2018年3月31日土曜日

シェアエコノミー時代の人材とは

僕は最近、シティサイクルと言う自転車のシェアサービスを利用している。

自転車を所有するのでなく、A地点で借りて、B地点で返すのだけど自転車を購入してマンションの駐輪場を借りる費用を考えると、とても安上がりだ。

ただ、所有していないので、サービスを使えるのは、空き自転車がある時だけ。

そのような条件でサービスを利用して、シェアサービスでは予測と予約が重要であることがわかって来た。

ポートと呼ばれる駐輪場では、どのようなタイミングだと空きがあるとか無いとか事実を押さえ、そして、早めに予約するのがサービスを使う戦略となる。


所有でなくシェアすることが経済活動の大きな潮流となって、世の中の何が変わるのかというと、まず、情報戦略が個人のレベルでも当たり前のことになる。


さて、日本では企業において人材不足が問題となっている。

そこで、採用活動に力が入るのだけど、シェアエコノミーで人材を考えるとどうなるのだろうか。

シティサイクルの例を参考にすると、プロパー社員として人材を囲みこむのでなく。事業の目的に合わせて情報を駆使し、事業目的を達することになる。

副業をするといった主語が個人にある働き方でなく、予測と予約に基づいて的確に人材の力を適切に配置することが組織にとって重要になるよね、きっと。

もっと平たくいうと、「採用」は無くなるのじゃないかな。


ゲルニカ



2018年3月30日金曜日

石の上に何年?

今日、僕の会社で新卒入社2年を終えたメンバーが去って行った。

僕もこれまで2回転職をしているので、概ね転職には肯定的なのだけど、2年と言う月日を改めて考えてみたいと思った。

と言うのも中原さん(東大准教授から立教教授にこの春、なられたそうだ)が書いた以下のブログがずっと頭に残っていたからだ。

優秀な若手社員が「新入社員教育後」に辞めていく「2年目問題」が起きていませんか?

僕が社会人2年目だった時、どんな会社員だったのだろう。

1年目は、会社で耐える期間だった。

仕事の先端が体験できると期待して入った銀行では、最初にそろばん(!)を強いられ、酔っ払った古参の管理職には社員旅行で延々と説教を受け(アルハラ、パワハラ)、人の良い管理職は失踪するし、人事が決めたローテーションなんて支店ではまるっきり無視だし、本当に今思えば散々だった。

2年目はローテーションも無いまま、いきなり営業とか融資をなんの知識も無い中でやらされ、とにかく、なんだか違うゾ、なんだかおかしいゾと感じまくっていた。

何の知識も無い2年目が、営業で今月はいくら成約するのかと問われて途方にくれる、そんな感じ。

そこには個人的に中原さんが言う、

 ・将来の見通しのなさ
 ・専門性や能力が高まっているのかわからないことに対する不安
 ・このままいった場合の先行きが見えてくること
 ・管理職に対するあこがれが失われていること

は満載だったし、でもそこで辞めなかったことで3年目の壁を超え、その後にご褒美が待っていたのだと思う。

ご褒美とは、「頑張ったね」と認めてくれる人がいて、結構な金額の研修に参加させてもらえることだった。

要するに、僕は、中原さんが指摘することは、今に始まったことじゃ無いと思うのだ。

まあ、それで辞める人もいるし、僕みたいにもうちょっと後で辞める人もいる。

もちろん、辞めずに続く人もいる。

だから、辞めるのがどうこうじゃ無いけど、続けた人にしか見えない世界がある。

で、ね。そこに「続ける意味」があるのだろうね。

そして、「石の上にも三年」は、次の世界を見る、もしくは、石の上の世界を意味付けることができる時間についての人生訓であると思う。


石の上



2018年3月29日木曜日

桜の隧道

素敵な夜桜の隧道がある。

駆け抜けるとさらに素敵だ。

もうすぐ桜の季節も終わる。


駆け抜ける

2018年3月28日水曜日

ブイヨンちゃん、安らかに

糸井重里さんの愛犬、ブイヨンちゃんが先日病気で亡くなった。

ブイヨンちゃんは写真集も出てるし、愛犬家でなくても知っている有名な犬だと思う。

もちろん、ブイヨンちゃんは可愛いのだけど、亡くなってから、糸井さんの愛情の深さがブイヨンちゃんをさらに輝かせていたことに気づいた。

そして糸井さんは体に変調を来たし、普段ない頭痛が続いているらしい。

ペットロスだ。

僕もペットロスを昨年経験したとき、急に涙がポロポロ落ちて、こんなにも悲しみがすぐに溢れるものかと我ながら驚いたけど、時が経ってその悲しみが薄まったかと言うとそうでもない。

ブイヨンちゃんの写真や糸井さんのコラムを読むたびに、思い出して涙が出てくる自分がまだそこにいる。

おそらく、糸井さんの悲しみもこの先消えることはないのだろう。

それを思うとなおさら悲しみが深い。


僕の家では新しい子犬を迎え、たいそう賑やかで楽しくなった。

悲しみが無くなったのではなく、楽しさが加わったのだ。

で、ね。僕はその楽しさを、SNSにどんどんアップしている。

糸井さんのブイヨンちゃんへの愛から生み出されたドコノコと言うSNSだけど、そこには愛する犬や猫を亡くした人もたくさんいて、少しでも元気を届けたいのだ。

SNSを連携しているため、それがちょっとはみ出してフェイスブックにも溢れてしまっているけど、許して欲しい。


そこに・・・


2018年3月27日火曜日

夜桜とお酒に酔っても言葉は酔わない

僕は多くの人といっしょで桜が好きだ。

桜が咲いているのを見ているだけで気分がよくなる。

桜を見ながらお酒を飲むとさらに気分がよくなって幸せだ。

せっかく気分がよくなったのだから、自分だけでなく他の人の気分も良くなって欲しい。

で、ね。夜桜を旧友と見た昨日は、言葉をよく選ぶことにした。

僕の幼い言葉で誰かの気分を害したくなかったからね。

批判、見下し、傲慢、無意味化、対立、反抗、そう言った誰かを踏んだり間に壁を作るような言葉って意外と無意識に使っていたりする。

ちょうどそんなことを考えていた夜だったのだ。


多くの人が桜の下に集う


街灯に照らされる桜もよい


暖簾も桜だ

2018年3月25日日曜日

勝ってる?負けてる? 僕の記憶

僕の記憶は結構ユニークかもしれない。

例えば、大事なことは大概忘れない。

手帳とか、スマホのスケジュールに入れなくても忘れずに思い出すのだ。

それも、ふっと降りてくる感じ。

でも、一方で、人のことは覚えられない。

同じ人とそんなに間を置かずして3回も初めましてと名刺交換してしまったこともある。


今日、僕は犬と散歩をしていて、犬を連れた若いカップルの方と出会った。

そして、僕はやはりその方たちを覚えていなかったけど、連れていた犬の名前を聞いて記憶が蘇った。

もっともカップルの男性が、先に僕たちの出会いを思い出してくれたのだけどね。

カップルが連れていた犬とはパピークラスという犬のしつけ教室で出会っていた。

僕の記憶には、パピークラスと犬の名前が焼きついていたのだけど、残念ながら飼い主の方のお顔は焼きついていなかったです。

どうやら僕の記憶は、イベントドリブンで、ピープルドリブンではないらしいね。

だからって僕を人に興味がないやつと思わないでくれるとありがたいです。


ルイとアディは旧知の仲



疑似相関に気をつけなはれや!

疑似相関をwikipediaで調べると、「2つの事象に因果関係がないのに、見えない要因(潜伏変数)によって因果関係があるかのように推測されること」と出てくる。

しかし、相関からはそもそもの因果関係はわからないので、そもそもこの説明は間違っているね。

さて、「相関」は、2つの事象の間にどのような関係性があるのか説明する場合に使われる。

例えば、英語の成績が良いことと、数学の成績が良いことの間に相関があると言う場合、英語の成績が良い人は、数学の成績も良いことが推察される。

ある出来事と他の出来事の関係から、その背景に何が潜んでいるのか考えることは「なぜ?」を理解する手掛かりだ。

成績の場合、知能指数や学習態度、学習環境などが考えられる。

教育投資額も関わっていそうだ。

つまり、因果で考えると様々な可能性を仮説立てて検証していかなくてはならない。

相関はその仮説を生むための入り口だよね。

一方、疑似相関は、仮説が生まれない、データ上の見せかけの関係性ってことだ。

仮説検証のない相関は、入り口からまだ一歩も踏み入っていない状態なのだ。

ただ、この仮説というのも怪しくて、結局は事象を取り巻くコンテクストにおいて説明がつくのか否かということであったりする。

だから、時に説明がつくから相関だ、と言う都合の良い結論を持ち出す場合もある。

「○○をやると△△になる(なった)、だから○○をやろう」と言うのは大概、都合の良い結論の用い方だね。

気をつけなはれや。


桜と幸せの相関 だから桜を見れば幸せになれる?







2018年3月24日土曜日

組織のおけるコミュニケーションの難しさ

良い組織運営においてコミュニケーションはその核心にある。

だから、いかにコミュニケーションを良くするのか、議論やトレーニングを欠かせない。

でもなかなか上手くいかない。

それは何故だろう。


組織におけるコミュニケーションには、精神支援においてはインフォーマルコミュニティ、業務支援においてはティーチングスキル、そして内省支援においてはフィードバックが強く関わっている。

インフォーマルコミュニティは、下手をすると愚痴の言い合い、ネガティブスパイラルに陥るし、ティーチングスキルはメンタリングも含めていかに文化を転移するのかが困難である。

そして、フィードバックなのだけど、これも学ぶほど簡単じゃない。

なぜなら、組織の中で起こる出来事は常に1対1じゃない。

むしろ、第三者を介した事象に関してフィードバックが必要であることが少なくないよね。

ある人が他の人に対して取った行動をどうフィードバックするのか。

そこには事実よりも真実によるコミュニケーションが主役となっている。

事象の背景には、そもそも、それって誰が引き起こしているの?と言うことに当の本人は気づかず、第三者として客観的に関与していたりするのだ。

また、気遣い、忖度があるのでなおさら厄介になる。

で、ね。だたコミュニケーションをとるだけじゃだめだよね。

やはり、根本を解決していかないとね。


いよ〜っ







2018年3月23日金曜日

矢面というプレッシャー

正面からものすごい量の矢が飛んで来て、自分は最前列に向き合う絶望的な状況に陥る、と言ったシーンが映画にある。

手には小さな盾しかない。

主人公は大概、その小さな盾と卓越した身体能力でその絶望的な状況を回避して、反撃にでるのだけど、一方で、多くの味方が矢に当たって命を落とすことになる。

映画で描かれる「矢」は物だけど、仕事で飛んできる「矢」はプレッシャーや言葉だったりするよね。

仕事で物が飛んで来たらそれだけでアウトだ。

でも、プレッシャーや言葉は、第三者からは見えないし、どれだけ突き刺さったかもわかりにくい。

しかも、対峙している関係ならまだしもそれぞれが矢面に立って我が身を守ることで精一杯な味方同士が相手に気づかず矢を放っていることも少なくないね。

じゃあ、誰が悪いのか、と言えばこれも難しい。

矢面に立たせるのが悪い気もするけど、矢面に立つ勇気と貢献心は尊いものでそう言った主体性は人を強く成長させる。

矢面に立ったつもりがなくても矢が降ってくるのことが仕事の一面にはある。

で、ね。結局、誰かを悪者にするのでなく、お互いに労わりあうことが大事ってことだね。


刺さってる?

2018年3月21日水曜日

越境落語

おーい、熊さんよぅ!

なんでぇい、八っつぁん!

えっきょうって知ってるかい?

鉄橋かい?

汽車 汽車 ポッポ ポッポ、じゃねぇ、えっきょうだぁな

やめてくれよ、おらぁそれ聞くの苦手だぁ

おめえが苦手なのは説教だろうて

え、違うのかぇ?

えっきょう だぁ、えっきょう

そりゃ、食いモンかい?

どうやら、美味いものらしけど、食いモンじゃあねぇそうだ

美味いものならおらも欲しいってよ、さあ、おくれ

どうやらとりに行かなきゃもらえんそうだで

なんだ?借金取りか?

取り立てじゃないけど、行って取って帰ってくると美味くなるんだそうだ

なんだか面倒じゃねけか

面倒すっから美味えんだと

おらぁ、面倒やきらいでぇ

熊さんよぅ、たいそう美味いらしいってよ

おらぁ、美味いもんには目がねぇからって言ってくれるねぇ
よし、八っつぁん! おらぁ行くどぉ、いますぐ、えっきょうにいくどぉ

え、今日?

お後がよろしいようで。


その先へ





2018年3月20日火曜日

習慣化という老化

僕たちの行動の8割以上が習慣的行動だと言われている。

一方で、新しい習慣を身に付けることは容易くない。

でも、歳を取ると、以外に習慣を身につけることが出来てくる。

例えば、僕はブログを5年書き続けているけど、若い頃には想像も出来ないことだった。

早起きの習慣とか、こまめに整理をする習慣とか、ひょっとしたら、マラソンやジョギングなどの運動習慣もそうかもしれない。

HR業界の人気者、東大の中原准教授は、ブログを平日は毎日書き、盆栽が趣味とのことだったけど、若い割には大人びた習慣に感じられるのは、おそらく高齢者が得意とする領域だからかもしれないね。


歳を取ると、なぜ習慣化が出来るようになるのかと言えば、まず、省エネモードがあると思う。

若さには型に嵌らないエネルギーや自由奔放さが内在する一方で、老けると型に嵌まる楽さがある。

じゃあ、歳をとってからの習慣は皆、省エネモードかと言うとそんなことはない。

糸井重里さんはほぼ毎日、ブログを更新するけど、時にネタがなくて苦労する様なども見せていて、素敵な習慣を培われている。

前述の中原さんもそうだね。

習慣化には素敵な習慣化とそうでない習慣化があって、歳をとるたびに素敵な習慣を身につけていけるといいな、と思うのだ。


枯れるのではなく、躍動感



2018年3月19日月曜日

時に学び、時に学ばない それが人生

僕は、この人たちのために頑張りたい、と思える人が居る一方で、正直、この人たちのためには頑張りたくない、と思える人も居る。

何が違うのかといえば、心が通じ合えているかいないか、である。

通じ合えないから、と割り切るのは、それはおまえが学べていないからなのかもしれないけど、学ぶとは、相手に合わせることではないからそんなことで揺らぐ必要もないように思える。


もちろん、通じ合えないことの心地悪さからも学ばなくてはならないから、通じ合えることを一番に考えるのは浅薄なのだろう。

でもね。じっくり学ぶ時は、通じ合えないことから学ぶことも良いけど、スピード感を持って進む時は、とにかく今、頑張れる人たちと一緒に仕事がしたいよね。

だって学ぶことは数多あるもの。


平均寿命が伸びたからといって、人生が2倍になったわけじゃない。

日の長さと同じくらいの長短であれば、限られた時間の中で、学ぶことと学ばずに進むことを使い分けることは大事なのではないだろうかねぇ。


学び、学ばない、学ぶとき、学べば、学べ、オーレッ


2018年3月18日日曜日

ローコンテクストによる問題解決の重要性

公文書だって、私文書だって書き換えちゃいかん。

そんなことコンプライアンスの前提だけど、どうやら日本の役所にコンプライアンスは無いらしい。

経緯はわからないけど、政治家に配慮したのだとすれば、どこでモラルハザードが起きているのか良く、検証しなくちゃいけないよね。

さて、現実的に事を進めるためには、ある程度、コンテクストの共有が必要だ。

特に、問題解決の難易度が高いほどコンテクスト、つまり、前提と目的の共有無しに解決するのは困難になる。

それは、難易度に人間関係、社会性が深く関わってくるからだ。

でも、専門性の高い問題解決において、常にコンテクストが共有出来ているとは限らないし、下手をすると、身内が身内の問題を裁くようなことになりかねない。

つまり、根本的解決には程遠いということだね。


以前、スペースシャトルが打ち上げに失敗した時、世界中から科学者など専門家が集められたそうな。

その際、原因解明の第一歩においてコンテクストを合わせるために用いられたのはレゴという知育玩具だったらしい。

つまり、高い専門性において、どの文化でも通用するコンテクストとは、幼児の視点だったのだ。


働き方改革とか、決済文書の書き換えとか、原発事故問題とか、とかく専門家を集めたハイコンテクストな解決に走りがちだけど、根本解決のためには、ローコンテクストからのアプローチが重要なのだと思うね。


ローコンテクストから





群れの原理が理解出来ない人は群れることが出来ない

ボイドというシミュレーションプログラムがある。

3つのルールだけで、鳥の群れの様を再現することが出来るのだ。

その3つは、分離、整列、結合で、要するに、ぶつかるな、同じ方向を向け、群れの中心に向かえという命令だけで群れを大空をダイナミックに舞わせることが出来る。

僕がこの3つのルールを知った時、とても強く印象に残った。

シンプルなルールがダイナミズムを生み出す、複雑系の様子をすごく良く表していると思ったからだ。

さて、2015年にもブログで取り上げたけど、先日、カモメの群れが一斉に飛び立つ様を見てまたボイドを思い出していた。

翼を広げたカモメが密集の中でぶつからずに一斉に飛び立つことができる。

平昌オリンピックのオープニングでドローンが大空に絵を描けたのは、おそらくこういった鳥のルールを用いているのだろう。


僕たち人間が群れを成す時も実はこのルールを用いている。

「喧嘩をしない、みんな前を向く、先生の言うことを聞く」

これは、小学校で生徒が先生から常に指示され、要求されることだよね。

一方で、いじめがあったり、授業中に後ろを見ていたり、先生に反発しているクラスは、「崩壊している」と言われる。

小学校だけでなく、会社などの組織でも同様で、マネジャーが苦労するのがそこだ。


ぶつからずに大空に舞い立つ鳥を見ていて、組織の中でぶつかる人間の姿が僕の脳裏をよぎった。


誰もぶつからない



2018年3月17日土曜日

「学歴フィルター」を科学してみよう

2019年4月の入社を目指した就職活動が本番を迎え、就活に関して様々なニュースが取り沙汰されている。

それらのニュースに、今年も「学歴フィルター」の話が出てきた。

在籍する大学名を変えると、それまで出来なかった説明会の予約が可能になったのだそうだ。

さて、「学歴フィルター」とは何だろう。

手段的には大学名による選考基準だけど、その本質は、人材のポテンシャルを大学受験の経験と入学という結果から測ることだ。

だから、大学在籍中にどんな学びや成長があったかは問うていない。

したがって、人材の「今」のポテンシャルを測定するうえで、偏見の要素があることは否めない。

一方、採用活動において、採用側は「学歴フィルター」でなくても、学生の経験と結果などからポテンシャルを予測しているのも事実だ。

だって「ポテンシャル採用」だからね。

で、どんな経験を積んでいるのか、そしてどんな結果を出したのかを知って判断をしていく。

その中には、「高い目標を定め、達成する」ことも当然含まれるから、偏差値の高い大学に挑み、見事合格したことも当然、判断材料になる。

でも、グーグルは、「大学のブランドと仕事のパフォーマンスにはまったく関係がなかった」と結論つけているように、重要なのは、どのような経験と結果が自社にとってのハイポテンシャルか知ることだよね。

その上でやはり「学歴」であれば、それはそう公表すれば良いのだろう。

それは偏見でなく、科学的なアプローチから導かれた結論だからね。

しかし、これまでも「学歴」偏重で採用していたとなると、科学的なアプローチは困難になる。

社内の多数が特定の大学で占められてしまえば、分析出来ない。

結局、「学歴フィルター」を科学するためには、学歴不問の採用が前提になるのだけど、そういう採用をしているところは「学歴フィルター」を掛けないだろうから、「学歴フィルター」はどこまで行っても非科学的なの方法なのだと思う。


高く飛ぶポテンシャル


2018年3月16日金曜日

大学ならではの成長って何だろう

18歳を成人とする考え方が浸透して来たように思う。

今までの、成人が20歳であれば、大学生の多くは未成年か成人のいずれかだけど、18歳になればほとんどが成人ということになるよね。

扶養される対象から、権利と義務を負って社会に貢献することが求められるわけだ。

平均寿命が上がり、人生が長期化する一方で若者は早く自立を求められるのは配分的にはちょっとおかしな気もする。

例えば、寿命が60歳から80歳になると、20歳は1/3から1/4になる。

そして80歳の1/3は26.7歳くらいだよね。

要するに、飛行機に例えれば、飛行距離は長く、滑走距離は短くなったわけ。

まあ、滑走距離が長ければ遠くに飛べるわけではないけど、離陸に失敗するとその後はたぶん大変になるのでしょう。

そして、大学は、離陸前後のプロセスから、離陸後のプロセスに変わる。

大学ならではの成長も、うまく離陸することから、離陸後いち早く安定した飛行に入るためにフルパワーで上昇することに徐々に変わっていくのかもしれないね。


すでに飛び立った





2018年3月15日木曜日

この地とかの地に「橋」を掛けよう

僕は、時に同じ場所を行ったり来たりしてばかりいる。

この地から一歩踏み出すことは案外出来ていない。

でも、「橋」があれば、この地から踏み出して境を越えるのだ。

「橋」はよく知っている見慣れた場所と、知らない未知の場所をつないでいく。

僕がこの地に埋もれずに済むのは「橋」のおかげ。

そして、きっと、見慣れた自分と見知らぬ自分をつなぐのも心の中の「橋」だろう。

それはちょうど川面に映る「橋」のよう。

川面が揺れれば消え、安らかに落ち着けば現れる。

今日は、心の中に「橋」はあったかな。


明鏡止水

2018年3月14日水曜日

自分の内なる多様性、カオスと向き合う

コンピュータとか弄っていて不思議に感じることがある。

機械であり、プログラムなので同じ操作をすれば同じに反応するはず。

ところが、微妙に違うのだ。

「あれ?こっちは先にアップデートが始まっちゃたぞ???」みたいにね。

これは、パソコンが単純に1つのタスクを回しているだけでなく、複数のタスクを同時に処理しているために起こる現象だろう。

つまり、複雑さ故の予測不能性が内在している。

もちろん、想定される範囲内での予測不能性なので、破綻を起こすことはないけだけどね。

翻って、社会や組織でも、そして、人でも原理は一緒だろう。

人は、認知やら意識やら思考が同時に働いているので、個性が生まれる。

その人が集まった組織、そして組織が集まった社会が複雑になるのも当然だよね。

で、ね。複雑系では、「カオスの縁」という言い方があるけど、複雑なのだけど破綻しないところで僕たちは生きていて成長していくのだから、マルチタスクする自分の内側の多様性をもっとしっかり見つめるべきではないだよね。


複雑だけど崩壊しない





2018年3月13日火曜日

ペットの高齢化とペットロス

僕はそれほど親交が無かったのだけど、家人がよく知っている犬が最近亡くなったらしい。

長いこと糖尿病を患い、最近は、めっきり痩せ、カートに乗って散歩している姿をたまに見かけていた。

我が家も一年前に16歳の犬を亡くしたのでそのご家族を心情を慮るに、心が締め付けられる。

ドコノコという糸井重里さん率いるほぼ日が運営するペット専用のSNSでも、高齢のペットを抱えたご家族、また、愛犬や愛猫を亡くされたご家族の思いには、特別な感情が込められているのだ。

この30年で犬の寿命は2倍になったそうだ。

僕にとってそれは望ましい変化だけど、一方で、今の愛犬のこれからを考えると喜んでばかりもいられない。

冒頭のご家族はすでに高齢で、新しい家族(愛犬)を迎えることは不可能とのこと。

また、保護される犬には、少なからず飼い主の高齢化によって飼育ができなくなるケースもあるらしい。

責任ある飼い主の中には、自分にもしものことがあったらペットを引き受けてくれる人を決めている。

で、ね。今日においてペットを巡る状況には、いろんな「もしも」が欠かせないよね。


愛しき哉




2018年3月11日日曜日

本気だからこそ笑えて、かつ感動がある

以前、あるコラムで大企業の人事部が欲しいのは、日本テレビが放送している「世界の果てまでイッテQ!」に出演する人気者、イモトアヤコさんみたいな若者だ、とあるのを見た。

なぜグローバル企業の人事部は「イモトアヤコ」を欲しがるのか?

ググると他にも出てくるね。

さて、記事によると就活の時は「海外どこでも行きます」と言いながら、実際に入社していざ海外赴任となると「NG」を出す社員が増えているそうな。

僕もその話を直接聞いたことがある。

でも、これは、おそらく海外赴任に限ったことじゃないよね。

就活の時、内定を貰うために本心でないことを取り繕うことは珍しくないだろうし、その心情も理解できない訳じゃない。

入ってからやっぱり違いましたとか、そんなところに行かせる会社はブラックだとか、つい言ってしまうのは、まあ、本気の無さの表れなのでしょう。

でも、もし、イモトアヤコさんがそれをやったら今の彼女の活躍は無かった。

それは間違いない。

最近、人気急上昇のお笑い芸人、みやぞんさんもそうだと思う。

動機は有名になりたい、売れたい、から始まるのかもしれないけど、本気の人は、どんな過酷な状況、条件でも向き合っていくのでしょう。

そして、番組はお笑いだけど、出演者の本気さが伝わってくるから皆、感動しながら見ているのだと思う。

でも、他人の本気を見ても感動しない人も少なからず居る。

で、ね。これってひょっとして本気の人に感動する人は本気になれるし、感動しない人は自分が本気になれないのかもしれないね。


本気ー トーク ウィメン








鴨にカモーン

文字変換で「とりにく」と打つと、「鶏肉」と出るほど、僕たちは鶏のお肉を頂いている。

鶏さん、ありがとう。

でも、世の中には鶏以外にも本当に様々な「鳥」がいるよね。

その中でも僕たちの食生活を満たしてくれる身近な「鳥」の一つが「鴨」だ。

鴨は冬の水辺に行くとすぐに会えるので、そう言った意味でも身近な存在です。

蕎麦屋や居酒屋で味わう鴨南蛮、鴨せいろ、鴨鍋などは、鶏と一味違った冬の味覚だ。

特にこってりと脂がのっているのが特徴だろう。

さて、先日行った、人形町の鴨屋 SUNは「鴨」をメインに食べさてくれるお店だ。

日本橋界隈には、あひ鴨一品 鳥安 という老舗もあるのだけど、鴨屋 SUNはカジュアルに鴨を楽しめるのが良い。

春の訪れと共に鴨の主たる季節も終わるけど、鴨を味わうために今から次の冬を待つのもよいのではないかな。



ハム


鴨焼肉


鴨鍋



2018年3月9日金曜日

僕たちの人生をまとめて語るな

AIやらICTやらIoTやら、データやネットワークを使ったビジネスが元気だよね。

データ分析もその一つだけど、そもそも、データ分析って何だろう。

僕はそれは縮約の技術だと理解している。

つまり、大量のデータから固有性を取り除き、法則性を見出す技術だ。

でも、大事なことが縮約されてしまう場合もある。

例えば、その人の人生を振り返る「ライフストーリー・インタビュー」のデータを複数まとめてデータ分析を掛けると、なんだか当たり前のことしか見えてこない。

小学校の時は先生と友達とかね。

でも、それぞれのライフストーリーには、大きな意味を持つ固有性があって、それこそが大切な出来事なのだ。

発達心理学では、データ分析同様に、多くの人に共通する発達課題と成長が語られるけど、一方では、瑞々しい個人の実存がかき消されてしまう。

僕たちの人生は「当たり前」の連続じゃないのにね。


固有性


2018年3月8日木曜日

「成長するひと」という問い

「成長するひと」を見たとどう感じるのか。

これはかなり究極の問いだと思うのです。

では、どんな感じかたがあるかというと極論すれば、「自分はどうなのか?」と問いを起こす人と「あいつはおかしい」と問いを起こさない人に別れるように思う。

これは、教育理論の大家、J・デューイの理論から発生する仮想的有能感、つまり、自己の有能感を維持するために他者を見下す心理にも通底しているのだろう。

で、ね。身近で「成長するひと」を見ると、まず焦るよね。

俺はどうなの?って。

そこから、謙虚に自分を見つめる人と、仮想的有能感に行く人の違いは、成長できる人といつまでも成長できない人の分岐点であるように思います。


洗脳されている、と感じるか、器を広げた、と感じるか


心を安らかにしましょう

僕の犬は僕と家人の様子をすごく良く観察している。

吠えるでもなく、気がつくとじーっとこっちを見ているのだ。

今朝も僕がアイロン掛けをしている様子をずっと見ていた。

僕はアイロン掛けをする時間が好きだ。

無心にシャツのシワを伸ばす、この行為が僕の気持ちを整えてくれる。

しかし、無心の中に色々な邪念も湧いてきて、今朝もシワを伸ばしながら、ずーっとあることを考えていた。

で、ね。犬の視線に気づいて、ふと、自分の今の顔を想像したんだよね。

あー、きっと怖い顔しているのだろうなぁ、と。

そして、Macbook Proを開けば仏様の写真。

そういえば、夢にずっと前に亡くなった親父も出てきたなぁ・・・

きっと、心を安らかにしなさいという啓示だよね。


安らか



2018年3月7日水曜日

「何を変えるか」と思った時に考えなくてはならないこと

みんなのやり方や仕組みを変える時って、「何を変えるか」よりも「どうやって変えるか」の方が難しいし大変だよね。

僕にはいくつも失敗がある。

これが正しいからこれにする、というやり方はまず間違いなく失敗する。

それがどんなに正しくても、だ。

僕だけじゃなく、周囲を見ていても、やはり「何を変えるか」から始まると結局みんなの反発を受けて変えることすら出来ない。

きっと「変える」のは常に自分が中心だからなのだろう。

そして、「どうやって変えるか」と考えれば、例えば、主語が「自分」である必要もなくなるのだ。

「より上手く変えられる人が変える」というのはとても良い選択だもの。

そこし格好をつければ「戦略的」かもしれないけど、結局、「変える」ことの本質は、他者の力を借りて自分の壁を越えることにあるのではないだろうか。


壁



2018年3月6日火曜日

流行色の難しさを思い出す夜

かつて、生活雑貨の企画・卸の仕事をしていた時、「流行色」は大きなテーマだった。

今では知っている人も多いと思うけど、「流行色」には仕込みが必要だ。

それは当たり前で、モノづくりには売り場に商品が並ぶまでのリードタイムがある。

素材からこだわれば一年以上掛かるし、定番の色ものであれば半年は必要になる。

そこには、製造だけでなく、売り場イメージを作る時間もある。

例えば、あるシーズンで、女優さんが流行色のモノを身に纏い、大きなポスターで展示されるためには、モノも写真もだいぶ前には準備を終えて居なくてはならないからね。

色は、売り場を構成する重要な要素であるから、シーズンごとにテーマカラーが変わるのは必須なのだけど、モノづくりをする人にとって頭の痛いこともある。

それは、「売れ残り」だ。

モノづくりをする人にとっての一番良い状況は、売り切りなのだけど、差し色って一か八かなんだよね。

だから、リスクを考えて、一番少ないロット(生産量)にしたりするのだけど、差し色が売れちゃったりすると、足りなくなってそれは大変なことになる。

でも、差し色は残ると来シーズンは絶対に売れないので作りたくない・・・

このジレンマに向き合うモノづくりの人たちを僕は今でも尊敬して止まない。


色



2018年3月4日日曜日

カラフルな人生に人は惹かれる

先日、渡辺直美さんがテレビでインスタ映えのツボを話していた。

それは、タイル状に表示された時の全体としての見栄えをどう良くするか、であった。

つまり、単調な印象とならないように工夫をしているのだそうだ。

そういう細かい気遣いが、おそらくフォロワー日本一となる真因なのだろう。

さて、アカデミー賞が近くなったことで、契約しているWOWOWで受賞作品の放送を始めた。

その中で興味があったけど見ることが出来なかった「La La Land」を見ることが出来た。

見ていない人も居ると思うのストーリーは触れないけど、印象に残ったのは、まさに映画を構成する、全ての「インスタ映え」するシーンだ。

そして、iphoneの売りになっている「ポートレートモード」風にシーンもふんだんに盛り込まれいている。

どっちが先なのかわからないけど、皆が気になる映像表現が盛り込まれているのではないかな。

で、ね。人はなんだかんだ言って、カラフルな人生に惹かれるのだよね。

わかりやすく言えば、それはインスタ映えであって、La La Landなのだろう。


カラフルに



僕を見て! から生まれる勘違い

僕が犬と散歩をするとき、犬は盛んに僕を見てくる。

アイコンタクトが出来ている、と言えばいい感じに聞こえるけど、そうとも言えないらしい。

というのは、以前、上手く散歩が出来なかった時、ある犬関係の専門家が「目を合わせずに散歩すべし」と教えてくれたからだ。

その人曰く、犬は、こちらの様子を見て駆け引きをしているらしい。

犬の社会は、リーダーを頂点とした階級社会なので、本能的に自分が上かどうかを推し量っているのだそうで、彼の目を見て彼に合わせることは、彼に自分がリーダーだと思い込ませてしまう。

で、ね。その話を聞いてから、必要以上に目を合わせず、リーダーとして散歩しているのだけど、おかげで大分、上手く散歩できるようになったね。

犬に勘違いをさせてしまうのはリーダーである人の責任だ。

リーダーは、リーダーであることを態度で示すためにあえて相手に合わせないことが大切なのだろう。


僕を見て!

2018年3月3日土曜日

自画持参 「ティータイム」について

昨晩の自画持参、がちゃトークは「ティータイム」がスピーチテーマだった。

仕事で遅れて行ったものの、見事にスピーチにも当選し、深い時間を過ごすことができました。

さて、「ティータイム」とは何だろう。

僕が思うに、「カフェタイム」と比較するとその姿が見える気がした。

「カフェタイム」はそれこそ365日24時間であるのに対して、「ティータイム」は15時〜17時、つまりおやつの時間という暗黙の前提が僕にはある。

これは、人それぞれだと思うけど、要するに風習としての意味がそこに在るのだろう。

風習の言い方を帰るとそれは「文化」である。

長岡先生が語られたけど、イギリスではティータイムに向けて仕事を片付ける意識があるそうだ。

つまり、「ティータイム」とは、生活の中に冗長性を確保する仕組みなのである。

で、ね。そう言った「文化」ってなかなか意図的に作れるものではないよね。

「カフェタイム」が自分の時間における裁量であるのことと大きな違いだ。


「文化」を作るのは簡単じゃない。

例えば、会社で「ティータイム」を作ろうとしても、苦労することが目に見えている。

なぜなら、文化は人の外でなく、内に存在するものだからね。

そして、「文化」を軽んじる人たち(自分流が好きな人たち)は、実は「文化」が無いことで苦しむことになる。

僕たちは「ティータイム」から多く学ばなければならない場所に居るのかもしれない。


西出さん、見切れちゃってごめんなさい



2018年3月2日金曜日

「沈黙」という存在感の本質

自画持参、がちゃトークから帰って、ブログを書こうと思っていた矢先にテレビで先日亡くなった、大杉漣さんのアナザースカイを放送していた。

よくテレビで見かける、個性派俳優として、先日の訃報はショックだったけど、アナザースカイを観て、とても強く感じることがあった。

それは「沈黙」。

大杉漣さんは、「沈黙劇」に16年間向き合ってきたそうだ。

つまり、言葉と行いを観せるのではなく、存在を魅せることを追求したのではないだろうか。

それ故の存在感、それが大杉漣さんの本当の魅力なのだろう。


議論の中で黙ってしまう人たちが居る。

でも、普段も黙っている訳ではない。

そういう人の「沈黙」からはなんの魅力も感じられない。

「沈黙」には、真剣に向き合い続ける人にのみ許される存在感があるのだ。


合掌



2018年3月1日木曜日

「記憶」 を活かす

僕たちはたくさんの記憶を持っている。

記憶は人間だけの専売特許じゃなく動物にももちろんあって、それは、生存競争に大きな役割を果たしているよね。

この「記憶」。実は、事実とはちょっと異なる。

メンタルの影響を受けながら「記憶」は思い出す都度、作られるものなのだ。

つまり、良い精神状態の時は、良い思い出はより良くなり。悪い精神状態の時は、悪い思い出がさらに悪くなる。

これは、僕たちが「記憶」に操られている状態だ。

一方、僕たちは「記憶」を操ることもできる。

それは、未来に向けて「記憶」を意味付けることだ。

例えば、「昔、パワハラ上司が居てひどい目にあった」という「記憶」は、その上司に対するネガティブな感情を固定化する。

「でも、そのおかげで同じことをしてはいけないことがわかった」となると、良い行いへの道標になる。

そう、捉え方、考え方、見方を変えると「記憶」という過去をより良い未来に橋架けすることが出来るのだ。

そして、僕は、この「捉え方、考え方、見方を変える」ことが出来るようになることこそ、人の内面における「成長」なのだと思うよ。


王貞治さんの