でも、学ぶことができる人とそうでない人がいる。
学ぶことができない人は、言い方を変えると、学ぶ気がない人、となるかもしれない。
例えば、学校の授業中に漫画を読んでいたり、寝ていたりすれば、それは学ぶ気がないので学ぶことはできない。
大事な会議中に、スマホでゲームをしていれば、学ぶことなんてできやしない。
それなのに「学びたい」なんて言ってもその人が学べるなんて誰も信じないだろう。
大人に注意しくれる人は居ないから、静かに見切られるだけである。
僕が目の前の学びに気づいたのは高校生の時だ。
授業にちゃんと参加していれば自然と学びが起きる。
そして試験の結果も良くなる。
一方、普段寝ていて、試験のために一夜漬けした人は頭が良くても結果は良くない。
僕も試したけど、そりゃそうでしょう。
僕の愛犬、ルイは最近、言葉らしきものを話すのだけどそれは真剣に人の話を聞いている。
だから学べる。
成長したいと思うのであれば、まずは学ぶ機会を生かすことだ。
そのためには、目の前の学びにしっかりと向き合うことが肝心だ。
自腹を切った方が学びが得られると言う「自腹モデル」があるけどそれは、それだけしっかりと向き合うことが出来るからだよね。
会社が育成でお金を出すべきなのは、目の前の学びが出来る社員のみだろう。
学ばない理由はいくらでも作れる。
面白くない、役に立ちそうもない、自分には関係ないなどなどね。
人は自然と学ぶ力も持っているから学ぼうとしなくても学べることが少なくないけど、学ぶ意志の有り(とにかくしっかりと聴く)、無し(漫画やゲームをしている)はどんな状況でも成長出来るか否かの分岐点であって、成長し続ける人と勢いだけの人の違いを生んでいるのかもしれない。
学び、食べる








