2017年9月30日土曜日

手帳いろいろ 情報を外化することとは

僕は手帳を使わない。

メモはEvernote、予定はGoogle Calendarを利用していている。

昔、電子手帳は試して全く使い物にならなかったのだけど、EvernoteやGoogle Calenderは大変重宝している。

手帳との違いはデータの場所とアクセス方法の多様さだ。

手帳(電子手帳も含む)は、その手帳が唯一の場所であり、常に携帯していないと意味がなく、僕のパーソナリティ特性とは合致していない。

いろいろ手帳を変えてみたものの、そもそも携帯することを忘れたり記入漏れがあったりと、手帳を使うのが苦手なのだ。

そのせいかなのか割とちょっとしたことを記憶していることが得意で、さらに手帳を使いこなせなくなっているのかも知れない。

一方、デジタルデバイスとクラウドサービスでは、その時手にしている端末と情報を見るときの端末が違っていても全く問題ない。

手帳を日頃携帯し、必要に応じて取り出して記入する、といった手間が掛からないことは僕にはとても魅力的なのだ。

さて、今日、日本橋の丸善に行ったところ手帳のコーナーが広がっていた。

2018年の手帳、10月始まりの手帳など実に様々な手帳が所狭しと展示してあった。

売り場に手帳が並ぶのは風物詩だし、手帳のバリエーションが増えているのは個性化の表れと言えるだろう。

あの小さな帳面に心覚えを書き込む、つまり、多くの人は手帳に情報を外化している。

その機能は情報を「書き留める(忘れない)」ことと「書き連ねる(構造化する)」ことだと思う。

僕は、「書き留める」はデジタルで、「書き連ねる」はそこから「意味を紡ぐ」ことを目的にスケッチブック(グラフィックレコーディング)でと使い分けている。

だから、情報を外化するために必ず手帳が必要となるわけでもないのだろうけど、手帳コーナーを前にして手帳という小さな帳面が世の中を動かしているのかも知れないなぁとふと感じた次第である。


あれ?犬だ