2017年11月30日木曜日

仕事人の宝の山のありかに気づく

僕の勤める会社が間も無く引越しをする。

そこでこのところ身の回りの整理をしているけど、基本、要らない書類の廃棄に追われている。

そもそも、今のオフィスに来た時は、ペーパーレスを目指していたのだけど、やはり、報告書類やナレッジに関わる捨てがたい資料もあって、そんなものが徐々に蓄積していくのだ。

ところでその時はまた役立ちそうで捨てがたい物も、後から見返してやはり捨てられない物ともう捨てられる物に分けられるようになる。

では、やはり捨てられない物が「宝」なのか、と言うとそうでもないだろう。

僕には、捨てる、捨てないの見分けがつくことの方が「宝」であるように思える。

なぜなら、かつて「宝」と思ったその時の苦労や感動を含めて今一度意味づけすることができるからだ。

あの時世話になったあの人、考え抜いて作った資料、思ったようには進まなかった苦い思い出などなど、具体的な過去を構造化し、捨てるもの、捨てないものに分けることは、リフレクションそのものであり、それにとってメタ思考が進むからね。

大切に保管してきた仕事の書類は、消費の残滓ではなく、仕事人として価値を生み出した苦しみの記憶だから、何だかときめくものを残す片付けとは異なる。

しかし、過去の経験とそれを整理し新たな活動に繋げるプロセスには未来へのときめきがあるよね。


過去を整理する、と、過去で整理する の違い