2019年5月31日金曜日

らら〜ら〜言葉にできない

僕は今日1日をどう表現すれば良いのかわからない。

昨晩は疲れて寝たはずなのに、寝る前のメールのやり取りが悪かったのか4時に目が覚めてしまい、それから眠れなくなった。

明け方に30分程度眠ったのだけど、夢見が悪く、寝覚めも良くない。

本当は今日は仕事を休むつもりだったけど、どうやら配下のメンバーも不在になるらしく、その気持ちが揺れていた。

結局、会社に行って密度濃く仕事をし、人と人の色々な場面に接した。

時間の無い中でアウトプットしてくれる専門家もいれば、投げ出してしまう専門家も居ること。

言い争いに笑い合い。

手法を議論しているつもりが、頑張った結果にダメを出していたこと。

ほんと、いろいろな場面にね。

一方、このところ短い時間しか取れない中で悪戦苦闘していた機械学習の環境が出来てテストも無事に成功した。

これでやっと本来の機械学習に取りかかれる。

システム開発に力を貸してくれる仲間は頭が上がらないほどの素晴らしいサポートをしてくれている。

そして、3月以降のずっしりとした課題は一向に軽くならず、来週以降にまた正念場を迎える。

この後何時間かけても、こんな一日をきっと僕は端的な言葉にすることができないだろう。


どこまで続くのだろうか











2019年5月30日木曜日

嫌われる理由、人気の理由

最近、会社が契約している社労士事務所にちょっと残念な出来事があった。

ここ最近の法制度に対応すべく、規程類のチェックをお願いしたのだけど、「これ以上は別料金」という担当者からのメールを貰った。

その言い分はよくわか流のだけど、であれば、毎月定額の契約がある中で法律が変わった時になぜ、そう行った情報提供をしてこなかったのだろうか。

些細なメールなのだけど、不信感が募っている。

さて、今回の一件で社労士事務所を変えようかなと考えている中で、SNSでシェアされた記事に目が止まった。

その事務所では、事務所メンバーが労務の変化を一覧表にしていた。

その出来はとても素晴らしいものだった。

で、ね。こんな事務所ならきっと僕たちが困っていることに先手を打って対応してくれるだろうな、と思ったよね。

そして、記事を最後まで読んでいったら・・・

”※現在お問い合わせを多数頂いているため、ご要望に添えない場合がございますことを予めご了承ください。”

そうだろうね、みんなそう思うよね。


気をつけよう



アウト、セーフ、よよいのよい

野球〜するなら〜こう言う具合に視野しゃんせ〜♪

お座敷芸、野球拳の出だしはこんな感じだったと思う。

この歌のサビは、

アウト、セーフ、よよいのよい

だ。

さて、最近スポーツで誤審が大きな問題になることが多い。

そこで、ビデオ判定とか様々なテクノロジーが導入されてきている。

それくらい、プレイヤーにとって「アウト、セーフ」は重大事なのだ。

ところが現実世界で起こることは、案外、野球拳に近い。

つい先日の大相撲でも、ビデオ判定より人の目が正しいと言い切られてしまった。

まさに「よよいのよい」」なのだ。

で、ね、僕はそうなんだと思うのだけど一方で割り切れなさも残るよね。


曖昧?実態?



2019年5月28日火曜日

小さな判断、小さな決断が人の判断力や決断力を高める

1+1は?

2+3は?

これらの質問であれば、多くの人がすぐに答えることができるだろう。

そして『なんて簡単な質問なのだろう』と心の中で思うかもしれない。

実はこう行った簡単な足し算とかかけ算をするとその後、人の判断力や決断力が高まることが知られている。

さて、先日会社の仲間とイントロクイズを行ったのだけど、するとどうだろう、日頃躊躇いがちな人が、積極的に回答をしていた。

これも、判断力、決断力が上がった状態だ。

で、ね。要するに、僕たちの力とは、固定的なものでなくちょっとした準備や状況によって大きく変わるものだよね。


開けてー




2019年5月27日月曜日

コジくん、天国でルークと仲良くしてあげてね

今朝、大好きなわんこが亡くなった。

ここ2年ほど手術をして病気と闘っていた。

まだそんなに高齢ではないのだけど最近は食べられなっていて、ひたすら回復を祈っていたけど虹の橋を渡っていった。

朝、それを知ってから僕の一日とてもせつなく気持ちが沈む。

先代犬ルークを亡くした後もそうだったけど、ペットロスはそんなに簡単に乗り越えられるものではない。

特に、張り詰めて看病をした後に襲ってくる喪失感はとても大きい。

今回は、僕のことではないけれど、飼い主さんの気持ちを察すると心が痛む。

そしてまた悲しくなる。

でも泣いていたら仕事にならないから涙を拭きながら仕事をする。

そんな日もあるよね。


ルーク、よろしくね


2019年5月26日日曜日

「絶賛」伝染中、なのかもね

先週1週間のブログを振り返って見よう。

タイトルと結びの一文は以下の通りだった。

(月)威嚇と請願 あるいは 北風と太陽
怖がりがそうさせるのかもしれないね。

(火)宮崎映画に4つのパターン?
宮崎映画がいつも新鮮なのは、こういうはっきりわかる根本的な違いを描き出すからかもしれない。

(水)猫の日だにゃー、犬の日だわん
で、ね。負の感情を連鎖させるよりにゃーにゃー、わんわん言いながら活力のある脳でいたいのだよね。

(木)寝落ちしそうな時の対処法
ああ、眠い。

(金締め後)毎日ブログを書けること僕は幸せだ きっと
そして、そうやって自分の幸せを測ることができるので、僕は毎日ブログを書いているのかもしれないね。

(土締め後)対話に通訳が必要なとき
そしておそらく傍目から見ていていても可笑しくみえるのかもしれない。

さて、これはどういう1週間だったのだろう。

まとめてみると、何かが上手くいかない中でその根本を考え対処を行い、疲れの中で幸せを探しながらも眠い。

そういったところじゃないかな。

要するに苦戦しているわけだ。

そして苦戦の中に意味を見出す、つまりただいま絶賛学習中ってことだね。

あ、「絶賛」という言葉、いつの間にか伝染ってるわ・・・。


絶賛うれしい





対話に通訳が必要なとき

最近、仕事をしながらふと通訳みたいだなと思うことがある。

どんな時のそう思うのか、といえば、当事者同士の会話が上手くいかない時に果たす”役割”の中で感じるのだ。

例えば、仕組みを作る人と仕組みを回す人の通訳。

作る人は、どれだけ現実の問題を踏まえて先進的な仕組みであるかを大切にして、回す人は、どれだけ現実に即して回せるかを大切にする。

一番良いのは、その当事者が話し合い解決することなのだけど、見回していると、どうも最初に自己正当化があって対話に進まない。

僕は、その対話を成立させることが仕事の本質だと思うのだけど、当事者は結局、自分の視点に立たざるを得ないようだ。

そこで、僕が通訳になり、相互の共通点と相違点を明確にしながら問題解決に働きかけるのだけど、僕の本来のやりたい、やるべき、できるの統合点にあるのはそういうことはだったっけ?

そしておそらく傍目から見ていていても可笑しくみえるのかもしれない。


昨日は暑かった




2019年5月25日土曜日

毎日ブログを書けること僕は幸せだ きっと

日々のブログが2300回を越えて思うことは、毎日、リズミカルにブログを書けるということはとても幸せなことじゃないかな。

例えば、飲んで遅くなってもブログが書ける。

それには、時間が無いけど精神的な余裕がある。

文章を書くようになってわかったこととして、「書く」ことには波があることだ。

溢れるように出てくることもあれば、全く枯れてしまうこともある。

でも、そういうバイオリズム的なことを理解していないと、人はいつでも「書ける」と思いがちだよね。

まあ、そういったあれこれ含めてブログが書けることは幸せなことだ。

だから、やんごとなき事情で締め後になってしまうことはあっても、僕がブログを書き続ける間、僕は幸せなんだと思う。

そして、そうやって自分の幸せを測ることができるので、僕は毎日ブログを書いているのかもしれないね。


幸せの名残り

2019年5月23日木曜日

寝落ちしそうな時の対処法

前日の仕事が遅くなったり、疲れが溜まっていたりすると当然眠くなれる。

この睡魔と闘うのはかなり大変だよね。

こっくんこっくんと船を漕いだり、ガクッと値崩れたりしかけるのだ。

特に目の前の人と打ち合わせをしている時は、ね。

さて、眠そうな顔は相手にすぐ見破られる。

犬でも一緒だ。

「眠い」は相手に隙を与えることになる訳で

そして、今、僕は。

ああ、眠い。



眠眠

2019年5月22日水曜日

猫の日だにゃー、犬の日だわん

毎月22日は猫の日らしい。

22で「にゃんにゃん」とね。

同様に11日は「わんわん」と犬の日である。

さて、世の中には多くの記念日がある。

その多くは何らかの出来事に由来しているものだけど、中にはこのような語呂合わせも少なくない。

例えば、11月22日、「わんわん、にゃんにゃんの日」というより「いい夫婦の日」だね。

身近なところでは、肉屋やステーキハウスなどで「29日は肉の日」と掲げている。

僕はこうした嫌味のない記念日が好きだ。

たわいも無いことで楽しむことは脳に活力を与える気もする。


一方で、この恨みを忘れない記念日みたいなことはあまり好きではない。

ネガティブな意味付けに囚われている限り視座を高めることができないし、周囲にもあまり良くない影響を与えてしまうかもしれない。

感情って連鎖するからね。

で、ね。負の感情を連鎖させるよりにゃーにゃー、わんわん言いながら活力のある脳でいたいのだよね。


我が家は犬

2019年5月21日火曜日

宮崎映画に4つのパターン?

僕が宮崎駿監督の代表的な作品を4つあげるとしたら「天空の城ラピュタ」「もののけ姫」「千と千尋の神隠し」「となりのトトロ」の4つになる。

もちろん、これ以外にも有名な作品はたくさんあるし、その中には僕が大好きな作品もある。

では、なぜ上記の4つを挙げたのかと言うと、それぞれの作品の主人公(達)のパーソナリティが異なる特徴で描かれているからだ。

「天空の城ラピュタ」では、運命を背負った主人公達が力を合わせて使命を果たす。

「もののけ姫」では、主人公達が全く異なる境遇ながらも同志として闘いそれぞれの道を進む。

「千と千尋の神隠し」では、主人公が自分の知らない世界で色々な気づきを得ながら自分の世界に変えていく。

「となりのトトロ」では、主人公達は多様性を相互に受け入れ合いながら逞しさを身につけていく。

僕なりにまとめると、宿命と使命、運命に共闘、未知の解明、友愛で互助、と異なるテーマ、異なるパーソナリティが設定されているということになるのだ。

ラピュタにサツキやメイは出てこないだろうし、アシタカとサンがトトロに出てきたら大変なことになってしまうかもしれない。

宮崎映画がいつも新鮮なのは、こういうはっきりわかる根本的な違いを描き出すからかもしれない。


竜の巣だぁー!




2019年5月20日月曜日

威嚇と請願 あるいは 北風と太陽

犬と散歩していると、よく、他の犬に出会う。

僕の住む街には、基本、野良犬はいないので、リードで引かれた犬と出会うのだ。

都会で犬と暮らすには、リードは必須である。

それは周囲の人、そして犬を事故や事件から守る頼みの綱だからね。

さて、僕たちに守られている、ということとは関係なく、犬はお互いの距離を測る。

時には吠えて威嚇し、また、時には、伏せて「遊ぼう」と相手に請う。

自分の意思を伝える手段としてね。

面白いのは、威嚇にしろ、請願にしろ、結果があまり変わらないことだ。

飼い主が、叱っても、宥めてもだめであまり打つ手がない。

結局、僕の犬の社交性はあまり高くないらしい。

怖がりがそうさせるのかもしれないね。


これは太陽、だね



2019年5月19日日曜日

来週の燃費は如何なものか

日曜日の夜は1週間を振り返る夜だ。

タイトルと結びを見ると、かつてはワクワクしていたバージョンアップも最近ではその大変さに思いを馳せるようになり、そんな中で人との関わりを考えていたようだ。

特に仕事での「仲間」についてね。

(月)バージョンアップは大変なのだ
でも、ね。かなり大変なのだ。それは。

(火)元パソコンマニアも気づけば・・・
以前はワクワクして買っていたのになぁ・・・

(水)会社が求めるのは「成長」じゃやなく「貢献」だよね
社員の「貢献」を生み出すために「育成」を行うのだからね。

(木)期待は励み?それとも重荷?
いやはや、人の気持ちは難しいね。

(金)素晴らしきかな、仲間たちよ
だって、皆、一生懸命なのだもの。

(土)問題は仲間を生み出す?
この素朴な問いから組織の課題が生じるように思えてきた。

こう言うのは「実践的学び」なのだろうけど、僕は理解よりも創発する時の方が元気が出るなぁ。

「なぜそれを言うのか」よりも「こうしたらどうなるか」で頭を使っている方が明らかにフロー状態に入れるのだ。

逆に、フローの時に「なぜそれを言うのか」が入ると、もう、5年使ったスマホみたいに見る見るエネルギーが失せていく。

つまり、とても燃費が悪い。

だからお腹が空いて大盛りを食べたり、アルコールをがっつり入れることになるのもしれない。


飛行機(のように見える)雲



2019年5月18日土曜日

問題は仲間を生み出す?

僕は昨日のブログで仲間たちの素晴らしさを書いた。

さて僕は「仲間」について4月末のブログで、同僚と仲間の違いに触れ、仲間意識には依存がある書いている。

「仲間」とは「同じ目的で互いに信頼し合うもの」とね。

では、昨日のブログに書いた「仲間たち」は悩みを分かち合っていたのだろうかとブログを書いた後に考えたのだけど、同じ問題に直面して連携している状態だと思う。

だから「バトンパス」が浮かんだのだ。

そして、バトンパスには相互信頼が必要なように、仕事での問題解決にも相互信頼が必要だ。

「問題解決」と「役割」が信頼を生みだすわけだね。

では問題が生み出した仲間は、その問題が解決したらどうなるのだろうか。

または、問題解決ができなかった場合はどうか。


この素朴な問いから組織の課題が生じるように思えてきた。



終わった跡






2019年5月17日金曜日

素晴らしきかな、仲間たちよ

今週の仕事が終わった。

まあ、仕事は終わっていないのだけどね。

仕事って結局はリレーだから誰かから受け取って、誰かに渡す。

先日、日本陸上でバトンミスからリレーで失格になったけど、仕事で多くの問題が発生するのは、このバトンパスで生じる。

「遅い」「早すぎる」から始まり、「雑」「下手」があり、「やる気がない」「ちゃんとやらない」などなど、本当に多くの非難と批判が渦巻くところなのだ。

でもね、ひょっとしたら僕たち日本人の特質なのかもしれないけど、皆、自分の役割に真剣なんだよね。

だから、バトンパスで問題や文句が生じるのだ。

そう考えると、僕の仲間は本当に素晴らしい。

だって、皆、一生懸命なのだもの。


草刈さ〜ん





2019年5月16日木曜日

期待は励み?それとも重荷?

人事考課をしている時、気をつけなくてはいけないことがいくつかある。

そのうちの一つは、「出来ている」ことと「出来て欲しい」ことの違いをしっかりと意識することだ。

出来て欲しいことで人事考課を行なってしまうと、その後、ギャップに目が行くことになる。

これは、相互に不幸なことだ。

そもそも人は出来ていないことに目が向きやすいからね。

たとえ、期待を励みにして欲しいと思っていても、期待を受ける側は至らぬことへの後ろめたさから重荷と受け止めることもあるのだろう。

いやはや、人の気持ちは難しいね。


どちら側?

会社が求めるのは「成長」じゃやなく「貢献」だよね

会社や仕事は僕たちを成長させてくるれ場所だ。

言い換えれば、僕たちは会社や仕事によって成長する。

だから、就活生の会社選びは「自分を成長させてくれる会社」となるのかもしれない。

でも一方で、社員にとって会社は多くの選択肢の中の、「その時」の1つでありどれだけ丁寧に育成したからとしても働き続ける保障はないよね。

最初の会社で高額な外部研修に派遣してもらいながらその後すぐに退職してしまった僕自身がその証明だ。

さて、その会社での出来事は僕を成長させてくれたのだけど、それは僕個人の財産であって、その会社の財産ではない。

朝の7時前から夜の11時過ぎまで連日働き続け、1ヶ月で10時間程度しか残業代を貰えなかったことは「貢献」とはかけ離れた「奉仕」だったけど、そんなブラックさ(当時はそんな言葉は無かったね)はおいたとして、会社が社員に求めるのは、「成長」でなく「貢献」だよね。

社員の「貢献」を生み出すために「育成」を行うのだからね。


まんぷくラーメン、ください






2019年5月14日火曜日

元パソコンマニアも気づけば・・・

気がついたら最近、自分用のパソコンを買っていない。

どのくらい買っていないかと言えば、Appleの交換サービスがだいたい5年で無くなるそうで、先日、色々あってなんとか対応してもらえたので5年は過ぎている。

以前は、ハードディスの寿命を考えると、買い替えも必須だったけど、最近、SSDだと機械故障のリスクもかなり低くなり、あまり買い替えを意識しなくなった。

多少、古くなってもデータの読み書きも早いのでストレスがない。

こうして、世の中のパソコン売り上げも低迷していくのだろうね。

さて、そろそろ新しいパソコンも考えなくてはならない。

そこで、購買シミュレーションを少し行なっているが、ストレスなく使えるパソコンとなるとそれなりのスペックになる。

画面は大きく、サイズは小さく、重さは軽くなど、色々なわがままとは別に、各社色々な取り組みもしていて選択肢はたくさんあるのに欲しいものがなかなか見つからない。

それで結局、今も同じパソコンを使い続けている。

以前はワクワクして買っていたのになぁ・・・


レゴの犬、顔が黒いのなんでだろ?



バージョンアップは大変なのだ

世の中、なんでもバージョンアップすることが一番であるように思われがちかもしれない。

でも、プログラムだとバージョンアップするとそれまで動いてものが動かなくなったりする。

プログラムじゃなくても、それまでの考え方が通用しなくなる。

僕が思うに世の中のシステム障害の多くはバージョンアップに起因している。

特に、鉄道とか、金融とかね。

まあ、それでもバージョンアップは必要だし、バージョンアップで進化することもたくさんある。

だから、バージョンアップしなくちゃね。

でも、ね。かなり大変なのだ。それは。


咲くのも禁止?



2019年5月12日日曜日

押し付けられるのではなく、軌道修正のための学習にする

長かった1週間が終わり、新しい1週間が始まる。

その前に、長かった1週間を振り返っておこう。

ブログのタイトルと締めの一文は以下の通りだった。

(月)滲む苦悩が汚れに見えても気にしない
働き者の手がいつも汚れているようにね。

(火)ああ、カタルシス
今日観たのは「シンデレラマン」だけど、明日を迎えるのに僕は何を解放したいのだろうね。

(水)熟達の前提を考える夜
結局、ポータブルスキルが活きる仕事とポータブルスキルだけでは発揮できないパフォーマンスをしっかりと見極めることが大切なのかもしれないね。

(木)ちょっと弱っているくらいが丁度いい?
で、ね。人付き合いのポイントは案外、相手にどれだけ余裕を与えられるかにかかっているのかもしれないね。

(金)学級崩壊ならぬ会議崩壊の現場より
会議に関するノウハウ本も少なくないけど、学級崩壊みたいに会社の中で会議崩壊も一般化しているのかもしれない。

(土)「システム」の誤解
「システム」に大いなる期待と誤解を持っている人たちには残念なことかもしれないけど・・・

まあ、周囲から兎角あれこれ言われる週間だったのだけど、あまり気にせずにしっかりと本質を見極めて行こう、というのがどうやら僕の先週だったようだ。

色々な結果を、客観的に批評することは出来ても、色々な結果を出すために主体者となって努力することは出来ない。

じゃあ、批評するのが悪いのか、と言えばそんなことでもなく、システムも同じことだけど、要は、自らが主体者となって進めていく中で、軌道修正の一助とすれば良いのでしょう。


主体は自分

2019年5月11日土曜日

「システム」の誤解

AIが仕事を奪うとか色々言われているけど、そんなことはない。

なぜなら、僕たちの仕事は、その多くが人に紐づいているからだ。

一見、逆説的に見えるけど、例えば、ある場面で営業の人が顧客に提案を行うとした場合、どんな提案をするのかは営業に掛かっている。

具体的には、先日、僕の会社で銀行の担当者に相談をし、提案を待っていたのだけど、その担当者が異動になったら、提案内容が変わってしまうようだ。

こんな失礼な話はない。

今日、金融はFinTechなど最もテクノロジーによりシステム化されている業界だ。

にも関わらず、「人」で関係性が変わってしまう。

「システム」の内部処理は「人」で変わらないことが売りだから、ある意味、全然システム化されていないと言えるだろう。

一方でローン審査など「人」が居ても全く変わらない頑固なサービスも増えているけどね。

で、ね。審査みたいな「作業」は人が要らなくなるから「システム」が主役だけど、「仕事」から「人」が要らなくなることはないよね。

仕事とは、人と人の繋がりだからね。

「システム」に大いなる期待と誤解を持っている人たちには残念なことかもしれないけど・・・。


繋がり

2019年5月10日金曜日

学級崩壊ならぬ会議崩壊の現場より

学級崩壊
児童が私語をする、立ち歩く、暴れるなどして、担任が注意しても授業が成り立たなくなる状態が2〜3週間以上続く場合を指す 朝日新聞掲載「キーワード」の解説

僕が今の会社に入ったのはもう20年近く前になるけど、その際、一番驚いたのは、会議の最中に理由もわからず離席してしまう人が居たことだ。

「あれ?どこ行くのかな」から「帰ってこないぞ」となる。

少なくとも、それまでの僕の社会人経験でそんなことは無かった。

まあ、だんだんとそんなことにも慣れてしまったのだけど、最近は、WEB会議なども増えて、僕自身、「会議とは自分が参加できる時だけ参加すれば良いもの」となってしまった気がする。

会議内容とは別にパソコンを触って仕事をする、所謂「内職」、前述した通り、途中離席、途中離脱、はたまた不参加、まあ、流石に暴れることはないけど、もう、会議の進行役もあまり気にしなくなっている。

で、会議が成立しているのかというとなんだか疑わしい。

会議は妥協する場ではないと思うけど、肝心な検討と合意が薄まっているように感じるからね。

会議に関するノウハウ本も少なくないけど、学級崩壊みたいに会社の中で会議崩壊も一般化しているのかもしれない。


今週、僕は品切れです



2019年5月9日木曜日

ちょっと弱っているくらいが丁度いい?

僕たちは、社会の中で多くの人と関わりあう。

関わりたくなくても関わらざるを得ない、のが現状かもしれない。

さて、相手が気心知れた人であれば良いのだけど、そうでないとどこかでお互いに我慢や攻撃が始まるよね。

その観点で考えると、相手が元気120%みたいな人と一緒の時は、その人の勢いに押されいろんなストレスを感じやすいのではないかと思う。

これはひょっとしたら生存競争の名残なのかも知れない。

一方で、相手が少し元気が無い、例えば病み上がりみたいな時の方が関わりやすいものだ。

要するに自分のペースで進められるからね。

そして、自分のペースになるほど、相手はペースを崩され受け身になっていくのだけど、それは、なんとなく余裕を持って接することができるようになるからでしょう。

で、ね。人付き合いのポイントは案外、相手にどれだけ余裕を与えられるかにかかっているのかもしれないね。


7割で良しとするのが相手に余裕を与える





2019年5月8日水曜日

熟達の前提を考える夜

仕事に熟達する、というのは、案外同じ環境を前提にしているのかもしれない。

例えば、会社を変わると、いくら経験、スキルが豊富であっても、うまく馴染めないことが少なく無い。

なぜなら、仕事に熟達する=会社に熟達することでもあるからね。

ポータブルスキルという、会社から切り離されたスキルであれば良いのだけど、結局、仕事と会社を切り離すことは容易では無い。

特に、熟達の領域においてはそうではないかな。

結局、ポータブルスキルが活きる仕事とポータブルスキルだけでは発揮できないパフォーマンスをしっかりと見極めることが大切なのかもしれないね。


環境から切り離せないこと

2019年5月7日火曜日

ああ、カタルシス

カタルシス
舞台の上の出来事(特に悲劇)を見ることによってひきおこされる情緒の経験が、日ごろ心の中に鬱積(うっせき)している同種の情緒を解放し、それにより快感を得ること。浄化。

僕が好きな映画、「シービスケット」と「シンデレラマン」には共通点がある。

主人公(馬+人、ボクサー)が戦前の予想を覆して、最後には勝つと言うストーリーだ。

もう少し踏み込むと、両方とも、大恐慌の厳しい環境の中、一度大きな挫折を経て、そして最後には勝つのだ。

その勝利は、相手だけでなく、大恐慌、挫折に対しても、だよね。

さて、僕がこの映画を録画で観る時は大概、何某かが厳しい状況であるような気がする。

その中で、映画のストーリーのようにすっきりとしたいのかもしれない。

このような情緒の経験で有名なのが「カタルシス」だろう。

アリストテレスの拠るとされるこの「カタルシス」、文書冒頭のように「悲劇」で快感を得るのだけど、僕の好きな映画は、「悲劇からの復活と喜び」なので、アリストテレスの時代よりサービス感溢れている。

今日観たのは「シンデレラマン」だけど、明日を迎えるのに僕は何を解放したいのだろうね。

パワー解放


2019年5月6日月曜日

滲む苦悩が汚れに見えても気にしない

GW最終日、僕は、何人かの人と仕事をしていた。

キリが無いので仕事を終えて事務所を締めて家に帰り、夕飯を食べたあと、是枝監督の「万引き家族」を観ていた。

上映の時、話題になっていたがどうも観に行く気がせず、今回が初めてとなったのだ。

映画を観ながら、「家族」を考えさせられるのだけど、今日の仕事と合わせて考えるのであれば、「外からとやかく言うのは簡単だ」に尽きるのだろう。

例えば「家族」の苦悩はその「家族」にしかわからないものだ。

仕事も同じで、苦悩が滲んでいる仕事ほど、周囲から見れば「汚れて」見えるのかもしれないね。

働き者の手がいつも汚れているようにね。


雲?苦悩?



2019年5月5日日曜日

日々の「意味づけ」が人生を意味づける

さてと、1週間を振り返って見よう。

僕にとっても盛りだくさんの1週間だった。

火曜日から水曜日に掛けて、時代が変わったし、土曜日にはルイがテレビに出た。

木曜日には仕事もしたし、仕事のトラブルもあった。

ブログのタイトルと結びは以下の通りでした。

(月)ありがとう平成、さあ来い令和
時代が変わり、今までのモノやコトが静かに消えて行き、知らないモノやコトが溢れたとしても、覚悟を持って向き合えば学びと成長は歳に関係なくそこから始まるのだ。

(火)仲間意識で依存することなかれ
そう思うと仲間の姿が見えてくるのかもしれない。

(水)「世界」とは何か、「令和」はそれをどう教えてくれるのだろうか
「令和」は、僕たちの「世界」とは何なのか、どう教えてくれるのだろうか。

(木)お気に入りで仕事をしよう
で、ね。お気に入りのモノを使って仕事をするとGW中の仕事でもモチベーションが上がるよね。

(金)「経験や勘」と「科学」のお話
で、ね。僕たちの世界には一様じゃないね。

(土)「亀戸餃子」モデルを解明しよう
で、ね。それでも、あれだけ繁盛しているのだから、ビジネスモデルを考える際のケーススタディに有効だよね。

一言でまとめれば身近なことの意味を問う1週間だったね。

時代、仲間、世界、仕事、科学、餃子といった身近さから。

そう思うと、僕たちは意味を問わずにいられない存在なのかもしれない。

そして、それは僕たちには本来、意味がないからなのかもしれないともふと思う。

もう、こうなるとなんの確証もないのだけど、意味がないから、意味を探さないと不安になる、それが僕たちなのだろうか。

時代と言う意味づけ、仲間の意味づけ、世界の意味づけ、仕事の意味づけ、餃子の意味づけといった具合に。

でも、きっと意味づけすることで僕たちは自分の人生を充実させることができるのだろう。

そう思うよ。


ここはどこ?




2019年5月4日土曜日

「亀戸餃子」モデルを解明しよう

今日の午後、僕は家人と亀戸餃子に出かけた。

知ってはいたけど、実際に亀戸餃子で食べたのは2年前だ。

ルークを亡くして、失意の中であちらこちらへ犬に会いに出歩いてた時である。

そして亀戸でルイと運命的に出会い、家族会議を開いたのが亀戸餃子なのだ。

だから僕のスマホの写真は、ルイ→亀戸餃子→ルイの順番になっている。

それから、たまに餃子を食べに亀戸に行くようになった。

さて、「亀戸餃子」のビジネスモデルはシンプルで面白い。

とにかく回転、回転だ。

回転で稼ぐファストフードは多いけど、亀戸餃子はその中でもかなり特徴的だと思う。

まず、メニューは「餃子」だけ。

そして、一人2皿から。

あとは、飲み物。

だから、早いのだけど、今日などは、席に着いた時に餃子が出てきた。

一人、餃子2皿で540円(以前は500円だった気がする)+飲み物、例えばビールなら600円くらい、そして餃子によく合う老酒は150円で食べられる。

もちろん、餃子が美味しいことが前提だけど、メニューで悩む時間は掛からないし、追加でも常に焼き上がりを美味しく食べられる。

最初の2皿を食べるのにおそらく10分と掛かっていないだろう。

焼く、食べる(+飲む)、払う、焼く、食べる(+飲む)、払う、が延々と続くわけだけど、持ち帰り用も販売していて抜け目ない。

今日も、気が付いてみれば、二人で3150円と、そこそこのランチと変わらないのだけど、おそらく店の手間はとても少ない。

餃子を焼く鉄板は都度、洗わないし2枚だけ。

餃子はどこか近くで作って運んでくる。

要するに基本的な選択や工夫を徹底的に排除したシステムになっているのだ。


事業で売上を伸ばそうとすると、つい色々なメニューを考えたくなる。

その方が工夫しているように見えるからね。

でも、亀戸餃子を見ていると、どこに工夫があるのかよくわからない。

で、ね。それでも、あれだけ繁盛しているのだから、ビジネスモデルを考える際のケーススタディに有効だよね。


はい、どうぞ





2019年5月3日金曜日

「経験や勘」と「科学」のお話

夕飯を食べたあと、テレビをボーっと観ていた。

ボーッと生きていると叱られる「チコちゃんに叱られる」と言う番組だ。

その中で、「医者ななぜ白衣を着ているのか」と問いがあったのだけど、「経験と勘」から「科学」への転換がその理由にあったらしい。

医学が、「人への信頼」から「学への信頼」に変わるには、様々な研究や発見が必要だった。

ボーッとしながらも、「科学とは、原理や方法を通じて誰でも再現できること」だなぁ、と考えていた。

真剣に向き合えば学問を通じて誰でも他者から信頼を得ることが出来るようになるのだ。

一方で「複雑系」と呼ばれる「予測不能、再現不能という科学」もある。

結果はわからないので、様々な可能性を想定して判断するしかない。

その場合には、経験や勘を鍛えることが重要なのかもしれない。

で、ね。僕たちの世界には一様じゃないね。


ボールの行く先は予測不能



2019年5月2日木曜日

お気に入りで仕事をしよう

昨晩、家人と外で夕飯を食べ、そのあとふと立ち寄った店で、パソコンに対応したステキなリーディンググラスを見つけた。

IZIPIZIと言う、フランスの商品らしい。

値段もそんなに高くないのだけど、作りがしっかりしているし、掛けやすいし、何よりもフレームが気に入った。

型も5〜6種類あり、どれが似合うか楽しく比べる事も出来る。

仕事では中近両用のメガネをかけていて、最近は度が合わなくなり、手元が見えにくくなっていたこともあり、メガネ売場があるとつい、色々とメガネを試着してしまう。

その挙句、家人が離れたことも気づかず隣にいる女性に「どう?似合う?」などと声をかけしまう始末で、恥ずかしいことこの上ない。

その人は嫌な顔ひとつせず、「お似合いですよ」と合わせてくれたので嬉しかったけどね。

さて、GW真っ只中の今日、僕は会社に行って仕事をしていた。

もちろん、新しいメガネでね。

想定外のハプニングもあったけど、何とか必要最低限は終えられた気がする。

で、ね。お気に入りのモノを使って仕事をするとGW中の仕事でもモチベーションが上がるよね。



いい感じ

2019年5月1日水曜日

「世界」とは何か、「令和」はそれをどう教えてくれるのだろうか

改元があって「令和」という新しい時代が始まった。

朝からの雨模様も「即位後朝見の儀」のあたりでは、青空から太陽が燦々と輝く、なんともおめでたい幕開けだ。

僕が驚いたのは、誰も経験が無い新時代の幕開けの祝い方を考えていることだね。

明治神宮など神社の参拝はその一つだけど、家の近所の小さな神社でも大行列が出来ていた。

各地の神社が様々な方法で告知を行ったようだけど、そもそも誰がこの様式を決めたのだろう。

新年の幕開けに初詣に行くのと同じことと皆が考えたのかもしれないね。

さて、僕たちは、新しい状況に出会うと、まずはこれまでの経験を活かそうとする。

世界を上書きし、それによって僕たちのアイデンティティは強化される。

一方で、上書きされた世界が、自然の力の前では儚く脆いものであることを「平成」という時代は教えてくれた。

「昭和」は上書きも過ぎると過ちになること、塗り替えることで新しい世界が生まれることを教えてくれた。

「令和」は、僕たちの「世界」とは何なのか、どう教えてくれるのだろうか。


さあこい、令和