2026年9月12日土曜日

「より良く生きる」と「自分らしく生きる」は違う。

「自分らしく生きているか」を感じ取るのは、それほど難しくない。思ったことを表現し、行動できているかをリフレクション(省察)すれば確認できるからだ。

一方で、「より良く生きているか」を確認するのは簡単ではない。常により良い表現や行動を選べているかを映し出す必要があるからだ。私はこれを行為選好と呼んでいる。ギリシャ哲学でいう「徳(アレテー)」であり、アリストテレスの『ニコマコス倫理学』における「枢要徳」と同じことだ。

レストランでのオーダーを考えればわかりやすい。

  • その時、自分が一番食べたいものを選ぶのか

  • 健康に配慮したものを選ぶのか

  • 周囲と同じものを選ぶのか

  • まだ食べたことのないものを探し出して選ぶのか

これこそが行為選好であり、枢要徳のリアルな姿である。

自分らしさを追求した選択は、ラーメン二郎の「大ダブル野菜辛め」かもしれない。しかし、人生における「より良い選択肢」は他にあるかもしれないのだ。

精神科医ヴィクトール・フランクルはこう語った。

「必要なのは、生きる意味についての問いを180度方向転換することだ。私たちが生きることから何を期待するかではなく、むしろひたすら『生きることが、私たちがから何を期待しているか』が問題なのだ。」

この考えに則れば、問いはこう変換される。

「必要なのは、二郎ラーメンを食べる意味についての問いを180度方向転換することだ。私たちが食べることから何を期待するかではなく、むしろひたすら『食べることが、私たちから何を期待しているか』が問題なのだ。」

要するに「自分らしく」と「より良く」の相克は、「人生が私たちに何を期待しているのか」という常日頃の問いそのものなのである。