2019年11月30日土曜日

マシュマロテストにみる日本の未来

心理学でよく知られる「マシュマロテスト」なるものがある。

小さい時、マシュマロを食べることを自制できる子は、将来、社会的成果を上げるようになるという実験だ。

”同実験は、スタンフォード大学で「人間行動に関する、最も成功した実験のうちの1つ」とされた”(Wikipediaより)

さて、僕は今日、「アナと雪の女王2」を観に行った。

映画館はそれほど混んでいなかったけど、親に連れられて小さい子供がたくさん来ていた。

そして、映画が面白いこともあるのだろうけど、みんな、とても静かに映画を観ていた。

自制心、もしくは集中力がとても高いのだ。

親も心ゆくまで一緒に映画を楽しめたのではないだろうか。


僕はその姿を見て、日本の将来は明るいと思ったね。

生き物本来の散漫性、多動性を考えたら、とても理性的だもの。


僕たちの世代は、団塊の世代に総じて比べれば利己性や衝動性、攻撃性は低いのではないかと感じる。

でも、今の子供たちはもっと低いのかもしれない。

その分、利他性、安定性、寛容性が高く、素晴らしい社会や世界を築いてくれるのではないだろうか。



面白かったよ

2019年11月29日金曜日

プロジェクト・アリストテレスが語るチームの姿

もう、散々書かれているのでここで改めて「プロジェクト・アリストテレス」について説明する必要も無いだろう。

気になる人は、ググって丁寧な解説を読んだ方が良い。

僕は結論だけ触れるけど、業績の高いチームには心理的安全がある、とのことだ。

僕の乱暴なまとめだけどね。

さて、このPJ以来、「心理的安全」はバスワードになった。

そもそも「安全」とか言われてしまうと否定しがたい。

でも僕にとっての「心理的安全」とは「皆がリスクテイク」なのだと感じる。

なぜなら、危険を排除した世界から知恵と学習は生まれ難いと思うからね。

そもそもGAFAの一翼を担うGoogleが安全な領域だけで事業を急拡大させてきただろうか。

そして危険な事業領域で担保される社員の心理的安全とは何だろうか。

僕たちの脳は、リスクを察知する機能を転用してチャンスを発見しているらしい。

要するにリスクとチャンスは表裏一体ということ。

つまり、リスクの無いところにチャンスは無い、だから、本当に安全な場所に他者を出し抜くチャンスは無いのだ。


で、ね。何事も安心安全が良いことみたいな風潮に「プロジェクト・アリストテレス」の解説は刺さるかもしれないけど、僕は真に受けないね。


リスクに潜む輝き




2019年11月28日木曜日

「論理的思考力」という力

考えてアウトプットする仕事の中、最も高い頻度で求められるのが「論理的思考力」だろう。

物事を筋道立てて考え結論に到るだけでなく、その結論を他者が理解する形で伝えることまで含めた力だ。

要素分解すると、「物事を見つめる」「筋道を弁える」「2つの前提をもとに考える」「1つの答えに到達する」「結論に到る過程をまとめる」「コミュニケーションする」「理解を得る」と7つのハードルが待っている。

僕たちは、歪んだメガネをかけて物事の一部分を見ている存在だから、最初に2つのハードルは僕たち自身の業と向き合うことになる。

難儀なことだ。

続いて、前提を上手く組み合わせて考え、結論に到るには相当な思考が伴う。

考え抜く体力が求められるね。

そして、結論に至った道筋をなぞりそれを他者に伝え「うん、論理的だね」と納得させるのだから、自分さえよければ何とかなる世界じゃない。

この観点で「論理的思考力」をまとめると「自分の歪みに向き合って物事をできるだけ正しい姿で知り脳に高カロリーを消費させながら結論とその結論に到った過程を他者に伝え理解を得ること」と言えるのかもしれない。

自分の歪みを知るためには、他者が世界をどう見ているのか知る必要があるし、たくさん考えるとチョコレートもたくさん食べたくなるし、その上で説明するストレスに晒され結果に関しては相手頼みになる。

「論理的思考力」は人に気安く求めてはいけない力なのかもしれないね。


論理的なシーン





2019年11月27日水曜日

何をするかより誰とするか

昨日、僕たちは会社の20年後の姿「ヴィジョン」を語り合っていた。

その場に居た若手のメンバーにとって20年後は丁度、今の僕くらいの年齢だ。

そこで、僕の20年前を考えると、確かにその頃「僕は何を為すか」について考え、いろいろなアイデアに思いを巡らせていたね。

たくさんの新しい領域の本を真剣に読んで、すごい数の付箋をつけ、パソコンに打ち込んでまとめを作っていた。

今でも

思うに、その頃考えていたヴィジョンと今の状況はかなり近いと思う。

世の中的に、ね。


さて、若者が描くヴィジョンと年配が描くヴィジョンはやはり違うのだろう。

僕の20年前と今を比べてそう感じるのだ。

例えば、20年前に思っていたことは「何を」だったけど今思うことは「誰と」だ。

面白法人カヤックは「何をするかより誰とするか」を大切にしていて、あの頃から20年後の僕の大切にしたいヴィジョンはこれに近しいのかもしれない。


今日、とあるお客さんとメールで連絡をとったのだけど、その人のレスポンスはまさに「誰とするか」が僕にとって本当に大切なことなのだと気づかさせてくれた。

本当にいい人で、その人たちのために頑張りたいと心から思える。


「やりたいこと」で入った今の会社も、結局は、お客さんや会社の仲間たち、「誰とするか」で今に至っていることを考えると、僕の20年後のヴィジョンもきっと「誰とするか」なのだろう。


何する?






2019年11月26日火曜日

感覚の不思議 僕の変化を知るのは僕?それとも他人?

ゴルフでいろいろスイングを変えてみる。

自分に中ではかなり変えたつもりだけど、他人に見てもらうとあまり変わっていないと言われる。

そこで、「ああ、自分が思ったほど変わっていないのだ」と気づくことになる。

一方で、他人の指導でスイングを変えると、「本当に変わったのかな」と思う一方ですごく良くなったと言われたりするよね。

どっちが本当に変わったのか、比較は簡単に出来なさそうだけど、ゴルフだけじゃなく、仕事でも同じことが言えるかもしれない。

自分はすごく変えたつもりだけど気づいてもらえず、一方で、あまり変わった気はしないのだけど他者からすごく変わったと言われ、そこで自身が気づく。

他者からの適切なフィードバックからは気づきが溢れだすものだ。

ここで気になるのは、僕の変化を知っているのは誰なのだろう。

僕自身だろうか、僕ではない他者だろうか。

違う言い方をするなら、僕が僕の慣性軌道を変えることは大事だけど、他者のちょっとした期待に応えることはそれほど大事ではなくかつ評価を得やすい、そんなことなのかもしれない。


評価は期待に応えること



2019年11月25日月曜日

ブログを書くか、ほつれを繕うか、それが問題だ

家に帰って、さて、ブログを書こうかな、と思ったら犬のベッドがほつれていた。

このベッド、かなり頑丈で犬が思い切り振り回しても壊れないのだけど、やはり、縫い目がほつれてくる。

放置しておくとどんどん、穴が大きくなり、中のわたが出てしまうと手に負えなくなる。

だから気づいた時に処置した方が良いのだ。

で、ね。針と糸を出して繕った。

幸い、いい加減な縫い方でもわからなくなる、そんな柄だしね。


でも、もう、ブログは書けません。

指を刺さないよう、針仕事はたいそう気を使うのですから。

まあ、今日はそれで良いのでしょう。



はみはみ


あ〜っ


こんな感じ


2019年11月24日日曜日

僕たちが目指す世界を阻むもの

「測ること」で画一化される世界。

「ゲーム化すること」で自動的に目的が与えられてしまう世界。

それらは限られた時間の中で「何か」を為すためには有効だ。

今の世の中はその方向に急速に進んでいる。


しかしながら、僕たちひとりひとりの個性と多様性、そして感性を時に軽んじることになる。

個性と多様性、そして感性を失えば、僕たちはAIに決して叶わない。

先週のブログを読み返すと、僕はどうやらそんな課題に向き合っているようだ。


(月)AIは人の何を超えるのか
今後、AIが「自分」という概念を身につけない保証はないのだけれど、そんなAIが生まれるためにはあと何が必要なのだろうか。

(火)チームにとって大切なこと
結局、自分の主張ではなく、チームの成果にメンバーそれぞれがどれだけコミットして自分と向き合っているかということなのかもしれない。

(水)「他の人に替え難いこの人」は「測れない人」でもある
いや、今がそんな社会なのかもしれない。

(木)在職期間はドッグイヤー
生き急ぐ必要はないのだけれど、何かを成し遂げることには期限があるのだからね。

(金)ゲームに潜む依存性の正体
いろいろな人のいろいろな活動が織りなす問題だらけの世界かもしれないけどね。

(土)心遣いが嬉しいのは得をしたからではない
で、ね。とても良い時間を過ごせたので来年もまた来たいね。


阻むもの

2019年11月23日土曜日

心遣いが嬉しいのは得をしたからではない

我が家では、結婚記念日はちょっといい食事をすることに決めている。

一度行って、美味しかった店にまた行くのだけど、このところお店が安定しない。

閉店とか休業中で行けないのだ。

飲食店にとっても厳しい時代なのだろう。

そんなこともあって、今年は新しい店に行った。

事前にお店に行き、席を確認して、結婚記念日であることを告げて予約をとった。

そして、今日、そのお店に行ったら、コースの会席料理に一品増やしたお赤飯をいただいた。

こういう心遣いは嬉しいよね。

得したとかではなく、記念日に共感して一緒に祝ってくれる感じが良いのだ。

で、ね。とても良い時間を過ごせたので来年もまた来たいね。


鯛が乗ったお赤飯

2019年11月22日金曜日

ゲームに潜む依存性の正体

全てのゲームに共通するもの。

それは「問題を解決せよ」というメッセージだ。

そしてゲームにはその問題を解決するためのルールやツールが合わせて提供される。

つまり、問題を解決したい欲求を引き出すのがゲームの本質だ。

だからゲームを楽しむ人は、ゲームそのものというより、問題を解決した喜びに満足を得るのだろう。

そして、もう一つはご褒美。

問題解決が自分のステージをあげたり、報酬がもらえたり、他社から承認されることで様々な欲求も満たされる。

シンプルに言ってしまえば、達成と報酬ということだ。

ただ、この達成と報酬、単純化されて繰り返されることで創造性や多様性への学習を阻害しかねない。

実際、僕たちはそんな出来事をたくさん見ている。

身の回りでも、国際社会でもね。

そしてそれらは、世界を閉じていく出来事だ。


だから僕は、ゲームではない世界に居たい。

いろいろな人のいろいろな活動が織りなす問題だらけの世界かもしれないけどね。



解決が要らない世界




2019年11月21日木曜日

在職期間はドッグイヤー

安倍首相の在職日数が昨日で2887日となり、在職期間が歴代最長となったそうだ。

一度、総辞職しているので連続日数だと2521日らしい。

僕のブログは今日現在、2482日連続なのでそれよりもちょっとだけ長い計算になる。

でも、そう思うとそれだけ連続で在職している安倍さんはすごいと思った。

僕のブログみたいにリラックスしたものと違って、国のトップである緊張感は相当だろうからね。


実は、僕と安倍さんには潰瘍性大腸炎という難病の共通点がある。

そんなことで安倍さんの政策や主義とは関係なく、勝手に親近感を持っていたりする。

腸はストレスに弱い臓器らしいので、今後も体調に気をつけて頑張って欲しいな。

僕も頑張ります。


さて、犬の寿命は5000日から6000日くらいで人間の7分の1くらいだ。

だから、犬の1日は人間の1週間に該当する。

人にとっての「まあ、1日くらい」と後回しにすることが、犬にとっては1週間が過ぎ去ることになる。

年に換算すると「ドッグイヤー」だ。

そう考えると今日1日を軽んじてはいけないと改めて思った。

生き急ぐ必要はないのだけれど、何かを成し遂げることには期限があるのだからね。


あっという間




2019年11月20日水曜日

「他の人に替え難いこの人」は「測れない人」でもある

僕たちが何かに取り組んでやりきるとき、そこには何らかの力が発揮されている。

例えば、石を持ち上げる場合は、全身の筋力をつかっている。

本を読む時は、読む力だね。

そういった力を身に着けていくことで、僕たちは色々なことが出来るようになり、それらの力を組み合わせてさらに高度なこと、夢や高い目標を達成するのだ。

状況に合わせて安定的に発揮される力は「スキル」と呼ばれ、その人が保有する価値になる。

「火事場の馬鹿力」みたいな再現性の低い力は「スキル」ではない。

さて、筋力や読む力のような、基礎的な力は測定できる。

また、安定的に発揮される「スキル」も測定できる。

一方で、複雑に変化する状況の中で発揮される力を測定するのは困難だ。

それは、状況自体の再現性が低いこと、そして力の組み合わせや塩梅も人によって異なる固有性があるからだね。

事態が複雑になればなるほどこの再現性と固有性の問題は大きくなる。

「他の人に替え難いこの人」が生まれるのはこのためだろう。

でも、よくよく考えると僕たちは誰もが「他の人に替え難いこの人」なんだよね。

僕たちが多様な存在になっていれば、ね。

状況を安定させ、誰でも発揮できる「力」を身に着けさせ、画一化していく。

測定できる「力」や「スキル」に重きを置くとそんな社会になってしまうのだろう。

いや、今がそんな社会なのかもしれない。


測れるものから規格が生まれる



2019年11月19日火曜日

チームにとって大切なこと

活躍するチームの秘密は、性格でもスキルでも経験でもなく心理的安全。

Googleのプロジェクト・アリストテレスはこんな結論を出しているそうだ。

確かに、そんな気もする。

チームでの発言を促す決め事は、対話、傾聴など、相手を否定せず受容する態度にある。

同じメンバーでの会議でも熱く盛り上がる時と、冷え切ることがあって、その違いになるのは否定、反抗、沈黙だね。

Yes,and ではなく、No,andだと間違いなくチームは成果を出せない 。

Googleの結論はメンバーすべての心理的安全だからね。

例えば、リーダーの配慮や遠慮が生じる場面では、リーダーに心理的安全はない。

だから成果はでない。

問われるのはフォロワーシップだ。

さて、心理的安全がチームの成果に繋がることはGoogleでなくてもわかることだろう。

そりゃそうだ。

性格、スキル、経験なんぞより、高い社会性を発揮した方がチームはより上手く機能する。

ただ、社会性を発揮するためには自分自身を知り、自分を統制出来なければならない。

ありのままが心地よい、では社会性なんて夢のまた夢だ。

配慮や遠慮でなく、自己統制によるチームへの貢献。

性格に向き合う必要があるのは、他者との相性でなく自己統制のためなのだ。

チームの中で他者の話を否定せず、傾聴し、成果に向けて自らの強みで貢献する。

結局、自分の主張ではなく、チームの成果にメンバーそれぞれがどれだけコミットして自分と向き合っているかということなのかもしれない。


チーム?自分?





2019年11月18日月曜日

AIは人の何を超えるのか

ブログを書くまえにヤフーを見たら「NTTのAI、センター試験の英語筆記で偏差値64突破 “試験対策”に工夫 「東ロボ」プロジェクトの一環」という記事が目に入った。

「ロボットは東大に入れるか」という取り組みの成果らしい。

以前、新井紀子さんの「東ロボくん」研究開発プロジェクトについて話を聞いたことがあるのだけど、このプロジェクトは2016年に凍結されたそうだから別物なのかもしれない。

日本語と英語の違いもあるようだしね。

しかしながら、テストには人が作り出した解析可能なパターンがあることに言語の違いはないのかもしれない。

でも、新井紀子さんが話していたように、AIの実態は数式であって、言葉の意味を理解しているわけではない。

それは、英語であってもね。

「環境の中で自分のために行動することができる」ことを自律とするなら「東ロボ」は決して自律していない。

今後、AIが「自分」という概念を身につけない保証はないのだけれど、そんなAIが生まれるためにはあと何が必要なのだろうか。


非AIの愛しき生命

2019年11月17日日曜日

日常を点検し変えていこう

最近、出来ていなかったので、先週、本を読んだり、学びの場に行くとちょっと新鮮で刺激が得られた。

実務に埋もれているとつい疎かになってしまうけど、知識に触れ学ぶ大事さを改めて感じた。

学ぶ機会は自ら作り出すものだ。

作り出さなければそれで済んでしまう。

で、ね。それで済ましていてはもったいないよね。


(月)大人のカフェゼミ 「変革期に求められるリーダーシップとは?」 ノート編
以上、所々間違っているかもしれません。

(火)おまわりわん
で、ね。それはみんなが見たいことなのかもしれないね。

(水)説明のストレス、物語るエンカレッジ
で、ね。本当にそうなのかは確かめる必要がありそうだけど、経験的には当たっている気がするね。

(木)ぼく、あたし、の情報
僕たちが生み出す情報によって、様々な犯罪の抑止力が高まり、安心、安全な社会が到来することへの期待と、その情報の力によって社会全体の攻撃性や排他性が高くなることへの危惧が僕の中では拮抗しているように思える。

(金)日々お得に生きるスタイルを見直そう
「問題解決症候群」、「フリーライダー」などなど日常お得主義が当たり前だものねぇ・・・

(土)越境オープンラボ リーダーとリーダーシップは違う
特に多様性に向き合わなくてはならない現状においては、リーダーシップ自体が多様でないといけないのかもしれないね。


学べる隙間を作ろう


2019年11月16日土曜日

越境オープンラボ リーダーとリーダーシップは違う

今晩は、法政大学石山教授が開催する越境オープンラボに参加してきた。

テーマは「サーバントリーダーシップ」。

サーバントリーダーシップ協会の監事、赤木さんからその考えを聞き、対話を行ったのだけど、先週は、長岡教授、高田教授による大人のカフェゼミで「変革期のリーダーシップ」について、同じ市ヶ谷DNPプラザで考えていたのでとても僕にとっては意味深い2週間になった。

さて、サーバントリーダーシップに関しては、その考え方が生まれた時代背景も考える必要がありそうだ。

先週、高田さんからは、経営学におけるリーダーシップ論は、白人の工場労働者をいかに働かせるかから生まれたと聞いた。

人材の科学的管理手法として「テーラーシステム」が生まれた背景に、自動車製造の課題があったように、より生産性を高める管理に対するアプローチに対抗する形がサーバントリーダーシップだったのかもしれない。

さて、グリーフが提唱したサーバントリーダーシップには10の特徴があるのだけど、取り出された特徴と、発揮、体現される行動には注意が必要だと思った。

コンピテンシーの誤解と一緒で、還元的ではない、つまり、一つ一つの特徴が揃えば良いのではなく、それぞれの特徴を場に応じて適切に組み合わせ、体現することが重要なのだということだね。

赤木さんも言っていたけど、サーバントリーダーシップの本質とは、正しく理解して再現するのではなく、それぞれがその意味を通じて自分に向き合い、そして自分なりに内省をしながら体現することなのでしょう。

つまり、リーダーが発揮するリーダーシップのあるべき姿について語られるのがサーバントリーダーシップであり、リーダーたるもの、それは自分自身へのリーダーとしてのフォロワーにおいても向き合うものだ。

グループに分かれての対話でも核心はそこにあったと思った。


昔、銀行に就職して配属された支店では3年間で支店長が3人替わった。

支店における支店長はリーダーだ。

しかし、その3人のリーダシップは「絶対服従」「とにかく成果」「厚い人情」と全く異なっていた。

でも、リーダーシップとしてはどれも「有り」だし、ある状況下においてはそれも「無し」なのかもしれない。

特に多様性に向き合わなくてはならない現状においては、リーダーシップ自体が多様でないといけないのかもしれないね。


サーバントリーダーシップの祖




2019年11月15日金曜日

日々お得に生きるスタイルを見直そう

エドワードホールの「文化を超えて」という本を買った。

届いてみたら英文叢書だったというオチはあるのだけど、冒頭からなんだかワクワクする内容の印象だ。

印象になってしまうのは、僕の英語レベルで致し方ない。


さて、今朝はこれまで読んだ他の本も気になったので一緒に並べてみた。

それらは、「カウフマン、生命と宇宙を語る」(S・カウフマン)「経験のための戦い」(E・リード)「経験学習入門」(松尾睦)「人間の測りまちがい」(S・グールド)そして「文化を超えて」(E・ホール)となった。

なぜ、こんな選書になったかというと、「経験」とか「測る」は、仕事に関わることでわかりやすいけど、複雑系からみた進化の仕組みは僕のホットイシューだし、改めて考えるとその文脈で「文化」も重要なテーマなんだよね。

「生命と宇宙を語る」にはそれはたくさんの付箋がついている。

その3つ目は「環境の中で自分のために行動できるものをここでは「自律体」と呼ぶことにする」と記されている。

「自律」!

この言葉は僕が最近耳にする機会が多いキーワードだ。

このキーワードを起点に選書を紐解いてみよう。

「自律体」が自分のために行動すると「経験」が生まれ、その経験から生じる「学習」の積み重ねで「文化」がつくられるのだけど、「文化」や固有性、部分性によるバイアスが「測りまちがい」を引き起こす。

僕が今日、選んだ本をならべるとそんな物語が見えてくる。


僕たちが「文化」や自身のバイアスを変えていくには、日常的な「経験」による学習だけでなく、「知の触発」や「越境」による非日常的な「経験」から学習することが大切なのかもしれない。

でも、僕には日常に「学習」を組み込み、効率や成果に一喜一憂している人が少なくないように見受けられる。

「問題解決症候群」、「フリーライダー」などなど日常お得主義が当たり前だものねぇ・・・


これ


2019年11月14日木曜日

ぼく、あたし、の情報

僕たちはかつて無い時代に生きている。

その1つは「情報」だ。

ムーアの法則が有名だけど、僕たちを取り巻く情報環境って気がつけば、ものすごいスピードで変化していた。

昔は通勤電車で読むのは新聞と相場が決まっていたけど今や動画だ。

でもそうなったのはiphoneが登場してからだから10年くらいのことでしょう。

さて、こんな環境だから情報をうまく活用する人にとってはチャンスが一杯あるように思える。

でも、何の情報なのか、となってくるとチャンスだけでなくリスクも一杯あるらしい。

要するに、僕たちの周りで流通している膨大な情報は、そもそも僕たちが作り出した情報ということ。

もっと言うと、膨大な情報の正体とは、僕たちが作り出してしまった、あまり人には知られたく無い情報だよね。

例えば、ドライブレコーダーに記録された煽り運転の様子だったり、窃盗現場の防犯カメラ動画だったり、街の治安に貢献する情報だって、加害者にとってみたら都合の悪い情報なのかもしれない。

これは、一番極端な例だけど、良き社会人にとってもいつどこで何をしていたかなど人に知られたくない情報はたくさんあるのでしょう。

楽しいことや面白いことだけでなく、些細な悪ふざけや尖った発言が気がつけば、テレビで何回も、何回も放送され、ネット上で一気に拡散され、次に批判する情報が膨れ上がる社会が、この後10年でどうなっていくのだろうか。

僕たちが生み出す情報によって、様々な犯罪の抑止力が高まり、安心、安全な社会が到来することへの期待と、その情報の力によって社会全体の攻撃性や排他性が高くなることへの危惧が僕の中では拮抗しているように思える。


未来の姿?







2019年11月13日水曜日

説明のストレス、物語るエンカレッジ

先日の大人のカフェゼミで、説明すること=ストレスが非常にたまる と言う話が出た。

確かに、僕がものすごく疲れを感じるのは何かの説明をしている時だ。

それも、通じない相手に説明をすることほど疲れることはない。

一方、通じる相手であっても説明をした後は疲労を感じる。

そこで前述に関する研究を探しているのだけど残念ながらまだ見つかっていない。

ところで、今日、会議の中で、ある参加者が転職コンサルタントに過去の振り返りをしてもらった際、とてもイラついて疲れたという話を聞いた。

おそらく、自分を「説明」させられたのでしょう。

一方で、僕はナラティブインタビューという手法で長時間、その人の人生を語ってもらうととても元気になる姿を何回も見てきた。

つまり、自分の人生について物語ると人は元気になるのかもしれない。

自分を「説明」すると疲れ、「物語る」と元気になる。

もう少し拡大すると、自分以外も同じではないだろうか。

で、ね。本当にそうなのかは確かめる必要がありそうだけど、経験的には当たっている気がするね。


物語るわたし

2019年11月12日火曜日

おまわりわん

僕の街には交番が多い。

なんとなくその理由は思いつくのだけど、真偽は定かでない。

さて、交番が多いと言うことは、おまわりさんも多い。

僕の犬ルイは、なぜか交番とおまわりさんが好きなので、散歩の途中で交番に寄りたがるのだけど、おまわりさんがとても優しい。

もちろん、全てのおまわりさんではないけどね。

そして、おまわりさんとルイが触れ合う写真はSNSで多くの「いいね」がつく。

で、ね。それはみんなが見たいことなのかもしれないね。



よしよし

2019年11月11日月曜日

大人のカフェゼミ 「変革期に求められるリーダーシップとは?」 ノート編

大人のカフェゼミとは 長岡教授
ワークスタイルとライフスタイルの真ん中
非日常のマインドセット 対 日常のマインドセット
といった越境、学びの場(なのだと思います)


「変革期に求められるリーダーシップとは?」キーノート 高田教授

リーダーシップの定義は学者の数だけある

経営学でのリーダーシップは、
「白人の工場労働者をどう働かせるか」
から始まり次に
「有色人種をどうするか」
で、女性はそのさらに先の話なので有色人種の女性は最下層のテーマだろう

これを見てもわかるがリーダーシップは置かれた環境によって異なる

LSP = f(CH , A , CIR)
リーダーシップ=f(性格、能力、置かれている環境)

環境はどんどん変化している

例えば
 温暖化(氷が減る北極の図)
 2005年と2013年のローマ教皇選出時の写真(皆がスマホで撮影)

置かれている環境が変わるとリーダーシップは変わる

日本はおもてなしの国と言われるけど、おもてなしは労働集約型なのです

そして、人口が減ると3つしか対処しようがない
 たくさん産む、外から連れてくる、埋もれていた人に活躍してもらう

さて、日本は「おじさんネットーワーク社会」だ

似たようなおじさんの集合体 例えば入社試験でも似たような人探しになる

初婚、初産の年齢が東京は地方よりも1〜2年遅い

似た者同士がいろんな人同士になる上で必要になる能力(A)の改善は、

●言語化能力を磨く
 説明すること=ストレスが非常にたまる
 あうんの呼吸を求めることはしばらく封印する

ではどうやって

話す・表現する  人間はアウトプットしないとストレスが溜まる動物
アウトプットさせることも自らすることもリーダーシップスキルの1つ

●つながる力を磨く
 
アンケート結果からわかっているのは、昇進しようと思う時は仲間が昇進した時なのです

で、結局、足元からやるしかない
『小さなことからコツコツと』

そして、自分を守るためにスキルを上げなくてはならない



パネルディスカッション 高田教授 長岡教授 参加者

人間は変わらないという人間本質論が主流だけど、
「振る舞い方のリーダーシップ」と、「持っている本質のリーダーシップ」、どちらに目を向けるのだろうか

違う人がいても同じようにしていこうというのがあって、ジェンダーの違いによるマネジメントがない

まあ、振る舞いのプロトコルは合わせた方が良いのだろうけど・・・

女の人はずっとマイノリティで「こうなるべきだを持っていない」とか言われるけど、女の人の能力は医学部の受験などでも明らかで、能力に違いはない

なのに、#おんな(ハッシュタグ)みたいに 振る舞い方の規制が入ってしまう

そして、#おんなは職場では調整型を求められ「オヤジ転がし」が出てくる

そもそも、おじさんは奥さん、娘さん、バーのお姉ちゃんくらいしか「女の人」を知らない

「おじさんネットワーク」とはそんな人たちの集まり


(質問)日本は傷を舐め合う文化なの?

世界戦略の国と同じに考えてはいけない。
そういうものだと知って次を考えることがたいせつ。

ハイ・コンテクストの
 心地よい、悪い
 変えるべき、変える必要ない
 メリット、デメリット
を考えてみよう

ハイ・コンテクストか否かはどこまで精緻なコラボが必要か、あうんの呼吸を目指す必要があるかにかかっているのだろう

一方、ロー・コンテクストは変化する環境への適応に優れ、多様性が大きい

ハイ・コンテクストのデメリットは、個人の個性が活かせない、あうんの呼吸が必要、選択肢が想定内、といったところで振る舞いが予想できる。

ミレニアム世代は完全情報を求め、完全情報がないとリセットする


ハイ・コンテクストな振る舞いの障壁がある一方で、どうやってハイ・コンテクストを作ろうか研究している
ロー・コンテクストのままどうハイ・パフォーマンスを作るかが無い

ロー・コンテクストを享受したままハイ・コンテクストであることとは・・・

規制型・あいまい型

エドワード・ホール「文化を超えて」

制限コード、非制限コード

利益を重視する時に
個人の主体性を重視する人はチームの協調性をおろそかにする
チームの協調性を重視すると個人の主体性を無くしてしまう

欲しいのは結束力でなく協調関係、求めているのは個人の利益ではなく主体性である
いいとこ取り 主体性を重視しつつも協調性は実現不可能なのだろうか

わがままな個人は嫌

創造的でオープンだけどコラボレーションになっていて欲しいよね

では、どうしたら、と考えると練習なのだと思う

初めて会った人と名刺交換せずに深い話をしてみよう
自分との共通性以外ビジョン、見たものを語り 会話の議題にしながらしゃべる練習をしてみよう

ハイ・コンテクストとロー・コンテクスト両方が求められている時にどんなリーダーシップ

リーダーシップ 振る舞いであれば、持っているヴィジョンに対する振る舞いを考えれば良いのでは

変化に対応できるあうんの呼吸とは

学生には現在挑んでいるところだけど、これをおじさん達にどう教えるのか
仲良くないのにコラボレーションを発揮するにはどうしたら良いのか

宿題です。

以上、所々間違っているかもしれません。


創造性を止めるな


2019年11月10日日曜日

身近な経験からの学びに潜む落とし穴

先週を振り返ると、僕はダビンチに救われたのかもしれない。

本を読み、大人のカフェゼミに参加して気づくことがとても多かった。

そう、最近していなかったことだ。

身近な経験から学ぶことも大切だけど、下手をすると環境変化に適応する能力ばかりが開発されてしまう。

自分自身のことを含め、本当に大切なことを学ぶには身近な経験だけでなく、普遍的な知恵を学ばなくてはならないのだろう。



(月)ダヴィンチは友達がいなかった
で、ね。「友達」のあり様と社会への貢献が関係ないのことはちょっと意外かもしれないけど、友達が少ないことをちょっと引け目に思っている人には自信になるかもね。


(火)ブログを書くべきか、本を読むべきか
で、ね。こうしてブログを書く時間を読書に当てれば良いのかもしれないけどかなり悩ましいよね。


(水)本を読んで妄想に気づく
僕が生きている事自体は、人工的でも妄想でもないのだからね。


(木)もうすぐ六十歳だものね
ではそのために今からどうしようじゃなくてこうしよう、と、そんなことを考えてしまうのだった。


(金)ロバストな僕たちのアイデンティティ
銀行の金庫の扉のようにね。


(土)大人のカフェゼミ リーダーシップが向き合うふるまいとコンテクスト
3が鍵だけど、大人にとっては1と2が前提となり、そして、4が起点になるのではないだろうか。


本を読もう、知の越境をしよう



2019年11月9日土曜日

大人のカフェゼミ リーダーシップが向き合うふるまいとコンテクスト

僕は今日、法政大学長岡教授の「大人のカフェゼミ」に初参加した。

長岡さんの学部生ゼミの「カフェゼミ」には何度も参加しているのだけど大人バージョンは初めてだった。


さて、今日のテーマは「変革期におけるリーダーシップ」

高田朝子法政大学経営大学院イノベーション・マネジメント研究科教授のキーノートのあと、色々なダイアログを行った。

キーノートとその後のパンルディスカッションなどを通じて、僕なりにまとめると、「変革期に強いローコンテクストと日本の親父ネットワークと親父転がしハイコンテクストを考える」といったところに対話は流れていったのかもしれない。

例えば、様々なビジネス場面で名刺交換は当然のコンテクストだから、名刺を持たないことになんとなく引目を感じるし、2枚目の名刺にモチベーションが生まれるのでしょう。

また、高田さんのキーノートには「親父」対「女性」における「振る舞い」に関する問題提起があったけど、僕が最近感じているのは、「女性」対「女性」での「振る舞い」にも目を向ける必要があることだ。

いずれにしても、日本にとって得意な暗黙知の共有と同質性の構築と言うハイコンテクストと、変化への適応に優れているが不安定なローコンテクストをどう両立させていくのか、それが僕にとっては今日の核心だ。

長岡さん曰く、個人の主体性を活かしながら協調性を発揮することであり、言い方は違えど、僕が大学の時に感銘を受けたゼミ指導教員だった青沼教授の「日本的経営からの脱却と、プロフェッショナリズムと協働意欲の実現」と同じことを指し示していると思ったからだ。


大人が両立の前提を身につけるにはどうしたらいいのだろうか。

長岡さんから出された宿題を考えるに僕の回答は、
1、プロフェッショナリズムを獲得すること
2、新奇性、創造性を疑いなく受け入れること
3、自らのハイコンテクストな振る舞いと闘い多様な仲間を増やすこと
4、そして自ら変化を生み出す行動を起こすこと
だ。


3が鍵だけど、大人にとっては1と2が前提となり、そして、4が起点になるのではないだろうか。


ザ・リーダーシップ


2019年11月8日金曜日

ロバストな僕たちのアイデンティティ

僕たちは思い出に浸る。

でも、僕たちの思い出はコンピュータのように、どこかのアドレスに書き込まれた情報でなく、その都度生成されるパターンみたいなものらしい。

僕は、新卒で入った銀行の支店にあった金庫のイメージをなんとなく覚えている。

だから、先日、小樽で寄ったかつての日本銀行小樽支店の金庫の扉を見て、そんなことを無意識に思い出すのだ。

さて、記憶がある場所に刻まれた情報でなく、ネットワークのパターンに描き出される経路だとすると、僕たちのアイデンティティを他に移植することができない。

経路とは、部分でなく、僕が置かれた時代、環境も含めた情報のなのだからね。

そう考えると僕たちのアイデンティティはとてもロバスト(頑健)なものである。

銀行の金庫の扉のようにね。


ロバスト



2019年11月7日木曜日

もうすぐ六十歳だものね

僕が今の犬をうちの子に迎えたときとっさに考えたのは、自分の年齢と犬の平均寿命だ。

僕も先を考える時に今の年齢を気にするゾーンに入っているのだね。

そんな僕が会社の本棚から手に取ったのが多湖輝さんの「新六十歳からの生き方」である。

多湖輝さんは多くの本を執筆され、そしてかつて僕の会社の顧問をされていたので本がたくさん揃っている。

さて、この本は今から13年前に出版されているのだけど、その頃は60歳は会社員が定年を迎える年齢で、定年によって起こる、会社との別れ、肩書きとの別れ、人との別れ、情報との別れ、家族との別れ、健康との別れについて書かれていた。

考え方は至極シンプルかつ前向きなものである。

これらの「六つの別れ」は、新たな「六つの出会い」のきっかけになります。

ここから新しい物語が始まるんだよ、が多湖さんのメッセージなのかもしれない。

まあ、人生100年時代と言われてしまうと、人生を24時間に例えたら60歳は午後2時過ぎくらいで、黄昏ている時間帯じゃない。

70歳の糸井重里さんくらいでやっと日暮れ時、お楽しみはこれからという感じでしょう。

定年延長などもあって「六つの別れ」は「とりあえず三つの別れ」とかになっているかもしれないけど、とにかく、午後2時過ぎには、何かと別れて何かと出会うことが強制的に起こるらしい。

せっかく出会うなら、望むものに出会えるといいなぁ。

ではそのために今からどうしようじゃなくてこうしよう、と、そんなことを考えてしまうのだった。



もういくつ寝ると

2019年11月6日水曜日

本を読んで妄想に気づく

僕の会社には立派な本棚がある。

今のオフィスに引っ越す前はカラーボックスでみすぼらしかったので、引っ越した際にちゃんとした本棚を備え付けたのだ。

その本棚には社員が推薦する本が並んでいて、その中の一冊「動的平衡」(福岡伸一 著)を手に取って読んでみた。

推薦した社員のポップには、人間というものは”ちくわ”みたいなものだという一文に驚いたと書いてある。

タイトルもそうだけどなんだか面白そう。

さて、内容は”人は「見たいもの」を「見る」”とか”脳にかけられたバイオスで加工されデフォルメされた世界を見ている”など共感できた。

さらに”ヒトの目が切り取った「部分」は人工的なものであり、ヒトの思考が見出した「関係」の多くは妄想でしかない(59ページより)”は、まさにその通りだと思う。

この視点で前述の本棚を眺めてみると、人工的な妄想が満ち溢れていてなんだか可笑しいよね。

僕のブログはまさに人工的な妄想の実証なのである。

一方で、本の中には著者の人工的な妄想だけでなく真摯に事実を見出そうとしているものがあって、そういう本こそ僕が読みたいと思う本なのかもしれない。

”生命の持つ柔らかさ、可変性、そして全体としてのバランスを保つ機能ーそれを、私は「動的平衡」と呼びたいのである(163ページ)”

僕が生きている事自体は、人工的でも妄想でもないのだからね。


生き物に見える

2019年11月5日火曜日

ブログを書くべきか、本を読むべきか

最近あまり本を読めていない。

理由は2つある。

1つは、場所の問題。

実はこのところ買う本はほとんどKindleだ。

理由は置き場所に困らないから。

ただ、Kindleで買うと、必要なところだけを読んでしまう。

そう、Web感覚なんだよね。

一枚一枚、紙の手触りと重さを感じながら文字を追う感じではなく、情報のインプットになる、そう言い換えるとわかりやすいかもしれない。

さて。もう一つの理由。

それは残念ながら視力の低下だ。

先日、メガネを作り直したけど、メガネをかけても文字密度の高い本を読むのはとても辛い。

元々、メガネをかけていないので長時間メガネをかけて本を読むことがなかなかしんどい。


で、ね。こうしてブログを書く時間を読書に当てれば良いのかもしれないけどかなり悩ましいよね。


読書の秋



2019年11月4日月曜日

ダヴィンチは友達がいなかった

休日の午後、たまたま見ていたテレビはダヴィンチのことだった。

ダヴィンチの絵画や解剖に関するノートなどその才能と偉業に関する話なのだけど、その中で「ダヴィンチってどんな人?」と言う質問があった。

しかし、ダヴィンチの性格に関する情報はほとんど残っていないらしい。

その中で、ダヴィンチ自身は「友達はいない」と残していた。

偉大な才能と社会への貢献には「友達」は要らないのだね。

それでふと、「友達」って何だろうと思った。

友達付き合いで考えると、ダヴィンチみたいには「友達はいない」ダヴィンチタイプ、「昨日の友達は今日の敵」とばかり仲がよかった人を叩くゴッドファーザータイプ、「誰とでも友達」になりたがるフレンドリータイプ、表立って敵対はしないけど「お気に入り友達」を作るブックマークタイプと大きくは4つのタイプに分かれる。

さらに、この組み合わせがあるので実際はもっと多くのバリエーションになるのだろう。

で、ね。「友達」のあり様と社会への貢献が関係ないのことはちょっと意外かもしれないけど、友達が少ないことをちょっと引け目に思っている人には自信になるかもね。


この方も友達要らない?




2019年11月3日日曜日

組織の力、そして日本の力を感じた1週間

先週は、監査法人の監査があったり、社員研修で小樽に全員で行ったりとなかなか盛りだくさんだった。

ただ、頼りになるメンバーたちが頑張ってくれているので去年の今頃みたいな崖っぷち感は無かった。

本当にありがたいことです。

こう言うのを組織力と言うのだと思う。

そして、ふと目を外に向ければ組織の絆ではない絆があちこちにある。

交番のおまわりさん、6年ぶりの宿の女将や鮨屋さんなどなど、これらを評して「ニッポンの力」と言うのかもしれない。

そう、今回のラグビーワールドカップで日本代表がそして日本が見せてくれたものもね。



(月)10月の入道雲
そして入道雲の底が割れた時、大きな災害に見舞われるのも僕たちかもしれない。

(火)変化には意味がある
いずれにしても、変化を目の当たりにして僕たちはそれまでと違う自分や世界に気づくのだ。

(水)いずれテッペン超えれる?
そういえば、吉本興業社長の記者会見で、それ、質問に答えていないじゃん、と不誠実に感じることが多々あったけど、あれだけ長時間、質問に応じていたのだから本人は誠実に答えていたつもりだったのかもしれない。

(木)おもてなしの国に生きる実感
おかげで僕も、僕の犬も素敵な朝と1日を迎えられるのだ。

(金)6年ぶりの再会と言う新しい出会い
そして6年前と同じ感動にもまた出会えたと思うと、とても幸せな気分になるのだよね。

(土)人々を不安にさせる場所に住み着くもの
小樽の古い倉庫が、もし、リニューアルできれいになってしまったら、きっとショッカーは住みにくくなって出て行ってしまうのだろうね。


日本の力


2019年11月2日土曜日

人々を不安にさせる場所に住み着くもの

昨日、僕は小樽の街を6年ぶりに歩いた。

細かい部分はきっと6年前と違っているのだろうけど、昔の記憶であまり苦労することなく散策を楽しめた。

その途中、かつて仮面ライダーでショッカーの基地として撮影に使われた古い倉庫を見かけた。

6年前は小樽運河クルーズで、ガイドさんから聞いた話だ。

倉庫は今でも撮影などで使われているのだろうか。

さて、昔の秘密基地と言うと、なんだかちょっと不気味な感じのする建物だった気がする。

幽霊屋敷などもそうだろうけど、僕たちは不気味な場所は良くないものが住みついていると考えやすい。

なぜか緊張や不安を感じたりしやすよね。

小学校の地下に広がっていた暗い地下室もそうだったし、古びたトンネルなどもうそう。

廃屋なんて、絶対良いものが住みついている気がしない。

一方、清潔で明るい感じにすれば不要な緊張や不安を感じることが少ないのだから、身の回りの環境を清潔で明るくしただけで、良い運気が開けるように思えるから不思議だね。

小樽の古い倉庫が、もし、リニューアルできれいになってしまったら、きっとショッカーは住みにくくなって出て行ってしまうのだろうね。



おいで、ショッカー

2019年11月1日金曜日

6年ぶりの再会と言う新しい出会い

6年ぶりに小樽に来た。

宿も6年前と一緒、そして鮨屋も6年前と一緒だ。

6年経って何が変わったかといえば、僕は間違いなく6歳老けた。

宿も6年間でオーナーが変わったと聞いた。

鮨屋では6年前に呑んでとても美味しかった日本酒が、その酒蔵から杜氏が独立して造った日本酒に変わっていた。

このお酒も美味しかった。

少しづつだけど、全て変わっていたことを実感する6年である。

でも、何よりも美味い鮨をまた食べることができた。

宿の女将と再会を喜び合うこともできたし、たっぷりとおもてなし頂いた。


振り返るに、これは再会ではなく新たな出会いなのだろう。

そして6年前と同じ感動にもまた出会えたと思うと、とても幸せな気分になるのだよね。





緑丘蔵