似ているけど、うんと異なる。
例えば、口をきいてくれない、無視をする、のけ者にする、誘わない。
「仲間外れ」は「いじめ」の定番といえるかもしれない。
さて、「いじめ」でなくても「仲間外れ」は相手にかなり嫌な想いをさせる。
無意識であってもね。
僕も「仲間外れ」にされるのは大の苦手だ。
多感な頃は結構、傷ついたものだ。
その後、経験により傷つかない術を身につけた。
それは仲間意識を持たないことだね。
そもそも仲間意識というのは下手をすると相手に依存する関係性だ。
たまたま、同じ時期に同じ場所で過ごす。
だから同じ悩みを持っているけど、ただそれだけで、分かち合っているわけではない人々は少なくない。
だから、それに依存する自らの心に気づき、依存しない関係を自覚することは大切だ。
そうすると、誘われなかったことも全く気にならなくなる。
依存されて嬉しい人や、仲間外れの経験をもつ人にしたなんだか寂しい思いがするかもしれないけどそれも依存といえるだろう。
もし気になったらは、その時に自分の依存心に気づくことができる。
要するに、仲間、と仲間意識は違うものなのだ。
で、ね。どう違うかと言えば、同じ目的で互いに信頼し合うのが仲間なら、その前提を軽んじて悩みがあれば仲間と考えてしまうのが仲間意識だね。
そう思うと仲間の姿が見えてくるのかもしれない。
仲間はだーれだ


























