2019年11月20日水曜日

「他の人に替え難いこの人」は「測れない人」でもある

僕たちが何かに取り組んでやりきるとき、そこには何らかの力が発揮されている。

例えば、石を持ち上げる場合は、全身の筋力をつかっている。

本を読む時は、読む力だね。

そういった力を身に着けていくことで、僕たちは色々なことが出来るようになり、それらの力を組み合わせてさらに高度なこと、夢や高い目標を達成するのだ。

状況に合わせて安定的に発揮される力は「スキル」と呼ばれ、その人が保有する価値になる。

「火事場の馬鹿力」みたいな再現性の低い力は「スキル」ではない。

さて、筋力や読む力のような、基礎的な力は測定できる。

また、安定的に発揮される「スキル」も測定できる。

一方で、複雑に変化する状況の中で発揮される力を測定するのは困難だ。

それは、状況自体の再現性が低いこと、そして力の組み合わせや塩梅も人によって異なる固有性があるからだね。

事態が複雑になればなるほどこの再現性と固有性の問題は大きくなる。

「他の人に替え難いこの人」が生まれるのはこのためだろう。

でも、よくよく考えると僕たちは誰もが「他の人に替え難いこの人」なんだよね。

僕たちが多様な存在になっていれば、ね。

状況を安定させ、誰でも発揮できる「力」を身に着けさせ、画一化していく。

測定できる「力」や「スキル」に重きを置くとそんな社会になってしまうのだろう。

いや、今がそんな社会なのかもしれない。


測れるものから規格が生まれる