2023年1月1日日曜日

2023年の元旦に思うこと

 僕の定義では仕事とは

みんなの問題をみんなで解決することである。

そして自分の問題を自分で解決するのは自立である。

そこには当然上手く行く人も居れば上手く行かない人も居る。

こういった結果論的事実が仕事における得手不得手という捉え方生み出しそれはジョブマッチングやさらに飛躍するとキャリアにおける天職という概念まで生み出すことになる。

しかし考えてみれば世の中にあるみんなの問題は無尽蔵だ。みんなでの解決も無尽蔵にある、だから唯一の天職なんてありえないのだ。誰とするかによってなにをするのかも変わってしまうのだからね。

ある仕事でハイパフォーマーだとしても他の仕事ではもっとハイパフォーマンスを発揮する可能性だってある。

大谷翔平選手だって野球じゃなくサッカーだったらメッシを越えるプレイヤーになっていたのかもしれない。

無限の可能性からたった一つの現実を固定化して理想化するそんなアブダクションは人間は不幸にしているのかもしれない、存在しない理想を追い求めるより現実にある目の前の問題をみんなで解決することに全力をそそいだほうがいい。

でも、その中に埋もれている自分の問題は自分で解決するものだ。

そういう自立した人間が集まってみんなの問題を解決するために仕事をするのが働くということだ、これこそが豊かな社会(誰もが自立している社会)における勤労の姿であろう。


みんなの中に自立出来ない人がいることがもみんなの問題になることもある。

社会は僕たちが考えているほど豊かじゃない。自分の問題を解決できないばかりか社会の問題にしてしまう超大国の指導者も現実に居た。

そういうときはその人の自立を支援することが新たな仕事になる僕は今自立を支援してもらう状態だ。

そして僕は自立をしたら、今度はみんなとみんなの問題の解決に取り組むのだ。

そこにどんな出会いや可能性が待っているかはわからないけど、天職とか天啓(天が与え賜う使命や運命)などという架空の概念に踊らされることなく、丁寧に今現実の自分のベストを尽していくだけだ。