2024年2月29日木曜日

真似は悪行?学習の守破離は模倣学習から状況学習そして創発学習へ

 NHK朝ドラの再放送でまんぷくという、インスタントラーメン開発者安藤百福の物語りが再放送されている。必死に開発したインスタントラーメンが市場に受け入れられた途端に産業スパイが入り込んで偽物が市場に出回り、偽物を売る会社の社長が真似して何が悪いと開き直るシーンがあった、これはある意味正しい本音だろう、モノ作りは何事も真似からはじまるのだ、日本はかつて欧米の真似をして産業を発展させた今やGNP世界2位の中国も少し前まで苦笑しちゃうような偽物天国だった。模倣は学習の第一歩である。模倣によって学習が定着すると創発学習がはじまる、要するに守破離である。守は模倣学習、破は状況学習、離は創発学習である。真似る、順応する、創出するとステップアップするのだ。しかしこのステップアップ、順番に進まなくてもよいというより、これらは常に同時に競合し協調しながら学認知的変化、知識生成を行っているのだ。



2024年2月28日水曜日

他者理解と言う非効率、面談(1on1)や面接(採用等)の生産性は上がるのか?脳科学の最新理論で読み解く

 他者理解には兎角時間がかかる組織と言う協働形態において時間がかかると言うことは効率を悪くしていると同義である。

そこでなぜ他者理解に時間がかかるのかchatGPTに端的にまとめてもらった

他者理解が時間がかかる理由はいくつかあります。まず第一に、個々の人は異なる背景、経験、価値観を持っていますので、他人の視点や感情を理解するには時間と努力が必要です。また、コミュニケーションの障壁や誤解、言葉の違いなども理解を妨げる要因となります。さらに、深い理解を得るためには相手の状況や背景を考慮し、共感することが必要ですが、これも時間を要します。最終的には、他者理解は継続的な対話と関係構築を通じて深められます。

要するに異なるリソースを元に創発する心を理解するのは努力と時間が必要なのだと言うことである

創発する心についてはフリーマン理論が詳しい。脳科学者ウォルター・フリーマンが提唱した、脳の情報処理に関する理論です。 フリーマン理論は、脳が単なる情報処理装置ではなく、非線形ダイナミカル・システムとして捉えるべきだと主張します。 この視点に基づいて、脳の活動はパターンや振動といったダイナミックなプロセスによって特徴付けられ、情報処理は静的なアルゴリズムによるものではなく、複雑な相互作用によって成り立つと考えます。 フリーマン理論は、伝統的な情報処理モデルに対する新しい視点を提供し、脳のダイナミクスと複雑性に焦点を当てます

故に心は思考で理解することは出来ません。機械学習人が理解出来ないのと同じだではどうやって心を理解するのかと言えばミラーリング出来る感情と経験や状況のリソースなどを手掛かりに、心を模倣するのですそれが状況や背景の考慮と共感と言うことです。端的に表現すると心を想うと言うことです。

技術の進歩が協働を一層の生産性に駆り立てる中で人と協働の形態である組織にかかる圧力は今まで以上に増していく。対面による信頼形成やインタラクティブなやりとりを通じての他者理解が大きなボトルネックとなることは明白である。



2024年2月27日火曜日

技術の進歩と協働の追いかけっこ

 産業革命以降産業社会に生産性の果実をもたらしたのは、技術の進歩と協働の形態である組織によってであった。ハイデガーは技術が人間を自然の利用へと挑発し生産へと駆り立てられ続け歯車が止まらない状態を総駆り立て体制と呼んだが、「組織」とは生産性に駆り立てられた人の集まりのことなのである。この事実は技術が進歩するたびに人と組織もより生産へと駆り立てられることを指している。つまり技術の進歩は人を楽にはしてくれないということである。生成系AIの登場は人を更なる生産へと駆り立てる予告編なのである。DX人材、リスキリング並びにコミュニケーションなどの対人能力、イノベーション人材など、時代のキーワードは全て技術によって駆り立てられた人と組織の様相なのである。さて、人は技術に駆り立てられてより良く生きていることになるのだろうか。



2024年2月26日月曜日

話を聞くAI話を聞かない人間世界を滅亡させる脅威はAIかご老人か。

 生成系AIはITのホットトピックであるが実際に使った人はどのくらいいるだろうか。AIは人の仕事を奪うとか脅威論も生んで社会問題の1つになっている、さて社会問題と言えば高齢化社会である。今日世界の持続性の脅威となっているのは、バイデン、トランプ、プーチン習近平といったご老人たちなのである。世界を滅亡させる力を持った老人達これはAIの進化に勝るとも劣らない人類の脅威である。さて、デイケアに通い高齢者達の実像を目の当たりにしながら生成系AIを使っていると、どちらが脅威なのかが見えてくる、AIは、あ~これだと、イラストレーターは仕事無くなるなぁ~とか具体的な脅威がすぐに思い浮かんだ一方デイケアで認知症傾向を見せるご老人とそれをケアしている若者の構図を見ているとあ~これは大変だと脅威を感じる。

さて、この2つの脅威「生成系AI」と「高齢者の認知症傾向」、を見比べると面白いことに気づいた。2つの脅威の違いは人の話が聞けるか聞けないかの違いなのかもしれない。認知症傾向に関わらず人の話を聞けないというのは集団にとっての脅威である。生成系AIはまず人の話を聞いてくれる、いきなり余計なことを喋りだしたりしない。もうちろんそれはUI、UXの設計なのだけれども、デイケアの高齢者はまず人の話を聞くという態度が欠けている、認知症傾向になるとそれはさらに度を増してうるさいとか怒鳴りだす始末、それに右往左往する献身的な若者を見ていると本当に可哀そうになってくる、人類にとっての脅威は聞き分けできない、他人の話を聞かない老人、間違いなくこっちだ。


AIが描いてくれる世界。


2024年2月25日日曜日

ゲームが問題解決の作業化を促進する?

 ゲーミフィケーションの浸透が、問題解決を作業に変えてしまった。先日も取り上げたがゲームにはデザインがあって、

全てのゲームに共通するのは”プレイヤーはゲームからモンダイを解決せよ命令される” というゲームの核心ルールがあり、ゲームとは「モンダイ」への挑戦、そして、ゲームが提示するモンダイには、「解決できることが保証されている」かつ「モンダイと共に解決手段を与える」でも「必勝、楽勝でもつまらない」そして「失敗する可能性が欲しい」「選択のジレンマがあればよい」などなど人気ゲームにはのデザインに共通点が有る

実際にある嵌るゲームの特徴は

1.モンダイが明確

2.解決手段が手軽

3.行動への反応が明確で達成感がある

4.常にモンダイの状態が変化し続ける

5.常にもっと速度は上がるはずだと思う

6.常にアイテム購入は苦しい(ジレンマ)といったものだ、

ゲームにおける問題解決に必要なのは飽きることの無い作業なのである。だから、ゲーム化された問題解決はひたすら人々から時間を奪っていく。

さてこういった、ゲームに慣れてしまうと、問題とは解決できるものであり、解決のため手段ががあるものという、思い込みが刷り込まれてしまう、例えば問題解決症候群などは、そういった刷り込みと決して無縁では無いだろう。しかし社会において直面する問題には、解決できるという保証も無いし手軽な解決手段だって提供されていない。必要なのは知恵を創発して問題を解決する賢さなのである。社会の問題をゲーム化せずに正面から取り組むには賢慮と勇気と正義と節制(アリストテレスの言う枢要徳)が必要なのだ。社会におけるおる問題解決とは、より良くするということだからである。

作業没入と言う思考停止


2024年2月24日土曜日

有能な女性や部下を飼い殺しにして組織の可能性の芽を摘む組織現場の病巣

 多元主義的には人の未来は可能性に満ちている故にユートピア的に思惟すれば組織とは無限の可能性であるしかしながら現実ではそうならない。

なぜなら組織とは自己組織化する散逸構造であって秩序の維持にエネルギーを必要とするからだ。

組織は常に動的平衡状態なので、この秩序を維持する組織力学の例が現場の飼い殺しであろう。

組織内の部門がメンバーを囲い込んでしまう現象、拘束とも言われますがですがじつはこの囲い込みは新卒採用から見られる組織活動特有の可能性の芽を摘む癌なのです。

本来であれば秩序を維持するためにエネルギーの流入(賃上げ)が必要なのですが人件費のより内部留保によって企業価値を上げようとする資本の圧力によって、飼い殺しという非人道的組織運営が許容されてしまうのです。(人質を取って戦うハマスやロシアと同じ?)

筆者は事業の未来に大きな課題を抱えた企業でこの飼い殺しと言う現象を幾度も見てきました。

活躍する女性が報われない企業のなんと多いことか。報われている女性は男性以上に男性的に秩序維持に勤しんでいたりしました。

進化は常に秩序の縁で起こるので秩序の縁には可能性が満ちていて平衡にとってみれば危険が一杯なのです。

だから優秀な社員の可能性を囲い込みで封じて秩序を維持する愚行が必要悪として見逃されるのです。

一方社員が事業目的に内発的動機理念共鳴してコミットしている組織では囲い込みも無いし女性も活躍していました。戦力を有利に進めるために、現場が戦力を拘束する行為は組織の進化から見れば癌という病巣以外のなにものでもありません。恐らく女性の活躍やキャリア形成を阻害し、仕事に依存させ長時間労働をおこなわせるのも、現場の理論なのです。理念共鳴している組織はで残業も無く休日も多くて給与も高いということは未来工業が証明していますね。なぜこんないいモデルがあるのに日本の企業は真似ないのでしょうね?。




2024年2月23日金曜日

ミニマルセルフとの対話から始まる仮面の下の人間性を想う

 倫理とは他者の仮面の下の人間性を重んじる事だと言われます。また、他人の人格の尊厳に敬意をはらうことであるとも言います。ハイデガーの世人に支配された生き方ではありませんが、社会で生きるうえで人は皆、仮面を被っています。でもそれは、誰かを欺くためではなくて複雑な環境や状況に適応するためのものなのです。しかし、やがてそれは自分を欺くものになってしまいます。そうなると、人は本来的な生き方を忘れていきます、そして、本当の自分探しが始まるのです。養老孟司さんは本当の自分探しをしているあなたは誰なんですか?と問います。だから本当の自分探しなんてやめなさいと言うのだけれど、終活やら何やら人生の選択において多くの若者が本当の自分探しをするのは、裏を返せば社会への過剰適応の証なのかもしれません。さて自分の人間性に疑念が沸いている状態では他者の人間性や人格への尊厳など、想うことは出来ないでしょう。仮面の下の人間性を重んじる、他者の人格の尊厳に敬意を払うとは平たく言うと心で心を想う事です。だからまず、自分の心を想うことからはじめなければなりません。自分の仮面の下の心との対話が本来的であることの出発点なのです。これは内省とか内観とか言われることです。呼び方はマインドフルネスとか瞑想でも座禅でも良いのですが心の働きや身体の状態、ミニマルセルフ(身体所有感、行為主体感のある、いまここにいると感じる最小限の自己)が自分の心を想うことの出発点であるようです。




2024年2月22日木曜日

若者の活躍に観る教育論のバイアス

 やれDX人材に成れだのグローバルでリーダーシップを発揮しろとか期待なのかお仕着せなのかわからないが、成長途上の若者に対してありのままの姿を受け入れようとするよりも、ギャップを探して圧を掛けようとするケースが多いように感じる。しかし、目を転じて見れば、大谷翔平選手にしても藤井聡太棋士にしても、音楽ユニットYOASOBIにしても、グローバルでも高い評価を得ている若者は以前よりも圧倒的に増えているのではないだろうか。彼らを見れば学ぶべきは彼らでないこは明白だ。経験則が活きる領域では、先達が優位なことは間違いないが、そういった徒弟制度的学習が有効でなく創発的学習が有効な領域では年配者のほうが不利なケースは物珍しくない、葬儀の参列の仕方は年寄りが有利だけど、AIの活用は年寄りの方が圧倒的に不利だ、対人関係の軋轢を調整するのは年配者の方が得意(象の群れの世界でも知られている)だけど、多様な価値観を受容し偏見なく交流するのは若者の方が得意だ。かつてはおじいちゃんおばあちゃんが孫の世話をしたが今は若者がおじいちゃんおばあちゃんの世話をし活きる術を与えている。今や学ぶべきは年配者が若者からなのだ。にも関わらず、社会にはびこる年功序列意識が、社会特に日本社会を閉塞させていると言えるのかも知れない。今日、求められているのはの学習は年功からではなく創発的学習だからである。

創発的学習(そうはつてきがくしゅう)は、従来の伝統的な教育方法とは異なるアプローチです。この方法では、教師や教科書からの情報を単に受動的に受け取るのではなく、学習者が自分自身や他の学習者とのやり取りを通じて新しいアイデアや理解を創出していくプロセスが重視されます。

創発的学習の特徴は次のとおりです:

1. **自己主導性**: 学習者は自分自身で問題を解決し、知識を構築する責任を持ちます。教師や教科書からの指示に頼るのではなく、自らの興味や好奇心に基づいて学習を進めます。

2. **対話と協働**: 学習者同士や教師との対話や協働が重要視されます。他者との意見交換や議論を通じて、新しいアイデアや知識を創出し、深めていきます。

3. **問題解決と探究**: 問題解決型のアクティビティや探究型の学習が中心となります。学習者は現実の課題に取り組みながら、情報を収集し、分析し、解決策を見出していくプロセスを通じて学びます。

4. **柔軟性と適応性**: 創発的学習は個々の学習者のニーズやスキルレベルに合わせて柔軟に対応します。一律の進度や方法ではなく、学習者が自らのペースや興味に合わせて学習を進めることができます。

創発的学習は、学習者が単なる情報の受け入れではなく、自ら考え、創造し、問題を解決する能力を育成することを目指しています。そのため、批判的思考や創造性、コミュニケーション能力などのスキルの発展に貢献します。

以上chatGPTの定義を見てもわかる通り、自己主張が強く柔軟性を欠く年配者には誠にもって苦手な学習法なのである


時代は逆


2024年2月21日水曜日

理解と共感の境にあるもの(共感と反感は一体?)

事物事象の 認知から情緒的一体感といった感情(共感)の間には溝がある。認知から感情が想起するプロセスは脳科学が解き明かしてくれるだろうが、フリーマン理論で言うところの脳内で生起する大域的アトラクターの明滅という意識の発生とこの共感という情動的思考が同一であるとするならば、認知と共感の間には、経験のリソース、状況のリソースなどの混沌とした脳内ネットワークの中で、共感と同時に反感などの感情も併存する中から、閾値を超えてマクロ的秩序(共感に占有される)となった状況であると言えるのではないだろうか。他者に共感しながらもどこかで反発反感がある、心的葛藤は誰でもが経験したことがあるだろうが、共感を強化するリソースは、共感を示す他者や。過去の共感体験の記憶であろう。そうなると、場の感情や共感体験の有無が、認知と情動の平たく言えば理解と共感の境にあるものということになる。


2024年2月20日火曜日

SNSはなぜ戦争を止められないのかスキルオリエンテッドソサイエティへの警鐘。

 インターネットが生み出され、普及して世論はSNSの影響を大きく受けるようになったロシアのウクライナ侵攻や今回のハマスのイスラエル攻撃とそれに対する反撃についてネットでは多くの声があがっているが、結論的にはそれらの声によって戦禍が止むことは無い。要するに戦争を止めることが出来る人の心には届かないということである。政治家を見ていると論争の中で良心の回路が壊れてしまうのではないかと思えてくる。日本のように平和な国家においても、政治家の論争と、良心の欠如は酷いものだ。罵り蔑み罵倒に無視と、与党(権力者)であっても、野党(反権力者)であっても、その様相は変わらない。政治家という仮面がそうさせるのだと思いたいけれど、もし仮面の下に本当の人格があるのだとすれば、心の目と耳をふさぐ仮面ってすごいなとも思う。対抗するには選挙で落選させ政治家の仮面を引きはがすしかないほど強力だ。だけど仮面が協力過ぎて、トランプみたいに、選挙で負けても受入れなかったり、プーチンみたいに政敵を抹殺したりと徹底的に抗うもう絶望的だ。SNSなんてそういう人々にとっては安眠用のホワイトノイズでしか無いように思えるそもそもSNSだって倫理的だとは思えない、権力も反権力も結局は一緒なのだと考えるしかないのかもしれない。

人は何故権力に執着するのかcopilotに聞いてみた

人はなぜ権力に執着するのかというのは、とても興味深い質問ですね。権力とは、自分や周りをコントロールする力のことで、人は誰でもある程度のコントロールが欲しいものです。権力がないと、自分の人生に影響力を持てないと感じたり、自分の人間らしさを失ってしまうと感じたりすることがあります。また、権力を得ることで、社会的な知性や協力など、他人とうまくやっていく力や人の気持ちを理解する力が高まることもあります。これらの理由から、人は権力を欲しがるのだと考えられます123。

しかし、権力に執着することには、弊害もあります。権力を得るために、他人を騙したり、支配したり、蹴落としたりすることは、権力を維持するのに逆効果になることが多いです。権力者は、自分の判断に過信したり、リスクを低く見積もったり、他人の意見を聞かなくなったりする傾向があります。これらのことは、権力者の信頼や評判を失わせたり、失敗や失墜につながったりする可能性があります4 。

したがって、権力に執着するのではなく、権力を適切に使うことが大切です。権力を使うときは、自分の目的や価値観だけでなく、他人の利益や感情も考慮することが必要です。また、権力を分散させたり、権限を移譲したり、責任を共有したりすることも、権力の乱用や腐敗を防ぐ方法です。権力は、自分のためだけでなく、社会や組織のためにも使われるべきものです 。

1: 1 2: 2 3: 3 4: The Power Paradox : [Power Corrupts, but Control Does Not: What Stands Behind the Effects of Holding High Positions] : [The Power Paradox: How We Gain and Lose Influence] : [The Power of Giving Away Power: How the Best Leaders Learn to Let Go]

要するに、権力は自分に都合よく生きる術(スキル)なのだ、スキルをどう使うかこそが智慧であって、智慧無きスキル論スキルオリエンテッドソサイエティは決して良い社会の姿では無いということを止まらぬ戦争が教えてくれているのかもしれない。



2024年2月19日月曜日

エシカルという私たちの内なる良心の叫び

ハイデガーは本来的に生きる事を「先駆」と呼び、「死」と「良心の叫び声」が本来的に生きることを考えるうえで重要であると考えた。 

良心が、「私には別のこともできたはずだ」、と「私」に迫るということです。「良心の呼び声」も同様の働きをします。ただし、いわゆる良心の呵責が、一つ一つの行為に対して向けられるのに対して、「良心の呼び声」は、「私」の存在のあり方、生き方へと向けられます。この意味でそうした良心はもっとも根源的な良心に位置づけられます。つまりそれは、世人に支配されている「私」に対して、「私には別の生き方もできたはずだ」「私は別の存在でもありえたはずだ」ということを、「私」に気づかせるのです。

さて、最近、SDGSに絡んでエシカルと言う言葉を良く聞くようになった

「エシカル」という言葉は、もともと英語で「倫理的な」という意味の形容詞です。倫理は人として守るべき道を指しますが、近年では、人や地球環境、社会に対して配慮されているという意味で「エシカル」が使われています。エシカル消費は、価格やデザインだけでなく、商品の背景やストーリーにも配慮して、社会的課題の解決につながる商品を選ぶ消費スタイルを指します

エシカル消費は以下の3つに分類されます:

  1. 人や社会に配慮した消費: フェアトレード商品や社会活動を支援する商品を選ぶことが含まれます。
  2. 環境に配慮した消費: リサイクルされた商品やCO2排出量の少ない商品を選ぶことが該当します。
  3. 地域に配慮した消費: 地産地消を実践し、地域で作られた商品を選ぶことが含まれます1.

エシカル消費を日常に取り入れるための具体的な商品例は次の通りです:

  1. エシカル食品: オーガニックやフェアトレード食品を選ぶ。
  2. エシカルファッション: 長く使えるものやリユース品を選ぶ。
  3. エシカルグッズ: 環境に配慮された生活雑貨や家具を選ぶ。
  4. エシカルジュエリー: 社会的課題に配慮されたジュエリーを選ぶ


倫理とはそもそも他者の人格の尊厳を認め、他者の目線で世界を観る事である物事の観かたを変える別の存在でもあり得る私を気づかせることなのである。それ故、ハイデガーが言うところの良心の叫び声は、今日的にはエシカルと、言い換えることが出来るのかもしれない
エシカルを通して日常の私とは別の在りうる私に気づき本来的に生きる。それは世人に支配された生き方ではなく、本来的な私の内面と良心を通じて向き合うことで気づく本来社会的的な存在としての私なのである。



2024年2月18日日曜日

個人に合わせるか、個人が合わせるか学びの頃合いと折り合い

 昔から洋服では個人に合わせて裁断縫製するオーダーメイドがあるそれに対してすでに作ってあるものを既製服と呼んだリする。より個人にフィットしたものがオーダーメイドだが、手作りだから、コスト高で職人の腕次第といったことになりやすい。一方既製服は、コスト的に魅力的だ。さて、最近のスマホやPCは、カスタマイズという方法が取られる。使い手が自分の好みに合わせて組み合わせるというものだが、これが案外悩ましい、価格とパフォーマンスのバランスを自分で決めなければならないからだ。こういった、葛藤を自己責任という名の下で利用者に強いるのは作り手の傲慢にも思える。葛藤を負わせない商品提供こそ作り手の価値だと思うからだ。そう、オーダーメードが上手い職人の価値と一緒だよね。良い既製服には、その頃合いが織り込まれている。使い手が折り合いをつけられるポイントがちゃんと準備されているわけだよね、この、頃合いが無い既製服は大変着にくいものである、いい値段した有名ブランドでも身体に会わない、動きに会わない。と、散々な洋服が世の中にはけっこうある。さて、長々と書いているが学びにも全く同じことが言えるのではないだろうか、学ぶ人に最適な学びを与えられる人は確かに居るが、多くは無い、ゆえに、学びの機会の多くは既製品である。最近は、学びの主体性ということでカスタマイズも珍しくないが。学びの機会の多くが既製品であることを考えると学び手の折り合いをつけられる頃合いが大事なのである多くの学び手が折り合いをつけるのは、学びの難易度と意欲と達成感、充実感であるアクションラーニングといった学びのカスタムメイド(学びは学び手次第と悩ましい)は別だが、既製品での学びにおいては、難易度、意欲、達成感の頃合いが重要なのだ。

それ故教育者の在り方も教育職人から教育スタイリストにならなければならないのかも知れない。


2024年2月17日土曜日

Xが作り出す社会適応障害者の山



 世の中X流行りである。かつてXと言えばフォーエバーラブだったのであるが、マイケル・ベイが作ったトランスフォーマーという映画の影響か否か、Xはトランスフォームと変換されて最近ではDX(デジタルトランスフォーメーションとかGXグリーントランスフォーメーションとか社会課題の解決にはトランスフォーメーションが必要だとなんでもかんでもXなのだ企業のDX人材化にDXハイスクールと挙句の果てにツイッターまでもXになってしまった。さて、デイケアで高齢者を観察しているとDXが最も苦手なことがよくわかる。認知症の傾向を見せている高齢者などは最たるものだ、要するに非DX即ちトランスフォーム出来ない人は社会不適応なのだ。アルファベットha26文字あるので、Xはあと24もXが生まれる可能性がある。さて、社会課題が出現するたびに適応障害者が増産されていいのだろうか。そもそも社会課題は人間が作り出しているものだ,作り出した課題にX(トランスフォーム)出来ない奴は社会の荷物だと言わんばかりの風潮には大いに懸念を感じる、自然にそもそもXなんて無い。

2024年2月16日金曜日

叩き潰された自動運転タクシーと衝突を回避できなかった海上保安機と避難できたJAL機の乗員乗客。

 アメリカサンフランシスコで自動運転のタクシーを群衆が取り囲んで叩き潰すというニュース動画を観た叩き潰すのが、車でなくゴキブリだったら、なんてことの無い話である。でも、反表象主義で言えば、自動運転の車よりもゴキブリの方が知性的な存在なのである。

そのこころは認知科学の金字塔現れる存在に詳しく書いてある ゴキブリ の 脳 を 載せ た クルマ

アンディ クラーク. 現れる存在 脳と身体と世界の再統合 (ハヤカワ文庫NF) (p.11). 株式会社 早川書房. Kindle 版. 

さて正月に羽田空港で起きた着陸機と離陸機の衝突事故は、2つの大きな衝撃をもって世界中に伝わった。1つはあり得ない事故が起きたという衝撃だしかしジュール・ヴェルヌが言ったよう人間が想像できることは、人間が必ず実現できるとすれば、両手に飛行機の模型を持った子供が両手の2つの模型を衝突させて事故を想像できるのであれば、必ず起きうる事故だとも言える。それ故、様々な対策が施されるのでもあるが、そこでゴキブリは着陸時に衝突事故を起こすだろうか?という思考実験をしてみよう。宙を飛んでいるゴキブリが着地する際に地面に居るゴキブリは衝突するだろうか、新聞紙を丸めて叩こうとした際の素早く逃げるゴキブリの姿を知っている人はきっと、衝突することは無いと考えるに違いない。その考えは以下の一節を読むと確信となるに違いない。

以下はリッツマンの詳細な研究(1993)から抜粋した、アメリカゴキブ[Periplanetaamericana:ワモンゴキブリ]の逃避技術の簡単なリストである。

 ゴキブリは、襲ってくる捕食者の動きが原因の風の乱れを感じることができる。

 ゴキブリは、捕食者が原因の風と、通常のそよ風や気流とを区別することができる。

 ゴキブリは、他のゴキブリと接触することは回避しない。

ゴキブリが逃走行動を始めるときには、ただランダムに走りだすわけではない。自分の最初の向き、(壁や角といった)障害物の存在、照明の程度、風向きなどを考慮に入れている。

アンディ クラーク. 現れる存在 脳と身体と世界の再統合 (Japanese Edition) (pp.31-32). Kindle 版. 。

この思考実験に腹を立てる人が居たら大変申し訳ないのだが、もし、海上保安機にゴキブリの脳が装備されていたら、きっと、衝突前に上手く逃げていたに違いない。ただこれは海上保安機のパイロットがゴキブリ以下だというのでは決して無い、ゴキブリの環境とシステムのカップリングがいかに素晴らしいものであるかを驚嘆すべきなのだ。一方、このうえなく上手く避難したのが燃える旅客機の乗客397名である、乗務員の言うことを聞く、我先にとパニックにならない、手荷物を持たないといったシンプルな行動原則を貫徹することで、18分間で全員が機外に脱出出来たのだ。もし、あの飛行機にゴキブリが搭乗していたとしたらきっと逃げ遅れているに違いない。燃えあがる飛行機から逃げるというリストは上記逃避技術のリストにはには見当たらないからだ。(実験をしていないだけかもしれないが)もちろん、着陸時に滑走路に障害物があったら着陸を中止するというシンプルな行動原則はあったわけだが今回は運悪く、視認できなかったらしい。要するに、身体化された知識がいかに有効に状況に迅速に応答できるかという証なのである。さて冒頭の、自動運転タクシーを五叩き潰した群衆、自動運転という環境とカップリングする人工知能はゴキブリ並みであると見下し、嫌悪したのであろう。移民排斥と同じ情動的行動である。これからAIに職を奪われる人々はきっと同じ反応を見せることになるだろう。しかし、いま人々に必要なのは、タクシーを叩き潰す群衆ではなく、他者の知性に敬意を払って、環境と上手にカップリングした、JAL機搭乗客たちの知性であろう。

嫌悪の対象?すごい知性?


2024年2月15日木曜日

自身の学ぶ力と道理を信じる姿勢という自腹が問う学びの覚悟

 社会は関係性で成り立っているから複雑で予測不能である。私たちは世界の不確定性を受け入れなければならないのだ。この不確実性に対応する最も良い戦略は予防ではなく適応だ。つまり学習により短時間で状況のリソースを使って適応策を創発することが最も効率的かつ効果的である。私たちはそれを学習と呼ぶ、脳の危機を察知する回路と偶有性を発揮する回路が同じなのは決して偶然ではないだろう、危機を察知した時私たちは同時に偶有性によって危機回避策を創造しているのだ。さて、不確定なのは社会性だけではない物質の基礎である量子の世界でも不確定性が確認されている、以下世界は「関係」でできている美しくも 過激 な 量子論カルロ・ロヴェッリ. 世界は「関係」でできている 美しくも過激な量子論 (p.5). NHK出版. Kindle 版. カルロ・ロベッリより引用する

この不確定性は神の気まぐれではなく自然の創造性であるアインシュタインが量子力学に反対して、「神はサイコロを振らない」というと、ボーアは、「神になすべきことを命じるのはやめなさい」とたしなめた。つまり、自然はわたしたちの形而上学的な偏見よりもはるかに豊かなのだ。自然のほうが、わたしたちよりずっと豊かな想像力を持っている。




現実の成り立ちを巡るわたしたちの思い込みは、自分たちの経験の結果でしかない。だが、わたしたちの経験には限りがある。自分たちが過去に行ってきた一般化を、絶対的真理とするわけにはいかないのだ。イギリスの作家ダグラス・アダムズはこのことを、あの独特の辛辣な言い回しで誰よりも上手に表現している。「わたしたちが、重力ポテンシャルの深い井戸の底で、九千万マイル以上離れた核の火の玉のまわりを回る、気体に覆われた惑星の表面で暮らしているという事実。

 何か新しいことを学んだら、即座に自分たちの偏狭な形而上学的視野を変えなくてはならない。この世界に関して新たに知った事柄を、真剣に受け止める必要があるのだ。たとえそれが、現実の構成に関する自分たちの思い込みと衝突したとしても。  思うにこれこそが、持っている知識に驕ることなく、自身の学ぶ力と道理を信じる姿勢なのだろう。科学は、真理の宝庫ではない。科学の根っこには、真理の宝庫など存在しないという〔教皇ピウスⅩ世の「教会だけが真理の宝庫である」という言葉を否定する〕意識がある。何かを知るための最善の方法、それは、この世界を理解しようと努めながら世界と相互に作用して、自分たちが出会うもの、見つけたものに合わせて己の精神的な枠組みを調整し続けることだ。

以上

2024年2月14日水曜日

人的資本論の危うさ人生は成長ゲームじゃない

 社員を経営の資源ではなく企業価値を高める資本である考えることは一見社員にとって喜ばしいことに思える。大事にされているように思えるものね、この前も書いたけれどあらゆるゲームには問題を解決せよという指令が内在されている。ゲームではその指令と合わせて解決手段がセットで提供される。さて時に人生もゲームのように言われることもある。そもそも人生ゲームなるゲームだって存在している。目の前に現れる困難を解決して前に進む様は人生もゲームであると言いたげだけど、困難に打ち勝って昨日よりも前に進むことが人生ではない自分の人生を考えた時に昨日の自分を越えていくことには充実感達成感が伴うことなので心地よさがあるがそれはあくまでもその人の本来的な在り方の一部であって人生に企業価値を高めるために問題解決とそのための成長が指令されているわけじゃない。




2024年2月13日火曜日

デジタル人材という幻想から見えた?教育や人材育成が問題を解決するという素朴理論

「専門人材採用だけではダメ」、旭化成がこだわる4万人のデジタル人材育成という記事が配信されていた、いまひとつしっくりこなかったので記事をchayGPTに読み込ませて要約させたうえ、少し対話をしてみた、デジタル人材は、デジタル技術やデータを活用し、ビジネスや組織の課題を解決する能力を持つ人材を指します。旭化成がDX戦略の一環として育成しているデジタル人材の特徴や能力は次のようなものです。

1. デジタル技術への理解と知識: デジタル人材は、IT技術やデジタルツールに関する幅広い知識を持っています。プログラミング、データ分析、人工知能、IoTなど、さまざまなデジタル技術に精通しています。

2. データ分析能力: デジタル人材は、大量のデータを収集し、分析し、洞察を得る能力を持っています。統計学や機械学習などのデータ分析手法を理解し、ビジネス上の課題をデータから解決する能力があります。

3. 問題解決能力: デジタル人材は、ビジネスや組織が直面する課題を理解し、デジタル技術やデータを活用して解決策を提案します。創造的な発想や革新性を持ち、新たなアイデアやアプローチを模索します。

4. コミュニケーション能力: デジタル人材は、技術的な専門知識を持ちながらも、他のチームや部門と円滑にコミュニケーションを図ることができます。ビジネスニーズや要件を理解し、それを技術的な解決策に落とし込む能力が求められます。

5. 学習意欲と柔軟性: デジタルの世界は常に変化しており、新しい技術やツールが続々と登場します。デジタル人材は、常に学習意欲を持ち、新しい知識やスキルを積極的に習得します。また、変化に対する柔軟性を持ち、素早く適応することができます。

以上のような能力を持つデジタル人材は、組織のDX戦略を推進し、競争力を高めるために重要な存在です。

違和感その1は、以前から組織に根強くあるスーパーマン幻想に近しいものに思えたからだ,違和感その2,デジタル人材化への圧は社員にとって幸福なことなのだろうか。むしろもし自分が若手社員でこんな圧をかけられたらパニック障害になってしまいそうだ能力はアブダクションによる虚構だから、実践の場の文脈の中でこれらの期待に沿っていかなければならない閉所恐怖症の人が停電で止まった満員列車の中で業績を上げるように考え行動するよう指示されているるようなことになりそうである、。そういった違和感をもとにchatGPTと引き続き対話をしてみたが、帰ってきた応答は好意的なものだった、

総じて、人材育成にはコストがかかりますが、適切な投資や戦略によって収益を悪化させることなく、むしろ収益向上や競争力強化に貢献することができる場合があります。組織は戦略的な視点で人材育成に取り組み、リターンを最大化するための努力を行う必要があります。

User

そこでなんでそんなに前向きに答えるの?と聞いたら

ChatGPT

申し訳ありません、前向きな回答になってしまいました。確かに、人材育成にはコストがかかり、その投資が収益を悪化させる可能性もあります。実際に、人材育成による効果が得られない場合や、投資が予想以上に大きくなり収益を圧迫するケースもあります。

と謝ってきた

以下に、人材育成にかかるコストが収益を悪化させる可能性を示すポイントを挙げます。

投資回収までの時間が長い: 人材育成には時間がかかるため、投資回収までの期間が長い場合があります。この間に、収益が悪化したり、競争力が低下したりする可能性があります。

投資先の選択ミス: 適切な教育プログラムやトレーニングを選択しない場合、効果が得られず投資が無駄になる可能性があります。

高コストのプログラム: 高額な教育プログラムやトレーニングを導入した場合、コストが収益を圧迫する可能性があります。

組織文化との不一致: 従業員のスキルや能力を向上させるための人材育成が、組織文化や価値観と一致しない場合、従業員のモチベーションやパフォーマンスに悪影響を与える可能性があります。

これらの要因を考慮すると、人材育成にはリスクが伴うことが理解されるべきです。組織は慎重に投資を検討し、リスクを最小限に抑えるための戦略を立てる必要があります。

User

更に教育や人材育成に関して好意的な回答をするのはなぜですか?とツッコミを入れてみたら

ChatGPT

私の回答が好意的になった理由は、一般的に教育や人材育成が組織や個人の成長に重要な役割を果たすことが多いからです。教育は知識やスキルを向上させるだけでなく、個人の自己成長やキャリアの発展にも寄与します。また、組織においても、従業員のスキルや能力を向上させることで生産性や効率が向上し、競争力を高めることができます。

まあなんとベンダー寄りの応答をしてくれるんでしょう。

ただし、教育や人材育成には成功する保証はなく、投資を行っても必ずしも収益を上げることができるわけではありません。教育やトレーニングが適切に実施されない場合や、組織の文化やニーズに合わない場合は、コストが収益を圧迫する可能性があります。ベンダーの言葉を信じた担当者の苦悩が垣間見える

そのため、教育や人材育成に関しては客観的に評価し、リスクとリターンを考慮した上で適切な戦略を立てることが重要です。私の回答が好意的になったのは、教育の重要性と潜在的な利点を強調したかったためですが、その一方でリスクや課題についても適切に認識することが重要です。

ついにchatGPTは教育や人材育成は一般的に重要だと素朴理論であることを暴露してしまったのです。でもそれは、AIが学習したデータに織り込まれていたバイアスです。重要か否かは文脈の中でしか確認できないことのはず義務教育の学校の授業で英語を習っても字幕無しで映画が楽しめるようにはならないこと、つまり教育や人材育成と実践の間に大きな溝があるにも関わらず多くの人が実践のためには教育や人材育成が重要だと考えてしまっているのです。


要するに、私は記事を読んで文脈から切り離された実践的なスーパーデジタル人材など生まれないのではないか違和感その1、だからといって実践の文脈に投げ入れられたらとんでもないストレスに晒されることになるのではないのだろうか違和感その2、と感じ、記事にしっくりこなかったようです。決して旭化成さんをディスっているわけじゃありませんよ〜。





2024年2月12日月曜日

3種のリーダシップ。あなたの会社に必要なのは、創造性、知性、人間性のどれ?

 時代が求める3種のリーダーシップ。

複雑化し、混迷する時代の中で、いま、社会は3種のリーダーシップを求めている。 

1つはグーグルが求める創発的リーダーシップ、2つ目は知の巨人野中郁次郎氏が提唱する賢慮型リーダーシップ、そして最後は行き詰まり頻発する不正に葛藤する産業組織が、求めるオーセンティックリーダーシップである。

この3種のリーダーシップ、それぞれ似ているようでちょっと違っているのでそれをchatGPT以下にの力も借りて以下に整理した。

グーグルが提唱する創発的リーダーシップに関する情報は特定の指針や枠組みが存在するわけではありませんが、グーグルはイノベーションやリーダーシップに関する独自のアプローチを持っています。グーグルの創業者であるラリー・ページやセルゲイ・ブリンは、非伝統的なリーダーシップスタイルを示し、企業文化やチームワークに対する独自の考え方を示してきました。

一般的に、グーグルの創業者たちは次のような原則を重視しています:

1. 自律性と自己責任: グーグルは従来の上下関係にとらわれることなく、従業員に対して自律性と自己責任を重視します。従業員は自らのアイデアを追求し、プロジェクトを推進する自由を持ちます。

2. フラットな組織構造: グーグルは階層的な組織構造よりもフラットな構造を好みます。これにより、意見の交換や意思決定が迅速に行われ、創造性やイノベーションが促進されます。

3. ダイバーシティとインクルージョン: グーグルは多様性と包摂性を重視し、異なるバックグラウンドや視点を持つ人々が協力し合うことで、より良いアイデアやソリューションが生まれると信じています。

4. インナープレナーシップ: グーグルでは、従業員が内部で起業家精神を発揮し、新しいアイデアやプロジェクトを立ち上げることを奨励しています。これにより、創造性とイノベーションが育まれます。

5. リスクの許容と失敗の許容: グーグルはリスクをとることと失敗から学ぶことを奨励します。失敗は成長の機会であり、挑戦を恐れずに新しいアイデアを追求する文化が根付いています。

これらの原則は、グーグルが創業時から築いてきた独自の企業文化の一部です。これにより、グーグルは革新的なプロダクトやサービスを生み出し、常に変化するテクノロジーの世界で競争力を維持しています。

賢慮型リーダーシップは、リーダーが決断を下す際に情報を綿密に分析し、状況をよく理解してから行動するリーダーシップスタイルを指します。このスタイルのリーダーシップは、単なる自己の意見や感情に基づくものではなく、データや事実に基づいて行動することを重視します。

オーセンティックリーダシップの発祥は、時代の雰囲気であって、さまざまな団体や機関で研究されてきましたが、米国メドトロニック社の元CEOであるビル・ジョージ氏が2003年に発表した著作『ミッション・リーダーシップ』によって、世界的に注目を集めるようになりました。実務の中から生まれたリーダーシップなのである。

これらのリーダーシップスタイルには共通点もありますが、それぞれ異なるアプローチや重点があります。以下に、それぞれのリーダーシップスタイルの異なる点と共通点を整理します:

1. 創発的リーダーシップ:

   - 異なる点:創発的リーダーシップは、自律性やダイバーシティなどを重視しつつ、チーム全体がイノベーションを生み出すことを目指します。従業員が自律的に行動することで新しいアイデアやソリューションが生まれるよう促します。

   - 共通点:創発的リーダーシップも、自己責任やチームワークを重視します。また、リスクの許容や失敗からの学びも共通しています。

2. 賢慮型リーダーシップ:

   - 異なる点:賢慮型リーダーシップは、意思決定に際して情報の綿密な分析と状況の理解を重視します。データや事実に基づく客観的な判断を行うことが特徴です。

   - 共通点:賢慮型リーダーシップも、チームワークや責任の取り方を重視します。また、柔軟性と適応性も共通の特徴です。

3. オーセンティックリーダーシップ:

   - 異なる点:オーセンティックリーダーシップは、自己の価値観や信念に基づいて行動し、他者との関係を築くことを重視します。リーダー自身が真の自己を表現することがポイントです。

   - 共通点:オーセンティックリーダーシップも、チームとの共感や成長と学びの姿勢を重視します。また、倫理的リーダーシップやポジティブな影響力も共通しています。

これらのリーダーシップスタイルは、それぞれ異なるアプローチを持ちながらも、共通してリーダーが自己を理解し、チームとの関係を大切にし、持続可能な成果を追求することを重視しています。

賢慮型リーダーシップの特徴には以下のものが含まれます:

1. 情報収集と分析: 賢慮型リーダーは、意思決定をする前に十分な情報を収集し、それを綿密に分析します。データや事実に基づく客観的な情報を元に意思決定を行います。

2. 状況の理解: 賢慮型リーダーは、状況をよく理解し、その背景や影響を考慮します。周囲の環境や関係者のニーズや期待を考慮して行動します。

3. 柔軟性と適応性: 賢慮型リーダーは、状況や環境が変化する場合に柔軟に対応し、必要に応じて戦略や計画を修正します。変化に対して適応する能力が求められます。

4. 責任の取り方: 賢慮型リーダーは、自らの決断に責任を持ちます。失敗した場合でも、その責任を認め、反省し、次に活かす努力をします。

5. チームワークと共感: 賢慮型リーダーは、チームメンバーや関係者と協力し、彼らの視点や意見に耳を傾けます。共感し、他者との信頼関係を築くことで、より良い結果を生み出します。

賢慮型リーダーシップは、長期的な視野や持続可能な結果を追求する上で重要な役割を果たします。情報の収集と分析、柔軟性と適応性、チームとの連携など、様々な要素が組み合わさっています。

オーセンティックリーダーシップは、リーダーが自己の価値観や信念に基づいて行動し、自己を正直に表現し、他者との関係を築くリーダーシップスタイルです。このアプローチでは、リーダーが自己認識を高め、自己に忠実であり続けることが重視されます。

オーセンティックリーダーシップの特徴は以下の通りです:

1. 自己認識: オーセンティックリーダーは、自己をよく理解し、自己の価値観や信念を明確に把握しています。自己の強みや弱みを認識し、それを活かしたリーダーシップを展開します。

2. 自己表現: オーセンティックリーダーは、自己を正直に表現し、他者との関係を建設的に築きます。自己を偽らず、素直に意見や感情を表現することで信頼関係を構築し、チームの結束力を高めます。

3. 倫理的リーダーシップ: オーセンティックリーダーは、倫理的な原則に基づいて行動します。自己の価値観や信念に基づき、正しいと信じることを実践し、他者に影響を与えることを心がけます。

4. ポジティブな影響力: オーセンティックリーダーは、自己の行動や言動を通じてポジティブな影響力を発揮します。他者を励まし、サポートし、共感することで、チームのモチベーションや生産性を向上させます。

5. 成長と学びの姿勢: オーセンティックリーダーは、常に成長し続ける姿勢を持ちます。自己を挑戦し、新しい経験や学びを積極的に取り入れることで、自己と他者の成長を促進します。

オーセンティックリーダーシップは、リーダーが自己の内面と向き合い、他者との関係を誠実に構築することを重視する点で、現代のリーダーシップにおいて重要なアプローチの一つです。

倫理観を最も重要視しているリーダーシップスタイルは、一般的にオーセンティックリーダーシップとされます。オーセンティックリーダーシップは、リーダーが自己の内面と向き合い、自己の価値観や信念に基づいて行動し、他者との関係を誠実に構築することを重視します。

オーセンティックリーダーシップでは、リーダーが自己を正直に表現し、自己の価値観や信念に基づいて行動することが重要視されます。そのため、倫理的な原則に基づいた行動が求められます。リーダーが自己に忠実であり続けることで、信頼関係を築き、チームのメンバーを尊重し、道徳的なガイダンスを提供することができます。

このように、オーセンティックリーダーシップは、リーダー自身が倫理観や価値観を重視し、それを自己表現や行動に反映させることを特に重視しています。

多様な経験が最も必要とされるリーダーシップスタイルは、創発的リーダーシップとされます。創発的リーダーシップは、チーム全体がイノベーションを生み出すことを目指すため、様々なバックグラウンドや経験を持つメンバーが協力し合うことが重要です。

創発的リーダーシップでは、従業員が自律的に行動し、新しいアイデアやソリューションを生み出すことが奨励されます。そのため、多様な経験や視点を持つ人々がチームに参加し、それぞれの知識やスキルを活かして協力することが必要です。

さらに、創発的リーダーシップでは、失敗から学ぶことが重視されます。多様な経験を持つメンバーが新しいアイデアやプロジェクトに取り組む中で、さまざまな試行錯誤が生じることがあります。その際、失敗を恐れずに挑戦し、経験から学ぶ姿勢が重要です。

このように、創発的リーダーシップでは、チーム全体が多様な経験を持ち、それぞれの個性や視点を活かして協力し合うことが求められます。そのため、多様な経験が最も必要とされるリーダーシップスタイルと言えます。

知性が最も必要とされるリーダーシップスタイルは、賢慮型リーダーシップとされます。賢慮型リーダーシップは、リーダーが情報を綿密に分析し、状況をよく理解してから行動するスタイルです。そのため、高い知性や洞察力が求められます。

賢慮型リーダーシップでは、リーダーが意思決定に際して客観的な情報を収集し、それを分析して最適な判断を下します。このプロセスには、複雑な問題を解決する能力や論理的思考、経験に基づいた洞察力が欠かせません。また、状況をよく理解し、周囲の環境や関係者のニーズを考慮するためにも、高い知性が必要です。

さらに、賢慮型リーダーシップでは、柔軟性と適応性も重視されます。変化する状況や環境に対応するために、リーダーは高い知性を活かして迅速かつ効果的な対策を立てる必要があります。

このように、賢慮型リーダーシップでは、リーダーが高度な知性を持ち、複雑な問題に対処し、状況を理解して適切な判断を下す能力が求められます。そのため、知性が最も必要とされるリーダーシップスタイルと言えます。

結論的に要するにという言い方でこの3種のリーダーシップをアブダクションされた概念を用いて一言で言えば、創造性、知性、人間性の3種リーダーシップスタイルということになる。共通点はリーダシップ的な行動ということになる。
行動は似ていても異なるスタイル


2024年2月11日日曜日

ガバナンスマネジメントの要諦

 組織を構成する構成員は、良き組織人である以前に良き社会人でなくてはならない。故に今日の経営における、帰属と規範への準拠、それに良き社会人としての態度を示さなければならない。経営者は、常に構成員の帰属と良識を統制しながら事業目的と経営目標の達成に取り組むそれがガバナンスマネジメントだ。しかし社会的には、どこかで帰属と良識は個人のもんだいであり、大人にとっては出来て当たり前と考える節がある、そんなことは大人なんだからと考えた瞬間にその経営者はマネジメントを放棄している不適格者である、さて、大人に対して子供はどうであろうか、子供とは自由奔放天衣無縫なもの、それは誰もが自由意志(成すべきことを自分で決めて実行すること)を生得的に備えていることを知っている証でもある。さて、哺乳類や鳥類魚類、その他はわからないは、生まれた瞬間に親との関係性が発生する、家族は原始的な社会集団の最小単位である、子供は、この最小の社会集団において後天的に集団への準拠、集団の規範を学習するのである。子供に生得的に備わっているのは、準拠・規範を学習する認知の仕組みでしかない。これは実は大人になっても同じで、準拠・規範は状況学習論的に言えば、状況に埋め込まれた認知的変化という創発的学習の結果なのである。にも拘らず多くの組織特に、知的と自認する組織ほど、準拠・規範は思考の問題であってそんなこと当たり前だろと、己惚れていて、状況に学習を埋め込むのを放置している。それ故、エクセレントカンパニーであるにもかかわらず。偽装とかズルをして経営的大打撃を受けるのだ。ガバナンスマネジメントの要諦は当たり前当然といった、確証バイアスを忌避することからはじまり、状況に学習を埋め込み組織構成員に創発的学習を促し続ける学習のマネジメントなのである。

AIが考えた状況に埋め込まれた学習


2024年2月10日土曜日

ネガティブモンスター

 ポジティブモンスターがいれば当然ネガティブモンスターがいる、もう、これは本当のモンスターである。しかし、ネガティブモンスターには見えるネガティブモンスターと見えないネガティブモンスターが居る見えるモンスターは、わかりやすくて、周囲に居るひとを一気にネガティブな気分に変えてしまう。見えないモンスターは人からは見えないところで悪さをして特定の人にネガティブを感染させる。その感染は徐々に周囲の人を蝕むコロナ感染でも、感染源が特定出来ない感染者が結構出ていた、それと同じことで人の輪に密かに潜んでネガティブな感情を広めていく。見えないネガティブモンスターはそのネガティブさも陰険でたちが悪い。時に他人に危害を加えるなど暴力的なネガティブさも発揮するから要注意だ、普段ポジティブな人がネガティブな様子を見せている時は、ネガティブモンスターにやられている可能性が高いからご用心なのである。

密かに忍び寄るネガティブモンスター


2024年2月9日金曜日

ソフトウエアエンジニアという身体知

 かつてのソフトウエア開発はウォーターフォールと呼ばれる、仕様をしっかり固めて開発をタスクに分割詳細化してプログラマーがコーディングを書くものであった、ソフトウエア開発はザ・プロジェクトだったのだ・プロジェクトマネジメントの技法はソフトウエア開発と共に進化したように思われる。もちろんプロジェクト開発はソフトウエア開発だけでは無い。一方でソフトウエアは使われる中で鍛えられることが見えてくると、要件が詳細化され一つ一つのタスクが組み立てられて当初の要件を満たしたソフトウエアがカットオーバーされるという具合では実際にカットオーバーされてから不具合が顕在化する事象が頻発し、その責任の所在の押し付け合いという発注者と受託者の間の泥仕合、訴訟合戦を経て今では開発期間中に発生する要件変更にも柔軟に対応し修正を加えながら開発を進めるアジャイルという開発が主流になってきた、それによって、、タスクと密接に連動するスキルの保有者を指していたエンジニアよりも。幅広いリソースを駆使して、要件の実装だけではなく、発注者の意図を達成できるソフトウエアのプロデュースが出来るエンジニアが重要視されるようになった、エンジニアは知識を駆使してソフトウエアを組み立てたり部品を作ったりする



のではなく、経験や情報のリソースを複雑で予測不能な状況のリソースと組み合わせて新たな知識を生成する仕事になったのである。


                                 

2024年2月8日木曜日

人生の旅路が個性を削りとる道であってはならない

 生き物には全て個性が備わっている。元々全てが個性的存在なのである個性は身体性に宿っているが、認知にも個性がある。故に行動にも個性即ち固有の特性が現れるのだ、しかし、生き物が生得的に持っている生存不安は強い学習を促す。その結果、やりたいではなくやるべきという世人に支配された非本来的なつまり没個性の生き方をするようになる。環境とのカップリングという認知の仕組みが思考や行動の最適化が進むのだ、社会と言う環境は思考や行動の画一化をドライブするプラットフォームである。個性尊重と言いながら、適応障害者を増やし続けるのが社会の実態なのである、個性を解放したはずのSNSでも、同じ現象が起きている。個性や特性を削り取られずに人生の旅路を歩むことは容易くない。なぜなら、環境にカップリングするという生命の働きそのものがそこにあるからだ。それでは過剰な学習をせず、個性や特性を解放するにはどうしたらようのであろうか、思いつくままに挙げてみよう

1,広い世界(環境)の中で生きる・・・環境が狭くなるほど画一化の圧力が強くなる、SNSだって使い方次第で広くも狭くもなる。メタ認知によって環境の広さを

2環境や状況を変えることで学習をコントロールする・・・人間は環境を変えることが出来る生き物だ。自分が何を学びたいか制御すれば不要な同調学習に陥らずに済む

3息苦しさという感受性を高める・・・過剰カップリング、没個性、没特性のサインは生きづらさである、そのサインを敏感に感じ取ることで自己認知がすすむ。

4,心の赴くままに表現する・・・上手いとか下手とか、得意とか不得意といった、技能評価の枠組みは一切行わない。

AIがイラストにしてくれました


2024年2月7日水曜日

盛り上がるという創発と後付け理論の使い方

 盛り上がることってあらゆる場面である、一時ネット動画で流行った裸踊りは盛り上がる様子をとったものであるがそのプロセスが、リーダーシップフォロワーシップとして取り上げられたりもした、マーケティングの世界ではイノベーターとアーリーアダプターなど構造的にセグメンテーションされていて、ネットマーケティングの世界ではインフルエンサーなる人種も生み出されている。要は言い出しっぺと同調者というプロセス的構造であって、流行りだけでなくいじめも同じプロセスである自然科学的には。誰かのミクロ的秩序が大域的アトラクターとなってマクロの秩序になりミクロの秩序がそれに追従するスレービング原理なのである。要するに創発だから意図は不在だし還元は不能なものだから、リーダシップ論フォロワーシップ論マーケティング理論など全て後付けの理論なのである。こういった後付け理論は現象を説明するには適しているが現象を引き起こすことができるという誤解を与える。ブームは仕掛けられる、自然発生的であっても問題は解決できるという幻想である。

both side now


2024年2月6日火曜日

人的資本の質の良し悪し、社員や採用者にとってその仕事は探検?それとも冒険?

人生において仕事とは困難に立ち向かう経験である。困難に立ち向かう態度として良く知られるのが探検と冒険だ

探検と冒険の違いはこの際chatGPTに聞いてしまおう。

探検」と「冒険」は、似ているようで異なる概念です。以下は、それぞれの違いについての一般的な説明です。

1. **目的と動機:**

   - **探検(Exploration):** 主に未知の領域や情報を発見することを目的としています。科学的な調査や地理的な発見が含まれることがあります。探検は知識の増加や新しい発見が期待されることが一般的です。

   - **冒険(Adventure):** 主に興奮や挑戦、経験の拡大が目的です。冒険はしばしば危険や困難な状況に直面することを含み、個人の成長や挑戦に焦点を当てることがあります。

2. **危険度と不確実性:**

   - **探検:** 通常は計画的で科学的なアプローチが取られ、危険度や不確実性が比較的低い場合があります。専門家や研究者が関与し、慎重な計画と調査が行われることが一般的です。

   - **冒険:** 通常はより冒険的でリスクが高い場合があります。予測不可能な出来事や挑戦的な状況が含まれ、冒険者は不確実性に対処する必要があります。

3. **目的地や活動の種類:**

   - **探検:** 未知の地域や未知の情報を調査することが一般的です。例えば、極地や深海、未探索の森林などへの科学的な調査が含まれます。

   - **冒険:** 挑戦的な状況や活動が中心であり、登山、探検旅行、冒険スポーツなどが含まれます。目的地は既知でも、困難な条件下での体験が強調されます。

要するに、探検は主に知識の拡充や科学的な目的が中心であり、冒険は冒険者の個人的な挑戦や経験の拡大が中心です。ただし、これらの用語は文脈によって異なる解釈ができるため、具体的な状況によって違いが微妙に変わることもあります。

つまり、冒険は挑むこと自体が重要で、探検は困難の解き明かすことが重要なのだ。仕事文脈で言うと、仕事を通じて未知の力を身につけるのが冒険で、仕事に内在されている課題を解決するのが探検ということになる。キャリア論で言われる計画的偶発性は冒険文脈でスキル論で言われるジョブマッチングは探検文脈と言うことになる。仕事に求められるのが人的資本の可能性(認知的変化(創発)なのか人的資本の身体知なのかそれによって資本の質は評価されなければならないのである。






2024年2月5日月曜日

心のエレベーター

 以前コルトハーヘン先生のリフレクション講座を受けた時に習ったのが心のエレベーターである。感情の所在を頭ー喉ー胸(心臓)ーお腹のどこにある感情かを確かめることで本当の自分に気づきその感情を生み出した出来事の本質を探るのであるがこういうメタファーはとってもわかりやすくて実践的である。私たちは日々目まぐるしく出会う自分の感情に振り回され苦悶する存在だ。だから現実的に自分の感情に向き合う知恵を必要としている。リフレクションとは聞慧(もんえ)だが思慧(しえ)であり、実践である(修慧)(しゅうえ)なのである。

この知恵を身に着けると、毎日使うエレベーターまでもが気づきの場となる。日常の中で気づくということはとても重要なことなのである。エレベーターに乗った時に、あっ、自分の心のエレベーターを使っていたっけ?と思うだけでいいのだ。楽ちんなのである。



2024年2月4日日曜日

ポジティブモンスターとは

 なんだかいつも前向きで元気な人って居るんですよね、周囲の人からは羨望もしくは妬みの眼差しでポジティブモンスターとか呼ばれてしまうし当人も自分のスタイルとして自己認知していたりする。ポジティブさは実は遺伝因子で50%くらい影響があるともいわれるけれど、でも、そんな必然論的な事ではない。ポジティブな人にもネガティブな感情はしっかりと揃っている喜怒哀楽で言えば怒哀はネガティブな感情だ。怒りの感情にはアンガーマネジメントという、怒りの灯を収める方法が知られているがポジティブモンスターは、怒哀の感情を喜楽にスイッチングすることが出来る存在なのだもちろん容易いことではないからモンスターなのだけれども、ポジティブモンスターにも、人生で怒れる経験や哀しい出来事は容赦なく降ってくるしかし土砂降りの怒哀の雨にずぶ濡れになりながらも、その皆底にずっと沈んでいることはない。手足で水を搔いて水面に顔を出して肺にいい空気を入れて浮力を得て浮かび上がってくるのだ。一度浮かび上がったらもう一度怒哀の海に潜るなんていうことはしない。軽やかに宙をに舞い上がるのだ。それ故ポジティブモンスターの共通性は活動的に見える事であろう、身体性を使って感情と言う思考を創発しているのだ、身体を動かすことで、怒りや、悲しさが紛れるという経験は誰もが持っているものだ、感情も実は思考であると考えられているが、思考であれば認知的変化、創発の表象である、ポジティブな思考を身体を使って創発させているのがポジティブモンスターなのである。身体を使うとアドレナリンと言うご褒美が出るから行き過ぎると依存症になる。かつてポジティブネス信奉が行き過ぎたアメリカのポジティブ疲れを観るに作為的なポジティブネスにも害があることは明白だろう人間に喜怒哀楽という自然の感情が揃っていることには意味があるのである。




2024年2月3日土曜日

大人と子ども

 子どもは成長の過程で常に大人と言うリソースに晒されるそれは子供にとってみれば守護者であり、抑圧者でもある指導者であり、人生の伴走者でもある師匠でありパートナーでもある。

大人にとっては子供とは過去のじぶんの足跡である。

大人とは委縮した子供であるなんて揶揄した言い方もあるが、大人にとって子供とはアンラーニングされた自分の残照でもある。

子供は夢の王国の住人で大人は欲望の王国の支配者である





2024年2月2日金曜日

持続可能性と言う社会倫理

 倫理とはより良く生きるための信念であるが時代とともにへんかするものだ、1970年代は成長こそがより良く生きる信念だと考えられていたしかし1990年代に入り成長の限界が言われるようになり2000年代に入ると持続可能性がより良く生きる信念であると考えられるようになる。SDGSでお題目のように唱えられる持続可能性は今や社会倫理なのである。



2024年2月1日木曜日

状況とカップリングした心の動きを言語化して外化するところまでがリフレクションである。

今日はリフレクションについて
これまでも何回かリフレクションについて書いてきたが、要するに実践の中にある本質的な意味を自分の感情と向き合うことで気づくことで、異なる実践でも活かせる智慧を生成するといった智慧の生成プロセスであると言えるのかもしれない。気づいた本質的な意味を未来のリソース化するために言語化して外化する必要がある、なぜなら、そうしないとせっかく気づいた意味も時間と共に溶けてしまう(忘れてしまう)からだ。言葉の魔力によって、智慧を固定しは持続可能にするのだ。日記はその一つであるが、日記は未来の自分に向けて書くのである書いて自分と対話する。そうすると日記は自分と言うダンジョンを冒険する冒険の書になる。
日記が預言の書になる?