2024年12月26日木曜日

意識を知る無意識を測るしなやかさに抗え

 フリーマンの意識理論によると意識とは脳の辺縁系に引き込まれる脳全体の大域的アトラクターの明滅という気づきの連鎖であるつまり、創発であるが、この連鎖する創発のなかで自己意識として認知出来たものが意識であって認知できないものが無意識ということになる、認知できない脳の活動の存在は自由意志の議論の中でも見つかっている、環境に素早く適応するために脳は予見と準備を行っている。これが素早い判断や行動を可能としているこれは、意識において物事を判断するよりも、しなやかに生きることを支えているのであるが、社会全体としてみると特定の人々に生きづらさをもたらしていると考えられるようになりアンコンシャス・バイアスというラベルが貼られて問題視されているのが現状である。この、無意識のしなやかさはその存在を認知できれば意識によって統制することは可能であるが、しなやかさに抗うことになるので、ぎこちない生き方になるが快適ゾーンから抜け出す学び成長のある人生と言うことも出来る無意識は測れるのかという問いがあるがこれは言い換えればしなやかさを測るということであり、結論的には可能である。無意識を意識において測ることは出来ないので、意識を測ろうとしないことが肝心なのではあるが。実は意識を測ろうとすると、この無意識のしなやかさはおまけのように測れてしまうものなのである、それは当たり前で無意識の中で意識れべるまで閾値が上がったものが意識だから、氷山モデルで言えば行為行動の下層に意識がその更に下層に無意識の世界が広がっているのである。意識自体は連鎖する創発なので還元不能であるがこの閾値のモデルによれば意識も無意識も同じものであることがわかるそれ故意識には無意識がもれなくついているのである。