2024年4月30日火曜日

困難に直面したとき唯一やってはいけないことは?

 困難に向き合い方について、これまで、未経験転職2回離婚1回そして還暦直前の戦力外退職に合わせるかのように脳出血で後天的障害者へと結構な大きな困難にも直面し仕事の中での困難は数知れずと経験したなかでどうその困難に向き合って乗り越えてきたのかを少し整理してみる。さて困難とは、冷静に余裕を持って対処するだけでは容易く乗り越えられない緊迫した事態であるさてそういった困難に直面したとき、のメンタルは破れかぶれになる、開き直る、すてばちになるの3つの向き合い方がある。言い換えると挑むか、他人事に転嫁するか、諦めるかである。人生の中でむぐり合った困難にこの3つを使い分けてきた経験からすると、転嫁しない限り道は必ず開けてきた。挑むのと諦めるのは実はともに勇気を必要とする行為なのである。要するに困難を乗り越えるのに必要なことは取捨選択である。特に人生は何かを捨てなければ次を選べないことが少なくない。例えば障害を負って出来ないことが増えるけれど、出来ないことに執着していても困難は乗り越えられない、リハビリは出来ないことを出来るようになる治療的行為だけれども、出来ない事と出来ることを知るプロセスであるとも言えると思う。出来ないことを知り、それを手放すことは困難を乗り越えるうえで大きなステップだ。

要するに人生の経路は1つじゃないということ、その事実と自分の可能性を信じることが肝要だが、誰かのせいにしてしまった瞬間に自分の可能性ではなく自分の不可能性を信じてしまうことになる。この困難はあいつのせいだと考えた瞬間に自分の人生ではなく誰かに操られる人生になってしまうのだ。人はつい因果で類推してしまうが、困難を乗り越えるのは、因果ではなく取捨の選択こそが肝要なのである。

乗り越えるのは自分。



2024年4月29日月曜日

昭和のX人材、平成のX人材、令和のX人材

 昨日、このブログで最近流行り?のDX、GX人材について述べたがDXGXなんて言う言葉もna無かった昭和や平成にも実はX人材は求められていたのだ。昭和のX人材とは、projectX人材である、24時間猛烈に働いて高い目標を達成していく人材だ、最近またNHKでprojectXが始まったのでそれを観るのがわかりやすいが、仕事命で好業績を上げることが美談とされていたワーク100%礼賛スタイルであるその結果、矢吹ジョーのように真っ白に燃え尽きてしまったり、破滅の音とともに選手生命を終えた星飛雄馬のが、昭和X人材の象徴だ。さて平成のX人材と言えば、experience人材、ウインドウズ95のマイクロソフトや、アップル、LINUXといったインターネットとパソコン黎明期にそれらの開発や普及に寄与した、コンピュータおたく達である。今日のDX人材との違いは、社会的には変人と見られていたことであろう。1995年頃、バブル崩壊のデフレ禍で社会が苦境に沈む中、唯一活気に満ちていたのが電気街からパソコン街に変貌を遂げた秋葉原だった、その活気を生み出していたのが平成X人材である。ビルゲイツ、スティーブ・ジョブズ、孫正義達は平成X人材の典型であり成功者である。

創発診断「鏡」ではこのような世代別X人材の診断も可能になっている。

X人材共通要件(ワークエンゲージメント)

仕事をしていると,活力がみなぎるように感じる

職場では,元気が出て精力的になるように感じる

仕事に熱心である

仕事は,私に活力を与えてくれる

朝に目がさめると,さあ仕事へ行こう,という気持ちになる

仕事に没頭しているとき,幸せだと感じる

自分の仕事に誇りを感じる

私は仕事にのめり込んでいる

仕事をしていると,つい夢中になってしまう

昭和XプロジェクトX人材

働きがいには、がむしゃらに働くことが必要であって、その信念に動揺を持っていたら必ず失敗する

自分自身の自信とプライドを持たなければ、いかなる課題に対しても、これを成就できるものではない

生きがいとは、欲求を充足させるための戦いであって、野心のない人間は価値のない人間だと考える

昭和X平成Xカンパニーマン人材

生きがいとは、健康なる生活、幸せな家庭、自分の趣味を十二分に生かすことである

課題解決には、一定のルール、職場規律、時間配分などが大切であって、役割の明確化が肝要である

働きがいとは、繰り返し行われる作業を忠実に実行することであって、いわゆる縁の下の力持ちに徹することである

平成Xexperience人材

無駄だと思ってもとにかく何か試してみることをいつも心掛けている

アイデア創成が好きで思いついたことは常にメモしている

アイデアを早い段階で批評的に評価しない

新しいアイデアを大切にする

創造的思考は、一風変わっていると信じている

越境し環境を変えている

経験から学んだことを実際にやってみる

あるやり方が他の場面でも使えるかどうか実験する

新しく得たノウハウを実際に応用する

新しいアイデアを仕事の中で実践する







2024年4月28日日曜日

X人材に必要なのは創発的学習である

長年SNSの世界を牽引し代名詞のように振る舞ってきたTWITTERが自己顕示欲の塊イーロンマスクによってXに改名させられたからでも無いだろうがDXやGXといった略号が広く使われている。元々Xが表象するcrossがtransと同意であることからトランスフォーム変形させる,(形態・外見などを)変える,変換する;変形する,(形態・外見などが)変わると言う意味の表象としてXが使われているのだ。トランスフォームと言えばマイケルベイ監督のトランスフォーマーシリーズが有名だがこちらは極めてわかりやすい変形である。車、飛行機といった形態が変形して敵と戦うのであるがDX もGXもデジタルや地球温暖化と戦うためにこれまでの形状から変形しろと言う時代の圧力である。そういった圧力を受けている会社員を総称してX人材と呼びたいと思う。そういったX人材に求められているのは組織や個人が経験を通じて新しい知識や戦略を生み出すプロセスとその実践である。この学習のプロセスでは、予期せぬ出来事や問題に直面した際に、それらを解決するための新しいアイデアや方法が「創発」されます。つまり、計画された学習だけでなく、実践の中で創発的に生じる学習が重要視される。X人材とは創発的学習人材なのであるもう少し丁寧に説明すると新たなAIの登場やカーボンニュートラルの規制強化といった予期せぬ出来事や問題に直面しながらそれらを解決するアイデアや方法を創発させていき実践に結びつける一連のサイクルを体現出来る人材なのである。


時代はX


2024年4月27日土曜日

ジョブクラフティングとクラフトマンシップ

創発診断「鍵」の部分解説ジョブクラフティング適性

 ジョブクラフティングとは、従業員が自分の仕事を意義のあるものに変えることで、パフォーマンスや生産性の向上につながる理論です。この理論は、米イエール大学ビジネススクールのエイミー・レズネスキー教授とミシガン大学のジェーン・E・ダットン名誉教授が2001年に提唱しました。ジョブクラフティングは、従業員の主体的行動や創意工夫を促すもので、やらされ感のある仕事をやりがいのあるものに変えることを目指しています12。

ジョブクラフティングには主に3つのアプローチがあります:

  1. 作業クラフティング:仕事のやり方を工夫して仕事の内容を充実させること。
  2. 人間関係クラフティング:仕事で関わる人への接し方、コミュニケーションを工夫して良好な人間関係を築き、仕事に対する満足感を高めること。
  3. 認知クラフティング:仕事の捉え方や考え方を工夫し、仕事にやりがいを持てるようにすること2。

これらのアプローチにより、従業員は自分の仕事に新たな意味を見出し、モチベーションの向上やパフォーマンスの改善を図ることができます。また、ジョブクラフティングは従業員のイノベーションやアイデアの創出にも寄与するとされています。さらに詳しい情報や進め方については、専門の文献やウェブサイトでの情報を参照すると良いでしょう123。

さて、こういった働き方には人によって向き不向きがある自分が以下の4つのタイプいずれにも該当すると感じる(考える)人はジョブクラフティング向きのクラフトマンシップに溢れた人である。

クラフトマン判定質問

  1. ビジネス思考傾向:課題解決には、期間・費用・要員のそれぞれについて制限があるものであり、限られた条件の中での成果こそ本当のものである
  2. 労働目的志向性:働きがいとは成就させることであり、結果そのものは必ずしも求めない
  3. 価値信念:すべての課題とは、自分の能力における挑戦課題であると考え、自分自身の能力に対する努力を惜しまない
  4. 行動傾向:与えられた作業やプロジェクトに対し、全力をぶつけてこれに当る
あなたはいくつあてはまりますか?








2024年4月26日金曜日

AIに勝る知恵とは

 AIの本質が見えてきたのは対話型のインターフェイスが開発されてからである。それまでのgoogle検索とは一線を画し、より知りたい答えに応じた結果を返してくれる、ネットをクローリングして情報を集めて検索に応じるだけでなく情報の意味を学習して問いの意味に応じて学習の結果をフィードバックしてくれる。言葉という記号の一致ではなく文脈に潜む意味に応じて時に問いを加工して提示してくれる知の生成の良きパートナーとして力を貸してくれるが肝心なのは正解を与えてくれる仕組みではないという事である、そこらへんは、chatGPTなどもよく弁えていて確定的な表現はしないよう工夫がされている。要するにAIが生成した結果も含めて確定させるという行為こそがAIに勝る知恵であると言える、この知恵の実態はメタ認知である、生成する知恵の領域に対する知識を持ち知恵の生成をモニタリングしながら知恵の生成をコントロールし、正解ではなく最適解を導く正解と最適解の違いはAIに解説してもらおう

「正解」とは、問題に対して一般的に正しいと認識される答えを指します。例えば、数学の問題で「2+2はいくつか?」という質問に対する「4」という答えは、客観的で一般に正解と受け入れられます1。

一方で、「最適解」とは、与えられた条件のもとで最も効果的な結果をもたらす答えを指します。これは、特定の状況や制約の中で、最も適切な解答や方法を見つけることを意味します2。例えば、ビジネスの意思決定や日常生活の選択肢の中から、その時点で最も合理的な選択をすることが「最適解」と言えるでしょう。

要するに、「正解」は一般的に正しいとされる固定的な答えを指し、「最適解」は状況に応じて変わることがあり、その時点で最も適切な答えを指します。両者は似ているようでいて、使われる文脈や意味合いが異なります。

結論的にはAIに勝る知恵とは、AIが生成する知恵も活かせるメタ認知(知識、モニタリング、コントロール)である。

AIを超える術


2024年4月25日木曜日

サブスクの終焉

 私はサブスクが嫌いだ。サブスクとは言い方を変えたローンだから。住宅ローンやマイカーローンなど、ローンを使ったことがある人は、金利で倍以上の総支払い額になることを知っている。私はかつて銀行員だったこともあって、ローンがいかに金融機関の儲けになっていたのかを知っている。銀行が儲かる即ち、利用者は損をしているのだ、金融収益は商品の利益率よりも高い、昔実家が問屋をやっていた時、仕入れ代金の支払いの手形を割引(手数料?金利?を)していた。仕入れ業者はいち早く現金が欲しいから代金を少し減らしても割引を依頼してくる。こういった私的金融は大変儲かるものだということである。サブスクを導入した企業が軒並み好業績なのを見てもローンがうんと儲かるものであることが良くわかる。支払い側にとってみれば、手元に十分な資金が無くても、商品やサービスを利用出来るというメリットに飛び付くのだがその実態は、提供企業の儲けへの貢献である。まだ財の所有という実態があればよいのだけれども、利用権のサブスクなどは、金融の仕組みで考えれば、儲けへの寄付みたいなものである。所有権を移転しないサブスクのなんて多いことか。私はそう感じてしまうので。サブスクが嫌いなのだ、多くの人は複数のサブスクで可処分所得をシェアされる、一見利用者がシェアしているように見えて実はシェアされているというシェアエコノミーの二重の市場性こそがサブスクの実態だ。まあローンだと思って、現金一括より高く購入している理解があれば問題は無い。問題があるのは、得をしているという錯覚のもとでサブスクで可処分所得をシェアされている理解が無いことである。しかし、最近は、企業の儲けの打ち出の小づちだったサブスクにも衰退の兆しが表れてきているらしい、それはそうだ、昭和世代にはローン地獄という言葉があったけれど、令和世代はサブスク地獄に晒されている最近は子供の時から金融教育が必要だと言う論調が多いけれども、実は投資教育よりもこういった、金融の実態に関する教育の方が必要だと思うのは私だけだろうか?

サブスクはローンと一緒


2024年4月24日水曜日

カスハラが脱サービス化社会の幕開けか。

 カスハラ問題が大きく取り上げられるようになった。1次産業とそれに続く2次産業において神様は自然であり、その自然を用いて商品を供給するサプライヤーであった。戦争で物不足になった時をテレビドラマで観る当時の様子を思い起こせば良くわかるしかし、モノ余り過剰供給の時代が来ると神様は消費者になった。三波春夫はお客様は神様ですと言い、スティーブ・ジョブズは利用者が喜ぶ姿を思い描いて商品を開発しイノベーションを興した。脱工業化、サービス化社会の到来である、しかし、サービス化が行き過ぎ供給者が消費者に隷属する中で生まれてきたのがカスハラ問題である、カスハラ問題は、エコシステムの中の神様は誰なのか問題であり、この問題と並行して起きているのがSDGSというグローバルなエコシステムの持続可能性の問題だ要するにサービス化社会の限界がもうそこにあるのだ、社会のサービス化と同時に起きているのが高度情報化でありAIのシンギュラリティである、最近のニュースはAI音声というのも普通になってきたが、次の神様候補はAIである、という映画がたくさん創られている消費者や利用者の相手をしてくれるのはもはや隷属扱いされる供給者ではなくAIに変わることは間違いないだろう、人材不足解決の決定打はAIである。仕業など高度な専門性を扱う職業がAIに取って代わられるという現象は、AIが神の地位に一番近いことを表している。AIの実態は巨大な情報資源を知識化する計算式であるが、知識産業自体が駆逐されかねないというのは極めて皮肉な話である。このように、脱サービス化社会における神様候補はおそらくAIであるAIのオラクル(神託)によって人々は行動するようになるのだ。一方でAIは人の悪意も学習してしまうことが知られている、AIのオラクルは、悪に染まっている可能性もあるのだ、悪魔化したAIはハラスメントをするようなカスタマーを決して許さず罰を与えるだろうとなると脱サービス化社会とはAI社会なのかもしれない

カスハラはAIに隷従する社会の幕開け


2024年4月23日火曜日

ジャンプ・ジャンプ・オッペンハイマーもジャンプするのか。

 コロナ禍も去ってライブも盛んに行われるようになった若者に人気のライブはのりのりだ。特にのりの良い曲になると1万人以上の観客が皆アーティストといっしょになってジャンプをはじめる 以前書い 脳と心の幸福を考えると言う記事で池上教授はボンゴを叩くリチャードファインマンの動画を投影しこれが幸福だと語った。三木清は  機嫌 が よい こと、 丁寧 な こと、 親切 な こと、 寛大 な こと、 等々、 幸福 は つねに 外 に 現 はれる。 歌 は ぬ 詩人 といふ もの は 眞 の 詩人 で ない 如く、 單 に 内面的 で ある といふ やう な 幸福 は 眞 の 幸福 では ない で あら う。 幸福 は 表現 的 な もの で ある。 鳥 の 歌 ふ が 如く おの づか ら 外 に 現 はれ て 他 の 人 を 幸福 に する もの が 眞 の 幸福 で ある。

三木 清. 人生論ノート (p.15). 青空文庫. Kindle 版. と言う

心理統計という内面的な幸福論を展開した前野教授に対して言葉ではなく、幸福とは何かを体感させた池上教授の一本勝ちだったとその時感じた。さて、アカデミー賞を受賞して日本でも公開がはじまったオッペンハイマーはファインマンと同じ物理学者であるが、原爆の父として知られる、映画は観ていないけれど、ファインマンとオッペンハイマーを比較すると何かに気づけるかもしれない。さて、ファインマンはボンゴを叩いて幸福を現したがオッペンハイマーがもし今生きていたら、vaundyやyoasobiのコンサートでジャンプしただろうか?皆とジャンプしていたら原爆は開発しなかったかもしれないなどと空想してみる。





2024年4月22日月曜日

転職と言うアクティビティから見えてくる人的資本の本質

 人手不足のご時世、転職市場は大盛り上がりである。私がかつて転職した際には友人からなんでそんな得にならないことするんだと言われたりもしたけれど、今時そんなことを言う人はごく稀であろう、転職はキャリアを築くうえでも、収入を増やす上でも有効な権利である。終身雇用全盛の時代は、キャリアは1ステージがお得だったからね、転職のたびに収入が減るなんていうこともあった。まあ今のミドルシニア層ではその構図は変わっていないかもしれないまぁ労働市場も需給バランスだから仕方が無いしかし今日のようなゼネラルで多能工的ワークスタイルが一般化するなかで個人の生産性なんて測りようがないのだから労働力の需要と供給って何が基準になっているのかよくわからない。終身雇用時代は定年までの残存年数から総労働可能時間が人的資本の価値だったけれど、終身雇用が崩壊した大転職時代に労働時間の拘束予約が人材の価値であるというのも時代錯誤だし、経験年数や職能主義というのも古めかしい、AIの時代にスキル志向というのもバカらしい。要するに人的資本とかいわれるけれど、人材の何が資本なのか極めて曖昧なままなのである。転職と言うアクティビティを通して見えてくるのは期待され担う責任とその責任を果たしきるという覚悟の倫理観こそが人的資本の本質なのかもしれない。



2024年4月21日日曜日

認知科学的リフレクション

リフレクション(内省)は反省と違う。反省と自分の行為行動の至らぬ点や欠点とその改善の宣言を

を他者に対して表明することであるが、リフレクションは行為行動から感情や思考も含めその背景に潜む本質に目を向け本質的な意味の先にある新たな行為行動の選択肢を増やすことである反省は人として謙虚であるという人としての態度であるのに対して内省は学習なのである。

認知科学的に学習とは、認知リソースによる創発的認知変化であって、内省はまさに創発的認知変化のための、資源開発と言えるだろう

ALACTモデルでは、本質的な意味への気づき2つめのAのあとにCとT選択と試行が続くがこの連鎖するプロセスこそが資源開発と認知的変化(創発的学習)の連鎖なのである。




2024年4月20日土曜日

ワクワクする人生の作り方

 ワクワクとは脳が作り出すポジティブな心理状態である。快楽と多幸感が外に現れている状態である自立のワクワクコラボのワクワクと多くのワクワクは効力感と期待感に支えられている、それらの感情は、認知リソースの脳内ネットワークが報酬系と結びついた大域的アトラクターのなせる業だから、経験や、環境、状況といったリソースが重要な働きをしている、経験のリソースは、経験の要素と、その要素の順列という物語性によって構成されている、「何を」「どのように」が重要なのだ。これ下手をするとハウトゥーになりがちだ、でも、人はハウトゥーマニュアルにはワクワクしない、一方で、物語を読むとき多くの人の心はワクワクするものだ、この心の働きを比べればワクワクに必要なものが見えてくる。偶有性や不確実性の中で合理的目標ではなく、希望的目標に対して(期待感)、認知リソース「何を」をどのような順番「どのように」創発的に並べていくのかといった自由意志の存在(効力感)が不可欠なのである。


2024年4月19日金曜日

傷ついたことのない人ほど人を傷つけることに無頓着?わかりやすさ大好き 人はなぜラベルに目が行くのか

 ラベル貼りは良くないと多くの人が知っている。最近の小学校ではあだ名禁止になっているらしいけれどあだ名というラベルを貼ってネットワークの距離感を近づける要するに仲間意識を醸成する効果があるのだ、しかし近すぎる距離感はその他の人を疎外したり、時に仲間関係のこじれ(見下しなどの差別)につながるリスクがある。親しみを生んで仲間意識を醸成するうえでニックネームやラベルは効果があるが、差別やいじめを誘因し固定化させる危険性もある。ラベル張りで普及しているのが血液型に星座に日本であれば干支である。生先天的な記号でその人を決めつける行為だ。それによってリアクタンスを持ったことがある人は、ラベル張りが人を傷つける危険性を知り、嫌悪する、しかし、そういったことをあまり感じたことが無い人は、親しみを増すという効用に目がいってラベル張りをしたがる。人は他者と親しみが増すのが大好きな社会的存在だからだ要するにラベル張りは社会性の表れなのである。毒舌で鳴らした人気芸能人有吉さんはかつて仲間の芸人にニックネームをつけることで人気を博していた仲間との親密感が社会的の好まれたのであろう。しかし、あるときからニックネームをつけなくなった。ラベル張りの危険性に気がついたのであろう。



2024年4月18日木曜日

成長優位学習優位な世界の歩き方

 科学技術の進歩においても地球環境の変化においても、社会秩序の激変においても私たちの世界は、これまで未経験の変化に晒されている。予測不能な環境の変化を乗り越えるには、成長し続けなければならない。成長の原動力は学習である。要するに、学習し続け成長し続ける習慣こそが唯一の道なのだその道の歩き方は、常に行為主体者であること、要するに、自分の道を自分で歩くことに尽きる、自分で選んだ道ならば、例えその道が行き止まりであっても険しい上り坂であっても、責任を取ることが出来る、しかし誰かが敷いた道だと、責任を転嫁したくなる。人の心とはそういうものだ。要するに、行為主体者として自分の心と向き合いながら学習し成長するのが、複雑化し予測出来ない社会の歩き方なのである。




2024年4月17日水曜日

物語る自己から見える2つのアイデンティティという多重性

 昔乗っていたオートバイを調べているうちに昔の自分の日常を思い返していた。幼稚園の時小学校の時中学の時、高校の時、大学の時、社会人の時、最近と、奇跡的に残った数枚の写真を眺めながら当時の自分を回想して、いたのだが、まさにリフレクションになっていて、自分の本質を問うことになっていたそこから見えてきたアイデンティティは2つ、友達と一緒に遊ぶのが大好きで人に優しい自分と、他の人と違い時に奇抜な自分らしさを発揮することが大好きな変わり者の自分である。皆と一緒に遊ぶと言う感覚が失われるとストレスがたまってもうひとつの自分が爆発する、でも、その反発力が困難を乗り越える原動力になっていたのも事実。

私の人生の物語りはこうして綴られたものであったのだ





2024年4月16日火曜日

日本を蝕む自己犠牲のエコシステム

教員の定額働かせて放題に医師の宿日直と一般企業の労務管理から言ったら考えられないような労働が許されているらしい。これらの仕事に共通するのは社会に貢献したい役立ちたいと言う信念が強いことだろう、有る意味それを逆手にとって酷い労働慣行を正当化しているのだ。しかしその慣行が通常化することでそれらの仕事ではそういった自己犠牲が無いと機能しないような状況になってしまうこの負の連鎖はどこかで切らないと自己犠牲のエコシステムが日本から無くなることは無くなってしまう。まあ結局はそういった自己犠牲のエコシステムは持続不可能なのでやがてはメスが入るのだけれども問題はそれまでに人的資本が毀損してしまうことで有る最もこういった自己犠牲のエコシステムは法整備を行う官僚で典型的なのだからシステムが崩壊するまでメスが入ら無い可能性すらある。犠牲を強いるエコシステムは戦時中から変わっていないのかもしれないシステム思考とか言葉は踊っているけれどあまりにも空虚だ。

持続可能なエコシステムを今こそ私たちは社会実装しなければならないのだろう。




2024年4月15日月曜日

濃厚コミュニケーションでは解決できな掛け違い

 心理学では我思う我と誰思う我にはすれ違いがあることが知られている、それは私の現状に対する自他の認知の不一致である。こういった認知の不一致を1on1といった接近した濃密なコミュニケーションによって解決できると考える筋もあるが認知による知識の生成の仕組みを考えれば自分や他者に対しての知識が創発である以上一致することは不可能なのである。要するに異なった経験によって培われたアイデンティティが一致することは無いのだ。多くの場合他者のアイデンティティに関する知識は、共感と類推によってつくられるものであるが個人が保有する認知リソースとマルチモーダルなネットワークは共有出来ないのでそれは仕方がないことである。それは現状のアイデンティティだけでなく未来のアイデンティティである、希望と期待でもまったくどうようである。いかにコミュニケーションを密にとっても、個人の認知リソースとそのネットワークが共有出来ない以上心理学が言うように常にズレていると考えるべきであろう故に大切なのは、ズレを無くす努力ではなくズレという困難を乗り越える努力なのであり、まず、ズレを知覚することからはじまるべきなのだ。EHシャインは著書Helpingの中でプロセスに目を向けた支援関係の構築を述べているが効果的な支援関係においては期待と希望の応酬ではなく、具体的な行為行動の不一致を解決すべき問題に据えるべきであると説いているコミュニケーションの密度ではなく、コミュニケーションのテーマが重要なのだ。まずは、コミュニケーションではアイデンティティの認知に対するズレは決して解決できないという事実を受入れ、話せばわかるという幻想を捨て、doingにフォーカスを合わせてプロセスを変えるそのためにはどう自分が在るのかを考える、コアリフレクションが重要で合って、対話では無いのだ

doingを変えるにはthinking,feeling,wantingといった心と向き合わなくてはならない


2024年4月14日日曜日

会社をトロイの木馬にするな。創発できない者を受入れてはいけない理由

 世界が広がる転職と広がらない転職がある。環境を変えれば人は偶有性を発揮して新しい環境に適応するので世界は広がるのだけれども、実際に転職した人を見ていると世界が広がっていない転職者も少なくないそう言う人は興味関心が限定的である先日好奇心は自分事からというブログを書いたがまさに事業や事業目的が他人事なのであるそのくせ頭ではわかっているようなふりをする共感を見せたりもするのだけれども、根本的には興味が無いのだ。悲劇はそういう人が成り行き上経営トップに立った時であるが、この問題は通常の転職者に普通に多く見られる現象だ。学習志向性よりも成果志向性が強い人に顕著にみられる過程よりも結果を強いられてきたためやそもそも、成果で人の価値をはかるという信念に囚われていることによって意味を生む資源への興味が薄いのである。 興味関心や好奇心は創発という価値の生成の源である。事業が価値を生む活動の集合であるとするならば、創発無き人材は。スタッフであっても、CEOであっても事業の敵なのである。そういう事例を嫌と言うほど見てきた。







2024年4月13日土曜日

回想というリフレクションが未来を拓くわけ

 リフレクションとは、行為行動を振り返って査察し、本質への気づきから新たな選択肢を得て行為に行動に向き合う一連の心的プロセスであって、英語の頭文字をとってALACTモデルと呼ばれる、この査察において思考感情欲求の重層的な心理の構造を用いるより深いリフレクションをコアリフレクションと呼ぶ。リフレクションでは理論と実践の往還を通じてより実践的な知の生成が行われる。さて、回想とは過去の出来事をその時のマルチモーダルなリソース(五感など)や心理的な状況も合わせて記憶から引き出す行為であるが、その状況や環境も合わせて査察することでとてもリフレクティブな行為であることは想像に難くない。最新の脳科学では、記憶の想起と未来を描く脳の働きは同じであることが解き明かされているので、回想と言う行為自体が、新たな選択肢をもってまだ見ぬ未来に備えることなのである。





2024年4月12日金曜日

信頼性と妥当性

 心理尺度などで専門家的観点から検証が行われるのがこの信頼性と妥当性である。

信頼性とは本当にそのものさしで測れるのかという一貫した結果が得られるのかの問いであり。妥当性とは正しく測れるのかほんとうにそのものさしでいいのかという問いだ。信頼性の問いに対する答えはほらちゃんと一貫しているよという客観的実証であり、妥当性の問いに対する答えはほら、大丈夫でしょう、という説得だから論理的妥当性とも言われる。つまり、実証と論理言い換えれば証拠と尤もらしさということになる。実証で用いられるのは主に統計的分析である。


2024年4月11日木曜日

内省と創発

 内省とは、日常的な出来事の意味を見出し新たな選択肢を生み出す賢慮(より良く生きるための判断力)であり、現在や未来だけでなく過去の全ての経験も内省の対象である。さて、私たちが意味を見出すプロセスは創発的であってプロセスは知の生成によって究明されているが生み出された知であるところの気づき自体は意図不在、還元ふのうなものと理解されている。つまり、内省と言う行為の根幹にある本質への気づきとは創発なのである。内省ALACTモデルの提唱者コルトハーヘン教授のコアリフレクションでは思考から欲求の重層的な心の働きを用いて複雑な思考の連携を使って創発(気づき)を促すモデルであるとも言えるかもしれない。コアリフレクションは心の包摂アーキテクチュアなのである。



2024年4月10日水曜日

私たちはどう危機に対応するのか

 天災のみならず私たちは予測不能な未来のに向かって生きているだから想定外は日常なのだ。そして時にそれは危機でもある。ではそういった危機に私たちはどう向き合っているのだろうか。おおまかには以下のようなプロセスを踏んでいる。混乱期(興奮期)・事態掌握期(平静期)・対応検討期・対応実行期・反省期(後悔悔悟期)内省期(学習期)想定外に出くわすとまず混乱し興奮状態に陥るしかし、想定外を乗り越えるために冷静になって対応を考えなくてはならないこれが平成期だ。この時期にヒステリックぶ対応をすると事態はより悪くなる。さて落ち着いて出口を見つけたら危機から脱出するのだけれどもそれが終わりではない。なぜなら想定外の危機は嫌だからなぜそうなってしまったのか因果を明らかにし次なる危機を直接的に回避しようとするのだしかし、想定外の危機は直接的な要因だけでは無いと気づきホリスティックに本質を解明し抜本的な対策を考える内省期を経て次の行動の選択肢が生まれるのである。この過程はキューブラー=ロスの死の受容には否認、怒り、取引、抑うつ、受容の5段階があるとも通じるものがあるのかもしれない。


2024年4月9日火曜日

好奇心は自分事から

 ドイツでは16歳から投票権が与えられるのだそうだ。学校では、生徒が政治に関心を持つよう働きかけることが重要になっているのだけれでも教師はそれは簡単だと言っていた政治が自分の生活にどう関わっているのかを教えれば関心を持つとのこと、要するに自分事にしてあげる手伝いを教師がするのだよく学校で生徒が先生にこれは将来どう役に立つのですかと問う場面がよくあるが問われた時の導きが肝心だということであろう。誰でも自分事だと思うと身が入るというもの学生の越境活動を後押しする法政大学の長岡教授は、身の周り3mの社会課題という表現をされる。どこか遠く離れた場所にある社会課題ではなく直ぐ近くにある課題と捉えるだけで、自分事になり、関心が深まるのだ。例えば地球温暖化だって、北極や南太平洋の島しょ国の問題だと思えば他人事だけれども、家の前の桜が咲かないとか今日も雨で皆と花見が出来ないとか思えば自分事になる。結局好奇心はその対象に対する自分との距離が全てだと言えるのかもしれない。しかし世界の全てを身近に置くことも出来ない情報化社会はユビキタス化によって



2024年4月8日月曜日

僕達が心理学に夢中になるわけ

 僕達は皆心理学に興味があって好奇心を持っている。マンションのゴミ捨て場に心理学に関する本を捨てるために置いておけばあっという間に持ち去られるし、心理的安全性なんて言葉がバズったりするそもそも心理とは目に見えない何ものかだ、心とは創発現象だから意図も不在だし還元も不能であって、仏教は古より色即是空、空即是色と心や心が織りなす意識(それが色)はあるようで無いものとその実態を説いている。にも拘らず僕たちはなぜか心の実存に思いを馳せてしまう。神のやUFOのや霊の存在に想いを馳せるのと同じように。ところが、ある本を読んでいて、なぜ僕たちは心理好きなのかがわかったような気がした。それは鈴木敏夫. 【電子特別版】スタジオジブリ物語のこんな一節である。

今 の ドラマ は、 みんな 人間 の 心理 を 描こ う と する。『 エヴァンゲリオン』 は 象徴的 です。

鈴木敏夫. 【電子特別版】スタジオジブリ物語 (集英社新書) (p.172). 株式会社 集英社. Kindle 版. 

そうなのだ、僕達テレビ世代・アニメ世代・漫画世代は映画やマンガやドラマなどそれらの視聴を通じて心理描写に感化されているのだ。空即是色で心と言う空を色にする表現は目に見えないものに不安を感じる私たちの気分を満たすことで広く普及する一方で、瑞々しい現実から心理へと目を反らしてきたのだ。




2024年4月7日日曜日

計画的偶発性理論というガチャ玉人生の暴論

 私はかつて自画持参ガチャトークというコミュニケーションデザインの実験に毎月参加していた。ガチャ玉に入れられた誰かのトークテーマを当選した人が3分間スピーチしてそのあと対話を行うと言う対話イベントである。対話のテーマ自体も偶然性に委ねることで、対話でありがちな、話したい人が話したいことを延々と話し続けるというコミュニケーションの構図を変える秀逸なデザインであった。話したい人がじっと我慢して人の話を聞くというのは傾聴(アクティブリスニング)と呼ばれる対話の中核にある行為だ。さて人生にはガチャ玉のような出来事が実は日常的に配置されている、例えば新年度の配置配属などもほぼガチャ玉である。明けてはじめてわかるもので、ガチャトークといっしょで自分の話したいことが出てくる可能性はほぼゼロだ。キャリア論では有名な計画的偶発性理論というのがあって、優れた?キャリアを築いた人々は置かれた場所で咲いているという研究結果から導かれた実践知的理論なのだけれども、3分スピーチならまだしも、最低3年間を過ごすとなったらそんなに好意的に前向きに捉えられるものじゃない。カップヌードルだって3分は待てるけれど30分だったらきっと誰も食べない。計画的偶発性理論は、経営者にとっては人事権の自己正当化理論であって当事者にとっては慰めのガチャ玉理論でしかないのである。



2024年4月6日土曜日

変えられるもの変えられないもの他人と自分の境界線という賢さ


神よ、変えることのできないものを静穏に受け入れる力を与えてください。

変えるべきものを変える勇気を、
そして、変えられないものと変えるべきものを区別する賢さを与えて下さい。

ニーバーの祈り

このニーバーの祈りを少し変えると極めて実践的な知恵になる

変えることのできないもの他人、変えるべきもの自分 

神よ、他人を静穏に受け入れる力を与えてください。

自分を変える勇気を、
そして、他人と自分を区別する賢さを与えて下さい。


プロセスコンサルティングの提唱者EHシャインはコンサルティングで大事なのはその問題は自分の問題ではないという自覚だと言う。自分を変える手伝いは出来ても自分でない他人は変えるのではなくて受け入れる対象なのである



2024年4月5日金曜日

記憶というクリエイティビティ

 記憶とは脳内に保存されている情報のネットワークなのだそうだ、それゆえに記憶は変わるしちょっとしたことで思い出したりするのだそうで、不思議です。例えば、40年前、新社会人として勤め始めた時、その会社は新入社員は全寮制だったのでずっと実家だった生活も、一変して、寮での共同生活、寮の食堂での朝飯、夕飯と、全てが新鮮であったけれど、初出社日は4月なのに雪がちらついていたことを覚えている、その雪がちらつく様子を思い浮かべると、当時の生活や最寄り駅までの商店街の様子などまるで芋づるのように極めてリアルに想い出せるのである。AIが絵を描いてくれるように。

自分 が送信しました: 寮から駅までの商店街が連なった道を小雪がちらつく中、歩いて出社する40年前の新入社員時代の絵を描いて欲しいで描いてくれた絵




2024年4月4日木曜日

リアクタンスとストレスにまみれる新年度という学習環境

 新年度が始まったこの時期は適応が問われる時期でもある新しい環境に身を置きそこでの動き方や応じ方を身につける時期であるこれまで人並みにこの適応の時期を超えてきたがやはり心躍るよりも苦労した記憶の方が多かったように思える。しかし苦労とはまさに学習のプロセスで起こる心理的葛藤であり。リアクタンスやストレス反応である。

心理的リアクタンスは、自由を制限されたり、強制されたりすると抵抗感を覚え、その逆行動をとろうとする心理的反発のことを指します 

もちろんです!ストレス反応は、長時間または強いストレッサー(ストレス要因)の刺激を受けた場合に生じる生体反応であり、生体の自然な適応反応です 

以下に、身体のメカニズムを通してストレス反応がどのように発生するか、詳しく説明します。

ストレスとは?

ストレスは、ホメオスタシス(生体恒常性)を乱すような状態を指します。

実際には、ストレスの定義は明確ではありませんが、物理学の世界から由来しています。

身体は環境の変化にかかわらず、自動的に一定に保たれるホメオスタシスというシステムがあります。

生理的な4つのストレス反応:

自律神経系のストレス反応: 交感神経が刺激され、アドレナリンの分泌が促されます。心機能が高まり、呼吸が早くなり、筋肉が緊張します。

内分泌系のストレス反応: 抗ストレスホルモンであるコルチゾールが分泌され、全身の細胞に作用して血糖を上げたり、炎症を抑えたりします。

免疫系のストレス反応: 免疫系は自律神経系と内分泌系に密接に関係しており、一般的に抑制されます。

情動的な変化に伴うストレス反応: 気分や感情の変化がストレス反応として認められます。

これらの反応は、ストレスに対する身体の適応メカニズムであり、ストレスが生じると自動的に発生します。

要するに自我と適応の学習こそが新年度の本質なのである。



2024年4月3日水曜日

新朝ドラ「虎に翼」で読み解くコンプライアンスの正体

 法律は表象されたマクロ的社会秩序であって正義じゃない正義とはアリストテレスによれば他者やコミュニティを大切に思う心である。心であればそれは創発するものだから正義も意図不在還不能なものということになる。要するに正義は実は人それぞれで異なる他者を思いやる心なのである。他者を思いやる心が他者を攻撃してはならない。自分の正義を振りかざす人は秩序という武器を振り回して他者を傷つけているに過ぎない。コンプライアンスとは心を心で想うことであって、他者を傷つけることを正当化するものではないのだ。社会秩序を遵守して社会全体が機能するように考え行動することは大事だけれど秩序は他者を攻撃する武器じゃない。案外他者への攻撃を正当化し、自分が優位に立ちたいがゆえに正義を振りかざす人も少なくない。折しも4月からはじまったNHKの朝ドラ「虎に翼」は女性初の弁護士の物語りと、かつての日本の男尊女卑の時代描写も含めて、こういった社会秩序といった正義の武器をいかに振り回して他者を傷つける行為が横行していたかも窺い知ることが出来る。そこに疑問を持つ主人公を俳優伊藤 沙莉さんが絶妙なバランスで演じている。コンプライアンスの問題は、心で心を想えないという心の問題なのである。

AIが考える心は脳の中にあるらしい

2024年4月2日火曜日

新入社員はコミュ障?思い通りにならない相手をコミュ障と決めつける社員が会社を荒廃させていく。

 以前会社で仕事をしていたとき、中途採用の社員が他者の事をやたらコミュ障と決めつけるのに大変違和感を持った記憶がある。それまでコミュ障という語彙を持ち合わせていなかったこともあるけれどまがい也にも他者を障害と決めつけることなどあってはならない、やむを得ずの経験者採用であったが採用失敗であることはそれだけで明白だ。こういう経験者が渡り歩いた会社はぺんぺん草も生えない。ことを目の当たりにした。経験やスキルありきで採用してはいけないという教訓になった。


コミュ障とは、コミュニケーション障害の略で、人とのコミュニケーションが苦手な人々を指します。この言葉は、ネット上で広まり、リアルな対人コミュニケーションが難しい人々を表す際に使われています1234.

具体的には、以下のような特徴があります:

  1. 人とうまくコミュニケーションがとれない:対人コミュニケーションが上手くいかない状況を招きがちです。思ったような反応が得られない、異なる回答をされるなどが該当します。
  2. 人と話すこと、対人関係が苦手:人見知りである、うまく返答できない、交流に強い苦手意識があるなど、コミュニケーション能力にコンプレックスを持つこともあります。
  3. ダウナー系(静的)コミュ障:おとなしく目立たず、自己主張が苦手なタイプ。根暗や陰キャと呼ばれることもあります。
  4. アッパー系(動的)コミュ障:目立ちたがりで自己主張も強いが、周囲の空気を読めず、人との距離感を見誤りがちです1.

コミュニケーション障害は医学的な診断に基づく疾患であり、言葉を使うことに対して障害が発生する複数の疾患を指します。一方で、俗語としての「コミュ障」は、性格的な悩みや対人コミュニケーションの苦手意識を指します15. この違いを理解することで、適切なサポートや克服方法を見つけることができるでしょう。




2024年4月1日月曜日

人間関係という困難を乗り越えるための心理的資本

 4月1日はエイプリルフールであるが、新生活の開始日でもある。新社会人、新入生と新しい環境での新しい人間関係に多くの人が放り込まれる日、放り込まれ人を受入れる日でもある。さて、私たちが直面し乗り越えなくてはならない困難の中でも、人間関係は日常的な困難だ、人間関係が困難なのは、他者理解が難しいことにある。倫理的で他者の尊厳を認める心理的資本に長けている人にとっては他者との関係性構築は乗り越えられる困難だ

心理的資本は、以下の4つの構成要素から成り立っています(これらの頭文字を取り「the HERO within(自分のなかにいる英雄)」とも表現されます)1:Hope(希望): 目標に向かうエネルギーと目標達成の計画を持った積極的な状態。成功できると思える心理状態です。2;Efficacy(自己効力感): 自分ならできると信じる認知状態。自己効力感の高い人は、高い目標を設定し、挑戦を歓迎し、障害に直面しても粘り強く取り組む特徴があります。3:Resilience(回復力): 逆境や失敗から回復したり、前に進もうとする能力。ポジティブな変化にも対応できる状態です。4:Optimism(楽観性): 前向きな心理状態。知識や人脈を活かして目標を達成しようとする意欲があります。しかしこのHERO見ればわかるけれど、これらは困難を乗り越えることで身につくものだ、つまり、人間関係の困難を乗り越えるためには人間関係の困難を乗り越えることで心理的資本を保有する必要があるという、ネスト(入れ子)構造がある。しかし、実は私たちは、人間関係の困難を乗り越えてきた経験を実は誰もが持っている、問題はその経験が心理的資本として自己認知されていないことなのである。心理的資本の自己認知無しで人間関係の困難に放り込まれるということは、軍事訓練無しで戦場の最前線に放り込まれるようなものであるでは、心理的資本の自己認知はどうすれば出来るのかというと自分自身を資本化するという取り組みの中で生まれるものである。