人の行動傾向を示す言葉に「性格」と「気質」があります。 かつて私は、その違いを説明するためにこんなアイスブレイクを使っていました。
性格(後天的): 人のいる場所に進んで出向くか(外向・内向)など、予測可能な行動傾向。
気質(生得的): 待ち合わせでイライラせずに何分待てるか、という「せっかち度」。
質問はこうです。 「同性の友人が待ち合わせに来ません。あなたは何分待てますか?」
5分、10分、30分、60分……と答えてもらうのですが、この話のオチは**「私はマイナス5分(5分前に来ていないと許せない)」**というもの。このトークを開発した当人は、まさにその通りのせっかちで、常に30分前には到着しているような人間でした。
しかし、この「鉄板トーク」はある時期から機能しなくなります。
世代の変化に伴い、60分どころか「2時間でも平気」という回答が出始め、さらにはイライラするよりも**「相手の身に何かあったのでは」と心配する声**が急増したのです。
この変化は、携帯電話が急速に社会へ浸透していった時期と完全にシンクロしています。 携帯電話の普及は、単に「遅刻の連絡が容易になった」だけではありません。イライラという原始的な気質を抑え、「相手の背景や心理を推し量る力」ーーすなわちメンタライゼーションを社会全体に根付かせるツールだったのではないでしょうか。
昨今、ビジネスの現場では「電話ができない新入社員」が話題になります。 これも現代の若者の「気質」の問題として片付けられがちですが、見方を変えれば、携帯電話(スマホ)によって育まれたメンタライゼーションの地続きにある現象なのかもしれません。
架電相手の状況を慮り、恐れるがゆえにフリーズしてしまう。彼らは今、テクノロジーが生んだ「過剰な想像力」の遠隔操作モードに翻弄されているのかもしれません。
