届いてみたら英文叢書だったというオチはあるのだけど、冒頭からなんだかワクワクする内容の印象だ。
印象になってしまうのは、僕の英語レベルで致し方ない。
さて、今朝はこれまで読んだ他の本も気になったので一緒に並べてみた。
それらは、「カウフマン、生命と宇宙を語る」(S・カウフマン)「経験のための戦い」(E・リード)「経験学習入門」(松尾睦)「人間の測りまちがい」(S・グールド)そして「文化を超えて」(E・ホール)となった。
なぜ、こんな選書になったかというと、「経験」とか「測る」は、仕事に関わることでわかりやすいけど、複雑系からみた進化の仕組みは僕のホットイシューだし、改めて考えるとその文脈で「文化」も重要なテーマなんだよね。
「生命と宇宙を語る」にはそれはたくさんの付箋がついている。
その3つ目は「環境の中で自分のために行動できるものをここでは「自律体」と呼ぶことにする」と記されている。
「自律」!
この言葉は僕が最近耳にする機会が多いキーワードだ。
このキーワードを起点に選書を紐解いてみよう。
「自律体」が自分のために行動すると「経験」が生まれ、その経験から生じる「学習」の積み重ねで「文化」がつくられるのだけど、「文化」や固有性、部分性によるバイアスが「測りまちがい」を引き起こす。
僕が今日、選んだ本をならべるとそんな物語が見えてくる。
僕たちが「文化」や自身のバイアスを変えていくには、日常的な「経験」による学習だけでなく、「知の触発」や「越境」による非日常的な「経験」から学習することが大切なのかもしれない。
でも、僕には日常に「学習」を組み込み、効率や成果に一喜一憂している人が少なくないように見受けられる。
「問題解決症候群」、「フリーライダー」などなど日常お得主義が当たり前だものねぇ・・・
これ