2020年1月31日金曜日

「戦略を変える」ことと「生き残る」こと

僕は今日、「弱者の理論」(稲垣 栄洋 著)を読んでいる。

「読んでいる」と書いた理由は、まだ読み終わっていないからだ。

先日、糸井重里さんの「しかし、残念でした、ぼくは本を読むのが遅い。いや、わざわざ遅いと自慢するほど遅いわけでもないか。とてもふつう、あるいはふつうより少し遅いくらいだ。どうしてそれほど遅いと言い切れるか。簡単に説明しよう。ぼくは、「音読の速度」で本を読んでいるからだ。」という一文を読んだ。

ああ、素早く読み終わることが素敵なことではないのだなぁ、と僕はその一文を読んで思った。

僕も音読の速度で本を読みたいと思った次第である。


さて、途中だけど「弱者の理論」で印象が強いのは「強いものがか生き残る」のではなく、「生き残ったものが強い」のだ、という部分だね。

そして、僕の周りには「生き残った」ものがたくさんある。

そもそも、僕の会社は「サバイバルシンキング」つまり「生き残り思考」が強いと自認している。

そう、ひょっとしたら僕たちは弱者の理論に長けているのかもしれない。

これまではね。

で、ね。これからもそうかと言うと、僕たちの戦略でなく誰かの戦略に鞍替えしかけている。

その鞍替えも僕たちの「生き残る戦略」、と言うことかもね。


生き残り






2020年1月30日木曜日

星の一生で”仲間”を考える

昨日、僕は”仲間”とは「秩序」かもしれない、と書いのだよね。

そして”仲間”の中に居るだけでは自分の新しい姿を見ることができないのでは、とも書いたのだ。


そうしたら友人から”仲間”といっしょだからこそ乗り越えたい壁の向こうにたどり着き、新たな境地や次元にも到達できるのだ、というコメントを頂いた。

目から鱗ぽろり級の「そうなんだ」よ、そうそう。

もう大納得です。

”仲間”が居るからこそ、自分の新しい姿を見ることができる、僕たちはそんな経験を程度の差はあるだろうけどきっとしている。

記憶力の悪い僕だって思い起こすことができる。

では、昨日の僕はそれすら忘れて”仲間”を見ていたのだろうか。


コメントを頂いたときは高さとか次元とか考えるのは難しいと頭に思い浮かんだのだけど、今はこれは、星の一生みたいなものなのかもしれないと思っている。

星はガスが集まってうまれて強く光り輝くけどやがて年老いて光を失い大きな星はブラックホールになっていく。

それは、自己組織化した世界が時間とともにかわっていく姿だね。。


すばらしい”仲間”が集まるとそこから一人では成し得ない輝かしい活動や成果が生まれるのは、燦然と輝く星が生まれる瞬間に例えられるかもしれない。

感動の瞬間だ。

やがて、その活動もどこかで変節を向かえる、と考えるのはちょっとシニカルで悲観的なのかもしれないけど、昨日の僕はそこを見ていたのかな。



人材業界では人材タイプを「自燃型」「他燃型」「難燃型」おまけに「消化型」とか呼ぶことがあるのだけど「自燃型」が多い組織はそれだけエネルギッシュに輝きそうだ。

「自燃型」のプロフェッショナルが高い志と意欲を他者への敬意を持って協働したら「秩序」は生まれては壊され、また生まれては壊されながらどんどん高みに登っていくのだろうな。

「ティール組織」はそんなイメージに近いのかもしれない。


で、ね。悲観側から、今度はちょっと理想側に振れすぎてしまった気がするよね。



星は?

2020年1月29日水曜日

ドラゴンボールやワンピースで描かれる”仲間”とは何ぞや

同じ釜の飯を食う。

同じ学び舎に集う。

同じ経験を積む。

こうして僕らはお互いをよく知り、仲間となる。

この”仲間”というコンテクストの正体は何だろうか。

僕はそれは、「秩序」ジャないかと思う。

だって、”仲間”になれば、共有することが増えて争いごとは減るからね。

だから「仲間入り」することには意味がある。

同じように「仲間外れ」にもね。


そして僕たちはこの”仲間”という「秩序」を使って「答え」を生み出し、前に進み、そして、崩壊を防ぐ。

つまり、僕たちが生み出す混沌の中で、僕たちを「カオスの縁」の内側に留まらせるのが”仲間”というコンテクストの役割なのだろう。

ドラゴンボールも、ワンピースも”仲間”が描かれた物語りがみなそうであるように。

一方で、僕たちは進化のために内側を破らなくてはならない。

越境をしたり、知の創発を得ることは進化のためのプロセスだ。

”仲間”の中に居るだけでは僕たちは自分の新しい姿に出会えないのかもしれない。


カオスの縁

2020年1月28日火曜日

オープンイノベーションと心理的安全

ITが僕たちの暮らしの進化を加速する背景には、一人一人のスキルや知見や行動力を組織内に囲うのでなくネットワーク化することが当たり前になっている。

言い換えると「オープンイノベーション」だね。

僕たちが向き合う問題や課題が大きくなればなるほど、その解決には多くの人の叡智が必要なわけで、「オープンイノベーション」は必然なのだ、とも思う。

この「オープンイノベーション」、そのコミュニティに集う人々の間には、理念的なルールと承認があるのではないだろうか。

つまり、誰でもがチャレンジできる環境がそこにあるということだ。

この、「誰でもがチャレンジできる環境」とは、Googleがチームパフォーマンスの唯一の要因とした「心理的安全」とも通じているのかもしれない。

サイバーエージェントの曽山さんは、「挑戦と安心はセット」と話していたけど、要するに未知の可能性を開く挑戦には「安心」が必要なのだ。

特に、「安全」であるとは、気持ちの上で「安心」することでしょう。

さて、チームパフォーマンスの前提として心理的安全があったとして、一方で、その関係性自体は、コンテクスト化しやすい。

要は、「一緒にやった時間から生まれる絆と呼吸感」だ。

で、ね。持続的なオープンイノベーションを考えるにコンテクストを破壊する仕組み、脱構築機構が必要だよね。

このバランスを体現する組織こそが、僕らの未来を拓く組織なのかもしれない。


これなあに?

2020年1月27日月曜日

過去と未来の狭間にある今日という日

今日は年に一度の会社の経営合宿だった。

朝から夕方まで色々な話し合いをした。

今年から内容も進行も変わり、去年までと違った新しい経験になった。

予定していた時間よりも少し早く終わったのだけど、これも今までにない経験だ。

おかげで、夜は小学校時代の同級生の通夜に参列することが出来た。

ほんと、よかったなぁ。


そんな1日を家で振り返る時思うのは、やはり過去と未来についてだ。

昔の僕はどんな僕だったのか。

夜、同級生の面影を記憶に手繰りながら、考える。

これから迎える未来に僕はどうあるのか。

昼、若い仲間の3年後、5年後を想像しながら、考える。

そうやって今日という、僕の1日が終わっていくのでしょう。



すぐそこの未来だけどすぐそこの過去

2020年1月26日日曜日

やり切れる世界とやり切れない世界の境目

先週1週間、僕にとってどんな意味があったのかというと、おそらく、とても深く考えさせられる日々だったのだよね。

それは、考えても簡単には答えが見つからないような、そんなどうしましょう的な毎日だったわけでね。

生と死とか、謙虚さとか、虚無感とか、依存とか、諦めないとか、あれもこれもとか。

この前、ある社員から充実感の話を聞いたけど、やり切って終わるものの方が、悶々とするよりどれだけすっきりできることだろうか。

逆に、やり切ることにない世界に住んでいる人たちってすごいよね。

そして、その世界への期待を持たれることって、一見、誇らしいのかもしれないけど、実は、期待されると辛いことなんだろうね。

今週、僕は色々な意味で境目になるんじゃないかと予感する。

それは、やり切れることとやり切れないことの境目、とね。

あまり、根拠がある話ではないのだけど、僕の感性がそう言っているのよ。



(月)今も生きている証
だって、それはルークが今も生きていることの証だもの。

(火)その経験は想定の内側?外側?
「初心忘れるべからず」と言うけれども、初々しい感性と謙虚さそして学ぶ力の間には強いつながりがあるのかもしれないね。

(水)タイムイズマネーからのワークシフトは?
なんだか悲しいことだけどね。

(木)捨てられない心理が支えるサブスクリプション?
要は、捨てられないものをどれだけ登録させるか、が後戻りしにくいサブスクリプションの核心戦略なのかもしれない。

(金)恐れずに関わること
でもね。傷つけるだけでなく、喜びを与えることもあるのだから、とにかく関わることが大事なんだろうね。

(土)キャリア十二支論?
で、ね。僕たちのキャリアデザインもひょっとしたらこの十二支を揃えればオールクリアなのかもしれないね。



こっちとそっちの境目

2020年1月25日土曜日

キャリア十二支論?

今年は子年。

年末年始は干支について多く語られるけど、1月も下旬に差し掛かることにはあまり話題に上らなくなる。

誕生日で考えれば10年が一区切りだけど、干支だと12年で一巡だね。

そこでふと思ったのだけど、キャリアを12年前、24年前、36年前で振り返ると面白いかもしれない。


僕の12年前は今の会社で執行役員としてリーマンショック後の景気低迷に突入するところだった。

大変だと思ったけど、本当に大変だったのはその後数年だったなぁ。

24年前は、前職でバブル崩壊後のデフレ真っ最中で悪戦苦闘、そして36年前は花の新卒1年目である。

そう考えると、僕の子年は結構、厳しい環境変化の節目にあったようだ。

そして、今年も節目みたいだ。

さて、そんなことを考えていたらふと、十二支ってそれぞれどんなことを象徴しているのか気になったので調べたところ、それぞれの干支の意味は以下のようらしい。

干支 意味
子 子孫繁栄
丑 粘り強さ、誠実さ
寅 勇猛果敢、決断力や才覚
卯 安全、飛躍、向上
辰 権力
巳 成長、永遠、生命、再生
午 健康、豊作
未 家族安泰
申 賢者
酉 商売繁盛
戌 忠実、忠義
亥 無病息災、猪突猛進、情熱

干支は方位でも表現されるので、12揃えば360度、つまり僕らの世界はこの12の意味で形作られているのかもしれない。

で、ね。僕たちのキャリアデザインもひょっとしたらこの十二支を揃えればオールクリアなのかもしれないね。


揃えます?




2020年1月24日金曜日

恐れずに関わること

その人にとって、良かれと思って言ったことが実はその人にとっては良くないことになっていた。

そんなことはきっと少なくない。

そしてそのことに気づくのは大概、終わってからだ。

こう思っていたのだから許してね、と言っても良くないことだからそんなに簡単じゃない。

もっとも、結果が良いか悪いかはどの期間で考えるかによっても変わるので予測することは不可能だよね。

僕たちは人と関わることで知らずに、そして思わずに人を傷つける。

でもね。傷つけるだけでなく、喜びを与えることもあるのだから、とにかく関わることが大事なんだろうね。


化石にならない



2020年1月23日木曜日

捨てられない心理が支えるサブスクリプション?

僕が今、個人的につかているクラウドサービスは、iCloud、Google,Evernoteだ。

SNSをいれるともっと増えるけど、個人ツールとしては前述の3つを使っている。

その中で有料課金となっているのは、iCloudとEvernoteである。

この3つ、入り口は無料なのだけど、データが集まってくると課金のコースがある。

今流行のサブスクリプションだね。

iCloudは、iPhoneの利用で使うことになった。

写真や動画がアップロードされてiPhoneで使っている容量を減らしてくれるので助かっている。

Googleも同じなのだけど、こちらはメインではないので容量を減らして課金を避けている。

実はEvernoteが1番最初に課金に移行している。

ノート、スクラップブックとしてどんどんデータが増えていったからね。

保存されるデータが増えると課金されるビジネスモデルは、一度課金してしまうとなかなか後戻りができない。

新築の家にだんだん物が増えて狭くなってくるのだけど、増えたものを処分するのは案外むずかしいのだ。

こんまりメソッドでは、ときめかないものを捨てようとあるけど、データが増えてしまうとそれを見分けるのも手間だし、ちょっとした記録だとそもそもときめくものじゃない。

要は、捨てられないものをどれだけ登録させるか、が後戻りしにくいサブスクリプションの核心戦略なのかもしれない。


捨てられないも「依存」?



2020年1月22日水曜日

タイムイズマネーからのワークシフトは?

マネジメントシステムの歴史を紐解くと一番最初に出てくるのがテイラーシステムだ。

科学的管理法として、その場しのぎで相互不審にあった労働と経営の問題を解決するものだけど一方で、労働強化、人間性の軽視と言った批判を受けたものだ。

このテイラーシステム以降、経営学、組織論、経営管理論などは様々な変遷を遂げてきた。

ただ、その変遷はマダラ模様であったのかもしれない。

だから新しい働き方を模索してもノルマとか作業管理の壁にぶち当たる。

僕は昔、プロフェッショナリズムと協働意欲に関して勉強をしたので、リンダ・グラットンの「ワークシフト」はとても共感が沸くのだけど、僕たちの仕事の多くは、まだ、時間と作業の問題に囚われているといっても良さそうだ。

そして、何よりもそれを信じている人が少なくない。

創造性と知能の関係で言えば、創造性が低く、知能が高い人は、新しい考えを否定し、これまでの考えを真面目に強化していく。

そして、そういう人が増えると、今の価値を最大化させることに注力し、組織は新しいものが生み出せなくなる。

場合によっては、組織がだんだん朽ちていく、僕はそんな事例をいくつも見ている。

なんだか悲しいことだけどね。


100年経っているのにね




2020年1月21日火曜日

その経験は想定の内側?外側?

僕たちは経験から学習する生き物だ。

そして、経験には初めてのものとそれ以外がある。

初めてのことであれば、大概謙虚に向き合う。

不安も緊張もあるだろうし、理解したり学びとる意識が高くてシャキッとした感じになるよね。

一方で、重ねる経験の場合は、まず不安や緊張は和らいで、より上手く取り組もうとか効率的に進めようとか、もっと挑戦しようとか、逆にもっと楽しようとかいろいろ考えるものだ。

また、僕たちには「類推」という力があるので、初めての経験でも「きっとこれはあの経験と同じようなやつだろう」とか察して行動することも出来る。

すごい力だ。

でも、時にこの力を勘違いして、初めての経験なのに新鮮な気持ちを忘れてしまうことがある。

未知のことなのに「わかる、それ大丈夫」「こうすればいいんだよ」みたいにね。

そうすると学び取る謙虚さは大幅にレベルが落ちるのではないだろうか。

なぜ、そう考えるかというと、大学生のインタビューを行って経験から学んでいると感じられる人とそうでない人の違いはかなりわかりやすいからだ。

「初心忘れるべからず」と言うけれども、初々しい感性と謙虚さそして学ぶ力の間には強いつながりがあるのかもしれないね。


ああ、東京

2020年1月20日月曜日

今も生きている証

2017年1月20日8時22分に先代犬、ルークが亡くなった。

高齢で病気になり僕たちに看取られて虹の橋を渡ったのだ。

その日は雪がちらつく寒い日だったけど、SNSで繋がっている友だちは3年経っているにも関わらずそれをしっかり覚えていてくれる。

他にも、ルークが亡くなったことに、それぞれの思い出を持っていてくれる。

もし、SNSが無ければあり得ないことだろう。

でも、僕は「いいね」をもらうよりそんな友だちがいることの方が本当にうれしい。

だって、それはルークが今も生きていることの証だもの。


雪が降っていた

2020年1月19日日曜日

足元に埋まっている楽しみな未来

先週は、月曜日に振り返りをしていたので火曜日から土曜日までを振り返るのだけど、僕にしてはめずらしく、新年会が2回あって、食べて飲む1週間だった。

水曜は中華、金曜はピザといずれも本当に美味しくて、一部、暗い話もあったのだけれど、なんだかこれからも楽しく一年が過ごせそうな気がずっとしている。

「これからも」で言えば、水、木に行った大学生のインタビューでも学生の楽しみな未来が待っていて、こんな学生が当たり前になったら日本はどんな国になるのだろうかと今もワクワクしている。


日本には日本語というユニークな言語があって、海外にも輸出されている日本文化の一つ、「交番」で働いているおまわりさんはとてもやさしい。

そこに未来が明るくなる大学生や心から美味しいと思える料理に僕がこれまで知らなかった素晴らしい人たちが居る。

少し間をおいて、それら一つ一つを思い返すと、また幸福感に満たされるのだよね。

そんなことを実感する1週間だった。

で、ね。目を世界に転じると悲観的な予測も決して少なくないけれど、僕の足元には僕がまだ知らない楽しみな未来がいっぱい埋まっているのだよね。


(火)ミカタとミカタ
で、ね。日本語って本当に面白いよね。

(水)交番の朝の顔、昼の顔、夜の顔
きっとそんなことを僕の犬はさっさと学習していて、交番がやさしい顔をしている時にお邪魔しているのだろう。

(木)それぞれのこれまで、と、これから
100年近い歴史のおいしい中華料理を食べながら僕たちはきっとそれぞれ自分たちのこれまでを振り返り、これからの人生を思っていたのかもしれない。

(金)大学生は経験のためにどう戦っているのか
インタビューをした大学生たちはこうやって成長の扉を自ら開いていたのだよね。

(土)カウンセリングピザを食す夜
ピザ生地はふっくらしているのに軽くて6人で4種類のピザを楽しんで膨満感も無く、細部にこだわりながらもお客さんの気持ちを第一に考えていることがよく伝わり美味しくて心地よい時間を過ごせたのだ。


君も僕も飛べるんだ!

2020年1月18日土曜日

カウンセリングピザを食す夜

かつて多くの問屋があった日本橋馬喰町にピザのお店があった。

キッチンカーとビニールハウスのお店というのも都心では珍しいかもしれないね。

僕は昨晩、家人とオフ会の新年会でその店に行った。

このお店、すごいこだわりがある。

まずは、元エンジニアでミラノで修行をした若い店主は、これまでの作る人、食べる人の関わりに強い疑問を持っていて、お客さんとたくさん話をして、ピザを作るところを見てもらったり、実際にピザ生地に触ってもらったりもする。

元エンジニアなので色々作ることが出来て、キッチンカーにあるピザ窯も作っちゃったのだそうだ。

ビニールハウスもしかりで、テーブルとかも全部作っちゃう。

そんな話をなんでも聞けるし答えてくれる。

だから会話が楽しい。

トイレとか無くて近くのホテルのを借りるのだけど、そんなことが気にならないくらい素敵な空間と、なんと言ってもピザが、料理が美味い。

そしてワインも美味しかった。

3つ目のピザはオフ会に参加した湯河原の兼業みかん農家さんで採れたレモンのピザで初めて&めっちゃ美味い。

レモンはサラダとか肉料理でもいい味出していて、さながら助演女優賞だね。


さて、メニューに中に、「カウンセリングピザ」がある。

店主の頭の中には80種くらいのメニューと素材の情報がギッチリ入っているので、店主のおすすめではなく、お客さんと会話をしながらお客さんが本当に食べたいピザを作ってくれるのだ。

先晩は、チーズが伸びる感じ、素材の味を楽しみたい、という希望から作ってくれたのだけど、これも本当に美味しかった。

おいしいピザ屋さんは数あれど、カウンセリングピザは斬新だった。

店の名物メニューではなく、お客さんファーストの店主の姿勢がとてもよく出ているよね。

ピザ生地はふっくらしているのに軽くて6人で4種類のピザを楽しんで膨満感も無く、細部にこだわりながらもお客さんの気持ちを第一に考えていることがよく伝わり美味しくて心地よい時間を過ごせたのだ。



キッチンカーなのでどこにでも行ける


ビニールハウスの奥にはカラフルな帽子


真ん中には見事な生け花、素人さん作なんだった


キッチンカーの奥には・・・


薪窯!


ピザ生地で作って焼いたおつまみパン


前菜ね 


もちもち、手の甲で触らせてくれる


この後も目の前ね


生地を伸ばしたら、


薪をくべて、


手際よく作る、作る


そして出来た


ピザイン


約2分で焼き上がる


焼けた


マルゲリータ


ビスマルク


スペシャル、なんと新鮮有機レモン!


カウンセリングピザ!!


お肉も美味いわ

2020年1月17日金曜日

大学生は経験のためにどう戦っているのか

エドワード・S・リードは、著作「経験のための戦い―情報の生態学から社会哲学へ」の中で、直接経験が失われていく現状を取り上げている。

確かに、現在僕たちは「検索」によって行動を決め、試行錯誤を減らしている。

例えば、婚活も20代は4人に1人がスマホに婚活アプリを入れて使っているそうだし、実際にそれで相手と出会っているのだそうだ。

では、なぜアプリを使うのかと言えば、先日、NHKの番組で行ったインタビューでは、「結婚相手との出会いを合コンや友人の紹介ではどんな人が来るのかわからないので全く期待しておらず、もっと効率的に結婚する相手と出会い、それ以外の時間は自分磨きに使う」とのことだった。

特に「相手のことを知らずに合うことは面倒で、アプリにはすでに相手の情報が揃っていて相手を知ることが出来る」というのは思わずなるほどと思ったね。

この話、それほど違和感ないし、この話を若い人に聞くと、実際、そう言う人は普通だそうだ。

僕も合コンとか友人の紹介は経験が無いので別に「それらの経験のための戦い」が必要だとも思わないけど、知らない相手が面倒であったり、リスクと感じていることに関しては、間違いなく経験を失わせる一因だと思う。

一方、ここ数日、僕が仕事で行っている大学生へのインタビューでは、初対面の人たちから大きな刺激を受けて、それまでの固定概念を変え、さらなる一歩に向けて踏み出していることがわかった。

もちろん、そうなるきっかけにはいくつかの条件や状況があるのだけど、それらを上手く使っていた。

そして、経験の後にはさらに条件や状況をより上手に使えるようになっていた。

そういう大学生だからこそインタビューにも応じてくれるのだろう。


その大学生たちは、自分自身、大きな変化を感じているし、僕からは、それはこれからも続く人間としての成長プロセスのスタートをきったところに思えたから、彼らの今後の成長が本当に楽しみなのだ。


おそらく、誰にでも「何か始めたい、やりたい」と「面倒くさい、不安だ」の葛藤があっる。

ITを使えば「面倒くさい、不安だ」を低減できるのだけど、それはアルゴリズムや誰かのデザインの虜になることなのかもしれない。


いくつかの条件や状況を使って答えを生み出し、そして自らの葛藤に打ち勝って成長に繋がる未来につながる未知の経験を開く。

インタビューをした大学生たちはこうやって成長の扉を自ら開いていたのだよね。


大切な時期の大切な経験とは





2020年1月16日木曜日

それぞれのこれまで、と、これから

97年前に関東大震災があり、首都圏を中心に甚大な被害を受けた。

もちろん、僕にはその経験が無い。

ところが、昨日、中学時代の同級生を新年会を行った中華料理店は、関東大震災の年に開業したそうだ。

僕の記憶には子供の頃からその店があるのだけど、それもそのはずである。

考えてみれば僕の父親が生まれた年よりももっと古いのだ。

僕の父親は60歳で亡くなったので、店の歴史に比べたら一部分でしかない。

そう言う僕も今年で58歳、もうすぐ父親の年齢に届いてしまう。

そう考えると97年はすごいし、世界一長寿の117歳はもっとすごい。

新年会では病床につく小学校の同級生の近況も聞くことになった。

とても辛い話だけど、そんなことが起こりやすい年齢になったことも事実だ。

100年近い歴史のおいしい中華料理を食べながら僕たちはきっとそれぞれ自分たちのこれまでを振り返り、これからの人生を思っていたのかもしれない。


ソフトシェルクラブの甘酢餡かけ




2020年1月15日水曜日

交番の朝の顔、昼の顔、夜の顔

これはあくまで僕の個人的な印象なのだろうけど、場所には 朝の顔、昼の顔、夜の顔があると感じる。

例えば交番。

僕の犬はなぜだか知らないけれども交番とおまわりさんが大好きで、散歩の途中に交番へ近づくと走り出す。

そしておまわりさんに”いい子”してもらってご満悦なのだ。

しかし、休日の昼間はなかなか交番に近寄りがたい。

忙しそうでちょっとピリピリしているからね。

朝早くや夕方で落ち着いているとき、おまわりさんは本当に優しくて、10人中9人は奥から出てきて犬をかまってくれる。

犬が好きなおまわりさんだけでなく、どう接していいかわからないおまわりさんも恐る恐る撫でてくれる。

きっとそんなことを僕の犬はさっさと学習していて、交番がやさしい顔をしている時にお邪魔しているのだろう。


優しい朝




2020年1月14日火曜日

ミカタとミカタ

日本語は時にとても不思議だと感じる。

同音異義語は同じ発音なのに全く別のことを意味する。

でも、不思議なのはそこまで別のことでも無いように思えることがある。

例えば、見方と味方。

両方、ミカタだ。

見方に関しては、おそらく人の数ほど見方は異なる。

つまり、同じことを見ても感じ方は人それぞれなのだ。

だから会議の中で議論をしていても、本当に同じ見方をしているのか非常に疑わしい。

でも、中にはたまに同じ見方をする人がいて、そういう人は味方になってくれる。

長い時間、一緒に過ごして同じような見方をするようになっている人も味方だ。

一方で、異なる見方をするのに味方になってくれる人がいる。

理解と共感を持って他者の見方に敬意を払う人だ。

僕はそんな人こそ真の味方じゃないかと思う。

で、ね。日本語って本当に面白いよね。


暑い夏と見るか、冷たい季節と見るか

2020年1月13日月曜日

これまで、を棄てよう 付けも学びも そして新しい絆を作り続けよう

僕は昨日が日曜だということを忘れていて、振り返りのブログを書かなかった。

そこで、今日は、1週間プラス一日の振り返りブログだ。

さて、タイトルと締めの一文を並べて見ると、経験、絆、寛容、付け、オープンイノベーション、見知らぬ土地、抜け穴がキーワードだ。

ここからその本質を捉えると、それは「新しい経験への開放」だろう。

つまり、僕たちが新しい経験に向かう時、僕たちは常に無知で無垢で新人である。一方で、慣れ親しんだ経験から生まれるのは絆や歪みで、僕たちはそのギャップとアンラーニング(学習棄却)で踠き苦しむことになる。

でも、僕たちのこれからの経験は似ていても常に新しい経験だ。

つまり、僕たちは常に新しい経験に向き合っているのに、慣れ親しんだ経験があるが故にそれを捨てる苦労を背負い込んでいるのかもしれない。


(月)50日間で人の顔は変わるか
で、ね。当たり前過ぎて忘れがちだけれども、殻を破る時にそれを思い出した人は次の殻も破れるのだろうね。

(火)特別な絆
その丁度良いバランス感覚が「絆」なのかもしれない。

(水)テクノロジーへの寛容さ
そんな時でも僕たちはテクノロジーに寛容でいられるのだろうか。

(木)付けを払う
いつ払うの? 今でしょ! とね。

(金)オープンイノベーションに乗り遅れる理由(わけ)
要するに、日本人は、クローズなハイコンテクスト志向を選好し、オープンでローコンテクスト志向をどこかで見下していて、オープンイノベーションを苦手にしてしまっているのだ。

(土)見知らぬ土地への憧れ
まあ、無い物ねだりなのだろうけど、一度きりの人生、住む場所も色々経験したいよね。

(日)抜け穴を熟知する人は抜け穴を使った人でもある
で、ね。”蛇の道は蛇”よろしく、「えー、そこまで必要なんだ」と思わせる人は、かつてその抜け穴を通ったことがあるのかもしれないね。


新しい世界へ


2020年1月12日日曜日

抜け穴を熟知する人は抜け穴を使った人でもある

僕たちがどんなにしっかりとルールを作ってもそこには必ず抜け穴がある。

でも、問題なのは、抜け穴ではなくて抜け穴を使う人がいることじゃないかな。

例えば、かんぽ生命の事件であれば、法令や社内ルールを守らせない業績圧力が抜け穴を作り出し、それを使って不適切販売が組織的に行われていた。

つまり問題が生じる可能性は予見され、一応、対策もされていたのだけど、ザルだったのだ。

経営陣は対策をとった段階で抜け穴が塞がれているつもりだったのかもしれない。

経営陣はそもそもその抜け穴を使うことは無いダロウからね。

そして、カルロス・ゴーン。

企業会計の抜け穴を使って不正に報酬を得ていた疑いがあるだけでなく、司法制度の抜け穴を使って保釈され、出国検査の抜け穴を使って密出国と、もう、抜け穴街道驀進中である。

ゲームの世界には「チート」という言葉があって、提供されている正しい機能や使い方を用いずに問題解決するのは、正しい人たちを騙し、裏切る行為だ。

しかも利己的な問題解決であれば尚更である。


さて、インターネットセキュリティの専門家には、実はかつては優秀なハッカーだった人が少なくないそうだ。

つまり、抜け穴を良く知って利用していた者であれば対策も強力なのだろう。

そう言えば、カルロス・ゴーンの密出国を手助けした元グリーンベレーも空港セキュリティのコンサルティングをやっていたとか。

で、ね。”蛇の道は蛇”よろしく、「えー、そこまで必要なんだ」と思わせる人は、かつてその抜け穴を通ったことがあるのかもしれないね。


抜け穴がある







2020年1月11日土曜日

見知らぬ土地への憧れ

明日は雨の予報が出ている。

そこで、今日の夕方は、長めに犬と散歩をした。

と言っても、散歩できる場所は決まってくるのでどこへ行くのか悩ましい。

僕は、いつもよく行く方向に向かいつつも、少し足を伸ばして、今度、新年会を行うお店を覗いてみようと思った。

しかし、住所が2丁目であることしか覚えていなかったので大体そっちに向かっていた。

歩きながらふと思ったのは、なんだかんだ言って、僕は生まれ育った地域の近くに居る。

何の因果か、今回の新年会もそのエリアだし、別の新年会も同様である。

離れたくないわけではないのに、僕はなぜ、この地域から離れられていないのだろうか。

確かにこれまではいろんな事情もあった。

一方で、僕にとってこの地域は生きやすく、あえて引っ越す必要が無いのだろう。

でも、最近、これからもこの地域でずっと過ごして行くのだろうか、と考える。

鎌倉みたいに自然と歴史がある街に憧れたり、一宮みたいに海に近い場所で海岸を犬と一緒に散歩することに憧れたいりするのだ。

まあ、無い物ねだりなのだろうけど、一度きりの人生、住む場所も色々経験したいよね。


遠くへ



2020年1月10日金曜日

オープンイノベーションに乗り遅れる理由(わけ)

昔、あるカメラメーカーの開発責任者と話をしたことがある。

話の主題は、世の中がアナログからデジタルに変わる中で、なぜ、その会社ではデジタルに乗り遅れたのか、についてだった。

その方が語っていたのは、アナログとデジタルでは開発プロセスが全く異なること、特に開発の基本的なスタンスの違いを乗り越えることが出来なかったのだそうだ。

もう少し詳しくいうと、アナログは理屈よりも、どうすれば最適な出せるのか試行錯誤の蓄積が大切で、それゆえに、暗黙知が蓄積するクローズ(閉鎖的)な開発環境が有利だであるのに対して、デジタルは常に進歩する世の中の技術をどう取り込むのか、オープン(開放的)な開発環境が必然となる。

故に、デジタル化する社会の中では、オープンなスタンスとオープンイノベーションがスタンダードになる。

一方、これまで日本の強みは、日本的経営と言われた終身雇用、年功序列、企業内労働組合を見てもわかるように、暗黙知が溜まることで発揮され、アナログ技術の進化には向いていた。

これは、家族主義的な経営に共通する要素でもあって、オープンイノベーションの対極に位置するものかもしれない。

要するに、日本人は、クローズなハイコンテクスト志向を選好し、オープンでローコンテクスト志向をどこかで見下していて、オープンイノベーションを苦手にしてしまっているのだ。


よっこらしょ




2020年1月9日木曜日

付けを払う

その場で現金払い出なく、後日別途精算することを「付けを払う」と言う。

なぜ、その場でないのかと言えば、朝の連続テレビ小説であれば「貧乏でお金がなくツケを溜める」であり、会社経理で言えば「資金繰りと事務の手間を減らすため」となる。

さて、お金だけでなく、本来であれば前もって対処すべきことを後回しにしてしまったことに対しても「付けを払う」必要がある。

それは、朝ドラでお金がなくて払えない事情はあったとしても、結局は支払いを先延ばしにした事実が変わらないことと同じだよね。

で、ね。付けをいつ払うのか、それには他の何か失うことも含めて覚悟が必要だよね。

いつ払うの? 今でしょ! とね。


付け呑み?

2020年1月8日水曜日

テクノロジーへの寛容さ

僕たちはこれまでにない便利な時代に生きている。

そして、その便利さを生み出しているのはテクノロジーだ。

ムーアの法則にもあるように、テクノロジーは指数関数的に進歩しているので、ちょっと前までは想像出来なかったような状況が当たり前になっていく。

おそらく、これからの時代もそうだ。

言い換えると、僕たちは僕たちの不自由さをテクノロジーに引き取ってもらうことで自由を獲得している。

だからテクノロジーが使えなくなった瞬間に僕たちの目の間に広がるのはとんでもなく不自由な世界だ。

下手をすると何ひとつ前に進めることが出来なくなる。

もっとも、テクノロジーはそういった不自由さも解決の対象としているから、僕たちの便利な生活はロバストさを増している。

滅多に不自由にならない、って言う事。

でも、本当に不自由になった時、僕たちはその現実をどう受け止めるのだろうか。

そんな時でも僕たちはテクノロジーに寛容でいられるのだろうか。


人が奏でるもの



2020年1月7日火曜日

特別な絆

人と犬の間には特別な絆が結ばれる。

帰宅後、以前に録画した「イヌと人 3万年の物語」を観ていたらそんな話が出てきた。

医学的にはオキシトシンが分泌されるのだそうだけど、確かに、僕は亡くなったルークにしてもルイにしても特別な絆を感じる。

その絆は傍目にもわかるものだろう。

そこでふと思ったのだけど、犬との「絆」にはハイコンテキストな一面とローコンテキストな一面が混在している。

例えば見つめ合って通じる部分には、これまで信頼関係を培った経験が大きい。

一方で、ルーチンになっていることやコマンドに関してはルールの存在が大きい。

その2つを組み合わせることで「絆」が生まれる。

もう少し言い換えると、ルイは嫌がる指歯磨きをしても決して僕に怪我をさせないけど、ケージに入ったらおやつをあげるのが決まりだ。

ルールの部分が多くなると、ルール意外には応じられなくなるし、信頼関係の部分が多くなると甘えが生じてルールが緩くなる。

その丁度良いバランス感覚が「絆」なのかもしれない。


絆には決まりと信頼が必要

2020年1月6日月曜日

50日間で人の顔は変わるか

そんなテレビ番組を観た。

司会はマツコデラックスさんに平成ノブシコブシの吉村さん。

この番組は、番組が見つけた素人に50日間、番組が選んだ何某かの経験をしてもらいその間に顔が変わるか写真と撮り比べる。

素人は、どちらかと言うとあまりパッとしない若い女性だ。

そんな女性が、イタリア人からイタリア語を学んだり、フラメンコを踊ったり、東京タワーの見えるマンションに住んだりすることで50日後には明らかに表情が変わる。

番組の演出もあるのだろうけど、経験を通じて人が変化する、それもキラキラ輝いていく様子にはとても惹きつけられた。

例えば、22年間彼氏がいなかった地味な女性がイルカと泳ぐための様々な経験を通じて人に刺激を受け、ハワイが好きになり、そしてとても生き生きと変わるのだ。

さて、僕は番組のポイントが、強制的なポジティブ体験にあると思う。

それも、地味な子は、尻込んでしまうような体験だ。

そんな体験が外圧となって殻を破らせる。

もちろん、誰でもがそうなるわけではないだろうけど、「経験を通じて殻を破ること」は僕たち生き物が皆持っている能力だ。

で、ね。当たり前過ぎて忘れがちだけれども、殻を破る時にそれを思い出した人は次の殻も破れるのだろうね。


殻を破る人



2020年1月5日日曜日

この一瞬に詰め込むか、それとも慈しむか

今朝、目が覚めると6時。

どうやら、僕の身体は勝手に日常のリズムに戻ってきているらしい。

一方、僕の犬は以前のような早起きではなくなり、まだ薄暗い中で寝込んでいた。

そんな犬を起こし、ここ数日より早めに支度をして夜明け前の凛とした空気に覆われた街に出る。

どうやら昨晩から今朝にかけて雨が降ったようだ。

濡れた舗道と澄んだ空気の中、僕は犬といつもの散歩コースに向かった。

去年の夏、みんなで旅行に行くまでは外でトイレが出来なかった犬もひと回り成長して、外で用が足せるようになり、落ち着いて散歩ができる。

旅は成長を促すと言うけど僕は犬を見て本当にそう思う。

川辺に着くと丁度、雲ひとつない空に朝日が登る。

風もなく、鏡のような水面にも朝日が輝く、そんな川では消防艇の掃除を誰も音を立てずに隊員たちが行っている。

朝早くから偉いなぁ。

東京オリンピックに向けて塗り直しが終わった清洲橋を眺めて、交番のお巡りさんに挨拶をして、時に歩き、時に抱っこし、そして時に走って散歩を終えた。

何気ない日常かもしれないけど、明日から仕事だと思うとなんだか一瞬が愛しくなるのかもしれない。

で、ね、効率で考えれば、できるだけ一瞬を無駄にせずに過ごすべきなのだろうけど、一瞬にあれやこれや詰め込まず空気や景色を楽しみながら大好きな犬とじっくりと過ごせる幸せがここにあるよね。

ところで年末年始の1週間のブログを振り返ると、どうやら僕の目は新しい経験に向かっているのかもしれない。

(月)今年の思い出
でも「経験」がすごいのではなく、「経験」に価値を与える僕たちがきっと凄いのだろう。

(火)さようなら2019
柄にもないことはやらないけどね。

(水)こんにちは2020
なぜなら、僕たちはもっと鮮やかな新しい暮らしを手に入れるのだから。

(木)年初の軽い悩みはパソコンのこと
で、ね。スペックやら使い勝手もあるのだけど、結局、買い物って所有欲を満たしてくれることが大事なんだろうね。

(金)僕たちの人間性とは次元なのか、振れ幅なのか、それとも質量なのか
そう考えると、僕たちは僕たちの成長を過剰に評価してはいけないのかもしれない。

(土)女性マネージャーの働き方改革
で、ね。多様性が増して組織がローコンテクスト化する中で、阿吽の呼吸が不可能になるこれからの現実を直視して、働き方のバージョンを「今」変えなくてはならない、と、休み明け前にやる気スイッチが入ったのかもしれないね。


パソコンオッケー、な、ストリーマーコーヒー


2020年1月4日土曜日

女性マネージャーの働き方改革

正月休みもあと2日。

インフルエンザからそのまま年末年始に雪崩れ込んでしまったので、僕はかれこれ15日連続で休んでいる。

明日で16日目、まあ、1週間はインフルエンザで酷い状態でとても休暇とは言えなかったけどね。

さて、今日僕は昨年11月に買った法政大学ビジネススクール高田朝子教授サイン入りの「女性マネージャーの働き方改革2.0」(生産性出版)を開いた。

高田先生はすでに何冊も出版されているし、論旨が明確で文章もとても読み易い。

久しぶりの読書だけどストレスなく読めた。

ところで僕の会社では、昨年は年末に向かって「労基法による管理監督者」に関する議論があり、マネージャーの働き方が問われている。

そして、会社は女性比率が高く、女性マネージャーがいる。

それを念頭に、本を読むと「おじさんコミュニティ」「マインドセット」「ワーキングマザーと会社の関係」などため息の出るキーワードが溢れていた。

本を読みながら、いつの間にか当たり前になっていた「うちの会社風おじさんコミュニティ」をどう解体するのか、「女性だからというマインドセット」をどう変えるのか、「コミットメントとアウトプットの関係を共有した時間の長さによる評価でなく要求とアウトプットの言語化による共有からの評価へ」どう変えるのか、などなどがもう頭の中をグルグル回っている。


要するに、どうやら直面している多くの状況は僕の会社だけが特別なわけではないのだ。

気がつけば僕の会社もご多分にもれず(というかとっくに分かっていたけど)ハイコンテクストになっていて阿吽の呼吸を求めるおじさんコミュニティ化している。

で、ね。多様性が増して組織がローコンテクスト化する中で、阿吽の呼吸が不可能になるこれからの現実を直視して、働き方のバージョンを「今」変えなくてはならない、と、休み明け前にやる気スイッチが入ったのかもしれないね。


マインドセット







2020年1月3日金曜日

僕たちの人間性とは次元なのか、振れ幅なのか、それとも質量なのか

三が日の最後の日、海外の嫌なニュースが流れてきた。

色々な背景はあるのだろうけど、人の命を奪う大義はどこにあるのだろうか。

ローマ法王が掴まれた手を振り解いたことも非難される一方で、公然と要人への空爆が命令され行われる。

このギャップが僕にはどうしても理解出来ない。

さて、僕たちの人間性は、何によって測られるべきなのだろうか。

全能の神様に一歩でも近づける叡智の次元の高さなのだろうか。

それとも、九徳のように相対する行動を様々な状況に応じて適切に使い分けることだろうか。

もしくは、超新星やブラックホールのように全ての経験が蓄積された意味づけの重みだろうか。

ここ数年、成長を測るためにずっとそんなことを考えているのだけれど、空爆命令とローマ法王の手は全能の叡智でも、九徳でも、蓄積された意味でもなく、人の業そのものだ。

地球温暖化にしても、海洋汚染にしても、そして国家間の争いにしても僕たちの成長による解決の道筋すら見えていない。

そう考えると、僕たちは僕たちの成長を過剰に評価してはいけないのかもしれない。


どこへいく?


2020年1月2日木曜日

年初の軽い悩みはパソコンのこと

2012年から使っているMacBook、昨年、なんとかバッテリー交換をしてもらえたものの、来年で8年になるので後継機を考えなくてはならない。

CPUは大きく性能が上がっているのかもしれないけど、画面サイズ、ストレージ、メモリーで同じくらいのスペックを考えると8年前と値段があまり変わらない。

これはMacでなく、Windowsパソコンでも同様だね。

実は、ここずっとプライベートではMacユーザーなのでちょっとWindows機にも関心があるのだ。

特に、ストレージ(SSD)の容量は重要で、今のMacでも512GBあって、スペックダウンするのは忍びないが、そのスペックになると値段的に考えてしまう。

また、MacはUSBとカードリーダーとか、気前よく外部接続端子が削減されてしまっていて、今の使い方が出来なくなる。

要するに8年前の機種の方が良い部分があった。

一方、Windows機であれば、値段もかなり幅があるし、接続端子も盛り沢山。

アプリの使い勝手はわからないけど、必要な要件を満たしている。

仕事で使っているのはWindowsだし、昨年、家人に買ったSurfaceを横目で見ていてもなんだか良さそうなのだよね。

さて、昔、VAIOを買った時も、Macを買った時ももう少しワクワクしていたし、購入後は、所有欲を満たしてくれたものだ。

で、ね。スペックやら使い勝手もあるのだけど、結局、買い物って所有欲を満たしてくれることが大事なんだろうね。


さーてと