リハビリ病院鉄道の乗客になるのには条件はない。しかし乗客はみな一様に突然あたりまえの日常が無くなったことに気づかされる。つまりある日突然。この鉄道の乗客になってしまうのである。しかし黄泉への旅路ではなく日常への旅路につけたことは。実は幸運なことなのかもしれないしかし。乗客の中には、失語症のストレスでこの列車から途中飛び降りてしまう人もいるらしい。
僕も今は乗客の一人だけど失語症を患った方の心中を察するととても切ないものがある。コミュニケーションは僕たちを日常につなぎとめるアンカーだからね。僕も今回の乗車で、コミュニケーションと対話によって多くの学びの機会を得て飛び降りずに済んだのだ
しかし僕も永遠にこの列車の乗客でいるわけではない。あと10日ほどで下車する予定だ。今は新幹線で名古屋に向かう時の三河安城あたりといった感じだろうか、今朝食堂で聞こえてきたのは僕と同じ今月中旬ころに多くの乗客が下車するらしい。それでもこの鉄道は止まること無く年末年始を走り抜けていく下車出来ずにった乗客の人たちんにはきっと辛い空気感になるのではないだろうか。この列車は誰もが突然に乗ることになって、そして降りていく。その事情も状態も千差万別であり、実はこの列車は多くの事情客の人生のスクランブル交差点でもあるのだ、つまりこの列車の乗車は人生の通過点でしかないのだよね。そして多くの人の人生を乗せてこの列車は進んでいくのだ。
僕には他の乗客と話をする機会が無いのだけど。かつてこの列車に乗っていた医療ライターさんの記事などがネットに載っていてそれらを読むと人生の交差点満載させたこの列車の本質がよく見えてくる
この列車のもうひとつの主役がリハビリを行う療法士さんと看護師さんたちだ。僕はそれらの人たちの人生にも強い関心があったので、ぼくの心情やときには苦悩を吐露しながら対話を行った特に医療におけるある専門領域のプロフェッショナルとして、その行動を強く支えている職業倫理はどうやって培われたのか、更には実習で来ていた学生にも話を聞いた。そして、その道のプロフェッショナルがどうやって、協働して患者も含めた協調空間を実現して何に悩みながら列車を動かしてしているのかを知りたかったからであるこの列車のクルーとなる職業選択の意思決定プロセスと合わせてね。
結論的には職業並びに職場の認知及び選択の動機は人それぞれであった職業倫理の獲得も同様であった。しかしわかったことはこの列車の駆動力は学習力なのである。そこにはリハビリを受ける患者の学習力も含まれる。象徴的だったのは、国家資格を保有しんsがらキャリアコンサルタントの勉強をしたり。芸術の才能を親から受け継ぎながらこの道を選んだり、子供と同時に自分も夜間大学に入り直して正看護師の資格を取得した看護師さんなどもそうだ。休みの日も自発的に越境して勉強会に参加して技能向上を目論む療法士もいる。医師も他学部から医学部に入り直して医師になったりとこの列車はそういった人たちや人生を取り戻したいといった患者の学習意欲と学習力である。仮説の構築と検証介入と評価を継続するという科学的なアプローチを臨床の中で実践する学習態度、その根底にあるぶれない信念それらがこの思い列車を患者と職員の人生という線路の上を未来に向かって前に前にへと運んでいるのである。
そんなことを考えてからリハビリを受けたら理学療法士の口から出たのがパッセンジャーとロコモーターと言う言葉。理学や運動の領域ではよく用いられる概念なのだそうで、リハビリ病院鉄道としてはあまりにもタイミングが良すぎてびっくりしました。
パッセンジャーとロコモーター
ちなみに理学療法で使うこのベッドはプラットフォームと呼ばれます。