僕の先週のブログを見返してみると、8割が〇〇と□□みたいなタイトルだった。
残りは〇〇から□□へ、だからいずれにしても〇〇と□□を対比して書いている(考えている)ことがわかる。
これはひょっとしたら僕の思考の癖なのかしらん、と思ったので来週は注意して考えてみよう。
間違いなくそれは仮想化の仕組みなのだけど僕たちはそれが当たり前のことであるとすでに感じてしまって意味を失いかけているのかもしれない。
(火)議論の可視化と不可視化
議論の可視化が人の成長に果たす役割は大きいよね。
(水)複雑な世界の組織、組織の中の複雑
複雑さと秩序が入れ子となる前提であらためて社会を見渡すと組織や集団の中で発生しているいろいろな出来事も自然の一部であることが感じられるよね。
(木)怖いオフィスの怪談と階段
あれからもうすぐ10年経つのだなぁ。
(金)戦力外通告と余命宣告
平尾誠二さんがすい臓がんで余命宣告を受けたあとの話が中心で、平尾さんのカリスマ性もあって感動の物語りなのだけど、ひょっとしたら「生き物とは自らの生命を満喫す存在である」という生命の本質は生きるものすべてに共通しているのかもしれない。
(土)障がい者とその家族
いずれにしても、生存形式が保障されていない(ベーシックインカムがない)欲望と闘争(ロゴス)と科学的唯物主義、AI万歳の社会においては障がい者の異端扱いとそれに苦しむ家族が無くなることはないのかもしれない。
来年は東京マラソンあるかな

