上げられる途中で必要に応じて実装されていくらしい。

置かれた場所で咲くようになり、強みが活きる場所では強みが強化され、気が合うことや他人とつながりる場で解像度があがり、自らの完成形が描かれれば(ビジョン)それに向かう。

大事なのは置かれた場所、強み、気が合うことや他人、自らのビジョンのいずれだろうか。

この4つは排他的な関係性ではないからすべてが大事としても、どれか1つとしても、きっと間違いではない。

生来の設計図とこの4つが揃っていると「歴史的な人物」となる可能性が高まるのかもしれないね。

人類にとってプラスかマイナスかは別としてね。

一方で、置かれた場所と強みは本人のコントロールが難しいのに対して、気が合うことや他人と自らのビジョンは自律的に統制ができるものだ。

だから、何に興味をもち誰と関わるのか、自らのビジョンをどう描くのか、に僕たちはたくさん気を遣うべきなのかもしれないね。


全集中



2020年12月21日月曜日

あなたが肩入れしたメンバーは残っていますか?

発達心理学にはエリクソンの発達課題という有名な理論がある。

成長段階において獲得される発達を体系化したものだね。

もちろん、これは全体傾向のことで個別の発達は別だ。

個人的に課題を達成した、しない、と社会的な評価は別問題だろう。

ちなみに、発達課題は以下のようになっている。

0歳~2歳(乳児期) 基本的信頼感 vs 不信感
2歳~4歳(幼児前期) 自律性 vs 恥、疑惑
4歳~5歳(幼児期後期) 積極性 vs 罪悪感
5歳~12歳(児童期) 勤勉性 vs 劣等感
13歳~19歳(青年期) 同一性 vs 同一性の拡散
20歳~39歳(初期青年期) 親密性 vs 孤独
40歳~64歳(青年期) 生殖 vs 自己吸収
65歳~(成熟期) 自己統合 vs 絶望

さて、この発達課題で40歳から64歳は生殖、つまり後輩や子供のためになすべきことを決めるか否かが達成対象となる。

今日の産業組織であれば、40歳を過ぎるとマネジャーにならなくても後継育成に関わることになるし、家庭においては子育ての渦中にある時期だよね。

一方で、育成とか子育てには、その結果が5年後、10年後にならないとわからないという特徴がある。

なすべきことを決めても、その時にはなせたかわからないのだ。

その課題が5年後、10年後に達成できたのか知っても5年前、10年前に戻ることは出来ないよね。

だから静かに受け入れてその次の発達課題、自己統合に向き合うしかない。

会社で言えば、40代の頃の部下が50代になったときどうなったのか、だろう。

成果を出せずに転職していればなすべきことをなせたとは言えない。

やたら肩入れして重用した社員が会社に残っているのか、それは紛れもない事実として突きつけられる結果である。

で、ね。50代からは生殖課題の結果をリフレクションする時期なのだと思うよね。


そこに残るもの




2020年12月20日日曜日

身の回りの小さな世界に潜む意味

先週、僕が書いたブログを振り返ると「身の回りに広がる世界の事実」という意味が見えてきた。

身の回りのことから書くことが多かったのだね。

当たり前に受けている健康診断、目新しいといわれるお試し転職、ソーシャルのありよう、重さのなぜ、しなやかさを欠く世界、昆虫よりもリアルをしらないかも、と身の回りに広がる世界を自分の見聞きしたままでなくすこしだけ問いを起こしてみる。

研究テーマを掲げて科学し探求することは楽しいけど、身の回りの小さな世界に潜む意味から僕たちのバイアスを考えることも面白いよね。


(月)健康診断はバリウムの我慢大会
バリウムとそのあとの下剤だけでなく、いずれにしても「どう、我慢するか」なのだろうけど、健康診断ってそんなものなのかな、と我思うのである。

(火)お試し転職、アーユーレディー?
で、ね。お試し転職を目新しくとらえるのも良いけど、この悲しい事実に目を向けるべきなのかもしれないね。

(水)ソーシャルとプライバシーの境目
何事も事なかれ、でもいいけど、ネットワーク時代では時代遅れなのかもしれないよ。

(木)モノにはなぜ重さがあるのか
だから、これからの未来、例えそこに正当化される理由があったとしても自由な発想が弾圧されるようなことは決してあってはいけないと僕は信じている。

(金)跳ぶ前に屈むしなやかさを失わない
屈むことは決して楽で快適なことではないかもしれないけどその大切さを忘れてはいけないのだろう。

(土)本当は知らないリアルな世界
ひょっとしたら複眼を持つ昆虫は僕たちよりずっとリアルな世界を知っているのだと考えると、何だか不思議な気分だね。


なぜ?その意味は?


2020年12月19日土曜日

本当は知らないリアルな世界

昆虫には複眼という目を持つ種類がいる。

たくさんの眼があつまって目を構成しているのだけどどのように見えるのだろうか。

想像することしかできないけど、それぞれの眼が別々に焦点を合わせられた頭の中にリアルな世界を構築することができそうだ。

残念ながら僕たちに複眼はないから1つ1つの物事に焦点を合わせて世界を想像することしかできない。

それでも上手く生き延びているのだけど、おかげで僕たちは想像した世界がリアルな世界だとずっと勘違いしているのかもしれない。

ひょっとしたら複眼を持つ昆虫は僕たちよりずっとリアルな世界を知っているのだと考えると、何だか不思議な気分だね。


複眼とはちょっと違うかも



2020年12月18日金曜日

跳ぶ前に屈むしなやかさを失わない

気難かしくなってきたのを

友人のせいにはするな

しなやかさを失ったのはどちらだ  「自分の感受性くらい」茨木のり子 より

本棚から手に取った一冊の本から言葉が刺さる。

伊藤穣一が語る「イノヴェイションの民主化」による破壊的変化に応じるための9つの原則 で「しなやかさ」は1つ目の原則に出てくるキーワードだ。(その他の原則も超重要だね)

  1. 強さではなくしなやかさを持つこと。つまり、失敗に抵抗しようとするのではなく、失敗を認め、受け入れた上で、そこから跳ね上がっていくこと。

しなやかさを失う、つまり気難しくなると破壊的変化に応じることは出来ないわけだね。

屈むことは決して楽で快適なことではないかもしれないけどその大切さを忘れてはいけないのだろう。


跳ぶまえに屈む




2020年12月17日木曜日

モノにはなぜ重さがあるのか

 僕の犬は食べることが大好きだ。

そもそも犬は食い溜め習性があるらしく、食べられるときには必要以上に食べてしまうのだ。

でもそうすると太ってしまう。

肥満になると散歩も嫌がるようになって余計太る、という悪循環に入り、寿命を縮めることになる。

だから、犬に与える食べ物はしっかりと重さを測って適切な量を与えている。


ところで、僕たちの日常ではモノに重さがあるのは当たり前だ。

重さがあることで僕たちの生活は成り立っている。

しかし、物理学では「モノになぜ重さがあるのか」が長いこと説明できなかったらしい。

その後、重さが生まれる理由はノーベル賞物理学者の南部陽一郎が設計図と実際の違いにおける「自発的対称性の破れ」によって説明し、今はそれが定説となっているのだそうだ。

南部は常に人が考えないことを考える、いわば孤高の思索家です。ローマ大学名誉教授ジョバンニ・ヨナラシニオ

自由に発想することが南部博士の真骨頂だったそうだけど、それが無ければ本質を解き明かすことは出来なかった。

旧ソ連や中国では過去に自由な発想を政治的主義によって弾圧し、それによって多くの科学者や文化人がこの世を去った。

悲劇、惨劇で人類にとって大損失以外のなにものでもない。

トランプ大統領も弾圧する人だね。

僕たちは当たり前に重さの恩恵を受けて日々を送っているけど、悲劇や惨劇にあっていたらモノにはなぜ重さがあるのか、今でもわからなかったのかもしれない。

それでも生活はできるのかもしれないけどそこに未来はない。

状況は悪化し僕たちは宇宙船地球号の中で窒息していくのだ。

だから、これからの未来、例えそこに正当化される理由があったとしても自由な発想が弾圧されるようなことは決してあってはいけないと僕は信じている。


重さがある幸せ




2020年12月16日水曜日

ソーシャルとプライバシーの境目

 色々なソーシャルネットワークサービスでは公開範囲が設定できるようになっている。

グローバル社会に発信するのか個人のメモとするのかを本人がコントロールできるようになっているのだね。

僕は、この社会と個人の境目は本人のコントロールではないと考えている。

SNSでは「バスる」と「炎上する」といった言葉が使われるけど、僕はそれは同じことでいずれもソーシャルな話題になった瞬間なのだと思うのだ。

同じだから、炎上商法も成立するのではないかな。


要は、ことSNSにおいては社会と個人の境目は神のみぞ知る、ということだね。

悲しいことに、個人ごとなのに社会を意識しすぎる自意識過剰も少なくない。

逆は自己認識が足りないバカッターだね。


何事も事なかれ、でもいいけど、ネットワーク時代では時代遅れなのかもしれないよ。


ほら、境目なんて雲みたいなもの


2020年12月15日火曜日

お試し転職、アーユーレディー?

コロナ禍でお試し転職が注目されているらしい。

会社に勤めながら転職先をお試しで働くことらしい。

これ、新しい転職方法なのだそうだけど、銀行は以前から54歳で出向する際に本籍を銀行に残せばいつでも帰ってこれる(また別の先に出向する)仕組みらしいから、新しいかどうかは議論があるかもしれないね。

ちなみに企業には出口問題というのが以前からあって、要は、大量に新卒採用をすれば、将来的にポストが足りなくなって人事が困ることは自明の理なのだね。

あまり表立って取り上げられないけど人材の代謝という議論があるのだ。

ただ、この代謝は「会社で働き続けたいと思う人」が対象なのだと思う。

自ら退社する人には別の議論があるからね。

しかし、代謝と退社、漢字は異なるけどなぜか音は一緒だなぁ。

さて、コロナ禍で注目されるお試し転職は、どちらかというと代謝が背景に潜んでいる。

辞めてもらっても仕方ない、という文脈がないと在籍する企業は容認できないよね。

潜在能力での採用が主流の日本企業では、採用後に「思ったような成果を出せない」ケースは少なくない。

したがって人材に関しては常に不足で常に過剰なのだ。

とても悲しいことだね。

で、ね。お試し転職を目新しくとらえるのも良いけど、この悲しい事実に目を向けるべきなのかもしれないね。


冬の空


2020年12月14日月曜日

健康診断はバリウムの我慢大会

 今日は会社の健康診断だった。

新型コロナウイルス禍でもクリニックは相変わらず混雑していた。

実施内容も肺活量の測定以外は変わらないらしい。

僕が健康診断で最も憂鬱なのが胃のレントゲンを撮る際につかうバリウムを飲むことと排出するための下剤である。

僕はものを一気に飲み込むことがそれほど苦ではない。

だから、バリウムが飲めずに困ったことはないのだけど発泡剤でゲップが出るのを抑えるのと逆さまになってぐるぐる回るのは楽ではない。

社会人になってから毎年、健康診断は行っているのでもう、30回はバリウムを飲んだことになる。

そして、飲んだバリウムを出すために下剤を飲むのだけど、僕には潰瘍性大腸炎という持病があるので腸への負担はきっと普通の人より神経質だ。

飲むにしても写すにしても出すにしてもバリウムはがまん大会みたいなものである。


さて、昨年から特定の病気がある人は医師と相談のうえ胃のレントゲンを撮るようになったらしい。

これまでそんなことは無かったので思わず、これまで一度も聞かれたことがないのだけど・・・と医師に言ってしまった。

個人的にはずっと、腸には絶対に良くないと思っていたのだけど聞かれたことは無かったからね。

昨年は、飲まずに済むならばそれに越したことは無いと思い喜んで見送ったのだけど、胃がんも怖いので今年は受けることにした。

医師からは年齢的にも内視鏡という選択肢がおすすめされたものの、以前、内視鏡でバリウムより苦しかったトラウマがあって「はい、そうします」とも言い難い。

結局、今回は2年ぶりのバリウム(+下剤)我慢大会に参加した。

「上むいて」「下むいて」「左回りに一周」「滑って」「下がって」「息止めて」・・・

バリウムとそのあとの下剤だけでなく、いずれにしても「どう、我慢するか」なのだろうけど、健康診断ってそんなものなのかな、と我思うのである。


じっと。


2020年12月13日日曜日

あたりまえのことを考えている日曜夜

未来は間違いなくある。

しかし決定論的な未来は無い。

それぞれが描く未来は皆、異なっていて時にそれは相反するもんだからね。

決めたくても決められない、それが未来なのかもしれないね。

だから決まっていない未来にとらわれる必要はないのだろうけど、小学校の卒業論文に書いた将来の夢を実現するように、未来をなりゆきに任せる必要もない。

結果はどうであれ、今の僕たちの先に未来があるのだ。

と、先週のブログに関してすごく当たり前のまとめを書いているのだけど、将来に対して悲観的になるときって良くない未来が決まっているとか、誰かが邪魔をしているとか考えがちだよね。

逆にそうならない人の意識とか行動は他人に惑わされたり迷ったりすることが少ない。

僕なんぞはそれらの人たちの足元にも及ばないけど少しでも近づきたいなぁ。

 (月)使う人の身になる難しさ
どこかに「仕方ないけどこれは便利だ」と必然性を感じてもらうことが大切なのかもしれないね。

(火)今日はレノンズデー
ひょっとしたら、これからも社会が困難に陥るたびにイマジンは歌われるのかもしれないけど、残念ながら、現代社会の分断や格差、宗教的対立、覇権主義の台頭はイマジンのビジョンとかけ離れていくように思えてしまうね。

(水)車のミライ、社会の未来
そのころガラパゴスの絶滅危惧種のようにキューバの街に50年代の車は走っているのだろうか。

(木)「閉ざす」心地よさに費やすエネルギー
で、ね。そのエネルギーをチームのために使えばより良い結果が得られることは間違いないと思うよね。

(金)在宅ワークで見えてくる仕事ごみの本質
で、ね。在宅ワークで見えてくる仕事ごみとは、将来の裏返しなんだろうね。

(土)副業に潜む試練
で、ね。人生がマルチステージ化するということは、主義によって見え方が異なるという問題を今まで以上に個人が受け入れて考え適応しなくてはならない試練なのかもしれないよね。


それでも未来はやってくる


2020年12月12日土曜日

副業に潜む試練

 今日は法政大学石山ゼミの越境オープンラボに参加して「副業」について考えた。

ここ数年、副業の議論が徐々に増えていた中、今回の新型コロナウイルス感染によって議論が加速した感じが僕はしている。

本業と副業の議論は、僕は社会が変化し人生がマルチステージに移行する中で、現在そしてこれから見込まれる具体的問題にどう向き合って解決するのかということだと思っている。

そして「具体的問題」には「個人の具体的問題」「組織の具体的問題」「社会の具体的問題」があって、問題解決に向き合う人の視線が必ずしも一致しない。

言い換えれば、マルチステージ化は個人重視なのか、会社重視なのか、社会重視なのか主義が異なることによって見え方が違うのだろう。

で、ね。人生がマルチステージ化するということは、主義によって見え方が異なるという問題を今まで以上に個人が受け入れて考え適応しなくてはならない試練なのかもしれないよね。



副菜のマーボー豆腐がめっちゃ美味い


2020年12月11日金曜日

在宅ワークで見えてくる仕事ごみの本質

 在宅ワークでゴミが増えているらしい。

清掃作業者の人たちも感染予防をしながらの作業はさぞかし大変だろう。

本当に頭が下がります。

ありがとうございます。

さて、僕の住む街では事業所が多いので明け方にたくさんの収集業者の清掃車が走り回っている。

生活ごみだけでなく事業ごみ、つまり仕事ごみもたくさんあることの証なのかもしれない。

ごみとは「使って役に立たなくなった紙くずや食物のくず、その他の廃棄物。」であるそうなのでとっておいてもそのままでは役に立たないものたちである。

だから、捨ててよいものだ。

最近は、紙くずや食物のくずだけでなく、情報のくずなどもある。

録画したけど見ない番組とかね。

でも、実際はごみなのに「将来役に立ちそう」「いつか見よう」とか考えてしまうとごみと思えなくなってしまう。

僕たちにとって、将来の価値や行動を予測するのは難しいことなのだ。

で、ね。在宅ワークで見えてくる仕事ごみとは、将来の裏返しなんだろうね。


散り際の役立ち



2020年12月10日木曜日

「閉ざす」心地よさに費やすエネルギー

 グーグルが「成功するチームには心理的安全性がある」と発表したのは2015年だった。

僕はグーグルがITの最先端を進んでいる組織であることが大きいように思えるのだけど確かに挑戦と安全・安心はセットであることが望ましいだろう。

さて、グーグルと異なるほとんどの普通の組織ではチームの中に心理的安全性だけでは解決できない困難があるのかもしれない。

僕がそう思うのは能力不足、過剰反応、好き嫌い、自己顕示、学習拒否などだね。

求められるアウトプットが出せない、極端にポジやネガな意見に流される、問題や課題でなく「人」に目が向く、人の意見や考えを受け入れない、我が道を行き学びあうことを拒む、といった感じである。

これらはマネジメントで解決するものだけど、マネジャー自身も問題を抱えているケースが少なくないのかもしれない。

それがチームの心理的安全性を損なうのだ、と言えばその通りだろうけどね。


僕はかつて、会議に腕を組んで目を閉じて口をつぐんで参加したことがあった。

目的は、その時僕が何を感じるのかを知ることだったけど「閉ざす態度」は自己世界に浸れて案外気持ち良かったことと、かなり意識的にエネルギーを使う必要があることがわかった。

で、ね。そのエネルギーをチームのために使えばより良い結果が得られることは間違いないと思うよね。


閉ざすエネルギー





2020年12月9日水曜日

車のミライ、社会の未来

キューバでは1950年代の車が今でも現役で走っているらしい。

アメリカとの国交が断絶して新型の車は一切、入ってこなくなり、古い車を修繕しながら使い続けているのだそうだ。

今ではそれが観光資源になっていてなんだか不思議だよね。

日本でもボンネットバスが観光資源になっていることと同じなのかもしれない。

さて、先日、街を歩いていたら見慣れない都バスが走っていた。

燃料電池バスである。

トヨタも市販向けの燃料電池自動車を発表した。

どうやら2030年を境に、ガソリン車は絶滅種になるらしい。

自動運転も普及したらドライバーもいずれ絶滅種になるのかもしれない。

そのころガラパゴスの絶滅危惧種のようにキューバの街に50年代の車は走っているのだろうか。


残っているのか


2020年12月8日火曜日

今日はレノンズデー

 ニュース番組にジョン・レノンの子供が出ていた。

WOWOWではジョン・レノンの映画を続けて放送している。

ああ、そうだ。

今日は、40年前にジョン・レノンが亡くなった日だ。

日本にとってみれば真珠湾攻撃の方が生活に大きな影響を与えただろうけど、40年という節目のせいか、今日は#レノンズデー である。

今回の新型コロナウイルスで春先に著名な俳優や歌手がリレーでイマジンを歌う動画が話題になったことも思い起こされる。

イマジンで伝えられるジョン・レノンのビジョンについては自らも「僕は夢想家と言われるかもしれない」と歌詞に綴られているけど、「僕は一人じゃない、だから、君もいつの日か僕らといっしょになってほしいな」と結んで聴く人に社会的な困難への向き合い方を語りかける。

ひょっとしたら、これからも社会が困難に陥るたびにイマジンは歌われるのかもしれないけど、残念ながら、現代社会の分断や格差、宗教的対立、覇権主義の台頭はイマジンのビジョンとかけ離れていくように思えてしまうね。


Imagine



2020年12月7日月曜日

使う人の身になる難しさ

 UIとかUXという視点、方法論がある。

要するに、使う人の身になって考えよう、ということだと僕は考えている。

例えば、パソコンを使いこなす人はショートカットキーと呼ばれる、いちいちマウスでメニューをクリックしなくても用が足りる機能を駆使して目的を達成する。

一方で、パソコンが苦手な人にとってショートカットキーへの道のりは遠く、その仕組みを覚えなくても済む使い勝手が必要だ。

そして上手に使えれば、パソコン経験が豊かなものになって利用者の心をがっちり捕らえることができる。

一時、WYSIWYG (What You See Is What You Get(見たままが得られる)という言葉が流行ったけど、Appleはこれで今の地位を築いたとも言えるだろう。

でもAppleのパソコンにはショートカットキーが実装されている。

使う人の幅が広いのだ。


「使う人の身になる」の次に「誰に使って欲しいのか」があるわけだ。

で、ビジネスとしては出来るだけ多くの人に使って欲しいから利用者調査、ペルソナ(ユーザー仮設)、検証を繰り返して帰納的に結論を導くのだけど利用者って案外、自分が本当に便利だと思うことを知らないのだよね。

特に、今日のようにサービス過剰で「もう欲しくない」と感じている時代においてはなおさらだ。

どこかに「仕方ないけどこれは便利だ」と必然性を感じてもらうことが大切なのかもしれないね。


兎に角満足すればOK


2020年12月6日日曜日

いちばんたいせつなことは目に見えない

 サン=テグジュペリの小説、星の王子様には「いちばんたいせつなことは目に見えない」という有名な一節があるのだけど、先週はまさにそんな感じだった。

因子も変わり続けることも犬の求めも適材適所もバブルも人格も実は目に見えない。

だからこれら全て、心で見なくてはならないものなのだ。


(月)「因子分析」からの発見は楽しい
「因子分析」はそれを教えてくれるように思えるのだ。

(火)変わり続ける僕たち
で、ね。僕たちは変わり続ける存在だからこそ、変わらないものやことに対して、究極的な価値や神性を抱き、そして安心を得るのかもしれないね。

(水)シカトしてんじゃないわん
ドッグトレーナーの人たちはどうやってピシッと躾けるのかなぁ。

(木)適材適所は多次元で解く問題だ
だから、適材適所は1次元の結果でなく多次元で常に考える問題なのだ。

(金)バブルじゃないの?
で、ね。シンプルに考えればやはり現在はバブルでありそのうち弾けてしまうのではないだろうか、と思うのだよね。

(土)品格と人格の悲しい違い
その出来事を通じて思ったのは、品格(他者から自分がどうみらているか)はあっても人格(自分は他者の求めに対してどうあるべきなのか)は別物なのかもしれない、ということで、それはひょっとしたら悲しい気づきだったのかもしれないね。


心で見る


2020年12月5日土曜日

品格と人格の悲しい違い

 今日の昼前、僕は近所の肉屋さんに買い物に行った。

この店、街中にある老舗だけれど俗にいう肉屋という趣ではない。

でも、品質は最高で価格は品質にしてはリーズナブルなのだ。

わかりやすく表現すれば、スーパーより価格は3割高いけど、味は10割上を行く。

こんな店が近所にあることは幸せだよね。

そんな店だから冷たい雨の土曜の昼間でも行列が出来ていた。


さて、僕の後ろに並んだご婦人はこのご時世にも関わらずやたら近づいてくる。

僕も最初はちらちら振り返りながら我慢していたのだけど、あまりにも近いのでついに「ちょっと下がってもらえませんか」と言ってしまった。

2メートル離れなくてもいいけど、離れる意識は必要だと思うからだ。

上品なご婦人(おそらく70歳ちょっと)は慌てて足元の印(店が設置した足跡)に位置を変えたのだけど、そこは本来、僕の位置です。

領域侵犯は国と国なら戦争になりかねないね。

僕は残念だけど、改めて、距離をとって欲しいと伝えることになった。


そのご婦人は身なりも、そして人に対する態度もとても品があると思った。

品格で評価すれば間違いなく上位だ。

僕が何を言っても逆切れして殴られることなど120%あり得ない素敵なご婦人、だから言えるのだ。

でも、この状況で僕が感じていることには気づけない、つまり、人格としては、本当に必要なことは見えていないように思えた。

その出来事を通じて思ったのは、品格(他者から自分がどうみらているか)はあっても人格(自分は他者の求めに対してどうあるべきなのか)は別物なのかもしれない、ということで、それはひょっとしたら悲しい気づきだったのかもしれないね。

いただきます


2020年12月4日金曜日

バブルじゃないの?

 僕は1990年過ぎのバブル崩壊の一部始終を見ていた。

企業の業績が低迷する中で資金需要が低迷し余ったお金が不動産や株式市場に流れ込んでいたのだ。

サラリーマン夫婦がアパート経営に乗り出して1億円借金するのも珍しくなかった。

アパート経営など事業用不動産に融資をする際は収益還元できるか、がポイントなのだけど、ほぼ空き室なし、毎年家賃が上がるという夢のような未来を描き、万が一の時でも「土地の価格があがるから回収に懸念なし」と貸出稟議書に良く書いたものだ。

まさに実態経済にそぐわない投資の過熱が起きて、そして弾けた。

バブルが崩壊したとき僕はすでに銀行に居なかったけど、そのあと10年は悲惨な状況だったよね。

さて、新型コロナウイルスの感染拡大により企業業績が悪化している。

それなのに株価は29年ぶりに高騰し、不動産も活況らしい。

13年前に4500万円のマンションが8100万円とかね。

それ以外にも倒産した高級車のカーシェアを行う会社に対して車を提供していたオーナーが実際に車を見ていないという話もあった。

なんだか匂いがバブル崩壊前夜に似ている気がするのだ。

で、ね。シンプルに考えればやはり現在はバブルでありそのうち弾けてしまうのではないだろうか、と思うのだよね。


泡沫



2020年12月3日木曜日

適材適所は多次元で解く問題だ

数学には「ポアンカレ予想」という難問があるらしい。

宇宙はどんな形をしているのか、という問いに対する予測である。

この予測、2002、3年にペレルマンという学者によって証明されたそうだ。

僕はこの話をNHKの番組で観たのだけど、その中で説明に用いられたジェットコースターの話はとても分かりやすかった。

ジェットコースターの影は絡み合っていてとてもコースターが走れるとは思えないけど、3次元(実際)のコースターはぶつかることなく走っている。

この話を観て思ったのは、例えば、「適材適所」の結論は1次元(合う、合わない)で語られるけど実際には、性格、能力、仕事内容、仕事環境、上司、目的など多次元の世界で成立している。

 ただ、無限に多次元かといえば、そんなこともなく限られていて、それは、「サーストンの幾何化予想…三次元多様体は一様な幾何構想の断片に分解できるだろう」に似てるとも言えない。

有限な数が無限に複雑な形を造る

まさに、これだよね。

だから、適材適所は1次元の結果でなく多次元で常に考える問題なのだ。


見えてい以上に多次元




2020年12月2日水曜日

シカトしてんじゃないわん

 犬と暮らしていて上手くいくときもあれば、そうでないときもある。

一緒に暮らす月日が経つにつれてだいぶ上手くいくようになってきたけど、それでも、トイレでない場所でおしっこをしてしまったり、散歩で落ちているものを口にしてしまったり、ヤマトや佐川の荷物運搬に吠え掛かったりと上手くないことがある。

そして、その場面で叱ってもなかなか止めようとしない。

むしろ、怒りの感情は通じるが叱ると興奮して余計上手くいかなくなる。

人もそうだけど、犬だって叱られるのはやはり嫌なのだろうね。

しつけの本には、社会性が高い犬は無視をするのが一番堪え覚えると書いてあるので、ぐっと怒りを押し殺して無視をしようと思うけど、じつはこれが案外難しい。

無視をしたらしたで、「なんで無視するんだよ」とばかりに普段と違う唸り声をあげてくる。

それはそれで可愛いくて、つい笑顔になってかまってしまうのだ。

また、叱るより上手くできた時にご褒美をあげる方が効果的なこともわかっているのだけど、時に我慢して欲しいことも少なくない。

ドッグトレーナーの人たちはどうやってピシッと躾けるのかなぁ。


親バカさん




2020年12月1日火曜日

変わり続ける僕たち

 人体の細胞更新速度 なるサイトがあった。

URLを見るとどうもグーグルのサイトのようだ。

これを見ると骨の更新が一番遅く、2年半(高齢前の成人)で細胞が全部入れ替わるらしい。

つまり2年半前の僕と今日の僕は細胞においては別人ということだね。

このブログは7年半続いているのでその間に僕の全細胞は3回は入れ替わったことになる。

だから以前の記事を読み返したとき「あれ?こんなこと書いている」と感じるのも不思議ではないのかもしれない。

脳は骨よりも早く、1年半で入れ替わっているのだから。

さて、それに比べると僕たちの人格を構成する性格特性、価値観信念、行動傾向などは比較的に安定している。

しかし、研究結果から年齢とともにそれらが変化していることが確認されている。

確かに、肉体は発育や老化をしていくのに、人格はずっと変わらないというのはどうもおかしい。

骨格は基本的な構造と役割は変わらないけど形や強度がかわる。

人格も同様に個人であることは変わらないけど在り様はかわるのだ。

で、ね。僕たちは変わり続ける存在だからこそ、変わらないものやことに対して、究極的な価値や神性を抱き、そして安心を得るのかもしれないね。


毎日変わっている


2020年11月30日月曜日

「因子分析」からの発見は楽しい

僕はデータを因子分析して新たな意味を見出すことが好きだ。

 ツールを使うと一見、雑然としたデータがそれはまるで誰かが意図したかのように再構成される。

そして再構成されたデータは何かを語りかけてくる。

その何か、を解き明かすことは決して簡単でないのだけど必ず意味がある。

生み出されたデータに込められている本当の意味だ。

パズルみたいだけど実際には誰も意図していないところが不思議である。

ツールは意味とは無関係な計算式だからね。

仕掛けはあるけど種は無い手品と言ったら言い過ぎかな。

僕たちの世界は、一見、雑然としているけど本当の意味が隠されている。

「因子分析」はそれを教えてくれるように思えるのだ。


意味のあふれた世界へ



2020年11月29日日曜日

社会と自分が交差するパラダイムシフト

いよいよ11月も終わり、今年もあと残すところ一か月となった。

僕のこれまでの人生の中で今年は万博のあった1970年、W杯のあった2002年と同様に新型コロナウイルスの2020年と記憶に残ると年になりそうだ。

これらの共通点はプライベートというより社会における大きな出来事と自分の人生の出来事が交差している年なんだよね。

それは、自我、自律、自由の3つの自である、とも言えるかもしれない。

世の喧騒の中で、幼いながらに自分を感じ、裸一貫となって自分を見つめ、人生の仕上げになすべきことを定める。

社会的にも個人としても大きな出来事はこれまでもあったのだけど、なぜか、この3つは自分も社会もパラダイムが変わった気がするのだ。

 (月)勤労感謝しあったことを振り返る日
あらわし方でなく、まずは心の在り様を、ね。

(火)ボトルの中のリアリティショックというメッセージ
ボトルに入ったメッセージ、これは僕が生涯取り組む課題の1つだね。

(水)6秒間の自分から対話に続くThe Long and Winding Road.
僕には湧き上がる6秒間の感情からそこに至るまでの道のりは遠く曲がりくねっていると感じるけどね。

(木)成長する人の成長のしかた
すくなくとも1のマインドセットが出来ず、成長を感じられない人に比べれば雲泥の差があるからね。

(金)群れない美学
で、ね。「孤独とは言い換えりや自由」は社会の枠とは何かを問うていて、僕がこれまで仕事で演繹的にも帰納的にも向き合ってきた一番大きなテーマ「個と組織」における「個」の在り様を本当に良く表している曲だと思うんだよね。

(土)人はなぜ事実から目を背けるのだろうか
で、ね。事実を聞いても「そうは言っても」「でも本当は」と前提を変えないのは教育の問題だけじゃないよね。


流れが交差する場所


2020年11月28日土曜日

人はなぜ事実から目を背けるのだろうか

 事実を知る術がない時、僕たちは想像力を働かせて尤もらしい世界を作り出す。

例えば、天動説がそうだろう。

でも、その後、科学によりいろいろな事実が観測されて天動説は否定された。

しかし今回のアメリカ大統領選挙のように人が事実を受け入れようとしないことは珍しくない。

それも、「全く受け入れない」から「一部を受け入れない」まで幅広い。

僕はそこに「価値観の刷り込み」と「保存し持続させる能力」の掛け合わせがあるのではないかと思う。

「価値観の刷り込み」は家庭や学校などにおける教育の効果だろう。

そして僕は「保存し持続させる能力」はDNAなどの種を存続させる仕組みに由来しているのかもしれないと思った。

能力が強い人は性格特性として認識される。

だから、「価値観の刷り込み」は罪深いけど、「保存し持続させる能力」は根深いと感じるのだろう。

で、ね。事実を聞いても「そうは言っても」「でも本当は」と前提を変えないのは教育の問題だけじゃないよね。


保存し持続させる





2020年11月27日金曜日

群れない美学

悴むだ命でこそ
成し遂げた結果が全て
孤独とは言い換えりや自由
黙って遠くへ行こう

獣行く細道 椎名林檎 より

椎名林檎さんの歌詞はちょっと古い言い回しの中にエッジが効いてい、て一度耳にしたらまたじっくりと歌詞を聞きたくなる。

ここ数年、NHKの紅白歌合戦で見せるパフォーマンスは抜群だ。

その中に宮本浩次さんとのデュエットする冒頭の曲がある。

さて、この歌詞には群れない生命の美学が潜んでいるように思える。

僕たちが「群れる」のは生存戦略だ。

カントは自由意志を社会全体における「意志の調整の最適化」とした。

群れる僕たちは自分の自由意志を「人の迷惑顧みず好きなことをする自由」ではないと釘を刺した。

要するに「群れの中の自由」には社会の枠という前提があるのだ。

で、ね。「孤独とは言い換えりや自由」は社会の枠とは何かを問うていて、僕がこれまで仕事で演繹的にも帰納的にも向き合ってきた一番大きなテーマ「個と組織」における「個」の在り様を本当に良く表している曲だと思うんだよね。


犬行く細道


2020年11月26日木曜日

成長する人の成長のしかた

 これはあくまでも僕の経験なのだけど「成長したなぁ」と感じる人には基本的な特性と成長の実感にいたる段階的な変化があるように思える。

まとめると以下の5ステップだ。

  1. 正対 素直に聞いて時間など基本的な約束を正しく守る
  2. 思索 答えも行動も足りないけど自分なりに謙虚に受け止め考える
  3. 対処 基礎的な要求に適切に応じて他者の信頼を得る
  4. 挑戦 稚拙ながら工夫をして問題の解決や局面の打開に挑む
  5. 打開 自律して局面を突破し世の中に貢献する
5まで行くと、もう目を細めて「うん、うん」と頷いてしまうよね。

さて、1は他者に成長を実感させるための前提だろう。

これが出来ないと3が達成できない。

だから僕は1が「マインドセット」なのだと思う。

1は、先天的に備わっている場合と後天的に獲得する場合がある。

先天的に備えている人はラッキーで少数だろう。

多くは、ナチュラルパワーで壁にぶち当たった際に後天的に基本の大切さを努力して獲得するものだ。

要するに「学びの姿勢」を持つことだと僕は考えている。

素直に聞けない、約束が守れない、指摘されると面白くない、ピンとこない、そういう素の自分が、様々な経験を通じて素直に聞く、約束をちゃんと守る、指摘を受け入れ自らを正す自分に変われることかもしれない。

先天的に持っていない人は、努力を怠ると元の木阿弥になる、そんな人は時に言動が不一致になりがちだ。

言うことはもっともだけど、やってきたことはどうなの?という人は少なくないよね。

でもそれは後天的に獲得したものだから仕方ないと甘めに見るべきなのかもしれない。

すくなくとも1のマインドセットが出来ず、成長を感じられない人に比べれば雲泥の差があるからね。


支えるもの


2020年11月25日水曜日

6秒間の自分から対話に続くThe Long and Winding Road.

 僕たちには考えて物事を決める能力が備わっている。

ただ、それだけでなく、考えなくても物事を決める能力も持っている。

その最たるものが「感情」だろう。

アンガーマネジメントでは怒りのピークが6秒間と教わったけど、裏を返せば6秒以内は放っておいても勝手に怒れるわけだ。

怒りの背後にある不安、困惑、心配などを知ることも大事だけど、残念ながら6秒以内にそこを探ることは出来ないから、とにかく6秒我慢しようということなのかもしれないね。

さて、6秒経ってから冷静かつ公正に物事を決めることが出来るかと言うと、実はそれも疑わしい。

その人の性格特性、認知、社会性、情報の偏りなどによって無意識に決めていることがたくさんあるからだ。

ただ、拘束条件が無いと解は導けないように、何かを決めるときに意識、無意識に保有している前提は不可欠だ。

だから、僕たちは物事を決める能力のバージョンアップをする際には、不安、困惑、心配以上に深く自分と対話をしなくてはならないのかもしれない。

僕には湧き上がる6秒間の感情からそこに至るまでの道のりは遠く曲がりくねっていると感じるけどね。


キラキラの季節



2020年11月24日火曜日

ボトルの中のリアリティショックというメッセージ

 ポリスというバンドに”Message in a Bottle”という曲がある。

僕が青春の多感な時代に聴いていた忘れることのできない曲だ。

無人島に流れ着いた人がボトルに何かメッセージを入れて流すことを題材にした曲だね。

僕は実際にボトルにメッセージを入れて流したことはないからずっと物語的に捉えていたのだけど今日、ふと、ボトルの中のメッセージには何が書かれたいたのだろうと思った。

「助けて」かもしれない。

でも僕は「こんなはずじゃなかった」ではないかなとふと思った。

「こんなはずじゃなかった」の言い方を仕事場面に変えるとリアリティショックだ。

現実は瓶の中で見ることが出来ないけど、そこにあるのはリアリティショック。

仕事ってそんなものなのかもしれないね。

そこで僕はこれまでの仕事経験で出会ってきたリアリティショックを数えてみたけど、まあ、たくさんある。

実家の零細会社でもそろばんは子供が遊ぶ道具だったのに銀行に就職したら必須スキルだったりとボトルの中にあるメッセージはショックを受けるほど違うのだ。

リアリティショックは、メンタルになったり、離職する主因だから組織運営上、看過できる問題じゃないのだけど、ショックを与える側はなぜかそこに鈍感になるんだよね。

だから誰かがショックを受けたことはその人が言葉にしない限り伝わらない。

僕だって与える側であることもきっと少なくないのだろう。

申し訳ないのだけどどうやら鈍感になっていることは疑いようもない。


ボトルは本来、メッセージを運ぶための容器だけど、容器に入れることで書き手も読み手からも切り離されてしまう。

物理学の世界で「シュレティンガーの猫」と言われる現象だ。

ボトルに入ったメッセージ、これは僕が生涯取り組む課題の1つだね。


ボトルじゃないけどこの中にメッセージが


2020年11月23日月曜日

勤労感謝しあったことを振り返る日

 今日は我が家の結婚記念日なのだけど、世の中的には勤労感謝の日だ。

この祝日、もともとは新嘗祭だったものが敗戦などの諸事情により勤労感謝の日となったらしい。

さて、新嘗祭は、収穫物を神に供えて感謝し自らも食する日なのだそうで、勤労感謝の日は「勤労をたつとび、生産を祝い、国民がたがいに感謝しあう」ことが趣旨だ。

この趣旨と新嘗祭を考えれば、働けること、暮らしを営めることを他者にそして自らに感謝し合う日なのだろう。

感謝とは心の在り様だろうけど、それを伝えるあらわし方があって下手をすると言葉や品物のプレゼントになってしまいかねないよね。

そこで僕は今日を振り返る日にしようと思う。

あらわし方でなく、まずは心の在り様を、ね。


感謝の心



2020年11月22日日曜日

乗り越えて新しいステージへ

経済が大事とGO TOキャンペーンが始まって街に電車に人出が戻り、東京オリンピック、パラリンピックは開催に向けてた協議が行われ、ワクチンが開発されたと安堵が漂う。

でもね、僕たちの暮らしが新型コロナウイルス以前に戻ると勘違いしてはいけないのだろうなぁ。

だって、何事も無かったことには出来ないもの。

これまでの経験では僕たちは様々な災難を乗り越えて新しい局面を迎え発展してきた。

だから今回も乗り越えるのと信じているけど、結局、何がどう変わるのだろうね。

 
(月)情報は知っていること、よりも活かすことの時代へ
では、これからは何が重要なのかといえば、新しい価値を生み出すために適切に情報を引き出せる意志なのだろう。

(火)会社での幸福と政治のやばい関係
「幸福」を使って手を組んだり離反したりする、その政治的なやばい関係性が組織の中で蠢いているのかもしれないね。

(水)「あたりまえ」に「ありえること」を忘れない
「ありえること」を「あたりまえ」とは表現しないけど、「あたりまえ」に「ありえること」を僕たちは忘れてはいけないのかもしれない。

(木)情報を意味に上手に換える方法
で、ね。新型コロナウイルス感染の第三波が急拡大している、という情報に触れて、「自分は大丈夫」「Go To使わないと損」「不安でたまらない」などの「意味」だけでなく、「より良い行動」を考えることが結果として、「意味」を上手に導けたことなのだろうね。

(金)放っておいてよ、と言いたくなるわけの哲学的解釈
思春期の子供でなくても思わずそう言いたくなる人は形成される自己イメージに苛立っているのかもしれないね。

(土)開けっぴろげな人の魅
それに対して自己開示をしない人にはどことなく警戒心を持ってしまうからあまり魅力を感じられないのかもしれないね。


浮いては沈み、沈んでは浮く


2020年11月21日土曜日

開けっぴろげな人の魅力

 自己開示に嫌悪感を持つ人は少なくない。

だれでも他人に見せたくない部分を持っているからね。

では、なぜそう思うのかと言えば発端は「恥」の感覚なのかもしれない。

その「恥」の感覚とは、昨日のブログで書いた「他者が頂く自己イメージに満足できない」ことなのかもしれないね。

コピーライター糸井重里さんの名前は本名なのだそうだ。

そこで芸名を考えるらしく、つい先日「女湯二郎」を名乗り始めた。

僕はその一連の話を読んで笑ってしまうのだけど、自分のことを開けっぴろげに語れる人は素敵だ。

堅苦しく言えば自己開示なのだけど、要するに隠し隔てが無く、安心感と親近感が泉のごとく沸いてくる。

そういう人は「これを言ったらどう思われるか」があまり気になっていないのだろう。

そう、自己開示が出来る人は魅力的なのだ。

それに対して自己開示をしない人にはどことなく警戒心を持ってしまうからあまり魅力を感じられないのかもしれないね。


みられること意識するものにあまり魅力を感じないなぁ


2020年11月20日金曜日

放っておいてよ、と言いたくなるわけの哲学的解釈

 哲学者マルクス・ガブリエルは、「意見が合わないとき相手に対抗する自己イメージを生み出してしまう」、「人は他人から抱かれるイメージに満足できない」、と言う。

そして社会の複雑さは苛立たしいから、人は人と一緒に居るのが好きだが一緒に居るのが嫌いでもある、と続く。

難しい表現だけど、わかるような気もする。

例えば、新型コロナウイルスで、経済優先という人と医療崩壊防止優先という人が居た場合などはそんな感じかもしれない。

経済優先と医療崩壊防止優先、それぞれ相手がもつ自分のイメージをきっと、受け入れていないだろう。


意見が合わないときに決めつけられるほど、嫌なものはない。

会社でも家庭でもそうだよね。

マルクス・ガブリエル風に言うならそれは、対抗して形成される自己イメージに満足できていないからだろう。


「いいから放っておいてよ。」

思春期の子供でなくても思わずそう言いたくなる人は形成される自己イメージに苛立っているのかもしれないね。


晴れた





2020年11月19日木曜日

情報を意味に上手に換える方法

 僕たちは、五感で取り込んだ情報を認知や感情や知性で「意味」に変える。

例えば「マスクをしていない人」を見たとき、それは友人という「意味」であったり、嫌悪感という「意味」であったり、公共性への疑問という「意味」であったり、とね。

そして、「意味」は僕らの次の行動に大きく影響している。

つまり、客観的な情報から僕らは「意味」を引き出して行動しているのだ。

さらに僕たちは行動の結果から逆算して「意味の意味」を生み出すことができる。

これは生命に出来てAIには出来ないすごい芸当だ。

AIは情報をセンサーで変換されたデータを数式で計算して結果を出力するから「意味」を認識していない。

人間は数式に「意味」を与えているかもしれないけど演算装置は数式を実行しているのであって「意味」を解釈しているわけではないからね。

さて、「情報を意味に上手に換える」ことを考えるとき、この生命とAIの違いを念頭に置いておくとよいかもしれない。

整理すると

  1. 「意味」は生命のみに備わった能力である
  2. 「意味」は行動を引き出す
  3. 「意味の意味」を使ってより良い行動を引き出すことができる
であって、3番目の「より良い行動」を使うことが情報を意味に上手に換えるポイントと言えるだろう。

で、ね。新型コロナウイルス感染の第三波が急拡大している、という情報に触れて、「自分は大丈夫」「Go To使わないと損」「不安でたまらない」などの「意味」だけでなく、「より良い行動」を考えることが結果として、「意味」を上手に導けたことなのだろうね。


早朝の散歩で健康になる



2020年11月18日水曜日

「あたりまえ」に「ありえること」を忘れない

 火山が噴火して人々の生活が一瞬にして灰に埋もれてしまう。

そんな出来事が1900年前にポンペイであった。

そこに居た人や生き物はやがて灰の中で空洞となり石膏像の型になった。

そんなことは日常的に起こらないけど、日常の出来事であったことは間違いない。

新型コロナウイルスも日常の出来事だよね。

「ありえること」を「あたりまえ」とは表現しないけど、「あたりまえ」に「ありえること」を僕たちは忘れてはいけないのかもしれない。



一夜にして消えた街、ポンペイ
富士フイルム 企画写真展
井津建郎写真展「ポンペイ 鎮魂歌 -POMPEII/REQUIEM-」



2020年11月17日火曜日

会社での幸福と政治のやばい関係

 会社で働く人の「幸福」って何だろう。

常にやりがいや成長を感じられることだろうか。

八方美人的なことなかれだろうか。

会社の将来性や居心地の良さだろうか。

平等・公平な正義だろうか。

慶應大学前野教授は幸福の4因子を説く。

「自己実現と成長」「つながりと感謝」「前向きと楽観」「独立とマイペース」の4つで、僕が先に掲げた状況にそれぞれ対応しているかもしれない。

僕はこれ以外にも生き物としての本能的な幸福感、例えば食べる、愛する、感銘する、歌う、飛び跳ねる、踊るなどがあると思うのだけど、会社という社会性が凝縮された場所で感じられる幸福感は4因子で説明できるように思える。

さて、僕の実感では、この4因子の間には政治性がある。

本当にやりがいを感じたい人は八方美人に不快感を持つけど、正義は時に居心地や八方美人と手を組む、といった感じで、時に同時に、時に排他の状況になるからだ。

僕はその背景に、社会における権力の裏付けとして「幸福」が潜んでいるからだと思う。

「幸福」を使って手を組んだり離反したりする、その政治的なやばい関係性が組織の中で蠢いているのかもしれないね。


自販機の幸福


2020年11月16日月曜日

情報は知っていること、よりも活かすことの時代へ

トランザクティブメモリーという概念がある。

D.ワグナーの「組織学習」に関する概念だ。

要は、組織の中でどれだけ知っているか、よりも知っている人をどれだけ知っているのか、が重要ということだ。

組織には、あの人に聞けばわかるという人が必ず居るのだけど、それを知っていると仕事が早く済む。

僕たちは体感的にそれを学んでいる。

さて、ITでグーグルが当たり前になって検索すれば情報をすぐに入手できる時代になった。

組織の中の重要な知識はまだまだオープンにならないかもしれないけど、組織の外の情報はオープンになっていて、そちらの方が重要であったりする。

むしろ組織な中にあるクローズな情報は、恥ずかしくて公開できない(したくない)ものなのかもしれない。

で、ね。グーグルは誰でも知っているのだからあまり重要とは思えないよね。

では、これからは何が重要なのかといえば、新しい価値を生み出すために適切に情報を引き出せる意志なのだろう。


きらーん




2020年11月15日日曜日

保有能力と発揮能力が異なるわけ

僕たちは僕たちの複雑な問題を複雑なまま解決することができない。

だから、どうしても単純化して解決しようとするのだけど複雑さの真因を避ければ決して解決することができない。

新型コロナウイルスのクラスターもそうだし、飲み屋のメニューもそうだし、トランプ大統領もそうだ。

僕たちは様々な能力を保有しているけど、組み合わせて発揮する際、その根源にある動機によって能力発揮の仕方はまったく変わってしまうのだ。

保有している能力と発揮する能力が異なるのはそのためだろう。

僕たちはそういう生き物なのかもしれない。

 (月)クラスターごとの対策について考えよう
第3波に襲われ始めた中で僕たちは今まで以上の覚悟を持たなくてはならないのかもしれない。

(火)増え続けるメニューの意味
もしかしたらその根っこには熱力学のエントロピー増大の法則があるのかもしれないなどと考えるとメニューが増え続けることも宇宙の法則と思えてきて、なんだか壮大なロマンが潜んでいるように感じられるのだ。

(水)トランプ大統領は将門の首塚なのかもしれない
その力を人々が崇めているとすれば多くの票を獲得していることも納得できるよね。

(木)どこまでも続くよ、永遠の課題
誰かの真実ではなく、事実の解明による現象の説明が永遠の課題を解決する唯一の方法なのかもしれないね。

(金)能力を考えよう
この能力の掛け合わせを僕たちは何となく知っているのだけどそれを数式に換えることは難しい。

(土)イニシアティブの動機
そもそもイニシアティブをとりたくない人も居るけど、普段、イニシアティブをとりたがるのに肝心な時に黙る人を見るとイライラしてしまうのだよねぇ・・・


おしい・・・

2020年11月14日土曜日

 イニシアティブの動機

 イニシアティブ:主導権や率先して物事をある方向に導く力・戦略

NASAやJAXAでは宇宙飛行士の採用試験で土壇場のちゃぶ台返しにどう対応するかを見ているそうだ。

具体的には長時間の課題を残り30分でひっくり返すらしい。

要するに時間が掛かる課題の解決を短時間で達成するためにどう向き合うのかを確認するのだけど、確かに、宇宙という自力解決が求められる状況で必須な能力に思える。

JAXAの油井飛行士は抜群の対応を見せたそうだ。

そのとき、リーダーは別にいたが、油井はできること、できないことを切り分けて優先順位をつけ、『こうしたらどうですか?』とメンバーに工程案を提案した。その案に従ってチームが動き始めると、油井はさりげなく引き下がった。リーダーを立てて、フォロワの立場に戻ったのだ。

「見ていた審査員はうなりました。状況が変わったときの対処能力、問題点の整理。油井さんは自衛隊出身で、しかも部下を指揮する幹部自衛官でした。優先順位づけを徹底されてきた経験を駆使したのでしょう。でも、そのままリーダーシップは執らずに、あえて補佐役に徹した。その『ポジショニング』が絶妙だった」

宇宙飛行士界に見る、30代から「伸びる人」東洋経済ONLINE より

油井飛行士は素晴らしいイニシアティブを発揮したわけだ。

さて、イニシアティブを発揮する動機には大きく2つあるのかもしれない。

  1. イニシアティブをとること自体に動機をもつ
  2. 問題を解決することに動機をもつ
だね。

1はそもそもの性格や生育環境における長子的な期待などが影響しているのだろう。このタイプは、他者のイニシアティブを嫌うから排除しようとする。誰かが目立つと途端に態度を硬化させたり自分の優位性を誇示する人たちだね。また、問題解決は二の次だから、肝心な時に傍観したりする。

2は問題が発生した時に急に存在感をあらわすのだけどそれ以外は控えめで、むしろ目立つことを好まない。フォロワーシップが上手なのだ。

僕は2のスタイルが好きで1のスタイルはあまり好みじゃない。

三男坊だからかもしれない。

そもそもイニシアティブをとりたくない人も居るけど、普段、イニシアティブをとりたがるのに肝心な時に黙る人を見るとイライラしてしまうのだよねぇ・・・


ここぞという時にやったるでー







2020年11月13日金曜日

能力を考えよう

 僕はてんぷらをカウンターで食べたい派だ。

と言っても、ディナーでカウンターに座ったらいくら掛かるかわからない。

なのでランチメニューで愉しむのだけど、カウンターで見ていると料理人さんの腕の良し悪しは決して1つの尺度では測れないことに気づける。

腕の良し悪しはわかりやすく、美味しいか物足りないかだ。

で、ね。腕の実態は「おいしく揚げられる能力」と「食べたいタイミングで提供できる能力」かもしなれないね。

能力が価値を生むためには、複数の能力を組み合わせる必要がある。

そして、組み合わせは足し算ではなくて掛け算だ。

1つの際立った能力があればそれ以外は程ほどでよい。

この能力の掛け合わせを僕たちは何となく知っているのだけどそれを数式に換えることは難しい。


組み合わせ



2020年11月12日木曜日

どこまでも続くよ、永遠の課題

 僕が人と組織のテーマで仕事をするようになってもう10年以上経つ。

そんな中、先日、新規のお客様との打ち合わせで出てきたお客様の課題は10年前と同じだった。

ということは、その課題はずっと解決されずに続いているのかもしれない。

もちろん、多くの人が課題解決に向けて考え取り組んでいることは間違いないのだけどなぜ、解決されないのだろうか。

例えば老化を課題と考えれば、ずっと解決されていないよね。

でも生命にとって老化は生命の仕組みそのものだと考えれば課題と捉えること自体が間違っているのかもしれない。

同様に、予測不能な状況で淘汰が発生するのは進化の仕組みだとしたら、淘汰が起きることを課題と考えることにも無理があって、解決できない課題が延々と続くことになるのだろう。

さて、老化に関しても淘汰に関しても、それら課題を解決できるとすればテクノロジーの発展によるものだろう。

誰かの真実ではなく、事実の解明による現象の説明が永遠の課題を解決する唯一の方法なのかもしれないね。


積み上げるしかない