僕は療法士さんにティール組織の中で事例として取り上げられているビュートゾルフのことを教えてあげた。自立度が上がって介護が減るのは患者にとっても理想的であることを申し添えてね。療法士は非常に興味を持って聞いていた。一そしてつはやはり現場からなかなか提案が上がってこない現状についてとあとは医療の仕組みに壁があることについて教えてもらった。提案は促しても誰が言ったんだとなることを恐れて出てこないこれは。心理的安全性がないことの現れだね。もう一つは。療法士も結局医師の指示に基づいてしか処置が出来ないのだという。権限と責任の法的枠組の問題である。先生の指示。それは看護師もよく言うことだ。ではその医師の指示がどう決まるのかと言うと、観察していると、ほとんどが現場の意見なんだよね。。現場から上がった意見を医師が追認しているそれが実態なのである。つまり。最終責任者の医師は患者一人一人の現実を知るほど現場に深く入れない。だから患者の実態や問題を知っているのは現場の療法士や看護師なのだ。その意見を取りまとめて判断するのが医師の役割と言うのが法律の枠組であるようだ。医療は生命に関わる責任があるから。その責任をだれが負うのか明確にする必要があることは理解できる。しかし実態としては。現場療法士や看護師が方針を決めていると言っても過言では無いだろう。例えば僕がコーヒーを飲んでも良いのかの判断をするのは医師であるがそこには病気とカフェインの影響に対する正しい知識が必要で、現場で判断することでは無いだろう。以前、僕がインフルエンザに罹患した時医師が処方した解熱薬を薬剤師が僕の持病への悪影響を鑑みて止めたことがあったけど。これも同じ構図だよね。より深く正しい知識を持った専門家が最終判断をするのが適切なのだ。医療における医師とはその表象であるのだけど、患者本人への深く正しい理解と知識は現場のの療法士や看護師が持っているのである。接している時間と密度が桁違いだからね。だから、ビュートゾルフの自主経営の取り組みは、先進的に見えてじつは最も効率的かつ効果的で合理的なのである。そして、医療現場における責任と権限の枠組みは非合理的で非効率を生み出し。現場改善への主体性を阻みげんば社会保障における医療費の膨らみと現場の長時間労働という悪循環を生み出しているのだ。医療費を抑えたい国は。効果的な治療を行うとインセンティブが出るようにしているらしいけ枠組み主体性を上げて合理的で効果的な医療を実現した方が遥かに良い結果を生み出せる、ビュートゾルフの事例はその実証であることがリハビリ入院していると本当によくわかるよ。今回の新型コロナ感染で医療従事者に感謝を示そうとの機運が高まったけど。医療現場の3kはひょっとしたら現場の知恵で解決できるのかもしれない。しかしそこには解決を阻害している法的な枠組みとくに権限と責任の固定化があにことを忘れてはならないだろう。医療情報に関する深く正しい知識はにもとづいた判断は将来aiで置き換えられるのではないだろうか。
今朝も快調だよ〜