歩くということ
― 昭和歌謡と6MoNが教えてくれる「困難への向き合い方」
昭和歌謡の名曲の多くは、時代の空気を色濃く映している。
高度成長の期待と、どこかに漂う閉塞感。
前へ進まなければならないという焦りと、それでも進めるのかという不安。
そうした相反する心の葛藤が、当時のメロディにはよく乗せられていた。
私にとって象徴的なのが次の三曲だ。
坂本九「上を向いて歩こう」
水前寺清子「365歩のマーチ」
いしだあゆみ「あなたならどうする」
ジャンルも歌い方も違うが、よく見ると共通する伏線がある。
それは**「歩く」というモチーフ**である。
困難とは「闘う」ものではなく「歩く」もの
昭和という時代は、決して平穏な時代ではなかった。
貧しさもあり、社会の変化も激しく、誰もがそれぞれの困難を抱えていた。
それでも歌の中で語られる困難への向き合い方は、
「戦う」でも「勝つ」でもない。
歩く。
上を向いて歩く
三歩進んで二歩下がる
それでも歩き続ける
困難とは、特別な戦場にあるものではなく、
日常の延長線上にあるものだという感覚がそこにはある。
つまり困難とは、
英雄的な闘争ではなく、
日常の一歩一歩の積み重ねなのだ。
私にとっての「歩く」
私は脳卒中で片麻痺になり、歩行が困難になった。
だから私にとって「歩く」という言葉は、
単なる比喩ではない。
本当に一歩を踏み出すことそのものが
困難に向き合うことである。
歩くとは、当たり前の行為のように見えて、
実は毎回、
どう足を出すか
どう体重を移すか
どこに注意を向けるか
という無数の行為選択の連続である。
そしてこれは、人生そのものでもある。
困難は非日常ではない
多くの人は困難を、
事故や病気や危機のような非日常の出来事だと思いがちだ。
しかし実際には違う。
困難とは、
人間関係
仕事の選択
不安や迷い
小さな葛藤
といった、日常の文脈の中に常に存在しているものである。
そしてそのたびに私たちは、
無意識のうちに「どう行為するか」を選んでいる。
6MoNという鏡
ここで役に立つのが、私が取り組んでいる 6MoN というツールである。
6MoNは、性格を決めつける診断ではない。
人がどんな場面で、どんな行為を選びやすいか
その「行為選好」を映し出す鏡である。
人は困難に出会ったとき、
前に出て動くのか
仲間と協力するのか
正しさを守ろうとするのか
状況を理解しようとするのか
それぞれに異なる反応をする。
6MoNではそれを、四つのエンジンとして捉えている。
A:アクティブ(動く)
B:コラボ(つながる)
C:エシカル(整える)
D:インサイト(見抜く)
困難に出会ったとき、
人はこのエンジンのどれかを使って「歩こう」とする。
つまり6MoNは、
あなたはどんな歩き方をする人なのか
を映し出す鏡なのである。
歩き方は人それぞれ
三歩進む人もいる。
一歩だけ進む人もいる。
立ち止まって考える人もいる。
しかしそれでも共通していることがある。
人は必ず、どこかで歩いている。
6MoNを使うと、
その歩き方が見えてくる。
そして見えてくるのは
「性格」ではなく、
自分がどんな困難に、どんな一歩を踏み出してきたのかという物語である。
人生とは歩くこと
昭和歌謡が教えてくれることは、
実はとてもシンプルだ。
人生とは、闘争ではなく
歩くこと。
そして6MoNが教えてくれるのは、
あなたの歩き方には意味がある
ということだ。
三歩進んで二歩下がってもいい。
それでも一歩、前に出ている。
人生とは、
その一歩一歩の連なりなのだから。
