2018年3月18日日曜日

ローコンテクストによる問題解決の重要性

公文書だって、私文書だって書き換えちゃいかん。

そんなことコンプライアンスの前提だけど、どうやら日本の役所にコンプライアンスは無いらしい。

経緯はわからないけど、政治家に配慮したのだとすれば、どこでモラルハザードが起きているのか良く、検証しなくちゃいけないよね。

さて、現実的に事を進めるためには、ある程度、コンテクストの共有が必要だ。

特に、問題解決の難易度が高いほどコンテクスト、つまり、前提と目的の共有無しに解決するのは困難になる。

それは、難易度に人間関係、社会性が深く関わってくるからだ。

でも、専門性の高い問題解決において、常にコンテクストが共有出来ているとは限らないし、下手をすると、身内が身内の問題を裁くようなことになりかねない。

つまり、根本的解決には程遠いということだね。


以前、スペースシャトルが打ち上げに失敗した時、世界中から科学者など専門家が集められたそうな。

その際、原因解明の第一歩においてコンテクストを合わせるために用いられたのはレゴという知育玩具だったらしい。

つまり、高い専門性において、どの文化でも通用するコンテクストとは、幼児の視点だったのだ。


働き方改革とか、決済文書の書き換えとか、原発事故問題とか、とかく専門家を集めたハイコンテクストな解決に走りがちだけど、根本解決のためには、ローコンテクストからのアプローチが重要なのだと思うね。


ローコンテクストから