僕は、昨晩、NHKスペシャルで「僕の自学ノート〜7年間の小さな大冒険」を観てすごく感動していた。
それは子どもノンフィクション文学賞大賞作「ぼくのあしあと 総集編」に作者、当時中学3年生梅田明日佳君の話だ。
小学校の宿題で始めた「自学」をそのあともずっと続け、「自学ノート」はすでに20冊を超えている。
中学生になると皆、やめてしまうことをずっと続けているのも素敵だけど、運動やコミュニケーションが下手で部活に入らず、授業が終わると一目散に帰宅して「自学」する、そんなライフスタイルを貫き、自分らしさで輝いている。
色々な大人とも繋がって絆を結び、その力を認められている。
そうなんだ、活発でスポーツが出来て皆に慕われる、そんな子供だけに可能性が開けているわけじゃないのだ。
人が苦手でも自分の好きなことを突き詰めて、それも特別なことではなく、世の中で起きている気になった出来事を深掘りして誰にも出来ないことをしている。
若くして亡くなった僕の一番上の兄は知的障害と言われたけど、よく好きなことにのめり込んでいた。
周囲の人から決して好意的に理解されることはなかったけど好きなことをしていたんだ。
本人にそんな自覚はないのかもしれないけど、梅田君のような子が当たり前に活躍できる社会を作るのは僕たち大人の贖罪だ。
なぜなら、ステレオタイプに社会的活躍者を作り出し、仮想有能感で見えないカーストを作り出しているのは僕たち自身なのだからね。
さて、ブログを読み返すと先週僕は、するべきこととありたいことの狭間にあったように思える。
やはり僕は、僕が塗り込め描いた世界を壊さなくてはならない時期に来ているのかもしれない。
(月)ブログを書くか、ほつれを繕うか、それが問題だ
まあ、今日はそれで良いのでしょう。
(火)感覚の不思議 僕の変化を知るのは僕?それとも他人?
違う言い方をするなら、僕が僕の慣性軌道を変えることは大事だけど、他者のちょっとした期待に応えることはそれほど大事ではなくかつ評価を得やすい、そんなことなのかもしれない。
(水)何をするかより誰とするか
「やりたいこと」で入った今の会社も、結局は、お客さんや会社の仲間たち、「誰とするか」で今に至っていることを考えると、僕の20年後のヴィジョンもきっと「誰とするか」なのだろう。
(木)「論理的思考力」という力
「論理的思考力」は人に気安く求めてはいけない力なのかもしれないね。
(金)プロジェクト・アリストテレスが語るチームの姿
で、ね。何事も安心安全が良いことみたいな風潮に「プロジェクト・アリストテレス」の解説は刺さるかもしれないけど、僕は真に受けないね。
(土)マシュマロテストにみる日本の未来
その分、利他性、安定性、寛容性が高く、素晴らしい社会や世界を築いてくれるのではないだろうか。
問われている