2020年12月13日日曜日

あたりまえのことを考えている日曜夜

未来は間違いなくある。

しかし決定論的な未来は無い。

それぞれが描く未来は皆、異なっていて時にそれは相反するもんだからね。

決めたくても決められない、それが未来なのかもしれないね。

だから決まっていない未来にとらわれる必要はないのだろうけど、小学校の卒業論文に書いた将来の夢を実現するように、未来をなりゆきに任せる必要もない。

結果はどうであれ、今の僕たちの先に未来があるのだ。

と、先週のブログに関してすごく当たり前のまとめを書いているのだけど、将来に対して悲観的になるときって良くない未来が決まっているとか、誰かが邪魔をしているとか考えがちだよね。

逆にそうならない人の意識とか行動は他人に惑わされたり迷ったりすることが少ない。

僕なんぞはそれらの人たちの足元にも及ばないけど少しでも近づきたいなぁ。

 (月)使う人の身になる難しさ
どこかに「仕方ないけどこれは便利だ」と必然性を感じてもらうことが大切なのかもしれないね。

(火)今日はレノンズデー
ひょっとしたら、これからも社会が困難に陥るたびにイマジンは歌われるのかもしれないけど、残念ながら、現代社会の分断や格差、宗教的対立、覇権主義の台頭はイマジンのビジョンとかけ離れていくように思えてしまうね。

(水)車のミライ、社会の未来
そのころガラパゴスの絶滅危惧種のようにキューバの街に50年代の車は走っているのだろうか。

(木)「閉ざす」心地よさに費やすエネルギー
で、ね。そのエネルギーをチームのために使えばより良い結果が得られることは間違いないと思うよね。

(金)在宅ワークで見えてくる仕事ごみの本質
で、ね。在宅ワークで見えてくる仕事ごみとは、将来の裏返しなんだろうね。

(土)副業に潜む試練
で、ね。人生がマルチステージ化するということは、主義によって見え方が異なるという問題を今まで以上に個人が受け入れて考え適応しなくてはならない試練なのかもしれないよね。


それでも未来はやってくる