2024年5月31日金曜日

充実感は人生の意味と違う。

 ロゴスセラピーの創始者であり、夜と霧で有名な精神科医ビクトールフランクルについてNHKのこころの時代という番組で放送しているそれでも人生には意味があるというサブタイトルが全てを物語っている、僕らにはどこかしら、充実し幸福感に満ちた人生こそが大事だという素朴理論があるし、アリストテレスも幸福を人生の究極目的としている、しかしフランクルは、絶滅収容所での過酷な日々を生き抜いて人生の意味に至るのだけれども、そこには、充実感も幸福感も微塵も存在しない、むしろ喪失と抑圧による苦痛に満ちた人生なのである。そのフランクルの人生に接すると、幸福を究極目的とする信念のほうが軽率に思えてしまう。高い充実感を持つことよりも、意味を見出すことのほうが人生においては、気にすべきことなのである。人生は常に、充実や幸福に満たされているわけではないから、そうでないときにこそ、生きる意味に出会うことが心を健やかに整え困難を乗り越えていくマインドセットをくれるのである。



2024年5月30日木曜日

必要なのは手法でなく着眼点

 分析と言う行為には常に、評価と発見の繰り返しが潜んでいる。批判的態度が重要だが、そのアプローチにおいては創造的態度が大きな役割を果たすことが多い、どのような視点から分析を行うのかは、新奇性が役立つからである。例えば、分析には横断分析と縦断分析がある。横断分析は、ある瞬間の集団を輪切りにすることで、その集団の全体傾向や構成要素の相対比較を行うのに適しているがその瞬間以降のことを予測するのには適していない。これからを分析するには縦断分析の方が適している、社会人のキャリアや、消費予測などを行う際は、ある瞬間の相対的状態よりも、どこから来ていまどこにいるのかを知り、これからどこに行こうとするのかを知ることの方が合理的だからだ、企業の採用活動では、応募者を相対比較しながら、職歴や経歴などから将来予測を行うという複合的な分析を行っているので、批判的態度(優劣を見極める)と創造的態度(未来の可能性を見出す)を統合させ時に切替えることが求められるのだ、その際に必要なのが着眼点なのである。



2024年5月29日水曜日

経路分析の可能性。

 サンキーダイヤグラムを使った経路分析は将来予測に役立つ筆者もかつてとある高級消費財でこの分析を行ったことがあるが、消費は様々な要因が複雑に絡み合っているのでモデル化は難しかった。しかし医療分野での分析脳卒中者における急性期退院後のリハビリ経路では明確に予測が成立している。企業の採用入社後の活躍や学校での学習成果の予測などもっと活用されてよい縦断的分析法なのである。

サンキーダイヤグラム



2024年5月28日火曜日

なぜ伝わらないのか。

コミュニケーションには情報を伝達するという 目的がある、伝えると伝わるという機能の統合がコミュニケーションなのだ


   ペラペラ と 喋れる よう に なる 必要 は ない。 きちんと 自己紹介 が できる。 必要 に 応じ て 大きな 声 が 出せる。 繰り返す が、「 そのその 程度 の こと」 で いい の だ。「 その 程度 の こと」 を 楽しく 学ん で いく すべ は きっと ある。

日本 では、 コミュニケーション 能力 を 先天的 で 決定的 な 個人 の 資質、 あるいは 本人 の 努力 など 人格 に 関わる 深刻 な もの と 捉える 傾向 が あり、 それ が 問題 を 無用 に 複雑 化 し て いる と 私 は 感じ て いる。 

平田オリザ. わかりあえないことから コミュニケーション能力とは何か (講談社現代新書) (Kindle の位置No.312). 講談社. Kindle 版. 

平田オリザ氏は. わかりあえないことから コミュニケーション能力とは何かでこのように書いている

伝えるという観点からはオリザ氏の指摘は適切であるが、伝わるという機能はまた別物である。

伝わるという機能は。常に受け手にとっての学びである。

学び とは、 自分 の 経験 し た 個別 具体 例 に対して 自分 なりに わかり やすい まとめ を つくっ て み て、 それ が 適用 できる 範囲 と そう で ない もの とが ある こと を 知り、 想定外 の 事例 にも 適用 できる まとめ へと つくり 直し て いく こと で、 適用 範囲 の 広い 知識 を つくっ て いく こと だ と 言え ます。

白水 始. 対話力 (p.36). 東洋館出版社. Kindle 版. 

この学びに関する記述は、コミュニケーションの伝わる機能にそのまま適応できるものである、伝わるとは受け手が、伝え手の意図に沿って知識を駆使できる状態に至っていることこれを腹落ちとも呼ぶ、なのである。コミュニケーションとは、必要に応じて大きな声が出せること、と、学びの複合的な働きであって、共創空間なのである。

それ故、なぜ伝わらないのかと言えば、伝えていないからと腹落ちできていないのいずれかもしくはいずれもなのである、念力では伝わらないし学ぼうとする謙虚さが無くても伝わらない。




2024年5月27日月曜日

それでも人生には意味がある。

 言葉は誰でも使えるけれどやはり使う人によってその重さが変わってくる、あまりにも過酷で凄惨だったことが知られるアウシュビッツ虐殺収容所の生き残りであるヴィクトールフランクルが「それでも人生には意味がある」と言うのだから間違いなく人生には意味がある。フランクルはロゴセラピーの創始者でもあるが。ロゴスというのはギリシャ語で「意味」なのだそう。意味が人の心に大きな働きを果たしていることをフランクルは頭でなく身体で理解しているのだ。クモ膜下出血で2度の手術を経て活躍し続ける星野源さんも。塩見三省さんもそれぞれの立場から、脳卒中という病経験をその後の人生と併せて記述し、人生の意味を語る。いずれにしても、人生の意味は思索ではなく、身体知である。ということだ、しかし、死を覚悟するような苛烈な経験による身体知ではなく、ごく普通の日常体験の中に意味があるのだという事を皆伝えようとされている。言い換えるなら、人生の意味はドラマじゃなくジャーナルだということだ。


2024年5月26日日曜日

閃きと導き人生の驚きはどっちにあり?

 韻をふんだ日曜朝のブログは、AIとの対話から初めてみた

人生において、閃きと導きは異なる役割を果たします。以下にそれぞれの意味と重要性を説明します。

どちらも人生において重要であり、バランスを保つことが大切です。閃きは私たちの心を豊かにし、成長を促進します。一方、導きは私たちが方向性を見つけ、目標に向かって進むための指針となります。324

1: 「ひらめきが要る時は「この4つ」をやるといい | 天才の閃きを …」 3: トーマス・エジソンの名言 天才とは…99%の…の意味と人生に … 2: スピリチュアル的な「導き」が人生を左右する!魂の … 4: ハイヤーセルフとは?意味や役割、繋がる方法と驚きの効果を …

驚きはどっちにありとは答えないAIとまだまだ韻をふみ続けるのだけれども大きいキーワードが出てきた。「あなたにしか見えない」「指針」である。ハイデッガーが「存在と時間」」で記述した本来的な存在で在るためには誰かと交換可能でないことが核心なのである。世人 に 支配 さ れ て いる 現存在 は、「 誰 でも ない 誰か」 で あり、 その 意味 で 他 の 誰か と「 交換 可能」 な もの として 存在 し て い ます。「 私」 は、 誰 かの 代わり に 空気 を 読ん だ 行動 を 行う こと が でき ます。

日本放送協会; NHK出版. NHK 100分 de 名著 ハイデガー『存在と時間』 2022年 4月 [雑誌] (NHKテキスト) (pp.67-68). NHK出版. Kindle 版.

貴方にしか見えないものにおいてあなたは交換出来ない存在である。閃きと導きの違いはどうやらそこにあり。と最後も韻を踏んで締めくくろう。



 


2024年5月25日土曜日

統計か個性か統計は人の運命じゃない

 統計データと言うのは全体の状態を知るにはべんりであるが、個性を縮約してしまうという大いなる欠点もある。一時統計は最強の学問だとまで言われたけれど、その際その欠点、問題点にあまり触れられることは無かったように思われる。例えばGDPと言われたって個人の実感としては人それぞれだろう。ようするにどんなに統計を見ても人生や個性といった生命は読み取れないのだ。統計を使って相対化する他人と比べるということは出来るけれどそれはあくまでも、比較であって、本質ではない。データサイエンスというデータいじりとデータからの読み解きに嵌ると基本統計量といった平均値とか中央値がデータの中で意味を持ち始めるしかしそれは人生の意味では無い。世人に支配された本来的ではない生き方の典型が統計データに左右される生き方なのである。人生の意味を問う場合に必要なのは統計データではなく、記述された人生の物語りである。人は運命に出会った時、人生の意味に近づいたと感じるのであって、統計では無いのだ。


2024年5月24日金曜日

明滅する心

 心とは創発するものだ。創発と言う現象を言葉で説明するのは難しいけど料理や曲づくりをイメージするとわかりやすいかもしれない材料が必要だが材料を計っただけでは料理は出来ない材料を組み合わせ加工して料理は仕上げるものだ。良い材料が揃えば良い料理ができる可能性は高くなるが手を抜いたり手順を間違えると台無しだ同様に様々な経験や知識・の記憶が材料となって手順に則って組み合わされ一つの創作、として形になるのが心なのである。心は常に創作され、無に返り、という明滅を繰り返しているのだ。蛍光灯やテレビが実は、点滅を繰り返しているがずっと点灯しているように感じる事と似ている。創発と消失をしながらも動的平衡により、継続的な1つの人格として自他から認知されるのが心なのである。



2024年5月23日木曜日

私たちがカップリングするもの

 認知は常に環境や状況とのカップリングから創発される。カップリングされるのは、経験や、思考、感情といった、内面、「心」である。この心の在り様が心理ということになるのだけれども、心はひとそれぞれだからカップリングの仕方も異なったものになる。それが個性であって性格ということになるのだけれど、刺激と反応における類似した傾向性が性格特性と呼ばれ湯一般的に知られるのが、BIG5理論と呼ばれる5つの特性項目だ、外向性(E)神経質傾向(N)調和性(C)誠実性(A)開放性(O)で、これらは大概誰にでも見られる傾向性で、その強弱mバランスによってその人らしさが記述出来ると考えられている、しかしこれらの傾向性は、つねに、カップリングの際に見られるものだから、カップリングによって変わってくるものでもある、私たちは、自ら環境を選び変えることが出来る自立した存在だから、接近回避といった行動パターンが生まれる、外向性が高ければ、他者に近づいていくとか、神経質傾向が強ければ、不快さを避けるといったようにである。生命は常に場所とカップリングし、その情報を生命の内部に場として保持するというのが、生命の場所と場の理論である。生命の認知の仕組みは高度な演算機能を必要としていない、蚊が人を見つけて露出した肌を識別し、取り付いて血を吸うという一連のプロセスを脳内で行っているとはとても思えない。しかし、蚊はしなやかに環境や状況とカップリングして生存し、種を保存するのだ。このカップリングにおける行動傾向は創発(心)を知る重要な手掛かりだから。環境や状況とは何かを理解することには極めて重要な意味があるのだ。



2024年5月22日水曜日

動機は行動に現れる幸福がそうであるように。

 モチベーションサーベイとかサーベイやアセスメントで人の心を測ろうとするサービスが多々あるがどれも無意味だとは言わないがナンセンスである。哲学者三木清は明瞭的確に以下のように語る心は行動に現れるのである。

幸福 は 人格 で ある。 ひと が 外套 を 脱ぎ すてる やう に いつ でも 氣樂 に ほか の 幸福 は 脱ぎ すてる こと の できる 者 が 最も 幸福 な 人 で ある。 しかし 眞 の 幸福 は、 彼 は これ を 捨て去ら ない し、 捨て去る こと も でき ない。 彼 の 幸福 は 彼 の 生命 と 同じ やう に 彼 自身 と 一つ の もの で ある。 この 幸福 を もつ て 彼 は あらゆる 困難 と 鬪 ふ ので ある。 幸福 を 武器 として 鬪 ふ 者 のみ が 斃 れ ても なほ 幸福 で ある。

  機嫌 が よい こと、 丁寧 な こと、 親切 な こと、 寛大 な こと、 等々、 幸福 は つねに 外 に 現 はれる。 歌 は ぬ 詩人 といふ もの は 眞 の 詩人 で ない 如く、 單 に 内面的 で ある といふ やう な 幸福 は 眞 の 幸福 では ない で あら う。 幸福 は 表現 的 な もの で ある。 鳥 の 歌 ふ が 如く おの づか ら 外 に 現 はれ て 他 の 人 を 幸福 に する もの が 眞 の 幸福 で ある。

三木 清. 人生論ノート (p.15). 青空文庫. Kindle 版. 

幸福だけでなく動機もどうようである、わざわざサーベイやアセスメントなどしなくても、行動を見ればわかるものなのだ、にもかかわらずサーベイやアセスメントを導入するのは、マネジメントは行動を見ていないと宣言するようなものである。人的資本経営が注視される中、従業員の、モチベーションやワークエンゲージメント、ウェルビーイングは重要な経営指標であるがそれらは全て目に見えない心の問題だが、実は全て行動に表れている




2024年5月21日火曜日

評価されるという圧力批判し合う社会の行く末今はプロセスであって、結論では無い。

 批判的態度において、他者の行為は評価の対象である。評価される側にとってみれば評価に適応するという圧力的状況リソースになる、ハイデッガーによれば評価というのは世人の社会的表象であると言えるのかもしれない。本来的な生き方を妨げる、心地悪いものである。効率や効果を重んじる成果主義社会では、現状の測定は仮説構築のプロセスであるはずなのだけれども、測定結果の評価に走るようになる。本来の評価は、仮説に伴う介入の後に検証として行われるものだ、要するに評価は仮説と介入が対象なのだ。にも拘らず、仮説構築の際に現状評価が行われるのは現状をすでに結果と捉える固定的な学習観の表れと言えるのかもしれない。




2024年5月20日月曜日

高齢化社会とは経験不利(=学習優位)な社会である。その中で優位に立てる学習とは

現在日本や、中国など世界の主要国で急激に進行している高齢化社会化は人類史上類を見ない現象である。言い換えれば未曾有の状況なのでる。過去にこれほどの高齢化を経験した社会は無いだから経験則など見当たらないのだ。高齢者には膨大な経験が詰まっているにも関わらずそれらの経験が全く生かせないというのもなんとも皮肉な話ではあるが、私たちは高齢化社会を妄想するしか無いのだ。まだ見ぬ状況に適応していくには迅速に的確に学習して知恵を生成していくしかない。これまで、そういう生き方をしてきた人にとってみれば何ら難しいことは無いけれど、経験の蓄積で優位に振舞ってきた人にとってみればとても困難な儒教にあることは間違いない、デイケアで、学歴や、職歴を自慢するような高齢者にとって、居場所は無い。居場所に出来ている人は、学習し折り合いをつけている高齢者たちである。学習といっても、身体活動性が下がっているから。身体知を積むことは困難である。成功のポイントは新たな知の生成ではなく知恵を使い回すことにある。つまり、未経験の状況において経験を価値化するという学習こそが求められるのである。



2024年5月19日日曜日

成長的学習観と固定的学習観と学習態度と学習スタイル

 学習観には様々なタイプがあり、それぞれが学習者の成長に異なる影響を与えます。成長的学習観と対峙する学習観としては、**固定的学習観**が挙げられます。固定的学習観では、能力は変わらない固定された特性と見なされ、努力による成長の可能性が低いと考えられています。一方、成長的学習観では、努力や経験を通じて能力が向上するという考え方が根底にあります。

人や物には「生得的な固有の価値が存在する」と言う考え方と、「価値は創造され見出すもの」と言う考え方の違いが存在する。学習観にすれば前述したような成長的学習観固定的学習観と言うことになるが態度(物事に向き合う時に示す信念や価値基準及び感情的反応)、においては創造的態度と批判的態度である。

創造的態度の表象は以下のようなものだ

①アイデア創成が好き

②アイデアを早い段階で批評的に評価しない

③新しいアイデアを大切にする

④創造的思考は、一風変わっていると信じている

批判的な態度の表象は

①新しいアイデアを評価するのが好き

新しいアイデアに対して冷静かつ客観的に評価し、

②欠点や問題点を見つけ出す姿勢のことを指します。批判的な態度を持つ人は、

③ただ物事を受け入れるのではなく、深く考えて自分なりの意見や判断を形成する傾向があります。


さらには学習をしていく時のスタイルにも対照的な創発的学習・非認知的学習と認知的学習のといった対照性がある。


創発的学習(非認知的学習)とは、組織や個人が経験を通じて新しい知識や戦略を生み出すプロセスを指します。この学習のプロセスでは、予期せぬ出来事や問題に直面した際に、それらを解決するための新しいアイデアや方法が「創発」されます。つまり、計画された学習だけでなく、実践の中で生じる学習が重要視されるのです。それに対して、学習とは、転移された知識を記憶するもので記憶と学習量が重要であるとするスタイルもある。



これら観念、態度、スタイルは個人の中では矛盾なく統合していることを考えると、成長的学習観とは創造的態度であり、かつ創発的学習スタイルと親和性が高く統合され易いと言うことが出来る

一方で固定的学習観は批判的な態度で記憶と学習量に重点を置く学習スタイルと親和性が高く統合され易いあると言うことが出来る。もちろんこれらの学習観や学習スタイルは同時に併存混在していて状況や局面によって変わるものでもあるが根底にある観念やスタイルはその人の特性であり個性としてその人らしさとして行動に一貫して現れるものである。

経験優位な世界では、後者の方が力を発揮しやすく、学習優位な世界では、前者の方が力を発揮しやすいとも言えるだろう


2024年5月18日土曜日

ラップ合戦言葉で闘う稀代の教育者大村はまさんの観察眼を超えるラップの力。

creepy Nutsというユニットがあって、そのユニットの作品Bling-Bang-Bang-BornはとてもノリのよいJ-popの名曲であるが、ラップという言い合いの活舌の凄さも体感することが出来る
私がこれまでこのブログで取り上げた大村はまさんは次のように言いました。

一番先に浮かんだ言葉は使わないこと。たぶん、それは「自分の癖」だから、いつも同じ事を言っていることになる 

これは肝に銘じておきたい名言だ。でもラップで使われる言葉は同じではない。だから凄いのだ。ラップは大村はまさんの観察眼を越えたアートなのである。

ちにみに大村はまさんはこれまで30回も取り上げそれぞれ多くのインプレッションを上げている因みに一番は前述の言葉を取り上げた時のもので800近いインプレッションになっている。

問いに宿る魔力
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我思う我、誰思う我 
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