人は時間を生きているのではない。物語を生きている。
映画『メッセージ』の解説動画で、印象的な比喩を聞いた。
時間とは、世界をスキャンする行為なのだという。
例えば一つの「物」がある。
その端から順番にスキャンしていくとする。
スキャンし終えた部分は「過去」。
これからスキャンする部分は「未来」。
そしてスキャンする行為そのものが、
私たちが感じている「時間」なのだ。
しかし重要なのは、
スキャンされている「物」そのものは最初から存在しているという点である。
つまり世界は最初から一つの全体として存在していて、
私たちはただそれを順番に読み取っているにすぎない。
それでも人は因果で人生を語る
それでも私たちは、出来事を因果で語る。
「あの失敗があったから今がある」
「あの出会いが人生を変えた」
こうした因果の物語は、
世界の構造そのものというより、
人の認知の構造なのかもしれない。
なぜなら私たちは、
世界の全体を見ることができない。
ほんの小さな隙間からしか
人生を見ることができないからだ。
だから人は
物語を作る。
脳は未来と過去を同じ装置で作る
この感覚は脳科学とも一致している。
研究によれば
過去を回想するときに活性化する脳の部位と
未来を想像するときに活性化する部位はほぼ同じ
であることが知られている。
つまり脳にとって
回想も
未来構想も
本質的には同じ行為なのだ。
それは
物語を作る行為
である。
人生は物語で理解される
だから人は人生を
出来事の連なりではなく
物語として理解する。
成功も
挫折も
偶然も
選択も
すべてが意味を持ち始める。
それは出来事そのものではなく、
それをどう繋げるかという
物語の構造によって決まる。
アリサ・リュウの言葉
フィギュアスケートの
Alysa Liu
はこう語ったという。
「私の悪い物語も、私の物語の一部。だから美しい。」
成功だけを切り取れば
人生は単純な成功譚になる。
失敗だけを切り取れば
人生は苦い記録になる。
しかし人生という全体の中では
その両方が物語を作る。
6MoNは何を映しているのか
ここで6MoNの話になる。
6MoNは性格診断ではない。
人が
どんな場面で
どんな行為を選び
どんな意味をそこに見出したのか
その行為の断片を映す鏡である。
その断片を時間軸に並べると、
そこに一つの軌跡が現れる。
それは単なる過去の記録ではない。
未来の物語の素材でもある。
行為が物語を作る
物語を作るのは出来事ではない。
行為である。
同じ状況でも
人が何を選ぶかで
人生の物語は変わる。
だから6MoNは
性格ではなく
行為選好
を問う。
そして物語は未来を作る
人は未来を知らない。
しかし未来を
構想することはできる。
その材料になるのが
過去の物語だからだ。
脳が
回想と未来構想を
同じ装置で作っているのは
偶然ではない。
人は
物語によって未来を作る生き物
なのだ。
最後に
私たちは人生という全体を見ることはできない。
できるのは
ほんの小さな隙間から
人生をスキャンすることだけだ。
だから人は物語を作る。
そしてその物語を頼りに
未来へ進む。
その中には
うまくいかなかった場面も必ず含まれる。
しかしそれもまた
人生の一部である。
だからこそ
あの言葉が響く。
「私の悪い物語も、私の物語の一部。だから美しい。」
6MoNとは
人生という物語が立ち上がる瞬間を映す鏡なのだ。
