仕事をしていて良いことが続き、乗ってきたときに足元を掬われることがおこる、そんなことは誰にでも経験があると思います。また、「何が良いことで何が悪いことか」はあくまでも主観的な価値基準なので、当人以外において共有するのはなかなか難しい側面もあります。
さて、組織においても良い流れが人によって足元を掬われることがあります。組織内の利害関係などで脚を引っ張られるといった争いごとでなくても、例えば「これをやってみよう」「あれもやってみよう」と挑戦的空気が満ちていくなかで、「そんなこと意味が無い」「自分はやらない」など、リスクを提示しながら一撃で空気を固めてしまう人が組織のなかには必ず存在します。
もしリスクの提示が正しいリスクマネジメントの一貫であれば、論拠をもって語れますし、状況に応じて対応が変わるとしてもポリシーは一貫してるはずです。ところが、マイリスクマネジメントの特徴は、言動の不一致にあります。
わかり易いケースで言うと、同じ行動であっても他人の行動には批判的なのに自分の行動は正当化するものです。例えば、会議に遅れることで他者の時間を奪うと言いながら、自分は延々と無駄話をしていることなど、具体例もいろいろと挙げられます。
ただ、これは多かれ少なかれ誰にでもあるものですから気にしないとして、一方でとても気になるのは、挑戦する空気を凍らせるという行為です。
良いことばかりは続かない(悪いことばかりは続かない)、という言葉は自らの楽観(悲観)を戒めて事に取り掛かるべし、という意味と、「どうせそのうち・・・」と学習性無力感(期待感)の2つの側面があると考えています。そのうち、閉塞的状況においても期待を持つことは今回のテーマではありません。
人は挑戦的状況においてたびたび無力感を学習してしまうと、挑戦そのものをしなくなります。そして、いざ、挑戦が必要な局面になっても思ったような挑戦が出来なくなります。このような現象は動物実験でも確認されていますから原始的な脳の機能なのかもしれません。更には人だけでなく、このような課題を持った組織がたくさんあります。
それらの組織の間違いは、小さな塊りとなった挑戦する空気を凍らせる人を放置してきたことに尽きるのだと思います。そして、凍らせる人は経営トップから現場スタッフまであらゆる階層に居ますから、組織全体として挑戦する空気を凍らせることは悪いことであるという前提を作ることが重要なのでしょう。
ただ、勘違いしてはいけないのは、なんでもかんでもやってみるのが良いといった、浮ついた行動を推奨する雰囲気が「挑戦する空気」なのではないことでしょう。とても実感することです。
例えばトヨタの「なぜを5回繰り返す」とか未来工業の「常に考える・ホウレンソウ禁止」とかクレディセゾンの「となりのコートのボールも拾う姿勢」などは、「凍らせるのは悪いことである」と直接糾弾してはいませんが、凍らせない前提が内在されています。それらの組織は地に足をつけ自らを戒めながら且つ「挑戦する空気」が凍らない組織の良いお手本だと思います。「良い前提」は「良い問いかけ」でもあるのです。
このように受け入れ易く、かつ浮ついたり、きれいごとではないウエイや組織風土が浸透した組織では「挑戦」によって短期的には成果が出ない局面があったとしても、その後、必ず成果を生み出せる土壌であると言えるでしょう。
まずは「自分が地に足つけて、凍らないこと」が凍らせない第一歩