2020年5月1日金曜日

仕込まれた「激変」

僕たちの目の前には昨日と違う今日があって、でも、未来ってそんなものだから昨日と違っていて当たり前なのだろう。

でも僕たちはどこかで今日は昨日と同じだと考えいる節があるよね。

毎日が新鮮、と考えればすごくポジティブなのかもしれないけど、悲しいかな、僕たちは8割以上、習慣化した行動をとっている。

それは、省エネだったり、秩序によるカオスを防ぐ手立てだったりするのだろうけど、残りの2割を日常にすることは大いな苦痛である。

僕たちはそんなストレスに耐えられるよう作られていない。

朝食にメニューが昨日と違うことに喜びを感じるかもしれないけど、毎日、信仰を変えることは出来ないのだ。

そもそも、僕たちのアイデンティティとかパーソナリティは、僕たちの中の変わらない部分を指している。

経験的に裏付けられている「事実」なのだろう。

今回のパンデミックに限らず、大恐慌や戦争なども昨日と100%違う今日だ。

僕たちの日常にはそういう「激変」がいくつも仕込まれいてる、当たり前にね。


仕込まれている