適者生存の自然淘汰説によって進化理論を構成するダーウィニズムは一見科学的かつ論理的に思えるためか多くの人から支持を得ているしかし不適応者を弱者と切り捨てる危険な思考にも結びついているのではないだろうか環境に適応できないのは自己責任であるという画一的な考え方だよね技術の進歩がそれに拍車をかける最電探の技術に適応して淘汰されない強者となることそうして僕たちはハイデッカーがいうとことの装駆り立て体制に巻き込まれ他者との闘争の日々に自ら身を投じていくのだでもそれは僕たちの自然の姿ではない。自然の中に闘争が無いとは言わないけど闘争が自然のすべてじゃない自然の中には利他性や協調そして愛が間違いなくそんざいしていて社会とはまさにそれらが結実したものだ人間だけでなく自然における社会性とは相互愛と我慢が骨格をなしている社会の進化とは自然淘汰によって強者の世界ができることではなく相互愛と我慢と知恵がみちていることだろう
闘争による自然淘汰の破壊と殲滅で社会が豊かになることはない地球を豊かな緑の星に変えたシアノバクテリアはじぶんのために酸素をつくるだしているわけではない水と太陽のエネルギーを自らのエネルギーとすることで光合成を行い副産物として酸素で地球をみたしたのだ僕たちはこのシアノバクテリアから多くを学ば無くてはならないだろうwithコロナでどんな社会を作りだせるのか今僕たちはためされているのだ技術で絶対的な強者になることではなくてくてね
太陽のエネルギー