2014年2月22日土曜日

本と電子ブックの違いを考えた

”読んだ本はなかなかふえない。読みたい本はどんどん増える”(「大村はま 優劣のかなたに」苅谷夏子著 P.125)大村はまさんがご指導された中学生が残した言葉だそうです。

本を読む習慣がある人は、読んだ本以上に、本がどんどん増えて行きます。また、一度読んだ本で気づきのあったものを処分するのは難しいことです。

最近では電子ブックという新しい形態での流通が増えていて、本を保管する場所という観点では魅力的なのですが、どうもその便利さを享受できないでいます。

なぜでしょう?

「大英博物館へ行けば本は好きなだけ読める。とはいえ、自分で所有して自分の書架に置くのと、借りて読むのではわけが違う。」(ギッシング『ヘンリー・ライクロフトの私記』(池央耿訳、光文社古典新訳文庫、2013/09) なぜなら書物とは、目にし、手にとることで記憶を蘇らせる装置だから。 山本貴光氏(@yakumoizuru )ツイットより

このツイットを見てハッとしました。

人は外的足場によって創発する存在です。人間は、脳の限られたリソース(資源)を外的環境に依存し開放することで、より高次な脳の活動を実現しています。コンピュータとネットワークの急速な進歩のなかで全文検索システム、そしてネット検索システムが発展したのはその良い実例です。

これは、「誰が何を知っているかを知っていること」であるトランザクティブ・メモリー(社会心理学者、ダニエル・ウェグナ―が唱えた組織学習に関する概念)の考え方とも相通じると考えます。

そして本は、人間が依存する外的環境の一つですが、「記憶」は「知識」だけでなく五感に拠るものであり、物理的な本は、視覚情報として「記憶を蘇らせる装置」です。そこが、電子ブックと決定的に異なります。

”読むひまもなくて、読めなくて、でもね、これは読みたい、って思っている本がいつも胸に少しずつある、少しでもある、そういう人はやっぱり、考える世界とか、高い世界、文化、そういう世界へ近いっていう気がするんです”(「大村はま 優劣のかなたに」より)

私たちは不自由な存在です。しかし多くの外的足場を持つことで特定の外部に対する依存を薄め、自立感を実現し自由を感じています。逆に、未熟な者、自立出来ていない人は、外的足場が足りていない、つまり、本を読んでいないことは自明の理と言えるでしょう。

本と電子ブックの違いを考えましたが、結論としては、新たな便利な外的環境を増やしながらも、多くの本を手に取り、五感で感じてることが大切だということでした。


記憶を蘇らせる