しかしながら、入社時期が異なると、一年間の振返りと査定を一斉に行うことが難しいですね。現状は、多数に合わせて年度で運用する企業が多いのではないかと思いますが、最近、新卒の一括採用が問題視されることもあり、今後、一括採用が通年採用にかわっていくと、査定も年間イベントになるかもしれません。
さて、査定のフィードバックは、社員を組織の型に嵌めるタイミングです。
ひとつは、組織の制度という型、もうひとつは、組織や上司の期待という型です。
制度は構成員皆に共通の型です。
多くの組織には職能型であっても成果型であっても役割型であっても働きを報酬に変換するテーブルを持っています。そして、査定とは社員の働きを評価する行為です。
人事制度は、明文化された組織における働き方の型です。今日のように、働き方の変化が激しい時代においては、本当は常に変化するのが当たり前なのかもしれませんが、現実的には、組織構成員は制度を構築物として自らの環境におき、協同していますから、制度が頻繁に変わることには抵抗感があります。
さて、もう一つの組織や上司の期待という型は、社員ごと、さらに査定を行い、フィードバックする人によってかわってくるユニークな型です。
良く、上司との相性とも言われますが、基本的に提示されるのは曖昧で主観的な型です。
上司「ぼくは君に期待してるよ」社員(えっ?何を?)
上司「職場の雰囲気を良くしてほしいんだ」社員(別に悪いとはおもわないけど・・・)
上司「もっと主体的に動かないとダメだ」社員(無駄だと思っても空気を読んで動くの?)
その場で型を受け入れても、この種の型はフィードバックする人が変わってしまうと最悪、消失してしまいます。
新たな上司「とにかく言われた通りにやりなさい!」社員(・・・前の上司と違うなぁ)
また、どんなに具体的な表現にしても主観的なので前提として共感があることのほうが大事であったりします。
上司「あの案件で顧客の考え方を変える視点を提示して欲しい」社員(上司はそう言うけど一生懸命がんばりました・・・ )
ところで、制度運用の細部に忠実になる、文字通り型に嵌ってしまうとマイクロマネジメント、型に嵌めることが目的になってしまいます。
それは、組織が構成員に対して持っている暗黙の期待なのでしょうか。
「なめらかな人間」とは、構築物ではないと昨日書きました。
運動会で行う人間ピラミッドを考えてみましょう。
人間ピラミッドが成立するのは、エジプトのピラミッドに比べて極めて短い”瞬間”です。制度や組織や上司の期待という型に人を嵌める行為は、人間ピラミッドのように、瞬間的で儚い努力(出来たときは”すごい”と拍手がもらえるような)なのかもしれません。
組織は構成員にたいして、組織という膜を作り内と外を隔てる一方、組織の持続性(成長という概念も含んだ)に対する貢献を求めています。その目的のために組織の構成員は内側にあるリソースを所有しているのです。
結論として、制度や組織、上司(あるいは同僚、部下)の期待という型は、構成員がそれを超えようする行為を創発すること真の目的があるのだと考えます。
それは型からはみ出すことではありません。組織内のリソースを所有することが可能となった組織の構成員(この場合、経営者も社員も平等です)は、型に向き合った時、自分に対して型を超える期待を持ち、挑戦する行為を引き出すのです。
そしてそれは、組織の能力を高め持続するという組織の目的を適えるものです。
上司「君は今のポジションより一段上の仕事をしているね。部門にとってとても良いし、私も助かっているよ」
部下「フィードバックを頂きありがとうございます。さらに上の仕事となるよう取り組みみますので適宜フィードバックをください」
理想論的に感じてしまうのは何故かな・・・
みんな型を使って自らの挑戦を引き出そう