2019年10月31日木曜日

おもてなしの国に生きる実感

ラグビーワールドカップの記事を読んでいると、試合だけでな日本のおもてなしに関する記事が目につくよね。

書いているのが日本人なので贔屓もあるのだろうけど、来日したラグビーファンが日本のことを好きになってくれるのであればとても嬉しい。

さて、僕は毎朝早くに僕の犬と街を散歩している。

この季節、まだ暗いのだけど、コンビニと交番は明るい。

僕の犬は交番とおまわりさんが大好きで近くにいくと早足になってお邪魔する。

朝早い時間なのにおまわりさんはしっかりと仕事をしていて、でも、僕の犬が顔を出すと手を休め出てきて優しく撫でてくれる。

交代勤務なのか、同じおまわりさんであることは少ないのだけど、皆、優しく撫でてくれる。

僕はこれが日本のおもてなしの一つの姿なのだと思う。

例え相手が人でなくても、そして、役割を越えて応じる。

おかげで僕も、僕の犬も素敵な朝と1日を迎えられるのだ。


ありがとうございます

2019年10月30日水曜日

いずれテッペン超えれる?

僕は仕事を終えて家に帰ったら家人が友達からシェアされた動画を見せてくれた。

英会話伝言というコーナーらしいのだけど、芸能人が外人から英語で "Is the tip included?"と聞かされるのだけど彼には”いずれテッペン超えれる?”としか聞こえない。

その動画を見ている僕にも”いずれテッペン超えれる?”としか聞こえない。

その様が面白いのだけど、後になって、今日の昼間の会議を思い起こした。

僕は質問を受けて答えたつもりなのだけど、僕の伝えたかった意図は質問に答えるものではないと他の人からフィードバックを受けたのだ。

きっと傍目には「チップは含まれている?」に対して「いずれテッペンを超えらるよ」と答えたら全くチグハグになるのと同じ光景だったのだろう。

質問を聞いているようで聞いていないか、英会話伝言のように違うように聞いているのかもしれないよね。

そういえば、吉本興業社長の記者会見で、それ、質問に答えていないじゃん、と不誠実に感じることが多々あったけど、あれだけ長時間、質問に応じていたのだから本人は誠実に答えていたつもりだったのかもしれない。


止まってるよ






2019年10月29日火曜日

変化には意味がある

僕の会社では半年ごとに性格診断を行っている。

性格は変わりにくいものだけど、性格を成す要素には細かい変化が見られる。

この変化には意味がある。

例えば、半年前に比べて気持ちを切り替える特性が高まった。

おそらくこれは学習効果だ。

例えば、スーパーマリオみたいなゲームは、繰り返すことでコツを覚えて先に進めるようになる。

同じように何度も気持ちを切り替えるうちにその特性が高まるのだろう。

思い当たることもある。

そうすると、変化の意味は、経験と鍛錬だね。

逆に低まるものもある。

気持ちを切り替えてしまうことで、深めるとか立ち向かうといった特性は弱くなるかもしれない。

そうならないかもしれないけどね。

いずれにしても、変化を目の当たりにして僕たちはそれまでと違う自分や世界に気づくのだ。


古いもの新しもの





2019年10月28日月曜日

10月の入道雲

10月も下旬に入ったのに、昨日は空に大きな入道雲が出ていた。

トランプ大統領になってから地球温暖化はフェイクニュースのように扱われているけど、僕たちが環境に与えている影響は決して少なくないのだろう。

9月10月と立て続けに日本を襲った台風により、今までは考えられないような風が吹いたり、雨が降ったりしている。

被害も甚大だ。

多くの被災者が復興に向け大変な苦労をしている一方で、台風一過でこれまでと変わらなく忙しい日が続いている。

昨日は久しぶりにいい天気になった。

その青空に浮かんだ入道雲を作り出しているのはもしかしたら僕たちかもしれない。

そして入道雲の底が割れた時、大きな災害に見舞われるのも僕たちかもしれない。



すごいね

2019年10月27日日曜日

人は「オーダー(秩序)」になぜ抗うのか

僕のディスプリンは複雑系だ。

僕の思ったように決して世界は動かないけど、僕がちょっとでも変わると世界は変わるかもしれない。

そう信じ、それを実証するのが僕の人生だと信念を持っている。


複雑系での進化は、混沌(カオス)と秩序の縁で起きるものと考えられる。

スターウォーズでは、「オーダー」の存在が「悪」として描かれるけど、「悪」と「善(というより自由もしくは何が起こるかわからない状態)」の狭間に物語が描かれているのも興味深いよね。

おそらく、そこで未来が生まれることを誰もが知っているからなのでしょう。


振り返れば先週も僕は「秩序」と「混沌」の狭間に居た。

ブログの内容をみるに、できるだけ自身の「混沌」について考えていたのは、「秩序」に向き合う日々への反動だ。

そうやって、きっと僕は進化しようとしているのかもしれない。



(月)自腹に躊躇いのないことは何
買取要請を受けてのことだったけど、自腹に躊躇いはなかったから僕がやり遂げたいこととは、会社そのものなのかもしれない。

(火)自分を知る、ということ
でも、人間がすごいのはそんなこと全く関係なく自律して生きていけることかもしれない。

(水)来年2倍頑張るために必要なこと
今から来年が楽しみなのだ。

(木)同じ風に「考える」僕は一日にして成らず
まあ、”ローマは一日にして成らず” 同様、僕も月日を積み重ねた結果なので同じ風が簡単に変わる訳ではないけど同じ風に「考える」僕を知ることは、違う風に「考える」僕への一歩だろうからね。

(金)スター誕生という物語に潜む妄想
で、ね。僕たちは満たされない何かを投影して「物語」を作り出し、そしてそれによってあるべき世界を妄想しているのだろうね。

(土)イングランドは鶴翼の陣で勝ったのかもしれない
そのおかげで街も大いに盛り上がっていた。




2019年10月26日土曜日

イングランドは鶴翼の陣で勝ったのかもしれない


ラグビーワールドカップもいよいよ終盤を迎えた。

4強の顔ぶれは妥当なのだろうか、僕にはよくわからない。

もちろんニュージーランドが一番強そうという評判は知っているけどね。

今日は、そのニュージーランドとイングランドの準決勝があり下馬評を覆してイングランドが勝った。

試合に先駆けて行われるニュージーランドの「ハカ」という士気を高める儀式に対してイングランドは鶴翼の陣をとるなど、きっとニュージランドの全てに対して対策を練りに練ったのだろう。

そして勝った。

いや、見事だし、一層、ラグビーって面白いなと思った。

下馬評が低かった日本代表が見事に8強に入れたのも相当な準備の成果なのでしょう。

そのおかげで街も大いに盛り上がっていた。




この看板もあと少し

2019年10月25日金曜日

スター誕生という物語に潜む妄想

僕は今日、仕事を終えて家に帰りレディ・ガガ主演の「アリー/スター誕生」を観ていた。


「スター誕生」自体、もう4回目のリメイクだから話の筋はわかっている。

シンデレラが王様より認められてしまう、という話だよね。

僕はこの話には才能とかジェンダーとか男性優位社会とか色々な時代背景があるのではないかと思う。

今日、会社で服装に関する議論をしたのだけど、例えば男性はスーツ・ネクタイで女性はソフトカジュアルというのも社会的状況を抜きには語れないように、例えば、今の時代であれば、酔っぱらったパートナーの暴言は、セクハラ、アルハラ、モラハラ、そしてDVになってしまう。

最初の「スタア誕生」の時代はそれがハラスメントと言えないところに「物語」の世界があったのかもしれないよね。

ところで僕の犬はジャックラッセルテリアという犬種なのだけど、その犬種が主人公になっている「アーティスト」という映画があって、ストーリーの骨格は一緒なのだ。

つまりどの時代においても成功者の男性が堕ちていく一方で不遇の女性が成功するストーリーは物語の王道なのだ。

そこに自分と自分の未来を映し出している。

で、ね。僕たちは満たされない何かを投影して「物語」を作り出し、そしてそれによってあるべき世界を妄想しているのだろうね。



物語ることから妄想が生まれる


2019年10月24日木曜日

同じ風に「考える」僕は一日にして成らず

先日、共有スペースで仕事をしていたら隣のミーティングの話が聞こえてきた。

もちろん、聞き耳をたてることじゃないのだけど、ミーティングの終わりにリーダーらしき人が発した「日記を書かない人は現在しか生きていない」という一言が妙に耳に残った。

著名人の言葉らしい。

そこでネットで検索してみたのだけど残念ながら出てこなかった。

きっと何がしかの文脈の中に流れる主旨なのだろう。

さて、僕のブログは日記じゃない。

毎日書くのならばならば日記が良さそうだけど、記録することよりも「考える」習慣を持ちたかったので今の形を取っているのだ。

毎日「考える」をしてみてわかったことは、「考える」を「考える」つまりメタ思考の大切さかもしれない。

僕たちは意識しなくても毎日「考える」存在だ。

色々な人に出会ったり、様々な体験を軸に表現をすると文書は豊かになるのだけど、その背後で蠢いている「考える」は案外、習慣化してしまっている。

要するに、いつも同じ風に「考える」僕なのだ。

まあ、”ローマは一日にして成らず” 同様、僕も月日を積み重ねた結果なので同じ風が簡単に変わる訳ではないけど同じ風に「考える」僕を知ることは、違う風に「考える」僕への一歩だろうからね。


実はロボット?




2019年10月23日水曜日

来年2倍頑張るために必要なこと

僕はカレンダーをあまり使わない。

もう少し言うと卓上カレンダーとか壁掛けカレンダーとかあれば見るけど色々書き込んだり使わないのだ。

だから売り場がカレンダー一色になっても心は全くときめかない。

でも、ドコノコと言う犬猫SNSに投稿した写真でカレンダーを作るサービスがあって、昨年初めて作って見たらこれがすごく良い。

月ごとに選りすぐった愛犬のかわいい写真に会える。

そうすると今月も頑張ろうと思える。

目の前に当人(犬)がいるのだけどそう思えるのだから不思議である。

特に年末近くなるとどんな写真を選んだのかも忘れているのでとても新鮮なんだ。

これはきっと写真の力だよね。

映画では小道具で写真を使うことがあるけど、あれは映画の中だけではないのでしょう。

来年のカレンダーは先代犬のも作った。

だから来年は2倍頑張れる。

もとい、2倍楽しめる。

今から来年が楽しみなのだ。


今月のカレンダー



2019年10月22日火曜日

自分を知る、ということ

自分を知る方法は1つじゃない。

自分の見た目であれば、身長や体重を測る、鏡を見る、写真や動画を撮って見るなどが代表的かもしれない。

自分の内面であれば、日記を書いたり、診断のような内面を測るツールを使ったり、健康診断の血液検査なども内面のことだね。

過去の出来事にどう考え行動したのかも重要な手掛かりだ。

意識、行動、習慣、嗜好、体力、健康、知力などなど、「自分」にはいくつもの側面があって、それらが統合されたものが「自分」のように思えるけど、実はいつでも環境とホリスティックかつコヒーレントな関係にいるのが「自分」だからね。

でも、人間がすごいのはそんなこと全く関係なく自律して生きていけることかもしれない。


椅子を知る



2019年10月21日月曜日

自腹に躊躇いのないことは何

先週、僕はこれまで多くの新規事業を手掛け、上場を果たしてきた守屋さんとお会いする機会を頂いた。

会社のメンバーと一緒のご挨拶だったのだけど、とても大切な仕事のアドバイスを貰った。

特に”新規事業は必ずやり遂げる意志を持ってやらなければうまくいかない”のメッセージは、これまでいくつも成し遂げてきた人こそのリアリティだと感じた。

そう、「感じる」のだ。

きっとそうだ、とね。

そしてもう一つ、”自分のやりたいようにしたいのなら自腹で”と言うのも説得力があった。

僕たちが会社の仕事として向き合うことには様々な制約が課せられてる。

ほとんどの場合、「自分の好きにはできない」制約の中で結果を出すことが求められているのだね。

ところでそんな話を聴きながら僕は自問した。

「僕が自腹でもやり遂げたいことは何だろう」


困ったことに思い当たらない。

はてさて、どうしたものかと考えながら、そういえば、昔、会社の株式を引き受けたことを思い出した。

買取要請を受けてのことだったけど、自腹に躊躇いはなかったから僕がやり遂げたいこととは、会社そのものなのかもしれない。



ゲーム?








2019年10月20日日曜日

さあ、自分の部屋から外によう

僕はこのところ「キャリアとは人生だ」と題して、自分のキャリアが仕事と言うより人生そのものだと回顧していた。

こういった振り返りを月曜日まで続けていたのだけど、火曜日からはスポーツと複雑系、iPS細胞の山中教授とその恩師、産後ケアを知ったカフェゼミ51th、喜怒哀楽の激しかった1日、そして僕と環境の関係を考えてみた。

僕の旅路をひとまず置いておいて、メタに出来事を捉え直した1週間だったと言えるのだろう。

これは自然にではなく、かなり意図的だった。

自分の見ている視野で考えるとなんだか窒息しそうだったからね。

狭い部屋から広い空の下に出るような、と言えばわかりやすいかもしれない。

どうやら僕の部屋は今、息苦しいのだろう。


(月)キャリアとは人生だ 第三弾
キャリア意識、そしてポジティブな転職なんていう気分じゃない。もうちょっと続けよう。

(火)ラグビー?サッカー?それともバレー?
そしてスター選手やドラマを生み出すことを考えると、単純なルールが予測不能はドラマを作り出すスポーツも複雑系ということなのでしょう。

(水)ビジョンアンドワークハード
誰にでも得意不得意があるので仕方ないと思う一方で、それを越えてVと Wを同時に体現することはビジネスパーソンのあるべき姿でもあると言えるかもしれない。

(木)産後に埋め込まれた学習とは カフェゼミ51th
その身近なヒントが「産後」という状況に埋め込まれているのかもしれない。

(金)フロー理論と放射線崩壊と僕の金曜日
ほんと、色々な出来事のある1日だったね。

(土)僕たちは周囲から影響を受け、影響を与える存在なんだ
もちろん、自分の好みに会うからより影響を受けやすいのだろうけどね。


自分の外に出よう



2019年10月19日土曜日

僕たちは周囲から影響を受け、影響を与える存在なんだ

僕は今晩、映画「ボヘビアン・ラプソディ」のWOWOWの放送で観ていた。

映画の中で描かれるていたのは1975年くらいから1985年、ちょうど僕の中学から大学と被っている。

中学生の僕の音楽はほぼ1学年上の兄の影響で、カーペンターズ、ビートルズ、そしてクイーンなどを聞いていた。

そして中学でバンドを組んだ時、一番最初にコピーを企んだうちの一曲が「キラークイーン」だったのでクイーンは思い出深いのだよね。

もちろん、その出来の酷さも含めてだけど・・・。

さて、音楽に限らず、僕たちが何か新しいもの学ぶ時、身近な人から大きな影響を受けている。

当人にとってみれば、自然で当たり前なのであまり影響を受けているような気はしないかもしれないけど実はその後の人生にも影響を与えるほど大きい。

だから、家庭にしても職場にしても僕たちは周囲から受ける影響、周囲に与える影響を軽んじてはいけないのだろう。

例えば、もし僕が兄からフォークソングの影響をより強く受けていたら、バンドでコピーしようとしたのはかぐや姫だったかもしれなくて、大人になってからもフォーク好きの人と気が合ってかぐや姫のコンサートに行ったのかもしれない。

もちろん、自分の好みに会うからより影響を受けやすいのだろうけどね。


もうすぐ


2019年10月18日金曜日

フロー理論と放射線崩壊と僕の金曜日

今日は色々な出来事のある一日だった。

金曜日だしね。

特に、冷静、怒り、勇気、葛藤、などなど、まるでチクセントミハイのフロー理論の8つの精神状態「不安、心配、無気力、退屈、くつろぎ、コントロール、覚醒」を1日の中で経験したような感じ。

料理で言えばフルコースだね。

こんな日は珍しい。

しかも「放射線崩壊」みたいに最後には安定している自分がいる。

怒りも最後にはその源を手放すことに挑みため込まずにいる。

だから僕の犬も安心して傍で寝ているのでしょう。

ほんと、色々な出来事のある1日だったね。


おやすみ、地球





2019年10月17日木曜日

産後に埋め込まれた学習とは カフェゼミ51th

僕は今日、会社主催のセミナーにラップアップで登壇し、「学習は状況に埋め込まれている」(レーベ、ヴェグナー1993)と言う一文を引用した。

社員や組織が成長するためには、社会的実践が必要で、社員は内面を育み行動を、組織は学習により戦略により状況を変える必要があると纏めたのだ。

さて、セミナー終了後、懇親会があったのだけど僕は懇親会を抜け出して、法政大学長岡ゼミの「カフェゼミ」に参加した。

立場として顰蹙ものだけど、僕の会社への貢献はきっと「カフェゼミ」の方が大きいだろう。

「カフェゼミ」は大学のゼミを公開する取組で、今日は「ワークシフトの実践知は可能か?」というタイトルでテーマは「働き方の“未来の常識”を考える」ことだ。

そして、”産後ケアに取り組む社会起業家の吉岡マコさん(認定NPO法人マドレボニータ 理事長)をお招き(イベントページから抜粋)”し話を聞いた。

出産までは手厚いけど、産後は新生児にケアが集中し、母親は孤立した状況の中で自分だけでなんとかしなくてはならない状況にあること、厚労省は産後うつを11人にひとりと言うけど、うつ直前は8割に近いこと、産後のケアが疎かになることで母親だけでなく、子供も、そして夫婦関係にも大きな悪い影響があるのだそうだ。

そして、吉岡さんはこの状況を改善するために起業したのである。

話を聞きながら僕は、「産後」という状況が吉岡さんの学びと統合的かつ不可分であること、つまり吉岡さんの学習は「産後に埋め込まれている」と思った。

長岡先生はこの問題の背景に潜む一方向的キャリア観(人格=キャリア=行動の一体化)に触れていたのだけど、母親にとって子供が主語(○○ちゃんママ)ではなく自身が主語になるという、話を聞けば当たり前に思えることですら、実は僕たちのワークシフト(リンダ・グラットン)の対象だと知って衝撃を受けた。

そういうものであっておかしいと感じていない自分に対して、ね。

僕たちは僕たちの当たり前にしてしまった経験にどうすれば内省、意味づけをしその本質と向き合ってワークシフトすることができるのだろうか。

その身近なヒントが「産後」という状況に埋め込まれているのかもしれない。


成長し続ける人たち



2019年10月16日水曜日

ビジョンアンドワークハード

NHKの100年インタビューでiPS細胞の山中教授がインタビュアーの質問に応えている。

その中で、山中教授が恩師から貰った研究者にとって最も大切な言葉として「ビジョンアンドワークハード(VW)」が紹介された。

人の3倍も研究に没頭していた山中教授に、何を成し遂げるのかビジョンを忘れてはいけないという戒めだったらしい。

例えば、良い論文を書きたいとか、研究費をたくさん集めたいとか、ワークハードしているとついそういった目先のことに目を奪われてビジョンを忘れてしまう。

何を成し遂げたいのか、社会にどう役立てるのか、ビジョンを常に抱き、そしてビジョンを掲げるだけでなく誰よりも一生懸命に研究する。

これを実践するとノーベル賞がもらえることを山中教授は実証したわけだよね。


さて、このVW、研究者に大切なだけでなく、僕たちの仕事にも言えるだろう。

一生懸命やっているけど、何を目指すのか考えられていない。

何をなずべきか常に語っているけど、自ら汗をかこうとしない。

誰にでも得意不得意があるので仕方ないと思う一方で、それを越えてVと Wを同時に体現することはビジネスパーソンのあるべき姿でもあると言えるかもしれない。


うまうま

2019年10月15日火曜日

ラグビー?サッカー?それともバレー?

三連休開け、週明けの火曜日、僕は仕事を終えて日本代表のサッカーを見ている。

このところラグビーワルドカップでの日本代表戦が話題を占めて、サッカーやバレーボールはやや影が薄い印象かもしれない。

さて、サッカーを見ていると、ラグビーとの違いが面白いよね。

サッカーは相手を倒すとファールだけど、ラグビーは相手を倒す競技だ。

ラグビーはボールを手に持って前に運ぶけど、サッカーは手を使うと反則である。

サッカーの選手は体は細くスマートだけど体幹が強く足が太い。

ラグビーの選手は体も体幹も筋力も人間離れしていて超人ハルクみたい。

共にボールを扱うスポーツだけどルールが違うとここまで違ってくるのかというくらい違う。

これはバレーボールも、だね。


ルールの違いは身体的特徴と相まってプレイヤーの向き不向きを際立たせる。

そしてスター選手やドラマを生み出すことを考えると、単純なルールが予測不能はドラマを作り出すスポーツも複雑系ということなのでしょう。


力が抜けるなぁ


2019年10月14日月曜日

キャリアとは人生だ 第三弾

この一連のブログはあくまでも僕個人のキャリアという人生に関するものだ。

だから、多くの人が学んだキャリア論とは違っているかもしれない。

さて、銀行時代、体重が1年で62kgから55kgに減った。

身長は171cmだから、かなり痩せ細った感じだね。

渦中にいた僕はあまり気にしていなかったけど、親は大変心配していて何度も銀行を辞めることを薦めていた。

新卒が新しい環境に適応する中で気づけづに心身を喪失する、今思えば他人事じゃなかったのかもしれない。

そんな銀行時代の転機になったのは計らずしも銀行が僕に与えてくれた外部集合研修という機会だった。

どういう基準で選抜されるのか知らないけど3ヶ月間、他の銀行などと一緒の合宿研修で僕は家業以来、再びひたむきに仕事に向き合う中小企業と向き合っていた。

支店で仕事をしている時は、会社の売上、収益、担保、関連預金にしか関心がなかったのだけど、真剣に誇りを持って仕事をしている人たちに向き合う機会は僕にとって改めて人生でありキャリアを考えることを促したのだ。


さて、僕が最初に配属された支店の支店長は銀行で最年長、戦争の記憶もまだあって、軍隊かぶれの時代錯誤支店長だったのだけど、研修から戻って配属された支店でも営業成績の連帯責任という、隣組みたいな仕組みがあって異動後すぐにもう無理だと思った。

ただ、当時は当時の銀行の仕組みに適応できないことが恥ずかしく、とても申し訳なくもあった。

だから、キャリアチェンジをする時はまるで敗戦みたいな心境だったね。

キャリアというより戦えずに生き残ってしまった兵士みたいなものかもしれない。

キャリア意識、そしてポジティブな転職なんていう気分じゃない。もうちょっと続けよう。


色々なキャリア、はたまた色々な人生




2019年10月13日日曜日

キャリアとは人生だ 閑話休題編

一昨日、昨日と、大学まで、就活とファーストキャリアまでについて2回書いた。

本来であれば日曜日は1週間のブログの振り返りなのだけど、たまたまネットで見たニュースに強く揺り動かされたので閑話休題編としてみた。

39歳で妻に先立たれた「企業戦士」、「孤独だった」後悔だらけの子育て 20年経った子どもの思いは……

僕はこの記事の男性のような事情はなく、また長期間でも子供も小さくもなかったけど、9ヶ月「ワンオペ」をしたことがある。

当時は「ワンオペ」という言葉は無くて自分では「クレイマー、クレイマー」とか呼んでいた。

僕にとってその経験は人生にとっても、そしてキャリアにとっても大きなものとなった。

さて、この記事の中で、男性が上司との会食に向けて必死に準備をしたのにあっさりと上司からキャンセルされた件、僕にはそんな酷い経験は無いけど、家庭を守り子育てをする女性にとってみたら決して珍しいことではないだろう。

メールやラインで「今晩、会食で夕飯いらない」なんてきっと良くある出来事だ。

そう思った時、キャリアと人生を分けて考えるのはなんだか仕事を中心に据えるためのご都合主義に思えてきた。

仕事は仕事、人生は人生となると、「仕事のために」が生まれてきて、話の中で出てくる上司のように用事を優先させて他者の人生を軽んじることになるのでしょう。


もちろん、仕事だけがキャリア論ではないけど、実際に僕ら働く人たちが「働くこと」は会社という場所だけにあるものじゃないことを忘れがちでは?ということなのかもしれない。


自然を分つことはできない










2019年10月12日土曜日

キャリアとは人生だ 第二話

大学を卒業し、就職する際に僕が考えていたのは最初、不動産だった。

一つ上の兄が目指していたので社名を良く知っていたことと、デベロッパーの仕事はやることがわかりやすく興味を持ったのだよね。

でも、色んな経緯があって、銀行に就職することになった。

会社を経営している親にとっても銀行のイメージが良く、また、大学のゼミでも金融は人気があったので、なんだかそれで良い気がしていたのです。

銀行に入って行ったのは、金勘定と預金集めと金貸し、その見習いと担当である。

当時僕にとって銀行といえば、最新のコンピュータを使って仕事をする職場と思っていたけど、職場で使わされたのはソロバン・・・

実家の会社には5つ玉の大きなソロバンがあって転がして遊んだ記憶があったのだけど、まさか大学を卒業してソロバンを使うことになるとは考えていなかった。

それで、僕の銀行員キャリアイメージは勤め始めて3日目で消えさり、週6日、朝7時から夜11時まで、1日15時間のセブンイレブン丁稚生活が始まったのでしたとさ。

ちなみに1日7時間の残業だから20日として140時間だけど、もらった残業代は10時間固定でした。

こんな悲惨な仕事振りはキャリアなんてものではなく、人生そのものだと、今振り返っても思うのです。 さらに続きます。


そんなのキャリアじゃねぇ





2019年10月11日金曜日

キャリアとは人生だ 第一話

もし僕が「キャリアとは何?」と問われたら、おそらく「人生」と応えるだろう。

というのも、僕のキャリアは「人生」と一緒だからだ。

例えば、社会人になる前、小さな頃から問屋で育った僕には毎日、目の前に仕事があった。

だから働くとはどんなことか朧げに気づいていたのかもしれない。

大学での学びは産業社会学組織論や女性の権利の擁護など、学んだことがその後の人生に強く引き継がれたものと、卒業のために楽に単位が稼げて記憶にも残らないものに大きくは分かれてくる。

残念ながら経済学部で学んだことは、社会に出て役に立つことなかった。

また明日に続けよう。


ぺろん

2019年10月10日木曜日

成長できない人は成長できていないことに気づいていない

不思議だけど「成長」しているかいないかは本人よりも周囲が先に気づいている。

もちろん、他人に全く興味が無い人は人の成長に気づけないけどね。

例えば、久しぶりに会った友人が大きな会社の取締役になっているとする。

きっと本人は社会的立場を得て充実感に満ちているのだろうけど、なんだ距離があってかかつてのように話が進まないと、その人の変化を感じても成長は感じないだろう。

ああ、以前とは変わってしまったな。とね。

他にも、国会議員に選ばれたけど言動が幼稚で成長を感じられない人、のようなケースも少なからずある。

大企業の取締役にしろ国会議員にしろ、もし昔以上に、距離が近く親密さを感じられるようになっていたとしたら人間の器が大きくなったように、つまり成長したと感じられるかもしれないね。

物事を捉える視座が高くなることは間違いなく「成長」を意味するけど、社会的立場が高くなっても足元が見えなくなるのであれば、それは「成長」を意味するものではないのでしょう。


僕たちの「成長」を知っているのは「本人」じゃなく「他人」である。

だから、自分が「成長」しているのか知りたければまず「他人」に聞くべきだろう。

「私は以前よりも成長していますか?」

本当に成長したい人は、自分がまだまだ成長できていないと思っているので「他人」のフィードバックを謙虚に受け止められるだろう。

謙虚に受け止められない人は、実は自分が成長できていないとは考えていないから、例えフィードバックを受けたとしても成長の機会を逸してしまうし、そもそもそういう人にはよいフィードバックは無いのかもしれないよね。


登れない、かな






2019年10月9日水曜日

組織と個人の成長はかくも違う

組織も個人も色々な経験を通じて成長する。

最近ではエクスペリエンスと言った方が旬なのかもしれない。

ところが成長の仕方は異なる。

個人は、経験学習サイクルのように、経験から本人がその人なりの教訓を得て成長するのに対して、組織は、経験から導かれる結果と戦略を共同で利用することで成長する。

わかりやすく言い換えると、個人は経験により内面を育て、組織は経験の共有(情報のコモンズ化)により秩序を育てるのだ。

だから、個人にはストーリーが、組織にはカルチャーが生まれる。

一方で似ているのは、双方ともに外から見えずらくわかりにくいことかもしれない。

個人であれば近くに、組織であればその内部に一定期間いないと正しく理解することは困難だよね。

で、ね。組織の中の個人の成長となると更にとらえにくいものであることは間違いないよね。


秘かなものは外からわからない

2019年10月8日火曜日

御布令によるご法度よりもわかりにくい忖度

昔、ある会社と会議を行った時、その会社の序列に沿ってずらっと10名ほどが並んだことがあった。

あとで聞いた話だけど、その会社では上位の人が話をする前は下の人が会議で口を開くのはご法度らしい。

たいそう驚いた記憶があるのだけど、ひょっとしたら僕の会社でも同じことが起きているのかもしれない。

なぜならいつも会議で積極的に発言をするのが同じ顔ぶれだからだ。

これは一大事である。

そして、積極的に発言するその中の一人は間違いなく僕なのだけど、残念ながら僕には他の人の発言を抑止している自覚が無い。

僕の会社で御布令は出ていないので最近流行りの忖度なのだろうか。

で、ね。それを確かめるためにしばらく傾聴に徹して見ようかと思うので、会議の中で僕に話を振らないでね。


値引き販売品





2019年10月7日月曜日

経験学習を考えよう

コルブの経験学習サイクルと言う理論がある。

要は、経験から教訓を得て新しい経験を積むことで、経験+経験+経験+経験・・・ではダメだよ、とのことでもある。

To see the world, Things dangerous to come to,
To see behind walls, To draw closer,
To find each other and to feel.
That is the purpose of life.

これは映画「LIFE!」で紹介されるライフ誌のスローガンなのだけど、世界を見て、危険に立ち向かい、壁の裏を覗き、もっと近づき、お互いを知り合い、感じあう、と色々な経験を掲げている。

それが人生の目的、と述べている。

では、見ることや立ち向かうこと、覗き見ること知り合うことが人生の目的かといえば、僕はそうではないと思う。

それらの経験を積むことが人生だとしたら、経験を通じて得る何かが人生の目的だと考えのだ。

ライフ誌のスローガンもきっとそんなことを伝えているのだろう。


僕たちの人生は経験で溢れているけど、その山ほどの経験をぎゅっと圧縮して僕たちは心の中に宿す。

Life is about having fun, saving others, finding someone to be with, not getting upset over the past or the future, and living for today.

映画「A Dog's Purpose」のエンディングでは、犬の目的は「日々を生きること」と結んでいる。

もう少し踏み込むならば、僕たちも犬も日々いろいろな経験をしながら学び活かし自分らしさを生み出しているのかもしれない。


経験から人生の目的を学ぶ


2019年10月6日日曜日

Bucket List を考える Bucket List で考える

僕は今日の昼、テレビで「最高の人生の見つけ方(The Bucket List)」を観ていた。

ジャック・ニコルソンとモーガン・フリーマンのものでこれまで何回も観ているけど、観るたびに感銘を受ける。

映画の中でも出てきた話だけど、僕が死ぬ前にやっておきたいことが若い頃とはだいぶ違ってきたように思う。

そもそも若い頃は「死ぬ前」とか考えないからね。

スティーブ・ジョブズは毎朝自分に以下のように問いかけていたと言われている。
「もし今日が人生最後の日だったら、僕は今からすることを“したい”と思うだろうか? その質問に対して、あまりにもノーが毎日続くようなら、それは何かを変えないといけない証拠だろう」

本当かどうか分からなけれども、死を身近に捉えて今するべきを考えることは「自分の本当」を見つけるよい手段なのかもしれない。

そんな観点で先週のブログをBucket Listにしてみよう。

  • 色々あってもぼーっと生きる
  • どんな時でも好きな服装をする
  • 火事場に飛び込み誰かの役に立ち成長を遂げる
  • 幸せになれる話し合いをする
  • 最高の秋の味覚を愉しむ
  • 他人に振り回されない自分の物語を刻む

なんだか前向き感があってよいのではないだろうか。


(月)○○前夜の夜は更けて
しかし、資本主義の世界で暮らしているはずなのに膨大な社会保障費を背負うなんてなんだか皮肉なことになっているのではないだろうか、なんてぼーっと生きているけど、叱らないでね。

(火)規律と自由を服装から考える
その観点でいえば、戦略、規範など規律を重んじる人と独創性や個性を重んじる人の差が冒頭のような意見の対立になるのかもしれない。

(水)成長は火事場の馬鹿力から?
もちろん炎上案件や土壇場だけが仕事経験じゃないけど、拡張形成理論のようにちょっと無理すること、そこに踏み込めるマインドセットを培っているかいないかがポイントなのかもしれない。

(木)話し合えるという幸せ
相性、主義信条、思想、美学、真実、感情など僕たちは山ほど行き違う要素を備えているのだけど、基礎信頼があればそれらは乗り越えられるのかもしれない。

(金)自画持参「秋の味覚」について
トークに当たった人は苦労していたけど、面白いテーマだったね。

(土)物語が力になる個人、事実で決める組織
で、ね。それを考えるとステークホルダーって結局は他人なんだよね。


終わり


2019年10月5日土曜日

物語が力になる個人、事実で決める組織

誰にでもその人の物語がある。

そして物語はその人を勇気づけ、力づけるものだ。

しかし、物語はその人のものであって誰かを勇気づけるものとは限らない。

人によっては、誰かの物語は無意味なものでしかない。

そこで組織にとって、いや組織とその組織を取り巻く人々にとって意味があるのは事実だ。

「なぜ」ではなく「これ」なんだよね。

もう少しわかりやすく言うと「なぜこうしているのか」じゃなくて「こうして良いのか」ということ。

これ、不思議だよね。

誰でも自分事であれば物語るのに、他人事になると物語はノンフィクションになる。

それはきっと、理解するのも楽じゃないからかもしれない。

で、ね。それを考えるとステークホルダーって結局は他人なんだよね。


僕の物語と他人にとっての事実





2019年10月4日金曜日

自画持参「秋の味覚」について

今日は10月の第一金曜日、自画持参がちゃトークの日だ。

トークのテーマは「秋の味覚」。

長岡さんの思い浮かんだテーマだったのだけど、「秋の味覚で一番好きなものは何」みたいな「がちゃ」が連続して、しかも同じ人が4回中3回当選したのでなんだか笑いの絶えない対話の時間だった。

さて、僕たちは今、「成長」について常々議論を行なっている。

そして、僕たちの内面を「ふみだし」「つながり」「やりきり」「ふかぼり」の4つの象限に分けて考えるのだけど、これを「秋の味覚」よろしく考えると「春」「夏」「秋」「冬」に例えられそうだ。

勢いよく芽吹いたり、桜が一斉に開花する「春」、多くの葉が茂り活気に満ちる「夏」、実りをつけ色々な役割を果たす「秋」、深く静かに春に向けて力を蓄える「冬」と言った感じにね。

だから「秋の味覚」とは様々な種類の実りを味わうことでもある。

でも、「秋の味覚」を味わうためには、「冬」も「春」も「夏」も欠かすことができない。

そう、「秋の味覚」とは一年の営みを知ることでもあるのだ。

トークに当たった人は苦労していたけど、面白いテーマだったね。


一番最初のトーク



2019年10月3日木曜日

話し合えるという幸せ

色々なことを話し合う。

しかも、相手にとっては決して心地よいと思えないようなことも含めて。

今日1日はそんな日だった。

でもちょっと考えると色々なことを話し合えるのはとても幸せだ。

なぜなら、仲の悪い人とは色々なことが話し合えないからね。

もちろん、行き違い、誤解などは場面場面で多々あるのだけど、話す、聞くという関係性には基礎信頼が横たわっている。

隣国とのニュースや、香港デモなどを見るに基礎信頼があることは本当に大事だ。

相性、主義信条、思想、美学、真実、感情など僕たちは山ほど行き違う要素を備えているのだけど、基礎信頼があればそれらは乗り越えられるのかもしれない。


秋ブレンド


2019年10月2日水曜日

成長は火事場の馬鹿力から?

僕たちの周りには複雑な仕事、困難な仕事が少なくない。

そういった中でも急ぎ解決しなければならない仕事がある。

「炎上案件」などと呼ばれ、その火消しには多くの場合、火消しのスペシャリストが登場する。

そういった火消しスペシャリストはいくつもの炎上案件を通じてスペシャリストになった人たちでもある。

火災現場と消防士の関係と同じなのかもしれない。

さて、以前、とある会社で「土壇場力」という表現を聞いたことがある。

土壇場をいくつも経験することによって土壇場に強くなるのだそうだ。

これ、一つ間違えるとブラック企業とか言われかねないご時世なのだけど、僕たちの社会はそういうスペシャリストに救われていることも事実なのだよね。

もちろん炎上案件や土壇場だけが仕事経験じゃないけど、拡張形成理論のようにちょっと無理すること、そこに踏み込めるマインドセットを培っているかいないかがポイントなのかもしれない。


馬鹿力が地球を救う


2019年10月1日火曜日

規律と自由を服装から考える

日本の企業でも服装のカジュアル化が進み、ネクタイやスーツを作っている会社は苦労していることだろう。

クールビズが定着して夏以外でもカジュアルになる会社も確実に増えている。

一方、アパレル業界の景気が良いという話は聞いたことがない。

ビジネスシーンにおけるソフトカジュアル、ファストファッション化もさらに加速しているのではないだろうか。

世界経済を牽引している企業を見るに、今や従業員の服装とパフォーマンスは別物なのかもしれない。

なぜ、こんなことを書いているのかというと、会社でドレスコードに関する話が出たのだ。

クールビズが終わって、ネクタイ、ジャケット着用(内勤時は、外してOK )か、そもそもネクタイ、ジャケットの意味(仕事の成果とは関係ないのに)がわからないとの意見もある。

さて、僕は「服装と個人パフォーマンスは関係ないかもしれないけど、規律と組織パフォーマンスは関係ある」と考えている。

例えば、今盛り上がっているラグビーなどのチームスポーツは、規律の体現としてユニフォームを着用する。

そして、多くのサポーターも同じ服装で応援する。

チーム内の個人がどんなに優れた選手だったとしても、好き勝手な格好はできない。

僕は専門家ではないのでユニフォームとチームプレーの関係はわからないけど、ルールや規律、もう少し言い方を変えると秩序の存在は、チームパフォーマンスに役立っているのかもしれない。

スポーツじゃないけど、軍隊など規律が重んじられる組織でもはっきりとしたドレスコードが存在するよね。

その観点でいえば、戦略、規範など規律を重んじる人と独創性や個性を重んじる人の差が冒頭のような意見の対立になるのかもしれない。


みんなにっこり