2020年9月30日水曜日

未来をスケッチするリーダー論

 僕は僕の犬と散歩をする。

その際に必ず「引綱」をつける。

英語では「リード」だね。

さて、リードをつけて僕が先を歩けば僕がリーダーだ。

逆に犬が先を歩けば犬がリーダーになる。

その仲立ちをするのが「リード」である。

散歩におけるリーダーの役割は、多くの選択肢から道を選ぶことだ。

正解は無いけど、リーダーは未来を選択しているのだね。

要するにリーダーはその存在として未来をスケッチする役割なのかもしれない。

さて、僕がリードしているとき犬はうろうろする。

僕がよいリーダーであればしっかりと躾けて脇目も振らずについてくるだろうけど残念ながらそうもいかない。

でもそれゆえ、僕は時に立ち止まり、ときに犬と会話をし、道を変えながら散歩をする。

つまり、イノベーションが起きるのだ。

脇道、道草はイノベーションの原点だからね。

そして僕は未来をスケッチするリーダーとは、ビジョンを持ち、突き進むだけでなく個性と変化に向き合い、ときに従いながら協働していける人なのだと思う。

どっちがリード?

2020年9月29日火曜日

誰かと描く成長する未来

「成長した」は過去形で「成長する」は未来形だ。

ではどうなれば「成長」なのだろうか。

心理の側面で「成長」は発達心理学では年齢ごとに区切って課題が異なると考える。

身体的には成長期、性徴期といった肉体的変化が「成長」だね。

社会人としての「成長」は以下が適切だろう。

私たちが生きていく過程とは、器を成熟させながら能力を磨いていく、「鍛錬の道」だと私は考えています。成人になり、仕事をしていく中で、人格的な成熟と能力の成長はともに求められることです。「成人発達理論による能力の成長ダイナミックスキル理論の実践的活用法」加藤洋平著 日本能率協会マネジメントセンター

身体と人格と能力。

僕たちはいろいろな「成長」に向き合っているのだね。

さて、身体に関しては誰から何を言われなくても成長するけど人格と能力に関しては社会性が大きく関わってくるから他者からの見てどうなのか、だね。

つまり、成長する自分を見ている誰かが必要ということかもしれない。

立派な社会人になる未来を描くことは、立派な誰かと一緒にいる姿を描くことなのだろう。


ヒトが要る


2020年9月28日月曜日

「未来のスケッチ」について考える月曜日

スケッチとは、「おおまかに描写すること」である。
だから未来が描ける状態にならなくてはいけない。

では、どうすれば僕だけでなく恐らくだれも知らない未来を描くことができるのだろうか。

方法は1つ、想像することだ。

では、どう想像すれば良いのか。

根拠があれば尤もらしい未来になるし、無ければ空想とか妄想と言われるのだろう。

まあ、ジュール・ヴェルヌの名言に「人間が想像できることは、人間が必ず実現できる」があるように、尤もらしいか否かは本当の未来にとってあまり関係ないのかもしれないね。

さて、人が未来を描くという行為は「記憶と意識」の仕組みを流用しているのだと考えられないだろうか。

現実世界で自分が感覚したものが、「主観」( 現実世界にへばりついた時間)から切り離されることで、記憶という「自分が客観世界だと信じているもの」が作り出されているわけだ。「人間と機械のあいだ 心はどこにあるのか 」池上高志、石黒浩著 講談社

アンドロイドがどうすれば意識を持てるのか考えるこの本は、僕たち「ヒト」にとって「記憶」とは何か、「意識」とは何か、そしてそこに深く関わっている「時間」の存在を考える機会を与えてくれた。

「記憶」は時間を遡り、時間を先に進めるのが「未来のスケッチ」である。

「記憶」は客観世界(と信じるもの)で、「未来のスケッチ」は主観世界(と信じるもの)である。

時間の向きと目線は反対だけど両方とも「頭の中に描くもの」ということだけど、どう想像すれば良いかがうっすらと見えたように思える。


記憶か未来か


2020年9月27日日曜日

時間と体験から未来のスケッチへ

僕の先週のブログを振り返ってみると、「時間と体験」が共通したテーマであったように思える。

7年間通ったCafe Katyでの自画持参、生存と開発、恵、10年前10年後、キャリアの源流、言い訳と謝罪、と時間とともに生じる出来事とそれら体験の蓄積について書いていたからね。

さて、歳を重ねればより多くの時間、体験を積むことになるから、自分の未来よりも過去を描く方が取っつきやすいから僕は安易な選択をしていたのかもしれない。

時間と体験の蓄積が少ない若者は、歴史を学ぶことは別として自分の未来を描くしかないわけだけど心を若く持って、今週は未来をスケッチしていこうと思う。


(月)「自画持参」を振り返る
しかし55件とは、まとめれば1冊の本になりそうだなぁ。

(火)適者生存か適者開発か
で、ね。もしかすると適者生存と適者開発は対比というより状況の違いなのかもしれないね。

(水)植物に映し出される「恵」のある人
で、ね。僕たちは自然環境ほどチャンスメークできないけど、身の回りの植物を観ればその人がチャンスメークしているのかいないのかわかるのかもしれないね。

(木)10年前の君へ、10年後の君へ
で、ね。そんなことを考えていると僕は10年前の僕にきっと「その気持ちを忘れるな」と、10年後の僕には「次の10年のためにその違和感からなにかを学べ」と声を掛けてあげたいね。

(金)キャリアの源流にある士農工商?
もちろん大河がそうであるように決定論的なものではなく、あくまでもキャリアの中で何らかの意味をもつこと、ということだと思うけどね。

(土)言い訳と謝罪と断罪を考えた昨日の通院
だから僕は下剤(の費用も)と絶食が無駄になったことを、例え新型コロナウイルスの状況でなくても主治医を断罪することは絶対にしない。


先を見る


2020年9月26日土曜日

言い訳と謝罪と断罪を考えた昨日の通院

 僕は昨日、病院に行って検査の予約をした。

新型コロナウイルスで当初の予約がキャンセルされ、次の予約は一週間の体温測定が必要であることを説明されず下剤を飲んで行ったにも関わらず検査ができず、今度の検査は3回目の正直、といったところだ。

10年以上検査をしているけどこんなことは初めてだ。

主治医と検査の日程を決めてそのあと看護師から説明を受けるのだけど、昨日の看護師はこれまでの経緯をちょっと話しただけで事情を理解して、一切責めていないにも関わらず丁寧に詫びてくれた。

僕は新型コロナウイルスの混乱が原因なのでまったく気にしていないので謝られてしまってちょっと戸惑ってしまった。

僕がふと疑問に思ったのは、主治医は『あれ?説明してませんか?悪いのは私だったのでしょうか?』みたいな応答があったのと、当事者ではなかった看護師の応じ方の違いがどこから来るのかということだね。

主治医はとても誠実な方なのだ。

推察するに、

1.主治医は当事者なので責任転嫁するつもりはないのだけどどこか素直に応じにくい
2.看護師は自分の責ではないので客観的に状況に対して応じやすい

の違いがあるのかもしれない。

要するに人柄の問題ではなく当事者には事情を思い巡らして原因を解き明かしたいという心理が働くのでどうしても「ごめんなさい」が伝わりにくくなってしまうのだろう。

そこまで考えるとこの看護師の対応は僕の検査に限ったことでなく、僕も仕事でよく直面する問題だと思った。

厳しい見方をする人は「言い訳」と断罪するのかもしれないけどね。

でも、当事者になる人は最前線で多くて複雑な状況に対応しているのだよね。

だから僕は下剤(の費用も)と絶食が無駄になったことを、例え新型コロナウイルスの状況でなくても主治医を断罪することは絶対にしない。


大変だ



2020年9月25日金曜日

キャリアの源流にある士農工商?

僕たちが社会人となって働きはじめるタイミングがキャリアの出発点だけどキャリアの源流は社会人になる前にあるのかもしれない。

社会人になってからの経験はキャリアを大河にするものだけどその前の経験に少なからず影響を与えていると思うからだ。

例えば八百屋の息子は自営業の経験から企業に就職しても経営者としての視点を備えている、とかね。

荒川とかもそのはじまりは細々と湧き出す泉だったりするように。

細々とした流れはその後多くの流れを伴い大河になるわけだけど源流はその中にあって続いていると考えると、僕が知っている人たちのキャリアもイメージすることができるかもしれないね。

そこでキャリアの源流にはどんな種類があるのか分類してみたのだけど、「士農工商」があてはまりそうだ。

もちろん、階級制度としての「士農工商」ではなく、職種としての、だけどね。

今の時代にあてはめると士は仕業、農は農林水産業、工は職人だけでなくスキルベースの会社員や役人やスポーツ選手、商は自営だけでなく経営者たちだ。

こういった育成環境を源流に持つとその後のキャリア形成やパフォーマンスに少なからず影響を与えているように感じられる。

もちろん大河がそうであるように決定論的なものではなく、あくまでもキャリアの中で何らかの意味をもつこと、ということだと思うけどね。




2020年9月24日木曜日

10年前の君へ、10年後の君へ

例えば僕が10年前に思っていた違和感、なぜなんだろうと思ったことがある。

言い換えればこうなれば良いのに、ということだね。

そして10年経って、こうなれば良いと思った状況になったとして、「ああ、良かったなぁ」と素直に感じられるのだろうか。

僕は今日、そんなことを考える。

というのも10年前に思ったことと10年後に感じることは一緒ではない、からね。

ではその10年間に何があるのか一言でいえば「馴れ」なのかもしれない。

違和感に慣れてしまえばそれはそれで居心地が良くなる。

適応。順応と言えばそれなりだろうか。

会社では組織社会化とか教化とか最近ではオンボーディング言われるプロセスがあって、それも実はそんな違和感が居心地になることだとしたら複雑な気持ちだ。

で、ね。そんなことを考えていると僕は10年前の僕にきっと「その気持ちを忘れるな」と、10年後の僕には「次の10年のためにその違和感からなにかを学べ」と声を掛けてあげたいね。


10年前に見ていた10年後



2020年9月23日水曜日

植物に映し出される「恵」のある人

 植物の生命力はすごいと思う。

無味乾燥な都心マンションの一室でも逞しく成長する。

もちろん、あっという間に枯れてしまうものもあるのだけどそれは往々にして僕が水をあげすぎてしまうなど枯らせているものだろう。

良かれとおもってもポイントを押さえず手をかけすぎると枯れてしまうわけだね。

一方、まったく手を掛けなくても枯れてしまう。

水が無くなれば当然植物は生きられないのだから僕が家を2か月くらい空けてしまえば部屋の植物たちが生存する可能性はゼロになる。

さて、一歩外に出るとちょっとしたいろいろなところから草が生えているのを見ると、自然環境には生存の可能性が大いに秘められているのだろう。

ひょっとしたら自然環境とは最大のチャンスなのかもしれない。

まさに「恵」だ。

で、ね。僕たちは自然環境ほどチャンスメークできないけど、身の回りの植物を観ればその人がチャンスメークしているのかいないのかわかるのかもしれないね。


すごいなぁ



2020年9月22日火曜日

適者生存か適者開発か

 「日本企業のタレントマネジメント 適者開発日本型人事管理へ」(石山恒貴著)に、適者生存と適者開発という概念が出てくる。

会社において生き残った人が適者なのか、それとも適者を採用育成するのかという対比である。

僕は今の会社に入る前は家族経営の会社で働いていた。

折しも、バブル崩壊でデフレの影響は深刻でメイン銀行が破綻したときの眠れぬ想いを今も忘れることができない。

今の会社で、創業者社長が前身となる会社においてこの発注がとれなければ倒産する痺れる体験のことを聞いたとき、その気持ちは痛いほどわかった気がした。

小売り、アパレル、航空のみならず金融まで、大企業が破綻することも珍しくなくなった昨今、経営者でなくても同じような気持ちを体験した人は少なくないだろう。

会社に対するコミットメント、貢献が強い人ほどそれは大きな意味となっていると思う。

冒頭の著作は学術書なので極めて客観的に書かれているのだけど生存の際に立たされた企業では経営者、社員ともに「生存」実感が強いのかもしれない。

さて、企業の戦略は「同業他社に勝って市場のリーダーとなり多くの果実を得ること」が目的だけど瀬戸際とか土壇場においては「生存」の方が重要だよね。

で、ね。もしかすると適者生存と適者開発は対比というより状況の違いなのかもしれないね。


オーブだらけ


2020年9月21日月曜日

「自画持参」を振り返る

 僕のブログで「自画持参」を検索したら55件ヒットした。


その多くは「自画持参」の後に書いたものだから随分と参加させて頂いたものだ。

最初は2013年4月になっていてその冒頭には、

お題に沿って参加者それぞれが自ら3分程度で話すタイトルを決め、でも、そのタイトルを3分間スピーチするのは、場に集う自分かもしれない誰か、という非常に緊張感のある集いです。

例えば、誰かが考えたタイトルを自分が3分間話さなければならないかもしれないのです。

と書いてある。

この「自画持参」は新しいコミュニケーションの場をデザインする試みで始まったそうだ。

確かに僕は新しさを感じていたのだけど、他の参加者はどうだったのかな?

新型コロナウイルスの影響で自画持参のホームグラウンドになっていたCafe Katyが閉店し月初第一金曜日の夜に集うことが無くなってしまい、聞くことができないけど試みはまだ進行中なのかもしれないね。


しかし55件とは、まとめれば1冊の本になりそうだなぁ。


以下、新しい順に・・・

Cafe Katyのグレートジャーニー、もしくは草千里は続く

自我持参した夜

イノベーションを起こすのはプロデューサー

がちゃトーク 「10年前」を対話する

Bucket List を考える Bucket List で考える

自画持参「秋の味覚」について

よいものからは対話が生まれる

事業と健康 その境界を知るとわかること

「健康」を対話する自画持参 がちゃトークの日

本当のお題を考えてみる

多様な経験が僕の内面世界を広げる

がちゃトーク 抽選とは何なのか(東京オリンピック狂騒曲より)

あきらめの等価交換? 学びの錬金術を考える

初心者に対してどのように接するのか その心得は?

美しき「卒業」 「卒業」で美化される社会

「デザイン」は誰が守るもの?誰が変えるもの?

自画持参 がちゃトークの始まりはいつも雨?

ぼーっと生きてんじゃねーよ やる気がないとチコちゃんに叱られる?

「弱み」を見せない世代、見せたい世代

今宵は「解禁」のガチャトーク

自画持参 「ティータイム」について

「沈黙」という存在感の本質

集う喫茶店、別れる喫茶店 自画持参 がちゃトークより

開けては暮れる、この一年

「シュウカン」を考えるがちゃトーク

5つの異なるテーマのインクルージョンもしくはインテグレーション

「気になる」時は一歩踏み込んでみよう

自画持参の終わり? 始まり? 場のページが捲られるとき

違和感を考えるガチャとーく

職場であなたを待っている?3つのドラマ

ドラマチックな小道具3点を考える

「出会い」とはきっかけ?それとも気づき?

「甘い」を男子でがちゃトークする夜

矛盾・曖昧・豹変を許す寛容さを与え給え とっても大切な発見

がちゃトークナイト エイプリルフールに考える「うそ」とは?

差し向かう、差しで飲む? 「差し」を対話する金曜の夜

大団円というアンハッピー

がちゃトークで「演じる」を考える

ブログを1,000日書き続けてわかること

第2回 がちゃらナイト? 変わる場で変わること

3月は”コレクション”でがちゃトーク。 ”コレクション”を讃えよう!?

仕事力と生命力 私たちは複雑さから生命力を感じている 

がちゃトークだもんね

「カースト制」をメタファーに使う違和感

がちゃメモをじっと眺める

「らしさ」にみる違和感の本質

激しい雨の日はダイアログがオススメの訳

居酒屋とサードプレイス

「選ぶ」を考えるx3 そして不自由な私

「さがしもの」は何ですか。 それは、ふるさと?

イドウについて語る×2

趣味について語る×2

「ハプニングをおこす」とは

居心地の悪さに学ぶこと

青いインクの万年筆 小さな自己満足とまた使いたくなるもの


川の流れるがごとく


2020年9月20日日曜日

評価するのは好き?評価されるのは好き?

 先週の僕のブログを一言でまとめると「評価」だ。

「評価」とは誰かが誰かを客観的に批評することである。

では、僕たちはなぜ評価するのだろうか。

そしてなぜ評価されるのだろうか。

僕は、評価の始まりは自意識によりも早くて神秘的なものに目覚める3歳ぐらいにあるのではないかと思う。

つまり、自分には理解できない不可思議なことがある、と気づく頃だね。

僕たちは得体の知れないものが怖いから理解しようとする。

その一つが神秘体験だ。

何もないのにあると感じることだね。

評価もそんなものかもしれない。

あるようでないもの、だものね。

で、ね。あるように感じるのが好きか、あるよう思われるのが好きか、なのかもね。


(月)菅さんに僕が期待すること
で、ね。菅自民党総裁がこの難局をどう乗り切るのか僕は期待しているのでどうか健康には気をつけてがんばって欲しいよね。

(火)周囲から優秀と思われる人の行動とは
で、ね。要するに周囲が優秀と認める人とは、キレて周囲から気を遣われることはなく我慢ができてチャンスが来たら我慢をせず自分自身の癖を知って認知を修正できるということかもしれないね。

(水)複雑化するアソシエーションにける人との関わり方
本来、シンプルな原則に沿って人が集うはずのアソシエーションがどんどん複雑になっているからだけど、これはやはりコミュニティの消失が引き起こしていることなのだろうか・・・

(木)DX時代にあるべきセキュリティと社会の受け止め方
これからはDXだ、とか言っている割にショボ過ぎるぞ。

(金)気づきと知恵が暮らしを変える根源だ
で、ね。お店で使おうとしたバーコードを読み取らせるのか読み取るのかとか手間取り決して素晴らしいユーザー体験とは言えなかったけどこれはむしろ仕組みを使いこなせていない僕や店員さんの問題なんだろうね。

(土)YoutubeとTikTokを考えてみる
なぜなら飽きてテレビを観なくなったことと同じだと思うからだけど、そもそも何でテレエビを観なくなり、なぜ車に乗らなくなったのだろうか。


評価は?



2020年9月19日土曜日

YoutubeとTikTokを考えてみる

 僕はYoutubeもTikTokもまったくのライトユーザーだ。

一日で観る時間は限りなくゼロに近い。

ただ、それはサービスを否定しているからではない。

30代後半、ファイナルファンタジーⅥでゲームに飽きてしまったあたりからコンテンツに没頭することが無くなってしまったのだけど、それ以降、目新しいサービスも知的好奇心の範疇を越えることがない。

あまり楽しいことじゃないけどね。

さて、最近TikTokが話題になったこともあって観ているのだけど15秒って考えたらテレビCMと同じ長さなんだよね。

そう思うとTikTokは「カステラ一番電話は二番」と同じに思えてきた。

軽快なリズムと目を引くビジュアルでメッセージを伝える。

そして見分けがつかないように本当の広告も表示されている。

一方でYoutubeはテレビ番組的だと感じる。

最近、とんねるず石橋貴明さんの貴ちゃんねるずを観たけどまさにテレビのチャンネルなんだよね。

ヒカキンさんとかは夜中に延々と放送しているTV通販みたいな印象だ。

結論から言うと、時間があったとしても僕はYoutubeにもTikTokにも嵌らないと思う。

なぜなら飽きてテレビを観なくなったことと同じだと思うからだけど、そもそも何でテレエビを観なくなり、なぜ車に乗らなくなったのだろうか。



自然


2020年9月18日金曜日

気づきと知恵が暮らしを変える根源だ

僕はマイナポイントのアプリでログインを3回失敗してロックされてしまったことを昨日書いた。

幸いにも区役所の窓口は目と鼻の先なので今朝行って手続きをしたのだけど職員の方が合計3名ほど対応してくれたのでコストにしたら結構な額の気がする。

そもそもITって省力化、効率化で社会に貢献するものじゃなかったっけ?と思いながらUXこそがITのノウハウなんだろうなと考えた。

要するにIT化自体は作るのも使うのも手間が掛かるのだけどシステム構成やUI/UXを上手くデザインすると一気に僕たちの暮らしを変えてくれるものなのかもしれない。

しかしシステムもUI/UXも効果的な手段ではあるけど本質じゃないよね。

僕たちの暮らしを変えるものは僕たちの気づきと知恵だということだろう。

そしてITは気づきと知恵を社会全体に一気に伝搬できる威力を秘めているからこれが組み合わさると短期間で世界を変えられることが多く実証されている。

頭の体操の著者、多湖輝先生は低迷する社会を打ち破るのは発想し創造する人の力であると考えた執筆されたと聞いた。

気づきと知恵は、まさに発想し創造することだから50年以上前に見抜いた多湖先生は洞察力は本当にすごい。

さて、マイナポイントのアプリに無事ログイン出来て、以前に登録したサービスを確認したらPaypayだった。(これが知りたかった)

Paypayにログインして決して簡単とは言えない決済カード(銀行口座じゃなくてね)の登録も行い2万円チャージしたら5000ポイントがすぐに付与された。

決済の壁を乗り越えると急に便利になる印象である。

で、ね。お店で使おうとしたバーコードを読み取らせるのか読み取るのかとか手間取り決して素晴らしいユーザー体験とは言えなかったけどこれはむしろ仕組みを使いこなせていない僕や店員さんの問題なんだろうね。


素敵な店



2020年9月17日木曜日

DX時代にあるべきセキュリティと社会の受け止め方

銀行口座の不正出金が大きなニュースになっている。

ドコモ口座の波紋、銀行の大失態が浮き彫りに

本人の知らないうちに銀行口座からほかのサービスに出金され、さらに引き出されてしまったとのことで、とても身近な問題だ。

最初はドコモ口座と一部地方銀行のことだと思っていたら、ほかの決済サービスとゆうちょ銀行や大手都市銀行でも発生しているということ、なんだかもっと拡大しそうな予感がする。

そんなこともあって僕は今夜、一応開設している銀行の口座チェックを行った。

結果として何ら問題はなかったので良かったけどまあネットバンキングのログインが面倒である。

しばらくインターネットバンキングを使っていなかった口座では合言葉を複数回聞かれたり、IDやPWを入力する画面が変わっていたりとね。

それだけ面倒で分かりにくくすることが不正アクセスを防ぐうえでは必要なのだろう。

さて、今回の不正はそういった利用者の面倒を減らすことでセキュリティが甘くなったらしい。

銀行は問題が発生したときに想定される被害額と補償額のバランスで考えたのかもしれないけど、補償額よりも信用に傷がつき、決済サービスも利用できなくなったことの方が重大だろう。

特にマスコミが騒いで社会問題化してしまうと企業はより慎重な対応が必要になるからね。

もちろん、被害拡大を防ぐために慎重な対応は必須であるので判断は難しいのだけど現在の技術レベルとDXを推進しないと時代遅れになってしまう現状を踏まえて僕たちはセキュリティに関する認識を少し変えたほうが良いのかもしれない。


ところで、僕はついでにマイナポイントの登録内容を確認しようと思ったのだけどパスワードを3回間違ってロックされてしまった。

どうやら窓口に行かなければならないらしい。

普段使うものでないだけにパスワードは間違えやすく、せめて一定時間後に再度アクセスとか登録してあるメールアドレスにリセットのURLを送るとか出来なかったのだろうか。

これからはDXだ、とか言っている割にショボ過ぎるぞ。


その先に未来が

2020年9月16日水曜日

複雑化するアソシエーションにける人との関わり方

さて、今日は何を書こうか。

在宅で仕事での人と関わることは減っているけど地域社会で関わることはあるわけでそれを書こうか。

はたまた、時事ネタだけど人事は人事なのだ組閣に関して書こうか。

もしくは、ここ10年で産業界を席巻したGAFAについて書こうか。

自分自身の内省と思いに関することを書こうか。

色々ある。

僕の今の特性的には、GAFA、組閣、内省、地域社会の順番なので、一番最後の地域社会について書いてみる。

まず、僕は地域社会と関わるのが苦手だ。

実家では僕が生まれる前に家業が一度倒産したこともあって親は地域との関りを避けていたし、小学校は越境(といってもどちらも自宅から5分の場所)だったので地域コミュニティ、要するに幼馴染は家の周囲に居なかった。

だから町会のお祭りも参加していない。

都会的、なのだろうけど地域コミュニティに疎く、人との関りにおいては地縁においても血縁においても必然的ではなく状況的かつ適応的であるのだろう。

今僕が住む地域はそのスタイルが最適かもしれない。

中小企業、商店がどんどん無くなってそのあとに建つのはマンションホテルだからね。

コンビニとか小型スーパーマーケットが増えているけどそこで働くのは外国の人が多いので暮らすうえで人と関わることはほんとうに少なくて済んでしまう。

さて、僕は人が苦手ではない。

初対面の人とも普通に話ができるし、社会的開放性も低くない。

むしろ無言や眉間に皺をよせて壁を作られると嫌な気分になる。

僕は地域コミュニティには疎遠だけど別に人が苦手ではないので犬の散歩同士ですれ違った人やお巡りさん、住まいの前のお爺さんに話しかける。

でも仕事となると少し話が違うのかもしれないね。

僕は職場に地域コミュニティの代替を求めておらず会社とは同じ目的に集うアソシエーションであるイメージなのだけど異なる目的、異なる信念、そして異なる線引きの中で関わり合うことは容易くない。

本来、シンプルな原則に沿って人が集うはずのアソシエーションがどんどん複雑になっているからだけど、これはやはりコミュニティの消失が引き起こしていることなのだろうか・・・


飼い主と似るのかしらん




2020年9月15日火曜日

周囲から優秀と思われる人の行動とは

活躍する優秀な社会人には 観察できる行動の範囲が情動的知性と社会的知性と認知的知性に整理できるのだそうだ。(Boyatzis and Boyatzis 2008)

情動的知性とは自らの感情をコントロールできること、つまりキレないってことではないだろうか。

キレる人って周囲が気を遣うから結局優秀と評価され難いのかもしれない。

社会的知性に関しては「拡張する脳」(藤井直敬著)には”「我慢」が社会性の基本であることと、時にチャンスが来たと瞬間的に判断をして「我慢」をやめるのが「賢さ」である”と書かれているのだけど、僕はそれが大きなヒントだと考えている。

我慢と我慢をやめる賢さ、だね。

つまり我慢をコントロールし、チャンスには我慢しない、それが僕の考える社会的知性の本質だ。

認知的知性は、認知バイアスとか正常化バイアスをコントロールすることだと思う。

要は自分の癖を知ることだろう。

僕は顔に感情が出やすいし、我慢のコントロールも不十分、自分が正しいと考えがちだからバイアスのコントロールもいまひとつだと思う。

優秀になるためにはもっと修業が必要だ。

で、ね。要するに周囲が優秀と認める人とは、キレて周囲から気を遣われることはなく我慢ができてチャンスが来たら我慢をせず自分自身の癖を知って認知を修正できるということかもしれないね。


おちつけ


2020年9月14日月曜日

菅さんに僕が期待すること

 安倍さんが健康上の理由から職を辞して次の首相に長年、官房長官として安倍さんを支えた菅さんがほぼ決まった。

ということでこのブログの次の目標は官房長官として、そして首相として菅さんが在職する通産期間なのかもしれない。

そんな僕の個人的な目標においても菅さんには頑張ってもらいたい。

さて、菅さんのプロフィールを初めて知ったのだけど大学は法政大学卒業だそうだ。

法政大学の人をたくさん知っているけどきっと今頃は盛り上がっているだろう。

そうであれば僕は素直にうれしい。

かつて仕事で各大学の学生の特性を分析したことがあるのだけど、頭脳明晰でリアリストな東大生、知的で効力感の高い慶大生、早大生にくらべて、とにかく前向きな法大生といった結果だった。

それ故、いまでもOB含めて熱すぎるのかもしれない。

かつて法政大学が六大学野球を圧倒したときの江川卓投手が空白の一日を使って巨人に入団した時、記者会見で「冷静に」と語ったのはちょっとしたジョークだね。

で、ね。菅自民党総裁がこの難局をどう乗り切るのか僕は期待しているのでどうか健康には気をつけてがんばって欲しいよね。


がんばれ!


2020年9月13日日曜日

本当に必要なものって何だろう

僕の先週のブログにあった潜在的なテーマは「本当に必要なもの」だと思う。

世代交代、終わらない価値、エネルギー、シンプルワーク、核心、そして「最後の講義」だからね。

アントワーヌ・ド・ サン=テグジュペリの著名な小説「星の王子さま」のなかの台詞で「大切なものは目に見えないんだよ」があるのだけど僕たちは心で見ないと本当に必要なものも見えないのかもしれない。
 
(月)The 世代交代
結局、当時考えていたクリエイティブはほとんど手付かずで後継機は実務型だけど、また僕のクリエイティビティが燃え上がってきた時にはMacを買うのかもしれないね。

(火)愛着の終着と終わらない価値
今夜、僕がルークを想うようにね。

(水)雲は目に見えるエネルギーの塊
山のある場所に行き一歩一歩登らなくてもエネルギーが集まれば何もないところで高みに登れるのだからなね。

(木)365日のシンプルワーク
こだわってルールを量産するけどそれは重荷になって仕事は重荷で作られているわけじゃない、と言い換えても違和感がないなぁ。

(金)KISSの核心
もちろん「まず名前ありき」ではないのだけど呼称が僕たちに与える印象や覚えやすさは重大だよね。

(土)出口治明 さん「最後の講義」を観ながら考えていたこと
僕は放送を観ながら出口さんの経験や物事に向き合う態度はまさに、知の探索であり、イントラパーソナル・ダイバーシティの体現であり、創造的態度にあるのではないかと考えていた。


心で見る


2020年9月12日土曜日

出口治明 さん「最後の講義」を観ながら考えていたこと

創造性の高い人はそうでない人に比べていろいろと余計に思いついてしまうそうだ。

だから、以前に聞いた話では踏切の上げ下げをする踏切警手には不向きらしい。

気が散ってしまい事故を起こすからね。

さて、会社の中でも余計な仕事を増やすことは嫌がられる。

独善的で協調できない人と思いついたことを口にする人だね。

前者は一旦、置いておいたとして、社員が機械のように働く時代であれば余計なこととそうでないことの違いが明らかだけど自律的に働く時代において線引きは難しい。

そうなると仕事において余計かそうでないかではなく、誰かにとって都合が良いか悪いかの線引きになる。

自律性が高い新入社員ほど期待と裏腹に早期に辞めてしまうのもそんな事情があるのかもしれない。

相談されて思ったことを言うと次に相談が来なくなる、そんなことはにコンサバな会社に限らずざらにあることだ。

創造性と業績は正の相関(野村,1967 Runco, 2004)という研究がある一方で、創造的態度(①アイデア創成が好き、②アイデアを早い段階で批評的に評価しない、③新しいアイデアを大切にする、④創造的思考は、一風変わっていると信じている)に欠ける人は少なくないというのがこれまでの僕の印象だ。

仕事を的確にこなそうとしている優秀な人ほど、ね。

そこらへんは踏切警手と同じことなのかもしれない。

しかし、僕は知の探索やイントラパーソナル・ダイバーシティにとって創造的態度は欠かせないものだと思う。

僕は放送を観ながら出口さんの経験や物事に向き合う態度はまさに、知の探索であり、イントラパーソナル・ダイバーシティの体現であり、創造的態度にあるのではないかと考えていた。


興味それとも無視


2020年9月11日金曜日

KISSの核心

僕が中学生の時にデビューしたアメリカのバンドがKISSだ。

白塗りにくま取りをしてなんだか歌舞伎みたいだけどアメリカンハードロックバンドということで見た目のよりもはるかにポップな曲調で聞きやすかったね。

当時のハードロックの主流はブリティッシュハードロックでディープパープルとかレッドツェッペリンとかヘビーな印象だったから見た目はヘビー、曲はポップと新しいカテゴリーを築いたのだろう。

そしてバンド名「KISS」は超スイートだ。

このアンバランスの結果が2020年に至る今までバンドが続いている核心なのかもしれない。

さてKISSの象徴的なメンバーはベースのジーン・シモンズだ。

2019年にツアーの活動休止を発表し、来日し紅白にも出たけどNHKがそのタイミングでインタビューを行い番組を制作している。

その番組でシモンズが語ったのは「KISS」というバンド名の商標登録という知的財産化の重要性だった。

他にもバンドがデビューした当時、すでにKISSというバンドがあったらしいけど商標登録していなかった。

結果、KISSは1973年から今日にいたるまでKISSだ。

結果、50年近く彼らの活動はオーソライズされたわけだ。

その事実を考えると知財には大きな意味がある。

もちろん「まず名前ありき」ではないのだけど呼称が僕たちに与える印象や覚えやすさは重大だよね。


「つちのこ」って知っている?



2020年9月10日木曜日

365日のシンプルワーク

 僕は2014年7月にPlayful Summer Fes 2014に参加した。

中原先生、上田先生主催のイベントで先生以外知り合いはほぼ居なかったけど楽しかったなぁ。

このイベントで知ったフィンランドの映画が「365日のシンプルライフ」だ。

フィンランドのこの映画はその後WOWOWで放映されてぼくのテレビに接続した1TBのHDDで生き残っている強者だ。

ネタばれになるのでまずは映画の中身は置いておくけどNHKのドキュメント72時間よりはもっと価値があると僕は思う。

ちなみにハリウッドの娯楽作品から僕は価値を感じられない。


さて、タイトルを「365日のシンプルワーク」に換えてみよう。

ちょうど新型コロナの問題もあって在宅ワークがニュースタンダードとか急に肯定されている。

これまでは、在宅とかリモートとかは特殊でニッチな働き方だったのにね。

さて、いきなり在宅になって裸一貫で仕事をするために会社から持って帰るものは何だろう。

まずはスマホやPCやタブレットだろう。

コミュニケーションが無ければ、メンバーシップもコミットメントもコントリビューションも成立しないからね。

つまり、シンプルワークで一番最初に必要なことはコミュニケーションラインだ。

間違ってはいけないのが、コミュニケーションラインであってコミュニケーションではないということ。

僕たちはミッションがあればコミュニケーションを必要としない。


映画ではコミュニケーションラインの必要性は高くないのだけど仕事では違うらしい。


次に必要なことは、ワークするための情報だね。

ではその次に必要なことは何だろう。

仕事のルールだろうか?

僕たちが知仕事をするためにはたくさんのルールがある。

そのルールでも僕たちが生きるために必要なことだけどを抜き出せば多くのルールはきっとトランクルールの中で死蔵されることだろう。

そうなんだ、最低限のルールはとてもシンプルなのだけど、僕たちはそれを複雑にしなくては気が済まないのだ。


これ以降はネタばれになるので映画を観たい人は見ないように。





本当に必要なものは100個

その次の100個は生活を楽しむもの

所有は責任で重荷になる

僕は自分でそれを選ぶ

人生はモノでできていない


こだわってルールを量産するけどそれは重荷になって仕事は重荷で作られているわけじゃない、と言い換えても違和感がないなぁ。


必要じゃないもの



2020年9月9日水曜日

雲は目に見えるエネルギーの塊

 コミュニティが平地だとしたらこれまでのアソシエーションたる産業組織は台地や山のようなものだろう。

象徴的であり権威的、差別的で限られた人にしか許されない場所というイメージもやや重なるかもしれない。

一方、今回の新型コロナウイルスによって仕事のクラウド化が一気に進むだろう。

ここ10年あまり、ITの進化はクラウド化でもあった。

2010年頃はまだクラウドサービスでWEBサービスを構築することは信頼性に欠けていたけど2014年にはデータセンターにラックを借りてハードウエアを揃える必要は無くなっていた。

ただその頃は顧客のセキュリティ監査を受ける際にクラウドの説明で苦労した思い出がある。

まさに「雲をつかむ」ような話だからね。

さて、僕は空に浮かぶ巨大な雲を見てからそんなことを考えている。

雲の実態は水蒸気だけど、雲としての存在は巨大なエネルギーの塊だ。

僕が想像する仕事のクラウド化というのはすべての仕事がこれまで同様、段階的、階層的に機能分化してコミットメントや貢献をするのではなく、極めてシンプルな法則に基づいて自己組織化したエネルギーの塊の現れとなるということ。

もちろんこれまでの仕事のかたちも残るだろうけど、新しい仕事のかたちは今日、僕が見た雲のようにどんどん大きくなっていくのではないだろうか。

山のある場所に行き一歩一歩登らなくてもエネルギーが集まれば何もないところで高みに登れるのだからなね。


こんな感じ



2020年9月8日火曜日

愛着の終着と終わらない価値

僕たちは持ち物に愛着がある。

これは不思議なことだ。

愛着とは必要な機能を越えて、そのものでなければならない意味が生じていることだ。

例えば、スヌーピーに出てくるライナスの毛布は、ずっと持ち歩いているので汚れているけど決して手放せない。

この毛布はわかりやすく皆から共感を得る愛着の姿ではないだろうか。

そして僕たちが愛着をもつのは物だけじゃない。

明日は我が家の家族だった愛犬ルークの20回目の誕生日だ。

もちろん生きていれば、のね。

僕たちが愛着をもつモノ(生物、物質などなど)は永遠にそこにあるわけではない。

僕たちも永遠じゃない。

だから所有や関係としての愛着には終着がある。

しかし思いの中で愛着はずっと僕たちに意味を与え続けてくれる。

さて、時に所有や関係を損得で語る人がいる。

とくに物であれば、”今のうちに売った方が得ですよ”みたいにね。

それも愛着の終着のありかたなのだろう。

今の僕はそれを否定しないだろう。

世の中には合理も大切だ。

僕は僕の中でその価値を終わらせなければ良いのだ。

今夜、僕がルークを想うようにね。


明日が誕生日




2020年9月7日月曜日

The 世代交代

 僕のMacbookProがいよいよ最後の時をむかえているらしい。

2012年6月購入だから丸8年使ったことになる。

僕は去年、バッテリー交換でもう部品が無いと聞いてもうあまり長く使えないと悟っていた。

そこで今年の5月に後継対策をとっていた。

会社組織で言えばサクセッションプラン、だね。

さて、Appleでの後継も考えたのだけど、今回はWindowsにした。

コストパフォーマンスと使いたいツールがあるからだ。

後継対策をとっていたおかげで、画面が真っ暗なMadbookを見ても焦ることはない。

振り返るにこのMacbookを買ったときはいろいろなことを妄想していた。

写真や音楽などやりたいことが出来ると思ってね。

結局、当時考えていたクリエイティブはほとんど手付かずで後継機は実務型だけど、また僕のクリエイティビティが燃え上がってきた時にはMacを買うのかもしれないね。


So long.


2020年9月6日日曜日

自然と目が向くものをしっかり見よう

僕の先週のブログを振り返ると一目瞭然、テーマは「強み(弱み)」だ。

これは僕が今読んでいるタレントマネジメント本の影響だ。

タレントとは何か、タレントの何をどうマネジメントするのか考えると人が先天的、後天的に保有する強みや弱みに自然と目が向く。

強みや弱みは、何となく感じるものをもっとしっかりと理解して自分がどう向き合うのか、また他人とどう関わるのか、本を読みながら、仕事をしながら、常に考え続けることなのだと思う。

(月)類型と個性(特性)の真実
そして類型も個性(特性)も代えがたいその人らしさとその人の在り様を知るための手がかりであって、もっとも大切なのはその人を知ろうとするのかしないのかなんだよね。

(火)弱みを正すか強みを活かすか
で、ね。努力は大きな財産を生むけど弱みを強みに変えることはないのかもしれないね。

(水)六連覇のタレントとは
組織行動ではない、スポーツ競技のタレントを一緒にしてはいけないかもしれないけど、学ぶべき点が多くあってマウラーも情動的知性、認知的知性はきっと高いに違いないと思った。

(木)活かし、活かされる関係性
そして僕たちは、不完全ながらも僕たちの目指す姿に向かって活かし、活かされる仲間を探し続けていくのかもしれない。

(金)他人の強みは意識しないと目を瞑ってしまう
でも、他者の強みを認めることは自分の弱みを知ることにもなるので気をつけないと時に僕たちはそれを見て見ないことにしているのかもしれないよね。

(土)個人情報をどう自分で防衛するか
尤も、ネットのあちこちにある僕の個人情報の欠片をいまの技術は集めてしまうのであまり効果は無いかもしれないね。


白い雲


2020年9月5日土曜日

個人情報をどう自分で防衛するか

 僕はTikTokを再インストールしてみた。

アメリカでTikTokを巡る騒動が起きて個人情報がもっていかれると聞き一度削除したのだけど、500万フォロワーを誇る柴犬のコンテンツが見たかったのだ。

アカウントは個人情報をほとんど登録していないTwitterを使ったのだけど、しばらくアプリを使っていたら電話番号の入力を求められた。

入力しないでも使えたのでそのままにしているけど、こうやって少しづつ個人情報を集めていくのかもしれない。

そもそも何で電話番号が必要なのかもよくわからないよね。

ただ、よく考えてみたら同じように電話番号などを後から登録させるのは GoogleもFacrebookにもあった。

最初の敷居は低いのだけどそのうちセキュリティとかを盾にクリティカルな個人情報を集めていく。

これはきっと個人情報収集の定番なのだろう。

さて、今回の出来事から僕は僕の個人情報をどう守るのかを考えると、サービスは匿名SNSのアカウントで登録し、情報を求められたら無視し入力しなければ使えないのであれば使わない、ということかもしれない。

尤も、ネットのあちこちにある僕の個人情報の欠片をいまの技術は集めてしまうのであまり効果は無いかもしれないね。


自然から学ぼう


2020年9月4日金曜日

他人の強みは意識しないと目を瞑ってしまう

 ポジティブ心理学という学際領域がある。

簡単に言ってしまうと「病んでる人」とか「なんで人は_?」が対象だった心理学をもっと前向きな研究をした方がいいのではない?ということだ。

つまり、どうすれば人はもっと勇気を持って自らの強みを知り、活かすことができるのだろうか、とい問いである。

確かに、病んでいる人を社会としてケアすることは大切だけど、それ以外の人がより活き活きと人生を歩むことも重要だよね。

元気な人は放っておけば良い、では世の中の進歩は加速しないのかもしれない。

さて、僕たちは人の欠点をすぐ見つける。

だから足りないことに思いを馳せる。

これはきっと僕たちの生存戦略なのだろう。

良い面としては手を差し伸べることになり、悪い面としてはいじめや差別になる。

これも生存戦略だと考えれば納得がいく。

一方で、僕たちは人の強みも知っている。

でも、他者の強みを認めることは自分の弱みを知ることにもなるので気をつけないと時に僕たちはそれを見て見ないことにしているのかもしれないよね。


634mの強み




2020年9月3日木曜日

活かし、活かされる関係性

僕は他人と違う。

他人ももちろん僕と違う。

それぞれに特徴があって、得意なことがあることは、僕が僕たちであるとき大きな武器になる。

得意なことの総和が僕たちのできることだからね。

僕が僕たちであるためには僕が誰かの得意なことを活かして、逆に誰かが僕の得意なことを活かす必要がある。

Win-Win関係と言い換えられるかもしれない。

それが出来なければ、そこにあるのは僕たちではなくて、僕と誰か、Win-LooseかLoose-Winの関係だ。

注意しなくてはならないのは、僕と違う他人が僕が不得意なことを得意としているとは限らないことだね。

つまり僕が出来ないことを他人に求めて僕たちにしてはいけない。

僕たちとは、完全な存在ではなく、あくまでも僕の得意なことと、誰かの得意なことを一緒にした不完全な存在なのだ。

そして僕たちは、不完全ながらも僕たちの目指す姿に向かって活かし、活かされる仲間を探し続けていくのかもしれない。


いよいよ取り壊しかな




2020年9月2日水曜日

六連覇のタレントとは

僕はつい先日、x-Alpsなる競技があることを初めて知った。

ヨーロッパアルプスを1200kmを自らの脚とハングライダーだけで越えていく究極の冒険レース、なのだそうだ。

タイムリミットはあるものの、優勝者は9日ほどで踏破してしまう。

さて僕はハングライダーを経験したことは無いのでその難しさは全くわからないけど単に上から下に飛ぶのではなく、山岳地帯に吹く上昇気流を捕まえて高度を上げるのがポイントらしい。

しかも上昇気流は常にあるわけではなく、気象条件によって常に変化しているそうだ。

ゴールとツールは単純明快なのだけどその過程は天候に大きく左右されてしまう。

この競技で六連覇中のクリスチャン・マウラー(スイス)はハングライダーの盛んな地域で生まれ育っていて、飛ぶ能力を高めるには最適な環境だったのかもしれない。

一方で、マウラーは、天気を読む力を10年以上欠かさず雲の動きや上昇気流の予測データを元にフライトプランを立て、それを実際の天気と照らし合わせて検証する訓練により鍛えている。

またフライト中に常に目に入る手袋に「最悪のケースは何か?」、「ベストケースは?」、「今の感情は?」、「プランBは?」と書いてフライトに夢中になっていても状況を常に把握して頭を働かせることを忘れていない。

飛ぶ能力だけでなく、これらレースに勝つための地道で確実な取り組みは持って生まれた性格が大きく影響しているだろう。

マウラーは「 天気予報は80%ぐらいの精度だから実際の天気と照らし合わせることが重要。レースでは情報と感覚が必要なのだ」とさらっと言うけどこれを実践して勝者になることは他の誰にも出来ていないから六連覇なのだろうね。

マウラーにみる、六連覇のタレントとは、素養、環境、気質、感性、統制と言ったところかもしれない。

今読んでいる「日本企業のタレントマネジメント」(石山恒貴著 中央経済社) ではコンピテンシーを情動的知性、社会的知性、認知的知性の3種類に整理できるとしたBoyatzis and Boyatzis(2008)が紹介されている。

組織行動ではない、スポーツ競技のタレントを一緒にしてはいけないかもしれないけど、学ぶべき点が多くあってマウラーも情動的知性、認知的知性はきっと高いに違いないと思った。


情報と感覚で自然に向かう


2020年9月1日火曜日

弱みを正すか強みを活かすか

 僕たちには生得的な特性があって、例えば、運動神経の良し悪しなどもそうだよね。

子供の頃はスポーツが得意な人は注目されるし、何よりも人に勝るわかりやすい強みが備わっていることは、備わっていない子供の僕からみたら羨ましいことだった。

僕はビリじゃなかったけど、1位になれるほど足は早くなかったからね。

さて、徒競走で1位とビリの差は歴然だ。

そしてビリの子供はどんなに訓練しても1位の子供に勝つのは難しいという現実がそこにある。

もちろん、不可能ではないだろうけど、もし、1位の子供も同じように努力をしたら差は縮まらないだろう。

ビリの子供は徒競走は諦めて、他の得意なことで1位を目指した方が発展的な未来を描くことができる。

僕も子供の頃に経験した生得的な優劣の問題は大人になっても無くならない。

というよりか、運動神経といった身体的能力以外の能力だろうけど、公然と比較され能力が低いと烙印を押されると高めるための努力や意志を求められる。

僕は、小学校時代から練習が苦手で何度も辞めようとしながらもずっとバレーボールを続けた人にインタビューをしたことがある。

続けたことでその人の内には他の人に負けない強さが身についていたのだけど、結局、レギュラーになることは出来なかった。

で、ね。努力は大きな財産を生むけど弱みを強みに変えることはないのかもしれないね。


整然と