2013年12月31日火曜日

毎年恒例と脳のおきまり

年末を迎えるにあたり、この時期、様々な事を毎年行っていることに気づきます。例えば、紅白歌合戦、年越し蕎麦、初詣、おせち料理、年賀状など、形は少しずつ変えながらもほぼ同じことを続けています。

これらの行動は、伝統であり風習として、親から子へ継承されます。しかしながら、その継承は100%でなく、一部が必ず変質していきます。仮に統計学上、有意水準とされる5%が正しく継承されなかったとすると10年経てば、およそ60%しか伝統が保存されないことになります。

2004年の年末年始を思い起こしてみたときの継承率はどうでしょうか。

脳科学の知見では、80%以上はおきまりの行動(「脳には妙なクセがある」池谷裕二 P251) だそうですから、「正月とは」といった抽象度の高いレベルでは大きな変化は感じられないかもしれません。

一方で、より具体的な行動においては、様々な変化がおきていると思います。それらは、ライフイベントや加齢における変容の影響を強く受けています。それゆえになかなか内的な行動の変化ととらえられません。

こう考えると、変化の実態を本質的に認知、把握することは難しいことがわかります。

私は、3年前から、年賀状をインターネット上で作りそもまま送ってくれるサービスを利用するようになりました。これは、明らかな行動の変化で、表面的には、ネット上にサービスが準備されたことによって起きた変化です。

では、内面的には何か変化したのでしょうか。

一つは、元旦に年賀状を届ける慣習の履行です。それまでは遅れることもよくありましたが、きっちりと送れるようになりました。
もう一つは、一枚づつ相手を想い字を書き添える行動の消滅です。

実は、この変化は年賀状が「弱い繋がり」へと変わったことを意味しています。そして、それは自分にとっては大きな変化です。社会的関係をOne to One型からネットワーク型にリデザインしたのです。

慣習は脳のおきまりによって維持されるように見えますが、伝統が守られる背景は、もう少し複雑そうです。


準備万端