僕たちの社会がその資源有限性や環境の脆弱性に気づいたことで僕たちの未来は資源や環境を直接消費しない無形資産に託されることになった。その最たるものがいいね。だろう。フォロワー数登録ユーザー数が個人のそしてサービスの資産となって。情報が消費される仕組みが構築されたのだ。情報の消費はサービス利用を反転させる両面市場を生み出した。利用しているようで実は利用されているのだ。この問題を組織と人に置き換えるとどうなるだろうか、従業員は会社を利用しているようで実は会社に利用されている。実はこの関係性は新しいものではなく古典的な雇用関係なのである。従業員は会社と契約し帰属することで、経済性と社会性の欲求をみたすことになる。会社は従業員を専有し時間を拘束し生み出した価値から収益を上げるつまり雇用関係とは会社という仕組みを使った無形資産の交換システムなのかもしれない、
この事実が露見するのが特許開発に関する係争だよね、中でも青色発光ダイオード裁判は有名だよね。独創的なアイデアという無形資産は会社のものなのか個人のものなのか。もし会社と従業員が雇用契約でなくウーバーイーツみたいに事業者同士の契約であれば無形資産の等価交換システムが成立するのかもしれない。価値をどう算定するかは別問題としてね、要するに無形資産優位の時代において、雇用契約はそぐわないのかもしれないね
実際、おおくの無形資産を生み出せる人は特定の会社には帰属していないよね。逆に会社が必要としていない無形資産を生み出せない人ほど、会社に帰属するとメリットが生じる。会社にとってみても未来の価値たる無形資産はうみだせないけど、資源をかき集めて加工して今日の価値において換金する手数が必要だ。事業と呼ばれる仕組みには人的資源が必要なのだ。結局無形資産の議論とは未来の価値は誰のものなのかということなのかもしれないね。
そう考えると、小学生がユーチューバーを目指すのも案外理にかなっているのかもしれないなぁ
未来の価値はどこにある?